はじめに
2025年9月初旬、飲料大手サントリーホールディングスは新浪剛史会長の辞任を公表しました。報道によると、福岡県警が8月22日に新浪氏の自宅を捜索し、海外で購入したサプリメントに日本で規制対象となる大麻成分が含まれている疑いがあるとして事情を聴いたことがきっかけでした。新浪氏は会社に対し「合法なサプリメントだと思っていた」と説明したものの、経営トップとしての責任を重く受け止めて9月1日付で辞任が受理されました。この出来事は、合法・非合法が曖昧になりがちなカンナビノイド製品のリスクを社会に示すものです。本記事では事件の流れやTHC(テトラヒドロカンナビノール)の基礎知識、健康影響、法規制をまとめ、私たちが注意すべきポイントを解説します。
事件の経緯と関連する出来事
事件を理解するために、今回の辞任につながった出来事と、日本国内で進んできたTHC規制強化の流れを時系列で整理します。下のタイムライン図では、法改正や他の関連事件を含めて示しました。

- 2024年12月12日 – 政府は薬物・向精神薬取締法の改正を公布し、Δ9‑THCを一定量以上含む製品を「麻薬」として指定しました。これにより、これまで大麻草そのものに限られていた規制対象が成分そのものに広がり、自ら使用する行為も処罰対象となりましたmhlw.go.jpglobalforum.diaglobal.org。
- 2025年5月15日 – インターネット通販で購入した「大麻クッキー」を食べた大学生が幻覚症状の末に飛び降り重傷を負う事件が発生し、自治体は食品に含まれる大麻成分への注意を呼びかけましたh-crisis.niph.go.jp。
- 2025年7月10日 – 福岡県が市販の「CBDグミ」を検査したところ、残留基準値を大幅に超えるΔ9‑THCが検出され、該当製品は麻薬に該当するとして回収が呼びかけられましたmhlw.go.jp。
- 2025年8月22日 – 福岡県警が新浪氏の東京の自宅を捜索し、海外から送られてきたサプリメントに大麻成分が含まれている疑いで事情聴取を行いました。新浪氏は会社に対し、適法なサプリメントだと認識していたと報告していますreuters.comjapantimes.co.jp。
- 2025年9月1日 – サントリーホールディングスは「会長という要職に堪えない」として新浪氏からの辞任申し出を受理しました。日本を代表する財界人の辞任は経済界に大きな衝撃を与えましたreuters.com
THCとは何か?
THC(テトラヒドロカンナビノール)は、大麻草に含まれる主要な精神作用成分です。脳内のカンナビノイド受容体に結合して多幸感や陶酔感を引き起こすほか、認知機能の低下や記憶障害、不安・パニック発作などさまざまな副作用が報告されていますh-crisis.niph.go.jp。一方、同じ大麻草に含まれるカンナビジオール(CBD)は精神作用がほとんどないため、医療やウェルネス用途で利用されることがありますが、日本ではCBD製品に微量でもTHCが残留していると違法となりますmhlw.go.jp。
THCを含む製品の規制と残留限度
改正後の薬物・向精神薬取締法では、Δ9‑THCを含む製品の製造・販売・所持・使用が広く禁止され、油脂・粉末で10 ppm、水溶液で0.1 ppm、菓子や錠剤などその他の製品で1 ppmを超えるΔ9‑THCが含まれていれば「麻薬」とみなされますmhlw.go.jp。下の棒グラフは製品カテゴリごとの残留限度をまとめたものです。

改正前は大麻草そのものの所持・栽培が主に規制対象でしたが、現在は成分そのものが麻薬指定され、自ら摂取する行為(いわゆる「使用罪」)も7年以下の懲役を含む刑事罰の対象になりましたglobalforum.diaglobal.org。一方、CBDを主成分とする医薬品の研究や臨床試験は認められ、適切に管理された医療用製剤が承認される可能性が生まれていますglobalforum.diaglobal.org。
市販品に潜むリスク
近年は「CBDグミ」「リラックスグミ」などと称して販売される製品の中に、高濃度のTHCや類似化合物(HHC、THCHなど)が含まれている例が報告されています。福岡県の検査では、市販グミから基準値を大幅に超えるΔ9‑THCが検出されましたmhlw.go.jp。また、インターネット通販で入手した「大麻クッキー」を食べた学生が重傷を負った事故では、商品の中に強い精神作用を持つ成分が含まれていたとみられていますh-crisis.niph.go.jp。海外では合法でも、日本では麻薬に分類される成分がサプリメントや菓子類に混入している場合があり、知らずに摂取してしまうリスクがあることに注意が必要です。
THCの人体への影響
THCは中枢神経だけでなく心血管系にも影響を与えます。急性作用として陶酔感・幻覚・認知機能の低下や不安発作などがあり、運動協調性や判断力が低下するため事故を起こしやすくなりますh-crisis.niph.go.jp。慢性的な乱用は記憶力や学習能力の低下、精神疾患リスクの増大につながることが指摘されていますh-crisis.niph.go.jp。
最近のメタ解析では、カンナビス使用者は非使用者に比べて急性冠症候群のリスクが29%、脳卒中のリスクが20%、心血管死亡のリスクが約2倍になると報告されていますnews-medical.net。下のグラフはこれらのリスク倍率を示したものです。

これらの調査は観察研究が中心であり因果関係には議論が残りますが、大麻由来成分が予想以上に心血管系へ負担を与える可能性を示唆しています。また、若年者では脳の発達への影響や精神障害の悪化などの報告もあり、軽い気持ちで試すことの危険性が強調されていますh-crisis.niph.go.jp。
法的責任と個人が気を付けるべき点
現行法では、Δ9‑THCを含む製品を所持・使用した場合、知らなかったとしても麻薬及び向精神薬取締法違反に問われる可能性があります。刑事罰は単純所持・使用でも7年以下の懲役と非常に厳しく、営利目的や譲渡の場合はさらに重くなりますglobalforum.diaglobal.org。今回の事件でも、本人は適法な製品だと認識していたとされていますが、捜査では製品の内容や違法性を知っていたかどうかが重要な争点となりますreuters.comjapantimes.co.jp。
また、違法なTHC製品を製造・販売・譲渡した側にはより重い刑事責任が科されます。製品が原因で重大な健康被害や死亡事故が起きた場合には、傷害致死罪や業務上過失致死罪が問われる可能性があります。インターネットでの販売や海外からの個人輸入など、製品の安全管理が不十分な場合にリスクが高まります。
まとめ
サントリー新浪剛史会長の辞任をめぐる今回の騒動は、大麻由来成分を含むサプリメントや食品が「知らずに口にしてしまうかもしれない」時代における警鐘となりました。改正法によりΔ9‑THCは極めて厳格に管理され、微量でも検出されれば麻薬と扱われること、そして違法成分を摂取したと気付かなくても刑事責任の対象となり得ることを理解する必要があります。海外から送られてくるサプリメントや菓子類の成分は日本国内の基準では違法になることがあり、安易な購入や摂取は避けましょう。
消費者としては、商品の成分表示や信頼できる認証を必ず確認し、リスクを理解した上で判断することが重要です。医学的観点からも、大麻由来成分には依存性や心血管リスクがあり、特に若年者や初心者は少量でも強い影響が出る可能性があります。薬剤として使用する場合は医師の管理下で厳密に用量を守りましょう。今回の事件を教訓に、法規制や健康リスクについて正しい知識を持ち、安全な選択を心がけたいものです。
参考文献
- Reuters – “Whisky maker Suntory’s CEO resigns after possible purchase of illegal supplements” (2025年9月2日)。福岡県警が8月22日に新浪氏宅を捜索し、違法成分を含む可能性のあるサプリメントの購入を巡って事情聴取を受けたこと、本人は合法と思っていたと説明したこと、9月1日に辞任が受理されたことを報じているreuters.com。
- The Japan Times – “Suntory CEO Takeshi Niinami resigns over alleged possession of illegal drugs” (2025年9月2日)。海外で購入したサプリメントが日本では違法となる疑いがあり、本人はその事実を認識していなかったと会社が説明したことを報じているjapantimes.co.jp。
- DIA Global Forum – “Cannabis‑Derived Drugs in Japan: New Legislation and Outlook” (2025年2月)。2024年の法改正によりΔ9‑THCが麻薬指定され、自ら使用する行為も最大7年の懲役を含む刑罰の対象となったこと、CBD医薬品の臨床試験が可能になったことを解説しているglobalforum.diaglobal.org。
- 福岡県薬務課 – 「残留限度値を超える濃度の麻薬成分が検出された製品について」(2025年5月23日)。市販のCBDグミから基準値を超えるΔ9‑THCが検出され、油脂・粉末で10 ppm、水溶液で0.1 ppm、その他で1 ppmを超える場合は麻薬に該当することを説明しているmhlw.go.jp。
- 国立保健医療科学院 H‑CRISIS – 「大麻成分を含んだ菓子等に注意しましょう!」(2025年7月)。大麻クッキーを食べた学生が重傷を負った事例を紹介し、THCやHHC、THCHが若者の脳に与える悪影響や意識障害、記憶障害の危険性を警告しているh-crisis.niph.go.jp。
- News‑Medical – “Cannabis use associated with increased risk of stroke and heart attacks” (2025年6月18日)。観察研究のメタ解析により、カンナビス使用者が非使用者に比べ急性冠症候群リスクが29%、脳卒中リスクが20%、心血管死亡リスクが約2倍になると報告しているnews-medical.net。