はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)はパンデミックの中で学校の休校や学級閉鎖といった社会的な影響を引き起こしました。しかし、最近の研究では、感染そのものが子どもの脳と学習能力に長期的な影響を与える可能性があることが示されています。本記事では、ウイルス感染に伴う炎症や脳の血管障害といった器質的な要因に焦点を当て、小学生年代を主な対象としてわかりやすく紹介します。
長期COVIDとは
世界保健機関(WHO)や各国の保健当局は、COVID‑19の急性期から数週間経過しても症状が続く状態を「Long COVID(長期COVID)」あるいは「Post‑COVID症候群」と呼んでいます。長期COVIDの定義には諸説ありますが、一般的には発症から4〜12週間程度続く症状を持続症状(長引く症状)、それ以上続く場合を長期COVIDとし、倦怠感や息切れ、頭痛に加えて「ブレインフォグ(頭のもやもや)」として知られる認知機能の低下が含まれます。症状は波状的に現れたり消えたりすることがあり、特に子どもでは気付かれにくい場合があります。
認知機能への影響
小児の長期COVIDでは、注意力や記憶力が落ちたり、思考が遅くなるなどの認知機能障害が報告されています。例えば、バルセロナの小児コホート研究では、COVID‑19感染後12週以上症状が続いている子ども120人のうち44%が集中力の低下を訴え、36%はその症状が6か月以上続いたと報告されています。また、約60%の子どもで社会生活や心理的健康に悪影響がありました。別のメタ解析では、COVID感染者は非感染者より2〜8%高い割合で認知機能に関する症状を示し、持続的な集中力低下や記憶障害のリスクが平均3%増加すると示されています。こうした症状は、症状が軽かった子どもにも少数ながら発生している点が注目されます。
調査によって報告される割合は異なりますが、大規模なアンケート調査では集中力の欠如や記憶障害を訴える子どもが多数存在することが分かっています。下図は8〜13歳の児童510人に対する調査で報告された主な認知症状の割合を整理したものです。

長期COVIDでは疲労感や睡眠障害も多く報告され、注意力の低下や学習意欲の減退を引き起こします。いくつかの神経心理学的評価では、持続的注意力の障害や実行機能(計画・判断能力)の低下、処理速度と作業記憶の低下が確認されました。脳の代謝を調べるPET検査では、海馬や小脳、脳幹など記憶や注意に関わる部位の代謝低下が検出され、これが「脳の霧」の生物学的な根拠とされています。
学力・学校生活への影響
認知機能の低下は学習面にも影響を及ぼします。スペインの観察研究では、長期COVIDの子どもの66%が学校の成績が下がったと保護者が報告し、18%の子どもは登校できない状態、28%は短縮時間割で登校していました。また、68%が課外活動を休止し、約7割の子どもが中等度以上の疲労を訴えています。下図は、この研究で報告された学校生活への影響を割合で示したものです。

注目すべきは、こうした影響が必ずしも重症患者に限らないことです。軽症でも長期にわたり集中力が続かない、授業についていけないといった問題が報告されています。算数や読解などの教科学習に関する直接的なデータはまだ少ないものの、注意力や記憶力の低下が学習全般に影響することから、特に複数の手順を必要とする数学の問題や文章理解でつまずく可能性があります。
IQへの影響
IQ(知能指数)は一般に成人や青年の研究が中心ですが、COVID‑19感染が認知機能全般に影響することを示す指標として参考になります。英国の大規模な研究では、COVID感染経験のある人がオンライン認知テストを受験した結果、感染していない人と比べて平均IQが低下していることが示されました。特に軽症者では約3ポイントの低下、症状が12週間以上続く長期COVIDでは約6ポイントの低下、入院や重症例では約9ポイントの低下が見られ、再感染するとさらに約2ポイント低下すると報告されています。下の図は感染の重症度別に見たIQの低下幅をまとめたものです。

この研究は主に成人と青年を対象としているため、小学生全般への直接的な影響は今後の検証が必要です。しかし、認知機能全般のわずかな低下でも学習における理解や問題解決能力に影響する可能性があり、教育現場での注意が求められます。
脳の変化とメカニズム
長期COVIDでみられる認知機能の低下には、ウイルス感染に伴う炎症や脳血管障害が関与していると考えられています。成人の研究では、急性期に血液中のフィブリノーゲンやDダイマーといった凝固関連物質が高いと、その後の「脳の霧」などの認知症状と関連することが報告されています。これは微小血栓が脳の毛細血管を詰まらせたり、血液脳関門の障害を引き起こす可能性を示唆しています。
小児の症例でも、PET検査で海馬や扁桃体、脳幹、小脳など複数の部位の代謝低下が確認されました。これらの部位は記憶や感情、運動調整に関わるため、代謝低下が持続すると注意力の低下や疲労感、心身の不調につながると考えられます。炎症性サイトカインの長期的な影響や自律神経系の乱れも長期的な症状の原因として議論されています。
他のウイルスとの比較
COVID‑19以外のウイルス感染でも重症化した場合に脳への影響が現れることがあります。例えばインフルエンザのごく稀な合併症である急性壊死性脳症(ANE)では、短期間に脳の浮腫や出血が起こり、死亡率が27%、生存者の約6割で中等度以上の障害が残ったと報告されています。ただしこの症状は極めて稀です。一方、RSウイルス感染では肺炎や脳炎の報告はあるものの、長期的な認知障害はほとんど報告されていません。近年のレビューでも、11件の研究のうち1件のみが言語発達の遅れや記憶障害を示しており、COVID‑19ほど大規模な長期的認知障害は確認されていません。
これらと比較すると、COVID‑19は重症化していなくても一定の割合で長期的な認知症状を示す点が特徴的です。罹患後の「長期インフルエンザ」や「長期RSウイルス」のような症候群は報告されておらず、COVID‑19特有の免疫反応や血管障害が影響していると考えられます。
おわりに
小学生を含む子どもがCOVID‑19に感染した場合、多くは軽症で回復しますが、一部の子どもは長期にわたって集中力や記憶力の低下、疲労感に悩まされています。これらは学校の授業や宿題に影響し、学習意欲の低下や自尊感情の低下にもつながりかねません。長期COVIDの症状は時間とともに改善する傾向がありますが、以下の点は抑えておきたいところです。
- 早期に症状を認識し、学校や家庭でのサポートを整えること — 授業時間を短縮したり、課題量を調整するなど柔軟な対応が必要です。
- 医療機関での評価やリハビリテーション — 記憶や注意力のトレーニング、心理的サポートを含め、専門家の介入が効果を示す場合があります。
- 予防としてのワクチン接種 — COVID‑19ワクチンは子どもでも重症化や長期COVIDのリスクを減らすことが報告されています。
長期COVIDはまだ解明途上の領域であり、今後も長期的な追跡研究が必要です。子どもたちの健康と学習機会を守るために、保護者や教育者、医療者が協力して支援していきましょう。
参考文献
- Hampshire et al., “Cognition and Memory after Covid‑19 in a Large Community Sample” (NEJM, 2024).
- Avittan & Kustovs, “Cognitive and Mental Health in Children and Adolescents Following COVID‑19” (International Journal of Environmental Research and Public Health, 2023).
- Gonzalez‑Aumatell et al., “Social, Academic and Health Status Impact of Long COVID on Children and Young People” (Children, 2022).
- Roge et al., “Persistent Post‑COVID‑19 Symptoms in Children: A Cross‑Sectional Cohort Study” (Frontiers in Pediatrics, 2022).
- Behnood et al., “Persistent Symptoms following SARS‑CoV‑2 in Children: A Meta‑Analysis” (Journal of Infection, 2022).
- Morand et al., “FDG Brain PET Hypometabolism in Paediatric Patients with Long COVID: A Case Series” (European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging, 2022).
- Lajonchere et al., “Influenza‑Associated Acute Necrotizing Encephalopathy in Children” (JAMA Network Open, 2024).
- Stravoravdi et al., “Neurologic and Cognitive Complications of RSV: A Scoping Review” (Pathogens, 2025).