誤嚥性肺炎と尿路感染症は、高齢の方が入院するきっかけとして最も多い病気の代表です。ところが近年、「状態が許せば、こうした感染症は自宅で治療したほうが、費用面でも体の回復の面でも良い場合がある」という研究結果が国内外で積み重なってきました。
今回は、訪問診療を専門とする医師の立場から、入院治療と在宅治療で医療費がどれくらい違うのかを、公的データと研究論文をもとに整理します。
誤嚥性肺炎・尿路感染症は「高齢者入院の二大要因」
誤嚥性肺炎は、飲み込む力(嚥下機能)が弱った方に起こる肺炎で、80歳以上の肺炎の大部分を占めるとされます。尿路感染症も、寝たきりの方やおむつを使用している方、前立腺肥大や神経因性膀胱のある方に繰り返し起こりやすく、発熱の原因としてはこの2つで在宅高齢者の急な発熱のかなりの部分を説明できます。
社会全体で見ると規模は非常に大きく、国内の推計では、70歳以上の高齢者だけで毎日約2万人が誤嚥性肺炎のために入院しており、その入院費用は年間約4,450億円にのぼると報告されています[1]。尿路感染症も高齢者の敗血症(重症感染症)の主要な入り口であり、入院医療費に占める割合は年々増えています。
つまり「どこで治療するか」という選択は、ご本人・ご家族の負担だけでなく、日本の医療費全体にも直結するテーマなのです。
入院した場合の医療費 ― DPC制度に基づく目安
日本の急性期病院の入院費は、DPC/PDPSという「病名ごとの1日あたり定額制」で計算されます。誤嚥性肺炎(手術なし)の全国平均在院日数はおおむね20日前後、腎臓・尿路の感染症では12日前後です(全国DPC対象病院の平均値。病院・年度により変動します)[2]。
この在院日数をもとに、DPCの包括点数と入院基本料の加算、リハビリテーション料などを合わせて概算すると、医療費の総額(10割相当)はおおよそ次のようになります。
| 疾患 | 平均的な入院期間 | 医療費総額の目安 (10割相当) |
|---|---|---|
| 誤嚥性肺炎 | 約3週間(約20日) | 約70〜100万円 |
| 尿路感染症(腎盂腎炎など) | 約2週間(約12日) | 約40〜60万円 |
※当院によるモデル試算です。DPC点数・入院料の加算・重症度・病院の機能係数により大きく変動します。人工呼吸管理や集中治療が必要な重症例では、この数倍になることも珍しくありません。
さらに、医療費とは別に自己負担となる費用もあります。入院中の食事代は2026年6月から1食550円(一般所得の方)に引き上げられ、1日3食で1,650円、20日間の入院なら食事代だけで約3.3万円になります[3]。個室を利用すれば差額ベッド代(高額療養費の対象外)が加わり、寝衣・おむつ代やご家族の交通費も積み重なります。
在宅で治療した場合の医療費 ― 当院のモデル試算
一方、状態が比較的安定していれば、誤嚥性肺炎も尿路感染症も在宅で抗菌薬の点滴・内服治療を行うことが可能です。医師の訪問診療・往診に加えて、訪問看護師が毎日〜隔日で点滴管理や状態観察を行う体制を組みます。
たとえば「2週間の在宅治療(医師の訪問5〜6回+訪問看護をほぼ毎日+抗菌薬点滴)」というモデルで、在宅時医学総合管理料・訪問診療料・往診料・訪問看護療養費・薬剤費を積み上げて試算すると、医療費総額(10割相当)はおおむね15〜30万円程度に収まるケースが多くなります。
図:治療1回(1エピソード)あたりの医療費総額の比較イメージ(10割相当・当院試算)
※2026年度診療報酬に基づく当院のモデル試算。訪問回数・重症度・使用する抗菌薬により変動します。バーの長さは金額レンジの中央値のおおよその比率を示します。
単純比較には注意が必要ですが(在宅医療は「月単位の管理料」を含む仕組みのため)、1回の感染症治療にかかる医療費は、在宅のほうが入院の3分の1前後になるというのが実務感覚とも一致する目安です。最大の理由は、入院費用の大部分を占める「ベッド・建物・24時間の人員体制」のコストが在宅では発生しないことにあります。
医療費総額に差があっても、日本には高額療養費制度があるため、窓口での自己負担の差は総額の差ほど大きくならないことがあります(例:75歳以上・一般所得の方の負担上限は月57,600円など、所得区分により異なります)。ただし入院では、この上限とは別枠で食事代(1食550円)・差額ベッド代・日用品費がかかります。在宅では逆に、訪問看護や介護サービスの介護保険自己負担、ご家族の見守りの手間が生じます。「医療費」と「それ以外の負担」を分けて考えることが大切です。
費用だけではない ― 「在宅入院」の国際的なエビデンス
「安いのは分かったが、治療の質は落ちないのか?」という疑問は当然です。ここは、海外で長年研究されてきたHospital at Home(在宅入院/病院級の医療を自宅で行うモデル)のデータが参考になります。
オーストラリアのCaplanらは、在宅入院と通常入院を比較したランダム化比較試験61件(対象は肺炎・蜂窩織炎・心不全・COPDなど)をまとめて解析しました。その結果、在宅治療群では死亡が約19%少なく(オッズ比0.81)、再入院も約25%少なく(オッズ比0.75)、費用も有意に低いことが示されました。患者満足度は22研究中21研究で在宅群のほうが高い結果でした[4]。
Levineらが2020年に発表したランダム化比較試験では、感染症(肺炎・尿路感染を含む)などで入院適応となった患者を「自宅での病院級治療」と「通常入院」に振り分けて比較しました。在宅群は治療費用が38%低く(95%信頼区間 24〜49%)、30日以内の再入院は7%(入院群23%)にとどまりました。さらに在宅群は横になって過ごす時間が1日の18%(入院群55%)と少なく、体を動かしながら治療できていました[5]。
この「横になっている時間の差」は、高齢者ではとりわけ重要です。70歳以上の方が急性疾患で入院すると、およそ3人に1人が入院前より日常生活動作(ADL)が低下した状態で退院することが知られており(入院関連機能障害)[6]、環境の変化によるせん妄(混乱状態)も認知症のある方では高頻度に起こります。肺炎や尿路感染そのものは治っても、「入院したせいで歩けなくなった」「食べられなくなった」という事態は、在宅医療の現場で最もよく耳にするお悩みの一つです。住み慣れた自宅で治療できれば、こうした二次的な機能低下のリスクを抑えられる可能性があります。
正直な注意点 ― 在宅治療が向かない場合もあります
公平を期すために、限界もお伝えします。
- 重症例は入院が必要です。酸素投与でも改善しない呼吸不全、血圧低下を伴う敗血症、集中治療が必要な状態では、入院治療が明確に優先されます。
- 海外の研究は日本と医療制度・費用水準が異なります。「38%減」などの数字は割合として参考になりますが、金額をそのまま日本に当てはめることはできません。日本国内で入院と在宅治療を直接比較したランダム化比較試験はまだ乏しいのが現状です。
- 在宅治療には条件があります。毎日訪問できる訪問看護体制、緊急時に24時間対応できる在宅医、そしてご家族またはヘルパーによる最低限の見守りが必要です。介護するご家族の負担も、費用には表れないコストとして考慮すべきです。
私たちの役割は「何でも在宅で」と勧めることではなく、重症度と生活環境を評価したうえで、入院と在宅のどちらが適切かをその都度ご一緒に判断することだと考えています。
まとめ
- 誤嚥性肺炎・尿路感染症は高齢者入院の二大要因で、誤嚥性肺炎だけで年間約4,450億円の入院費用が推計されています。
- 1回の治療あたりの医療費総額は、入院で約40〜100万円、在宅では約10〜30万円が目安で、在宅は入院の3分の1前後になり得ます(当院試算)。
- 海外のランダム化比較試験・メタ解析では、適切に選ばれた患者であれば、在宅での治療は費用が低いだけでなく、死亡・再入院・寝たきり化のリスクもむしろ少ないことが示されています。
- ただし重症例は入院が優先で、在宅治療には24時間対応の医療体制と一定の介護力が必要です。
ふくろう訪問クリニック(福岡市早良区)では、訪問診療と訪問看護の連携により、誤嚥性肺炎や尿路感染症の在宅での点滴治療・24時間対応を行っています。「入院はなるべく避けたい」「熱を出すたびに入院を繰り返している」といったお悩みがあれば、かかりつけのケアマネジャー様・医療機関様を通じて、あるいは直接、お気軽にご相談ください。
参考文献
- 道脇幸博, 角保徳. 70歳以上の高齢者の誤嚥性肺炎に関する総入院費の推計値. 老年歯科医学. 2014;28(4):366-368. doi:10.11259/jsg.28.366
- 厚生労働省. DPC導入の影響評価に係る調査「退院患者調査」の結果報告(各年度). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049343.html
- 厚生労働省 社会保障審議会医療保険部会資料「入院時の食費・光熱水費について」(令和7年12月)ほか、2026年度改定に伴う入院時食事療養標準負担額の見直し(2026年6月1日施行、一般所得550円/食).
- Caplan GA, Sulaiman NS, Mangin DA, et al. A meta-analysis of “hospital in the home”. Med J Aust. 2012;197(9):512-519. doi:10.5694/mja12.10480
- Levine DM, Ouchi K, Blanchfield B, et al. Hospital-Level Care at Home for Acutely Ill Adults: A Randomized Controlled Trial. Ann Intern Med. 2020;172(2):77-85. doi:10.7326/M19-0600
- Covinsky KE, Pierluissi E, Johnston CB. Hospitalization-associated disability: “She was probably able to ambulate, but I’m not sure”. JAMA. 2011;306(16):1782-1793. doi:10.1001/jama.2011.1556
本コラムの金額は2026年7月時点の診療報酬・制度に基づく概算であり、個々の患者さんの費用を保証するものではありません。実際の負担額は所得区分・保険種別・治療内容により異なります。
