焼き肉の最後の一枚、レンジで温め直したハンバーグ、大皿の鶏の唐揚げ。切ってみたら中がうっすら赤い——でも、もう一度火にかけるのは面倒。「これくらいなら大丈夫だろう」と、そのまま口に運んだ経験のある方は少なくないと思います。

この「これくらい」が、実際にはどれくらいのリスクなのか。鶏・豚・牛という家庭でよく使う肉ごとに、公的機関のデータと査読を経た研究をもとに整理します。あわせて、在宅医療の現場で私たちが実際に困っている点——高齢の方や持病のある方で何が変わるのかを、一段深く掘り下げます。

SECTION 01

結論から:この記事の要点

  1. 「生焼けかどうか」は見た目では判定できません。肉は約55℃でも茶色く見えることがあり、逆に十分加熱してもピンクが残ることがあります。判断材料は色ではなく中心温度です。国内の目安は中心部が75℃で1分間以上(またはこれと同等)
  2. 肉ごとに「主役」の病原体が違います。鶏=カンピロバクター豚=E型肝炎ウイルス・寄生虫牛(特にひき肉・成形肉)=腸管出血性大腸菌。危険の種類も、症状が出るまでの日数も違います。
  3. 同じ量を食べても、高齢の方や持病のある方は重症化しやすい。胃酸のバリアが弱まり、腎臓の予備力が小さく、症状が「食欲がない」だけで現れることもあります。調理用温度計を1本置くことが、費用対効果のもっとも高い対策です。
SECTION 02

そもそも、菌は肉のどこにいるのか

「レアのステーキは平気なのに、レアのハンバーグはだめ」と言われる理由は、菌がいる場所にあります。

健康な牛や豚の筋肉そのものは、本来ほぼ無菌です。菌は主に腸の中にいて、と畜・解体の過程で肉の表面に付着します。つまり塊肉のステーキであれば、表面をしっかり焼けば菌の大部分は死滅し、中が赤くても比較的リスクは低い——ここまでは正しい理解です。

問題は、その前提が崩れる肉が家庭には非常に多いことです。

図1 菌は「表面」にいる。だが、表面が中に入る肉がある 内部は基本的に無菌 ① 塊肉(ステーキ) 表面をしっかり焼けば 中が赤くてもリスクは低め ② ひき肉(ハンバーグ等) 表面の菌が全体に練り込まれる → 中心まで加熱が必須 ③ 成形肉・筋切り・漬け込み 針や刃で表面の菌が内部へ → 見た目は塊肉、中身は② ④ 鶏肉・レバー 骨のまわりや内部にも入りうる →「新鮮なら生でOK」は誤り 家庭にある肉の多くは ②〜④ です。合いびき肉、ミンチ、成形ステーキ、ヨーグルトや麹に漬けた肉、筋切りした とんかつ用ロース、そして鶏肉全般。「表面だけ焼けばよい」が通用しないのは、この構造の違いによります。

図1:菌が付くのは基本的に肉の表面。しかし、ひいたり、針を刺したり、刃を入れたりすると、表面の菌がそのまま内部に移動する。鶏肉は流通段階での汚染率が高く、内部にも菌が入り込みうる。

もう一点、日本の食卓で見落とされやすいのがレバー(肝臓)です。牛レバーは、鮮度や衛生管理と関係なく肝臓の内部から腸管出血性大腸菌が検出されることがあるため、安全に生食する方法がないと判断され、2012年7月1日から生食用としての販売・提供が禁止されています。「表面を焼けば中は大丈夫」という発想が、そもそも成り立たない臓器です。

SECTION 03

肉別・リスク早見表

肉の種類主に問題になるもの症状が出るまで特に注意する料理法規制
カンピロバクター、サルモネラ2〜5日(長い)鶏刺し・たたき・湯引き、レバー、焼き鳥、唐揚げの半生、鍋の取り分け生食禁止の規定なし(=安全という意味ではない)
E型肝炎ウイルス、寄生虫(トキソプラズマ等)、サルモネラ、カンピロバクター15〜50日(平均約6週)レバー、ホルモン、厚切りとんかつ、しゃぶしゃぶ、自家製ソーセージ食肉・内臓とも生食用の販売・提供は禁止(2015年6月12日〜)
腸管出血性大腸菌(O157等)3〜5日/HUSはさらに5〜7日後ハンバーグ、成形肉ステーキ、ローストビーフ、たたき、レバーレバーは生食禁止(2012年7月1日〜)。生食用食肉には規格基準あり
ジビエ
(イノシシ・シカ等)
E型肝炎ウイルス、寄生虫、細菌病原体による刺身・たたき、バーベキュー厚労省のガイドラインで生食は不可、中心部まで加熱

数字で見ると:厚生労働省の食中毒統計によると、令和7年(2025年)の食中毒は全国で1,172件・患者24,727人・死者2人。事件数の内訳はノロウイルス39.4%、アニサキス23.9%に次いでカンピロバクターが18.8%(約220件)で第3位、この3つで全体の約8割を占めます。腸管出血性大腸菌は事件数こそ0.9%と少数ですが、過去10年(2016〜2025年)で患者1,942人に対し死者12人と、致命率が突出しています(同期間のカンピロバクターは患者16,690人・死者0人、サルモネラ属菌は患者6,754人・死者2人)。

「頻度が高いもの」と「命に関わるもの」は別だ、というのがこの表の読み方です。

SECTION 04

鶏肉:いちばん身近な「生焼け」の相手

カンピロバクターの三つの厄介さ

① そもそも高頻度で付いている。食品安全委員会が各種調査を集約した評価では、小売段階の国産鶏肉の汚染率は32〜96%と報告されています。「たまたま当たりの肉」ではなく、鶏肉には一定の確率で付いているものと考えるのが実務的です。

② 少ない菌数で発症する。比較的少ない菌数(数百個程度)でも腸炎を起こします。「ほんの一口」「端のほうだけ」でも成立しうる、ということです。

③ 潜伏期間が長い。2〜5日と、他の食中毒より長め。だから発症したときには「昨日の夕食」を疑ってしまい、数日前の鶏料理にたどり着けません。原因不明のまま終わる例が多いのは、この時間差のためです。

症状は発熱・倦怠感・頭痛・吐き気・腹痛・下痢・血便など。多くは1週間程度で回復しますが、注意すべき合併症があります。

ギラン・バレー症候群という「後から来る」問題

カンピロバクター腸炎の1〜3週間後に、手足のしびれや脱力、力が入らないといった症状が現れることがあります。ギラン・バレー症候群です。菌の表面にある糖鎖の構造が末梢神経のガングリオシドとよく似ているため、菌を攻撃するはずの抗体が自分の神経を誤って攻撃してしまう——「分子相同性」と呼ばれる現象です。

ギラン・バレー症候群の患者さんの多くは発症前1〜3週間に何らかの感染症状があり、下痢が先行した場合はカンピロバクターの頻度が高いことが知られています。日本では神経の軸索が直接傷つくタイプ(AMAN)が多いとされます。ただし、カンピロバクター腸炎を起こした人のうち発症するのはごく一部で、過度に怖がる必要はありません。重要なのは、「下痢のあと数週間して手足に力が入らなくなったら、すぐ受診する」という知識を持っておくことです。

よくある誤解:「新鮮な鶏なら生で食べられる」
カンピロバクターはもともと健康な鶏の腸にいる常在菌です。腐敗菌ではないので、鮮度とは無関係に存在します。また、冷蔵・冷凍下でも長期間生存します。鶏刺し・鶏たたき・湯引き・レバ刺しは、鮮度がよいほど安全になるわけではありません。

SECTION 05

豚肉:症状が出るのは1か月以上あとかもしれない

E型肝炎ウイルス(HEV)

日本では年間400〜600例程度のE型肝炎が報告されており、多くはブタやイノシシなどの加熱不十分な肉や内臓の摂取によるものです。潜伏期間は15〜50日(平均約6週間)。発熱、吐き気、食欲不振、腹痛、褐色の尿、強い黄疸などで発症します。多くは1か月ほどで自然に治りますが、まれに劇症肝炎となり死に至ることがあります。

この「1か月以上の潜伏期」が厄介です。黄疸が出て受診したとき、患者さんも私たちも、6週間前の豚レバーを思い出せません。だから統計上の食中毒には現れにくく、実際の負担が見えにくい病気です。

豚については、2015年6月12日から、食肉・内臓ともに生食用として販売・提供することが法律で禁止されています。飲食店で「豚の生レバー」が出てくることは、現在ではありません。裏を返せば、家庭でのリスクは「加熱したつもりで足りていない」ケースに集中します。厚切りのとんかつ、しゃぶしゃぶの薄切りを湯にくぐらせただけ、自家製ソーセージ、バーベキューの豚バラ——このあたりです。

HEVは、細菌より少し「熱に強い」

加熱条件を実験で検証した研究があります。国内のグループ(Imagawaら, 2018)は、E型肝炎ウイルスの遺伝子型3・4を用い、豚ひき肉では70℃・5分で不活化された一方、63℃では不十分だったと報告しています。また、煮るほうが焼くより中心温度が上がりやすいこと、遺伝子型4は3よりわずかに熱に強いことも示されました。フランスのグループ(Barnaudら, 2012)はブタを用いた感染実験で、中心温度71℃・20分を完全な不活化の条件として報告しています。

研究によって条件に幅があるのは、扱ったウイルス量・食品の形状・感染性の判定方法が異なるためです。ただし方向性は一致しています——細菌向けの「75℃1分」でも、豚肉・豚レバーについては「余裕をもって、しっかり中心まで」が正解。とくにレバーやひき肉は、加熱を惜しまないほうが賢明です。

なお豚肉には、トキソプラズマなどの寄生虫や、サルモネラ属菌・カンピロバクターのリスクもあります。妊娠中の方は、トキソプラズマの初感染が胎児に影響しうるため、生ハムを含めて特に注意が必要です。

SECTION 06

牛肉:頻度は低いが、いちばん怖い

腸管出血性大腸菌(O157など)

わずか50個程度の菌で感染が成立するとされます。3〜5日の潜伏期のあと、水様便、激しい腹痛、そして血便。発熱は軽度のことが多く、「胃腸炎かな」と様子を見てしまいがちです。

症状のある方の6〜7%程度が、初発症状から数日〜2週間以内(多くは5〜7日後)に溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症といった重い合併症を起こすとされます。腎臓の働きが落ち、貧血が進み、けいれんや意識障害に至ることもあります。特に小さな子どもと高齢の方で重症化しやすいのが特徴です。

2011年4月、富山県などの焼肉チェーン店でユッケを原因とする集団食中毒が発生し、患者は100名を超え、5名が亡くなりました。これを受けて同年10月1日から生食用食肉(牛肉)の規格基準が施行されています。その加工基準は具体的で、「肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上加熱、またはこれと同等以上の方法で殺菌」——つまり、法律が求める「生食用」ですら、表面から1cmは加熱殺菌されているのです。家庭の生肉とは前提が違います。

家庭で危ないのは「ステーキ」ではなく「ハンバーグ」

SECTION 02で見たとおり、ひき肉は表面の菌が全体に混ざり込みます。ハンバーグの中心がピンクであれば、それは「レアで美味しい」のではなく「殺菌されていない部分がある」という意味です。同じ理由で、成形肉ステーキ(結着剤で貼り合わせた肉)針を刺して軟らかくした肉タレに漬け込んだ肉も、中心まで火を通す必要があります。「レアで」と注文して出てくる店では、あらかじめ規格に沿った処理が行われています。

ローストビーフも要注意です。塊肉なので理屈上は表面加熱で足りますが、家庭では低温での長時間加熱に頼りがちで、実際に中心が何℃まで上がっていたのかを確認していないことがほとんどです。作るのであれば、温度計は必須と考えてください。

SECTION 07

「色」を信じてはいけない、という科学

ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。

米国農務省食品安全検査局(USDA-FSIS)は、肉の色と肉汁の色は加熱の十分さを判断する材料にならないと明言しています。カンザス州立大学の研究(Huntら, 1995)では、ひき肉パティが安全な温度に達するはるか手前で褐色に変わる例が十分な頻度で見られました。報告によれば、内部温度が約55℃(131°F)の段階で「よく焼けたように見える」パティが存在します。これをプレマチュア・ブラウニング(早期褐変)と呼びます。

逆の現象もあります。パーシステント・ピンク(残存ピンク)——十分に加熱しても赤みが残る現象で、肉のpHや窒素化合物の影響で起こります。「まだ赤いからもう少し」と焼き続け、パサパサにしてしまうのはこちらのパターンです。

図2 見た目と中心温度は一致しない 早期褐変(プレマチュア・ブラウニング) 見た目:しっかり焼けている 約55℃ 実際の中心温度 殺菌には全く足りない 残存ピンク(パーシステント・ピンク) 見た目:中が赤い・ピンク 77℃ 実際の中心温度 すでに安全に達している

図2:色は加熱の指標にならない。褐色に見えても中心が55℃程度のことがあり(USDA-FSIS/Huntら 1995)、逆にピンクが残っていても十分加熱されていることがある。肉汁の色も同様に判断材料にならない。

では何を使うか:調理用温度計

数百円〜数千円で手に入るデジタル式の中心温度計(差し込み式)が、この問題に対する唯一まっとうな答えです。使い方のコツは3つ。

  • いちばん厚い部分・いちばん火の通りにくい部分に、先端が中心にくるよう差す
  • 骨や脂肪の塊に当てない(骨は熱伝導が違い、実際より高く出ることがあります)
  • ハンバーグやパティは側面から水平に差し込み、2〜3か所を測る

竹串を刺して透明な肉汁が出るか、指で押して弾力を見る——こうした方法は、料理の仕上がりの判断にはなっても、温度を測っていない以上、安全の判断にはなりません

SECTION 08

加熱の物差し:75℃1分と「同等の条件」

日本の集団給食や飲食店の衛生管理の基準となる「大量調理施設衛生管理マニュアル」(厚生労働省)では、加熱調理食品は中心部温度計を用いるなどして中心部が75℃で1分間以上(またはこれと同等以上)加熱されていることを確認する、と定められています(二枚貝などノロウイルス汚染のおそれがある食品は85〜90℃で90秒間以上)。

「75℃1分」は一つの点ではなく、温度と時間の組み合わせです。厚生労働省の「食肉の加熱条件に関するQ&A」は、これと同等の条件を具体的に示しています。

図3 同じ殺菌効果になる「温度 × 時間」の組み合わせ 30分10分3分1分 63℃65℃67℃70℃75℃ 中心温度 必要な時間 63℃ 30分 65℃ 15分 66℃ 11分 67℃ 8分 68℃ 5分 69℃ 4分 70℃ 3分 75℃ 1分 71℃ 20分 E型肝炎ウイルスの完全不活化条件(Barnaud 2012) この下は殺菌不十分 この上は安全側

図3:厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」が示す、75℃1分と同等の加熱条件。低い温度なら長く、高い温度なら短く。E型肝炎ウイルスは細菌よりやや熱に強く、より余裕のある条件が必要とされる。

読み方のポイント:時間は「その温度に届いてから」数える
「70℃3分」は、鍋やオーブンを70℃にして3分ではありません。肉の中心が70℃に達してから、さらに3分です。低温調理器で「63℃・30分」と設定しても、厚い肉なら中心が63℃に届くまでに30分以上かかることがあります。設定温度と中心温度は別物です。

逆に言えば、家庭で最も安全側に倒れる方法は「煮る・蒸す・しっかり焼く」。E型肝炎ウイルスの実験でも、煮るほうが焼くより中心温度が上がりやすいことが示されています。

SECTION 09

家庭でやりがちな6つの落とし穴

  1. 鶏肉を水で洗う。洗っても菌は落ちず、水しぶきとともにシンク・蛇口・近くの野菜へ飛び散ります。ぬめりが気になるならキッチンペーパーで拭き取り、そのまま捨ててください。
  2. 生肉をつかんだ箸で、焼けた肉も取る。焼肉・バーベキューでの定番の落とし穴です。「生肉用トング」と「食べる箸」を必ず分ける。これだけで防げる事故がかなりあります。
  3. まな板・包丁を洗わずに野菜へ。加熱される肉より、そのあとに切るサラダのきゅうりのほうが危ないことがあります。順番は「野菜が先、肉が後」。
  4. 「冷凍したから大丈夫」。カンピロバクターや腸管出血性大腸菌は冷蔵・冷凍下でも死にません。家庭用冷凍庫は殺菌装置ではなく、時間を止める装置です。
  5. 電子レンジの加熱ムラを見落とす。レンジは水分の多い場所から温まるため、内部に冷たい層が残ります。途中で一度取り出して混ぜる・裏返す、ラップをして加熱後1〜2分そのまま庫内に置く(余熱の均一化)。冷凍のまま加熱すると特にムラが出ます。
  6. 「うっすら赤い分」を大人が食べ、火の通ったところを子どもや高齢者に。気遣いとしては自然ですが、この一皿から同じ菌が全員に配られている可能性があります。中が赤かった時点で、その料理全体をもう一度加熱するのが正解です。

そして最後に、いちばん現実的な話を。加熱し直すのは面倒です。だからこそ、面倒さの手前で止められる仕組み——温度計を1本、コンロの横に置いておくことに意味があります。「測ればいいだけ」の状態にしておくと、判断のコストがぐっと下がります。

在宅医療の視点
SECTION 10

高齢の方・在宅療養中の方では、何が変わるのか

ここからは、訪問診療の現場で実際に問題になる点を掘り下げます。結論から言えば、高齢の方では「同じ量を食べても結果が違う」うえに、「起きたことに気づくのが遅れる」——この二段構えが問題です。

10-1 なぜ重症化しやすいのか:五つの理由

図4 高齢の方で「同じ量でも結果が違う」五つの理由 1 胃酸のバリアが弱い 萎縮性胃炎、胃切除後、酸分泌抑制薬(PPI・P-CAB)。胃を通り抜ける菌が増える 2 免疫の老化 感染が腸にとどまらず、菌血症(血液への波及)に進みやすい 3 腎臓の予備力が小さい 下痢による脱水がそのまま急性腎障害へ。O157では溶血性尿毒症症候群のリスク 4 低栄養・サルコペニア 数日食べられないだけで筋力・ADLが落ち、そのまま戻らないことがある 5 症状が「らしく」出ない 発熱しない・腹痛を訴えない。認知症や失語があると「元気がない」「食べない」だけのことも

図4:高齢の方では、感染の入口(胃酸)・防御(免疫)・回復力(腎臓・筋肉)・発見のしやすさ(症状の出方)のすべてが不利に働く。

1つ目について補足します。酸分泌抑制薬と腸管感染症の関連は繰り返し検討されてきました。観察研究9件のメタ解析(Hafizら, 2018)では、PPI使用者で市中発症の腸管感染症のオッズ比4.28(95%信頼区間3.01〜6.08)、菌種別ではカンピロバクター5.09、サルモネラ4.84と報告されています。ただしこれらは観察研究であり、因果関係を確定するものではありません(実際、クロストリジオイデス・ディフィシル感染についてはランダム化比較試験のメタ解析で有意差が示されていません)。

ですから「胃薬をやめましょう」という話ではありません。逆流性食道炎や潰瘍の再発予防で必要な薬です。お伝えしたいのは、これらの薬を長く飲んでいる方では、生焼けの肉に対する余裕が普通より小さい——だから調理側でカバーしましょう、ということです。

10-2 在宅の台所で、実際に起きていること

よくある場面何が起きているか現実的な対策
作り置きの再加熱冷蔵庫から出して「温かくなった」で止める。中心が50〜60℃止まりのことが多い湯気が立つまで。カレー・煮物は沸いてから1〜2分。可能なら温度計で確認
宅配弁当・惣菜の温めレンジの加熱時間が「表示の半分」になりがち(熱すぎると食べにくいため)表示どおり加熱し、皿に移してから冷ます。加熱を削って冷ますのは逆
きざみ食・ミキサー食加熱後にフードプロセッサーやまな板を経由し、二次汚染が起きうる器具は加熱前用と加熱後用を分ける。使用後は熱湯または塩素系漂白剤で消毒
買い物の頻度が少ない肉の在庫が長く、開封後の保存も長い。冷蔵庫の詰めすぎで冷えが甘い買った日に小分け冷凍。冷蔵室は7割程度まで。生肉は最下段に受け皿つきで
介護者がひとりで調理手を洗う時間も、加熱し直す余裕もない。味見で生の状態に触れることも温度計を1本置く。疑わしければ電子レンジで追加加熱という「逃げ道」を用意しておく
柔らかい肉が好まれる義歯や嚥下障害があると、火の通った肉は噛みにくい。結果としてレア寄りを選びがちひき肉・薄切りにしてしっかり加熱してから、だし・とろみ・煮込みで軟らかくする

訪問時に見ておきたい台所のポイント

訪問診療・訪問看護の場面では、次の点が短時間で確認できます。①冷蔵庫の中で生肉がどこに置かれているか(上段だと下の食品に肉汁が落ちます)、②まな板・トングが1組しかないか、③調理用温度計の有無、④残っている作り置きの日数、⑤ヘルパーや配食など複数の人が関わる場合の申し送りの有無。生活のなかの具体的な一手が、そのまま予防になります。

10-3 症状が出るまでの時間差を知っておく

図5 「食べた日」と「症状の日」はこれだけ離れる 0日714212835424956 食べた日からの日数 カンピロバクター腸炎(2〜5日) 腸管出血性大腸菌の下痢・血便(3〜5日) 溶血性尿毒症症候群(下痢から5〜7日後) ギラン・バレー症候群(感染の1〜3週後) E型肝炎(15〜50日・平均約6週)

図5:カンピロバクターは2〜5日、E型肝炎は15〜50日。「昨日の食事」を疑っても原因にたどり着けない。逆に、症状から遡って食歴を丁寧に聞くことが診断の手がかりになる。

この図が示すのは、問診の射程を長く取る必要があるということです。黄疸で受診された方に「1か月前後で、レバーやジビエを食べませんでしたか」と尋ねられるかどうか。下痢のあと数週間して歩きにくくなった方に、腸炎の既往を結びつけられるかどうか。在宅では、ご家族やヘルパーの記憶が唯一の記録であることも珍しくありません。

10-4 もし症状が出たら:在宅でできること

  • まず脱水を見る。尿の回数と色、腋の下の乾き、前胸部や額の皮膚のはり(手の甲は高齢者では当てになりません)、体重の変化、意識のはっきりさ。高齢の方は口渇を感じにくく、「喉が渇かない」は水分が足りている証拠になりません。
  • 水分は少量頻回で。一度にたくさんは吐いてしまいます。経口補水液をスプーン〜小さなコップで、時間を決めて。嚥下障害がある方は、とろみをつけて誤嚥を防いでください。
  • 下痢止め(ロペラミドなど)は自己判断で使わない。とくに血便や高熱を伴うときは、腸の動きを止めることで毒素の排出が遅れ、かえって重症化しうると考えられています。まず主治医に連絡を。
  • 手元にある抗菌薬を飲まない。以前に処方された残薬を使うと、原因菌の特定が難しくなり、耐性の問題も生じます。抗菌薬が有効な場面と、避けたほうがよい場面があります。
  • 訪問診療でできること。採血(脱水・腎機能・炎症・貧血・血小板の評価)、便培養の提出、末梢点滴や持続皮下輸液による補液。点滴が週3日以上必要と見込まれるときは在宅患者訪問点滴注射指示書(有効期間7日以内)、状態が急に悪化して頻回の訪問看護が必要なときは特別訪問看護指示書(14日間・週4日以上の訪問が可能)を発行し、体制を厚くします。
  • 同居のご家族・施設内の二次感染を防ぐ。腸管出血性大腸菌はごく少数の菌で感染するため、トイレの取っ手・タオル・入浴の順番から広がります。おむつ交換や吐物処理は使い捨て手袋とマスクで、汚染物は塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)で処理し、手洗いは流水と石けんで。アルコール単独では効きにくい病原体があります。
  • 届出の仕組みも動きます。腸管出血性大腸菌感染症は感染症法上の三類感染症で、診断した医師は直ちに保健所へ届け出ます。また食中毒が疑われる場合も、医師は保健所に届け出る義務があります。ご本人・ご家族が保健所から連絡を受けることがありますが、これは広がりを止めるための手続きであり、責任を問うものではありません。

10-5 終末期に「それでも食べたい」と言われたら

在宅の現場では、教科書どおりにいかない場面があります。抗がん剤治療中の方、肝硬変のある方、ステロイドや免疫抑制薬を使っている方——医学的には生食や加熱不十分な肉のリスクがもっとも高い集団です。その方が「久しぶりに刺身が食べたい」「孫と焼肉に行きたい」とおっしゃる。

ここで私たちが取る立場は、禁止でも黙認でもなく、「情報を揃えたうえで一緒に決める」ことです。具体的には、

  • まず代替案を出す。同じ味付け・同じ香りで、加熱したものに置き換えられないか。焼肉なら店に行くこと自体が目的であることも多く、しっかり焼いた肉でも満足度は下がらないことがあります
  • リスクの大きさを具体的に伝える。「危ないですよ」ではなく、「いま白血球が下がっている時期なので、腸炎になると入院が必要になる可能性が高い」という言い方に変える
  • それでも本人が選ぶなら、何を優先したのかをご家族・多職種で共有し、記録に残す。もし体調が崩れたときに「あのとき食べさせたせいだ」とご家族が自分を責めない状態をつくっておくことが、実はいちばん大切な準備です

これはACP(人生会議)の一部です。食べる楽しみと安全のどちらを、どの場面で優先するか——元気なうちに一度話し合っておくと、いざというときの判断がずいぶん楽になります。

10-6 受診・救急の目安

図6 迷ったときの三段階 家で様子を見てよい ・下痢が1日数回まで ・水分がとれている ・熱がない、または微熱 ・尿がいつもどおり出る ・血便がない 水分を少量頻回で。 悪化したら次の段階へ その日のうちに連絡 ・38℃以上の熱が続く ・水分がとれない/吐く ・尿の回数が半分以下 ・下痢が2〜3日続く ・食欲がなく元気がない 高齢・持病がある方は この段階で必ず相談を すぐ受診・救急 ・血便が出た ・半日以上尿が出ない ・意識がもうろう/けいれん ・強い腹痛が続く ・黄疸、手足の力が入らない 迷うときは救急安心センター #7119

図6:血便、尿が出ない、意識の変化は待たない。黄疸(E型肝炎)や手足の脱力(ギラン・バレー症候群)は、食事から日が経ってから現れるため見落とされやすい。

SECTION 11

場面別・早見表

場面判断理由
ステーキがレア健康な成人なら許容範囲。高齢者・小児・妊娠中・免疫が低下している方は避ける塊肉なので菌は表面。ただし成形肉・筋切り肉・漬け込み肉は除く
ハンバーグの中が赤い× 再加熱するひき肉は菌が全体に混ざっている
鶏の唐揚げの中がピンク× 再加熱するカンピロバクターの汚染率が高い。色は温度の指標にならない
鶏刺し・鶏たたき× 推奨しない(特に高齢者・小児)鮮度と汚染の有無は無関係
豚のしゃぶしゃぶで色が変わっただけ△ もう少し火を通すE型肝炎ウイルスは細菌よりやや熱に強い
牛レバー・豚レバーの生× 法律で禁止内部から病原体が検出されるため、安全な生食法がない
自家製ローストビーフ△ 温度計で確認したうえで低温長時間は中心温度が読めない
低温調理器で調理△ 設定温度=中心温度ではない中心が設定温度に達してからの時間を確保する
電子レンジで温め直し△ 途中で混ぜる・裏返す・余熱を置く加熱ムラで冷たい層が残る
バーベキュー生肉用トングと食べる箸を分ける加熱不足+二次汚染が重なりやすい
SECTION 12

よくあるご質問

Q1 温度計がありません。どうすればよいですか。

当面は「厚みを減らす」「煮る・蒸す」「余熱を使う」の3つで代用してください。肉を薄く・小さくすれば中心まで熱が届きやすくなります。煮る・蒸すは焼くより中心温度が上がりやすい調理法です。焼いたあとは蓋をして数分置くと、余熱で中心温度が上がります。とはいえ、数百円で買える差し込み式の温度計は、この記事の対策のなかで最も確実で最も安価です。

Q2 生焼けの肉を少し食べてしまいました。すぐ何かしたほうがよいですか。

飲み込んだあとに菌を減らす方法はありません。吐かせる、胃薬を飲む、といった対応も推奨されません。することは「日付を記録して、様子を見る」です。カンピロバクターなら2〜5日、腸管出血性大腸菌なら3〜5日、E型肝炎なら15〜50日が目安。この期間に下痢・血便・発熱・黄疸などが出たら、「◯月◯日に◯◯を食べた」と具体的に伝えて受診してください。この一言が診断を大きく早めます。健康な成人で無症状のまま経過すれば、それ以上の対応は不要です。

Q3 抗菌薬をもらったほうが安心では。

症状が出ていない段階での予防的な内服は行いません。発症した場合も、原因や重症度によって方針が変わります。カンピロバクター腸炎では重症例や高リスクの方に抗菌薬を検討しますが、多くは自然に軽快します。腸管出血性大腸菌については、抗菌薬の使用が合併症のリスクに影響しうるとして慎重な判断が求められる領域です。血便がある場合は特に、自己判断で薬を飲まずに相談してください。

Q4 冷凍すれば寄生虫も菌も死にますか。

一部の寄生虫には、一定の温度と時間の冷凍が有効とされています。しかし細菌やウイルスには冷凍は効きません。カンピロバクターは冷蔵・冷凍下でも長期間生存します。家庭用冷凍庫は殺菌のための設備ではありません。

Q5 高齢の親が生肉を好みます。どう伝えればよいでしょう。

「危ないからやめて」は、多くの場合うまくいきません。有効だったのは、①理由を具体的に伝える(「胃薬を飲んでいると菌が生き残りやすい」「腎臓の数値が下がっているので下痢がこたえる」)、②代わりの楽しみを用意する(火を通した同じメニュー、好きな薬味や薬酒)、③調理側でこっそり質を上げる(薄切りにして加熱後に軟らかく仕上げる)という順番です。禁止ではなく置き換えを考えると、対立になりにくくなります。

Q6 結局、いちばん危ないのはどれですか。

起こる頻度なら鶏肉のカンピロバクター、重症度なら牛ひき肉などの腸管出血性大腸菌、見逃しやすさなら豚のE型肝炎ウイルスです。そして在宅の現場でいちばん多いのは、生の肉そのものではなく「作り置きや惣菜の温め直しが足りていない」ケースです。派手な生食より、日常の温め直しのほうが回数が多いぶん、影響が大きいと感じています。

気になる症状があるときは、ご相談ください

ふくろう訪問クリニックでは、福岡市早良区を中心に訪問診療を行っています。ご自宅や施設で療養されている方の急な体調変化にも対応しています。

  • 下痢・嘔吐が続いて水分がとれない、食欲が落ちて元気がない
  • 血便が出た、尿の量が明らかに減った
  • 食事から日が経ってから、黄疸や手足の力の入りにくさが出てきた
  • ご家族の介護をされていて、食事の準備や衛生管理に不安がある

在宅での採血・点滴、訪問看護の回数調整(特別訪問看護指示書・在宅患者訪問点滴注射指示書の交付)など、通院せずにできる対応があります。夜間・休日に判断に迷うときは、救急安心センター(#7119)もご活用ください。

参考文献・出典

  1. 厚生労働省「食中毒統計調査」令和7年(2025年)食中毒発生状況(第9回厚生科学審議会食品衛生監視部会 資料1-1・1-2、2026年).全体1,172件/患者24,727人/死者2人、病因物質別事件数(カンピロバクター18.8%、ノロウイルス39.4%、アニサキス23.9%、腸管出血性大腸菌0.9%)、過去10年(平成28〜令和7年)の病因物質別死者数.
  2. 食品安全委員会『食品健康影響評価のためのリスクプロファイル ~鶏肉等における Campylobacter jejuni/coli~(改訂版)』2021年6月22日.
  3. 食品安全委員会『微生物・ウイルス評価書 鶏肉中のCampylobacter jejuni/coli』2009年(国産鶏肉の汚染率32〜96%)/同「カンピロバクターによる食中毒にご注意ください」(発症菌数、75℃1分以上).
  4. 日本神経学会『ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン2024』.
  5. 厚生労働省「食肉の加熱条件に関するQ&A」(75℃1分と同等の条件:70℃3分、69℃4分、68℃5分、67℃8分、66℃11分、65℃15分).
  6. 厚生労働省「大量調理施設衛生管理マニュアル」(平成9年3月24日付け衛食第85号別添、最終改正:平成28年10月6日付け生食発1006第1号).中心部75℃1分間以上、二枚貝等は85〜90℃で90秒間以上.
  7. 厚生労働省「生食用食肉(牛肉)の規格基準」(平成23年10月1日施行)および「生食用食肉(牛肉)の規格基準設定に関するQ&A」(平成23年9月28日付け食安基発0928第1号).
  8. 厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&A」(平成27年6月2日付け食安基発0602第3号).豚の食肉・内臓の生食用販売提供禁止(平成27年6月12日施行)/牛の肝臓の生食用販売提供禁止(平成24年7月1日施行).
  9. 厚生労働省「腸管出血性大腸菌Q&A」/「腸管出血性大腸菌O157等による食中毒」.少数菌での感染成立、HUS・脳症、小児と高齢者での重症化.
  10. 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト「E型肝炎」(2025年9月25日更新).国内年間400〜600例、潜伏期15〜50日(平均約6週間)、ブタ・イノシシ等の加熱不十分な肉・内臓が主な感染源.
  11. Imagawa T, Sugiyama R, Shiota T, Li TC, Yoshizaki S, Wakita T, Ishii K. Evaluation of heating conditions for inactivation of hepatitis E virus genotypes 3 and 4. J Food Prot. 2018;81(6):947-952. doi:10.4315/0362-028X.JFP-17-290
  12. Barnaud E, Rogée S, Garry P, Rose N, Pavio N. Thermal inactivation of infectious hepatitis E virus in experimentally contaminated food. Appl Environ Microbiol. 2012;78(15):5153-5159. doi:10.1128/AEM.00436-12(PMID: 22660711)
  13. Hafiz RA, Wong C, Paynter S, David M, Peeters G. The risk of community-acquired enteric infection in proton pump inhibitor therapy: systematic review and meta-analysis. Ann Pharmacother. 2018;52(7):613-622. doi:10.1177/1060028018760569(PMID: 29457492)
  14. USDA Food Safety and Inspection Service. “Color of Cooked Ground Beef as It Relates to Doneness”/”Doneness Versus Safety”.Hunt MC, et al.(Kansas State University, 1995)による早期褐変の報告を含む.

本記事は一般の方に向けた情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。統計値・法令の内容は執筆時点(2026年8月)のものです。症状のある方、持病や服薬のある方は、自己判断せずかかりつけ医にご相談ください。