療育手帳とは?

療育手帳は、知的障害があると判定された方に交付される手帳です。ところがこの手帳、身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳と違って「法律の根拠がない」という、他に例をみない制度です。名前も、区分の数も、更新の間隔も、住む自治体によって違います。

そしていま、国はこの手帳を全国で統一しようと動き始めています。2026年度からは一部の自治体で新しい判定方法の試行が始まる予定です。

このコラムでは、療育手帳の基本から、取り方・更新のしかた、できること・できないこと、そして進行中の制度改革までを整理します。後半では在宅医療の現場から見た療育手帳を、一段深く掘り下げます。

SECTION 01まず結論を3行で

  • 療育手帳は「知的障害があること」を証明し、福祉サービスの入口をまとめて開く鍵です。手当・税の控除・医療費助成・交通割引・障害者雇用枠など、入口はかなり広い。
  • いちばんの落とし穴は「更新(再判定)の期限切れ」です。手帳の中に書かれた「次の判定年月」を過ぎると、手帳を根拠にしていたサービスが止まることがあります。
  • 制度は今まさに変わろうとしています。判定基準の全国統一に向けた検討が進み、2026年度からモデル自治体で新しい評価ツールの試行が予定されています。

SECTION 02療育手帳とは何か——「法律のない手帳」

障害者手帳と呼ばれるものは3種類あります。身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳です。このうち身体と精神は、それぞれ身体障害者福祉法、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律という法律に根拠があります。

ところが療育手帳だけは違います。根拠は1973年(昭和48年)9月27日の厚生事務次官通知「療育手帳制度について」(厚生省発児第156号)と、同日の児童家庭局長通知「療育手帳制度の実施について」(児発第725号)——つまり国の「通知」です。法律ではありません。

これは単なる形式の問題ではありません。通知は「こういう考え方でやってください」という技術的助言にとどまるため、実際の運用は都道府県と政令指定都市が自分たちの要綱で決めています。その結果、名前も、区分の数も、判定の方法も、更新の間隔も、地域ごとにバラバラになりました。

3つの障害者手帳:根拠と交付数の違い 身体障害者手帳 根拠 身体障害者福祉法 法 律 交付台帳登載数(2024年度末) 467万4,999人 前年度から10万8,137人減 療育手帳 根拠 厚生事務次官通知(1973年) 法律の根拠なし 交付台帳登載数(2024年度末) 132万1,350人 前年度から3万9,881人増(+3.1%) 精神障害者保健福祉手帳 根拠 精神保健福祉法 法 律 所持者数(2024年度末) 154万7,433人 2年ごとの更新あり 療育手帳だけが「通知」で運用されている → 名称・区分の数・判定方法・更新間隔が自治体ごとに異なり、転居で判定が変わることがある

図1:手帳の数字は厚生労働省「令和6年度福祉行政報告例の概況」(2026年1月30日公表)。精神障害者保健福祉手帳の数は「令和6年度衛生行政報告例」による。療育手帳は4年連続で増加しています。

SECTION 03誰が対象で、どう判定されるのか

判定するのは病院ではなく「相談所」

療育手帳の判定を行うのは、18歳未満は児童相談所、18歳以上は知的障害者更生相談所(自治体により「障がい者更生相談所」など)です。かかりつけ医の診断書だけで交付されるものではなく、専門の判定機関で心理検査と面接を受ける必要があります。ここが身体障害者手帳(指定医の診断書で申請)との大きな違いです。

判定は「IQだけ」ではない

よく「IQ70以下なら手帳がもらえる」と言われますが、正確ではありません。国際的な知的障害(ICD-11では「知的発達症」)の診断基準は、①知的機能(知能検査)と、②適応行動(実際の生活のなかで身の回りのことや対人関係、社会的なやりとりがどれくらいできるか)の2つを、発達期に始まっているという前提のもとで評価します。

実際、令和2〜3年度の厚生労働科学研究では、知能指数だけに基づく機械的な判定は国際的な診断基準と合致していないこと、日本で広く使われてきた検査と国際基準が求める検査とで結果が一致しにくいことが指摘されました。この指摘が、後述する全国統一化の議論の出発点になっています。

判定は「2本柱」でみる — IQの数字だけでは決まらない ① 知的機能 考える・覚える・言葉を使う・ 問題を解決するといった力 ウェクスラー式・田中ビネー等の知能検査 ② 適応行動 身支度・お金・移動・対人関係など、 実際の生活でどれだけできるか Vineland-II等の適応行動尺度、生活状況の聞き取り × + 発達期(おおむね18歳まで)に生じていること = 知的障害と判定 ICD-11では軽度/中等度/重度/最重度の4段階。日本の手帳区分の数はこれと一致していない自治体が多い

図2:知的障害の判定は知的機能と適応行動の両方をみます。「IQいくつ以下」という単独の線引きだけでは、国際的な診断基準を満たしません。

発達障害(ASD・ADHD・LD)だけの場合は?

知的障害を伴わない発達障害は、原則として精神障害者保健福祉手帳の対象です。ただし一部の自治体では、知能指数が基準を上回っていても発達障害を併せもち日常生活に著しい支障がある場合に、総合的に判断して療育手帳を交付する運用もあります。ここも地域差の大きいところで、お住まいの自治体の窓口での確認が確実です。

SECTION 04名前も区分もバラバラ——地域差の実態

国の社会保障審議会障害者部会では、療育手帳の判定区分の数が自治体によって2〜7とひらきがあり、知能指数の上限値や更新の期間にもばらつきがあることが課題として整理されています。名称も地域によって異なります。

ばらつくところ実際の例
名 称「療育手帳」が国の通知上の呼び方。東京都・横浜市は「愛の手帳」、青森県は「愛護手帳」、さいたま市は「みどりの手帳」など、地域独自の呼び名がある
区分の数2区分(A・B)から7区分まで。福岡市・福岡県はA1(最重度)・A2(重度)・B1(中度)・B2(軽度)の表記を用いており、福岡県には身体障害を併せもつ場合の区分も設けられている
知能指数の上限おおむね70〜75を上限とする自治体が多いが、判断の幅は一律ではない
更新(再判定)の間隔2年・3年・5年・年齢の節目など自治体ごとに設定。成人後は「再判定不要」とする運用もある
受けられるサービス医療費助成の対象区分、タクシー券、公共施設の減免などは自治体独自の上乗せが多く、内容も対象も異なる
転居がいちばん危ない

同じ人でも、引っ越した先の自治体で再判定を受けると区分が変わることがあります。区分が下がると、それを条件にしていた医療費助成や手当が使えなくなることもある。国が統一化を急いでいる最大の理由がこれです。転居が決まったら、いまの手帳・判定書・過去の検査結果を1つのファイルにまとめておくことをおすすめします。転居先での手続きが確実に楽になります。

同じ「療育手帳」でも、区分の数は2〜7とひらきがある 2区分の自治体 A(重度) B(その他) シンプルだが、区分の中の幅が広い =支援の細かい調整がしにくい 4区分(福岡市など) A1 A2 B1 B2 最重度 重度 中度 軽度 A判定かB判定かで使える制度が変わる 最大7区分の自治体も ◯A・A・B1・B2・B3 … きめ細かいが、他自治体との 対応づけが難しい 同じ検査結果でも、住む場所によって区分の名前も意味も変わってしまう

図3:区分の数え方は自治体ごとに異なります。表記が同じ「A」でも、対象となる範囲が同一とはかぎりません。

SECTION 05取り方の実際——福岡市の場合

流れは自治体でほぼ共通ですが、必要書類や写真のサイズなど細部が違います。ここでは福岡市の手続きを例に整理します(2025年4月更新の市公式情報にもとづきます)。

ステップどこで内容・持ち物
① 申請お住まいの区役所
福祉・介護保険課
療育手帳交付等申請(届出)書、写真(縦4cm×横3cm・1年以内・胸から上・無帽)。窓口で本人の状況について聞き取りがあります
② 意見書
(該当者のみ)
かかりつけ医18歳以上で精神科等に通院中の方や通院歴のある方は、主治医の意見書の提出を求められます
③ 判定18歳未満:児童相談所
18歳以上:障がい者更生相談所
申請後に判定日時の連絡があります。心理検査・面接・医学的な確認を受けます
④ 交付区役所知的障がいがあると判定された方に手帳が交付されます
「主治医の意見書」は、ふだん診ている医師の出番です

18歳以上で精神科に通院している方の申請では、主治医の意見書が必要になります。在宅で精神科の診療を受けている方の場合、この意見書は訪問診療の主治医が書くことができます。「相談所まで行くのが大変」「書類のことがよくわからない」というだけで申請が止まってしまうのは、とてももったいない。まずは主治医に相談してみてください。

SECTION 06「更新」の正体は再判定——ここがいちばんの落とし穴

療育手帳には、精神障害者保健福祉手帳のような一律の有効期限(2年)はありません。かわりに、手帳の中に「次の判定年月」が書かれています。障害の程度は特に子どものうちは変化するため、その時期に改めて判定を受けてくださいという意味です。

福岡市では、次の判定年月の約2か月前に区役所の福祉・介護保険課から通知が届きます。通知が来たら、児童相談所(18歳未満)または障がい者更生相談所(18歳以上)に連絡して予約を取り、いまの手帳を持って再判定を受けます。

再判定は「思い立ってすぐ」は受けられない

自治体によっては、再判定の予約から実施まで数か月待ちになることがあります(沖縄県は公式に「申込みから4〜6か月程度お待ちいただくことがあります」と案内しています)。次の判定年月を過ぎると、手帳を根拠に受けていたサービスが受けられなくなる場合があるため、通知が届いたらその日のうちに電話予約——これが最も確実な守り方です。手帳をお持ちの方は、いま一度「次の判定年月」を確認してみてください。

取得から再判定までの流れ ① 区役所で申請 申請書・写真 状況の聞き取り ② 相談所で判定 18歳未満=児童相談所 18歳以上=更生相談所 ③ 手帳の交付 区分が決まる 「次の判定年月」が記載 ④ 再判定(=更新) 約2か月前に区役所から通知 届いたらすぐ相談所に電話予約 スタート 数週間〜 判定から約1か月 数年後(自治体で異なる) 「次の判定年月」を過ぎると、手帳を根拠にしていた助成・手当・割引が止まることがあります

図4:手続きの主体が「区役所」と「相談所」の間を行き来するのがこの制度の特徴です。どちらか一方だけでは完結しません。

SECTION 07手帳でできること/手帳がなくてもできること

ここは誤解がとても多いところです。「療育手帳がないと福祉サービスが一切使えない」わけではありません。逆に「手帳さえあれば全部ついてくる」わけでもありません。入口は3つのレーンに分かれています。

3つのレーン — 何が手帳で決まり、何が別ルートか レーン1 手帳(区分)が決め手 ・重度障がい者医療費助成 (福岡市はA判定が対象) ・JR等の旅客運賃割引 ・タクシー料金の割引/助成券 ・公共施設の入場料減免 ・NHK受信料の減免 ・障害者雇用枠での就労 ・心身障害者扶養共済 ・自動車税等の減免 ※ 区分が下がると外れることも レーン2 手帳がなくても可(判定でOK) ・所得税/住民税の障害者控除 相談所等の判定があれば対象 重度と判定 → 特別障害者 ・相続税の障害者控除 ・重度障がい者医療費助成 福岡市は「手帳がない人は 公的機関の判定書」で可 ・障害福祉サービス 居宅介護・重度訪問介護・ 生活介護・短期入所など →「受給者証」で利用する レーン3 まったく別の認定が必要 ・特別児童扶養手当 専用の診断書で1級/2級認定 ・障害児福祉手当 ・特別障害者手当 ・障害基礎年金 20歳前傷病の年金は別途請求 ・自立支援医療(精神通院) ・介護保険サービス 要介護認定が必要 ※ 手帳の区分=手当の等級ではない

図5:手当や年金の等級は、手帳の区分とは別の基準で決まります。「手帳がB2だから手当も2級」ではありません。

お金に直結するもの(2026年8月時点)

制度金額・内容手帳との関係
特別児童扶養手当1級 月58,450円/2級 月38,930円(令和8年4月分から。物価スライドで毎年改定)別の診断書で認定。20歳未満が対象。所得制限あり
障害児福祉手当月16,560円(同上)別の認定。重度で常時介護を要する20歳未満
特別障害者手当月30,450円(同上)別の認定。著しく重度で常時特別の介護を要する20歳以上
障害者控除(所得税)27万円/特別障害者40万円/同居特別障害者75万円(住民税は26万・30万・53万円)相談所等で知的障害と判定されていれば対象。重度と判定された方は特別障害者
重度障がい者医療費助成
(福岡市)
健康保険の診療対象となる医療費の自己負担相当額を全額助成療育手帳A判定が対象。本人・配偶者の所得制限あり
スマホで手帳を提示する「ミライロID」

療育手帳を含む障害者手帳をアプリに登録し、割引を受ける際に画面提示できるサービスがあります。マイナンバーカードを使ってマイナポータルと連携すると情報の信頼性が高まり、鉄道会社など連携を必須としている事業者でも使えるようになります。ただし手帳の現物提示でこれまでどおり割引は受けられますし、電池切れやアプリ不具合に備えて手帳の携帯はやはり必要です。

SECTION 08いま起きている大きな変化——判定基準の全国統一へ

ここからが最新の動きです。2022年6月の社会保障審議会障害者部会の報告書が統一化に向けた調査研究の推進に言及したのを受け、令和4〜6年度の厚生労働科学研究(研究代表者:辻井正次)で、判定ガイドラインの案と、ABIT-CVという新しい評価ツールが開発されました。

ABIT-CVは、知的機能と適応行動を1つの検査で短時間に測れるように設計されたもので、知的機能検査127問・適応行動検査220項目からなり、WHOのICD-11の基準に沿った判定ができるとされています。研究報告では、2歳未満は適応行動尺度でのスクリーニング、知的機能検査は2歳以降、確定的な重症度判定は4歳以降が望ましい、といった運用上の目安も示されました。

そして2025年6月26日の社会保障審議会障害者部会で、厚生労働省が統一化に向けた検討会を設置する方針が了承されました。2026年度からはモデル自治体で試行が予定されています。

全国統一化に向けたこれまでとこれから 2022年6月 障害者部会の報告書で 統一化に向けた 調査研究の推進に言及 2022〜2024年度 厚労科研で判定ガイドライン案 と評価ツール「ABIT-CV」 を開発(ICD-11準拠) 2025年6月26日 社会保障審議会障害者部会で 検討会の設置方針を了承 名称・判定基準の統一を議論 2026年度〜 モデル自治体で試行 検証を経て全国展開 ・法制化を検討 現場からは慎重な声も 全国の児童相談所・更生相談所への調査では、移行時に使う検査ツールは 「わからない・検討中」が63.9%。市区町村の16.9%が「療育手帳の対象が狭まる」ことを懸念

図6:厚生労働省 令和7年度障害者総合福祉推進事業の実態調査(2026年4月公開)より。統一化の方向性は定まりつつありますが、現場の準備はこれからという段階です。

統一化で「対象が狭まる」可能性が指摘されている

ICD-11の重症度分類に準じた4区分に整理された場合、これまで手帳の対象だった方が対象外になるのではないか——という懸念が、判定を担う相談所や市区町村から挙がっています。とくに境界域(IQが基準の上限付近)の方への影響が論点です。一方で、当事者団体からは「判定基準の統一は知的障害を定義することにつながるため、知的障害者福祉法における定義や療育手帳の位置づけそのものも検討してほしい」という意見が出されています。

現時点でいま手元にある手帳がすぐ変わるわけではありません。ただ、今後の更新(再判定)のときのために、過去の検査結果や判定通知を保管しておくことは、これまで以上に意味を持ちます。

IN-HOME CARE

SECTION 09 在宅医療の現場から見た療育手帳

ここからは一段深く。「手帳をどう取るか」ではなく、知的障害のある方がご自宅で年を重ねていくときに、この手帳が何を守り、どこで途切れるのかを、訪問診療の視点から整理します。

9-1 なぜ在宅医療の現場で手帳の話になるのか

療育手帳というと「子どもの制度」という印象があるかもしれません。しかし在宅医療の現場でこの手帳が話題になるのは、むしろ大人になってから、そして高齢期です。理由は3つあります。

  • ご本人の高齢化。医療の進歩で、知的障害のある方の寿命は大きく延びました。かつて小児期の課題だったものが、いま50代・60代・70代の在宅医療の課題になっています。
  • 介護してきたご家族の高齢化。「親亡き後」の問題です。80代の親が50代の子を支えている家庭は珍しくありません。支える側が先に倒れたとき、制度の入口が開いているかどうかが決定的になります。
  • 医療的ケア児の成人期移行。人工呼吸器や胃ろうなど医療的ケアが必要な子どもたちが大人になり、小児科から成人の在宅医療へ引き継がれてきています。

9-2 知的障害のある方の「健康格差」——これは静かな緊急事態です

ここは、あまり語られないけれど最も大事なところです。知的障害のある方は、そうでない方より明らかに早く亡くなっており、しかもその死のかなりの部分は「防げたはずのもの」だという事実が、国際的なデータで繰り返し示されています。

知的障害のある方の健康格差(英国 LeDeR 2025年報告) 一般人口と比べた平均死亡年齢の差 知的障害のある成人 平均 19.5年 早く亡くなっている 重度・最重度の成人 平均 26.8年 早く亡くなっている 一般人口と同じ 早すぎる死のうち「防げたはず」の割合 約 40% LeDeR 2025年報告(英国) デンマーク全国コホート(18〜74歳) 58% 9,400人の死亡のうち5,437人が回避可能に分類

図7:英国LeDeR(2025年報告)とデンマークの全国登録研究(Eur J Public Health 2024;34:1225-1231)より。死因の中心は呼吸器疾患と循環器疾患で、いずれも早期発見と適切な治療で結果が変わりうるものです。日本でも同じ構造があると考えるのが自然です。

なぜこうなるのか。診断が遅れるからです。そして診断が遅れる理由は、多くの場合「症状が言葉で伝わらない」ことにあります。

9-3 診断的覆い隠し(diagnostic overshadowing)——「いつものこと」で片づけない

医療の世界には診断的覆い隠しと呼ばれる現象があります。知的障害や精神障害のある方に体の症状が出たとき、それを「障害の特性」「いつもの行動」として説明してしまい、背後にある身体の病気を見落とすことです。

訪問診療の現場で私たちが最も注意しているのは、まさにここです。言葉で「痛い」と言えない方は、行動で訴えます。

ご家族が気づく「行動の変化」疑うべき身体の原因(例)
急に不機嫌・攻撃的になった歯の痛み、中耳炎、便秘、尿路感染、逆流性食道炎、骨折
食べなくなった/食事に時間がかかるう蝕・歯周病、嚥下機能の低下、食道の通過障害、うつ状態
夜眠らない・落ち着かない痛み、かゆみ、頻尿、睡眠時無呼吸、薬の副作用
動きたがらない・座り込む股関節や脊椎の変形、圧迫骨折、心不全、貧血
自傷が増えたその部位や近くに痛みの原因があることが多い(耳・頭・腹部)
できていたことができなくなった認知機能の低下、甲状腺機能低下症、てんかん発作、薬剤性
「行動が変わった=体のどこかが変わった」と考える

知的障害のある方の在宅診療では、これを原則にしています。行動の変化を精神症状として薬で抑える前に、便秘・脱水・感染・痛み・薬の副作用という身体側の5つをひととおり洗うこと。これだけで解決することが、驚くほど多いのです。

ご家族や支援者の「なんとなく、いつもと違う」という感覚は、どんな検査よりも早く異変を捉えます。遠慮なく訪問診療の担当者に伝えてください。

9-4 ダウン症のある方の「早い認知症」——40代からの視点

知的障害のある方の高齢化を語るとき、避けて通れないのがダウン症とアルツハイマー病の関係です。ダウン症では21番染色体にあるAPP遺伝子が1本多いため、アルツハイマー病が遺伝的に規定された形で起こります

2025年のLancet Neurologyのレビューによれば、ダウン症のあるほぼ全ての方が40歳までに脳内にアルツハイマー病の病理を持ち、およそ7割が54歳前後までに認知症と診断され、生涯のリスクは95%とされています。35歳を超えたダウン症の成人において、アルツハイマー病は最大の死因です。

これは悲観的な話をするためではありません。「40代でもの忘れや行動の変化が出たら、加齢や気分の問題ではなく認知症を疑う」という視点を、ご家族と医療者が共有しておくためです。この時期には甲状腺機能低下症、睡眠時無呼吸、うつ状態、てんかんなど、治療で改善しうる状態も重なりやすい。「認知症だろう」と決めつける前に、必ず鑑別すべきものがある——ここが在宅診療の腕の見せどころです。

9-5 手帳の区分が、在宅の家計を大きく変える

ここは実務的にとても大きい話です。福岡市の重度障がい者医療費助成制度では、療育手帳が重度(A)判定であることが対象要件のひとつになっています(身体障害者手帳1・2級、精神障害者保健福祉手帳1級も対象)。認定されると健康保険の診療対象となる医療費の自己負担相当額が全額助成されます。

在宅医療で言えば——訪問診療も、往診も、訪問看護も、処方薬も、健康保険の給付対象である限り窓口負担がゼロになるということです。在宅で医療を継続していくうえで、これは家計に対する影響が最も大きい制度のひとつです。

ただし、押さえておくべき条件がいくつもあります。

ポイント内容(福岡市の場合)
申請が必要手帳を持っているだけでは適用されません。区役所・出張所の保険年金担当課で申請し「障がい者医療証」の交付を受けます
助成開始日原則として申請した月の初日から。さかのぼりません(転入・保険加入等の例外あり)
所得制限本人と配偶者の所得に制限あり(特別障害者手当の所得制限に準拠)。令和7年8月1日からは扶養0人で本人366万1千円未満、配偶者628万7千円未満
医療証の更新有効期限は原則毎年9月30日。毎年10月に更新されます
対象外になる費用入院中の食事代、個室代、健康診断、選定療養費など健康保険がきかない費用。先発医薬品を希望した場合の特別の料金も対象外(令和8年6月から制度内容が変更)
県外では使えない福岡県外の医療機関・薬局では医療証を使えず、いったん支払って後日払い戻しの手続きが必要です
生活保護受給中は対象外医療扶助が優先します
再判定でA→Bになったら、届出が必要です

福岡市は「療育手帳の判定が変わったとき」を届出が必要な場合として明記しています。区分が下がって対象要件を満たさなくなれば、医療証の資格は失われます。届出をせずに医療証を使い続けると、後から助成相当額の返還を求められます。再判定の結果は必ず区役所へ——ここは見落とされやすいので、訪問看護や相談支援の担当者とも共有しておくと安全です。

9-6 65歳の「二重の壁」

在宅の現場で最も混乱が起きるのが65歳です。ここでは2つのことが同時に起こります。

65歳で同時に起こる2つの切り替え 壁① サービスの担い手が変わる 障害福祉サービス(居宅介護・生活介護など) → 原則として介護保険が優先される 相談支援専門員 + ケアマネジャーの二人体制になることも 壁② 医療費助成が切れることがある 福岡市では65歳以上75歳未満で 後期高齢者医療制度に加入していない人は対象外 → 手続きをしないと窓口負担が突然発生する 準備しておくこと(64歳のうちに) ・区役所の保険年金担当課に「65歳以降の医療証はどうなるか」を確認しておく ・相談支援専門員とケアマネジャーの引き継ぎ・役割分担を、本人を含めて先に決めておく

図8:65歳の切り替えは、事前に動いておけば大半が防げるトラブルです。誕生日が近づく前に一度、区役所と相談支援専門員に確認を。

介護保険が優先されるといっても、介護保険にないサービス(重度訪問介護の長時間の見守り、行動援護など)は障害福祉サービスとして継続できます。「65歳になったら全部介護保険に移る」というのは誤解です。ご本人の状態と支援の中身に応じて、両方を組み合わせるのが本来の姿です。

9-7 介護している家族を休ませる——レスパイトと「親亡き後」

在宅で長く続けていくために欠かせないのが、介護者の休息です。療育手帳をお持ちの方が利用できる主な選択肢は次のとおりです。

  • 短期入所(ショートステイ)/医療型短期入所。医療的ケアが必要な方は、病院や介護老人保健施設等が実施する医療型短期入所が選択肢になります。空きが少ないため、必要になる前に登録・体験利用まで済ませておくのが実務的なコツです。
  • 日中活動の場。生活介護、就労継続支援などの通所は、ご本人の生活リズムを保ちつつ、家族に日中の時間を確保します。
  • 訪問看護・訪問リハビリ。体調管理だけでなく、入浴介助や服薬管理を通じて家族の負担を直接減らします。
  • 成年後見制度・意思決定支援。「親亡き後」に向けて、財産管理と契約行為をどう支えるか。ご本人の意思をどう汲み取り、どう記録に残すかを、元気なうちから支援チーム全員で共有しておくことが何より重要です。
意思決定支援は「本人不在の話し合い」の反対語です

知的障害のある方の医療については、しばしばご家族だけで方針が決まっていきます。しかし、絵カードを使う、選択肢を2つに絞る、時間をかけて繰り返し尋ねる——工夫次第で、ご本人の意向はかなりの精度で汲み取れます。

入院するか自宅で診るか、点滴をどうするか、食べられなくなったときにどうするか。こうしたことを元気なうちから少しずつ話しておくのがACP(人生会議)です。知的障害のある方にこそ、時間をかけた形のACPが必要だと私たちは考えています。

9-8 訪問時に私たちが確認していること

参考までに、知的障害のある方のご自宅を訪問するとき、医師・看護師が実際に見ている項目を挙げます。ご家族の側でも、次の受診や訪問のときに一緒に確認していただけると心強いです。

確認する項目なぜ見るか
療育手帳の「次の判定年月」期限切れで助成や手当が止まるのを防ぐ。通知が来ていないかも確認
障がい者医療証の有効期限福岡市は原則9月30日まで。毎年10月更新の手続き漏れがないか
障害福祉サービス受給者証支給量と有効期間。手帳とは別物なので更新時期も別
体重の推移本人が訴えない体調変化を、最も早く数字で捉えられる
排便の記録便秘は行動の変化・食欲低下・不機嫌の最大の原因のひとつ
口の中歯科受診が途切れやすく、う蝕や歯周病が痛み・拒食の原因になりやすい
飲んでいる薬の全体像抗精神病薬や抗てんかん薬の長期使用による副作用、多剤併用の見直し
てんかん発作の頻度と型知的障害に合併しやすく、コントロール状況が生活の質と安全を左右する
むせ・食事にかかる時間誤嚥性肺炎は防ぎうる死因の代表格。姿勢や食形態の調整で変わる
介護しているご家族の表情と体調介護者が倒れると在宅は止まる。レスパイトを提案するタイミングを測る

SECTION 10よくある誤解

よくある誤解実際は
IQが70以下なら必ずもらえる知的機能と適応行動の両方をみて総合的に判定します。自治体ごとに基準の幅もあります
手帳がないと福祉サービスは使えない障害福祉サービスは「受給者証」で利用します。手帳が事実上の入口になることは多いものの、必須ではありません
手帳の区分=手当の等級別の制度です。特別児童扶養手当も障害基礎年金も、それぞれ専用の診断書で認定されます
手帳を持つと不利になる手帳の情報が就職先や学校に自動的に伝わることはありません。使うかどうかは本人・家族が選べます
大人になってからは取れない18歳以上でも申請できます。判定は知的障害者更生相談所(障がい者更生相談所)が行います
一度取れば一生そのまま「次の判定年月」が記載されていれば再判定が必要です。区分が変わることもあります
引っ越しても手帳はそのまま使える転居先での届出・再発行が必要で、再判定で区分が変わることもあります

SECTION 11Q&A

申請してから手帳が届くまで、どれくらいかかりますか。

自治体と時期によりますが、申請から判定まで数週間、判定から交付までおおむね1か月程度が目安です。再判定は予約が混み合い、数か月待ちになる地域もあります。

再判定の期限を過ぎてしまいました。

まずは区役所の担当課に連絡してください。手帳そのものが即座に無効になるとは限りませんが、手帳を根拠に受けていた助成や割引が止まることがあります。放置せず、早めに再判定の予約を取るのが最善です。

全国統一化で、いまの区分が下がってしまうことはありますか。

現時点では検討段階で、2026年度からモデル自治体での試行が予定されている段階です。既存の手帳がただちに変わるわけではありません。ただし、境界域の方について「対象が狭まるのではないか」という懸念は現場からも挙がっており、今後の動きは注視が必要です。過去の検査結果と判定通知は必ず保管しておいてください。

親が高齢で、本人を相談所まで連れて行けません。

まずは区役所の福祉担当課、または相談支援専門員にご相談ください。移動が困難な事情がある場合の対応は自治体によって異なります。訪問診療を受けている方であれば、主治医から状況を伝えることもできます。

手帳は持っていますが、何が使えるのか把握できていません。

お住まいの自治体が発行している障害福祉のガイドブック(福岡市であれば「福岡市の障がい福祉ガイド」)が最も網羅的です。相談支援専門員がついている場合は、その方が制度全体を見渡す役割を担っています。

ご相談ください

ふくろう訪問クリニック(福岡市早良区)は、緩和ケア・難病・精神科・認知症を中心に、ご自宅での診療を行っています。知的障害のある方の在宅診療では、行動の変化の背後にある身体の問題を丁寧に探ること、そして制度が途切れないよう支援チームと情報を共有することを大切にしています。

18歳以上で精神科に通院中の方が療育手帳を申請する際に必要となる主治医の意見書についても、当院で診療を受けている方はご相談いただけます。通院が難しくなってきた、更新の手続きが負担になっている、ご家族の介護が限界に近い——そうしたときも、どうぞお気軽にお声かけください。

参考文献・出典
  1. 厚生労働省「令和6年度 福祉行政報告例の概況」2026年1月30日公表(療育手帳交付台帳登載数 1,321,350人、身体障害者手帳 4,674,999人)
  2. 厚生労働省「令和6年度 衛生行政報告例の概況(精神保健福祉関係)」(精神障害者保健福祉手帳 1,547,433人)
  3. 厚生事務次官通知「療育手帳制度について」昭和48年9月27日 厚生省発児第156号/厚生省児童家庭局長通知「療育手帳制度の実施について」昭和48年9月27日 児発第725号
  4. 厚生労働省 社会保障審議会障害者部会 第128回(令和4年4月25日)資料4「療育手帳の在り方について」
  5. 辻井正次ほか「療育手帳に係る統一的な判定基準の検討ならびに児童相談所等における適切な判定業務を推進させるための研究」厚生労働科学研究費補助金(令和2〜3年度)総括研究報告書
  6. 辻井正次ほか「療育手帳の交付判定及び知的障害に関する専門的な支援等に資する知的能力・適応行動の評価手法の開発のための研究」厚生労働科学研究費補助金 障害者政策総合研究事業(令和4〜6年度)総括研究報告書(ABIT-CVの開発・標準化)
  7. 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「令和7年度 障害者総合福祉推進事業 療育手帳その他関連諸施策との運用上の課題および発達障害の初診ニーズに向けた取り組みに関する実態調査 報告書」2026年4月公開
  8. 福祉新聞「療育手帳を全国統一 厚労省が検討会設置の方針」2025年7月10日(社会保障審議会障害者部会 2025年6月26日の議論)
  9. 福岡市「療育手帳」(2025年4月22日更新)
  10. 福岡市「重度障がい者医療費助成制度」(2025年12月2日更新)
  11. 国税庁 タックスアンサー No.1160「障害者控除」/「障害者と税」
  12. 厚生労働省「特別児童扶養手当・特別障害者手当等の手当額」令和8年4月分からの改定(特別児童扶養手当1級58,450円・2級38,930円、特別障害者手当30,450円、障害児福祉手当16,560円)
  13. NHS England / King’s College London. Learning from Lives and Deaths (LeDeR) annual report, republished 2026.(知的障害のある成人は平均19.5年、重度・最重度では26.8年早く死亡。早期死亡の約40%が回避可能)
  14. Christensen NL, et al. Potentially avoidable mortality among adults with intellectual disability. Eur J Public Health. 2024;34(6):1225-1231. doi:10.1093/eurpub/ckae118. PMID: 39107978
  15. Rafii MS, Schlachetzki Z, Barroeta I, Head E, Fortea J, Ances BM. Down syndrome and Alzheimer’s disease: insights into biomarkers, clinical symptoms, and pathology. Lancet Neurol. 2025;24(9):753-762. doi:10.1016/S1474-4422(25)00237-6. PMID: 40818475
  16. Heslop P, et al. The confidential inquiry into premature deaths of people with intellectual disabilities in the UK (CIPOLD): a population-based study. Lancet. 2014;383(9920):889-895.

本コラムは2026年8月時点の公開情報にもとづく一般的な解説です。療育手帳の名称・区分・判定基準・更新間隔、および医療費助成や各種手当の対象・金額は自治体や年度によって異なり、変更されることがあります。実際の手続きにあたっては、お住まいの自治体の窓口で最新の情報をご確認ください。個別の医療についての判断は、必ず主治医にご相談ください。