がん性疼痛に対する鎮痛薬といえばモルヒネやフェンタニルがよく知られています。しかし、これらの強オピオイドで十分な鎮痛が得られないケースも少なくありません。耐性の進行や神経障害性疼痛の混在、または副作用が原因で「オピオイド無効例」とみなされる患者では、別のアプローチが必要となります。そこで注目されているのがメサドン(商品名メサペイン)です。本記事では、なぜメサドンがオピオイド無効例に選ばれるのかを、臨床試験の結果や薬理学的な特徴をもとに分かりやすく解説します。
メサドンとは何か
メサドンは第二次世界大戦中に合成された強オピオイド鎮痛薬で、従来のモルヒネとは異なる独特の作用機序を持っています。米国国立がん研究所のガイドラインによると、メサドンはμオピオイド受容体作動薬であると同時に、NMDA(N‑メチル‑D‑アスパラギン酸)受容体の拮抗薬であり、さらにセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害することが報告されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。こうした多面的作用により、単なるオピオイド依存の鎮痛だけでなく、神経障害性疼痛やオピオイド誘発性痛覚過敏に対しても効果が期待されます。
メサドンの主な特徴
- マルチモーダル作用:μオピオイド受容体作動、NMDA受容体拮抗、モノアミン再取り込み阻害という3つの作用を併せ持ち、痛みの発生や増強に関わる複数の経路に働きかけますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- 長い半減期と多彩な投与経路:経口・静脈・皮下・坐剤など複数の投与経路があり、13〜58時間という長い半減期を持つため安定した鎮痛が得られますcancer.gov。
- 腎機能障害下でも安全:代謝産物が腎臓に蓄積しないため、腎機能障害や透析患者にも比較的安全に使用できますcancer.gov。
- 低コストで入手しやすい:米国では1錠数セントで入手できる場合もあり、経済的負担が大きい長期治療に適していますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- 錠剤を砕いても長時間作用:メサドンは合成オピオイドのため錠剤を砕いてもゆっくりと吸収され、胃瘻や経鼻経管から投与することができますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
臨床試験とエビデンス
モルヒネとの比較
2023年に発表されたランダム化比較試験では、ステージII–IIIの子宮頸がん患者74人を対象にメサドンと即効性モルヒネの鎮痛効果を比較しました。患者は治療開始時に痛みが5/10以上あり、神経障害性疼痛を伴っていました。12週間の追跡の結果、メサドン群では平均最終疼痛スコアが1.5点、対照となるモルヒネ群では2.7点であり、メサドンの方が有意に優れていましたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。副作用も少なく、追加の鎮痛補助薬を必要とする割合が少なかったことが報告されています。

フェンタニルとの比較
2016年の別のランダム化試験では、頭頸部がん患者52人を対象に経皮フェンタニルとメサドンを比較しました。ベースラインの痛みが4/10以上、DN4スコアが4以上の神経障害性疼痛を有する患者が含まれ、1週目には**痛みが50%減少した患者の割合がメサドン群で50%、フェンタニル群で15%**と大きな差が見られましたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。3週目でもメサドンの方が有意に優れていましたが、5週目以降では有意差が認められませんでした。

難治性症例へのスイッチ
他のオピオイドで痛みが抑えられなかった患者にメサドンへ切り替えた後ろ向き研究もあります。日本の研究では、強オピオイドを平均321日使用していた患者28人をメサドンに切り替えたところ、78.6%の患者で痛みが有意に軽減し、顔面表情痛スケールの平均が4.43から1.86へと減少しましたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。また、追加の鎮痛補助薬が不要となった患者が70.5%に及びました。これらの結果は症例数が少ないものの、他のオピオイド無効例におけるメサドンの有効性を示唆しています。
なぜオピオイド無効例でメサドンが選ばれるのか
オピオイド耐性と不完全交差耐性
モルヒネやフェンタニルなどの長期使用により耐性が形成されると、用量を増やしても鎮痛効果が頭打ちになることがあります。耐性はすべてのオピオイドに均一に及ぶわけではなく、あるオピオイドに耐性があっても別のオピオイドには感受性が残る場合があります。この現象を不完全交差耐性と呼びます。メサドンは他の強オピオイドと異なる受容体に作用するため、ローテーションによって鎮痛効果を「リセット」できる可能性があります。
神経障害性疼痛への適応
NMDA受容体の活性化は中枢性感作や痛覚過敏の形成に関与しており、通常のオピオイド耐性にも関わります。メサドンはNMDA受容体を阻害し、さらにセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用により下行性抑制系を強化するため、神経障害性疼痛やオピオイド誘発性痛覚過敏に対して特に有効ですcancer.gov。動物実験や臨床研究でも、メサドンの方がモルヒネより神経障害性疼痛を改善するとの報告が増えています。
特定患者群での利点
- 腎機能障害:メサドンはほとんど腎排泄されないため、腎不全や透析患者に適していますcancer.gov。
- 経管投与が必要な患者:錠剤を砕いても長時間作用が保たれるため、胃瘻や経鼻チューブから投与可能ですpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- 低コスト:他の長時間作用型オピオイドに比べて安価であり、医療資源の限られた地域や患者でも利用しやすいとされていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
メサドンの注意点
メサドンは有用な薬剤ですが、使用には慎重さも求められます。
- QT延長と心毒性:高用量や既往心疾患のある患者ではQT延長による不整脈のリスクがあり、投与前後の心電図モニタリングが推奨されますcancer.gov。
- 薬物相互作用:メサドンはCYP2B6、CYP3A4など複数の酵素で代謝され、阻害薬や誘導薬によって血中濃度が大きく変動する恐れがありますcancer.gov。P‑糖蛋白の阻害薬も影響を与えるため、他剤併用時には注意が必要です。
- 用量換算が難しい:他のオピオイドからメサドンに切り替える際の等価用量は患者ごとに大きく異なり、専門医の監督のもとで低用量から慎重に開始すべきとされていますcancer.gov。
まとめ
モルヒネやフェンタニルが第一選択薬となるがん性疼痛治療において、メサドンは「最後の砦」と考えられがちでした。しかし最近の研究から、メサドンは単に強力であるだけでなく、NMDA受容体拮抗やモノアミン再取り込み阻害を通じて神経障害性疼痛やオピオイド誘発性痛覚過敏に対しても有効であることが示されています。小規模ながらランダム化試験ではモルヒネやフェンタニルより良好な結果が報告され、耐性形成や副作用で他のオピオイドが使えない患者にとって重要な選択肢となっています。半面、QT延長や薬物相互作用などリスクもあり、専門医の慎重な管理のもとで低用量から導入することが推奨されます。今後さらなる大規模試験や日本国内のデータ蓄積により、メサドンの位置づけはさらに明確になっていくでしょう。
参考文献
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