はじめに

2025年9月、人気タレントのタモリさんがNHKの番組内で「最近は冷蔵庫を開けても何を取りに来たのか忘れてしまう」と記憶力の衰えを笑いながら打ち明けました。この告白は多くの人にとって他人事ではありません。認知症は高齢化社会とともに増加しつつあり、本人や家族が早期のサインに気づくことが、生活を整えたり治療を始める第一歩になります。

認知症には複数のタイプがあり、それぞれ前兆となる症状が異なります。一方で、どのタイプにも共通するサインもあります。本記事ではアルツハイマー型認知症(AD)、レビー小体型認知症(DLB)、前頭側頭型認知症(FTD)に焦点を当て、それぞれに特徴的な初期症状と共通の前兆を、信頼できる研究データに基づいて紹介します。タモリさんの体験をきっかけに、ご自身や家族の変化に気づくヒントになれば幸いです。

アルツハイマー型認知症(AD)の前兆

ADは全認知症の中で最も患者数が多く、主に海馬や側頭葉が侵されることでエピソード記憶の低下が真っ先に現れます。最近の出来事を繰り返し尋ねる、ものを置いた場所を思い出せない、知人の名前が思い出せないといった症状が日常で目立ち始めたら要注意です。こうした主観的な物忘れ(Subjective Cognitive Decline;SCD)は将来の認知症リスクを大きく高め、約6年後にアルツハイマー病を発症する危険が約3倍に上昇することが複数の前向き研究で示されています。客観的な記憶低下が認められる軽度認知障害(MCI)の段階では、年間約10〜15%がADへ移行し、6年後には約80%が発症に至ると報告されています。

このほか、見当識障害(日時や場所を取り違える)言葉が出にくい軽い失語無気力抑うつが初期にみられることもありますが、いずれも物忘れほどは目立ちません。疑わしい場合は早めに受診し、神経心理検査やMRI検査などでMCIの有無を確かめることが重要です。

レビー小体型認知症(DLB)の前兆

DLBは大脳皮質や脳幹にレビー小体と呼ばれる異常タンパクが蓄積することで発症し、非記憶系の症状が初期から目立つのが特徴です。特に注目すべき前兆は次の5つです。

画像

DLBではこれらの症状が組み合わさることが多く、幻視+パーキンソン症状幻視+RBDのように複数のサインがあれば、ADよりもDLBを強く示唆します。

ADよりDLBが強く疑われる症状

画像
幻視が圧倒的に多い。歩行障害があってもやはりDLBを疑う。

前頭側頭型認知症(FTD)の前兆

FTDは前頭葉や側頭葉の障害により比較的若年で発症することが多く、記憶よりも人格・行動の変化が目立ちます。臨床的には大きく「行動障害型前頭側頭型認知症(bvFTD)」と「原発性進行性失語(PPA)」に分けられ、前者では以下の特徴が現れます。

画像

PPAでは言葉の意味が取れなくなる、物の名前が出ない、流暢だが意味のない話をするなど言語の異常が先行します。記憶障害は比較的保たれるため認知症と気付かれにくいのが特徴です。

画像
無気力などADに共通する前兆も多いので見分けがしにくいことも

これまで述べた特徴的なサインに加えて、どのタイプの認知症にも共通して現れやすい前兆があります。

  • ぼんやりした認知機能の低下:本人や家族が「最近何となく判断力が落ちた」「仕事や家事のミスが増えた」と感じる状態です。主観的認知低下(SCD)はMCIへの進行リスクを約1.6倍、AD発症リスクを約3倍に高めると報告されています。
  • アパシー(無気力):興味のあった活動に関心を示さなくなり、ぼんやり過ごす時間が増える状態で、認知症全般のリスクを約2倍にすることがメタ解析で示されています。DLBやFTDでは特に初期から目立ちますが、ADでも見逃せません。
  • 抑うつ・不安:後年期に原因不明のうつ病を発症した人は、その後認知症を発症するリスクが約1.8倍に上昇します。抑うつは単独では診断的ではありませんが、記憶障害や行動の変化と組み合わさると注意が必要です。
  • 軽度の遂行機能障害:計画や段取りが苦手になり、複数の用事をこなすのが難しくなります。AD初期、DLBの注意力低下、FTDの柔軟性欠如などに共通するサインです。

これらのサインの多くは加齢や一過性のストレスでも起こり得るため、複数のサインが重なり長期間続く場合に着目してください。放置せず医療機関に相談することで、早期診断や生活指導につながり、将来の進行に備えることができます。

タモリさんの告白が教えてくれること

タモリさんが番組内で「名前が思い出せない」「作業の途中で目的を忘れる」「冷蔵庫の前でなぜ開けたか忘れてしまう」と語った場面は、多くの視聴者に共感を呼びました。これらは誰にでも起こりうる一過性の物忘れですが、高齢になってこうした経験が頻繁に起こる場合、軽度認知障害やアルツハイマー型認知症の初期サインである可能性があります。

タモリさんは自らの変化を隠さずに話すことで、早期発見の重要性を示してくれました。本人が自覚的な変化に気づき、周囲と共有することが、適切な検査や対策につながります。家族や友人も、「歳のせい」と片付けずに見守り、必要に応じて医師や専門機関に相談することが大切です。

まとめ

認知症は一人ひとり症状の現れ方が違いますが、タイプ別に特徴的なサインがある一方で、共通する前兆も存在します。アルツハイマー型では物忘れや記憶障害が中心となり、レビー小体型では幻視や運動症状、前頭側頭型では人格や行動の変化が顕著です。共通のサインとしては、漠然とした認知力低下、無気力、抑うつ、遂行機能の障害などが挙げられます。

これらのサインに気付いたとき、自己診断で決めつけるのではなく、早めに医療機関を受診しましょう。今のところ認知症を完全に治す治療はありませんが、早期診断により薬物治療やリハビリ、生活習慣の改善などで進行を遅らせることが期待できます。当院もよく通院が難しくなった認知症の患者さんを診察しますが、お薬で困った症状を改善させたり、うまく介護保険も使いながら環境調整をしていくと穏やかに過ごせることが多いです。タモリさんのように日常のちょっとした違和感を共有し、誰もが備えられる社会にしたいものです。

参考文献

  1. 社会的に伝えられたタモリさんの記憶力低下の発言。
  2. 軽度認知障害(MCI)からアルツハイマー病への年率10〜15%・6年間で約80%が進行するというメタ分析alzres.biomedcentral.com
  3. 主観的認知低下がMCIやAD発症を高めることを示した大規模前向き研究news-medical.net
  4. 幻視・歩行異常・RBD・視空間障害などがDLBとADを鑑別する強力な指標であるとした病理診断研究pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  5. レビー小体型認知症の初期症状としてパーキンソン症状や幻視、RBD、注意力のゆらぎ等をまとめた臨床レビューpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov
  6. 行動障害型FTDの中核症状(アパシー、共感欠如、脱抑制、常同行動など)の頻度を報告した研究pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  7. アパシーが認知症発症リスクを約2倍に高めることを示したメタ解析pmc.ncbi.nlm.nih.gov
  8. 高齢期のうつ病が全認知症のリスクを約1.85倍に高めることを示した系統的レビューpmc.ncbi.nlm.nih.gov