ランニングは健康増進の代表的な運動ですが、2017年に報じられた研究レビューから「1時間のランニングで7時間の寿命を得る」というインパクトのある言葉が広まりました。本記事では、その出典となった研究の概要や数値の意味、身体活動と寿命の関係を図表と共に解説します。
寿命延長効果:研究から分かっていること
米国アイオワ州立大学などが実施した大規模前向きコホート研究(Aerobics Center Longitudinal Study)は、55,137人を平均15年間追跡し、ランニング習慣と死亡リスクの関係を分析しました。その結果、ランニングをしない人と比べ、ランニング習慣者は全死亡リスクが約30%低く、心血管死亡リスクは45%低かったことが報告されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。こうした死亡リスクの差は年齢や性別、喫煙、肥満などの要因を統計的に補正した上でも認められ、寿命に換算するとランニング習慣者は平均で約3年長生きという推計になりましたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
別のレビュー論文では、ランナーは非ランナーより25〜40%早死にする確率が低く、寿命が約3年長いとまとめられていますpubmed.ncbi.nlm.nih.gov。このように複数の疫学研究が一貫して「走る人は長生きする」という結果を示しており、運動習慣が寿命延長に寄与することは比較的信頼性の高い知見となっています。
少ない時間でも効果は大きい
上記の研究では、週当たりのランニング量を6つの階層に分けて解析しています。その結果、週に50分未満、距離にして約6マイル(約10km)未満の“少量のランニング”でも、全く走らない人と比べて死亡リスクが有意に低下していましたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。さらに、ランニング量が増えても延命効果は漸減的で、一定量以上では頭打ちになることも示されていますrunnersworld.com。つまり「少しでも走ること」が長寿に大きく貢献するという点は、どの研究でも共通しています。
「1時間で7時間」の計算根拠
話題になった「1時間のランニングで寿命が7時間延びる」という主張は、寿命の差(約3年=約26,000時間)を生涯のランニング時間(週2.5時間のランニングを50年間続けても0.74年程度)で割り算したものです。ランニングに費やす時間より得られる寿命が7倍以上大きいことを示す比喩的な指標と言えます。研究者自身も「多く走れば無限に寿命が延びるわけではないが、少量のランニングでも大きな恩恵がある」と強調していますrunnersworld.com。
下図は、1時間のランニングに対して得られる寿命の“リターン”を視覚化したものです。

ランニング量と死亡リスクの関係
ランニングの量が増えると死亡リスクがどのように変化するかを理解するため、研究ではランニング量を「低量」「中量」「高量」に分けてハザード比(死亡リスク比)を算出しています。次のグラフは、その概念を簡略化して示したものです。非ランニング群のハザード比を1.0とすると、少量ランニング(週50分未満)では死亡リスクが約30%減少し、中量ランニング(50〜100分/週)ではさらにわずかに低下します。一方、週100分を超える高量ランニングではリスク低下がやや小さくなることが分かりますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。

このように、健康上の利益は少量のランニングでほぼ得られ、長時間走るほど効果が大きくなるわけではありません。むしろ長距離の走り過ぎは怪我やオーバートレーニングの原因になり得るため、自分の体調に合わせて適度な距離・ペースで続けることが重要です。
他のリスク要因との比較
運動習慣は喫煙や肥満、高血圧と並び、寿命に大きな影響を及ぼす生活習慣要因の一つです。Progress in Cardiovascular Diseases誌に掲載されたレビューでは、各リスク要因を取り除いた場合にどれだけ早死にを防げるか(population attributable fraction)を計算しています。例えば、喫煙を完全にやめれば早死にの約11%、肥満を解消すれば8%、高血圧の改善で15%の死亡を防げると推定されましたrunnersworld.com。最も大きな寄与を示したのは“ランニングをしないこと”で、全死亡の約16%に相当するという結果が出ていますrunnersworld.com。
下図はこれらの数値を比較したものです。運動不足のインパクトの大きさが際立っていることが分かります。

なぜ走ると長生きするのか?
ランニングを含む有酸素運動には、以下のような生物学的なメリットが知られています。
- 心肺機能の向上:最大酸素摂取量(VO₂max)が上がり、血圧や血中脂質が改善される。
- インスリン感受性の改善:血糖値を安定させ、2型糖尿病のリスクを下げる。
- 炎症の抑制と免疫機能の強化。
- 体脂肪の減少と筋力の維持。
こうした変化は心臓病や脳卒中、糖尿病、がんなど主要な死亡原因のリスクを同時に減らし、結果として寿命延長に寄与すると考えられています。この点は観察疫学研究だけでなく、生理学的研究や遺伝子を利用したメンデルランダム化研究などでも支持されています。
まとめ:走る価値と注意点
- ランニング習慣者は非ランナーより全死亡リスクが25〜40%低く、寿命が約3年延びるという結果が多くの研究で一致していますpubmed.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- 週に数十分程度の少量ランニングでも効果は十分であり、長時間走っても延命効果は頭打ちになりますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- 寿命の差を生涯の走行時間で割ると「1時間のランニングで7時間の寿命」という比率になりますが、これはあくまで比喩的な目安ですrunnersworld.com。
- 運動不足は喫煙や高血圧よりも大きな死亡リスク要因とされており、走ることは健康を守る強力な手段の一つですrunnersworld.com。
- 怪我を防ぎながら長く続けるためには、適度な距離とペースで週数回のランニングを習慣化するのがおすすめです。また、ウォーキングや自転車など他の有酸素運動でも同様の恩恵が得られるため、自分に合った活動を継続することが何より大切です。
参考文献
- Duck‐chul Lee et al., “Leisure‐Time Running Reduces All‐Cause and Cardiovascular Mortality Risk.” Journal of the American College of Cardiology 2014年8月5日号よりpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- Duck‐Chul Lee et al., “Running as a Key Lifestyle Medicine for Longevity.” Progress in Cardiovascular Diseases 2017年レビュー論文pubmed.ncbi.nlm.nih.gov。
- Alex Hutchinson, “1 Hour of Running Adds 7 Hours of Life.” Runner’s World, 2017年4月5日掲載。研究者らが寿命延長効果を計算したことや他のリスク要因との比較が紹介されているrunnersworld.comrunnersworld.com。