「歳をとって足腰が弱るのは仕方ない」——そう思っていませんか。じつは近年の研究で、高齢になってからの筋力トレーニングやリハビリでも、筋肉も歩く力もしっかり取り戻せることがわかってきました。90歳を超えた方でも、です。

この記事では、「フレイル(虚弱)」に対する運動が、ご本人の生活の質(QOL)と、日本全体の医療費・介護費にどれほど大きな意味を持つのかを、なるべくやさしく整理します。

そもそも「フレイル」って何?

フレイルとは、ひとことで言えば「健康な状態と、介護が必要な状態のあいだ」のこと。加齢によって筋力や気力、食欲などが少しずつ落ち、ちょっとした風邪や転倒をきっかけに一気に弱ってしまいやすい状態を指します[2]

大事なのは、フレイルは「行きっぱなしの片道切符」ではないということ。適切に手を打てば、健康な状態へ引き返せる(可逆性がある)段階なのです。ここが、寝たきりになってからでは取り戻しにくいのと大きく違うところです。

健常 元気な状態 プレフレイル 前ぶれの段階 フレイル 虚弱の段階 要介護 介護が必要 運動・リハビリで引き返せる ここまで進むと戻りにくい

フレイルは健常と要介護の「中間地点」。プレフレイル〜フレイルの段階なら、運動や栄養で健常側へ引き返せる可能性があります。

日本のフレイルは、いま「これだけ」いる

全国規模の調査によると、日本の65歳以上のうち約8.7%がフレイル、その前段階であるプレフレイルは約40.8%にのぼります[1]。つまりおよそ2人に1人が、フレイルかその予備群ということになります。

8.7%65歳以上のフレイル該当者[1]
40.8%プレフレイル(予備群)[1]
約半数高齢者のフレイル+予備群
フレイル 8.7% プレフレイル 40.8% 健常など 約50% 65歳以上の高齢者(全体を100%とした割合)

全国調査に基づく日本の高齢者の内訳[1]。予備群を含めると、対策の「伸びしろ」がとても大きいことがわかります。

逆に言えば、このプレフレイル約4割の方こそ、運動で最も改善が期待できる層。ここで踏みとどまれるかどうかが、その後の人生を大きく左右します。

「90歳でも筋肉は増える」——運動の実力

「もう歳だから運動しても…」というのは、じつは大きな誤解です。医学の世界で有名な研究があります。平均90歳・施設で暮らす高齢者に、8週間の筋力トレーニングを行ったところ、次のような変化が起きました[3]

筋力 +174% 歩く速さ +48% 太ももの筋肉 +9% わずか8週間・週数回のトレーニングでの変化(平均90歳・施設入所者)

高強度の筋力トレーニングにより、筋力は約2.7倍に、歩く速さも大きく改善しました[3]。年齢は「運動しない理由」にはなりません。

その後の多くの研究をまとめた最新の解析でも、週2回以上の筋力トレーニングを含む運動が、フレイルの改善(健常側への回復)に有効だと結論づけられています[5]。運動に、たんぱく質をしっかり摂る栄養ケアを組み合わせると効果はさらに高まります[4]

筋肉は、いくつになっても鍛えれば応えてくれる「唯一、若返らせられる臓器」とも言われます。始めるのに遅すぎることはありません。

ご本人のQOL(生活の質)が変わる

数字だけでは伝わりにくいのですが、筋力とバランスが戻ることは、暮らしそのものを取り戻すことに直結します。

  • 自分の足で歩ける——トイレ・買い物・散歩を人に頼らず続けられる
  • 転ばなくなる——転倒→骨折→寝たきり、という悪い連鎖を断ち切れる
  • 気持ちが前向きになる——外出や人との交流が増え、うつや閉じこもりの予防に
  • 「できること」が増える——趣味や役割を保て、生きがいにつながる

実際、運動プログラムに参加した高齢者では、身体の機能だけでなく気分や生活の質、人とのつながりまで改善したという報告が数多くあります[5]。「歩けること」は、その人らしい暮らしの土台なのです。

日本の医療費・介護費への「大きな」インパクト

フレイル対策は、ご本人のためだけではありません。国全体のお財布——医療費と介護費にも、じつは大きく効いてきます。

日本の介護にかかる費用は、2024年度で総額およそ11兆9千億円と過去最高を更新しました[6]。要介護・要支援と認定された方は約749万人。しかもその約3分の2は比較的軽度の方々です[6]——つまり、早めの対策で悪化を防げる余地が大きい層が多数を占めています。

11.9兆円介護費用の総額(2024年度)[6]
749万人要介護・要支援の認定者数[6]
約2/3が軽度(改善の余地が大きい)[6]

「1回の転倒骨折」と「予防」の費用差

もっとも分かりやすいのが、転倒による骨折です。高齢者が太ももの付け根を骨折(大腿骨頚部骨折)すると、入院費は1人あたり平均およそ182万円、入院はおよそ47日にも及びます[7]。しかもその後、寝たきりや要介護につながることが少なくありません。

一方、それを防ぐための筋力向上トレーニングなどの介護予防にかかる費用は、1人あたり年間およそ4万円弱。同じ研究班が「費用対効果の面で国家経済上も有意義」と明言しています[7]

転倒骨折で入院 182万円 平均47日の入院 1回あたり 予防トレーニング 約4万円 / 年 ≒45倍

骨折して入院すれば約182万円。予防にかけるのは年に約4万円弱——費用の差はおよそ45倍です[7]。「治す」より「防ぐ」ほうが、はるかに安く、そして本人がつらくありません。

要介護になる原因の約1割は「骨折・転倒」だと報告されています[8]。転ばない体をつくることは、そのまま要介護を減らし、医療費・介護費をおさえることにつながるのです。フレイルの段階で食い止められれば、その先にかかるはずだった入院・手術・長期介護の費用を、まるごと回避できる可能性があります。

「治療」は病気になってから。「予防」はその前に。フレイル対策は、ご本人の幸せと社会の持続可能性が、めずらしく一致する取り組みです。

今日からできる、小さな一歩

特別なジムも高価な器具も必要ありません。大切なのは「下半身の筋肉」を、少しずつ、続けること。無理は禁物ですが、はじめの一歩はとても身近です。

  • 椅子からの立ち座りを、テレビを見ながら10回×数セット
  • かかと上げ——台所で立っているあいだにつま先立ち
  • 片足立ち——机に手を添えて左右それぞれ30秒ほど
  • 1日1食は、肉・魚・卵・大豆でたんぱく質を意識して補う
  • 日中はできるだけ外に出て、体を動かす時間をつくる

ただし、持病がある方や、すでに足腰に不安がある方は、自己流で始める前に医療・リハビリの専門職に相談するのが安全で近道です。ひとりひとりの体力や病気に合わせて負荷を調整することで、効果も安全性もぐっと高まります。

ふくろう訪問クリニックより
当院では、がんの緩和ケアや難病、認知症などをお持ちの方のご自宅に伺い、リハビリや生活の力の維持・回復もあわせて支えています。「もう歳だから」とあきらめる前に、まずはできることから。歩ける毎日を、一緒に守っていきましょう。

参考文献

  1. Murayama H, Kobayashi E, Okamoto S, et al. National prevalence of frailty in the older Japanese population. 東京都健康長寿医療センター研究所(日本人高齢者のフレイル割合8.7%・プレフレイル40.8%)
  2. 日本老年医学会「フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント」(2014年)
  3. Fiatarone MA, et al. High-intensity strength training in nonagenarians: effects on skeletal muscle. JAMA. 1990;263:3029-3034.
  4. Fiatarone MA, et al. Exercise training and nutritional supplementation for physical frailty in very elderly people. N Engl J Med. 1994;330:1769-1775.
  5. Non-pharmacological interventions for preventing or reversing physical frailty in community-dwelling older adults: overview of systematic reviews. BMC Geriatr. 2025.
  6. 厚生労働省「令和6年度 介護給付費等実態統計の概況」(介護費用総額11兆9,381億円/認定者数749万人)
  7. 厚生労働科学研究「高齢転倒経験者における介護予防対策の費用対効果に関する研究」(大腿骨頚部骨折の平均入院費182万円/予防事業 一人当たり約4万円)
  8. 内閣府「令和4年版 高齢社会白書」(要介護の原因の約1割が骨折・転倒)