70歳を過ぎたら、コレステロールの薬はもう要らない?

「もう歳だから、コレステロールの薬は要らないでしょう」——外来でも在宅でも、よく聞く言葉です。実はこの問いに対して、医学は長いあいだ「わからない」としか答えられませんでした。70代・80代で心筋梗塞も脳梗塞もまだ起こしていない人がスタチンを飲み始めて得があるのかを、まっすぐ調べた大きな試験が存在しなかったからです。2026年8月、その空白を埋めることを目的に設計された試験の結果がThe New England Journal of Medicineに掲載されました。STAREE試験です。結論は、期待どおりの部分と、期待外れの部分が、きれいに半分ずつでした。

SECTION 01 この記事の結論

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70歳以上でも、心筋梗塞や脳卒中は約3割減った。心血管疾患のない70歳以上9,971人を、アトルバスタチン40mgとプラセボにランダムに割り付けた二重盲検試験で、主要な心血管イベントは6.0%対8.3%、ハザード比0.70(95%信頼区間0.61〜0.82)。この年齢層を正面から検証した初めての大規模試験です。
2
ところが「認知症にも身体障害にもならずに生きている期間」は延びなかった。もうひとつの主要評価項目である障害のない生存は、ハザード比0.94(0.84〜1.05)で差がつきませんでした。イベントを減らすことと、自立を保つことは、同じではなかったということです。
3
だから答えは「年齢で決める」から「見通しで決める」に変わる。年齢だけを理由に薬を出さない、という考え方の根拠は弱くなりました。一方で、70歳を超えたら全員に出す、という結論にもなりません。残りの人生の見通し、他に抱えている病気、飲んでいる薬の数、本人が何を大事にしているか。判断材料はそちらに移ります。

SECTION 02 背景:なぜ「70歳以上の一次予防」だけが空白だったのか

まず言葉の整理をします。すでに心筋梗塞や脳梗塞を起こした人が、次を防ぐために薬を飲むのが二次予防。まだ起こしていない人が、最初の一回を防ぐために飲むのが一次予防です。この二つは、同じ薬を使っていても得られる利益の大きさがまったく違います。すでに起こした人は次も起こしやすいので、防げる人数が多くなる。まだ起こしていない人は、そもそも起こらない人が多数派なので、防げる人数は少なくなります。

スタチンの臨床試験は1990年代から数十本が行われてきましたが、参加者の平均年齢はおおむね50〜60代でした。高齢者だけを対象にした試験としてはPROSPER試験(2002年)がありましたが、これは心血管疾患のある人とない人が混ざっており、一次予防にあたる人だけを取り出すと心血管イベントも死亡も有意には減っていませんでした。

この状況を最も正確に描いたのが、Cholesterol Treatment Trialists(CTT)共同研究が2019年にLancetに発表した個人データ統合解析です。28試験のデータを年齢別に切り直したところ、全体ではLDLコレステロール1.0mmol/L低下あたり主要血管イベントが21%減っていた一方で、75歳超かつ血管疾患のない層だけを取り出すと、相対リスク0.92(0.73〜1.16)で信頼区間が1をまたいでいました。効果がないと証明されたのではなく、この層のデータがそもそも足りない、というのが正確な読み方です。

図1 スタチンのエビデンスは、どこが埋まっていてどこが空白だったか二次予防(心筋梗塞・脳梗塞の既往がある人)エビデンス十分年齢を問わず、スタチンで再発が減ることは以前から確立していた。一次予防・おおむね75歳未満エビデンス十分大規模試験の参加者の中心層。各国のガイドラインもはっきりと推奨している。一次予防・75歳以上ここが空白だったこの年齢層だけを正面から検証した大規模ランダム化試験がなく、各国の指針が判断を保留していた。

図1 二次予防と、75歳未満の一次予防については早い時期から結論が出ていた。残っていたのは右下の一区画だけだった。

この空白が、そのまま各国の指針の書きぶりに現れていました。米国予防医学専門委員会(USPSTF)は2022年の勧告で、76歳以上について「開始することの利益と不利益のバランスを評価するには根拠が不十分」として判断を保留しています(Iステートメント)。日本動脈硬化学会の『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』第7章も、65〜74歳では一次予防目的のスタチン治療を「推奨できる」としながら、75歳以上については「提案できる」と表現を一段弱めています。

なぜ観察研究では決着しないのか。「スタチンを飲んでいる高齢者は長生きしている」というデータは山ほどあります。しかしこれは因果関係を示しません。高齢になってから予防薬を処方される人は、通院できて、飲み込めて、余命が十分あると医師が判断した人です。逆に、がんが見つかった人や食が細くなった人は薬を減らされます。つまり「元気だから薬が続いている」のか「薬のおかげで元気」なのかが原理的に区別できない。これを断ち切れるのはランダム化だけで、だからこそこの空白は試験でしか埋められませんでした。

SECTION 03 STAREE試験はどんな試験か

STAREE(Statins in Reducing Events in the Elderly)は、オーストラリアの一般診療所ネットワークを使って行われた、医師も患者も割り付けを知らない二重盲検のプラセボ対照ランダム化試験です。オーストラリア国立保健医療研究評議会(NHMRC)とオーストラリア心臓財団が資金を出し、モナシュ大学が試験の実施主体になっています。製薬企業が主導した試験ではありません。ClinicalTrials.gov登録番号はNCT02099123です。

図2 STAREE試験の設計対象オーストラリアの一般診療所から登録された70歳以上の地域在住者 9,971人平均74.7歳/女性51.9%/75歳以上が全体の約40%除外心血管疾患の既往がある人、糖尿病のある人、認知症のある人は登録していない介入アトルバスタチン40mg/日(20mgで開始し、1か月後に忍容性をみて増量)見分けのつかないプラセボと比較する二重盲検・ランダム化追跡中央値5.9年主要評価項目①心血管イベント(心血管死・非致死性心筋梗塞・脳卒中・冠血行再建)②障害のない生存(死亡・認知症・持続する身体障害のいずれも起きないこと)

図2 STAREE試験の設計。対象を「心血管疾患も糖尿病も認知症もない、地域で自立して暮らす70歳以上」に絞ったことが、この試験の最大の特徴。

注目すべきは除外基準です。糖尿病のある人と認知症のある人を最初から外しています。糖尿病がある高齢者はすでにスタチンの適応がはっきりしているため、プラセボに割り付けることが倫理的に難しい。認知症のある人は、もうひとつの主要評価項目である「障害のない生存」の判定ができません。この二つを外したことは設計上は正しいのですが、後述するとおり、結果をどこまで一般化できるかを大きく左右します。

SECTION 04 結果その1:心血管イベントは約3割減った

中央値5.9年の追跡で、心血管死・非致死性心筋梗塞・脳卒中・冠血行再建をまとめた主要な心血管イベントは、アトルバスタチン群で4,984人中297人(6.0%)、プラセボ群で4,987人中412人(8.3%)に起きました。ハザード比0.70、95%信頼区間0.61〜0.82、P<0.001です。

図3 2つの主要評価項目:片方は動き、もう片方は動かなかった横軸は共通(0〜20%)。棒はいずれも「その出来事が起きた人の割合」。0%5%10%15%20%① 心血管イベント(中央値5.9年)アトルバスタチン群6.0%297人/4,984人プラセボ群8.3%412人/4,987人ハザード比 0.70(95%信頼区間 0.61〜0.82) 差は2.3ポイント② 障害のない生存が失われた人(同期間)アトルバスタチン群12.8%637人/4,984人プラセボ群13.6%676人/4,987人ハザード比 0.94(95%信頼区間 0.84〜1.05) 統計学的な差なし

図3 同じ横軸で並べたときの、2つの主要評価項目の見え方。上の2本は差がはっきりしているが、下の2本はほとんど重なっている。

絶対値で言い直すと、6年でイベントが起きた人の割合が8.3%から6.0%へ、2.3ポイント下がったということです。単純に逆数をとると、約44人が6年間飲み続けると、そのうち1人分のイベントが防げる計算になります。脂質は、総コレステロールがアトルバスタチン群で平均53mg/dL低下(プラセボ群は18mg/dL低下)、LDLコレステロールが48mg/dL低下(同16mg/dL低下)でした。なお参加時のLDLコレステロールは平均127mg/dLで、とりわけコレステロールの高い人を集めた試験ではありません

効果の内訳を見ると、減ったのは主として非致死性のイベント、とくに心筋梗塞と冠血行再建でした。また、70〜74歳と75歳以上とで効果の大きさは変わらず、「高齢になるほど効かなくなる」という説明は支持されませんでした。なお、スタチンの一次予防試験では、効果が数字として見えてくるまでにおおむね2年前後の時間がかかることが繰り返し観察されてきました。この点はこの試験でも変わりません。

SECTION 05 結果その2:障害のない生存は延びなかった

この試験がPROSPERやJUPITERと決定的に違うのは、主要評価項目を2つ立てたことです。2つめは障害のない生存——死亡・認知症・持続する身体障害のいずれも起きずに過ごせているかどうか、という指標でした。高齢者にとって、心筋梗塞を1回防ぐことよりも、自分の足で歩き、自分で判断できる時間が延びることのほうが重要ではないか、という発想です。

結果は、アトルバスタチン群637人、プラセボ群676人で、ハザード比0.94(95%信頼区間0.84〜1.05)。統計学的な差はつきませんでした。認知症の発症についても、スタチンが増やすという懸念も、減らすという期待も、どちらも支持されていません。

SECTION 06 なぜ2つの結果が食い違うのか

論文の著者自身が、この食い違いを最も注目すべき所見として挙げ、説明のひとつとして試験期間中の死亡の約8割が心血管以外の原因だったことを挙げています。

図4 イベントは減ったのに、障害のない生存が延びなかった理由この試験の期間中に亡くなった人の死因心血管以外が原因 約80%心血管死 約20%減ったのは主に「死なないイベント」だった非致死性が中心効果の大半は心筋梗塞と冠血行再建の減少で、死亡そのものは大きく動いていない。死因の約8割が心血管以外だった効果が薄まるがん・感染症・老衰などが同時に起きるため、心血管イベントを防いでも複合指標は動きにくい。認知症は増えも減りもしなかった変化なしスタチンが認知機能を悪くするという懸念も、良くするという期待も支持されなかった。

図4 心血管イベントを防いでも、それが自立や生存の指標に届かなかった構造。

考え方はこうです。70代後半から80代にかけて、人が自立を失う原因は多岐にわたります。がん、肺炎、転倒による骨折、認知症、そして老衰。心血管イベントはそのうちの一部にすぎません。心筋梗塞を44人に1人分防いだとしても、その同じ6年のあいだに他の理由で亡くなったり動けなくなったりする人が多ければ、「障害のない生存」という広い網には効果が現れにくくなります。しかも減ったイベントの中心が非致死性のもの——つまり生き延びるイベント——だったことが、この希釈をいっそう強めました。

これは統計上の失敗ではなく、高齢者に薬を出すときに起きていることの正確な記述だと思います。効果は確かにある。ただし、その効果は「その人の残り時間全体」から見ると一部分にすぎない。

SECTION 07 副作用をどう読むか

図5 有害事象:どこに差があり、どこに差がなかったか項目アトルバスタチン群プラセボ群差(ポイント)筋肉・関節などの症状32.0%29.4%+2.6肝・胆道系の検査異常など3.3%0.9%+2.4糖尿病に関連する事象4.0%2.7%+1.3重篤な有害事象2.7%2.7%差なし有害事象のために試験薬をやめた人は7.2%。参加者の約半数は、参加した時点ですでに筋・関節の不調を訴えていた。

図5 差がついた項目とつかなかった項目。重篤な有害事象の頻度は両群で同じだった。

筋肉や関節の症状は32.0%対29.4%で、確かに増えていますが差は2.6ポイントです。注意したいのは、参加した時点ですでに約半数の人が何らかの筋・関節の不調を訴えていたという事実です。高齢者にとって「どこかが痛い」は薬を飲む前からの日常であり、スタチンを始めたあとに出た痛みの大半は薬のせいではない、ということになります。だからといって全部を気のせいにしてよいわけでもなく、差が2.6ポイントあることも同時に事実です。

むしろ議論すべきは肝・胆道系(3.3%対0.9%)と糖尿病関連(4.0%対2.7%)でしょう。肝・胆道系の差は2.4ポイントで、これは逆数をとると約42人に1人。心血管イベントを防ぐのに必要な人数(約44人に1人)とほぼ同じ数字です。

ただし、この二つを同じ重みで並べてはいけません。「肝・胆道系の有害事象」の多くは採血での肝酵素上昇であり、多くは無症状で、薬を減量・中止すれば戻ります。一方で防いだ側は心筋梗塞や脳卒中です。頻度が同じでも、起きたときの重さがまるで違う。数字を並べるときは、必ず「1件あたりの重み」まで含めて比べる必要があります。

有害事象のために試験薬をやめた人は7.2%でした。重篤な有害事象の頻度は両群とも2.7%で差がありません。全体として、この試験は70歳以上でもスタチンはおおむね安全に使えるというこれまでの見方を裏づける結果になっています。

SECTION 08 他のエビデンスと突き合わせる

ひとつの試験だけで判断するのは危険です。この結果が、これまでの質の高い研究と整合しているかを確認します。

図6 他の主要な試験・統合解析のなかでの位置づけPROSPER(2002年)差なし70〜82歳・一次予防にあたる3,239人/プラバスタチン40mg・平均追跡3.2年ALLHAT-LLT(2017年の年齢別解析)差なし・精度が低い75歳以上の一次予防/プラバスタチン・非盲検で脱落と乗り換えが多いJUPITER(2008年)イベント減少中央値66歳・LDLは高くないがCRPが高い人/ロスバスタチン20mgCTT統合解析(2019年)有意差なし28試験の個人データ。75歳超かつ血管疾患のない層だけを取り出すと信頼区間が1をまたいだEWTOPIA 75(2019年)34%減少日本人75歳以上3,796人/エゼチミブ10mg・非盲検(評価者盲検)STAREE(2026年・本論文)30%減少70歳以上9,971人/アトルバスタチン40mg・二重盲検プラセボ対照・中央値5.9年SAGA/SITE(2026年)中止は非劣性75歳以上で服用中の1,160人を「やめる」「続ける」に割り付け(別の問い)

図6 高齢者の脂質低下療法をめぐる主要な研究。STAREEは、それまで空白だった一区画を埋める位置に立っている。

整合している点

CTT統合解析(2019年)が示した「LDLを下げれば年齢によらず血管イベントは減る」という一般則と、STAREEの結果は方向として一致します。日本人75歳以上を対象にしたEWTOPIA 75試験(2019年)も、スタチンではなくエゼチミブを使ってですが、一次予防で心血管イベントが34%減ることを示していました。異なる国・異なる薬剤・異なる試験デザインで、同じ方向の結果が出ているのは心強い所見です。

整合していないように見える点

PROSPERとALLHAT-LLTの年齢別解析では、75歳以上の一次予防で効果が出ていませんでした。これは矛盾でしょうか。おそらく違います。PROSPERの一次予防サブグループは3,239人・平均追跡3.2年で、差を検出できる規模でも期間でもありませんでした。ALLHAT-LLTは非盲検で、対照群への乗り換えが多く、両群のLDLの差がほとんどつかなかったという致命的な問題を抱えています。「効かなかった試験」ではなく「答えを出せなかった試験」と読むのが妥当です。

まったく別の問いを扱っている研究

同じ2026年8月、フランスのSAGA/SITE試験がLancet Healthy Longevityに発表されました。75歳以上で1年以上スタチンを飲み続けている一次予防の人1,160人を「やめる」「続ける」にランダムに割り付けたところ、3年後の総死亡でやめる群の非劣性が示されました(7.2%対7.9%)。ただし、やめても生活の質は改善しませんでした。

STAREEとSAGA/SITEは矛盾しません。「始めるか」と「やめるか」は別の質問だからです。対象も違います(未治療の人か、すでに何年も飲めている人か)。観察期間も違います(5.9年か、3年か)。STAREEで曲線が分かれ始めるのが2年ごろであることを考えると、SAGA/SITEの3年という観察期間は、差が出るとしてもまだこれからという長さです。

SECTION 09 結果の妥当性をどう評価するか

図7 結果の妥当性をどう評価するかこの結果を信じてよい理由1ランダム化+二重盲検+プラセボ対照。「元気な人ほど薬を飲み続ける」という観察研究につきまとう歪みを、原理的に断ち切れる設計になっている。2約1万人・中央値5.9年と、この年齢層の試験としては規模も期間も十分。主要評価項目は2つとも、結果を見る前に決めてある。3空白だった集団をそのまま対象にしている(70歳以上・心血管疾患なし・75歳以上が40%・女性が約半数)。470〜74歳と75歳以上で効果の大きさが変わらなかった。「高齢になるほど効かなくなる」という説明は支持されない。そのうえで割り引くべき点1LDLの群間差は約32mg/dL(約0.83mmol/L)。過去の統合解析の換算では18%前後の減少が予想される幅で、点推定値30%はやや楽観側に寄っている。2糖尿病と認知症のある人を最初から除いている。フレイル・施設入所・多剤併用の人には、この結果を直接あてはめることができない。3総死亡の差を検出できる設計ではない。減ったのは主に「死なないイベント」で、寿命が延びたことは示されていない。4オーストラリアでの試験。日本人の冠動脈疾患の発症率は欧米より低く、同じ30%減でも、実際に防げる人数は少なくなる。

図7 この試験の強みと、割り引いて読むべき点。

効果の大きさは、過去の知見と釣り合っているか

ひとつだけ、計算で確かめておきたいことがあります。この試験でついたLDLコレステロールの群間差は、48mg/dL低下と16mg/dL低下の差で約32mg/dL(およそ0.83mmol/L)です。CTT統合解析の換算則(LDL 1.0mmol/L低下あたり主要血管イベントが21%減)をあてはめると、予想される減少幅は18%前後。ところがSTAREEの点推定値は30%減で、予想よりやや大きい。ただし95%信頼区間の上限が0.82(=18%減)ですから、CTTの予想値は信頼区間のちょうど端に収まっています。矛盾ではありませんが、点推定値は楽観側に寄っていると読むのが誠実です。将来ほかの試験が加わったとき、効果の推定値は30%より小さいところに落ち着く可能性があります。

誰にあてはめてよいのか

もっとも大きな制約は対象集団です。この試験は糖尿病と認知症のある人を最初から除き、地域で自立して暮らしている人だけを集めました。さらに、6年間毎日プラセボかもしれない薬を飲み続けることに同意した人たちです。同年代の平均より健康で、意欲があり、通院が続けられる集団だと考えるべきでしょう。プラセボ群でも6年間のイベント発生率が8.3%にとどまったことが、それを裏づけています。

もうひとつ、日本で読むときに必ず補正すべき点があります。日本人の冠動脈疾患の発症率は欧米より低いことです。日本動脈硬化学会がガイドラインのリスク評価に海外のスコアではなく久山町研究のスコアを採用しているのは、まさにこの違いを前提にしているからです。相対リスクが同じ30%減でも、もとの発生率が低ければ、実際に防げる人数は少なくなります。「44人に1人」という数字を、そのまま日本の高齢者にあてはめることはできません。

設計上、気にしておくべきこと

複合エンドポイントに冠血行再建(カテーテル治療やバイパス手術)が含まれている点は、一般には注意が必要です。誰に検査をするか、誰にステントを入れるかは医師の判断が入るため、割り付けが分かっていると結果が歪みます。ただしSTAREEは二重盲検ですから、この歪みは相当程度防げています。一方で、この試験は総死亡の差を検出できる設計ではありません。「スタチンで寿命が延びた」とは、この結果からは言えません。

SECTION 10 この論文がもつ社会的インパクト

図8 各国のガイドラインの現在地と、この試験が動かしうる場所米国予防医学専門委員会(USPSTF・2022年)判断を保留76歳以上でスタチンを開始することの利益と不利益は評価できない、として判断を保留(I ステートメント)。欧州(ESC/EAS)弱い推奨70歳以上で心血管疾患のない人への脂質低下薬は、リスクが非常に高い場合に「考慮してもよい」という弱い位置づけ。日本動脈硬化学会(2022年版・第7章)提案できる65〜74歳では一次予防目的のスタチン治療を「推奨できる」、75歳以上では「提案できる」と表現を弱めている。STAREEが加えたもの(2026年)空白が埋まった70歳以上の一次予防で心血管イベントが減ることを、二重盲検の試験として初めて直接示した。それでも埋まっていないこと継続中自立を保てる期間が延びるかは未解決。2万人規模のPREVENTABLE試験が認知症と身体障害を主要評価項目として進行中。

図8 各国ガイドラインの現在地。判断を保留していた根拠そのものが、この試験で変わる。

1. ガイドラインの根拠が変わる

USPSTFが76歳以上で判断を保留していた理由は、効果がないと分かったからではなく「根拠が足りないから」でした。同じ勧告は、今後必要な研究として「76歳以上で開始することの利益と不利益のバランス」を明示的に挙げています。その研究がいま出た以上、次の改訂で記述が変わる可能性は高いと考えられます。

ただし変わるのは「年齢だけを理由に控えるべきではない」という部分までです。この試験は、70歳以上の全員に自動的に処方してよいという根拠にはなりません。年齢という一本の線を外したぶん、余命の見通し・競合するリスク・治療の負担・本人が何を優先するかという、手間のかかる判断が前に出てくる。それがこの論文の実務的な帰結です。

2. 日本ではとくに規模が大きい

総務省統計局の推計では、2025年9月15日現在の65歳以上人口は3,619万人、総人口に占める割合は29.4%で過去最高です。75歳以上人口は2023年に初めて2,000万人を超えました。仮にこの結果が処方行動を動かせば、対象になりうる人数は他国とけた違いです。それは防げるイベントの数が大きいということであると同時に、薬剤費・採血・服薬管理・副作用対応のすべてが同じ倍率で増えるということでもあります。

3. ポリファーマシー対策との緊張

厚生労働省は2018年に『高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)』、2019年に『各論編(療養環境別)』を出し、高齢者の多剤服用を減らす方向を打ち出してきました。STAREEの結果は、この流れに正面から一石を投じます。「高齢だから減らす」という単純な引き算では処理できない薬が、ひとつ増えたことになるからです。減薬の判断も、増薬の判断と同じだけの根拠と個別性を要求される時代になりました。

4. いちばん重い含意は、じつは「延びなかった」ほうにある

日本の医療・介護政策の目標は健康寿命の延伸です。その文脈でこの試験を読むと、心血管イベントが30%減ったことよりも、それでも障害のない生存が延びなかったことのほうが重い意味を持ちます。循環器のイベントを丁寧に減らしていっても、自立して過ごせる時間はそれだけでは延びない。高齢者の自立を守る仕事の大半は、心血管以外の場所——転倒、低栄養、フレイル、認知症、社会的孤立——にある、ということをこの試験は数字で示してしまいました。

当院の視点ふくろう訪問クリニックが、在宅の現場でこの論文をどう使うか
1
最初に確認するのは、その人の残り時間の見通しです。この試験で曲線が分かれ始めるのは約2年後、絶対差がはっきりするのは6年かけてです。見通しがそれより短い方に、いま新しく始める理由は乏しい。逆に、80代でもお元気で、あと10年を見込める方であれば、「もう歳だから」という理由だけで見送るのは根拠が薄くなりました。
2
「やめてもいいか」の相談は、別の質問として扱います。何年も問題なく飲めている方の中止については、SAGA/SITE試験が3年の観察で死亡に差がないことを示しています。ただし同じ試験で、やめても生活の質は良くなりませんでした。薬を1つ減らすことそのものが目的にならないよう、何のために減らすのかを本人・ご家族と言葉にしてから決めます。
3
筋肉の訴えを、全部薬のせいにも、全部気のせいにもしません。参加者の約半数は開始前から筋・関節の不調を抱えていた一方で、実際に2.6ポイントの上乗せはありました。急にやめてしまう前に、減量や一時中断で症状が動くかを見る。ただし、力が入らない・尿の色が濃い・全身がだるいが重なったときだけは別で、すぐご連絡をお願いしています。
4
この試験が答えていない人たちが、在宅では多数派です。糖尿病のある方、認知症のある方、施設で暮らす方、フレイルの進んだ方、終末期の方。STAREEはその全員を対象から外しています。在宅診療で出会う方の多くはここに入るので、私たちはこの論文を「そのまま適用する根拠」ではなく「年齢を理由にしない、という姿勢の根拠」として使っています。

SECTION 11 場面別の考え方

場面この論文からの示唆実際の判断で見るところ
72歳・心血管疾患なし・元気に通院している対象集団にそのまま該当する。イベントを減らせる可能性が高い。本人が6年単位で服薬を続けられるか。
82歳・自立・持病は高血圧のみ75歳以上でも効果の大きさは変わらなかった。年齢だけを理由に見送らない。余命の見通しと、他の薬の数。
糖尿病がある高齢者この試験の対象外。ただし糖尿病はもともと脂質管理の適応が明確。既存のガイドラインに沿って判断。
認知症がある方対象外。認知症を良くも悪くもしないことだけは分かった。服薬管理を誰が担うか。
要介護・フレイルが進んでいる方対象外。効果が出るまでの2年を待てるかが焦点。転倒・低栄養など優先順位の高い課題。
施設に入所している方対象は地域在住者のみ。直接あてはめられない。内服総数と嚥下の状態。
がんの治療中・緩和ケア中の方対象外。予防薬より症状緩和と生活の質が優先。中止しても不利益が出ない代表例。
すでに10年以上飲んでいて問題がない方STAREEは「始める話」。中止の判断は別の試験の話。やめる目的が言語化できているか。
筋肉痛が出た方薬のせいである確率は思うより低い。ただしゼロでもない。減量・一時中断で症状が動くか。
肝機能の数値が上がった方スタチン群で3.3%対0.9%と差があった項目。多くは無症状で、減量・中止で戻る。
「コレステロールは高くない」と言われている方参加者の平均LDLは127mg/dLで、特別高い集団ではなかった。値そのものより全体のリスク。
ご家族が「もう薬は減らしてほしい」と希望減薬そのものは生活の質を上げなかった(SAGA/SITE)。何を目的に減らすかの合意形成。

SECTION 12 よくある質問

Q70歳を過ぎてから始めても間に合いますか。

この試験の参加者は平均74.7歳で、そこから飲み始めて6年間でイベントが約3割減りました。ただし生存曲線が分かれ始めるのは2年ほど経ってからです。つまり「間に合うかどうか」は年齢ではなく、これから何年その薬を飲み続けられるかで決まります。

Qコレステロールがそれほど高くなくても、飲む意味はありますか。

この試験の参加時のLDLコレステロールは平均127mg/dLで、極端に高い人を集めた試験ではありませんでした。つまり値がとくに高くない人でも効果は出ています。ただし、もともとの発症リスクが低い人ほど、防げる人数は少なくなります。検査値ひとつではなく、血圧・喫煙・年齢・家族歴を合わせた全体のリスクで考えます。

Q筋肉痛が出たら、すぐにやめるべきですか。

多くの場合、すぐやめる必要はありません。この試験でも参加した時点で約半数の人がすでに筋・関節の不調を訴えていました。まず主治医に相談し、減量や一時中断で症状が変わるかを確認するのが順序です。ただし、力が入らない・尿の色が濃い・全身のだるさが同時に出た場合は例外で、自己判断で様子を見ずにすぐ連絡してください。

Qスタチンで認知症になる、と聞いたことがあります。

この試験では、認知症の発症はスタチン群でもプラセボ群でも変わりませんでした。増やすという結果も、減らすという結果も出ていません。約1万人を6年近く二重盲検で追跡したデータですので、この点についてはこれまでで最も信頼できる情報のひとつです。

Q90歳です。この試験は自分にあてはまりますか。

そのままはあてはまりません。参加者の平均は74.7歳で、しかも糖尿病と認知症のある人は除かれ、地域で自立して暮らしている人だけが対象でした。90歳で他に大きな病気がなく、これから5年10年の見通しが立つ方であれば検討の余地はありますが、介護が必要な状態であれば、この試験の結果より目の前の生活の課題が優先されます。

Q何年も飲んでいますが、やめてもいいでしょうか。

「始めるべきか」と「やめてよいか」は別の質問です。75歳以上で一次予防のスタチンを1年以上続けている方を対象にした別の試験では、中止しても3年間の死亡率は増えませんでした。ただし、やめたことで生活の質が良くなることもありませんでした。飲み続けることが負担になっているのか、それとも何となく不安なだけなのか。そこを整理してから決めるのが良いと思います。

お薬のことでお困りのときは

ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区を中心に在宅診療を行っています。緩和ケア・難病・精神科・認知症を専門領域とし、ふくろう訪問看護リハビリステーションと連携して、通院が難しくなった方のご自宅にうかがっています。

「この薬はまだ必要なのか」「減らしたほうがよいのか」というご相談は、在宅診療でもっとも多いテーマのひとつです。いま飲んでいるお薬をすべて拝見したうえで、ご本人とご家族が何を大事にしたいかを一緒に整理していきます。ご相談だけでもかまいませんので、お気軽にお問い合わせください。

なお、この記事は一般的な情報提供であり、個別の診断や治療方針を示すものではありません。現在お薬を飲んでいる方は、自己判断で中止せず、必ず主治医にご相談ください。

SECTION 13 参考文献

  • Zoungas S, Wolfe R, Moran C, et al. Atorvastatin, Cardiovascular Events, and Disability-free Survival in Older Adults. N Engl J Med. 2026; Epub ahead of print. DOI: 10.1056/NEJMoa2607314(STAREE試験。ClinicalTrials.gov: NCT02099123。2026年8月、欧州心臓病学会 ESC Congress 2026〈ミュンヘン〉での発表と同時掲載)
  • Zoungas S, Curtis A, Spark S, et al. Baseline Characteristics of Participants in STAREE: A Randomized Trial for Primary Prevention of Cardiovascular Disease Events and Prolongation of Disability-Free Survival in Older People. J Am Heart Assoc. 2024;13:e036357. DOI: 10.1161/JAHA.124.036357(PMID: 39548016)
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  • Ridker PM, Danielson E, Fonseca FAH, et al. Rosuvastatin to Prevent Vascular Events in Men and Women with Elevated C-Reactive Protein (JUPITER). N Engl J Med. 2008;359(21):2195-2207. DOI: 10.1056/NEJMoa0807646
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  • Nezhad SA, Rastgou P, Nanna MG. Statin discontinuation in older adults: changing the conversation, not the default. Lancet Healthy Longev. 2026; Epub ahead of print. DOI: 10.1016/S2666-7568(26)00072-3(論説)
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  • Chou R, Cantor A, Dana T, et al. Statin Use for the Primary Prevention of Cardiovascular Disease in Adults: Updated Evidence Report and Systematic Review for the US Preventive Services Task Force. JAMA. 2022;328(8):754-771. DOI: 10.1001/jama.2022.12138
  • 日本動脈硬化学会(編)『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』第7章「高齢者」、第2章「包括的リスク評価」(久山町研究スコアの採用)。2022年7月発行。
  • 厚生労働省『高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)』2018年5月(平成30年5月29日通知)。
  • 厚生労働省『高齢者の医薬品適正使用の指針(各論編〈療養環境別〉)』2019年6月(令和元年6月14日通知)。
  • 総務省統計局「統計トピックスNo.146 統計からみた我が国の高齢者-『敬老の日』にちなんで-」2025年9月14日(2025年9月15日現在の推計で65歳以上人口3,619万人、総人口に占める割合29.4%)。
  • 総務省統計局「統計トピックスNo.138 統計からみた我が国の高齢者-『敬老の日』にちなんで-」2023年9月17日(75歳以上人口が初めて2,000万人を超えた)。
  • American College of Cardiology. STAREE: Can Statin Therapy Help Prevent CV Events in Healthy, Community-Dwelling, Older Adults? ESC Congress 2026 Meeting Coverage. 2026年8月29日。
本記事の作成にあたり、企業からの資金提供および便宜供与は一切受けていません。内容は上記の査読付き論文および公的機関・学術団体の公表資料に基づいています。掲載した数値は2026年8月30日時点で確認できたものであり、STAREE試験の追加解析やガイドラインの改訂により、今後の評価が変わる可能性があります。