アメリカで使える薬が日本では使えない?

「アメリカでは普通に使われている薬が、日本では使えないらしい」——訪問診療の場でも、ご本人やご家族からこうした話が出ることがあります。ネットで見つけた治療が日本にない。海外に住む親戚から薬を送ってもらえないか。そういう相談です。

この問題には名前がついています。ドラッグ・ラグドラッグ・ロスです。そしてこの2つは、同じものではありません。日本の状況はこの20年で大きく変わり、問われている場所も20年前とはまったく別のところに移りました。さらに2026年は、アメリカの薬価政策という新しい変数が加わった年でもあります。

制度の話が中心になりますが、最後は「では、いま目の前で困っている人に何ができるのか」に戻します。

SECTION 01 結論——先に3つ

1日本の審査は、もう遅くない

令和4年度から令和6年度まで、日本と米国の審査期間の差(審査ラグ)は3年続けてゼロでした。「日本のお役所が承認を渋っているから薬が来ない」という説明は、少なくとも審査の段階については事実と合いません。

2いまの問題は「遅れ」ではなく「不在」

欧米で承認された薬の中に、日本では開発そのものが始まっていないものがあります。これがドラッグ・ロスです。国はこれを数えて仕分けし、2025年3月に86品目、2026年4月に新たに28品目を公表しました。遅れて届くのではなく、届く予定が立っていない状態です。

32026年、新しい逆風が加わった

アメリカが自国の薬価を下げるために他国の価格を参照する仕組みを進めており、日本もその参照国に挙げられています。「日本で安く売ると米国での売上が減る」という構造が生まれ、日本での発売を控える検討が始まっていると、業界側は2026年8月の中央社会保険医療協議会(中医協)で報告しました。

SECTION 02 「ラグ」と「ロス」は別のものです

まず言葉を整理します。ドラッグ・ラグは、海外で使える薬が日本で使えるようになるまでの時間差のことです。遅れてはいるけれど、いずれ届く見込みがある状態を指します。

ラグはさらに2つに分けて考えられています。ひとつは開発ラグで、海外より日本での申請が遅れることです。もうひとつは審査ラグで、申請してから承認されるまでの時間が海外より長いことです。この2つを足したものがドラッグ・ラグと呼ばれます。

これに対してドラッグ・ロスは、日本で開発される見通しが立っていない薬のことです。承認を待っているのではなく、そもそも待つ列に並んでいません。2010年代後半から、日本で問題になっているのはこちらです。

図1 「遅れている薬」と「始まってもいない薬」欧米(米国またはEU)で承認された新しい薬ラグなし日本でも欧米とほぼ同じ時期に承認された薬。国際共同治験に日本が最初から参加できたときに多い形。ラグ(承認済み)日本でも承認されたが、欧米より遅れて承認された薬。その遅れの長さが「ドラッグ・ラグ」と呼ばれる期間にあたる。ラグ(未承認)まだ承認されていないが、国内で治験などの開発が動いている薬。遅れてでも承認される見込みがある。列には並んでいる状態。ドラッグ・ロス日本で開発が始まる見通しが立っていない薬。承認を待つ以前に、待つ列にすら並んでいない。いまの主役はここ。※「開発ラグ」=欧米より遅れて日本で申請されること、「審査ラグ」=審査にかかる時間の差。両者を足したものがドラッグ・ラグ。

SECTION 03 薬が患者に届くまでに通る5つの関所

なぜ国ごとに承認が必要なのか、という疑問はもっともです。医薬品の承認は各国の法律に基づく行政処分で、アメリカのFDAが承認しても、それがそのまま日本での承認になるわけではありません。これは日本に限った話ではなく、世界共通の仕組みです。

薬が届くまでには、おおまかに5つの段階があります。どこで止まっているのかを見分けることが、この話を理解する近道になります。

図2 薬が患者に届くまでの5段階と、日本で止まりやすい場所1基礎研究・非臨床試験候補となる物質を選び、動物などで作用と安全性を調べる。2治験(第I相〜第III相)人で有効性と安全性を確かめる。いまは複数国の患者が参加する国際共同治験が主流。日本が入れるか3承認申請企業が国に申請する。日本で売る意思がなければ、ここに書類そのものが出てこない。ロスが起きる場所4審査(PMDA・厚生労働省)提出資料を審査し、厚生労働大臣が承認する。日本の審査は世界最速水準にある。審査ラグは0年5薬価収載・発売公定価格(薬価)が決まって保険で使えるようになる。原則60日、遅くとも90日以内。※かつての日本の弱点は④の審査だった。いまの弱点は②と③、つまり「そもそも日本が開発の輪に入っていない」ことにある。

ポイントは、日本の弱点が移動したことです。かつては④の審査に時間がかかっていました。いまは②と③、つまり「そもそも日本が国際共同治験の参加国に入っていない」「日本で売る計画がないので申請書類が出てこない」という、もっと手前の段階に問題があります。

SECTION 04 この20年、日本は何をしてきたか

2000年代半ば、日本のドラッグ・ラグは深刻な社会問題でした。2007年に厚生労働省が開いた検討会の報告書では、日米の差はおよそ2.5年と整理されています。がんの治療薬を中心に「海外では標準治療なのに日本では使えない」という訴えが相次ぎ、患者会や学会が国を動かしました。

国が打った手は、大きく分けて3方向でした。審査を速くする(PMDAの審査員を大幅に増やす)、治験に参加しやすくする(国際共同治験の考え方を示す)、薬価で報いる(特許期間中の薬価を維持する加算をつくる)。並行して、必要性の高い未承認薬を国が拾い上げて企業に開発を要請する会議も設けられました。

図3 この20年、日本は何をしてきたか2004年4月PMDA(医薬品医療機器総合機構)が発足。審査体制の立て直しが始まる。2007年4月「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」。審査員の増員と治験環境の整備へ。当時の日米差は約2.5年と報告されていた。2010年「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」を設置。新薬創出等加算も試行導入。2014〜16年新有効成分の審査期間で世界最速を達成。審査ラグはほぼ解消する。2016年拡大治験(人道的見地から実施される治験)と患者申出療養が始まる。2021年4月毎年薬価改定(中間年改定)が始まる。特許期間中も価格が下がる場面が増えた。2023年12月国際共同治験の前の「日本人だけの第I相試験」は原則不要とする通知が出る。2024年薬価制度改革で「迅速導入加算」を新設。7月に小児・希少疾病用医薬品等薬事相談センター設置。2025年5月改正薬機法が公布。条件付き承認の拡大と、小児用医薬品の開発計画づくりの努力義務化。2026年国が新たに28品目の「国内開発未着手」を公表(4月)。同月、米国が医薬品への関税を発動。※審査の遅さという入口の問題は解決した。残ったのは「日本で開発するかどうか」という企業の判断の問題である。

結果として、審査という入口の問題は解決しました。2014年から2016年にかけて、日本は新有効成分の審査期間で世界最速を記録しています。ところがその後、別の問題が浮かび上がりました。審査に持ち込まれる薬そのものが来なくなったのです。

SECTION 05 いまの数字はどうなっているか

PMDAは毎年、企業へのアンケートをもとに開発ラグと審査ラグを試算しています。直近7年分を並べたのが図4です。

図4 開発ラグと審査ラグの推移(新有効成分含有医薬品)開発ラグ(申請時期の差)審査ラグ(審査期間の差)右端=合計(ドラッグ・ラグ)0.0年0.5年1.0年1.5年2.0年平成30年度0.9年令和元年度0.6年令和2年度0.7年令和3年度0.4年令和4年度0.4年令和5年度1.3年令和6年度2.0年出典:PMDA「令和7年度のこれまでの事業実績及び今後の取組について」(令和7年12月)。※令和6年度に開発ラグが伸びたのは、審査が遅れたからではない。長くロス状態だった薬の申請が まとまって入ったためだ、とPMDAは説明している。

審査ラグは令和4年度から3年続けて0年です。一方で開発ラグは、令和3年度の0.3年から令和6年度の2.0年へと大きく伸びました。合計であるドラッグ・ラグも2.0年になっています。

ここで注意が必要です。この「2.0年」は、そのまま悪化を意味しません。PMDAはその理由を、長い間ドラッグ・ロスの状態だった薬について承認申請がまとまって行われたためと説明しています。米国での申請から日本での申請まで5年以上かかった品目が全体の約2割あり、それらは患者数の少ない希少疾患の薬や、スタートアップなど小規模企業が米国で承認を取った薬に多かったと分析されています。

つまり、止まっていた列がようやく動き始めたことで、中央値としての「遅れ」が一時的に大きく見えている面があります。数字の向きだけを見て良し悪しを決められない、という典型例です。

SECTION 06 国は、何品目を数えているのか

ドラッグ・ロスについては、国が実際に品目を数えて仕分けする作業を進めています。従来は学会や患者会からの要望を待つ仕組みでしたが、それでは声の小さい領域が取り残されるため、国の側から探しにいく方式に切り替わりました。

図5 国が数え、仕分けした「日本で開発が始まっていない薬」① 2016〜2020年に欧米で承認 / 2023年3月時点で国内開発未着手 = 86品目グループA開発の必要性が特に高い14品目グループB開発の必要性が高い41品目グループC開発の必要性が低い11品目グループD開発の必要性はない12品目その他すでにドラッグ・ロスが解消されていた8品目② 2021年1月〜2023年3月に欧米で承認 / 2025年3月末時点で未着手 = 28品目グループA開発の必要性が特に高い5品目グループB1開発の必要性が高い1品目その他必要性が低い・ない、など22品目①と②は数えた期間も基準日も違う別々の調査であり、足し算はできない。②はより新しい薬を新たに数え直したもの。出典:厚生労働省(令和7年3月31日公表・令和8年4月6日公表)。A・B(B1)に分類された品目は未承認薬検討会議での評価に進む。

2025年3月に公表された86品目のうち、「開発の必要性が特に高い」とされたのは14品目でした。その後、この中から実際に開発要請や開発企業の公募に進んだ品目が出ています。2026年4月に公表された28品目では、A・B1にあたる6品目が未承認薬・適応外薬検討会議での評価に進む予定とされました。

公開されているリストには、たとえば消化管間質腫瘍(GIST)の分子標的薬、マラリアや炭疽菌の治療薬、抗菌薬、ざ瘡(ニキビ)の外用薬、嚢胞性線維症の治療薬、そしてパーキンソン病に伴う幻覚・妄想の薬や遅発性ジスキネジアの薬といった、神経・精神領域の薬が並んでいます。「海外にあって日本にない薬」は、遠い世界の話ではありません。

この2つの数字は足し算できません。86品目は「2016〜2020年に欧米で承認され、2023年3月時点で国内開発が未着手」だったもの。28品目は「2021年1月〜2023年3月に欧米で承認され、2025年3月末時点で未着手」のもの。対象期間も基準日も違う、別々の調査です。86が28に減ったわけでも、86+28=114になるわけでもありません。

SECTION 07 なぜ日本が外されるのか

「日本人は薬に弱いから慎重にしている」といった説明を聞くことがありますが、実態はもっと散文的で、経営判断の話です。理由は大きく4つに整理できます。

図6 なぜ日本が開発の輪から外れるのか1市場としての魅力が下がった日本の医薬品市場は世界2位から3位、そして4位へと順位を下げてきた。毎年の薬価改定で特許期間中も価格が下がるため、企業から見て「いくらで売れるか」の見通しが立てにくい。2新薬をつくる主役が変わったいまや新薬の多くを、日本に拠点を持たない海外のベンチャー企業が生み出している。日本法人も日本の担当者もいない会社にとって、日本は「後回しにできる国」になりやすい。3日本だけに求められた追加試験かつては国際共同治験に加わる前に、日本人だけの第I相試験が事実上求められていた。2023年12月に原則不要となったが、その前に日本を外して設計された開発計画は戻ってこない。4しわ寄せは少数の患者に向かう希少疾患・小児・一部のがんなど、もともと患者数が少なく採算の読みにくい領域ほどロスが起きやすい。声を上げる人数が少ない領域ほど後回しになる、という構造がある。※4つは独立した問題ではなく、互いに強め合っている。どれか1つを直しても流れは変わりにくい。

特に効いているのが1と2の組み合わせです。日本の医薬品市場は、2012年まで米国に次ぐ世界2位でしたが、2013年に中国に抜かれて3位となり、2024年には4位になったと報じられています。同時に、新薬の開発主体が大手製薬企業から、日本に拠点を持たない海外のベンチャー企業へと移りました。日本法人も日本担当者もいない会社にとって、規制も言語も違う小さくなりつつある市場は、意識して取りにいく先ではなくなります。

製薬協は、世界の医薬品研究開発投資に占める日本のシェアが2012年の約12%から2022年には約6%に低下したと指摘しています。この数字は業界団体によるものなので割り引いて読む必要がありますが、方向としての傾向は他の統計とも整合しています。

SECTION 08 打ってきた手と、2026年の制度

国が何もしていないわけではありません。2023年以降、対策はむしろ集中的に打たれています。

1日本人だけの第I相試験を「原則不要」に(2023年12月)

国際共同治験に日本が参加する前、日本人だけを対象にした第I相試験が事実上求められていました。これが海外企業にとって大きな負担で、日本を外す理由になっていました。2023年12月25日の通知で、安全性が説明できる場合には原則として追加実施は不要と整理されています。2025年8月にはPMDAが国内外の製薬団体と公開シンポジウムを開き、運用の共通理解づくりを進めました。

2薬価でイノベーションを評価する(2024年度改革)

欧米に遅れず日本に導入された新薬を評価する「迅速導入加算」が新設され、小児用医薬品の評価も充実しました。2026年度の改革では、特許期間中の薬価を維持する仕組みへの改組や、市場拡大再算定のいわゆる「共連れ」の廃止などが決まっています。

3薬機法の改正(2025年5月公布)

条件付き承認制度の対象が広がり、探索的な試験の段階で一定の有効性・安全性が確認できた希少・重篤な疾患の薬について、承認後に検証試験を行うことを条件とした承認がしやすくなりました。あわせて、製造販売業者に対して小児用医薬品の開発計画をつくる努力義務が課されています。

4海外企業に日本を売り込む体制

PMDAは2024年7月に小児・希少疾病用医薬品等薬事相談センターを設置し、同年11月にはワシントンD.C.事務所を開設しました。米国の学会に出向いて海外ベンチャーに直接声をかけ、英語での相談に応じる、という地道な活動が始まっています。2025年7月には、WHOが一定水準以上と認める規制当局(WLA)にも指定されました。

これらは方向としては正しい手です。ただし、開発計画が組まれてから薬が届くまでには何年もかかります。いま打った手の効果が患者さんに見える形で表れるのは、数年先ということになります。

SECTION 09 新しい逆風——アメリカの薬価政策

そこに、これまでとは種類の違う逆風が加わりました。アメリカの薬価政策です。

背景には、米国の処方薬価格が他の先進国よりはるかに高い、という長年の不満があります。2025年5月、米国は「最恵国待遇(MFN)価格」——自国の薬価を他の先進国並みの水準まで下げる——を目指す大統領令を出しました。その後、政権は大手製薬企業と個別に価格の合意を結び、2026年5月時点でホワイトハウスは17社と合意したと発表しています。

問題は、その「他の先進国並み」をどう測るかです。メディケア向けに提案された枠組みでは、参照する国として19か国が示されており、そこに日本が含まれています。日本の薬価は国際的に低いグループに属します。すると、次のような連鎖が生まれます。

図7 アメリカの値下げが、日本の「使えない薬」につながる道筋1米国が「自国の薬価を他の先進国並みに下げる」方針を打ち出す2025年5月の大統領令。以後、政権は大手製薬企業と個別に価格の合意を結んでいった。2下げ幅を決める物差しとして、他国の価格を参照するメディケア向けに提案された枠組みでは、参照する国が19か国示され、日本も含まれている。3日本の薬価は国際的に低いグループに属するつまり日本の価格が、米国での値下げの基準として使われうる立場になった。4企業から見ると「日本で安く売ること」が米国での減収につながる日本で1つ安く売ると、はるかに大きい米国市場の価格が引きずられる、という計算になる。5日本での発売を遅らせる・見送る判断が起きやすくなる2026年8月の中医協で、業界側は実際にそうした検討が始まっていると報告した。※これは「起こると決まったこと」ではなく、いま日本の審議会で対応が議論されている途中の話である。※あわせて米国は2026年4月、特許のある医薬品への関税を発動した(日本からの輸出は15%、価格合意等があれば0%)。

これは机上の懸念ではありません。2026年8月26日の中医協・薬価専門部会で、日米欧の製薬団体は、多くの企業が米国内での薬価低下を懸念して日本での販売縮小などを検討し始めていると報告しました。同時に、日本で機動的な薬価制度が設けられれば前向きに検討し直す、とも述べています。日本の薬価をどうするかが、日本で薬が手に入るかどうかに直結する局面になったわけです。

ホワイトハウス自身も、この政策が米国の価格を下げると同時に他の富裕国の価格を押し上げる方向に働くと明記しています。米国側から見れば、それが狙いです。

ただし、これを「日本の薬価を上げれば解決」と単純化するのも正確ではありません。薬価は保険料と窓口負担の裏返しでもあります。中医協でも、価格だけを見て高い安いを論じるのではなく、各国の医療制度の違いを踏まえて落としどころを探るべきだという意見が出ています。2027年度の薬価改定に向けた議論は、いままさに進行中です。

あわせて、米国は2026年4月2日に特許のある医薬品への関税を発動しました。基本税率は100%ですが、日本・EU・韓国・スイスなどからの輸入は15%、米国内での生産計画や価格合意を結んだ企業は最大で0%まで下がる、という段階的な仕組みです。ジェネリック医薬品やバイオシミラー、希少疾病用医薬品は当面除外されています。価格政策と通商政策が組み合わされている点が、今回の特徴です。

SECTION 10 他の国はうまくいっているのか

「日本だけが取り残されている」という語り方をよく見かけますが、これは半分しか当たっていません。欧州も同じ問題を抱えています。

欧州製薬団体連合会(EFPIA)が2026年5月に公表した調査は、2021〜2024年にEUで中央承認された168の新薬について、36か国で患者が実際に使えるようになるまでの期間を調べたものです。

項目数字出典・時点
欧州の待ち時間承認から患者が使えるまで中央値532日EFPIA、2026年5月公表
最も速い国ドイツ 56日同上
最も遅い国ルーマニア 1,201日同上
使えない割合2019年46% → 2025年49%同上
制限付きで使える2019年6% → 2025年17%同上
公的償還に完全収載2019年42% → 2025年28%同上
新薬売上の地域配分米国74.1% / 欧州15.6%IQVIA、2020〜2024年上市品
日本の審査ラグ0年(令和4〜6年度)PMDA、令和7年12月
日本の開発ラグ2.0年(令和6年度)同上

欧州でも、承認された新薬のおよそ半分は多くの国の患者に届いていません。同じ薬でも、住んでいる国によって待ち時間が20倍以上違います。EFPIAはさらに、FDAが承認した薬のうち欧州でも承認される割合が近年下がっており、この傾向が続けば中国が近くEUを上回るとの見方も示しています。

つまりこれは、日本の役所の怠慢という一国の物語ではなく、新薬の開発費の大半を米国市場が支えるという世界的な構造の話です。米国が「支えすぎている」と言い出したことで、その構造そのものが揺れている、というのが2026年のいまです。

SECTION 11 数字がバラバラに見える理由

この話題では、出てくる数字が互いに矛盾して見えることがあります。整理しておきます。

1「86品目」と「28品目」は足せない

対象期間も基準日も違う別々の調査です。86は2016〜2020年に欧米で承認された薬について2023年3月時点で、28は2021年1月〜2023年3月に承認された薬について2025年3月末時点で数えたもの。前者が減って後者になったのでもありません。

2「開発ラグ2.0年」は悪化とは限らない

中央値なので、長く止まっていた薬の申請がまとまって入ると数字は大きくなります。PMDAはまさにその理由を挙げています。列が動き出したときにも数字は伸びる、ということです。

3欧州の「578日」と「532日」の違い

前年の調査で報じられた578日は平均、今回の532日は中央値です。ドイツの128日と56日も同じく平均と中央値の違いによるもので、どちらかが誤りというわけではありません。平均と中央値を混ぜて比較しないことが大切です。

4「日本は世界2位/3位/4位」

医薬品市場の順位は年によって変わります。2012年まで2位、2013年に中国に抜かれて3位、2024年に4位という経緯で、どの時点の話かによって数字が変わります。

SECTION 12 日本で未承認の薬が必要になったら

ここからは実務の話です。日本で承認されていない薬が必要かもしれない、というとき、通れる道はいくつかあります。

図8 日本で未承認の薬が必要になったとき、通れる道1治験に参加するjRCT(臨床研究等提出・公開システム)やがん情報サービスで、募集中の治験を探す。病期・臓器機能・前治療などの条件が細かく決まっており、誰でも入れるわけではない。2拡大治験(人道的見地から実施される治験)主たる治験が終わった、または組入れが終わった薬を、参加基準を満たさない患者に治験の枠組みで提供する制度。2016年開始。実施中の情報はPMDAが公開している。3患者申出療養患者からの申し出を起点に、保険外の治療と保険診療の併用を認める制度。2016年開始。臨床研究中核病院などが窓口になる。費用の自己負担は生じる。4未承認薬・適応外薬検討会議への要望学会や患者団体が要望を出し、国が医療上の必要性を評価して企業に開発を要請する道。時間はかかるが、実際にこの経路で開発要請に至った品目が毎年出ている。×個人輸入(当院ではお勧めしていません)成分が表示と違う製品や偽造品が現実に流通しており、健康被害の報告がある。医薬品副作用被害救済制度の対象にもならない。使うなら必ず主治医に相談を。※いずれも主治医との相談が出発点になる。①〜④はどれも「必ず使える」制度ではない点に注意。

最初に確認したいのは、その薬が「未承認」なのか「適応外」なのかです。薬自体は日本にあるけれど、その病気には保険が使えない、という状況は珍しくありません。この場合は未承認薬・適応外薬検討会議の対象になったり、公知申請という短縮された手続きが使えたりします。まずは成分名を主治医に伝えて、どちらなのかを確認してください。

個人輸入について
海外の通販サイトから薬を取り寄せる方法は、法的には自分自身が使う範囲で可能な場合があります。しかし厚生労働省の調査では、表示と違う成分が検出された製品や偽造品が実際に見つかっており、健康被害の報告もあります。さらに、個人輸入した薬で副作用が起きても、医薬品副作用被害救済制度の対象になりません。医師の処方が確認できなければ個人での輸入自体が認められない薬も定められています。当院ではお勧めしていませんが、すでに手元にある・入手を考えているという場合は、隠さず主治医にお伝えください。飲み合わせの確認だけでも意味があります。

SECTION 13 当院の視点——訪問診療の現場から

1
「日本にない薬」の話は、がんより神経・精神で出会う

報道ではがんの薬が取り上げられがちですが、2026年に検討対象へ上がった品目を見ると、パーキンソン病に伴う幻覚・妄想の薬、遅発性ジスキネジアの薬、統合失調症の薬といった神経・精神領域が並びます。これらは訪問診療で最も相談の多い症状群と重なります。当院が緩和ケア・難病・精神科・認知症を軸にしているのは偶然ではなく、この領域は「選択肢が少ない」ことがそのまま生活の質に直結するからです。

2
海外の薬を探す前に、国内の薬を使い切れているか

在宅では、薬そのものより「届け方」で詰まっていることがよくあります。飲み込めない、時間どおりに飲めない、介護する人が管理しきれない。剤形を変える、貼り薬や注射に切り替える、投与回数を減らす、といった調整で解決する場面は少なくありません。新しい薬の情報を集める前に、いま出ている薬の棚卸しをする価値があります。

3
調べたい気持ちは正当なものとして扱います

「藁にもすがる」という言い方をされる方がいますが、家族が海外の情報を調べるのは、愛情と責任感の表れです。当院はそれを止めません。ただ、個人輸入の代行はできませんし、勧めもしません。代わりに、その成分が国内でどう扱われているのか(開発中か、未着手か、適応外か)を一緒に確認し、治験・拡大治験・患者申出療養の入口までは一緒に見に行きます。当院は治験の実施施設ではないため、そこから先はがん相談支援センターや臨床研究中核病院におつなぎします。

4
終末期は、時間の使い方そのものが治療の一部です

残された時間が限られているとき、「まだ日本にない薬」を探すことに時間と体力をどれだけ配分するかは、医学の問題ではなく価値観の問題です。探すこと自体を否定はしません。同時に、治験や患者申出療養の多くは通院や入院が前提で、在宅で過ごしたいという希望と両立しないこともあります。何を優先したいのかを、あらかじめご家族と話しておいていただけると、私たちも一緒に考えやすくなります。

SECTION 14 場面別の早見表

こんなとき知っておくとよいこと次の一歩
海外の薬をネットで見つけたその薬が「国内で開発中」なのか「開発すら始まっていない」のかで意味がまったく違う成分名をメモして主治医に渡し、国内の開発状況を一緒に確認する
「日本にはない」と言われた薬自体はあるが、その病気には保険が使えない(適応外)という場合がある「未承認」なのか「適応外」なのかを聞き直す
がんで標準治療が尽きた治験・拡大治験・患者申出療養が候補になりうるがん相談支援センターとjRCTの両方で探す
難病で選択肢が少ない希少疾患ほどドラッグ・ロスが起きやすい領域患者会と学会の要望活動が実際に制度を動かしている
子どもの薬がない2025年の薬機法改正で、小児用医薬品の開発計画づくりが努力義務になった小児適応の有無と代替手段を主治医に確認する
精神・神経の症状に薬が合わないこの領域は国が検討対象に挙げた品目が多い=選択肢が少ない領域まず、いまの薬の量・種類・時間帯の調整余地を検討する
海外の家族が薬を送れる個人輸入は副作用被害救済制度の対象外で、偽造品のリスクがある送ってもらう前に必ず主治医へ相談する
「日本は承認が遅い」と聞いた審査ラグは3年続けて0年。遅れの原因は審査ではない問題は開発の入り口にある、と読み替える
「開発ラグが2年に伸びた」と聞いた止まっていた薬の申請が入ったことによる伸びを含む数字の向きだけで良し悪しを判断しない
米国の薬価引き下げ報道を見た日本が参照国に挙げられており、日本での発売に影響しうるまだ議論の途中で、結論は出ていないと理解しておく
「薬価を上げれば解決」と聞いた薬価は保険料と窓口負担の裏返しでもあるどちらか一方だけでは決められない問題として見る
在宅療養中で通院が難しい治験や患者申出療養は通院・入院が前提のものが多い体力と移動の負担も含めて主治医と相談する

SECTION 15 よくある質問

Q. 日本の審査は、今も世界より遅いのですか?

審査そのものは遅くありません。PMDAの試算では、日米の審査期間の差(審査ラグ)は令和4年度から令和6年度まで3年続けて0年です。新医薬品の総審査期間も、令和6年度の実績で優先品目8.9か月、通常品目12.0か月(いずれも80%タイル値)と、世界最速水準を保っています。

Q. 「86品目」と「28品目」は、どちらが正しいのですか?

どちらも正しく、別のものを数えています。86品目は2016〜2020年に欧米で承認された薬について2023年3月時点で開発未着手だったもの、28品目は2021年1月〜2023年3月に承認された薬について2025年3月末時点で未着手のものです。新しい期間について数え直せば、また新しい品目が出てきます。ドラッグ・ロスは在庫ではなく、流れ続けている現象だと考えるとわかりやすいと思います。

Q. 開発ラグが2.0年に伸びたのは、悪化したということですか?

単純にそうとは言えません。PMDAは、長くドラッグ・ロスの状態だった薬について承認申請がまとまって行われたことが主な理由だと説明しています。米国での申請から日本での申請まで5年以上かかった品目が全体の約2割を占め、それが中央値を押し上げました。止まっていた列が動いたときにも数字は伸びる、ということです。

Q. アメリカの薬価が下がると、日本の薬が使えなくなるのですか?

そう決まったわけではありません。ただし理屈としては、日本の薬価が米国の値下げの基準に使われる場合、企業には「日本で安く売らない」という誘因が生まれます。2026年8月の中医協で、業界側は実際にそうした検討が始まっていると報告しました。一方で、日本の制度が機動的に対応すれば見直す余地があるとも述べています。政府の審議会で対応を議論している最中で、結論は出ていません。

Q. 日本の薬価を上げれば解決するのですか?

薬価を上げれば企業にとって日本の魅力は増しますが、その原資は保険料と税金と窓口負担です。医療費の伸びを抑えることと、新しい薬が早く届くことは、同じ財布の中で綱引きをしています。中医協でも、価格だけを取り出して高い安いを論じるのではなく、各国の医療制度の違いを踏まえて考えるべきだという意見が出ています。どちらか一方だけを正解にできる問題ではありません。

Q. 海外にある薬をどうしても使いたいときは、どうすればよいですか?

まず主治医に成分名を伝えて、国内での扱い(未承認か適応外か、開発中かどうか)を確認してください。そのうえで、治験、拡大治験、患者申出療養という3つの正規ルートが候補になります。いずれも条件があり、必ず使えるものではありませんが、入口を知っているかどうかで結果は変わります。個人輸入は、品質と救済制度の両面から当院ではお勧めしていません。

ふくろう訪問クリニックにできること

当院は福岡市早良区を拠点に、緩和ケア・難病・精神科・認知症を中心とした訪問診療を行っています。治験の実施施設ではなく、未承認薬の入手代行も行っていません。

できるのは、いま出ている薬の棚卸しと調整、その成分が国内でどう扱われているかの確認、そして治験・拡大治験・患者申出療養やがん相談支援センターといった窓口へのおつなぎです。「海外にはあるらしい」という話を持ち込んでいただいて構いません。否定から入ることはしません。

通院が難しくなってきた方、ご家族が情報を集めることに疲れている方も、まずはご相談ください。

SECTION 16 参考文献・出典

  1. 厚生労働省「令和7年度未承認薬等迅速解消促進調査事業『ドラッグ・ロスの解消に向けた実態の把握及び情報の整理に関する調査事業』の整理結果を公表します」令和8年4月6日(受託:株式会社三菱総合研究所)
  2. 厚生労働省「令和6年度厚生労働科学特別研究事業『ドラッグ・ロスの実態調査と解決手段の構築』研究班の整理結果を公表します」令和7年3月31日(研究代表者:佐藤潤・国立がん研究センター中央病院先端医療科)
  3. 厚生労働省「ドラッグ・ロス解消に向けた取組について」(更新日:令和8年6月11日)
  4. 医薬品医療機器総合機構(PMDA)「令和7年度のこれまでの事業実績及び今後の取組について<審査・安全対策等業務>」資料2-1、令和7年12月(ドラッグ・ラグの試算、新医薬品の審査状況、海外ベンチャー企業へのアプローチ、WLA指定)
  5. 厚生労働省医薬局医薬品審査管理課長通知「海外で臨床開発が先行した医薬品の国際共同治験開始前の日本人での第Ⅰ相試験の実施に関する基本的考え方について」令和5年12月25日 医薬薬審発1225第2号/同 質疑応答集(同日事務連絡)
  6. PMDA「『海外で臨床開発が先行した医薬品の国際共同治験開始前の日本人での第Ⅰ相試験の実施に関する基本的考え方について』に関する公開シンポジウム」令和7年8月4日
  7. 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第37号、令和7年5月21日公布)
  8. 中央社会保険医療協議会「令和8年度薬価制度改革の骨子」令和7年12月26日
  9. 中央社会保険医療協議会・薬価専門部会(令和8年8月26日)医薬品業界からの意見聴取
  10. 日本製薬工業協会・米国研究製薬工業協会(PhRMA)・欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)「2026年度(令和8年度)薬価制度改革及び費用対効果評価制度改革に関する意見(日米欧製薬3団体共同声明)」2025年12月16日
  11. 日本製薬工業協会「ドラッグラグ・ロス解消に向けた製薬協の取り組み」中医協・薬価専門部会意見陳述資料、2024年8月7日
  12. 医薬産業政策研究所「ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの実態把握と要因分析」ポジションペーパーNo.2(2024年5月24日版)
  13. 医薬産業政策研究所「ドラッグ・ラグ:日本承認品のラグ実態の分析」政策研ニュースNo.70、2023年11月
  14. 医薬産業政策研究所「ドラッグ・ラグ:なぜ、未承認薬が増えているのか?」政策研ニュースNo.66、2022年7月
  15. 国立国会図書館 調査及び立法考査局「ドラッグ・ロスの現状及び対策」2025年
  16. 厚生労働省「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会 報告書」2007年/文部科学省・厚生労働省・経済産業省「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」2007年4月26日
  17. 厚生労働省「新医薬品産業ビジョン」平成19年8月30日
  18. PMDA「人道的見地から実施される治験について」/厚生労働省医薬局医薬品審査管理課長通知「人道的見地から実施される治験の実施について」令和6年9月13日 医薬薬審発0913第2号
  19. 厚生労働省「医薬品等の個人輸入について」(監視指導・麻薬対策課)/「医薬品等を海外から購入しようとされる方へ」(あやしいヤクブツ連絡ネット)
  20. 国民生活センター「個人輸入した医薬品、化粧品等にご注意!」令和5年9月6日
  21. The White House, “Savings from Most-Favored-Nation Drug Pricing Policy,” May 5, 2026
  22. Executive Order 14297, “Delivering Most-Favored-Nation Prescription Drug Pricing to American Patients,” May 12, 2025
  23. Centers for Medicare & Medicaid Services, “Global Benchmark for Efficient Drug Pricing (GLOBE) Model,” 90 Fed. Reg. 60244 (Dec. 23, 2025)/”Guarding U.S. Medicare Against Rising Drug Costs (GUARD) Model,” 90 Fed. Reg. 60338 (Dec. 23, 2025)
  24. The White House, Proclamation on Adjusting Imports of Pharmaceuticals into the United States (Section 232), April 2, 2026
  25. EFPIA, “Patients W.A.I.T. Indicator 2025 Survey,” published 19 May 2026/プレスリリース “Patients in Europe waiting longer for new medicines as inequality grows between Member States,” 19 May 2026
  26. EFPIA / Charles River Associates, “Root causes of unavailability and delay to innovative medicines in Europe,” 2025
本記事は、公的機関の一次資料と業界団体・査読付き文献をもとに、2026年8月時点の情報を整理したものです。制度と国際情勢はいずれも動いている最中であり、今後変更される可能性があります。個々の治療の可否や薬の適否については、必ず主治医にご相談ください。本記事の作成にあたり、製薬企業その他の企業からの資金提供および便宜供与は一切受けていません。