大腸がんは、日本でいちばん多く見つかるがんです。手術や薬の進歩によって、遠くの臓器に転移していても長く付き合える方が増えました。それでも、いつかは「がんを小さくする治療」から「つらさをとり、暮らしを支える治療」へと軸足を移す時期がやってきます。

このコラムでは、大腸がんが進行し、終末期と呼ばれる時期にどんなことが起こり、何ができるのかを、専門用語をできるだけかみくだいて整理します。とくに「自宅で過ごす」という選択肢については、実際に何ができて、費用や制度はどうなるのかまで一段深く踏み込みます。

SECTION 01大腸がんの「末期」とは何を指すのか

まず、言葉の整理から始めます。日常会話では「末期がん」という言い方をよく耳にしますが、これは医学的にきちんと定義された用語ではありません。混乱しやすいのは、ステージⅣ(4期)と末期は同じではないということです。

言葉意味するもの注意点
ステージⅣ肝臓・肺・腹膜など、大腸から離れた場所に転移がある状態。診断時点の「がんの広がり」を表す分類。治療によって数年単位で元気に過ごす方も、転移巣を手術で取りきって根治を目指せる方もいます。
終末期・末期治療でがんの進行を抑えることが難しくなり、全身の状態が下り坂に入った時期。多くは予後が数か月以内と見込まれる段階を指します。ステージではなく「今の体の状態」で判断します。ステージⅣと診断されてもすぐに終末期ではありません。
切除不能・再発手術でがんを取りきることが難しい、あるいは手術後に再び出てきた状態。薬物療法が治療の中心になります。ここも終末期とイコールではありません。

数字で見ておくと、大腸がんは2023年に15万4千人あまりが新たに診断され、2024年には5万4千人あまりが亡くなっています。診断された方全体の5年相対生存率は7割を超えますが、遠隔転移がある状態で見つかった場合の5年生存率は2割前後にとどまります。ただしこの数字は数年前に診断された集団の平均であり、治療は年々変わっています。目の前の一人ひとりの見通しをそのまま言い当てる数字ではありません。

ここが大事

「余命○か月」という言葉は、統計の平均から導かれた目安にすぎません。実際には、その半分で経過する方もいれば、倍以上を過ごされる方もいます。数字を握りしめるより、「この数週間で何ができなくなってきたか」という変化のスピードのほうが、これからの計画を立てるうえでは役に立ちます。

SECTION 02進行した大腸がんで起こりやすいこと

大腸がんが進行するときの困りごとは、大きく2つの経路から生まれます。ひとつは血液の流れに乗って肝臓や肺へ飛ぶ「遠隔転移」、もうひとつはお腹の中に種をまくように広がる「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」です。大腸がんの終末期のつらさは、この腹膜播種によるものが少なくありません。

大腸がん (もとの病巣) 肝転移 だるさ・食欲低下・お腹の張り、進むと黄疸(皮膚や白目が黄色くなる) 肺転移 せき・息切れ。数が少ないうちは症状が出ないことも多い 腹膜播種 腸閉塞(食べられない・吐く・お腹が張る)、腹水がたまる、 尿管が押されて腎臓が腫れる(水腎症) 骨盤内の広がり・骨転移・リンパ節転移 腰やおしりの痛み、残便感、出血、足のむくみ

図1|大腸がんが広がりやすい場所と、そこで起こりやすい症状。大腸がんの終末期では、腹膜播種にともなう腸閉塞と腹水が、生活のしづらさに直結しやすい問題です。

なかでも患者さんとご家族が最も戸惑われるのが腸閉塞(イレウス)です。腸の外側にがんが広がって管が細くなったり、腸の動きそのものが鈍くなったりして、食べたものが先へ進まなくなります。「食べられない」「吐いてしまう」「お腹がパンパンに張る」という形で現れ、食事という生活の中心が揺らぐため、精神的な負担も大きくなります。この対応については後ほど詳しく取り上げます。

SECTION 03治療の全体像 ― 薬・局所治療・緩和ケア

薬物療法は「遺伝子の型」で決まる時代に

手術で取りきれない大腸がんに対する薬物療法は、この10年で大きく様変わりしました。以前は「誰にでも同じ抗がん剤」でしたが、今は治療を始める前にがん細胞の遺伝子やタンパクの性質を調べ、その型に合わせて薬を選ぶのが標準です。調べるのは主に、RAS遺伝子、BRAF V600E遺伝子、MSI(マイクロサテライト不安定性)/ミスマッチ修復機能、HER2などです。

手術で取りきれない・再発した大腸がん がんの組織で遺伝子検査をする RAS / BRAF V600E / MSI・ミスマッチ修復 / HER2 など MSI-High/dMMR (全体の数%) 免疫チェックポイント 阻害薬が最初から選択肢に 上記にあてはまらない 点滴・内服の抗がん剤に 分子標的薬を組み合わせる (RASの型で薬が変わる) BRAF V600E変異 (進行が速い型) BRAF阻害薬を含む併用が 一次治療から使える 効かなくなってきたら次の薬へ(二次・三次治療)。三次治療以降にも複数の選択肢があり、 近年は経口の分子標的薬が加わっています。

図2|薬物療法の選び方の骨格。実際のレジメンは体力(全身状態)、腎機能・肝機能、副作用の出方、ご本人の希望を含めて決まります。この図は考え方の枠組みを示したものです。

近年の動きをいくつか挙げると、進行が速く予後が厳しいとされてきたBRAF V600E変異のタイプでは、これまで二次治療以降に限られていたBRAF阻害薬の併用が、国際共同試験(BREAKWATER試験)の結果を受けて2025年11月に日本でも一次治療として使えるようになりました。また、標準的な治療をひととおり終えた後の選択肢として、フルキンチニブという飲み薬が2024年に承認されています。大腸癌研究会の『大腸癌治療ガイドライン』も2026年7月に2026年版(第9版)へ改訂され、こうした新しい根拠が取り込まれました。

「もう治療がない」と言われたとき

抗がん剤を続けられなくなる理由には、①薬が効かなくなった、②副作用に体が耐えられない、③体力(全身状態)が落ちて薬の効果より害が上回る、の3つがあります。②③の場合は、治療を止めることでかえって体調が持ち直し、過ごせる時間が延びることもあります。「治療をやめる=見放される」ではありません。ここから先は、症状を抑えて暮らしを支えるケアが治療の主役になります。

がんを小さくする以外の「局所の手当て」

薬とは別に、困っている症状そのものを取り除く治療があります。全身の体力が落ちていても選べるものが多く、在宅療養に切り替えるかどうかを考える場面でも重要です。

  • 大腸ステント:内視鏡で金属の筒を腸の狭くなった部分に入れて広げます。手術より体への負担が軽く、食事が再開できることがあります。
  • 人工肛門(ストーマ)の造設:がんを取るためではなく、詰まりの手前で便の出口を作る目的の手術です。腸閉塞のつらさを確実に取り除ける方法で、その後の在宅療養がぐっと楽になることがあります。
  • 緩和的放射線治療:骨転移の痛み、骨盤内の腫瘤による痛み、直腸からの出血などに対して、数回〜十数回の照射で症状を和らげます。
  • 神経ブロック:薬だけでは抑えきれない痛みに対し、痛みを伝える神経に直接処置を行います。

緩和ケアは「最後の手段」ではない

いまの緩和ケアは、がんと診断されたときから、治療と並行して行うものと位置づけられています。痛みや吐き気を抑えることはもちろん、気持ちのつらさ、眠れなさ、仕事やお金の心配、ご家族のケアまでを含みます。「緩和ケア=もう治療しない人が受けるもの」という理解は、少なくとも医療の現場では過去のものになりました。

SECTION 04つらい症状にどう対処するか

ここからは、実際に困りやすい症状ごとに、何ができるのかを見ていきます。在宅可の印は、通院や入院をしなくてもご自宅で行える対応を示しています。

① 腸閉塞(食べられない・吐く・お腹が張る)

大腸がん終末期でもっとも頻度が高く、もっとも生活を左右する症状です。腸の内側が狭くなる場合と、腹膜播種で腸全体の動きが落ちる場合があり、後者は手術で解決できないことが多いのが難しい点です。

対応ステント留置や人工肛門造設で通り道を確保できるかをまず検討します。それが難しい場合は、腸から分泌される消化液を減らす注射(オクトレオチド)、腸のむくみをとるステロイド、けいれん性の痛みを抑える薬、吐き気止めなどを組み合わせます。

在宅可オクトレオチドの持続皮下注射、点滴の調整、鼻から細い管を入れて胃にたまったものを逃がす処置まで、多くは訪問診療と訪問看護で対応できます。

② 痛み

お腹の痛み、腰やおしりの奥の痛み、骨転移による痛み、便が出ないのに出したくなる残便感(テネスムス)など、大腸がんの痛みは種類が多いのが特徴です。

対応医療用麻薬(オピオイド)が中心になります。飲めるうちは内服、飲めなくなれば貼り薬や注射に切り替えます。神経が障害されて起こるしびれるような痛みには、別系統の薬を追加します。

在宅可自宅でも麻薬の処方・管理はできます。痛いときにご本人やご家族がボタンを押して追加投与できる携帯型のポンプ(持続皮下注射)も、在宅で導入できます。

③ 腹水(お腹に水がたまる)

腹膜播種があるとお腹に水がたまり、張り、息苦しさ、食欲低下、足のむくみを引き起こします。

対応利尿薬が効くこともありますが、がん性腹水では効きにくいことも多く、たまった水を針で抜く処置(腹水穿刺)で楽になります。抜くと一時的にだるくなることもあるため、量とペースの調整が要点です。

在宅可超音波で確認しながらの腹水穿刺は、ご自宅のベッドの上でも行えます。何度も通院せずに済むことは、体力が落ちている時期には大きな意味があります。

④ 食欲不振・体重減少(がん悪液質)

進行がんでは、食べる量が減るだけでなく、体が栄養をうまく使えなくなり筋肉が落ちていきます。「食べれば元気になる」が成り立たなくなる状態です。

対応この時期に無理に量を増やすと、かえって吐き気やお腹の張りが強まります。好きなものを、食べたいときに、少しだけが原則です。ステロイドで一時的に食欲や倦怠感が改善することがあります。

在宅可「食べさせられない」というご家族の苦しさに向き合うことも、在宅チームの仕事のひとつです。

⑤ 便秘・下痢・ストーマのトラブル

医療用麻薬はほぼ確実に便秘を起こします。一方で、狭くなった腸のすき間を液状の便だけがすり抜けて下痢に見えることもあり、見た目だけでは判断できません。

対応麻薬を始めるときは下剤も同時に始めるのが基本です。ストーマは、体重が減って腹壁の形が変わると漏れやすくなるため、装具の見直しが必要になります。

在宅可ストーマ周囲の皮膚トラブルや装具交換は、訪問看護の得意分野です。ストーマを造設した方は、身体障害者手帳(直腸機能障害)や日常生活用具の給付制度の対象になる場合があり、装具代の負担が軽くなることがあります。

⑥ だるさ・眠気・混乱(せん妄)

終末期には強い倦怠感が出ます。また、亡くなる前の数日〜数週間には、時間や場所がわからなくなる、辻褄の合わないことを言う、夜に落ち着かなくなるといった状態(せん妄)が高い頻度で起こります。

対応脱水、便秘、痛み、薬の影響など、取り除ける原因がないかをまず探します。そのうえで必要なら薬で落ち着きを助けます。

在宅可「人が変わってしまった」と感じるご家族の動揺は大きいものです。これが病気の経過の一部であると事前に知っておくだけでも、ずいぶん違います。

腸閉塞になったとき、選べる道

大腸がんの終末期でとくに判断が難しいのが腸閉塞です。「手術しかない」と思われがちですが、実際には次のような組み合わせで考えます。

食べられない・吐く・お腹が張る =がんによる腸閉塞が疑われる A. 通り道を作る ・大腸ステント(内視鏡) ・人工肛門をつくる手術 閉塞が1か所で、体力が 保たれている場合の第一選択 B. 薬で楽にする ・消化液を減らす注射 ・ステロイド/吐き気止め ・痛み止め(医療用麻薬) 腹膜播種で何か所も詰まる型に C. たまった分を逃がす ・鼻から胃に細い管を入れる ・胃ろうから抜いて逃がす 吐く回数が減り、少量なら 口から味わえることも A〜Cは組み合わせて使います B・Cはご自宅でも行えます。また、この時期の点滴は「多いほどよい」ではなく、 量を控えたほうが吐き気・お腹の張り・むくみ・痰が軽くなることが知られています。 「口から一切だめ」ではなく、楽しめる範囲を一緒に探すことを大切にします。

図3|がんによる腸閉塞への対応。どれを選ぶかは、詰まっている場所の数、全身の体力、ご本人が何を大切にしたいかで変わります。終末期の輸液については、日本緩和医療学会のガイドラインが、腹水・浮腫・胸水がある場合は輸液量を控えることを推奨しています。

SECTION 05 / 一段深く

在宅診療という選択肢

「入院していないと何かあったとき困る」「家族に迷惑をかける」――在宅療養をためらう理由の多くは、何ができるのかを知らないことから来ています。ここからは、自宅で最期まで過ごすとき、実際に誰が来て、何ができて、いくらかかり、どんな手続きが要るのかを具体的に見ていきます。

まず用語を整理する ― 訪問診療と往診は別のもの

この2つはよく混同されますが、制度上まったく別の仕組みです。

訪問診療往診
タイミングあらかじめ決めた日に定期的に伺う具合が悪くなったときに臨時で伺う
頻度の目安月2回が基本。状態により週1回以上に増やします必要が生じたその都度
役割診察・処方・検査・処置、今後の見通しの共有、家族への説明発熱、痛みの増悪、呼吸が苦しい、看取りなど
関係通常は訪問診療を契約したうえで、必要時に往診が入る形になります。往診だけを単発で頼む形は、終末期には現実的ではありません。

※ 表は横にスクロールできます

大切なのは、24時間つながる連絡先ができるということです。夜中にお腹が痛くなったとき、吐いて止まらないとき、電話一本で相談でき、必要なら医師や看護師が来る。この安心が在宅療養の土台になります。

誰が来るのか ― 在宅を支えるチーム

ご本人 ご家族 訪問診療の医師 診察・薬の調整・処置 見通しの説明・死亡診断 訪問看護師 日々の観察・点滴・ストーマ 痛みの評価・家族の相談相手 薬剤師(訪問服薬指導) 医療用麻薬を自宅まで届け 飲み方・保管を整える ケアマネジャー 介護ベッド・ヘルパー・入浴 全体の段取りを組む リハビリ職・ヘルパー 起き上がり・トイレ動作の工夫 清潔ケア・生活の支え 病院(後方支援) つらい時の入院・休息入院 緩和ケア病棟との橋渡し

図4|在宅療養を支えるチーム。「家で診る」とは、家族だけで抱えることではありません。専門職が入れ替わり立ち替わり訪問し、24時間の連絡体制でつながっている状態を指します。

在宅で「できること」は思っているより多い

入院でなければできない、と思われがちな処置の多くは、実は自宅で行えます。

やりたいこと自宅での方法
痛みを抑える飲み薬・貼り薬・座薬に加え、飲めなくなったら持続皮下注射へ。小型ポンプで少量ずつ入れ続け、痛いときはボタンで追加できます(PCA)。針は細く、点滴と違って血管を探す必要がありません。
吐き気・腸閉塞を抑える制吐薬、ステロイド、消化液を減らす注射などを皮下注射や点滴で。胃にたまったものを逃がす管の管理も可能です。
水分・栄養を入れる点滴のほか、皮下に少量ずつ入れる方法もあります。血管が細くなった方でも負担が軽く、夜だけ行うといった使い方ができます。中心静脈ポート(CVポート)の管理も在宅で継続できます。
お腹の水を抜く超音波で確認しながら、ベッド上で腹水穿刺ができます。
酸素を使う在宅酸素療法の機械を自宅に設置します。
ストーマ・傷のケア訪問看護が定期的に入り、装具の選び直しや皮膚のトラブルに対応します。褥瘡(床ずれ)の予防と処置も行います。
採血・レントゲン採血は訪問時に可能。ポータブルのエコーや心電図も持ち込めます。
入浴訪問入浴サービスを利用すれば、寝たきりでも湯船に入れます。

※ 表は横にスクロールできます

在宅ならではの利点

面会時間がありません。飼っている猫が布団に乗ってきます。孫が学校帰りに寄ります。冷蔵庫を開けて、食べたいものを食べたいときに口にできます。医療的にできることは病院に及ばない部分もありますが、「時間の質」という点では在宅に分があります。どちらが正しいかではなく、その方が何を大切にしたいかで選ぶものです。

保険はどうなるのか ― 末期がんには特別な扱いがある

ここは複雑に見えますが、押さえるべき点は多くありません。

医療保険 ・訪問診療/往診 ・訪問看護(末期がんはこちら) ・薬、点滴、医療材料 ・訪問薬剤管理 自己負担は1〜3割。高額療養費制度で 月ごとの上限が決まります。 介護保険 ・ヘルパー(訪問介護) ・介護ベッド、車いすのレンタル ・訪問入浴、ポータブルトイレ ・ケアマネジャーによる調整 自己負担は1〜3割。要介護度ごとに 使える上限額が決まります。 末期がんの方に効く2つの特例 ① 訪問看護は介護保険ではなく医療保険が適用され、毎日でも、1日に複数回でも訪問できます。 ② 40歳以上65歳未満でも介護保険を申請でき、認定を急いでもらう仕組みがあります。

図5|医療保険と介護保険の役割分担。青が医療、緑が介護です。末期がんの方には、この一般ルールに対する重要な例外が2つあります。

特例①|訪問看護が「回数の壁」を越えられる

通常、介護保険の認定を受けている方の訪問看護は介護保険が優先され、ケアプランの枠の中で回数が制限されます。ところが「末期の悪性腫瘍」は、この原則の例外とされ、医療保険での訪問看護になります。その結果、介護保険の限度額を消費せずに、週4日以上(毎日でも)、1日に2〜3回の訪問が可能になります。さらに、状態が不安定なときには主治医が特別訪問看護指示書を出すことで、より手厚い体制を組めます。

これは実務上とても大きな意味を持ちます。介護保険の枠はヘルパーや福祉用具に使い、看護は医療保険で確保する、という組み立てができるからです。

特例②|40〜64歳でも介護保険が使える

介護保険は原則65歳以上ですが、40歳以上65歳未満の方でも、定められた16の病気(特定疾病)にあてはまれば利用できます。「がん(末期)」はこの16疾病に含まれます。働き盛りの世代で在宅療養に入る方にとって、介護ベッドやヘルパーが使えるかどうかは生活の質を大きく左右します。

また、がんの終末期は状態の変化が速いため、認定の結果を待っていると間に合わないことがあります。市区町村には末期がんの方の認定を速やかに行うよう求める通知が出ており、申請中でも暫定のケアプランでサービスを先に始めることが可能です。「まだ動けるから」と申請を先延ばしにしないことを強くおすすめします。

費用の考え方

在宅医療は「高そう」というイメージを持たれがちですが、医療保険の高額療養費制度が適用されるため、月の自己負担には上限があります。訪問診療、往診、薬、点滴、検査などは合算されます。なお高額療養費制度は2026年8月から自己負担限度額の見直しが行われますので、最新の上限額はご加入の保険者にご確認ください。

医療保険と介護保険の両方を使い、年間の自己負担が重くなった場合には、高額介護合算療養費という合算の払い戻し制度もあります。制度の説明はご負担の大きいところですので、クリニックのソーシャルワーカーやケアマネジャーに遠慮なくお尋ねください。

急に具合が悪くなったら ― 救急車を呼ぶ前に

在宅療養で最も知っておいていただきたいのが、この点です。

まず、かかりつけの訪問診療・訪問看護に電話を

自宅で看取ることを決めていた方が、息を引き取ったときに動転して救急車を呼んでしまうことがあります。救急隊は蘇生を行う立場にあり、病院に搬送されれば、望んでいなかった処置が行われることもあります。場合によっては警察が関わる事態にもなり、ご家族の心にも大きな傷を残します。

亡くなったあとに、あわてて呼ぶ必要のある場所はありません。夜中でも明け方でも構いませんので、まず訪問看護ステーションかクリニックへお電話ください。

よく誤解されるのが「医師が最後に診てから24時間以上経つと、警察を呼ばないといけない」という話です。これは正確ではありません。医師法第20条の但し書きにより、診療を継続している患者さんが、最後の診察から24時間以内に亡くなった場合は、あらためて診察しなくても死亡診断書を交付できます。24時間を超えていても、医師が亡くなったあとに診察して、生前に診ていた病気で亡くなったと判断できれば、死亡診断書を書けます。つまり、在宅で亡くなること自体は「異状死」ではなく、警察の介入は必要ありません。この点をあらかじめご家族と共有しておくだけで、当日の混乱はかなり減ります。

家族が倒れないための「休息入院」

在宅療養が続かなくなる最大の理由は、病状の悪化ではなく介護するご家族の疲弊です。夜間に何度も起こされ、食事の心配をし、仕事も抱える。この状態が数か月続けば、誰でも限界がきます。

そこで用意されているのがレスパイト入院(休息のための一時入院)です。数日から2週間程度、連携する病院に入院していただき、その間ご家族は眠り、旅行にも行けます。「途中で家に帰れなくなるのでは」と心配される方がいますが、あくまで期間を決めた一時的な入院です。この仕組みを早めに使うご家庭ほど、結果的に長く在宅を続けられます。

また、最後まで自宅にこだわる必要もありません。緩和ケア病棟(ホスピス)への移行も選択肢です。在宅チームが入っていれば、そのタイミングの見極めと橋渡しも一緒に行えます。

これからの経過を先に知っておく

高い 低い 体力・できること 数か月〜 数週間 数日 この時期にしておくこと ・在宅チームを入れる(早いほどよい) ・介護保険を申請する ・どこで過ごしたいかを話し合う 起こる変化 ・寝ている時間が増える ・食事量が減る ・トイレに行けなくなる 最期の数日 ・呼びかけへの反応が減る ・呼吸の間隔が変わる ・手足が冷たくなる

図6|がん終末期に多い経過のイメージ。がんは、亡くなる1〜2か月前まで比較的活動が保たれ、そこから比較的短期間で下り坂になるのが特徴です。だからこそ「まだ元気なうち」に準備を始めることが、後の選択肢を増やします。

最期の数日に起こることは、ある程度決まっています。食べなくなる、飲まなくなる、眠っている時間が増える、呼吸のリズムが変わる、のどがゴロゴロと鳴る、手足が冷たく色が変わる――これらは苦しさのサインではなく、体が終わりに向かう自然な過程です。とくに「のどが鳴る音」は、ご本人が苦しいわけではないことが多いのですが、聞いているご家族にはとてもつらく響きます。事前に知っておくことで、この時間の意味がずいぶん変わります。

話し合っておきたいこと(ACP/人生会議)

「もしものときにどうするか」は、元気なうちにしか話せません。どこで過ごしたいか/点滴や栄養をどこまで望むか/苦しいときに眠らせる処置を望むか/誰に決めてほしいか。一度で決めきる必要はなく、気持ちが変わったら変えて構いません。決めておくことの本当の効果は、残されるご家族が「あれでよかったのだろうか」と後で苦しまずに済むことにあります。

SECTION 06ご家族が知っておくと楽になること

「食べさせなきゃ」から降りる

介護されるご家族が最も苦しまれるのが、この点です。栄養をとらせなければ弱ってしまう、という思いは自然なものですが、終末期のからだは入れた栄養や水分をうまく使えず、かえって余ってむくみ・腹水・痰になります。日本緩和医療学会のガイドラインでも、腹水や浮腫がある終末期の方には輸液を控えることが推奨されています。

食べないから弱るのではなく、弱ってきたから食べられない――順序が逆です。この時期の食事は、栄養ではなく「楽しみ」として位置づけ直すと、双方がずいぶん楽になります。ひとくちのアイス、ひと口のビール。それで十分に意味があります。

痛み止めの誤解を解いておく

Q. 医療用麻薬を使うと寿命が縮みませんか?中毒になりませんか?

A. 痛みに対して適切な量を使う限り、寿命を縮めることはありませんし、痛みのある方が薬物依存になることはまずありません。むしろ痛みを我慢すると、眠れない、食べられない、動けないという悪循環に入り、体力が落ちます。「最後にとっておく薬」ではありません。

一人で背負わない

在宅療養が破綻するのは、たいてい「頑張りすぎたご家族が倒れたとき」です。訪問看護は週に何回でも入れます。ヘルパーも使えます。レスパイト入院もあります。使える手はすべて先に使ってください。限界が来てから相談するのでは、選択肢が減ります。

SECTION 07よくあるご質問

Q. まだ抗がん剤治療を続けています。それでも在宅診療は使えますか?

A. 使えます。病院で抗がん剤を受けながら、体調管理や副作用のケアを在宅チームが担う「二人主治医制」はごく一般的です。むしろこの段階から関わっておくことで、治療が終わったあとの移行がスムーズになります。

Q. 一人暮らしでも在宅で最期まで過ごせますか?

A. 条件は厳しくなりますが、不可能ではありません。訪問看護を毎日入れる、ヘルパーを組み合わせる、緊急通報の仕組みを用意する、といった形で支えます。ただし、どこかの時点で入院や施設への移行が必要になる可能性も含めて、あらかじめ一緒に道筋を考えておくことが大切です。

Q. 家族が「家で看るのは無理」と言っています。

A. その気持ちは尊重されるべきものです。在宅は「良い選択」で入院は「悪い選択」ではありません。介護する側が壊れてしまう選択は、ご本人も望まないはずです。まずは訪問診療を導入してみて、続けられそうかを見ながら判断する、という進め方もできます。途中で入院に切り替えることも自由です。

Q. 何を目安に在宅診療に切り替えればよいですか?

A. 「通院がしんどくなってきた」「待合室で座っているのがつらい」「通院のたびに数日寝込む」――このあたりが分かりやすいサインです。がんの終末期は変化が速いので、迷ったら早めに相談してください。早く始めて困ることはありません。

Q. 途中でホスピスに移りたくなったら?

A. 移れます。緩和ケア病棟は予約や面談が必要なことが多いため、在宅を続けながら並行して申し込んでおく、という備え方をおすすめしています。

ふくろう訪問クリニックにご相談ください

当院は福岡市早良区を拠点に、がんの緩和ケア・難病・精神科・認知症の在宅診療を行っています。大腸がんをはじめとするがんの終末期については、痛みのコントロール、腸閉塞や腹水への対応、持続皮下注射の導入、ご自宅での看取りまで、24時間の連絡体制で対応します。

「まだ早いかもしれない」という段階のご相談を、むしろ歓迎しています。病院の主治医の先生や地域連携室、ケアマネジャーを通してのご相談も承ります。ご本人・ご家族から直接お問い合わせいただいても構いません。

REFERENCES参考文献

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  8. 厚生労働省医政局医事課長通知「医師法第20条ただし書の適切な運用について」(平成24年8月31日 医政医発0831第1号).
  9. 介護保険法施行令第2条(特定疾病).「がん(医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがない状態に至ったと判断したものに限る。)」.
  10. 厚生労働省「診療報酬の算定方法」別表第七(厚生労働大臣が定める疾病等).末期の悪性腫瘍を含む.

ご注意 本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。実際の治療やケアの選択は、必ず主治医とご相談のうえ決定してください。

薬剤の適応、保険の取り扱い、公費負担制度の内容は改定により変わることがあります。記載内容は2026年7月時点の情報に基づいています。とくに高額療養費制度は2026年8月から自己負担限度額の見直しが行われるため、最新の情報はご加入の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の窓口にご確認ください。

この記事が、少しでも先の見通しを立てる助けになれば幸いです。
医療法人ふくろうの樹 ふくろう訪問クリニック