肺がん末期の治療・療養

「肺がんの末期です」と告げられたとき、多くの方がまず知りたいのは、これから体に何が起こるのか、まだできる治療はあるのか、そして最期まで自宅で過ごせるのか、という三つだと思います。

この記事では、進行した肺がん(末期肺がん)の経過と治療、症状をやわらげるケア、そして自宅で療養するときに実際に何ができるのかを、専門用語をかみくだいて解説します。とくに在宅診療については、制度と実務の両面から一段深く踏み込みました。

SECTION 01「ステージⅣ」と「末期」は同じではない

肺がんは、日本でもっとも命を奪っているがんです。国立がん研究センターのがん統計によると、2024年に肺がんで亡くなった方は75,569人(男性52,333人、女性23,236人)で、男性のがん死亡数では第1位。新たに診断された方は2023年で123,989例にのぼります。診断された方全体の5年相対生存率は39.3%(男性34.3%、女性48.8%/2018年に診断された方のデータ)で、早期に見つかれば高く、遠隔転移がある段階では大きく下がります。

ただし、ここで押さえておきたいことがあります。「ステージⅣ=末期」ではありません。ステージは診断されたときのがんの広がりを示す分類で、いわば地図上の位置です。一方「末期」は、治癒を目指す治療が難しくなり、経過の最終段階に入った状態を指します。

この二つは、以前はほぼ重なっていました。しかし分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場してから、遠隔転移のある肺がんでも数年単位で仕事を続けながら過ごす方が珍しくなくなりました。ステージⅣと診断された時点と、末期といえる状態は、年単位で離れていることがあるのです。

図1 ステージⅣと診断されてからの経過(イメージ) 薬物療法でコントロールする時期 数か月〜数年(治療の効き方で大きく変わる) 治療の効果が乏しくなる時期 体力と副作用のバランスを見直す 終末期(いわゆる末期) 週〜月の単位 診断 看取り 緩和ケア(症状をやわらげるケア) 診断されたときから最後まで、がん治療と並行して続くもの 在宅診療の出番は「終末期だけ」ではなく、通院がつらくなってきた時点から始められます
図1:ステージⅣ=末期ではありません。緩和ケアは「治療をやめた後に受けるもの」ではなく、診断時から並走するものです。

なお、介護保険や在宅医療の制度でいう「末期がん」は、治癒を目指す治療の効果が期待できず、およそ6か月程度以内に亡くなると医師が判断した状態が一つの目安とされています。この判断が下りると、後述するように使える保険制度が大きく広がります。

SECTION 02進行した肺がんで、体に何が起こるのか

肺がんの症状は大きく、①胸のなかで起こること②転移先で起こること③全身に起こることの三つに分けて考えると整理しやすくなります。

図2 進行した肺がんで起こりやすい症状 肺・胸のなか せき・血のまじった痰 長引く咳、夜間の咳込み 息切れ・呼吸のしにくさ 動いたとき/安静時にも 胸や背中の痛み 胸壁や肋骨への広がり 胸に水がたまる(胸水) 息切れの原因になりやすい 声のかすれ・顔のむくみ 神経や太い静脈への圧迫 脳への転移 頭痛・吐き気・手足の麻痺・けいれん 骨への転移 腰背部痛・骨折・しびれ 肝臓・副腎への転移 腹部の張り・だるさ・食欲低下 全身:だるさ・食欲不振 体重減少(がん悪液質) くり返す発熱・肺炎 気道がふさがれることが原因のことも ※すべての症状が出るわけではありません。どの症状が前面に出るかは、がんのある場所と広がり方で大きく異なります。
図2:肺がんは「息の苦しさ」が前面に出やすいがんです。痛みだけでなく、呼吸の症状をどう和らげるかが療養の質を大きく左右します。

肺がん特有の重要な点が二つあります。ひとつは呼吸困難(息苦しさ)が主役になりやすいこと。がんそのものだけでなく、胸水、肺炎、貧血、がん性リンパ管症(がんがリンパ管に沿って肺全体に広がる状態)など複数の原因が重なることが多く、原因ごとに対処法が変わります。

もうひとつは脳転移と骨転移が比較的多いこと。脳転移では頭痛や吐き気のほか、性格が変わった、つじつまの合わないことを言う、といった形で気づかれることがあります。骨転移では、背骨に及ぶと脊髄が圧迫され、放置すると麻痺が残ることがあるため、急に足がしびれる・力が入らない・尿が出にくいといった症状は緊急のサインです。

SECTION 03末期でも「できる治療」は残っている

まず、がんのタイプを調べることから

肺がんは大きく非小細胞肺がん(全体の8〜9割)と小細胞肺がんに分かれます。非小細胞肺がんでは、がん細胞の遺伝子に「弱点」があるかどうかを調べる検査(バイオマーカー検査)が治療方針を決めます。

図3 薬による治療の選び方(進行・再発肺がん) 組織のタイプを調べる 生検・細胞診の結果から 非小細胞肺がん 遺伝子の変化あり EGFR・ALK・ROS1 BRAF・KRAS・MET RET・HER2 など → 分子標的薬(内服が中心) 遺伝子の変化なし PD-L1の発現量などを 参考に組み立てる → 免疫療法±抗がん剤 小細胞肺がん 進行が速いが、はじめは 薬や放射線がよく効く → 抗がん剤+免疫療法 再発時の新しい薬も登場 どの経路でも、体力(全身状態)が落ちてきたら「薬を続ける利益」と「副作用の負担」を測り直す
図3:治療の選択肢はこの10年で大きく増えました。一方で、どの薬を選ぶかと同じくらい「いつ薬から降りるか」の判断が重要になります。

日本肺癌学会の『肺癌診療ガイドライン』は毎年改訂されており、2025年版ではEGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんの一次治療にアミバンタマブとラゼルチニブの併用が加わり、ROS1融合遺伝子陽性にタレトレクチニブ、HER2遺伝子変異陽性にゾンゲルチニブが追加されました。再発した小細胞肺がんに対するタルラタマブなど、これまでとは仕組みの異なる薬も加わっています。数年前に「もう手がない」と言われた状況でも、遺伝子検査をやり直すことで選択肢が見つかる場合があります。

放射線治療は「症状をとる」ためにも使える

放射線治療というと根治を目指す治療という印象がありますが、末期の段階では症状をとるための放射線治療(緩和的放射線治療)が大きな役割を果たします。

困っている症状放射線でできること回数の目安
骨転移の痛み痛みの軽減、骨折・麻痺の予防1回だけの照射も可能
脳転移頭痛・吐き気・麻痺の軽減8〜10回程度の分割照射が一般的
血痰・気道の狭まり出血を止める、息の通り道を広げる数回〜10回程度
顔や腕のむくみ
(上大静脈症候群)
血流のうっ滞をやわらげる数回〜10回程度

とくに骨転移の痛みについては、8Gyを1回だけ照射する方法と、20〜30Gyを分けて照射する方法を比べた16件のランダム化比較試験のメタ解析で、痛みの改善は単回照射58%・分割照射59%とほぼ同等でした。ただし同じ場所へ再度照射する割合は単回照射で20%、分割照射で8%と、単回のほうが高くなっています。従来の報告では、放射線治療により7〜8割の方に痛みの軽減が得られるとされています。

通院が難しくても、放射線治療はあきらめなくてよいことがあります

「もう通院がつらいから」と緩和照射を見送ってしまう方がいますが、1回で終わる照射なら、介護タクシーや家族の付き添いで1日だけ出かければ完了します。痛みが軽くなれば、その後の在宅療養はずっと楽になります。在宅医から放射線治療科へ相談をつなぐこともできます。

胸にたまる水(悪性胸水)への対応

胸水は息苦しさの大きな原因です。まずは針を刺して水を抜き(胸腔穿刺)、症状が軽くなるかを確認します。すぐにたまり直す場合は、入院して胸膜癒着術(胸のなかに薬を入れて水がたまる隙間をなくす処置)や、体外に管を留置して自宅で少しずつ抜く方法が検討されます。「水を抜くと体力が落ちる」と心配される方が多いのですが、息苦しさで動けないことのほうが体力を奪います。

緩和ケアは早く始めるほど良い

緩和ケアを「治療をやめた人が受けるもの」と考える必要はありません。転移のある非小細胞肺がんの患者さん151人を対象とした無作為化試験では、診断後まもなく緩和ケアを併用した群のほうが生活の質が良く(FACT-Lスコア98.0対91.5)、抑うつ症状のある人が少なく(16%対38%)、終末期に負担の大きい治療を受けた割合が低かった(33%対54%)にもかかわらず、生存期間の中央値は11.6か月対8.9か月と長くなりました。「早めに緩和ケアを入れる」ことは、我慢をやめることであって、あきらめることではありません。

SECTION 04つらさをやわらげる ── 痛みと息苦しさ

痛みへの対応と、医療用麻薬の誤解

がんの痛みは、医療用麻薬(オピオイド)を中心とした薬でかなりの部分をコントロールできます。よくある誤解を整理しておきます。

  • 「麻薬中毒になる」 ── 痛みのある人が痛みに対して使う場合、依存が問題になることはまれです。
  • 「使い始めると寿命が縮む」 ── 適切な量で使う限り、寿命を縮めるという根拠はありません。むしろ痛みで眠れず食べられない状態のほうが体力を消耗します。
  • 「最後の手段だからまだ我慢する」 ── 早く使い始めても、後で効かなくなるわけではありません。量は必要に応じて調整できます。
  • 「増やしたらもう減らせない」 ── 放射線治療などで痛みの原因が小さくなれば、減量できることもあります。

痛みの薬は「定期の薬」と「痛いときに追加する薬(レスキュー)」の二本立てが基本です。レスキューを使った回数を記録しておくと、定期の薬をどれだけ増やすべきかの判断材料になります。便秘対策は最初から並行して行います。

息苦しさへの対応は「三本柱」で考える

肺がんの療養でもっとも重要なのが呼吸困難への対応です。息苦しさは血液中の酸素の値だけでは決まりません。酸素が十分でも強い息苦しさを感じる方もいれば、逆の方もいます。だからこそ、原因への治療・薬を使わない工夫・薬による緩和の三方向から組み立てます。

図4 息苦しさへの対応 ── 三本柱 ① 原因を治療する ・胸水を抜く ・肺炎の治療 ・貧血への輸血 ・気道の狭まりに放射線 ・心不全の治療 まず「戻せる原因」が ないかを確認します ② 薬を使わない工夫 ・顔に風を当てる(送風) ・上体を起こした姿勢 ・部屋の動線を短くする ・動作をゆっくり分ける ・低酸素があれば酸素吸入 扇風機の風は、費用ゼロで 効果が期待できる方法です ③ 薬でやわらげる ・モルヒネなどの オピオイド ・不安が強いときは 抗不安薬を併用 ・肺への転移などには ステロイド 量は少量から慎重に調整 ※日本緩和医療学会『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン2023年版』の考え方をもとに作成
図4:息苦しさは「酸素をつければ解決する」ものではありません。とくに酸素の値が保たれている場合、顔に風を当てる送風が有効なことがあります。

在宅酸素療法(HOT)は保険で導入できますが、対象は安静時の動脈血酸素分圧が55mmHg以下の方、または60mmHg以下で睡眠時や動いたときに著しく酸素が下がる方などと決まっています。指先で測るパルスオキシメータの値で判定してもよいことになっています。数値が保たれている場合には、酸素よりも送風や姿勢の工夫、オピオイドのほうが役に立つことがあります。

その他のつらさ

  • :鎮咳薬のほか、少量のオピオイドが効くことがあります。加湿と、しゃべりすぎない工夫も有効です。
  • だるさ・食欲不振:進行がんでは、食べても筋肉が戻りにくい「がん悪液質」という状態になります。無理に食べさせることが本人の苦痛になる時期があります。
  • 不安・眠れない:息苦しさと不安は互いを増幅します。夜間にどう対応するかを決めておくだけで、不安が軽くなることがあります。
SECTION 05 ── 在宅診療のリアル 自宅で最期まで過ごすとき、実際に何ができるのか

ここからが本題です。「自宅に帰りたいけれど、家族に迷惑をかけるのでは」「急に苦しくなったらどうするのか」という不安に、制度と実務の両面からお答えします。

5-1 「訪問診療」と「往診」は別のもの

混同されがちですが、この二つは意味が違います。

訪問診療往診
タイミングあらかじめ決めた日程で定期的に体調が変わったときに臨時で
目的計画的な診察・処方・状態の把握発熱や痛みの増悪などへの対応
頻度の目安週1回〜月2回(状態により変動)必要が生じたとき随時
末期がんでは週1回以上に増やすことが多い24時間対応の体制が要になる

末期がんの在宅療養では、定期の訪問診療で先手を打ちながら、急な変化には往診で対応するという二段構えになります。在宅療養支援診療所では24時間の連絡体制をとることが求められており、「夜中に苦しくなったらどうするか」という不安への答えがここにあります。

5-2 末期がんには保険の「特例」がある

在宅療養では医療保険と介護保険の両方を使います。ここで、末期がんの方には他の病気にはない優遇があることを知っておいてください。

図5 末期がんの在宅療養を支える2つの保険 医療保険で受けるもの ・訪問診療、往診 ・訪問看護(末期がんは医療保険) ・医療用麻薬、点滴、在宅酸素 ・訪問リハビリ(医療機関から) ・訪問薬剤管理 末期がんの特例 訪問看護を週4日以上・1日に複数回・複数の事業所から利用できる 介護保険で受けるもの ・介護ベッド、車いすのレンタル ・訪問介護(ヘルパー) ・訪問入浴 ・ケアマネジャーによる調整 ・住宅改修(手すりなど) 40〜64歳でも使える 末期がんは「特定疾病」にあたるため要介護認定を受けられる ※通常は65歳以上が対象。40歳未満の方は介護保険を使えないため、障害福祉サービスなど別の制度で組み立てます。
図5:訪問看護は原則として介護保険が優先されますが、末期がんは例外的に医療保険から手厚く提供されます。この違いが、在宅で過ごせるかどうかを左右します。

ポイントは二つです。

  • 訪問看護が医療保険になり、回数制限が外れる:通常、要介護認定を受けた方の訪問看護は介護保険で、回数もケアプランの枠内です。しかし「末期の悪性腫瘍」は厚生労働大臣が定める疾病等(いわゆる別表第七)にあたるため、医療保険から週4日以上、1日に2〜3回、複数のステーションが関わることも可能になります。最期の数日に毎日看護師が入る、といった体制が組めるのはこの規定のおかげです。
  • 40〜64歳でも介護保険が使える:介護保険は原則65歳以上ですが、末期がんは16の特定疾病の一つとされており、40歳以上であれば要介護認定を申請できます。介護ベッドや車いす、ヘルパーが使えるかどうかは在宅療養の成否を大きく左右します。

認定を待たずに始められます

要介護認定は結果が出るまで通常1か月ほどかかりますが、末期がんではその1か月が決定的です。多くの自治体では暫定ケアプランによって、申請した日からサービスを開始できます。退院の話が出た時点で、病院の相談員(メディカルソーシャルワーカー)とケアマネジャーに動いてもらうのが最短ルートです。

5-3 自宅でできる医療処置は、思っているより多い

やりたいこと在宅での方法補足
痛み・息苦しさを
強力に抑える
医療用麻薬の内服・貼り薬・持続皮下注射小型ポンプでお腹や胸の皮下に持続投与。ボタンを押して自分で追加できる方式(PCA)もあり、飲めなくなっても継続できます
水分・栄養の補給点滴(静脈・皮下)皮下点滴は針が細く、家族でも管理しやすい方法です
酸素を使う在宅酸素療法(HOT)酸素濃縮器と携帯ボンベを業者が自宅に設置。電気代の扱いは業者・自治体で異なります
痰をとる吸引器の貸与と家族への指導終末期は吸引しすぎないほうが楽なこともあります
尿・便の管理膀胱留置カテーテル、浣腸・摘便トイレまでの移動が負担になる時期の生活を大きく変えます
床ずれの手当て訪問看護による処置、体圧分散マットレス介護保険のレンタルで導入します
どうしても
苦痛が取れない
持続的な鎮静(眠る薬を使う)本人・家族と繰り返し話し合ったうえで、最後の選択肢として検討します

逆に、自宅では難しいこともあります。胸水を抜く処置や輸血は施設によって対応が分かれ、CT検査は当然できません。「自宅でやること」と「短期入院で済ませること」を組み合わせるのが現実的です。

5-4 息苦しさを在宅でどう乗り切るか

肺がんの在宅療養で、ご家族がもっとも不安になるのが「夜中に急に苦しみ出したら」という場面です。準備できることを挙げます。

  • レスキュー薬を枕元に置く:苦しくなってから探すのでは間に合いません。使う量とタイミングを書いた紙を薬と一緒に置いておきます。
  • 扇風機かうちわを常備する:顔(頬から鼻のあたり)に風を当てると息苦しさが軽くなることがあります。まずここから試せます。
  • 姿勢を作れるようにする:背中を起こしてクッションで支え、前かがみで肘をつく姿勢が楽なことが多いです。介護ベッドがあると調整が容易になります。
  • 動線を短くする:トイレまでの距離が息切れの最大の原因になることがあります。ポータブルトイレの導入は「まだ早い」ではなく、体力の温存策です。
  • 連絡先を一枚にまとめる:クリニック、訪問看護ステーション、ケアマネジャーの番号を冷蔵庫に貼っておきます。

救急車を呼ぶ前に、まず在宅医へ

あわてて救急車を呼ぶと、本人が望まない救命処置が始まってしまい、自宅に戻れなくなることがあります。事前に「苦しくなったらまずクリニックに電話する」と決めておき、その電話番号を家族全員が知っている状態にしておくことが、最大の備えです。

5-5 食べられなくなったとき、点滴はどうするか

終末期に食事量が減るのは、体が水分や栄養を処理しきれなくなったサインでもあります。この時期に点滴を増やすと、体が処理できない水分がむくみ・胸水・痰の増加となって現れ、かえって息苦しさを強めることがあります。肺がんではとくに、この影響が出やすいと考えられます。

そのため、終末期には点滴を減らす、あるいは行わないという選択が検討されます。「水分を絞るなんてかわいそう」と感じられるかもしれませんが、目的は楽に過ごせる状態を保つことです。口の渇きに対しては、点滴よりも氷片や口腔ケア、少量の好きな飲み物のほうが効果的なことがよくあります。判断は一律ではなく、本人の状態を見ながら訪問診療医と相談して決めます。

5-6 最期の数日と、看取りのとき

図6 がんの終末期における体力の変化 高い 低い 体力・日常生活の力 この時期から 変化が速くなる 残り1〜2か月が目安 診断・治療期 ゆるやかに低下 急速に低下 がんは最後まで体力が比較的保たれ、 最期の1〜2か月で急に低下するのが特徴。 → だからこそ「まだ元気なうち」の準備が効きます
図6:がんは、直前まで身の回りのことができていた方が、数週間で寝たきりになることがあります。この形を知っておくと、準備のタイミングを見誤りません。

最期が近づくと、眠っている時間が長くなり、食事や水分をとらなくなり、手足が冷たくなり、呼吸のリズムが不規則になります。喉のあたりでゴロゴロと音がすること(死前喘鳴)もありますが、これは本人が苦しんでいるサインとは限りません。これらは自然な経過であり、多くの場合、あわてて何かをする必要はありません。

そして、多くのご家族が心配される点をはっきりお伝えします。自宅で息を引き取っても、警察を呼ぶ必要はありませんし、事件のように扱われることもありません。医師法第20条のただし書きにより、生前に診療していた傷病に関連する死亡であれば、最後の診察から24時間を超えていても、医師が改めて死後に診察して死亡診断書を交付できます(この取扱いは平成24年8月31日付医政医発0831第1号でも明確化されています)。

ですから、呼吸が止まったと思われたときも、深夜であればまず訪問看護ステーションかクリニックに電話をしてください。数時間の間にお別れの時間を過ごしていただいて構いません。心臓マッサージも救急車も必要ありません。

5-7 介護する家族を守る ── レスパイト入院

在宅療養が続かなくなる理由の多くは、病状ではなく介護する側の限界です。夜間に何度も起こされる生活が続けば、誰でも消耗します。

そのための仕組みがレスパイト入院(介護者の休息を目的とした短期入院)です。数日から1〜2週間、病院や緩和ケア病棟に入院してもらい、その間に家族が休む、あるいは仕事や家の用事を片付けます。「家で看取ると決めたのに入院させるのは負けた気がする」と言われる方がいますが、そうではありません。途中で休みを挟むほうが、結果として最後まで自宅で過ごせる可能性は高くなります。受け入れ先は事前の登録が必要なことが多いため、元気なうちに在宅医やケアマネジャーと確保しておきます。

5-8 話し合っておきたい三つのこと(ACP)

これからの医療やケアについて、本人・家族・医療者であらかじめ話し合っておくことをアドバンス・ケア・プランニング(人生会議)といいます。難しく考えず、次の三つから始めてください。

  1. どこで過ごしたいか:自宅か、病院か、施設か。「できるだけ自宅、でも家族が限界なら入院」でも立派な答えです。
  2. どこまでの医療を望むか:心肺蘇生、人工呼吸器、点滴、抗菌薬について、どこまでを望むか。
  3. 本人が話せなくなったとき、誰に決めてほしいか:これを決めておくと、残された家族が「自分の判断でよかったのか」と後で苦しまずに済みます。

一度決めたら変えられない、というものではありません。気持ちは変わって当然で、変わったら、そのつど伝え直せば十分です。

SECTION 06よくあるご質問

在宅診療に切り替えると、抗がん剤治療は受けられなくなりますか?

いいえ。がん治療は病院で続けながら、自宅での日常管理を在宅医が担う、という併用は可能です。「病院か在宅か」の二択ではありません。通院がつらくなってきた段階で在宅医が入っておくと、治療を終える時期の移行がなめらかになります。

ひとり暮らしですが、自宅で最期まで過ごせますか?

条件は厳しくなりますが、不可能ではありません。訪問診療・訪問看護・ヘルパーの組み合わせに加え、緊急通報の手段や、鍵の預け方まで含めた具体的な設計が必要です。ある時期から入院に切り替える前提で計画を立てることもあります。

費用はどのくらいかかりますか?

訪問診療・訪問看護は医療保険(自己負担1〜3割)で、月々の自己負担には高額療養費制度の上限が適用されます。事前に「限度額適用認定証」またはマイナ保険証での限度額確認の手続きをしておくと、窓口での支払いを上限額までに抑えられます。介護保険サービスは別枠で1〜3割負担です。

酸素をつけたら、もう外出はできませんか?

携帯用のボンベがあるため、外出はできます。娘さんの結婚式に出た方、最後にもう一度海を見に行った方もいます。行きたい場所があるなら、体力のある早い時期に計画してください。

家で看ると決めたら、途中で変えられませんか?

いつでも変えられます。症状が強くなったとき、家族が疲れたとき、入院に切り替える判断は間違いではありません。「最期まで自宅」を目標にすると失敗が生まれます。目標は本人が穏やかに過ごせることであって、場所ではありません。

息苦しさや痛みを、家で診てもらえないかとお考えの方へ

ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区を中心に、緩和ケア・難病・精神科・認知症の在宅診療を行っています。「まだ在宅診療を頼む段階ではないかもしれない」という時期のご相談も歓迎しています。退院の話が出たとき、通院がつらくなってきたとき、どうぞお声がけください。

ご相談・お問い合わせはこちら

SECTION 07参考文献

  1. 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計(全国がん登録・人口動態統計)」肺(2026年7月22日更新).罹患123,989例(2023年)、死亡75,569人(2024年)、5年相対生存率39.3%(2018年診断例).
  2. 日本肺癌学会編『肺癌診療ガイドライン ── 悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む 2025年版』.
  3. 大森翔太.肺癌診療ガイドライン改訂のポイント ── 薬物療法の領域を中心に.肺癌 2025;65(Suppl):847-851.
  4. 日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン2023年版』(『がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン2016年版』改訂・改題).金原出版, 2023.
  5. Temel JS, Greer JA, Muzikansky A, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2010;363(8):733-742. doi:10.1056/NEJMoa1000678(PMID: 20818875)
  6. 日本肺癌学会『肺癌診療ガイドライン』Ⅳ.転移など各病態に対する治療(骨転移に対する8Gy単回照射と分割照射の比較に関する記載).
  7. 日本乳癌学会編『乳癌診療ガイドライン2022年版』放射線療法BQ11・CQ7(有痛性骨転移に対する緩和的放射線療法の疼痛緩和割合、WHOガイドラインの推奨に関する記載).
  8. 厚生労働省「診療報酬の算定方法」C103 在宅酸素療法指導管理料 留意事項通知(対象患者の基準).
  9. 厚生労働省医政局医事課長通知「医師法第20条ただし書の適切な運用について」平成24年8月31日 医政医発0831第1号.
  10. 厚生労働省「訪問看護療養費に係る指定訪問看護の費用の額の算定方法」別表第七(厚生労働大臣が定める疾病等:末期の悪性腫瘍を含む).
  11. 厚生労働省「介護保険法施行令第2条」特定疾病(がん〈医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがない状態に至ったと判断したものに限る〉).

本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。治療やケアの選択は、主治医および担当の医療チームとご相談のうえ決定してください。記載内容は公開時点の情報にもとづいています。