幹細胞・遺伝子治療をうたうがん自由診療:詐欺医療に騙されない

詐欺医療に騙されない第9回/全30回
幹細胞・遺伝子治療をうたうがん自由診療

「届出済み」は「効く」ではない

「幹細胞」「遺伝子治療」「再生医療」。どれも本物の医学の言葉で、承認された治療も実際にあります。 その隣で、「厚生労働省に届け出た再生医療です」と案内する、がんの自由診療が広がっています。 この回では、その「届出」が何を意味するのかを、法律の言葉をほどいて説明します。

この連載の現在地 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 第9回 幹細胞・遺伝子治療をうたうがん自由診療

この回の結論

  1. 「厚生労働省に届出済み」は、安全のための手続きをしたという意味です。効果を国が審査したわけではありません。
  2. がんに対して、自由診療の幹細胞点滴や遺伝子治療が生存を延ばしたという比較試験はありません。承認された遺伝子治療は、別の薬です。
  3. 2025年8月、自由診療の幹細胞点滴中に患者さんが亡くなり、国が初めて提供停止を命じました。「自分の細胞だから安全」は成り立ちません。

SECTION 01 何が、どう売られているか

  • 幹細胞点滴自分の脂肪や骨髄から幹細胞を取り出し、体の外で増やして点滴で戻す。「がんの再発予防」「体力回復」「老化・認知症」まで幅広くうたわれます。
  • 「がん抑制遺伝子治療」がんを抑える働きをする遺伝子を、点滴や注射で体に入れると案内されます。「副作用がない」「どのがんにも」「抗がん剤と併用できる」と。
  • 共通の決まり文句「再生医療等安全性確保法にもとづき厚生労働省に届け出た正規の治療」「先端医療」「大学との共同研究」。費用は1回数十万円から数百万円です。
ここだけ覚える「届け出た」は「認められた」ではありません。ここが、この回のすべてです。

SECTION 02 「届出」の法律を、3段でほどく

再生医療等安全性確保法は、細胞を加工して体に入れる医療を、リスクの高さで3つに分けています。 2025年5月31日の改正からは、細胞を使わない遺伝子治療も対象になりました。

図1 再生医療等安全性確保法の3つの区分と、「何が審査されるか」 1 第1種 iPS細胞・ES細胞、他人の細胞など 計画を出したあと、国が安全性を確認する期間があります。効果の審査ではありません 2 第2種 自分の幹細胞を増やして戻す(幹細胞点滴はここ) 認定委員会の意見を聞き、計画を国に提出すれば実施できます。効果の審査はありません 3 第3種 免疫細胞、多血小板血漿(PRP)など 同じく、委員会の意見と計画の提出。効果の審査はありません(第3回の免疫細胞療法はここ) どの区分でも、「効くかどうか」は審査されません この法律は「安全に行う手順」の法律。効果を確かめるのは、別の法律(薬機法)の承認です 2025年5月31日の改正で、細胞を使わない遺伝子治療も対象になった。それまでは、法律の外で行われていた。

図1 「届出」は安全の手順の届出。効果の審査は、薬として承認されるときに別の法律で行われる。承認された治療なら、「届出済み」ではなく「承認」と書ける。

制度のしくみ

効果が確かめられて国が認めた治療は、「承認」という言葉で書けます。免疫チェックポイント阻害薬も、承認された遺伝子治療(血液がんの CAR-T 療法など)も、承認です。 「届出済み」としか書けない治療は、承認されていない治療です。「届出」という言葉が前に出ているページは、それ自体が「承認されていない」の印だと読んでください。

ここだけ覚える効果が認められた治療は「承認」と書けます。「届出済み」しか書けないなら、認められていません。

SECTION 03 根拠と、失われたもの

根拠はどこまであるか

がんの患者さんに幹細胞を点滴して、生存が延びたことをくじ引きで分けて示した試験は、私たちの知る限りありません。 それどころか、間葉系幹細胞ががんの増殖を助ける方向に働く可能性を示す基礎研究があり、研究の世界では、がんのある人への幹細胞投与は慎重に扱われています。

自由診療で行われている「がん抑制遺伝子治療」についても、人でくじ引きで比べて効果を示した試験は見当たりません。 一方、承認されている遺伝子治療(CAR-T 療法など)は、数百人規模の試験を経て、対象のがんと使う条件を厳密に決めたうえで承認されています。 同じ「遺伝子治療」という言葉でも、確かめられ方がまったく違います。

気をつけること

2025年8月、東京都内のクリニックで、自分の脂肪から作った幹細胞の点滴を受けていた50代の女性が点滴中に心停止し、亡くなりました。 厚生労働省は、自由診療の再生医療に対して初めて緊急の提供停止命令を出しました(詳しくは、下の関連記事「再生医療の事故」)。 「自分の細胞だから安全」という説明は、この事故のあとでは成り立ちません。培養の過程で混ざるものや、点滴による塞栓・アレルギーは、自分の細胞でも起きます。

  • こう言われたら「厚生労働省に届け出た、正規の再生医療です」
    こう聞き返す「第何種ですか。効果の審査はありましたか。承認ですか、届出ですか」
  • こう言われたら「自分の細胞なので、副作用はありません」
    こう聞き返す「点滴中に急変したとき、この施設で何ができますか」
  • こう言われたら「遺伝子治療は、承認されている先端医療です」
    こう聞き返す「承認された遺伝子治療の名前と、この治療は同じ薬ですか」
お金のはなし

幹細胞点滴は1回で百万円を超える例が珍しくなく、「数回が1クール」と案内されます。遺伝子治療をうたうものも同じ価格帯です。 未承認の治療なので、健康被害が起きても公的な救済制度の対象外です。契約書に、中止したときの返金と、健康被害が出たときの補償が書いてあるかを、必ず読んでください。

在宅の現場では

「病院では治療がないと言われたが、幹細胞で体力を戻してから抗がん剤に再挑戦したい」というご相談があります。 その気持ちは分かります。私たちが伝えるのは、体力を戻す方法として確かめられているのは、栄養と、リハビリと、痛みを取ることだということです。 どれも保険で受けられ、在宅でできます。地味ですが、幹細胞点滴に使う百万円を、その3つと、ご本人がしたいことに使ってほしい。そう話しています。

ここだけ覚える体力を戻す方法で確かめられているのは、栄養・リハビリ・痛みを取ること。全部、保険で受けられます。
在宅医の視点

「先端」は、確かめられる前の状態を指す言葉です。

再生医療も遺伝子治療も、本物の医学の最前線です。承認された治療が、実際に人の命を救っています。 ただ、「最前線」とは、まだ確かめられていないことが多い場所という意味でもあります。だから本物の研究者は、一人ひとりの患者さんに使う前に、何年もかけて試験をします。

「先端医療をいますぐ受けられる」という案内は、その何年もの試験を飛ばしています。 飛ばした分のリスクを引き受けるのは、施設ではなく、受けた患者さんです。2025年の事故が、それを示しました。 「届出」と「承認」の違いを知っていること。それだけで、この分野の見分けはつきます。

この回のチェックリスト(第9回ぶん)

  • 「届出済み」と「承認」の違いを、人に説明できる。
  • 「第何種か」「効果の審査はあったか」を聞いた。
  • 「この治療で、人を比べて生存が延びた試験はあるか」を聞いた。
  • 点滴中に急変したときの体制と、健康被害の補償を、契約書で確かめた。
  • 体力を戻す目的なら、栄養・リハビリ・痛みの治療を主治医に相談した。

困ったときの相談先

電話番号と受付時間は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。すでに契約した・お金を払ったあとでも相談できます。

  • 消費者ホットライン 188(いやや)健康食品・健康器具・美容医療などの契約や勧誘の相談。局番なしの188で、お住まいの地域の消費生活センターにつながります/消費者庁「消費者ホットライン」
  • 福岡市消費生活センター相談専用 092-781-0999(月〜金 9:00〜17:00、土 10:00〜16:00は電話のみ)。クーリングオフや返金の相談はここへ/福岡市「消費生活相談ご利用案内」
  • 福岡市 医療安全相談窓口(各区衛生課)市内の医療機関での説明や診療に疑問があるとき。早良区 092-851-6567、城南区 092-831-4208、西区 092-895-7072、中央区 092-761-7325、南区 092-559-5115、博多区 092-419-1090、東区 092-645-1081(月〜金 9:30〜11:30、13:00〜16:00)/福岡市「医療安全相談窓口のご案内」
  • がん相談支援センターがんの治療で迷ったとき。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても無料で相談できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
  • 「健康食品」の安全性・有効性情報サプリや健康食品の成分を、名前で調べられる公的データベース(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)/hfnet.nibn.go.jp
  • 医療機関ネットパトロール医療機関のホームページの「必ず治る」「副作用なし」などの表示を、厚生労働省の事業に通報できます/通報フォーム
利用のご案内

「これ、受けても大丈夫ですか」と聞ける主治医を、持ってください。

ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の在宅医療のクリニックです。 ご自宅はもちろん、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅・グループホームへも医師が伺います。 勧められた治療やサプリのことを、否定されずに相談したい。病院で「もう治療はない」と言われて、次をどうするか迷っている。 どの段階のご相談でもかまいません。ご家族だけでのお問い合わせも歓迎します。

ふくろう訪問クリニック(訪問診療) 福岡市早良区荒江2-6-37 第2渡辺ビル1階
お電話:092-407-7337
メール:clinic@fukurou.fukuoka.jp
クリニックのご案内
ふくろう訪問看護リハビリステーション 看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が伺います。
お電話:092-834-8581(平日 9:00〜18:00)
メール:nurse@fukurou.fukuoka.jp
ステーションのご案内

訪問看護は、ふくろう訪問クリニック以外がかかりつけの方でもご利用いただけます。 主治医を変える必要はありません。

採用のご案内

在宅医療の現場で、一緒に働く方を募集しています。

ふくろう訪問クリニック 入職祝い金20万円直接応募限定 医師(常勤・非常勤)/看護師/医療事務
お電話:092-407-7337
メール:clinic@fukurou.fukuoka.jp
採用情報のページ
ふくろう訪問看護リハビリステーション 入職祝い金20万円直接応募限定 看護師/理学療法士・作業療法士・言語聴覚士(常勤・非常勤)
お電話:092-834-8581(平日 9:00〜18:00)
メール:nurse@fukurou.fukuoka.jp
求人情報のページ

入職祝い金は、クリニック・ステーションのどちらも20万円です。 人材紹介会社を通さず直接ご応募いただいた方が対象になります。 見学だけでも歓迎します。訪問の経験がない方、ブランクのある方もご相談ください。

Q&A よくある質問

Q厚生労働省が受理しているなら、国が認めた治療なのではありませんか。
A受理されたのは「安全に行う手順の計画」です。効果があるかどうかは、この法律では誰も審査していません。効果が認められた治療は「承認」と書けます。「届出」「受理」という言葉しか使えない治療は、承認されていない治療です。
Q膝の痛みなどで幹細胞治療の広告を見ます。がん以外でも同じですか。
A法律上のしくみは同じで、多くは第2種の届出です。膝の変形性関節症では研究が進んでいますが、自由診療で行われている個々の方法が比較試験で確かめられているとは限りません。「届出か承認か」「人で比べた試験があるか」という聞き方は、がん以外でも同じように使えます。
Q承認された遺伝子治療を受けたい場合、どうすればよいですか。
A承認された遺伝子治療は、対象の病気と条件が厳密に決まっていて、実施できる病院も限られます。いま診てもらっている病院の主治医に「私のがんで、承認された遺伝子治療や治験はありますか」と聞いてください。自由診療のクリニックで受けられるものは、承認された治療ではありません。

この回に関連する記事

連載の外にある、ふくろう訪問クリニックのコラムです。この回の内容をさらに掘り下げたいときに読んでください。

連載「詐欺医療に騙されない」全30回

  1. 「標準治療」は最善の治療である——「並の治療」という誤解が、すべての入口になる
  2. 根拠には強さの順番がある——体験談・動物実験・比較試験を、一枚の表で見分ける
  3. 免疫細胞療法(ANK療法・樹状細胞療法など)——保険がきく免疫療法と、何が違うのか
  4. 高濃度ビタミンC点滴——試験管で起きたことと、患者さんで起きなかったこと
  5. 尿線虫検査(N-NOSE)——「精度」の数字を、家族が自分で読めるようになる
  6. 血液1滴の全身がん検査——マイクロRNA・CTC、「早期発見」の落とし穴
  7. 温熱療法(ハイパーサーミア)——保険がきく使い方と、「がんが消える」宣伝の境目
  8. 光免疫療法の便乗商法——承認された薬と、名前だけ似た自由診療の見分け方
  9. 幹細胞・遺伝子治療をうたうがん自由診療——「届出済み」は「効く」ではない
  10. 「がんが消える食事」——ゲルソン療法・糖質制限・重曹、効く前に栄養不良が来る
  11. 犬の駆虫薬・イベルメクチンでがんが治る?——SNSで広がる「隠された特効薬」
  12. 水素水・水素吸入——なぜ「水素は体の中で何も起こさない」と言えるのか
  13. アルカリイオン水・「奇跡の水」——血液のpHは、水では変わらない
  14. 酵素ドリンク・酵素サプリ——酵素は、胃で分解される
  15. フコイダン・アガリクス・AHCC——「学会発表」「特許取得」の本当の意味
  16. グルコサミン・コンドロイチン——飲んでも、軟骨には届かない
  17. 認知症予防サプリ——「機能性表示食品」の表示は、誰が確かめたのか
  18. 「免疫力を上げる」という言葉——医学に「免疫力」という数値はない
  19. ホメオパシー——「薄めるほど効く」を、科学はどう見ているか
  20. デトックス・キレーション・足裏デトックス——肝臓と腎臓が、すでにやっていること
  21. 幹細胞培養上清液・エクソソーム点滴——細胞を含まないから、法律の外にある
  22. 波動・量子医学(メタトロンなど)——物理学の言葉を借りた測定器
  23. 磁気・ゲルマニウム・チタン・遠赤外線——身につける健康グッズの根拠
  24. にんにく注射・プラセンタ・点滴バー——「疲れが取れる」の正体
  25. 「薬をやめれば健康になる」本——降圧薬・スタチンを自己判断でやめた結果
  26. 訪問販売・電話勧誘の健康器具——電位治療器・磁気マットレス・浄水器と、クーリングオフ
  27. 「余命宣告からの生還」体験談——なぜ成功例しか目に入らないのか
  28. ワクチン不安ビジネス——帯状疱疹・肺炎球菌・インフルエンザ、「打たないほうが安全」の売り方
  29. 怪しい医療を見抜くチェックリスト10項目——「奇跡」「医師も推薦」「副作用ゼロ」「今だけ」
  30. 家族が怪しい治療にはまったとき——否定せずに、主治医につなぐ声のかけ方

REFERENCE 参考資料

  1. 厚生労働省「再生医療について」(再生医療等安全性確保法の改正、令和7年5月31日施行)(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/index.html
  2. 厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律について」(法の概要・リスク分類・提供計画の手続)(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000079192.pdf
  3. 厚生労働省「再生医療等提供計画の提出等について(概要)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/plan.html
  4. 日本再生医療学会「声明・ガイドライン等」(https://www.jsrm.jp/news-category/statements/
  5. ふくろう訪問クリニック「再生医療の事故:「先端」という罠」2025年(https://fukurou.fukuoka.jp/column/1422/
  6. 厚生労働省「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告等ガイドライン)」令和8年3月30日最終改正(https://www.mhlw.go.jp/content/001683594.pdf
本記事は、公開されている法令・行政資料・学術論文・公的機関の情報をもとに、特定の療法や商品について 現時点で分かっていることを整理したものです。特定の事業者や商品を名指しで評価するものではなく、 記事中の療法名・商品の種類は一般名で記しています。研究は日々更新されますので、記載の内容は 公開時点のものとしてお読みください。治療の選択やお体のことは、かかりつけ医・主治医に必ずご相談ください。 契約や返金のことは、消費生活センター(局番なし188)にご相談ください。