「届出済み」は「効く」ではない
「幹細胞」「遺伝子治療」「再生医療」。どれも本物の医学の言葉で、承認された治療も実際にあります。 その隣で、「厚生労働省に届け出た再生医療です」と案内する、がんの自由診療が広がっています。 この回では、その「届出」が何を意味するのかを、法律の言葉をほどいて説明します。
この回の結論
- 「厚生労働省に届出済み」は、安全のための手続きをしたという意味です。効果を国が審査したわけではありません。
- がんに対して、自由診療の幹細胞点滴や遺伝子治療が生存を延ばしたという比較試験はありません。承認された遺伝子治療は、別の薬です。
- 2025年8月、自由診療の幹細胞点滴中に患者さんが亡くなり、国が初めて提供停止を命じました。「自分の細胞だから安全」は成り立ちません。
SECTION 01 何が、どう売られているか
- 幹細胞点滴自分の脂肪や骨髄から幹細胞を取り出し、体の外で増やして点滴で戻す。「がんの再発予防」「体力回復」「老化・認知症」まで幅広くうたわれます。
- 「がん抑制遺伝子治療」がんを抑える働きをする遺伝子を、点滴や注射で体に入れると案内されます。「副作用がない」「どのがんにも」「抗がん剤と併用できる」と。
- 共通の決まり文句「再生医療等安全性確保法にもとづき厚生労働省に届け出た正規の治療」「先端医療」「大学との共同研究」。費用は1回数十万円から数百万円です。
SECTION 02 「届出」の法律を、3段でほどく
再生医療等安全性確保法は、細胞を加工して体に入れる医療を、リスクの高さで3つに分けています。 2025年5月31日の改正からは、細胞を使わない遺伝子治療も対象になりました。
図1 「届出」は安全の手順の届出。効果の審査は、薬として承認されるときに別の法律で行われる。承認された治療なら、「届出済み」ではなく「承認」と書ける。
効果が確かめられて国が認めた治療は、「承認」という言葉で書けます。免疫チェックポイント阻害薬も、承認された遺伝子治療(血液がんの CAR-T 療法など)も、承認です。 「届出済み」としか書けない治療は、承認されていない治療です。「届出」という言葉が前に出ているページは、それ自体が「承認されていない」の印だと読んでください。
SECTION 03 根拠と、失われたもの
がんの患者さんに幹細胞を点滴して、生存が延びたことをくじ引きで分けて示した試験は、私たちの知る限りありません。 それどころか、間葉系幹細胞ががんの増殖を助ける方向に働く可能性を示す基礎研究があり、研究の世界では、がんのある人への幹細胞投与は慎重に扱われています。
自由診療で行われている「がん抑制遺伝子治療」についても、人でくじ引きで比べて効果を示した試験は見当たりません。 一方、承認されている遺伝子治療(CAR-T 療法など)は、数百人規模の試験を経て、対象のがんと使う条件を厳密に決めたうえで承認されています。 同じ「遺伝子治療」という言葉でも、確かめられ方がまったく違います。
2025年8月、東京都内のクリニックで、自分の脂肪から作った幹細胞の点滴を受けていた50代の女性が点滴中に心停止し、亡くなりました。 厚生労働省は、自由診療の再生医療に対して初めて緊急の提供停止命令を出しました(詳しくは、下の関連記事「再生医療の事故」)。 「自分の細胞だから安全」という説明は、この事故のあとでは成り立ちません。培養の過程で混ざるものや、点滴による塞栓・アレルギーは、自分の細胞でも起きます。
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こう言われたら「厚生労働省に届け出た、正規の再生医療です」こう聞き返す「第何種ですか。効果の審査はありましたか。承認ですか、届出ですか」
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こう言われたら「自分の細胞なので、副作用はありません」こう聞き返す「点滴中に急変したとき、この施設で何ができますか」
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こう言われたら「遺伝子治療は、承認されている先端医療です」こう聞き返す「承認された遺伝子治療の名前と、この治療は同じ薬ですか」
幹細胞点滴は1回で百万円を超える例が珍しくなく、「数回が1クール」と案内されます。遺伝子治療をうたうものも同じ価格帯です。 未承認の治療なので、健康被害が起きても公的な救済制度の対象外です。契約書に、中止したときの返金と、健康被害が出たときの補償が書いてあるかを、必ず読んでください。
「病院では治療がないと言われたが、幹細胞で体力を戻してから抗がん剤に再挑戦したい」というご相談があります。 その気持ちは分かります。私たちが伝えるのは、体力を戻す方法として確かめられているのは、栄養と、リハビリと、痛みを取ることだということです。 どれも保険で受けられ、在宅でできます。地味ですが、幹細胞点滴に使う百万円を、その3つと、ご本人がしたいことに使ってほしい。そう話しています。
「先端」は、確かめられる前の状態を指す言葉です。
再生医療も遺伝子治療も、本物の医学の最前線です。承認された治療が、実際に人の命を救っています。 ただ、「最前線」とは、まだ確かめられていないことが多い場所という意味でもあります。だから本物の研究者は、一人ひとりの患者さんに使う前に、何年もかけて試験をします。
「先端医療をいますぐ受けられる」という案内は、その何年もの試験を飛ばしています。 飛ばした分のリスクを引き受けるのは、施設ではなく、受けた患者さんです。2025年の事故が、それを示しました。 「届出」と「承認」の違いを知っていること。それだけで、この分野の見分けはつきます。
この回のチェックリスト(第9回ぶん)
- 「届出済み」と「承認」の違いを、人に説明できる。
- 「第何種か」「効果の審査はあったか」を聞いた。
- 「この治療で、人を比べて生存が延びた試験はあるか」を聞いた。
- 点滴中に急変したときの体制と、健康被害の補償を、契約書で確かめた。
- 体力を戻す目的なら、栄養・リハビリ・痛みの治療を主治医に相談した。
困ったときの相談先
電話番号と受付時間は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。すでに契約した・お金を払ったあとでも相談できます。
- 消費者ホットライン 188(いやや)健康食品・健康器具・美容医療などの契約や勧誘の相談。局番なしの188で、お住まいの地域の消費生活センターにつながります/消費者庁「消費者ホットライン」
- 福岡市消費生活センター相談専用 092-781-0999(月〜金 9:00〜17:00、土 10:00〜16:00は電話のみ)。クーリングオフや返金の相談はここへ/福岡市「消費生活相談ご利用案内」
- 福岡市 医療安全相談窓口(各区衛生課)市内の医療機関での説明や診療に疑問があるとき。早良区 092-851-6567、城南区 092-831-4208、西区 092-895-7072、中央区 092-761-7325、南区 092-559-5115、博多区 092-419-1090、東区 092-645-1081(月〜金 9:30〜11:30、13:00〜16:00)/福岡市「医療安全相談窓口のご案内」
- がん相談支援センターがんの治療で迷ったとき。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても無料で相談できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- 「健康食品」の安全性・有効性情報サプリや健康食品の成分を、名前で調べられる公的データベース(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)/hfnet.nibn.go.jp
- 医療機関ネットパトロール医療機関のホームページの「必ず治る」「副作用なし」などの表示を、厚生労働省の事業に通報できます/通報フォーム
「これ、受けても大丈夫ですか」と聞ける主治医を、持ってください。
ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の在宅医療のクリニックです。 ご自宅はもちろん、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅・グループホームへも医師が伺います。 勧められた治療やサプリのことを、否定されずに相談したい。病院で「もう治療はない」と言われて、次をどうするか迷っている。 どの段階のご相談でもかまいません。ご家族だけでのお問い合わせも歓迎します。
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Q&A よくある質問
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REFERENCE 参考資料
- 厚生労働省「再生医療について」(再生医療等安全性確保法の改正、令和7年5月31日施行)(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/index.html)
- 厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律について」(法の概要・リスク分類・提供計画の手続)(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000079192.pdf)
- 厚生労働省「再生医療等提供計画の提出等について(概要)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/plan.html)
- 日本再生医療学会「声明・ガイドライン等」(https://www.jsrm.jp/news-category/statements/)
- ふくろう訪問クリニック「再生医療の事故:「先端」という罠」2025年(https://fukurou.fukuoka.jp/column/1422/)
- 厚生労働省「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告等ガイドライン)」令和8年3月30日最終改正(https://www.mhlw.go.jp/content/001683594.pdf)

