「うちは延命ではなく完治専門ですから、ほとんど治ります。私を信じてください」――。乳がんの女性がこの言葉を信じて約440万円の自由診療「ANK免疫細胞療法」を受け、期待した効果は得られず、がんは皮膚とリンパ節に転移していました。東京地裁は2026年8月27日、クリニック側の説明義務違反を認めましたが、賠償額は75万5,000円。請求額の1割にも届きませんでした。
同じ型の話は、在宅の現場でも何度も聞きます。「病院ではもう治療がないと言われた。でも、あのクリニックなら治ると言ってくれた」。本記事では、この言葉を信じてよいのか、なぜこうした勧誘が後を絶たないのか、そして患者・家族としてどこを確かめれば引っかからずに済むのかを、最新の医学情報と行政資料をもとに整理します。
SECTION 01 結論――先に3つ
この記事の結論
1. 「完治専門」は、医学的に成り立たない言葉です。がんが治るかどうかは、がんの種類・進行度・体の状態で決まります。「完治専門」を名乗るクリニックは、治る患者を選んで診ているか、あるいは言葉だけを売っているかのどちらかで、後者の場合、この言葉はホームページに書けば誇大広告として取り締まられます。診察室で口にする分には、取り締まる法律がありません。
2. 後を絶たないのは「悪い医師がいるから」ではなく、構造の問題です。保険の外に出た治療は有効性の審査も価格の上限も外れ、広告は規制されても診察室は規制されず、再生医療法の届出が「お墨付き」に見え、標準治療が尽きた患者には専門医でさえ「中立」に転じ、裁判で取り戻せる額は小さい。この5つが重なっています。
3. 引っかからないための急所は、「その場で契約しない」と「診ている医師にすべて話す」の2つです。「効かない場合はどうなるか」「対照群のある試験があるか」「1クール以上かかる想定か」を書面で確かめ、病院の主治医と在宅の医師の両方に相談してから決めてください。
SECTION 02 何が起きたのか――東京地裁2026年8月27日判決
まず、報道と判決文の要旨から事実関係を整理します。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2017年 | 原告の女性が乳がんと診断される。手術や化学療法などの標準治療を受ける。 |
| 2023年8月ごろ | 副作用が強く、標準治療を中止。元プロボクサーの動画で「ANK免疫細胞療法」を知る。 |
| 2023年12月 | 都内のクリニックを受診。医師はANK療法を「あらゆる癌患者に対して有効」と説明し、分子標的薬ハーセプチンを併用すれば「更に効果を高めてくれる」と述べた。原告によれば「うちは延命ではなくて完治専門ですから、ほとんど治ります」「私を信じてください」と言い、立ち上がって握手を求めたという。女性はその場で診療契約を結び、1クール(12回)分として442万4,000円を支払った。 |
| 2024年1月〜 | 治療開始。3月中旬ごろから痛痒さを感じ、別の病院で検査を受けたところ、皮膚とリンパ節への転移が判明。息子が「効かなかったらどうすれば」と尋ねると、医師は「うーん、もうワンクールかな」と答え、お金のジェスチャーをしたという。 |
| 転移判明後 | クリニック側との面談で、医師はデメリットを十分に伝えなかったことを認めて謝罪したといい、原告はその録音を裁判所に提出。 |
| 2026年8月27日 | 東京地裁判決。ANK療法は「ランダム化比較試験などを経ておらず、乳がんに対する症例報告も限られている」としてエビデンスレベルは高いとは言い難いと評価。医師の説明は「治療効果を誤認させるような説明」であり説明義務違反と認定。ただし治療費との因果関係は否定し、賠償額は75万5,000円。 |
| 2026年9月4日 | 原告が記者会見。「私が治療を受けている時にも、隣でご夫婦がANKを勧められているのを聞きました」。控訴予定。同席した腫瘍内科医(勝俣範之医師)は、ANK療法のエビデンスレベルは5段階で最も低い「レベル5(症例報告や体験談)」だと指摘した。 |
出典:弁護士JPニュース(2026年9月7日)、朝日新聞(2026年8月27日)。判決文そのものは公開されておらず、本記事は報道された要旨に基づきます。
この一件で目を引くのは、「完治」という言葉を信じた患者の側の落ち度ではなく、裁判所が「誤認させる説明」だったと認めてもなお、支払った442万円が戻らなかったことです。その理由は後述しますが、先に「完治専門」という言葉そのものを医学の側から見ておきます。
SECTION 03 「完治専門」は、医学的に成り立たない言葉
がんが治るかどうかを決めるのは、クリニックの看板ではなく、がんの種類、進行度(ステージ)、遺伝子やタンパク質の性質、そして患者さんの体の状態です。たとえば同じ乳がんでも、早期で手術ができる状態と、皮膚や骨、肺に転移した状態とでは、目標にできることが違います。前者では「治す」ことが現実的な目標になり、後者では「がんと共存しながら、できるだけ長く、できるだけ楽に過ごす」ことが目標になります。これは日本だけでなく世界中のがん診療ガイドラインに共通する考え方で、どの病院に行っても変わりません。
ですから、「延命ではなく完治専門」と名乗れる医療機関は、論理的には2種類しかありません。
- 1治る見込みの高い患者さんだけを選んで診ている――この場合、標準治療を終えた転移のある患者さんは、そもそも「専門」の対象ではありません。
- 2言葉として「完治」を売っている――この場合、根拠を示せないはずです。今回のケースはこちらでした。
なお、医療機関がホームページやSNSで「完治」「必ず治る」「あらゆるがんに有効」と書けば、医療法に基づく医療広告等ガイドライン(最終改正2026年3月30日)の虚偽広告・誇大広告にあたります。「がん専門」「完治専門」のような診療科名も広告できません(広告できる診療科名は政令で決まっています)。ところが、診察室で口頭で語られる言葉は、広告ではないので広告規制の外にあります。この「書けば違反、言えば規制外」というねじれが、今回の構造の入口です(図1)。
SECTION 04 ANK療法とは何か――「確からしさの階段」で見る
ANK療法は、患者さん自身の血液からNK細胞(ナチュラルキラー細胞)という免疫細胞を取り出し、体の外で培養して増やし、活性化させたうえで点滴で体に戻す治療です。細胞を加工して使うため、再生医療等安全性確保法の「第三種再生医療等」にあたり、自由診療として行われています。同じ仲間に、活性化リンパ球療法、γδT細胞療法、樹状細胞ワクチン、NKT細胞療法などがあり、まとめて「免疫細胞療法」と呼ばれます。
ここで大事なのは、「免疫療法」という言葉には、効果が証明されて保険で受けられるものと、証明されていないものが混在していることです。前者の代表が免疫チェックポイント阻害薬(オプジーボ、キイトルーダなど)やCAR-T細胞療法で、これらは大規模なランダム化比較試験を経て承認されました。後者が、自由診療で行われる免疫細胞療法です。国立がん研究センターのがん情報サービスは、自由診療として行われる免疫療法について「効果が証明されておらず、医療として確立されたものではありません」と明記し、治療効果・安全性・費用について慎重な確認と、必ず担当医に話すことを求めています。
日本臨床腫瘍学会のガイドラインはどう書いているか
日本臨床腫瘍学会の『がん免疫療法ガイドライン 第3版』(2023年)は、活性化リンパ球輸注療法、γδT細胞輸注療法、NK細胞輸注療法、NKT細胞輸注療法といった「非特異的エフェクター細胞の輸注療法」について、重篤な有害事象の報告はほとんどないとしたうえで、治療の有効性に関する報告はあるものの治療の直接的な効果であるかどうかは未確定であり、これらの一部は自由診療を中心に行われて実施例数はすでに多数にのぼると推測されるが、科学的なエビデンスを構築するには適切な対照群を設定し、無作為化や統計学的解析に十分考慮した臨床試験が必要だと述べています。つまり、専門学会は「やってはいけない」とまでは言っていませんが、「効くと言える段階にない」と明確に位置づけています。
世界の臨床試験をまとめると
2024年に発表されたシステマティックレビューは、遺伝子改変をしていないNK細胞療法の固形がんに対する臨床試験を2024年5月まで網羅し、31試験・600人を解析しました。主な評価項目は腫瘍が縮小した割合(奏効率)で、肝細胞がんでは局所治療との併用で高い奏効率が報告され、安全性は良好、最も多い有害事象は倦怠感でした。ただし、対象の多くは少人数の早期段階の試験で、「標準治療と比べて生存期間が延びるか」を示した試験はこの中にありません。奏効率が高くても、生存が延びるとは限らないことは、がんの臨床試験でよく知られた落とし穴です。
図2の「レベル」は、治療の確からしさを示す階段です。標準治療は原則としてレベル1〜2の根拠に支えられています。ANK療法が今いるのはレベル5(症例報告・体験談)で、東京地裁の評価と、記者会見に同席した腫瘍内科医の指摘は、この点で一致しています。
図3が示すのは、新しい治療が「標準治療」になるまでの道すじです。第Ⅲ相の比較試験で「いまの標準治療より良い(または同等で害が少ない)」と示され、国の承認と保険収載を経て、学会のガイドラインに載って初めて標準治療になります。標準治療とは「並の治療」ではなく「現時点で最良と証明された治療」です。自由診療の免疫細胞療法は、この道すじの第Ⅱ相あたりに20年以上とどまったまま、比較試験を経ずに「治療」として販売されています。もし本当に効くのなら、企業や大学がとっくに第Ⅲ相試験を行い、保険で受けられるようになっているはずです。
SECTION 05 なぜ後を絶たないのか――5つの構造
今回の判決を「悪質なクリニックの例」として片づけると、次の被害を防げません。同じことが繰り返される背景には、個々の医師の資質ではなく、制度の継ぎ目の問題があります(図5)。
構造1 保険の外は、有効性の審査の外
日本の公的医療保険は、国が有効性と安全性を審査した治療だけを対象にし、価格(診療報酬・薬価)も国が決めます。裏返せば、保険の外に出た瞬間に、その審査も、価格の上限も、まとめて消えます。自由診療の価格は医療機関が自由に決められ、1クール440万円という金額を「高すぎる」と判断する公的な仕組みはありません。また、保険診療と自由診療を同じ医療機関で同じ病気に対して混ぜて行うことは原則として認められていない(いわゆる混合診療の禁止)ため、自由診療クリニックは保険診療の病院とは別の経済圏として成り立ちます。
構造2 広告は規制されるが、診察室は規制されない
2018年6月の医療法改正で、医療機関のウェブサイトも広告規制の対象になり、厚生労働省は「医療機関ネットパトロール」でホームページやSNS、動画を監視しています(詳細はSECTION 06)。「完治」「必ず」「あらゆるがんに有効」といった表現は、書けば違反です。しかし、今回の「うちは完治専門ですから」は、ホームページではなく診察室で語られました。対面の説明は広告ではないため、行政が取り締まる法律はなく、あとから争える手段は民事訴訟の「説明義務違反」だけになります。しかも、口頭のやりとりは記録が残りにくく、立証は患者側の負担です。今回、原告は面談の録音を証拠にできましたが、それでも賠償は75万円にとどまりました。
構造3 「再生医療法に基づいて届け出ています」が、お墨付きに見える
免疫細胞療法を行うクリニックの多くは、「厚生労働大臣に認定された委員会の意見を聴き、再生医療等提供計画を厚生局に提出しています」と案内しています。これは事実で、法律上の義務です。しかし、この届出が意味することと意味しないことは、はっきり分けて理解する必要があります(図4)。
再生医療等安全性確保法は、細胞を加工して使う医療のリスクに応じて手続きを定めた法律です。日本再生医療学会は「安全上のリスクに応じて分類され、有効性に関する基準ではありません」と明言しています。がん免疫細胞療法が属する第三種は「リスクの低いもの」とされ、審査を行う認定再生医療等委員会は病院だけでなく一般社団法人などでも設置でき、委員5名以上で成立します。厚生労働省の事例解説書(第6版、2026年3月30日)は、再生医療等提供計画について国や厚労省が特別なお墨付きを与えているかのような広告を、誇大広告として明記しました。
この制度の弱さは、国立がん研究センターの研究チームが2023年に具体的に示しています。第二種再生医療等の治療計画を調べたところ、25.1%の計画で安全性の科学的根拠に疑義があり(添付文献なし、ハゲタカジャーナル論文の引用など)、30.0%で対象疾患と医師の専門性が一致せず、65.0%の計画は他の計画と同一名称で説明文書が複製されていました。さらに、計画の作成を支援する企業が、その計画を審査する委員会の運営にも関与する「独立・公正な審査を期待できない三者関係」が確認され、実施機関のウェブサイトの51.9%に「厚生労働省の承認を得ている」「国が認定した委員会の厳しい審査をクリアして行う」といった表現がありました。2022年末時点で治療(ほぼ自由診療)の提供計画は5,013件、臨床研究はわずか104件です。法律は2025年5月31日に改正され、委員会設置者への立入検査や欠格事由が整備されましたが、「届出=効く」ではないという点は変わっていません。
構造4 「治療がない」と言われた後に現れる
今回の女性は、副作用が強く標準治療を中止した後にANK療法を知りました。自由診療の勧誘が最も入り込みやすいのは、まさにこの「標準治療が終わった」と告げられた時期です。
国立がん研究センターの研究チームが日本臨床腫瘍学会の会員医師828人に行った調査(2024年4〜6月実施、2025年10月発表)では、63.4%の医師が過去1年間に患者から「先端的医療を標榜するエビデンス不明な高額自由診療」について相談を受け、76.4%がそうした医療を否定的に評価し、治療効果を得られた患者はいないだろうという回答が88.0%でした。もし自分ががんになったら受けると答えた医師は1.8%。ところが、患者から相談された場面では、標準治療が残っている状況で反対する医師は64.6%いたのに対し、標準治療が尽きた状況では反対が30.2%に減り、63.5%が「中立」に転じていました。専門医自身は「効かない」と考えているのに、目の前の患者には反対しきれない。その空白に、「完治専門」という言葉が入り込みます。
構造5 裁判で取り戻せない
図7が今回の判決の骨格です。裁判所は説明義務違反を認めながら、「標準治療を断念していた原告が、効果が出る可能性がわずかであってもその可能性に賭けてANK療法を実施するとの選択をした蓋然性は相応にある」として、治療費との因果関係を否定しました。わかりやすく言えば、「正しく説明されても、あなたはどのみち受けたでしょう」という判断です。これは民事の損害賠償の枠組みでは珍しくない考え方ですが、患者の側から見れば、正しい説明を受ける権利を侵害されたのに、その説明が自分の決断を変えたかどうかまで証明しなければ、お金は戻らないという構造になります。
もう一つ、法律上の空白があります。自由診療のうち美容医療は2017年12月から特定商取引法の「特定継続的役務」に加えられ、クーリングオフや中途解約の権利が法律で保障されました。しかし、がん治療の自由診療はこの対象に入っていません。今回のように「その場で契約し、1クール分を前払い」という流れになっても、法律上の無条件解約権はないのです。消費者契約法には、不実の告知や、不安をあおる勧誘によって結んだ契約を取り消せる規定があり、患者と医療法人の診療契約も消費者契約にあたりますが、要件が細かく、自力での交渉は容易ではありません。
SECTION 06 行政は何をしているか、どこまでできるか
「野放しなのか」と言えば、そうではありません。ここ数年で監視の仕組みはかなり強化されています。ただし、その射程を知っておくことが、自分で身を守るうえで役に立ちます。
医療広告ガイドラインとネットパトロール
厚生労働省の「医療機関ネットパトロール」は、一般からの通報と能動的な監視で医療機関のウェブサイト・X・Instagram・YouTube・TikTokを審査し、違反があれば医療機関に通知して改善を求め、2回確認しても改善しなければ所管自治体に指導を依頼します。2025年度は2026年2月28日時点で1,842サイトに5,225件の違反があり、389サイトが2回の確認後も未改善・改善不足で、377サイトが自治体に引き継がれました。2025年度からはAIによる違反検出も本格化し、能動監視のテーマには「がん」「再生医療」「オンライン診療」が含まれています。
2026年3月30日には医療広告等ガイドライン・Q&A・事例解説書(第6版)が改正され、SNSや動画の事例、限定解除要件を満たさない自由診療の事例、再生医療等提供計画を「お墨付き」のように見せる誇大広告の事例が追加されました。うそや大げさな表示を見つけたら、誰でも通報できます(通報先はSECTION 10)。ただし繰り返しになりますが、この仕組みが見ているのは「表示」であって、診察室の言葉ではありません。
再生医療等安全性確保法と緊急命令
再生医療法は2025年5月31日に改正法が施行され、細胞加工物を用いない遺伝子治療も対象に加わり、認定再生医療等委員会の設置者への立入検査や欠格事由が整備されました。届出済みの再生医療で重い健康被害が起きた場合には、国が提供の一時停止を命じることができ、実際に2024年10月(敗血症)、2025年8月(慢性疼痛に対する脂肪由来幹細胞投与中の死亡)に緊急命令が出ています。「届出をしているから安全」ではなく、「届出をしているから、事故が起きたときに国が止められる」というのが、この法律の実際の役割です。なお、手続きを経ずに第三種再生医療等を提供した場合の罰則は50万円以下の罰金にとどまります。
消費者契約法・医療安全支援センター
診療契約も消費者契約です。消費者契約法には、重要事項について事実と異なることを告げられて誤認した場合や、不安をあおる勧誘で困惑して契約した場合に契約を取り消せる規定があり、2023年6月の改正で、退去しにくい場所での勧誘や、相談の連絡を妨げる行為も対象に加わりました。ただし、医療契約への適用は個別の事情によるため、実際には消費生活センターや弁護士への相談が必要です。また、医療法に基づき都道府県や市には医療安全支援センター(医療安全相談窓口)が置かれ、中立の立場で相談に応じています。福岡市では各区の衛生課が窓口です。仲裁や処分はできませんが、「どこに何を言えばよいか」を整理する助けになります。
SECTION 07 「標準治療をやめて自由診療へ」が命に関わる理由
自由診療の免疫細胞療法そのものは、重い副作用の報告が少ない治療です。では何が問題なのか。最大の害は、治療そのものの毒性ではなく、「標準治療を受けないこと」「受ける時期が遅れること」です。
米国の全国がんデータベースを使った2018年の研究では、治る可能性のあるがん(乳がん・前立腺がん・肺がん・大腸がん)で標準治療を断り代替医療だけを選んだ280人は、標準治療を受けた560人と比べて死亡リスクが2.50倍、乳がんでは5.68倍でした。標準治療に補完医療を「併用」した258人を調べた研究でも死亡リスクは2.08倍でしたが、その差は、補完医療を使った人が手術・抗がん剤・放射線・ホルモン療法のいずれかを断る割合が高かったことで説明されました。つまり、「併用するだけなら害はない」とも言い切れず、併用が標準治療を断る入口になりやすいのです。
日本でも、がんセンターと緩和ケア病棟の患者3,100人を対象にした全国調査で、がん患者の44.6%が何らかの補完代替医療を使っており、化学療法の経験、緩和ケア病棟への入院、若い年齢、高い学歴などがその利用と関連していました(2005年)。「自分だけは引っかからない」と考える人ほど、情報を集めた末に選んでいるのが実態です。先に触れた腫瘍内科医の調査では、自由診療を受けた患者に治療効果を得られた人はいないだろうと答えた医師が88.0%にのぼる一方、自由記述には、自由診療で起きた有害事象の対応を保険診療の病院が引き受けている現状を問題視する声が多数寄せられていました。効かなかった後、体調を崩した後に戻ってくる先は、結局、標準治療を行っていた病院と、私たちのような在宅の医療機関です。
この記事が言っていないこと
「自由診療を受ける人は愚かだ」とは言っていません。標準治療が尽きた後に「何かしたい」と思うのは自然な感情で、その気持ちに寄り添わない医療の側にも責任があります。この記事が言っているのは、「完治」「必ず」「私を信じて」という言葉には根拠がなく、その言葉を信じても法律も裁判も守ってくれない、だから確かめ方を知っておこう、ということです。
SECTION 08 引っかからないために――勧誘で使われる言葉の早見表
今回の報道で出てきた言葉を中心に、自由診療の勧誘でよく使われる言い回しを、「その言葉が本当ならどう確かめられるか」と並べました。
| 言われた言葉 | 本当なら、こう確かめられる | 確かめ方・注意点 |
|---|---|---|
| 「うちは完治専門です」 | 完治率と、その根拠(対象・人数・追跡期間)が示せる。 | 危険信号がんの種類と進行度で治る見込みは決まる。数字を示せなければ言葉だけ。 |
| 「ほとんど治ります」「私を信じてください」 | 「ほとんど」の分母と分子を紙で示せる。 | 危険信号根拠でなく人柄で説得しようとする言葉。握手や「信じて」は判断材料にならない。 |
| 「あらゆるがんに有効」 | がん種ごとの比較試験がある。 | 危険信号効く薬ほど「効くがん」が絞られる。全部に効く治療は、証明された範囲では存在しない。 |
| 「副作用はほとんどありません」 | 有害事象の一覧と頻度が説明文書にある。 | 確認免疫細胞療法は重い副作用が少ないのは事実。ただし「害が少ない」と「効く」は別の話。 |
| 「厚生労働省に届け出ています」「国が認定した委員会の審査を通っています」 | 届出は事実。ただしそれは安全手続きで、効果の証明ではない。 | 確認「届出=お墨付き」に見せる表示は誇大広告。届出番号は e-再生医療 で照会できる。 |
| 「症例報告があります」「論文があります」 | 対照群のあるランダム化比較試験か、少なくとも比較研究がある。 | 確認症例報告はレベル5。「論文がある」だけでは根拠にならない。雑誌名と対照群の有無を聞く。 |
| 「病院ではもう治療がないと言われたでしょう」 | ―― | 危険信号不安を足がかりにする勧誘。「治療がない」のではなく「治すための治療が終わった」だけで、症状を和らげる医療は続く。 |
| 「標準治療は毒です」「抗がん剤は効かない」 | ―― | 危険信号標準治療を断らせる言葉。断ると死亡リスクが2倍以上になる(図8)。 |
| 「今日決めれば間に合います」 | ―― | 危険信号その場で契約させる言葉。がんの自由診療にクーリングオフはない。必ず持ち帰る。 |
| 「1クール◯◯万円です」 | 効かなかった場合に何クール想定しているか、やめる基準が書面にある。 | 確認「もうワンクールかな」が続く構造。総額とやめどきを最初に紙で決める。 |
| 「ハーセプチンを併用すると効果が高まります」 | その薬の適応(対象となるがんのタイプ)に自分が合っている。 | 確認今回、原告にはハーセプチンの適応がなかった。保険承認薬でも適応外なら意味がない。 |
| 「芸能人(元選手)も受けています」 | ―― | 危険信号体験談は広告として禁止されている類型。有名人の回復は治療の証明にならない。 |
SECTION 09 契約する前に確かめる10の質問
自由診療を「絶対に受けるな」とは言いません。ただ、受けるなら次の10項目を、できれば書面で確かめてください。1つでも答えが返ってこなければ、その日に契約しないことをお勧めします。
- 1この治療で、私と同じがん・同じ進行度の人の生存期間が延びたという比較試験はありますか。「症例報告」「体験談」「奏効率」ではなく、対照群のある試験かどうかを聞く。
- 2効かない場合は、いつ、何を基準にやめますか。画像や腫瘍マーカーで判定する時期と、やめる基準を書面に。
- 3総額はいくらで、何クールを想定していますか。「もうワンクール」が続く構造を、最初に断つ。
- 4この治療を受けている間、病院の主治医との連携はどうしますか。治療内容を主治医に文書で報告してくれるか。断られたら要注意。
- 5重い副作用が出たとき、夜間・休日は誰が診ますか。自由診療クリニックの多くは入院設備がなく、結局は保険診療の病院が引き受けている。
- 6説明文書と同意書を持ち帰って、家族や主治医に見せてよいですか。持ち帰りを渋る医療機関は選ばない。
- 7再生医療等提供計画の番号を教えてください。e-再生医療(厚生労働省)で計画名・説明文書が公開されている。「厚労省の承認」と言われたら、それは違う。
- 8この治療を、あなた自身や家族が同じ状況ならどうしますか。腫瘍内科医の調査では、自分なら受けると答えた医師は1.8%だった。
- 9標準治療を続けながら(または再開しながら)受けられますか。「標準治療をやめて」が条件なら受けない。
- 10セカンドオピニオンを、がん診療連携拠点病院で聞いてから決めてよいですか。がん情報サービスも、研究段階の医療を熟知した医師へのセカンドオピニオンを勧めている。
SECTION 10 もう受けてしまった・家族が受けようとしているとき
すでに契約した、あるいは家族が今まさに決めようとしている――そのときに使える窓口を整理します。すべて無料または低額で、患者本人でなくても相談できます。
| 窓口 | できること | 連絡先・アクセス |
|---|---|---|
| がん相談支援センター(がん診療連携拠点病院に設置) | 治療の選択、セカンドオピニオンの受け方、自由診療について迷っているときの相談。その病院にかかっていなくても利用できる。 | 全国の拠点病院に設置。福岡県内の一覧はがん情報サービス(ganjoho.jp)の「がん相談支援センターを探す」から。 |
| 病院の主治医・在宅の医師 | 自由診療を受けたい/受けている事実を伝え、体調管理と連携を頼む。 | 隠さず話すことが一番の安全策。当院も相談を受けている。 |
| 医療安全相談窓口(医療安全支援センター) | 医療機関とのトラブルについて中立の立場で助言。仲裁・処分はできない。 | 福岡市:医療機関のある区の衛生課(市外の医療機関は福岡県の窓口)。 |
| 消費者ホットライン | 契約・返金のトラブル。消費者契約法による取消しの可能性など。 | 電話 188(いやや)。最寄りの消費生活センターにつながる。 |
| 医療機関ネットパトロール(厚生労働省) | ホームページ・SNS・動画の「うそや大げさな表示」を通報。 | https://iryoukoukoku-patrol.mhlw.go.jp/(2025年6月以降、旧「.com」のサイトは厚労省と無関係)。 |
| 弁護士会の法律相談 | 説明義務違反、返金交渉、訴訟の見通し。 | 福岡県弁護士会など各地の弁護士会。録音・説明文書・領収書をそろえて相談。 |
相談の順番としては、まず今の主治医か在宅の医師に事実を話すことをお勧めします。今回の判決でも、クリニック側との面談を録音していたことが説明義務違反の認定につながりました。説明文書、同意書、領収書、やりとりの記録は捨てずに残してください。
「治療がない」と告げられた後の医療を、先に見せておく
訪問診療をしていると、自由診療の話は、病院で「これ以上の治療はない」と言われた直後の家庭で出てきます。当院が大事にしていることを4つ書きます。
- 1「治療がない」ではなく「治すための治療が終わった」と言い換える――痛み・息苦しさ・食べられないことに対する医療は、標準治療が終わった後も続きます。ここが空白に見えると、「完治専門」という言葉が入り込みます。当院では、標準治療の終わりを告げられたご家庭に、これから受けられる医療を先に具体的に説明します。
- 2自由診療を受けたい・受けていると聞いたら、反対から入らず、まず病院の主治医と当院の両方が知っている状態をつくる――隠されるのがいちばん危険です。治療内容、点滴の日程、体調の変化を共有し、体調を崩したときに誰が診るかを先に決めます。
- 3お金の話を診察室でする――総額、クール数、やめる基準を、ご本人とご家族と一緒に紙に書きます。「もうワンクール」が続くのを止められるのは、最初の一枚です。
- 4「完治」「必ず」「私を信じて」の3語が出たら、その日は契約しないよう家族に伝える――医学的な根拠を示せる医師は、この3語を使いません。持ち帰って、拠点病院のがん相談支援センターか当院に相談してから決めてください。
SECTION 11 よくある質問
Q1免疫細胞療法は「効かない」と証明されているのですか。
A「効かない」と証明されたわけではなく、「効くと言える段階にない」というのが正確です。対照群のある比較試験で生存が延びたという証拠がなく、学会ガイドラインも「有効性は未確定」としています。証明されていない治療に数百万円を払うかどうかは、本人の判断ですが、少なくとも「治る」「ほとんど治る」という説明は根拠がありません。
Q2「厚生労働省に届け出ている」と言われました。国が認めた治療ではないのですか。
A違います。再生医療等安全性確保法の届出は、細胞を扱う安全手続きを守っていることを示すもので、効果を国が確認したものではありません。「国の承認」「お墨付き」のように見せる表示は、厚生労働省の事例解説書で誇大広告に分類されています。届出番号は e-再生医療(厚生労働省)で誰でも照会できます。
Q3標準治療を続けながら、免疫細胞療法を併用するなら問題ないですか。
A毒性の面では大きな問題は報告されていません。ただし米国の研究では、補完医療を併用した人ほど手術・抗がん剤・放射線・ホルモン療法のどれかを断る割合が高く、それが死亡リスク2倍の主因でした。併用するなら、標準治療を一切減らさないこと、主治医に必ず伝えること、総額とやめどきを最初に決めることが条件です。
Q4すでに1クール分を前払いしました。返してもらえますか。
Aがん治療の自由診療にはクーリングオフがなく、法律上の無条件解約権はありません。ただし、未実施分の返金は契約内容によりますし、事実と異なる説明や不安をあおる勧誘があった場合は消費者契約法による取消しを主張できる可能性があります。説明文書・同意書・領収書・録音を保管し、消費者ホットライン(188)や弁護士会に相談してください。
Q5家族が「病院はもう何もしてくれない」と自由診療に傾いています。どう話せばいいですか。
A「やめなさい」から入ると、隠れて受けるようになります。まず「治療がない」のではなく「治すための治療が終わっただけで、楽に過ごすための医療は続く」ことを、主治医や在宅の医師から本人に説明してもらってください。そのうえで、SECTION 09の10の質問を一緒に持って行き、答えが返ってこなければ契約しない、と約束するのが現実的です。
Q6YouTubeやSNSで有名人が「この治療で治った」と言っています。信じてはいけませんか。
A一人の回復は、その治療が効いた証明にはなりません(同じ時期に受けた標準治療、がんの性質、偶然の影響を分けられないためです)。医療機関が体験談を広告に使うことは省令で禁止されており、有名人の動画を入口にした勧誘は、今回の事件でも起きています。動画で知った治療ほど、がん相談支援センターで一度確かめてください。
SECTION 12 ご利用・採用のご案内
ふくろう訪問クリニックは福岡市早良区を拠点に、がんの緩和ケア、難病、精神科、認知症の訪問診療を行っています。「病院で治療は終わりと言われた」「自由診療を受けるか迷っている」というご相談も、ご本人・ご家族からお受けしています。
ふくろう訪問クリニック
訪問診療・往診(福岡市早良区を中心に)
- がんの緩和ケア(痛み・息苦しさ・食事の相談、在宅での看取り)
- 難病(ALS・パーキンソン病など)の在宅医療
- 精神科・認知症の訪問診療
- 「治療が終わった」と言われた後の医療の相談、自由診療についてのセカンドオピニオン的な相談
病院の主治医と連携する「二人主治医」の形で関わります。まずはお電話ください。
電話 092-407-7337 https://fukurou.fukuoka.jp/
ふくろう訪問看護リハビリステーション
訪問看護・訪問リハビリ
- がん末期・難病の医療保険での訪問看護(週4日以上・1日複数回にも対応)
- 点滴・服薬管理・体調観察と、主治医への報告
- 理学療法士・作業療法士によるリハビリ
- ご家族の介護負担・レスパイトの相談
自由診療を受けている方の体調観察も、主治医と共有しながらお受けします。
電話 092-834-8581(平日9:00〜18:00) https://nurse-fukurou.jp/
根拠のある医療を、家で続ける仲間を募集しています
※入職祝い金は人材紹介会社を通さない直接応募の方が対象です(紹介手数料がかからない分を還元する趣旨です)。
SECTION 13 参考文献・参考資料
- 弁護士JPニュース「『うちは完治専門』医師の言葉信じ“がん患者”が440万円自由診療受け転移…裁判所は“説明義務違反”認めたが賠償額75万円、原告『納得できない』」2026年9月7日. https://www.ben54.jp/news/3886
- 朝日新聞「『あらゆるがんに有効』と説明 医師の義務違反を認め賠償命じる判決」2026年8月27日.
- 国立がん研究センター がん情報サービス「免疫療法」「免疫療法 もっと詳しく」. https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/immunotherapy/index.html
- 日本臨床腫瘍学会編『がん免疫療法ガイドライン 第3版』金原出版, 2023年3月.
- Park H, Kim G, Kim N, Ha S, Yim H. Efficacy and safety of natural killer cell therapy in patients with solid tumors: a systematic review and meta-analysis. Front Immunol. 2024;15:1454427. doi:10.3389/fimmu.2024.1454427. PMID 39478866.
- Ikka T, Hatta T, Katsumata N, Takayama T, Shimoi T, Fujita M. Oncologists’ Views and Communication Practices Regarding Unproven High-Cost Cancer Interventions in Private Medical Practice: A Questionnaire Survey. Cancer Control. 2025. doi:10.1177/10732748251391856.(解説:国立がん研究センターがん対策研究所, 2025年12月15日更新. https://www.ncc.go.jp/jp/icc/bioeth-healthc-law/project/010/index.html)
- Ikka T, Fujita M, Hatta T, et al. Difficulties in ensuring review quality performed by committees under the Act on the Safety of Regenerative Medicine in Japan. Stem Cell Reports. 2023. doi:10.1016/j.stemcr.2023.01.013.(国立がん研究センター プレスリリース 2023年2月28日. https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0228/index.html)
- Johnson SB, Park HS, Gross CP, Yu JB. Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival. J Natl Cancer Inst. 2018;110(1):121-124. doi:10.1093/jnci/djx145. PMID 28922780.
- Johnson SB, Park HS, Gross CP, Yu JB. Complementary Medicine, Refusal of Conventional Cancer Therapy, and Survival Among Patients With Curable Cancers. JAMA Oncol. 2018;4(10):1375-1381. doi:10.1001/jamaoncol.2018.2487. PMID 30027204.
- Hyodo I, Amano N, Eguchi K, et al. Nationwide survey on complementary and alternative medicine in cancer patients in Japan. J Clin Oncol. 2005;23(12):2645-2654. doi:10.1200/JCO.2005.04.126. PMID 15728227.
- 厚生労働省「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告等ガイドライン)」最終改正 令和8年3月30日;「医療広告規制におけるウェブサイト等の事例解説書(第6版)」令和8年3月30日.
- 厚生労働省 第7回医療機能情報提供制度・医療広告等に関する分科会 資料2「ネットパトロール事業について(令和7年度)」令和8年3月26日. https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001680058.pdf
- 厚生労働省「医療機関ネットパトロール」通報サイト. https://iryoukoukoku-patrol.mhlw.go.jp/(旧ドメイン「iryoukoukoku-patroll.com」は令和7年6月以降、厚労省と無関係)
- 厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律について」(説明資料, 改正法 令和7年5月31日施行). https://www.mhlw.go.jp/content/001725058.pdf;e-再生医療「届出された再生医療等提供計画(治療)の一覧」 https://saiseiiryo.mhlw.go.jp/
- 日本再生医療学会 再生医療ポータル「再生医療の分類、第一種・第二種・第三種とは、どのような違いがありますか?」. https://saiseiiryo.jp/faq/detail/post_5.html
- 厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について」令和7年8月29日. https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_62642.html(同 令和6年10月25日の緊急命令も参照)
- 消費者庁「消費者契約法」(令和4年法律第59号による改正, 令和5年6月1日施行);政府広報オンライン「契約トラブルから身を守るために、知っておきたい『消費者契約法』」.
- 福岡市「医療安全相談窓口のご案内」. https://www.city.fukuoka.lg.jp/hofuku/hokensho/iyakumu/list/iryouanzensoudan_2.html;福岡県「医療安全相談窓口(医療安全支援センター)のご案内」.
本記事は2026年9月8日時点の報道・行政資料・医学文献に基づく一般向けの解説であり、個別の治療の可否を判断するものではありません。判決文は公開されておらず、事件の記述は報道された要旨によります。治療の選択は、必ず担当医・在宅の医師・がん相談支援センターにご相談ください。

