睡眠薬の使い分け
――「強さ」ではなく「機序」と「効いている時間」で選ぶ
「もっと強い睡眠薬に変えてほしい」。診察室でも、訪問先のご自宅でも、よく聞く言葉です。けれども睡眠薬は、強い・弱いの一本の物差しで並んでいるわけではありません。まったく違う場所に効く薬が5系統あり、しかも同じ系統の中では「効いている時間の長さ」が最大で20倍以上違います。この記事では、経口の睡眠薬をどう選び分けるのか、どの組み合わせに意味があってどの組み合わせが無意味あるいは危険なのかを、国内外のガイドラインと質の高い研究にもとづいて整理します。そして最後に、在宅医療の現場ではこの話がどう変わるのかを、一段深く扱います。
SECTION 01結論を3行で
- 睡眠薬は「強さ」で選ぶものではありません。「どの仕組みに効くか(機序)」と「何時間効いているか(半減期)」の2軸で選びます。寝つきが悪いのか、夜中に目が覚めるのかで、選ぶ薬は変わります。
- 系統をまたがない併用は、足し算になりません。同じ受容体に効く薬を2種類重ねても、効果はほとんど増えず、副作用だけが増えます。3種類以上の睡眠薬の同時処方には、診療報酬上のブレーキまでかかっています。
- 高齢の方では、得られる効果より起こる副作用のほうが「よく起こる」ことが分かっています。睡眠時間は平均で25分ほど延びますが、それを1人で実感できるのは13人に1人。一方で何らかの副作用は6人に1人に出ます。
SECTION 02まず、睡眠薬は5系統に分かれる
いま日本で処方される経口の睡眠薬は、大きく5つの系統に分けられます。系統が違うということは、脳のなかで働く場所そのものが違うということです。ここを押さえないと、「なんとなく強そうな薬」を足していく処方になってしまいます。
図1:①②は「覚醒を弱める・リズムを整える」方向、③④は「脳を鎮めて眠らせる」方向です。方向が違うので、効き方も副作用の出方もまったく異なります。
この10年で、世界的な位置づけは大きく動きました。かつて主役だったベンゾジアゼピン系は、耐性・依存・認知機能低下・転倒骨折のリスクから第一選択を外れています。日本睡眠学会の解説でも、非ベンゾジアゼピン系・メラトニン受容体作動薬・オレキシン受容体拮抗薬のなかから、不眠のタイプ・年齢・合併症・飲み合わせを考えて選ぶことが推奨されており、ベンゾジアゼピン系が第一選択から外された理由は「他のタイプより副作用のリスクが高いため」と明記されています。
SECTION 032つめの軸――「効いている時間」で選ぶ
系統が決まったら、次は時間です。寝つきが悪い(入眠困難)のか、夜中に何度も目が覚める(中途覚醒)のか、朝早く目覚めてしまう(早朝覚醒)のかで、必要な作用時間が変わります。短い薬を中途覚醒に使えば夜中に切れてしまいますし、長い薬を寝つきだけの問題に使えば翌朝に持ち越します。
図2:同じ「睡眠薬」でも、体から抜けるまでの時間は20倍以上違います。翌朝のだるさ・ふらつきの多くは、この時間が生活に合っていないことから起こります。
SECTION 04症状のタイプから選び方をたどる
実際の外来では、次のような順序で考えていきます。大切なのは、いちばん最初の分岐が「薬の選択」ではないということです。
図3:睡眠薬の選択は、この図の3段目でようやく登場します。1段目と2段目を飛ばした処方は、うまくいかないことが多いのです。
SECTION 05いま4剤ある「オレキシン受容体拮抗薬」の違い
この10年でもっとも大きく変わったのがこの系統です。オレキシンは、脳を「起きている状態」に保つ物質です。これをブロックする薬は、脳を鎮めて眠らせるのではなく、覚醒のスイッチを一時的にオフにして自然な眠りに移行させます。国内では2014年のスボレキサントに始まり、2024年9月にダリドレキサント、2025年8月にボルノレキサント(同年11月発売)が加わって、現在4剤が使えます。
| ベルソムラ (スボレキサント) | デエビゴ (レンボレキサント) | クービビック (ダリドレキサント) | ボルズィ (ボルノレキサント) | |
|---|---|---|---|---|
| 国内承認 | 2014年 | 2020年 | 2024年9月 | 2025年8月 (11月発売) |
| 1回量の目安 | 20mg (65歳以上は15mg) | 5mg (2.5〜10mg) | 50mg (25mgも可) | 5mg (2.5〜10mg) |
| 半減期の目安 | 約10時間 | 約50時間 | 約8時間 | 約2時間 |
| 向いている場面 | 寝つき+中途覚醒。 使用実績がいちばん長い | 中途覚醒・早朝覚醒が 強いとき | 翌日のだるさを 抑えたいとき | 寝つき中心で、 朝に残したくないとき |
| 強いCYP3A阻害薬 (クラリスロマイシン、 イトラコナゾール等) | 併用禁忌 | 併用注意 (2.5mgに減量) | 併用禁忌 | 併用禁忌 |
| 翌朝の運転 | 従事させない | 従事させない | 従事させない | 適否を慎重に判断 (眠気があれば不可) |
※画面が狭い場合は表を横にスクロールしてご覧ください。用量・注意事項は電子添文の記載にもとづく要約です。
4剤に共通する注意点
いずれも肝臓のCYP3Aという酵素で分解されるため、抗菌薬・抗真菌薬・一部の抗ウイルス薬・カルシウム拮抗薬などと重なると効きすぎることがあります。他院でもらった薬や、風邪で処方された抗生物質を含めて、必ずお薬手帳をお見せください。また4剤とも肝臓で代謝されるため、肝機能が落ちている方では減量や中止の判断が必要になります(デエビゴは重度肝機能障害では使えません)。
なお、ボルズィは発売から1年間は新薬の処方日数制限がかかり、2026年10月末までは原則14日分までの処方となります。長期処方をご希望の場合はご相談ください。
SECTION 06エビデンスはどこまで分かっているか
30種類の薬を並べて比べた大規模解析
2022年に医学雑誌ランセットに発表されたネットワークメタ解析は、この分野でもっとも包括的な比較研究です。154件の二重盲検ランダム化比較試験、44,089人分のデータを統合し、30種類の薬を互いに比較しました。
短期(おおむね4週間)の効果では、ベンゾジアゼピン系・エスゾピクロン・レンボレキサント・ゾルピデム・ゾピクロンなどがプラセボより有効でした(標準化平均差0.36〜0.83)。総合的な判断として、効果・受け入れやすさ・忍容性のバランスがもっとも良かったのはエスゾピクロンとレンボレキサントでしたが、エスゾピクロンは副作用が相応に多く、レンボレキサントは安全性データが結論を出すには不十分と評価されています。一方、メラトニンとラメルテオンは全体として明確な上乗せ効果を示しませんでした。そして重要な点として、ベンゾジアゼピン系とゾルピデムを長期に使うことを支持する根拠は不十分と結論づけられています。
この結果の読み方
「レンボレキサントが一番いい薬」という意味ではありません。この解析の対象は、うつ病や身体疾患を合併していない成人の不眠症です。合併症のある方、高齢の方、長年すでに服用している方には、そのまま当てはめられません。ガイドラインや大規模研究は「最初の一歩をどこに置くか」の地図であり、個人の処方箋ではない――ここが、この記事を通じていちばんお伝えしたいことです。
高齢者では、効果より副作用のほうがよく起こる
もうひとつ、避けて通れない研究があります。60歳以上の不眠症の方を対象とした24件の試験(2,417人)を統合したメタ解析です。結果は次のとおりでした。
図4:この研究は2005年の発表で、対象はベンゾジアゼピン系とZ薬が中心です。新しいオレキシン受容体拮抗薬にそのまま当てはまるわけではありませんが、「高齢者では効果と害を天秤にかける必要がある」という原則はいまも変わりません。
SECTION 07組み合わせの相性――足し算になる併用、ならない併用
ここが、この記事でもっともお伝えしたい部分です。睡眠薬は「効かないから足す」を繰り返すと、必ず行き詰まります。足していい組み合わせと、足しても意味のない組み合わせ、そして足してはいけない組み合わせがはっきり分かれているからです。
図5:「効かないからもう1種類」は、多くの場合いちばん上の帯(足し算にならない)に入ってしまいます。効かないときにまず考えるのは、追加ではなく「系統を変える」ことです。
制度も「3種類以上」を止めに来ている
診療報酬のブレーキ(令和8年度診療報酬改定・2026年6月1日施行)
- 3種類以上の睡眠薬、または抗不安薬と睡眠薬を合わせて4種類以上を1回に処方すると、処方料は18点に下がり、薬剤料も本来の8割で算定することになります(向精神薬多剤投与)。医療機関は、その状況を年4回、地方厚生局に報告する義務も負います。
- 不安や不眠に対してベンゾジアゼピン受容体作動薬を、同じ成分・同じ1日量で1年以上続けて処方している場合も、処方料は29点に下がります(向精神薬長期処方。通常は42点)。所定の研修を修了した医師の処方、または直近1年以内に精神科医の助言を得ている処方は対象外です。
- 逆に、種類数や1日量を減らせたときには、薬剤師・看護師に体調変化の確認を指示することで「向精神薬調整連携加算」12点が算定できます。減らす方向にインセンティブが置かれています。
これは事務的な話に見えて、実は臨床的なメッセージです。「多剤・長期は望ましくない」という判断が、点数の形で制度に書き込まれているということです。
SECTION 08薬より先に効くもの――そして「睡眠衛生」の意外な立場
慢性の不眠症に対する世界標準の第一選択は、薬ではなく不眠の認知行動療法(CBT-I)です。米国内科学会や欧州睡眠学会のガイドラインで第一選択と明記されており、治療をCBT-Iから始めたほうが、薬から始めるより8週後にも24週後にも良い結果が出ることが示されています。
2024年にJAMA Psychiatry誌に発表された、241試験・31,452人を統合した解析は、CBT-Iのどの要素が効いているのかを分解しました。結果は、多くの方の直感を裏切るものでした。
| CBT-Iの構成要素 | 寛解への寄与 | 内容 |
|---|---|---|
| 認知再構成 | 有効(1.68倍) | 「眠れないと明日が終わる」という考えの見直し |
| 第三世代の要素 | 有効(1.49倍) | マインドフルネス、眠れないことを受け入れる練習 |
| 睡眠時間制限法 | 有効(1.49倍) | 布団にいる時間を、実際に眠れている時間まで縮める |
| 刺激制御法 | 有効(1.43倍) | 眠くなってから床に就く、眠れなければ寝床を出る |
| 睡眠衛生指導 | 必須ではない(1.01倍) | いわゆる「快眠のコツ」。単独では効果を示さない |
| リラクセーション法 | かえって非効率かも(0.81倍) | 筋弛緩法など。「眠ろうと努力する」方向に働く可能性 |
ここは誤解されやすいところです。「寝室を暗くしましょう」「寝る前のスマホをやめましょう」といった睡眠衛生の助言は、それ自体が間違っているわけではありません。ただしそれだけを続けても不眠症は治りにくいことが、大規模な統合解析で示されたということです。効いているのは、むしろ「眠れないのに布団にいる時間を短くする」という、直感に反する介入のほうでした。
また、日本ではCBT-Iを提供できる医療機関がまだ限られ、対面のCBT-Iには公的医療保険が適用されていないのが現状です。実際には、薬物療法と並行して、要素の一部を診察のなかで取り入れていく形が多くなります。
SECTION 09やめ方――「自己判断でやめない」の中身
長く飲んでいる薬をやめたいというご相談は非常に多く、そしてこれが一番むずかしい部分です。急にやめると、もとの不眠より強い不眠(反跳性不眠)、不安、動悸、発汗、ふるえといった離脱症状が出ることがあります。これは「薬が必要な証拠」ではなく、「やめ方が急すぎた」という体のサインです。
図6:漸減法(少しずつ減らす)と隔日法(飲まない日を挟む)を組み合わせます。減らす途中で不眠が戻ったときこそ、CBT-Iの要素が力を発揮する場面です。
ご自身の判断で急に中止しないでください。とくにベンゾジアゼピン系を長期に服用している方では、突然の中止によってけいれんが起こることもあります。減らしたいというご希望は、それ自体がとても良い出発点です。ぜひ主治医にそのまま伝えてください。「やめたいと言うと怒られそう」と我慢される方がいますが、減薬は本来、医師の側から提案すべきことです。
在宅診療の現場では、この話がどう変わるか
ここからは、ご自宅で療養されている方、そのご家族、訪問看護に関わる方に向けて、一段深く踏み込みます。在宅では、睡眠薬をめぐる問題は「眠れるかどうか」ではなく、しばしば「夜中に転ぶかどうか」「翌日に食べられるかどうか」「介護しているご家族が眠れているかどうか」として現れます。
10-1|在宅では、睡眠薬の害は「転倒」の形で現れる
病院の夜と、ご自宅の夜はまったく違います。病院にはナースコールがあり、ベッド柵があり、廊下には手すりがあり、夜勤の看護師がいます。ご自宅にはそのどれもがないことが多い。同じ薬を同じ量で飲んでも、結果として起こることが違うのです。
日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」では、ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬について、認知機能低下・転倒骨折・日中の倦怠感のリスクから可能な限り使用を控え、とくに長時間作用型は使用すべきでないとされています(エビデンスの質:高、推奨度:強)。非ベンゾジアゼピン系(Z薬)にも転倒骨折のリスクが報告されており、漫然と長期投与せず少量にとどめるよう求められています(エビデンスの質:中、推奨度:強)。「マイスリーだから安全」ではないということです。
10-2|訪問でまず確かめるのは、薬ではなく「眠れない理由」
「夜眠れないので睡眠薬を」というご依頼をいただいたとき、私たちがまず確認するのは処方内容ではありません。眠りを妨げている身体的な原因が、ご自宅にはたくさん隠れているからです。
| 確認すること | 見つかったときにすること |
|---|---|
| 夜間の排尿回数 | 心不全・前立腺肥大・利尿薬の内服時刻・夕方以降の水分量を見直す(ただし高齢者では脱水にも注意) |
| 痛み・かゆみ | 夜間の疼痛は日中より訴えにくい。鎮痛薬の内服時刻を就寝前にずらすだけで眠れることがある |
| 息苦しさ | 心不全の起坐呼吸、COPD。姿勢の工夫・酸素流量・利尿薬の調整が先 |
| 脚のむずむず感 | レストレスレッグス症候群。鉄欠乏や腎機能低下が背景にあることが多く、採血で確認する |
| いびき・無呼吸 | 睡眠時無呼吸。ここに睡眠薬を足すと、かえって呼吸が浅くなる |
| 夜中に大声・体が動く | レム睡眠行動障害。パーキンソン病やレビー小体型認知症の前触れのことがある |
| 早朝覚醒+食欲低下 | うつ病を疑う。睡眠薬ではなく抗うつ薬とケアが必要な状態 |
| 便秘 | 腹部不快で眠れないことは高齢者では珍しくない。排便コントロールが眠りを変える |
この表の1行が当たっただけで、睡眠薬が不要になることは決してまれではありません。
10-3|せん妄のリスクがある方では、薬の選び方が変わる
入院や急な体調の変化をきっかけに、夜になると混乱したり、いないはずの人が見えたりする――これがせん妄です。在宅でも、感染・脱水・便秘・尿閉・骨折・薬剤変更のあとに起こります。
ここでベンゾジアゼピン系を使うと、せん妄を悪化させることがあります。一方、メラトニン受容体作動薬ラメルテオンについては、65〜89歳の入院患者を対象としたランダム化比較試験でせん妄の発生が有意に減ったこと(2014年)、オレキシン受容体拮抗薬スボレキサントでも同様の報告があること(2017年)が知られています。
ただし正直に付け加えなければならないのは、より規模の大きい検証では結論が変わっているということです。2024年にJAMA Network Open誌に発表された全国50施設・203人の第III相二重盲検ランダム化比較試験では、スボレキサント15mg群のせん妄発生は16.8%、プラセボ群26.5%と数字の上では少なかったものの、統計学的には有意差がつきませんでした(p=0.13)。「効かない」と示されたのではなく、「この規模では確からしさを言い切れなかった」という結果です。
それでも実務としては、せん妄リスクのある方の不眠にベンゾジアゼピン系を選ばないという方針は動きません。ラメルテオンやオレキシン受容体拮抗薬を選ぶ理由は「せん妄を確実に防げるから」ではなく、「せん妄を悪化させにくいから」です。
10-4|認知症の方の「夜眠らない」は、夜の問題ではないことが多い
「夜中じゅう起きていて困る」というご相談で、24時間の過ごし方をうかがうと、日中に何時間も傾眠されていることがよくあります。これは「夜眠れない」のではなく、睡眠が24時間のなかで散らばっている状態です。ここに睡眠薬を足すと、日中の傾眠がさらに深まり、夜の覚醒はむしろ増えます。
見るべきは夜ではなく、朝と昼です。朝にカーテンを開けて光を入れる、日中に離床する時間をつくる、デイサービスや訪問リハビリの日を確保する。地味ですが、薬より確実に効くことがあります。行動・心理症状(BPSD)に対しては抑肝散が使われることもありますが、これも万能ではなく、低カリウム血症などの副作用の確認が必要です。
10-5|「飲み込めるか」「つぶせるか」が、選択肢を決めることがある
在宅では、薬理学的にいちばん良い薬が、その方にとって使えないことがしばしばあります。嚥下機能が落ちている方、胃ろうや経鼻胃管から薬を入れている方、介護者が朝まとめて一包化された薬を管理している方――こうした場面では、剤形の性質が処方を決めます。
たとえばオレキシン受容体拮抗薬でも、デエビゴ(レンボレキサント)は一包化も粉砕も可能ですが、ベルソムラ(スボレキサント)は光と湿度に弱く、一包化も粉砕もできません。経管栄養の方に簡易懸濁法で投与する場合や、ご家族が一包化を希望される場合には、この違いがそのまま選択の決め手になります。「効き方は似ているのに、この方にはこちらしか使えない」という判断は、外来ではあまり出てこない在宅特有のものです。
また、就寝直前に飲む薬という性質上、「誰が、何時に、どうやって飲ませるのか」が成立しなければ処方は絵に描いた餅になります。夕食後の内服にまとめられている睡眠薬が、実は17時に飲まれていて夜中に切れている――訪問して初めて分かることです。私たちが処方を考えるとき、薬剤名と同じくらいの重さで、その方のご自宅の1日の流れを見ています。
10-6|持病によって、避けたほうがよい薬がある
| 状態 | 考え方 |
|---|---|
| COPD・重い呼吸器疾患 | ベンゾジアゼピン系は呼吸を抑える方向に働きます。オレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬を優先します |
| 睡眠時無呼吸 | まず無呼吸そのものの評価と治療を。眠れないからと睡眠薬を足すのは逆効果になりえます |
| パーキンソン病 | 夜間の動きにくさ、レム睡眠行動障害、抗パーキンソン病薬の内服時刻がからみます。睡眠薬より先に服薬時刻の組み直しを検討します |
| 肝機能の低下 | 睡眠薬の多くは肝臓で代謝されます。減量が必要になり、デエビゴは重度肝機能障害では使えません |
| 転倒歴・骨粗鬆症 | 1回の転倒が寝たきりの入口になりえます。ベンゾジアゼピン系・Z薬は避ける方向で考えます |
| 前立腺肥大・緑内障 | 抗ヒスタミン薬(市販の睡眠改善薬を含む)は尿閉・眼圧上昇の原因になりえます |
10-7|減らすときは、多職種で受け止める
在宅での減薬は、外来より条件が良い面があります。訪問看護師が週に何度も訪問し、減らした翌日の様子を実際に見ることができるからです。「夜は眠れましたか」と電話で聞くより、朝の表情、ふらつきの有無、食事の進み具合を見たほうがはるかに確かです。
診療報酬上も、種類数や1日量を減らしたときに薬剤師・看護師へ体調確認を指示すれば「向精神薬調整連携加算」(12点)が算定できる仕組みになっており、この加算の指示にあたっては「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」等を参考にすることが通知に明記されています。制度の側も、減薬は医師ひとりでやるものではないという前提に立っています。
訪問時に共有していただきたい観察点は次のとおりです。
- 起き上がったとき、トイレに立ったときのふらつき(減薬より、開始・増量の直後に出やすい)
- 朝の会話の質。受け答えが遅い、話が噛み合わないは持ち越しのサイン
- 日中の傾眠時間。夜の眠りと必ずセットで見る
- 食事量の変化。翌日のだるさは、まず食欲に出ることがあります
- 転倒・ヒヤリハットの有無。1回でも起きたら処方の見直しの合図です
10-8|終末期の不眠――「眠らせる薬」と「眠れる薬」は違う
看取りの時期が近づくと、眠れない夜が増えることがあります。ここでの私たちの原則は、まず「眠れない理由」を取り除きにいくことです。痛み、息苦しさ、吐き気、口の渇き、体の位置がつらい、便が出ていない、尿がたまっている――これらが取れたとき、薬を足さなくても眠れることは少なくありません。
それでも苦痛が強いときには、持続皮下注を含めた方法で、症状そのものを和らげる選択肢があります。ただしこれは「眠らせる」ことが目的ではなく、苦痛を取った結果として眠れるという順序です。ご家族から「もう眠らせてあげてほしい」というお気持ちを伺うことがあります。そのお気持ちは自然なものですし、否定するものでもありません。だからこそ、何を目指しているのかを言葉にして、ご本人・ご家族・訪問看護師・私たちで共有しておくことが大切になります。
これは、いわゆる人生会議(ACP)の一部です。眠りの話は、その入口としてはとても入りやすいテーマでもあります。「夜が心配です」というひと言から、この先どう過ごしたいかという話に自然につながっていくことを、私たちは何度も経験しています。
SECTION 11場面別・早見表
| こんなとき | 考え方 |
|---|---|
| 寝つきに30分以上かかる | 立ち上がりが速く、翌朝に残らないタイプへ。あわせて「眠くなってから床に就く」を試す |
| 夜中に何度も目が覚める | 作用が明け方まで届くタイプへ。ただし夜間頻尿・痛み・無呼吸の確認が先 |
| 朝早く目が覚めてしまう | 薬を増やす前に、うつ病と体内時計の前倒しを確認する |
| 翌朝のだるさがつらい | 効き目が長すぎる可能性。減量か、半減期の短い薬への変更を相談する |
| 日中に車の運転が必要 | 睡眠薬は原則すべて注意が必要。運転する日があることを必ず医師に伝える |
| 高齢で転倒が心配 | ベンゾジアゼピン系・Z薬は避ける方向で。夜間のトイレ動線に手すりと足元灯を |
| 入院や手術の予定がある | せん妄リスクを踏まえた薬の選び直しを、入院前に相談しておく |
| 抗菌薬・抗真菌薬が出た | オレキシン受容体拮抗薬との飲み合わせを確認。薬局にもお薬手帳を必ず提示する |
| 晩酌の習慣がある | お酒と睡眠薬は併用しない。寝酒は眠りを浅くし、中途覚醒を増やします |
| 10年以上同じ薬を飲んでいる | 急にやめない。減らしたい意思を主治医に伝え、年単位の計画を立てる |
SECTION 12よくあるご質問
Q1. 睡眠薬は癖になりますか。
系統によって大きく違います。ベンゾジアゼピン系と非ベンゾジアゼピン系(Z薬)は、耐性(だんだん効かなくなる)と依存が問題になります。オレキシン受容体拮抗薬とメラトニン受容体作動薬は、これらが起こりにくいとされています。「睡眠薬=癖になる」とひとくくりにして怖がる必要はありませんが、「どの薬を飲んでいるか」は知っておいてください。
Q2. 「もっと強い薬にしてほしい」と言えば変えてもらえますか。
「強い薬」という並びが存在しないので、そのままではお応えできません。ただし「寝つきが悪いのか、夜中に目が覚めるのか」「翌朝に残るのか残らないのか」を教えていただければ、選び直しはできます。困っている中身を具体的に伝えていただくほうが、はるかに早く解決に近づきます。
Q3. 市販の睡眠改善薬ではだめですか。
市販の睡眠改善薬の主成分はジフェンヒドラミンという抗ヒスタミン薬で、適応は「一時的な不眠」に限られます。不眠症と診断された方は対象外です。また抗コリン作用があるため、高齢の方では口の渇き・便秘・尿が出にくい・もうろうとするといった症状の原因になることがあります。2〜3回使って改善しない不眠は、市販薬で押し切らず受診してください。
Q4. 飲んだのに眠れないとき、もう1錠飲んでいいですか。
追加しないでください。指示された量を超えると、翌朝の持ち越し・ふらつき・記憶の抜けが起こりやすくなります。オレキシン受容体拮抗薬には1日の上限量が定められており、それを超えると効果が増えるどころか副作用だけが増えます。眠れない夜が続いたことを、次の診察でそのまま伝えていただくのがいちばんの近道です。
Q5. お酒と一緒ではだめですか。
だめです。もっとも事故につながりやすい組み合わせです。記憶が抜ける、夜間の転倒、呼吸が浅くなるといったことが起こります。また、寝酒そのものが眠りを浅くし、夜中に目が覚める原因になります。「眠るためにお酒を飲む」習慣がある方は、それ自体が治療の対象になりうるとお考えください。
Q6. 何年も飲んでいます。やめるべきでしょうか。
「やめるべき」とは申しません。ただ、いま飲んでいる量が本当に必要かどうかを一度確かめることには、大きな意味があります。何年も同じ量が続いている場合、当初の必要量ではなく「変える機会がなかった量」であることが少なくないからです。減らせるかどうかは、実際に少しずつ試してみないと分かりません。急にやめないことだけは、必ず守ってください。
睡眠のことでお困りの方へ
ふくろう訪問クリニックでは、福岡市早良区を中心に訪問診療を行っています。精神科・認知症・緩和ケア・神経難病を専門領域としており、ご自宅での不眠、夜間せん妄、睡眠薬の見直しや減薬のご相談もお受けしています。
次のような場合は、一度ご相談ください。
- 睡眠薬を飲むようになってから、ふらつきや朝のだるさが出てきた
- 睡眠薬が3種類以上出ている、または10年以上同じ薬が続いている
- 夜になると混乱する、いないはずの人が見えると言う
- 介護しているご家族のほうが眠れていない
- 減らしたいけれど、どう相談すればよいか分からない
通院がむずかしくなってきた方には、訪問診療という選択肢があります。お気軽にお問い合わせください。
参考文献
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- 日本老年医学会・日本医療研究開発機構研究費「高齢者の薬物治療の安全性に関する研究」研究班 編.高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015.メジカルビュー社.2015.
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- 厚生労働省.令和8年度診療報酬改定.F100 処方料/F400 処方箋料(向精神薬多剤投与・向精神薬長期処方・向精神薬調整連携加算に関する告示および通知).2026年6月1日施行.
- 厚生労働省.重篤副作用疾患別対応マニュアル(薬物依存症).令和4年2月改定.
- ベルソムラ錠 電子添文(MSD株式会社)/デエビゴ錠 電子添文(エーザイ株式会社、2025年12月改訂 第4版)/クービビック錠 電子添文(塩野義製薬株式会社、2024年9月24日承認)/ボルズィ錠 電子添文(大正製薬株式会社、2025年8月25日承認)
- 大正製薬株式会社.不眠症治療薬「ボルズィ錠2.5mg, 5mg, 10mg」の国内製造販売承認取得のお知らせ.2025年9月1日.
- ネクセラファーマジャパン株式会社・塩野義製薬株式会社.不眠症治療薬「クービビック錠25mg、50mg」新発売のお知らせ.2024年12月19日.
- 新規オレキシン受容体拮抗薬ボルノレキサント(ボルズィ錠2.5mg,5mg,10mg)の薬理学的特徴と臨床試験成績.日本薬理学雑誌.2026;161(3). doi:10.1254/fpj.25096
本記事は一般の方および医療・介護に携わる方に向けた情報提供を目的としています。個々の患者さんの診断・治療は、必ず主治医の判断のもとで行われる必要があります。記事の内容をもとに、ご自身の判断で薬の量を変えたり中止したりしないでください。薬剤の用法・用量および注意事項は各薬剤の電子添文の記載にもとづく要約であり、改訂により変更される場合があります。診療報酬に関する記載は令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)時点のものです。

