「筋トレ」は「抗がん剤」よりがんに効く?

2025年6月、大腸がんの術後に運動プログラムを続けた人は、続けなかった人より再発が減り、長く生きていた——という試験結果が『New England Journal of Medicine』に載りました。上乗せの大きさは、抗がん剤にオキサリプラチンという薬を1剤足したときと同じくらいでした。

ここから「筋トレは抗がん剤より効く」という話が独り歩きしています。この記事では、その試験が実際に何を確かめたのか、そして何を確かめていないのかを、数字ごと確認していきます。結論から言えば、答えは「より効く」ではありません。ただし、思っていたよりずっと大きい、というのも同じくらい確かです。

SECTION 01 先に結論——3つだけ

1
「抗がん剤より効く」ではありません。ただし「上乗せ幅」は同じくらいでした。 運動が再発と死亡を減らしたと示された試験の参加者は、全員が手術と抗がん剤を終えた人です。運動はその上に足したものであって、置き換えたものではありません。抗がん剤をやめて運動だけにした群を置いた試験は、世界中どこにも存在しません。
2
証拠があるのは「筋トレ」ではなく、有酸素運動です。 試験でやっていたのは、早歩き・自転車・水泳といった中等度の有酸素運動を週150分ほど。筋トレは補助的な位置づけでした。筋トレ単独で生存期間が延びたと示したランダム化試験は、いまのところありません。
3
「筋肉が多い人は長生き」は事実ですが、「筋肉を増やせば長生きする」の証明にはなりません。 がんそのものが筋肉を削っていくので、筋肉が少ないことは原因であると同時に結果でもあります。実際、進行がんで運動・栄養・抗炎症薬を組み合わせた第3相試験では、体重は保てても筋肉量は増えませんでした。

SECTION 02 なぜ、いまこの問いが出てきたのか

「がんになったら安静に」は、ひと昔前の常識でした。それが変わりはじめたのは、運動している人ほど再発が少ないという観察研究が積み上がってきたからです。ただ観察研究には、決定的な弱点があります。元気だから運動できるのか、運動したから元気なのかを区別できない、という弱点です。

この点を決着させるには、くじ引きで運動する群としない群に分けるしかありません。それを15年かけて行ったのがCHALLENGE試験で、2025年6月に結果が出ました。そして2026年1月、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)はガイドラインを改訂し、切除後のStageIII・高リスクStageII大腸がんに対する構造化された運動プログラムを、正式な推奨として書き加えました。運動が「健康にいい生活習慣」から「治療の一部」へ移った瞬間です。

日本の状況。『がんのリハビリテーション診療ガイドライン』は第2版(2019年6月)が最新で、CHALLENGE試験より前に作られています。国内のガイドラインがこの結果をどう扱うかは、これからの話です。日本人が生涯にがんと診断される確率は男性61.1%・女性50.1%、2023年に新たに診断されたがんは993,469例で、罹患数の1位は大腸がんです(国立がん研究センター、2026年7月14日更新)。
図1 「がんに効く」を3つの問いに分ける同じ「効く」でも、証拠の強さはまったく違う1がんになりにくくするか(予防)弱いが、ある筋トレを週30〜60分している人は、していない人よりがんで亡くなるリスクが1〜2割低い。ただし観察研究の集計で、部位によっては関連が見えない。2治療の上乗せになるか(再発予防)大腸がんで実証手術と抗がん剤を終えた大腸がんで、3年間の運動プログラムが再発と死亡を減らした。ランダム化試験で確かめられた、いまのところ唯一の例。3抗がん剤の代わりになるか証拠はない運動だけで抗がん剤をやめた場合を調べた試験は存在しない。実証された場面でも、運動は手術と抗がん剤の「上に足すもの」だった。
図1 同じ「がんに効く」でも、①予防 ②再発予防 ③治療の代わり では証拠の質がまったく違う。この記事はこの3つを分けて扱う。

SECTION 03 CHALLENGE試験を、正確に読む

対象は、手術と術後補助化学療法(FOLFOXまたはCAPOX)を終えたばかりの、高リスクStageII・StageIIIの大腸がん患者889人。6か国55施設で2009年から登録され、追跡期間の中央値は7.9年に及びました。年齢の中央値は61歳、女性が51%、90%がStageIIIです。

図2 CHALLENGE試験(2025年)のかたち運動が「がんの治療」になるかを、初めてランダム化して確かめた第3相試験対象手術と術後補助化学療法(FOLFOX/CAPOX)を終えた高リスクStageII・StageIII大腸がん 889人/6か国55施設/年齢中央値61歳・女性51%・StageIII 90%運動群445人3年間の構造化運動プログラム。行動支援の面談と監督下の運動セッションを、最初は対面、後半は電話中心に減らしていく。中身は中等度の有酸素運動が中心で、目標は週あたり+10 MET・時(早歩き週150分に相当)。教育群444人運動と食事をすすめる健康教育の冊子のみ。運動を禁じたわけではなく、「ふつうに勧めるだけ」の群。両群とも通常のがんサーベイランスは同じように受けた。追跡期間の中央値 7.9年/登録 2009〜2023年/主要評価項目は無病生存期間(DFS)
図2 CHALLENGE試験の設計。対照群は「何もしない群」ではなく、運動と食事をすすめる健康教育の冊子を受け取っている点に注意。

ここは見落とされがちですが、比較相手は「何もしない人」ではありません。教育群も運動をすすめる冊子を受け取り、運動を禁じられてもいません。つまりこの試験が測ったのは「運動 vs 不動」ではなく、「本気で支える vs 口で勧めるだけ」の差です。

図3 CHALLENGE試験の結果縦軸は共通の0〜100%。左右の指標は意味が違うので、指標をまたいで比べない5年 無病生存率025507510080.3%運動群73.9%教育群差 6.4ポイント8年 生存率025507510090.3%運動群83.2%教育群差 7.1ポイント無病生存率=再発も新しいがんもなく生きている人の割合。生存率=死因を問わず生きている人の割合
図3 主要評価項目は5年無病生存率。全生存は副次評価項目で、統計学的には「支持する所見」という位置づけになる。

結果は、無病生存期間のハザード比0.72(95%信頼区間 0.55〜0.94、P=0.02)。5年無病生存率は運動群80.3%、教育群73.9%で、差は6.4ポイント(95%信頼区間 0.6〜12.2)。死亡のハザード比は0.63(0.43〜0.94)、8年生存率は90.3%対83.2%で、差は7.1ポイント(1.8〜12.3)でした。

体重は減っていません。運動群でも体重も腹囲も有意には減りませんでした。つまり「痩せたから効いた」という説明は、この試験では成り立ちません。体力と身体機能は3年間を通じて改善しています。何が効いたのかは、まだ分かっていません。
都合の悪い数字も見ておきます。筋骨格系の有害事象(関節炎、関節痛・腰痛・手足の痛み・筋肉痛など)は運動群18.5%、教育群11.5%。Grade3以上の重いものは運動群0.7%(3人)、教育群0.2%(1人)でした。またGrade3以上の有害事象全体では運動群15.4%、教育群9.1%です。そして続けるのは大変で、義務だった行動支援セッションの実施率は83%から63%へ、監督下の運動セッションは開始6か月の79%から、13〜36か月には44%まで落ちています。「3年間続けられた人たちの結果」だということは、頭の隅に置いておく必要があります。

SECTION 04 「抗がん剤より効く」と言えるのか

タイトルの問いに、数字で向き合います。大腸がんの術後補助化学療法にオキサリプラチンという薬を1剤足したときの効果を確かめたのが、有名なMOSAIC試験です。5年無病生存率は73.3%対67.4%、ハザード比0.80。上乗せ幅は5.9ポイントでした。

図4 「上乗せ幅」を並べてみる5年無病生存率が、何もしない場合より何ポイント上がったか運動を足すCHALLENGE試験・2025年73.9% → 80.3%+6.4 ポイントオキサリプラチンを足すMOSAIC試験・2009年67.4% → 73.3%+5.9 ポイントこれは別々の試験の数字で、対象も時代も土台の治療も違う。横に並べられるのは「上乗せ幅」という物差しだけで、どちらが強いかを決める比較にはならない。そして両方とも、手術と抗がん剤を終えた人の「上に足した」結果である。
図4 どちらも「5年無病生存率が何ポイント上がったか」という同じ物差しで見た数字。それ以外の点はすべて違う。

並べてみると、運動プログラムの上乗せ幅6.4ポイントは、抗がん剤に1剤足したときの5.9ポイントと同じくらいです。「運動は補助的なもの」という感覚からすると、これはかなり大きい。ここまでは事実です。

それでも「より効く」と言えない、3つの理由

1
足している土台が違います。MOSAICの数字は「5-FU+ロイコボリンの上にオキサリプラチンを足した」ときの差。CHALLENGEの数字は「手術+抗がん剤をすべて終えた上に運動を足した」ときの差です。運動群の全員が、すでに抗がん剤の恩恵を受け取っています。
2
直接比べた試験がありません。別々の時代・別々の集団・別々の施設で行われた試験の数字を横に並べただけです。時代が違えば手術の質もサーベイランスの精度も違います。「A試験の6.4」と「B試験の5.9」を比べて優劣を決めることは、統計的にはできません。
3
「代わりに置いた」試験が存在しません。抗がん剤をやめて運動だけにする群を作った試験は、行われていません。倫理的にも成立しにくい設計です。したがって「代わりになるか」という問いには、データが無いとしか答えられません。
ここは強調しておきます。この記事を読んで抗がん剤を断る判断をすることだけは、してほしくありません。CHALLENGE試験が示したのは「抗がん剤を終えた人が、さらに上乗せできる手段がある」ということであって、「抗がん剤が要らない」ということではありません。抗がん剤をやめれば、運動で得た6.4ポイントどころではない幅を失う可能性があります。

SECTION 05 それは、本当に「筋トレ」だったのか

報道では「運動」と「筋トレ」がしばしば混ざります。試験の中身を確認しておきましょう。

図5 実際にやっていたのは何だったのか「筋トレ」という言葉が独り歩きしているが、試験の中身は有酸素運動だった運動の種類早歩き・自転車・水泳・エリプティカルなどの中等度の有酸素運動。筋トレは補助的な位置づけで、主役ではない。運動の量週あたり+10 MET・時を目標。早歩きに換算するとおよそ週150分(1日25分×週6日)。支え方最初の6か月は監督下セッションを義務化し、その後は頻度を落として電話中心へ移行。行動支援の面談を3年間続けた。続いた割合義務の行動支援セッションは83%→63%へ低下。監督下の運動セッションは開始6か月の79%から、13〜36か月には44%まで落ちた。有害事象筋骨格系の不調(関節痛・腰痛・筋肉痛など)が運動群18.5%、教育群11.5%。重いもの(Grade3以上)は運動群0.7%=3人。
図5 CHALLENGE試験の介入の中身。「週150分の早歩き」が実像に近く、ジムでのウエイトトレーニングではない。

目標は週あたり+10 MET・時。MET・時というのは運動の強さ×時間で、早歩きに換算するとおよそ週150分、1日25分を週6日という量です。ジムに通ってバーベルを持ち上げる、という絵ではありません。

では筋トレはどうなのか。米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドライン(2022年)は、根治を目指す治療中の患者に有酸素運動と筋力トレーニングの両方を勧めています。ただしその根拠として挙げられているのは、疲労の軽減、体力・身体機能・筋力の維持、生活の質の改善であって、生存期間ではありません。

筋トレそのものを調べた研究は数多くあります。101件のランダム化比較試験(102報)をまとめた系統的レビューでは、筋トレによって筋肉量と筋力が改善することが示されました。しかしこれらの試験が測っていたのは、あくまで筋肉と体の機能です。生存を主要評価項目に置いた筋トレの試験は、存在しません。

「まだ確かめられていない」は「効かない」ではありません。筋トレが生存を延ばす可能性は、否定されたわけではなく、単に検証されていないだけです。ただし記事や広告で「筋トレでがんが治る」と書かれていたら、その根拠は今のところCHALLENGE試験しかなく、その試験は筋トレの試験ではない——ということは知っておいてよいと思います。

SECTION 06 筋肉量が多い人は、本当に長生きなのか

ここは「はい」です。しかも関連はかなり強い。がんと診断された約46,700人・42研究をまとめた2025年の統合解析では、握力が強い群は弱い群に比べて総死亡のリスクが31%低く(ハザード比0.69、95%信頼区間 0.61〜0.78)、心肺体力が高い群は46%低い(0.54、0.38〜0.84)という結果でした。

図6 筋力・体力と死亡リスクの関連がんと診断された約46,700人・42研究の統合(2025年)。1.0より左が「リスクが低い」握力が強い vs 弱い評価するもの:総死亡0.69(0.61–0.78)心肺体力が高い vs 低い評価するもの:総死亡0.54(0.38–0.84)握力が1単位増えるごと評価するもの:総死亡0.89心肺体力が1単位増えるごと評価するもの:がん死亡0.82(0.69–0.98)1.0(差なし)これは観察研究をまとめた数字で、「筋力が強いから長生きした」ことの証明ではない。体が弱っている人ほど握力も体力も低く、そもそも進行した病気を抱えている、という向きの説明も同じデータで成り立つ。
図6 握力と心肺体力は、がん患者の死亡リスクをよく予測する。ただし「予測できる」と「変えれば結果が変わる」は別の話。

筋肉量そのものでも同じ傾向が出ます。大腸がんの20研究をまとめた解析では、サルコペニア(筋肉が減った状態)がある人の全生存のハザード比は1.72(1.45〜2.03)、無病生存は1.42、がん特異的生存は1.48でした。同じ傾向は大腸がんに限らず、放射線治療や薬物療法を受けている患者を横断的にまとめた解析でも確認されています。

それでも「筋肉を増やせば」とは言えない理由

がんは、それ自体が筋肉を削ります。がん悪液質と呼ばれる状態で、炎症と代謝の変化によって、十分に食べていても筋肉が落ちていきます。つまり「筋肉が少ない人ほど予後が悪い」というデータは、がんが進んでいるから筋肉が減っているという向きでも同じように説明できてしまいます。

この問いに正面から答えようとしたのがMENAC試験です。進行した肺がん・膵臓がんの患者を対象に、運動(筋トレと有酸素)・栄養指導とω3脂肪酸・抗炎症薬(イブプロフェン)を組み合わせて、標準治療のみと比較しました。結果は、体重は保てたものの、筋肉量にも身体活動量にも差がつきませんでした(筋肉量の変化 −6.5cm²対−6.3cm²、歩数の変化 −378歩対−458歩、いずれも有意差なし)。

読み替えると、こうなります。筋肉量は「その人がいまどれくらい病気に押されているか」を映す、非常によく効く体温計です。しかし体温計の目盛りを手で押し上げても、熱は下がりません。筋肉量を測ることには大きな意味がありますが、それは「増やせば助かる」という意味とは限らない、ということです。

SECTION 07 予防としての筋トレは、どれくらい効くのか

ここまでは「がんになった後」の話でした。「がんになる前」はどうか。東北大学のグループが16の追跡研究をまとめた解析では、筋トレをしている人はしていない人に比べて、総死亡・心血管疾患・総がん・糖尿病・肺がんのリスクが10〜17%低いという結果でした。

図7 筋トレは「やるほど効く」ではない16の追跡研究の統合。筋トレの時間と、がんで亡くなるリスクの関係(模式図)1.0低い高い週40分あたりで最大 17%減0分40分90分150分以上1週間あたりの筋トレの時間曲線はいったん下がってから戻る。「やればやるほど下がり続ける」形ではないので、長時間の筋トレに追加の見返りがあるとは言えない。また部位別に見ると、大腸・腎臓・膀胱・膵臓のがんでは関連が見つかっていない。
図7 量と効果の関係はJ字型。「もっとやればもっと効く」ではないところが、この解析のいちばんの読みどころ。

おもしろいのは、その形です。関係は直線ではなくJ字型で、週30〜60分あたりでリスク低下が最大(10〜20%)になり、それを超えると効果は戻っていきます。総がん死亡では週40分あたりで最大17%減。また部位別に見ると、大腸・腎臓・膀胱・膵臓のがんでは関連が見つかりませんでした。

そして、有酸素運動と組み合わせた群がいちばんリスクが低いという結果も出ています。筋トレか有酸素かではなく、両方というのが、いまの落としどころです。

SECTION 08 「どれくらい余命が伸びるのか」に、正直に答える

この質問には、残念ながら「◯か月伸びます」という形では答えられません。そういう数字を出した試験がないからです。言えることは、次の一点だけです。

手術と抗がん剤を終えた高リスクStageII・StageIIIの大腸がんの人が、3年間の運動プログラムを続けた場合、8年後に生きている人の割合が83.2%から90.3%へ、7.1ポイント増えた。言い換えると、およそ14人が3年間このプログラムを続けると、そのうち1人が8年後に生きているという計算になります(7.1ポイントの逆数)。1人にとっては「効いたか効かなかったか」しかありませんが、集団としてはこのくらいの大きさです。

では、進行がんではどうか

ここは、はっきり言って分かっていません。しかも、確かめようとした試みは苦戦しています。

転移のある前立腺がんを対象に、監督下の高強度の筋トレと有酸素運動が生存期間を延ばすかを調べる国際共同第3相試験(INTERVAL-GAP4)が2016年に始まりましたが、参加者が集まらず、予定より早く登録を打ち切りました。声をかけた患者の53%が参加を辞退しています。前述のMENAC試験も、筋肉量と活動量には差がつきませんでした。

図8 いま言えること・まだ言えないこと同じ「運動」でも、場面によって証拠の質が大きく違う大腸がんの術後に、再発と死亡を減らすランダム化試験あり手術と抗がん剤を終えた高リスクStageII・StageIIIが対象。この条件から外れる人に、そのまま当てはめられるわけではない。治療中の疲労・筋力・体力・生活の質を守るランダム化試験あり有酸素運動と筋トレの併用が、複数の学会ガイドラインで治療中の標準的な勧めになっている。筋トレだけで生存期間が延びる確かめた試験がない筋トレ単独の試験は、筋力・筋肉量・疲労・生活の質までしか評価していない。生存を主要評価項目にした筋トレの試験は存在しない。進行がんで痩せていく体を運動で立て直す効かなかった進行肺がん・膵臓がんで、運動と栄養と抗炎症薬を組み合わせた第3相試験を行ったが、体重は保てても筋肉量と活動量は変わらなかった。抗がん剤の代わりになる試験そのものがない「運動だけで治療する」群を置いた試験は行われていない。効果が示された場面でも、運動は標準治療に足すものだった。
図8 場面ごとに、証拠の質はここまで違う。同じ「運動」という言葉でひとくくりにしないことが大事。

SECTION 09 数字がバラバラに見える5つの理由

ここまで「31%減」「17%減」「6.4ポイント」「差なし」といった数字が並びました。矛盾しているように見えますが、そうではありません。違うものを測っているだけです。

1
測っているものが違う。再発率、死亡率、筋力、筋肉量、疲労、生活の質。「効く」の中身が違えば、数字は当然そろいません。ハザード比(例:0.69)と、割合の差(例:6.4ポイント)は、そもそも単位が違う指標です。
2
対象が違う。治癒を目指して手術を終えた人と、進行して治療を続けている人では、体で起きていることがまるで違います。前者で効いたものが後者で効く保証はなく、実際MENAC試験では効きませんでした。
3
比較相手が違う。「まったく運動しない群」と比べるのか、「運動をすすめる冊子を渡した群」と比べるのかで、差の出方は変わります。CHALLENGEは後者で、それでも差が出たという意味では、むしろ厳しい条件でした。
4
研究の型が違う。観察研究をまとめた「31%減」は関連の強さで、因果の証明ではありません。ランダム化試験の「6.4ポイント」は因果に踏み込める数字です。同じページに並んでいても、重さは違います。
5
「運動」の中身が違う。有酸素か筋トレか、監督下か自宅か、3年か12週か。CHALLENGEの3年・監督下という手厚さは、多くの研究とは別物です。同じ「運動」という単語でくくれません。

SECTION 10 やってよい場面、注意が必要な場面

運動は、がんの治療のなかでは安全なほうに入ります。それでも、線を引いておくべき場面があります。

状況考え方
骨転移がある「動いてはいけない」ではありません。国際的な専門家合意でも、姿勢・動きの制御・フォームに注意しながら運動することが勧められています。ただし転移している骨に強い負荷を直接かける種目は避けるのが原則。どの部位に転移があるかを主治医に確認し、避ける動作を具体的に決めてから始めてください。
血小板が少ないぶつかる・転ぶリスクのある運動と、いきんで力む種目は避けます。安全なのは平地の歩行や座位での運動です。数値の目安は治療内容で変わるため、主治医に確認を。
貧血がある・発熱があるその日は休みます。息切れや動悸が普段より強い日も同様です。「休んだら終わり」ではなく、翌日また短く再開すればよい、と考えてください。
手足のしびれがあるオキサリプラチンやタキサン系の抗がん剤による末梢神経障害があると、足裏の感覚が鈍って転びやすくなります。段差・暗がり・つまずきやすい床を避け、手すりのある場所で行ってください。
アンスラサイクリン系を使った心機能への影響が残ることがあります。強度を上げる前に、一度心臓の評価を受けておくと安心です。
悪液質が進んでいるこの段階では、目標を「増やす」から「減らす速度を落とす・できることを保つ」へ切り替えます。増えないことを失敗と受け取らないことが大切です。
すぐに運動をやめて連絡してほしい症状。骨の痛みが急に強くなった、背中の痛みとともに足のしびれや力が入らない感じが出た、尿や便が出にくくなった(脊髄圧迫の可能性)、胸痛、安静にしても治まらない息切れ、失神やふらつき、あざが急に増えた。これらは様子を見ずに連絡してください。

SECTION 11 制度は、どこまで追いついているか

厚生労働省の『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』は、成人・高齢者に筋力トレーニングを週2〜3日、3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上(歩行相当を1日60分、約8,000歩)、息が弾む運動を週60分以上と勧めています。ただしこれは健康づくりのための一般向けの推奨で、がん患者向けに作られたものではありません。

実際にどれくらいの人が達成しているかというと、令和6年国民健康・栄養調査で運動習慣のある人は34.6%。健康日本21(第三次)の目標である40%には届いていません。

制度の空白。診療報酬の「がん患者リハビリテーション料」(H007-2、1単位205点、1日6単位まで)は、算定できるのが「がんの治療のために入院している患者」に限られています。CHALLENGE試験がやったのは、退院した後の3年間を支える取り組みでした。いちばん効果が示された場面が、いまの日本の診療報酬ではほぼカバーされていない——これが正直なところです。

退院後については、介護保険の訪問リハビリテーション・通所リハビリテーション、訪問看護ステーションからの理学療法士等の訪問、がん診療連携拠点病院の相談支援センターの案内などが実務上の受け皿になります。がん(末期)は40〜64歳でも介護保険の特定疾病に含まれるため、若い方でも申請できる場合があります。
当院の視点

在宅医療の現場から、この話をどう扱っているか

1
「週150分」の前に、「1日に何回立ち上がるか」を数えます。 在宅で診ている方の多くは、CHALLENGE試験の参加条件(自力で6分間歩ける、全身状態が良好)を満たしません。その人にとっては、椅子からの立ち上がり10回が十分に高強度です。ベッドから起きる回数、トイレまで歩く回数、玄関まで出る回数。数えられるものを数えて、そこを1回増やす——在宅で意味があるのはそのレベルの目標です。試験の数字をそのまま持ち込むと、できないことを突きつけるだけになります。
2
「運動すれば再発しない」とは、決して言いません。 これは効果を軽く見ているからではなく、逆です。この言い方をすると、再発したときに本人と家族が「頑張りが足りなかった」と自分を責めます。運動して再発した人も、していなくて再発しなかった人も、どちらも大勢います。私たちが言うのは「やる価値のある手段がひとつ増えた」までで、そこから先には踏み込みません。
3
骨転移がある人ほど、避ける動作を「具体的に」決めます。 「気をつけてください」では動けません。画像を確認したうえで、たとえば「背骨に転移があるので、前かがみで物を持ち上げるのはやめる。かわりに座って膝を伸ばす運動をする」「右の大腿骨なので、片脚立ちと階段の一段飛ばしはしない」というところまで落とします。危ない動作を1つ2つ名指しで外すほうが、全体を怖がって寝たきりになるよりずっと安全です。
4
抗がん剤を受けるかどうかの判断に、運動の話を持ち込みません。 「運動でなんとかなるなら抗がん剤はやめたい」というご相談を受けることがあります。気持ちは分かります。ただ、その二択を支えるデータは存在しません。抗がん剤をやめるかどうかは、体力・年齢・副作用・ご本人が何を大事にするかで決める話で、運動はその判断とは別の場所に置いておきます。治療をやめる理由に運動を使わない、というのは私たちが自分に課しているルールです。

SECTION 12 場面別の早見表

こんなときどう考えるか
大腸がんの手術と抗がん剤が終わった証拠ありいちばん証拠が強い場面です。早歩きを週150分(1日25分×6日)を目標に、主治医に相談のうえ始めてください。
抗がん剤の治療中推奨あり有酸素運動と筋トレの併用が学会ガイドラインで勧められています。目的は疲労と筋力低下の軽減。体調に合わせて量を落として構いません。
大腸がん以外のがんだった類推再発を減らす証拠は大腸がん以外ではまだありません。ただし治療中の副作用軽減の効果はがん種を問わず示されています。
StageIVと言われた慎重に生存が延びる証拠はありません。目的は「動ける状態を保つ」に置き、痛みや骨転移の場所を確認してから始めます。
体重が落ちてきた要相談悪液質の可能性があります。運動で取り返そうとする前に、まず原因の評価を受けてください。運動と栄養だけでは戻せないことが分かっています。
骨転移があると言われた条件つき運動は禁止ではありません。ただし転移部位に直接負荷をかける動作を、主治医と名指しで決めて外してから始めます。
手足がしびれる転倒対策感覚が鈍っている前提で環境を整えます。手すりのある場所、明るい床、段差なし。座ってできる運動から。
今日は体がだるい休んでよい休んだ日があってもプログラムは失敗ではありません。試験でも実施率は44%まで落ちています。翌日また短く再開すれば十分です。
ジムに通う体力がない自宅で可試験の中心は早歩きです。特別な器具は要りません。自重のスクワットや立ち座りも筋トレに含まれます。
もっとやれば、もっと効きますか頭打ち筋トレは週30〜60分あたりで効果が最大となり、それ以上では戻る形が示されています。増やすほど良い、ではありません。
抗がん剤をやめて運動だけにしたい勧めませんその比較をした試験がありません。運動の効果は、標準治療の「上に足した」ときのものです。
家族が運動を嫌がる説得しないやる気ではなく環境の問題であることが多いです。行き先を作る、一緒に行く人を作る、時間を決める。試験も3年間の伴走で成り立っていました。

SECTION 13 よくある質問

結局、筋トレと有酸素運動はどちらをやるべきですか。

両方です。がんの再発を減らした試験の中心は有酸素運動でしたが、治療中の副作用を軽くする目的では有酸素と筋トレの併用が勧められています。予防の解析でも、両方やっている群がいちばんリスクが低いという結果でした。どちらか一方しかできないなら、まず歩くほうから始めるのが、いまの証拠に近い選択です。

プロテインを飲めば筋肉が増えて、予後がよくなりますか。

がんの治療成績を良くするという証拠はありません。ASCOのガイドラインも、治療中の特定の食事法について賛成とも反対とも言えるだけの根拠がない、としています。栄養が足りていないなら補うことに意味はありますが、それは体力を保つためであって、がんに効かせるためではありません。腎機能が低下している方はタンパク量の相談が必要なので、自己判断で増やす前に主治医か管理栄養士に確認してください。

運動でがん細胞が散らばったりしませんか。

そうした事実は確認されていません。骨転移のある方を含めた試験をまとめた検討でも、運動が原因の重い有害事象はごくわずかで、骨転移に関連したものは報告されていません。むしろ動かないことによる筋力低下・血栓・肺炎のほうが、現実には大きな問題になります。

80代の親にも当てはまりますか。

そのままは当てはまりません。CHALLENGE試験の年齢中央値は61歳で、参加条件も「自力で6分間歩ける」「全身状態が良好」でした。高齢の方では目標を、再発予防ではなく転倒予防・立ち座り・排泄の自立に置き換えるほうが現実的で、そちらは証拠もしっかりしています。結果として体は動きますが、目的が違うということです。

健康保険で運動指導を受けられますか。

がん患者リハビリテーション料は入院中に限られているため、退院後の外来・在宅では算定できません。実務上は、介護保険の訪問リハビリテーション・通所リハビリテーション、訪問看護ステーションからの理学療法士等の訪問、拠点病院の相談支援センターへの相談が受け皿になります。がん(末期)は40〜64歳でも介護保険の特定疾病に該当するため、若い方でも申請できる場合があります。

やる気が続きません。どうすればいいですか。

試験でも、監督下セッションの実施率は開始6か月の79%から、13〜36か月には44%まで落ちています。3年間続いた人たちですら、その程度です。意志の問題ではなく仕組みの問題なので、行き先(買い物・散歩コース)を決める、誰かと一緒に行く、時間を固定する、といった環境側の工夫のほうが効きます。休んだ日を失敗と数えないことも大事です。

SECTION 14 ご利用・採用のご案内

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看護師・リハビリ職がご自宅へうかがいます

  • 症状の観察、服薬の管理・残薬の確認
  • 理学療法士・作業療法士・言語聴覚士によるリハビリ
  • 主治医・ケアマネジャーと連携して支えます

この記事でお伝えした「その人にとっての適切な運動量」を、住まいの環境と体調を見ながら決めていきます。手すりの位置、ベッドからトイレまでの動線、無理なくできる回数まで含めて設計します。他院にかかっている方もご利用いただけます。

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ふくろう訪問看護リハビリステーション

入職祝い金 20万円直接応募限定

看護師/理学療法士・作業療法士・言語聴覚士(常勤・非常勤)

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見学だけ、話を聞くだけでも構いません。「証拠のあることを、その人の生活に合う形に翻訳して届ける」という仕事に関心のある方をお待ちしています。

SECTION 15 参考文献

  1. Courneya KS, Vardy JL, O’Callaghan CJ, et al. Structured exercise after adjuvant chemotherapy for colon cancer. N Engl J Med. 2025;393(1):13-25. doi:10.1056/NEJMoa2502760(PMID: 40450658)
  2. European Society for Medical Oncology. ESMO Clinical Practice Guideline Express Update on the adoption of physical exercise in patients with localised colon cancer. ESMO Open. 2026(2026年1月オンライン公開)
  3. André T, Boni C, Navarro M, et al. Improved overall survival with oxaliplatin, fluorouracil, and leucovorin as adjuvant treatment in stage II or III colon cancer in the MOSAIC trial. J Clin Oncol. 2009;27(19):3109-3116. doi:10.1200/JCO.2008.20.6771(PMID: 19451431)
  4. Bettariga F, Galvão DA, Taaffe DR, et al. Association of muscle strength and cardiorespiratory fitness with all-cause and cancer-specific mortality in patients diagnosed with cancer: a systematic review with meta-analysis. Br J Sports Med. 2025;59:722-732. doi:10.1136/bjsports-2024-108671(PMID: 39837589)
  5. Momma H, Kawakami R, Honda T, Sawada SS. Muscle-strengthening activities are associated with lower risk and mortality in major non-communicable diseases: a systematic review and meta-analysis of cohort studies. Br J Sports Med. 2022;56(13):755-763. doi:10.1136/bjsports-2021-105061(PMID: 35228201)
  6. Ligibel JA, Bohlke K, May AM, et al. Exercise, diet, and weight management during cancer treatment: ASCO guideline. J Clin Oncol. 2022;40(22):2491-2507. doi:10.1200/JCO.22.00687
  7. Campbell KL, Winters-Stone KM, Wiskemann J, et al. Exercise guidelines for cancer survivors: consensus statement from international multidisciplinary roundtable. Med Sci Sports Exerc. 2019;51(11):2375-2390. doi:10.1249/MSS.0000000000002116
  8. Kang DW, Dawson JK, Barnes O, et al. Resistance exercise and skeletal muscle-related outcomes in patients with cancer: a systematic review. Med Sci Sports Exerc. 2024;56(9):1747-1758. doi:10.1249/MSS.0000000000003452(PMID: 38650124)
  9. Solheim TS, Laird BJ, Balstad TR, et al. Results from a randomised, open-label trial of a multimodal intervention (exercise, nutrition and anti-inflammatory medication) plus standard care versus standard care alone to attenuate cachexia in patients with advanced cancer undergoing chemotherapy(MENAC). J Clin Oncol. 2024;42(17_suppl):LBA12007. doi:10.1200/JCO.2024.42.17_suppl.LBA12007(NCT02330926)
  10. Kenfield SA, Hart NH, Courneya KS, et al. Feasibility and implementation of INTERVAL-GAP4: a global randomised controlled trial of intense hybrid-supervised/self-managed versus self-directed exercise for metastatic prostate cancer. Eur Urol Open Sci. 2026;84:29-39. doi:10.1016/j.euros.2025.12.001(PMID: 41561488)
  11. He J, Luo W, Huang Y, Song L, Mei Y. Sarcopenia as a prognostic indicator in colorectal cancer: an updated meta-analysis. Front Oncol. 2023;13:1247341. doi:10.3389/fonc.2023.1247341(PMID: 37965475)
  12. Zhang Y, Zhang J, Zhan Y, Pan Z, Liu Q, Yuan W. Sarcopenia is a prognostic factor of adverse effects and mortality in patients with tumour: a systematic review and meta-analysis. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2024;15(6):2295-2310. doi:10.1002/jcsm.13629(PMID: 39529263)
  13. Campbell KL, Cormie P, Weller S, et al. Exercise recommendation for people with bone metastases: expert consensus for health care providers and exercise professionals. JCO Oncol Pract. 2022;18(5):e697-e709. doi:10.1200/OP.21.00454
  14. Duong H, Walker M, Maugham-Macan M. Exercise intervention for bone metastasis: safety, efficacy and method of delivery. Cancers (Basel). 2023;15(6):1786. doi:10.3390/cancers15061786
  15. 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」2024年1月(健康づくりのための身体活動基準・指針の改訂に関する検討会)
  16. 厚生労働省 健康日本21アクション支援システム/e-ヘルスネット「『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』情報シート:筋力トレーニングについて」
  17. 厚生労働省「令和6年 国民健康・栄養調査結果の概要」(運動習慣のある者の割合)
  18. 国立がん研究センター がん情報サービス「最新がん統計」2026年7月14日更新(2023年罹患993,469例、2024年死亡384,111人、2018年診断例の5年相対生存率64.8%)
  19. 国立がん研究センター がん情報サービス「がんとリハビリテーション医療」(週150分以上の中等度の有酸素運動と週2〜3日の筋力トレーニング)
  20. 公益社団法人 日本リハビリテーション医学会 がんのリハビリテーション診療ガイドライン改訂委員会 編『がんのリハビリテーション診療ガイドライン 第2版』金原出版, 2019年6月
  21. 厚生労働省「診療報酬の算定方法」医科診療報酬点数表 H007-2 がん患者リハビリテーション料(令和8年度診療報酬改定・2026年6月1日施行)

本記事は、査読付き論文・学会診療ガイドライン・公的機関の発表資料に基づいて作成した一般向けの解説です。個々の患者さんの状況によって適切な運動の種類・強度・可否は大きく異なるため、実際に始める前には必ず主治医にご相談ください。本記事は個別の診断・治療方針を示すものではなく、標準治療の中止や変更を勧めるものでもありません。本記事の作成にあたり、企業からの資金提供および便宜供与は一切受けていません。記載内容は公開時点の情報に基づきます。