FUKUROU COLUMN|緩和ケア・在宅医療

「胃がんの末期です」と告げられたとき、多くのご本人・ご家族が最初に思うのは「もう何もできないのか」ということです。

しかし実際には、この10年で胃がんの薬物療法は大きく変わり、また「食べられない」「吐いてしまう」「出血する」といった胃がん特有のつらさに対しても、打つ手はいくつも用意されています。そして、その多くは入院しなくても、住み慣れた自宅で続けることができます

この記事では、胃がんの進行した段階で何が起きるのか、どんな治療とケアがあるのかを、できるだけ専門用語をかみくだいて解説します。とくに在宅診療でできることについては、実際の現場に沿って一段深く掘り下げました。

SECTION 01「末期」とは何を指すのか

まず、言葉の整理から始めます。医療現場では「末期」という言葉が、実は二つの違う意味で使われています。

「ステージⅣ」と「終末期」は同じではない

ステージⅣは、がんが胃から離れた場所(肝臓、腹膜、遠くのリンパ節など)に広がっている状態を指す、広がり方の分類です。手術で取りきることは難しくなりますが、薬物療法を続けながら年単位で日常生活を送っている方も少なくありません。

一方、終末期は、がんに対する薬物療法の効果が期待できなくなり、予後が数か月程度と見込まれる時期を指す言葉です。「ステージⅣ=終末期」ではなく、ステージⅣと診断されてから終末期に至るまでには、たいてい長い時間があります。

ただし制度上は、この二つがまとめて扱われる場面もあります。たとえば公的保険では「末期の悪性腫瘍」という区分があり、これに該当すると訪問看護や介護保険の使い方が大きく変わります(詳しくは後半で解説します)。

数字で見る日本の胃がん

国立がん研究センターのがん統計(2026年7月更新)によると、2023年に日本で胃がんと診断されたのは104,864例(男性71,135例、女性33,729例)、2024年に胃がんで亡くなったのは37,867人(男性24,720人、女性13,147人)でした。2018年に診断された方の5年相対生存率は66.1%(男性67.5%、女性63.2%)です。

この66.1%という数字は、内視鏡で治る早期がんから遠隔転移のある進行がんまで、すべてを合わせた平均です。診断された時点での広がり方によって見通しは大きく変わり、遠隔転移がある段階での数字はこれよりかなり低くなります。逆に言えば、早期に見つかった胃がんの治療成績はきわめて良好です。

統計の数字は「あなたの見通し」ではありません。生存率は過去に診断された何万人もの平均値であり、しかも治療法は年々変わっています。特に胃がんの薬物療法は2020年代に入って選択肢が急速に増えました。過去のデータが、これから治療を受ける方に当てはまるとは限りません。

図1 胃がんの広がり方と、起きやすい症状 原発(もともとのがん) 胃そのものの症状 つかえ感/食後の嘔吐 出血・貧血・黒い便 腹膜播種(ふくまくはしゅ) おなかの内張りに種をまくように 広がる。胃がんで最も多い → 腹水・腸閉塞・腹部膨満 肝転移 血流にのって肝臓へ 数が多いと肝機能が低下 → だるさ・黄疸・右上腹部痛 リンパ節転移 胃の周囲から大動脈周囲、 首の付け根(左鎖骨上)まで → しこり・むくみ・痛み その他の転移 骨・肺・卵巣など (卵巣への転移は特有の名称あり) → 骨の痛み・息切れ

図1|胃がんは、おなかの内張り(腹膜)に広がる「腹膜播種」が多いことが特徴です。この広がり方が、後述する「食べられない」「腹水がたまる」といった症状の背景になります。

SECTION 02いまの胃がん薬物療法は「4つの検査」から始まる

手術で取りきれない胃がん・再発した胃がんの治療は、この5年ほどで大きく様変わりしました。以前は「胃がんの抗がん剤」という決まったメニューが一つあるだけでしたが、現在はがん細胞の性質を調べて、その人に合う薬を選ぶという考え方に変わっています。

治療前に必ず調べる4つの目印(バイオマーカー)

日本胃癌学会が2026年7月に公表した「切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き」第3版では、HER2、PD-L1、CLDN18、MSI/MMRの4つの検査すべてが、治療薬を選ぶために必須の検査(コンパニオン診断)と位置づけられ、これらを同時に実施する体制の整備が最も推奨される検査タイミングとされています。

検査はいずれも、内視鏡で採った組織(生検検体)を使って行います。新たに大きな手術や採血が必要になるわけではありません。

目印陽性となる人の割合(目安)陽性のときに使える主な薬
HER2約16〜18%トラスツズマブ(+PD-L1陽性ならペムブロリズマブ併用)/二次治療でトラスツズマブ デルクステカン
CLDN18
(クローディン18.2)
約38%ゾルベツキシマブ
PD-L1CPS1以上で約78〜82%ニボルマブ/ペムブロリズマブ/チスレリズマブ(いずれも化学療法と併用)
MSI-H・dMMR約5〜6%免疫チェックポイント阻害薬が特によく効くことが多い

※横にスクロールできます。割合は臨床試験のスクリーニングデータに基づく目安で、検査法や集団により幅があります。

数字の出どころを補足すると、HER2陽性率は国際共同試験で17.8%、国内の試験では15.6%と報告されており、CLDN18はスクリーニングされた患者の約38%が陽性、日本人の進行・再発胃がん930例の調査ではMSI-Hは5.6%と報告されています。

目印によって、最初の治療が枝分かれする

胃癌治療ガイドラインは2025年3月に第7版へ改訂され、切除不能進行・再発胃癌の一次治療では化学療法と免疫チェックポイント阻害薬の併用が強く推奨され、バイオマーカーに基づく治療選択が詳しく解説されるようになりました。

図2 4つの検査から、最初の治療が決まるまで 内視鏡で採った組織で 4つの検査を同時に実施 HER2 陽性(約16〜18%) 抗がん剤 + トラスツズマブ + PD-L1陽性ならペムブロリズマブ (2025年5月に適応追加) 効果が乏しくなったら二次治療へ HER2 陰性 抗がん剤 + 免疫チェックポイント 阻害薬(PD-L1の値を参考に選択) CLDN18 陽性(約38%)なら ゾルベツキシマブを上乗せする選択も (2024年3月国内承認) MSI-H・dMMR(約5〜6%)の場合は、免疫チェックポイント阻害薬が特に効きやすい

図2|日本胃癌学会「切除不能進行・再発胃癌バイオマーカー検査の手引き」第3版(2026年7月)および胃癌治療ガイドライン第7版(2025年3月)をもとに作成。実際の治療選択は全身状態・持病・ご本人の希望を含めて主治医と決めます。

二次治療以降も選択肢はあります

最初の治療で効果が乏しくなっても、そこで終わりではありません。HER2陽性の場合は、国際共同第Ⅲ相試験(DESTINY-Gastric04)で、二次治療としてのトラスツズマブ デルクステカンが従来のラムシルマブ+パクリタキセル療法より高い奏効割合と延命効果を示しました。HER2陰性の場合は、ラムシルマブとパクリタキセルの併用、ニボルマブ、イリノテカン、トリフルリジン・チピラシルなどが順に検討されます。

ただし、体力(全身状態)が落ちてくると、抗がん剤の効果よりも副作用の害のほうが大きくなります。「まだ薬があるかどうか」だけでなく、「その薬に耐えられる体力があるかどうか」が、実際には重要な分かれ目になります。

SECTION 03緩和ケアは「治療をやめてから」ではない

日本ではいまだに「緩和ケア=もう治療がなくなった人のもの」というイメージが残っています。これは、はっきり誤解です。

進行した肺がんの患者さんを対象にした有名な研究では、診断された直後から緩和ケアを併用したグループのほうが、生活の質(QOL)も気分の落ち込みも良好で、しかも生存期間が長かったことが報告されました(Temel JS ほか, N Engl J Med 2010)。その後ベルギーで行われたランダム化比較試験でも、通常のがん治療に早期から緩和ケアを組み込んだ群のほうが、12週後の生活の質のスコアが高いことが示されています(Vanbutsele G ほか, Lancet Oncol 2018)。

緩和ケアの中身は「痛み止めを出すこと」だけではありません。吐き気、食欲不振、だるさ、眠れなさ、不安、そして「これからどうなるのか」という見通しの共有まで含まれます。抗がん剤を続けながら、同時に受けるものです。

SECTION 04胃がんの終末期に起きやすい5つのこと

ここからは、胃がんに特有のつらさと、その対処法を具体的に見ていきます。他のがんと違い、胃がんでは「食べる」「飲む」という日常のいちばん基本的なところに直接影響が出るのが特徴です。

① 食べ物が通らない(幽門狭窄・食道胃接合部の狭窄)

がんが胃の出口(幽門)や入り口をふさぐと、食べたものが先に進まず、食後しばらくしてから吐いてしまいます。「食べたい気持ちはあるのに、食べると吐く」という、本人にとっても家族にとってもつらい状態です。

  • 内視鏡的ステント留置:狭くなった部分に金属の筒を入れて通り道を作ります。数日で食事が再開できることが多く、体への負担が小さいのが利点です。
  • バイパス手術(胃空腸吻合):胃と小腸を直接つなぎ、詰まった場所を迂回します。体力があり、見込まれる予後が比較的長い場合に検討されます。
  • 減圧(ドレナージ):通す治療が難しいときは、たまった胃液を外に逃がして嘔吐を減らす方法をとります。

② 吐き気・嘔吐と腸閉塞(腹膜播種によるもの)

腹膜播種が進むと、腸が何か所も細くなり、手術で治せないタイプの腸閉塞(悪性消化管閉塞)が起こります。日本緩和医療学会の「がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン(2017年版)」では、この状態に対する消化管ドレナージと薬物療法が整理されています。

  • オクトレオチド:消化液の分泌そのものを減らす注射薬。皮下注射で使えるため、在宅でも継続しやすい薬です。
  • ステロイド:腸のむくみを取り、閉塞が一時的に解除されることがあります。
  • ブチルスコポラミン:腸のけいれん性の痛み(疝痛)をやわらげます。
  • 制吐薬:吐き気の原因に応じて薬を選び分けます。完全に詰まっている場合は、腸を動かす薬はかえって痛みを強めるため使いません。

③ 出血と貧血

胃の中の腫瘍からじわじわと出血が続くと、黒い便(タール便)が出たり、輸血が必要なほど貧血が進んだりします。ここで、以前はあまり知られていなかった選択肢が正式に位置づけられました。

2025年3月の胃癌治療ガイドライン第7版で、出血している進行胃がんに対する止血目的の放射線治療が新しいクリニカルクエスチョンとして採用され、全身状態と予後を考慮したうえで止血目的に放射線治療を行うことが弱く推奨されると明記されました。

根拠となったのは、国内15施設が参加した前向き研究(JROSG 17-3)です。1回8Gy、5回20Gy、10回30Gyといった照射法が多く用いられ、4週後の奏効割合は全登録例を分母として約53%、重篤な副作用はGrade 3の吐き気1例のみでした。

数回、場合によっては1回の照射で終わるため、体力が落ちた方でも受けられることが多い治療です。輸血の回数が減り、入院せずに済むようになることも珍しくありません。「放射線治療=根治のためのつらい治療」というイメージがあるかもしれませんが、緩和目的の照射はまったく性質が異なります。

④ 体重が減る・食欲がなくなる(がん悪液質)

がんが進むと、食べる量が減るだけでなく、体が筋肉を分解してしまう状態(がん悪液質)が起こります。「もっと食べさせなければ」と家族が焦り、本人が食べられずに責任を感じる——在宅の現場で最もよく見る、切ない場面のひとつです。

これは意志の問題ではなく、体の代謝そのものが変わってしまっている状態です。無理に食べても、思うように体重は戻りません。

薬物療法としては、アナモレリン(商品名エドルミズ)があります。2021年1月に承認され、適応は非小細胞肺癌・胃癌・膵癌・大腸癌におけるがん悪液質で、1日1回100mgを空腹時に内服します。ただし心臓の持病がある方には使えず、臨床試験では全身状態が不良な患者(PS3〜4)は除外されており、状態が悪い方における有効性・安全性の根拠は十分ではありません。使える時期・使える方は限られる薬だとご理解ください。

⑤ 腹水がたまる

腹膜播種によって、おなかに水(腹水)がたまります。おなかが張って苦しい、息が浅くなる、食べられない、といった症状につながります。利尿薬が効きにくいタイプのことが多く、おなかに細い針を刺して水を抜く(腹水穿刺)のが最も確実な方法です。1回抜くだけで呼吸が楽になり、食事が入るようになる方も多くいます。

図3 「食べられない」ときに、どこを見ているか 食べられない・吐いてしまう 胃の出口が狭い 食後しばらくして大量に嘔吐 ・内視鏡でステント留置 ・バイパス手術 ・胃液を逃がして減圧 腸が詰まっている 腹部膨満・排ガス停止 ・オクトレオチド ・ステロイド ・鎮痙薬/制吐薬 通り道は開いている 食欲そのものが落ちている ・腹水を抜く/便秘を治す ・薬の副作用を見直す ・悪液質として対応する 同じ「食べられない」でも原因が違えば、打つ手はまったく変わります。

図3|「食べられない」は一つの症状ではありません。原因を見分けることが、そのまま対応の分かれ道になります。

HOME CARE|ここから在宅診療の話

「家で過ごす」という選択肢を、
具体的に考えるために

ここからは、胃がんの終末期を自宅で過ごす場合に、実際に何ができるのか・誰が来るのか・費用はどうなるのかを、制度の裏づけとあわせて詳しく解説します。ふくろう訪問クリニックが日々行っていることでもあります。

SECTION 05まず整理|「訪問診療」と「往診」は別のもの

混同されやすい言葉ですが、制度上はっきり区別されています。

訪問診療往診
タイミングあらかじめ計画を立て、定期的に伺う(例:週1回、隔週)急な変化があったときに、要請を受けて臨時に伺う
目的状態の見通しを立て、薬を調整し、先回りして備えるその場で起きている症状に対処する
関係訪問診療を受けているからこそ、夜間・休日の往診が成り立ちます。両者はセットです。

※横にスクロールできます。

「困ったときだけ来てほしい」というご希望をいただくことがありますが、これは実は難しい注文です。ふだんの状態を知らない医師は、急変時に的確な判断ができません。定期的に伺って、痛みの出方、食事量、ご家族の疲れ具合まで把握しているからこそ、夜中の電話に「では今から伺います」あるいは「いまは薬をこう使ってお待ちください」と即答できます。

在宅は「医師ひとり」では成り立たない

図4 ご自宅を囲む在宅チーム ご本人 ご家族 在宅医(訪問診療医) 全体の方針・薬の処方・24時間対応 訪問看護師 日々の観察・処置・注射の管理 薬剤師 医療用麻薬の配達・飲み方の整理 ケアマネジャー 介護サービス全体の調整役 ヘルパー 入浴・食事・排泄の介助 リハビリ職 動きやすさ・呼吸の楽な姿勢 福祉用具・入浴車 介護ベッド・車いす・訪問入浴 病院の主治医・緩和ケア病棟 検査・レスパイト入院・いざという時の受け皿

図4|在宅では、これだけの職種が同じ情報を共有しながら動きます。窓口が多くて不安に感じるかもしれませんが、実際の連絡先はケアマネジャーと訪問看護ステーションに集約されるのが一般的です。

SECTION 06末期がんの人は、保険の使い方が変わる

ここは知られていないわりに、生活を大きく左右する部分です。

ポイント1|訪問看護が「医療保険」に切り替わる

ふだん、介護保険の認定を受けている方の訪問看護は、原則として介護保険が優先されます。ところが「末期の悪性腫瘍」に該当すると、訪問看護は医療保険の扱いになります(厚生労働大臣が定める疾病等、いわゆる別表第七)。

これによって、次のような制限が外れます。

  • 週3日までという回数制限がなくなる(必要があれば毎日でも訪問できます)
  • 1日に複数回の訪問ができる(朝と夜に注射の交換に伺う、など)
  • 複数の訪問看護ステーションが同時に関われる
  • 介護保険の支給限度額を消費しない(訪問看護が医療保険から出るため、限度額の枠をヘルパーや福祉用具に回せます)

最後の項目は特に実務的な意味が大きい部分です。介護保険の枠を使い切ってしまい、必要なヘルパーが入れられない——という事態を避けられます。

ポイント2|40〜64歳でも介護保険が使える

介護保険は原則65歳以上ですが、40〜64歳の方でも「特定疾病」に該当すれば申請できます。がん(医師が一般に認められている医学的知見に基づき回復の見込みがない状態に至ったと判断したもの)は、この特定疾病に含まれます。

働き盛りの世代で胃がんの終末期を迎えた方が、介護ベッドや車いす、訪問入浴を利用できるのはこの規定によるものです。申請から認定までには通常1か月ほどかかりますが、状態によっては暫定的にサービスを先行して開始することもできます。迷ったら早めにケアマネジャーか病院の相談支援センターへお声がけください。

図5 末期がんのときの、2つの保険の分担 医療保険が担当 ● 訪問診療・往診 ● 訪問看護(末期がんは回数制限なし) ● 医療用麻薬・注射・点滴 ● 在宅酸素・医療機器 ● 訪問薬剤管理 高額療養費制度で自己負担に上限あり 介護保険が担当 ● ヘルパー(入浴・食事・排泄の介助) ● 介護ベッド・車いすのレンタル ● 訪問入浴 ● ショートステイ ● ケアマネジャーによる調整 要介護度に応じた支給限度額の範囲内で 末期がんでは訪問看護が医療保険側に移るため、介護保険の枠を生活の支援に集中させられます。

図5|どちらの保険を使うかは制度が決めるので、ご家族が選ぶ必要はありません。ただし「どちらから出ているか」を知っておくと、費用の見通しが立てやすくなります。

SECTION 07在宅でここまでできる|胃がんの場合

「点滴も注射も家では無理だろう」と思われがちですが、実際には病院で行う処置の多くが自宅でも継続できます。胃がんの終末期に特によく行うものを挙げます。

痛みと吐き気を、注射でこまやかに調整する

飲み薬が飲めなくなったとき、多くの方が「もう痛み止めが使えない」と心配されます。実際には、持続皮下注射という方法があります。

  • おなかや胸の皮下に細い針を留置し、小型のポンプで少しずつ薬を注入し続けます。
  • 点滴のように血管を確保する必要がなく、針の交換は数日〜1週間に1回程度です。
  • PCA(自己調節鎮痛法)機能つきのポンプを使えば、痛みが強いときにご本人やご家族がボタンを押して追加投与できます。押しすぎても効きすぎないようロックがかかる仕組みです。
  • 医療用麻薬だけでなく、吐き気止めやオクトレオチド、鎮静薬も同じ経路から使えます。

胃がんでは「痛み」より「吐き気」が主役になることがしばしばあります。飲み薬が使えない状況こそ、皮下注射が力を発揮します。

吐き気を減らすための「減圧」を家で続ける

腸閉塞が解除できないとき、たまった消化液を外に逃がすことで嘔吐を減らせます。鼻からのチューブは苦痛が大きいため、長期にわたる場合は減圧目的の胃ろうを造設し、必要なときだけ開放するという方法をとることがあります。

「胃ろう=栄養を入れるもの」というイメージが強いのですが、この場合は逆に出すためのものです。鼻にチューブが入っていない分、顔まわりがすっきりして会話や外出がしやすく、「口から少し味わって、あとは胃ろうから出す」という過ごし方も可能になります。

その他、自宅で行っている主なこと

対応内容
腹水穿刺おなかが張って苦しいとき、自宅で腹水を抜きます。抜く量と速さを調整すれば、その場で楽になります。
中心静脈栄養・皮下輸液すでに埋め込まれたポートを使って自宅で輸液を続けられます。血管が細い方には皮下から水分を入れる方法もあります。
創部・皮膚のケアやせて骨が出てくると床ずれができやすくなります。訪問看護師が体位や寝具を含めて調整します。
胃切除後の後遺症過去に胃を切除された方は、ビタミンB12不足による貧血やしびれ、ダンピング症状が出ることがあります。定期的な注射で補います。
採血・尿検査訪問時に採血し、翌日には結果が出ます。脱水や電解質の異常、貧血の進行を早めに把握できます。

※横にスクロールできます。

「食べたい」をあきらめなくていい。誤嚥のリスクがあっても、少量をゆっくり味わうことを止めない、という考え方があります。プリンひとさじ、好きだった味噌汁の上澄み、アイスクリーム。栄養としてはほとんど意味がなくても、その人らしさを保つ時間としての意味は大きいものです。どこまでなら安全か、どんな形なら飲み込みやすいかは、訪問看護師や在宅医と相談しながら決めていけます。

SECTION 08終末期の点滴は「増やす」より「減らす」

ご家族から最も多くいただく質問が、これです。「食べられないなら、せめて点滴をたくさんしてください」。

お気持ちはよくわかります。しかし終末期には、点滴を増やすと、かえって苦しくなることがあります。日本緩和医療学会の「終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版)」でも、輸液量を一律に増やすことは推奨されていません。

理由は、体が水分を処理しきれなくなるためです。特に腹膜播種のある胃がんでは、入れた水分がそのまま腹水として貯留し、おなかの張りを強めてしまうことがあります。

  • 腹水が増える:おなかが張り、食事がさらに入らなくなります。
  • むくみが強くなる:手足や顔が腫れ、皮膚が傷つきやすくなります。
  • 痰や気道の分泌物が増える:ゼロゼロという音が強くなり、ご家族が「苦しそう」と感じる原因になります。
  • 胸水がたまる:息苦しさにつながります。

そのため在宅では、体の変化を見ながら1日あたり500〜1,000mL程度、あるいはそれ以下に調整していくことが多くなります。減らすことは「見放すこと」ではなく、楽に過ごすための積極的な判断です。この点は、事前に丁寧にご説明するようにしています。

図6 がんの終末期にたどりやすい経過 体力 高い 低い 時間 ここから変化が速くなる 比較的安定した時期 薬物療法を続けながら 日常生活が送れる 移行期 食事量が減り 横になる時間が増える 最期の数週間〜数日 ここで輸液を増やすと 腹水・むくみ・痰が 増えて苦しくなりやすい がんは最後の1〜2か月で急に変化することが多く、その前に準備できるかが分かれ目になります。

図6|「まだ大丈夫」と見えている時期が長く続いた後、急に変化が来ます。だからこそ、動けるうちに話し合いと準備をしておくことをおすすめしています。

SECTION 09急変したとき、救急車を呼ばなくていい理由

在宅を選ばれるご家族が最も不安に思うのが、「夜中に息を引き取ったらどうすればいいのか」という点です。よくある誤解を、まず解いておきます。

「最後に診察してから24時間以上経っていると、死亡診断書が書けない」というのは誤りです。

厚生労働省は平成24年8月31日付の通知(医政医発0831第1号)で、この解釈を明確にしています。医師が死亡に立ち会っておらず、生前の診察から24時間を経過した場合であっても、死亡後に改めて診察を行い、生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には、死亡診断書を交付することができます。

つまり、在宅療養中の方が自宅で亡くなられた場合、あわてて救急車を呼ぶ必要はありません。訪問診療を受けていれば、かかりつけの在宅医に連絡していただければ済みます。

救急車を呼んでしまうと、救急隊は蘇生処置を行う義務が生じ、望まない心臓マッサージや気管挿管が行われることがあります。搬送先で「かかりつけではない」と判断されれば、警察による検視の対象になることもあります。穏やかに見送るはずだった時間が、まったく違うものになってしまいます。

在宅で見送るときの、実際の流れ

  1. 呼吸が止まったことに気づいても、すぐに連絡しなくて構いません。ご家族だけの時間をとってください。数時間経っても問題ありません。
  2. 落ち着いたら、訪問看護ステーションまたはクリニックに電話します(24時間つながります)。
  3. 看護師が伺い、お体を整えます(エンゼルケア)。
  4. 医師が伺い、診察のうえ死亡診断書をお渡しします。
  5. その後、葬儀社に連絡していただきます。

この流れをあらかじめ紙でお渡ししておくと、ご家族の不安がかなり減ります。ご希望があればお申し付けください。

胃がんで備えておきたいこと

胃がんに特有の注意点として、吐血・下血があります。頻度は高くありませんが、起きたときの見た目のインパクトが大きく、ご家族が強い恐怖を感じられます。あらかじめ次の準備をしておくと安心です。

  • 濃い色(紺・こげ茶)のタオルを枕元に用意しておく(血の色が目立ちにくく、心理的負担が軽くなります)
  • 横向きに寝かせる姿勢を、あらかじめ確認しておく
  • 不安を和らげる薬(頓用)を手元に置いておく
  • 連絡先を、電話機の横に一枚の紙で貼っておく

SECTION 10介護するご家族が倒れないために

在宅療養が続かなくなる理由の多くは、患者さんの状態悪化ではなくご家族の疲弊です。これは支える側の努力不足ではなく、24時間体制の介護がそもそも一人では続かないというだけのことです。

  • レスパイト入院:数日〜2週間程度、症状の調整を兼ねて入院していただき、その間ご家族に休んでいただきます。「介護疲れ」を理由に申し込んで構いません。
  • ショートステイ:介護保険を使った短期入所です。医療的な処置が多い場合は、看護体制の整った施設を選びます。
  • 訪問看護の緊急訪問:末期がんの方は医療保険扱いになるため、夜間・休日を含めて必要なだけ訪問できます。「これは呼んでいいことなのか」と迷ったら、まず電話してください。
  • 訪問入浴:寝たきりでも湯船に入れます。ご本人の満足度が非常に高いサービスです。

そして、在宅で始めたからといって最後まで家にいなければならない、というルールはありません。途中で緩和ケア病棟に移ることも、また家に戻ることもできます。「一度決めたら変えられない」と思い込まないでください。

SECTION 11話し合っておきたいこと(ACP)

ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)は、「延命処置をするかしないか」を書面で決める作業だと誤解されがちですが、本来はもっと日常的な対話です。

在宅でよく話題になること

  • どこで過ごしたいか(自宅・病院・緩和ケア病棟)。そして、途中で気が変わってもよいこと
  • 会っておきたい人、行っておきたい場所、済ませておきたいこと
  • 眠くなってもよいので苦痛を取ってほしいか、多少つらくても意識をはっきり保ちたいか
  • ご本人が話せなくなったとき、誰に判断を託すか
  • ご家族が「これだけは避けたい」と思っていること

話し合った内容は、在宅チーム全員で共有します。夜間に担当が代わっても、方針がぶれないようにするためです。そして、決めたことはいつでも変えられます。気持ちが揺れるのは自然なことで、揺れること自体が問題になることはありません。

この記事のまとめ

  • 「ステージⅣ」と「終末期」は別の概念です。ステージⅣと診断されてからの時間は、決して短いとは限りません。
  • 胃がんの薬物療法は、HER2・PD-L1・CLDN18・MSI/MMRという4つの目印を調べて選ぶ時代になりました。
  • 緩和ケアは治療をあきらめてから始めるものではなく、早くから併用したほうが生活の質が保たれます。
  • 「食べられない」の原因は狭窄・閉塞・食欲低下と多様で、それぞれ打つ手が違います。出血にはガイドラインで位置づけられた止血目的の放射線治療があります。
  • 末期の悪性腫瘍では訪問看護が医療保険扱いになり、回数の制限が外れます。40〜64歳でも介護保険が使えます。
  • 痛み止めや吐き気止めの持続皮下注射、減圧、腹水穿刺など、多くの処置が自宅で継続できます。
  • 終末期の点滴は「減らす」ことが楽につながる場合があります。
  • 自宅で亡くなられた場合、救急車は不要です。かかりつけの在宅医が死亡診断書を交付できます。

ふくろう訪問クリニックにご相談ください

当院は福岡市早良区を拠点に、緩和ケア・難病・精神科・認知症を専門とする在宅医療を行っています。胃がんをはじめとするがんの終末期については、法人内の「ふくろう訪問看護リハビリステーション」と連携し、24時間体制で対応しています。

  • まだ通院できているが、動けなくなったときのことが心配
  • 病院から在宅への切り替えをすすめられたが、何をどう準備すればよいかわからない
  • 吐き気や痛みが強く、家で過ごせるか不安がある
  • ご家族の介護負担が限界に近づいている

こうした段階でのご相談をいつでもお受けしています。病院の主治医や相談支援センター、ケアマネジャーを通してのお問い合わせも歓迎します。「まだ早いのでは」と思われる時期のご相談こそ、いちばん役に立ちます。

参考文献・情報源

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  17. 日本緩和医療学会 編.がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン(2017年版).金原出版, 2017.
  18. 日本緩和医療学会 編.終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版).金原出版, 2013.
  19. 日本緩和医療学会 編.がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版).金原出版, 2020.
  20. 日本がんサポーティブケア学会.アナモレリン(エドルミズ錠)の適正使用について.
  21. 厚生労働省医政局医事課長通知「医師法第20条ただし書の適切な運用について」平成24年8月31日, 医政医発0831第1号.
本記事は一般の方に向けた医学情報の提供を目的としており、個別の診断・治療方針を示すものではありません。実際の治療選択は、必ず主治医とご相談ください。掲載している統計・制度の内容は2026年7月時点の情報に基づいています。制度は改定される場合がありますので、最新の情報は各公的機関の発表をご確認ください。