日本生まれの「飲む5-FU」が、世界の標準を変えた
点滴で何日も続けて入れると効く5-FUを、飲み薬で再現できないか。徳島の研究所で生まれた3成分の配合剤は、胃がんと膵がんの「手術のあと」の標準治療を、日本の試験で決めました。 飲み薬だから軽い、ではありません。副作用は点滴と同じに出ます。飲む日と休む日、熱と下痢、涙目、飲み合わせ。家で続けるための決まりごとを書きます。
この回の結論
- S-1(ティーエスワン)は、徳島の大鵬薬品が作った「飲む5-FU」です。5-FUのもとになる薬に、分解を止める薬と腸を守る薬を混ぜた3成分の配合剤で、1999年に日本で胃がんに承認されました。
- 胃がんの手術のあとに1年飲むと5年生存率が61%から72%に、膵がんの手術のあとでは24%から44%に上がりました。どちらも日本で行われた比較試験で、世界の標準を変えました。
- 飲み薬でも、副作用は点滴の5-FUと同じか、それ以上に出ます。白血球減少、下痢、口内炎、涙目、皮膚の色素沈着。ほかの5-FU系の薬と重ねると危険なので、飲み合わせは薬局で確かめます。1日の薬代は先発品で約1,300円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(ティーエスワン配合OD錠・カプセル・顆粒。後発品あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(ピリミジン系代謝拮抗薬、5-FUの仲間) |
| 主に使うがん | 胃がん(術後補助、進行)、膵がん(術後補助)、大腸がん、頭頸部がん、非小細胞肺がん、乳がん、胆道がん |
| 使い方 | 飲み薬。朝食後と夕食後の1日2回、28日飲んで14日休むのが基本(ほかの飲み方もある)。量は体表面積で40・50・60mgの3段階 |
| 日本での承認 | 1999年(胃がん)。その後、頭頸部・大腸・肺・乳・膵・胆道がんへ広がった |
| 薬価の目安 | ティーエスワン配合OD錠T20 220.8円、T25 301円。後発品はT20で101.8〜113円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:点滴の5-FUを、飲み薬で再現する
第4回の5-FUは、点滴で何日も続けて入れると効き目が上がる薬でした。でも、そのためには入院か、体に埋め込むポンプが要ります。 「同じ血中濃度を、飲み薬で作れないか」。1970年代から、大鵬薬品(本社は東京、研究の拠点は徳島)は5-FUの「もと」になる飲み薬テガフールを売っていましたが、効き目には限りがありました。
1990年代、同社の白坂哲彦らは、テガフールに2つの薬を混ぜる設計を発表します。ひとつは、5-FUを壊す酵素を止めて血中濃度を保つギメラシル。 もうひとつは、腸にとどまって腸での5-FUの働きだけを止め、下痢を減らすオテラシル。3つを1対0.4対1の割合で混ぜたのがS-1です(Shirasaka ら、Anticancer Drugs 1996)。
- 1970年代大鵬薬品が、体の中で5-FUに変わる飲み薬テガフールを発売。のちにウラシルを混ぜたUFTも。
- 1996年白坂らが、テガフール・ギメラシル・オテラシルの3成分配合の設計を発表。
- 1999年日本で胃がんに承認。その後、頭頸部、大腸、肺、乳、膵、胆道がんへ。
- 2007年胃がんの術後に1年飲むと生存が延びることが、日本の1,059人の試験で証明される(ACTS-GC)。
- 2008年進行した胃がんで、シスプラチンと組むと生存が延びることが日本の試験で示される(SPIRITS)。
- 2016年膵がんの術後で、ゲムシタビンより生存を延ばすことが日本の385人の試験で証明される(JASPAC 01)。
SECTION 02 どうやって効くのか:番人がいるから、量が少なくてすむ
5-FUは設計図(DNA)の材料になりすまして工場を止める薬です(第4回)。ただ、体に入った5-FUの8割は、酵素(DPD)によってすぐ壊されます。 ギメラシルはこの酵素を止めるので、少ないテガフールで高い血中濃度が長く続きます。オテラシルは腸だけで働き、腸の粘膜が5-FUで傷むのを減らします。
- ほかの5-FU系の薬と重ねないギメラシルが分解を止めているので、カペシタビンやUFT、5-FUの点滴と重なると血中濃度が危険な高さになります。添付文書の警告は、これらとの併用と、抗真菌薬フルシトシンとの併用を禁じ、切り替えには7日以上の間隔を求めています。
- 骨髄への影響が前に出る従来の飲む5-FUと違い、量を決める副作用は骨髄抑制です。添付文書は頻回の血液検査を求めています。
- 日本人と欧米人で量が違う欧米人はこの薬で消化器の副作用が強く出やすく、海外の試験では日本の6割ほどの量で使われました。日本で作られ、日本人の体で量が決まった薬です。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:日本の試験が、世界の標準を変えた
2007年、日本の109施設で、胃がんの手術(ステージ2・3、リンパ節をしっかり取る郭清)を受けた1,059人を、くじ引きで「手術だけ」と「手術のあとS-1を1年」に分けました。 3年生存率は70.1%から80.1%に上がり、死亡のリスクは32%減りました(Sakuramoto ら、NEJM 2007)。5年生存率は61.1%と71.7%でした(Sasako ら、J Clin Oncol 2011)。 欧米では「手術のあとに飲み薬だけで生存が延びる」試験はなく、胃がんの術後補助療法の標準が、日本の試験で決まりました。
2016年には、膵がんの手術を受けた385人で、ゲムシタビン(第11回)とS-1を比べました。5年生存率は24.4%に対して44.1%、死亡のリスクは43%減(Uesaka ら、Lancet 2016、JASPAC 01)。 膵がんの術後は、日本ではS-1が標準になりました。進行した胃がんでは、シスプラチンと組むと生存期間が11.0か月から13.0か月に延びています(Koizumi ら、Lancet Oncol 2008、305人)。
| 使い方 | 主ながん | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 術後に1年、単独 | 胃がん(ステージ2・3) | ACTS-GC 2007・2011(5年生存61→72%) |
| 術後に半年、単独 | 膵がん | JASPAC 01 2016(5年生存24→44%) |
| シスプラチンやオキサリプラチンと | 進行した胃がん | SPIRITS 2008(生存11.0→13.0か月)。HER2陽性ならトラスツズマブ(第22回)、免疫チェックポイント阻害薬(第39回)も |
| 単独、または他剤と | 大腸がん、頭頸部がん、肺がん、乳がん、胆道がん | 各がんの国内試験 |
表1 S-1の主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。海外では欧米人向けに量を減らした試験が行われ、承認の範囲は国によって違う。
添付文書の対象は、胃がん、結腸・直腸がん、頭頸部がん、非小細胞肺がん、手術不能または再発の乳がん、膵がん、胆道がん、そしてホルモン受容体陽性でHER2陰性の再発リスクが高い乳がんの術後です。 飲み方はA法からF法まであり、がんの種類と組む薬で決まります。
SECTION 04 副作用と、家でできること:飲み薬でも、点滴と同じ副作用
添付文書の集計では、白血球減少が46.7%、血小板減少が15.7%。食欲不振、吐き気、下痢、口内炎、味覚の変化、皮膚の色素沈着、だるさが5%以上に出ます。 胃がんの市販後調査では涙目(流涙)が16.0%、乳がんでは手足症候群が21.8%と高く、間質性肺炎(0.3〜0.7%)、劇症肝炎、重い腸炎(0.5%)も報告されています。
下痢は1日4回以上、または水のような便で連絡し、水分をとります。口内炎はうがいと、熱い物・辛い物を避けること。涙目は涙の通り道が細くなる副作用で、続くなら眼科で診てもらいます。 皮膚の色素沈着(手や顔が黒ずむ)は治療後に薄くなります。手足症候群は保湿と、締めつけない靴。
白血球は飲んでいる間に下がるので、休薬期間の直前が要注意です。発熱は待たずに連絡します。 食欲不振とだるさが続くときは、肝臓の副作用の前ぶれのことがあります。白目が黄色い、尿が濃い、は劇症肝炎の合図で、すぐ受診です。
-
こんなときは37.5度以上の熱が出た。飲んでいる期間の後半に多いこうする薬を飲むのをいったん止めて、その日のうちに病院へ電話する
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こんなときは水のような下痢が1日4回以上、または強い腹痛と血便こうする薬を止めて、水分をとり、その日のうちに連絡する。重い腸炎のことがある
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こんなときは白目が黄色い、尿が濃い茶色、だるさと食欲不振が続くこうする肝臓の合図。薬を止めて、すぐ受診する
カペシタビン、UFT、5-FUの点滴、抗真菌薬フルシトシンとは一緒に使えません。ワルファリンを飲んでいる人は効きが強まることがあり、血液検査を増やします。 B型肝炎ウイルスを持っている人は再活性化の対策が要ります。飲み忘れた分をまとめて飲まないでください。妊娠中は使えません。
胃がんの術後にS-1を飲んでいる方の家では、「28日飲んで14日休む」の暦をカレンダーに色で塗ります。休みの日数を間違えて飲み続けてしまう事故が、飲み薬の抗がん剤ではいちばん多いからです。 朝夕の食後に飲む薬なので、食が細くなった方には「少しでも食べてから」と伝えます。
ほかの病院で出た薬に5-FU系の飲み薬が混ざっていないか、お薬手帳を毎回見ます。皮膚科や整形外科の薬に混ざることはまずありませんが、抗真菌薬(フルシトシン)は要注意です。
SECTION 05 薬価と自己負担:1日約1,300円、1コース約3万7千円
ティーエスワン配合OD錠(カプセルも同額)はT20が220.8円、T25が301円、顆粒はT20が406.5円、T25が546.1円。後発品はT20で101.8〜113円、T25で80.2〜171.2円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 1回60mg(体表面積1.5平方メートル以上)ならT20を3錠、朝夕で6錠。先発品で1日約1,300円、28日で約3万7千円。後発品なら約1万7千円です。
胃がんの術後1年(8コース)では先発品で薬代約30万円、3割負担で約9万円。膵がんの術後は4コースです。 進行がんでシスプラチンやオキサリプラチン(第14回)、抗体薬を組むと、薬代の主役はそちらになります。70歳以上・一般なら外来の上限は月22,000円です(第1回の表1)。
「日本の試験で決まった標準治療」を持っていること。
この連載で扱う薬の多くは、欧米の試験で標準になり、日本に入ってきました。S-1は逆です。日本の患者さんが参加した試験で、胃がんと膵がんの術後の標準が決まり、欧米が追いかけています。 目の前の患者さんに「あなたと同じ日本人の体で確かめた薬です」と言えることは、在宅で説明する側にとって、思った以上に大きな支えです。
飲み薬の抗がん剤は、病院から家へ、治療の場所が移ります。飲む係、休む日を数える係、熱を測る係。家の中の役割を決めるところから、在宅の治療は始まります。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第16回ぶん)
- 「飲む日」と「休む日」をカレンダーに色で塗り、飲む係を決めた。
- 朝夕の食後に飲む。飲み忘れをまとめて飲まない。
- 熱・水のような下痢・白目の黄色は、薬を止めてその日のうちに連絡する。
- ほかの病院の薬に5-FU系や抗真菌薬がないか、お薬手帳で確かめた。
- 涙目や手足の皮膚の変化は、次の受診で伝える。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- 「テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(ティーエスワン配合OD錠・配合カプセル・配合顆粒)添付文書」2025年4月改訂(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/300119_4229101D1033_1_13)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Shirasaka T, et al. Development of a novel form of an oral 5-fluorouracil derivative (S-1) directed to the potentiation of the tumor selective cytotoxicity of 5-fluorouracil by two biochemical modulators. Anticancer Drugs. 1996;7(5):548-557(https://doi.org/10.1097/00001813-199607000-00010)
- Sakuramoto S, et al. Adjuvant chemotherapy for gastric cancer with S-1, an oral fluoropyrimidine. N Engl J Med. 2007;357(18):1810-1820(https://doi.org/10.1056/NEJMoa072252)
- Sasako M, et al. Five-year outcomes of a randomized phase III trial comparing adjuvant chemotherapy with S-1 versus surgery alone in stage II or III gastric cancer. J Clin Oncol. 2011;29(33):4387-4393(https://doi.org/10.1200/JCO.2011.36.5908)
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- Uesaka K, et al. Adjuvant chemotherapy of S-1 versus gemcitabine for resected pancreatic cancer: a phase 3, open-label, randomised, non-inferiority trial (JASPAC 01). Lancet. 2016;388(10041):248-257(https://doi.org/10.1016/S0140-6736(16)30583-9)
- Ajani JA, et al. Multicenter phase III comparison of cisplatin/S-1 with cisplatin/infusional fluorouracil in advanced gastric or gastroesophageal adenocarcinoma study: the FLAGS trial. J Clin Oncol. 2010;28(9):1547-1553(https://doi.org/10.1200/JCO.2009.25.4706)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「胃がん 治療」2026年1月13日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/stomach/treatment.html)、「膵臓がん 治療」2026年3月19日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/pancreas/treatment.html)、「口内炎」(https://ganjoho.jp/public/support/condition/stomatitis/index.html)

