中国の木の成分を、日本の乳酸菌の会社が薬にした
中国原産の木の成分は、米国で見つかったものの、水に溶けず副作用が強くて開発が止まりました。それを拾って薬にしたのは、乳酸菌飲料で知られるヤクルト本社でした。1994年、日本が世界で最初に承認した抗がん剤です。 大腸がん・膵がん・小細胞肺がんの土台になったこの薬の弱点は、点滴の翌日から始まる下痢です。遺伝子で副作用の出やすさを前もって調べられること、家で最初の便を見たときにすることを書きます。
この回の結論
- イリノテカンのもとは、中国原産の木「喜樹(カンレンボク)」の成分です。1966年に米国で見つかりましたが、水に溶けず副作用が強くて止まっていたものを、ヤクルト本社が水に溶ける形に作り替え、1994年に日本が世界で最初に承認しました。
- 大腸がん、膵がん、小細胞肺がんの土台です。5-FUと組む「FOLFIRI」、オキサリプラチンも入れた「FOLFIRINOX」、シスプラチンと組む小細胞肺がんの試験は、いずれも生存を延ばしました。
- 副作用の主役は下痢と白血球の減少で、命に関わることがあります。点滴の翌日以降に始まる下痢は、止痢薬をすぐ飲んで連絡します。副作用の出やすさは遺伝子(UGT1A1)で前もって調べられます。1回の薬代は約6,000円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | イリノテカン塩酸塩水和物(トポテシン点滴静注。後発品あり。かつてはカンプトの名でも) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(トポイソメラーゼI阻害薬) |
| 主に使うがん | 大腸がん(FOLFIRI)、膵がん(FOLFIRINOX)、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、子宮頸がん、卵巣がん、胃がん、乳がん、悪性リンパ腫、小児の固形腫瘍 |
| 使い方 | 点滴。90分以上かけて、1〜2週間ごと。点滴の前24時間以内に必ず血液検査をして、白血球と血小板を確かめてから使う |
| 日本での承認 | 1994年(小細胞肺がん・非小細胞肺がん・子宮頸がん・卵巣がん)。その後、胃がん・大腸がんなどが加わり、2013年に膵がん |
| 薬価の目安 | トポテシン点滴静注100mg 2,444円、40mg 1,039円。後発品は100mgで1,866〜2,414円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:捨てられかけた木の成分を、乳酸菌の会社が拾った
第9回に出てきたウォールとワニのコンビは、太平洋イチイのタキソールより前に、もうひとつの木から薬のもとを見つけていました。 中国原産の喜樹(カンレンボク)の成分「カンプトテシン」です。1966年に構造が発表され、マウスの白血病に強く効きました。
ところが、水にほとんど溶けません。1970年代、米国で塩の形にして人に使うと、腎臓と膀胱に強い副作用が出て、開発は止まりました。 それを拾ったのが、乳酸菌飲料で知られる日本のヤクルト本社でした。1980年代、カンプトテシンに水に溶ける「取っ手」をつけた誘導体を何十種類も作り、 そのひとつCPT-11が、体の中で取っ手が外れて効く薬として選ばれます(Kunimoto ら、Cancer Res 1987。Sawada ら、Chem Pharm Bull 1991)。
- 1966年ウォールとワニが、カンレンボクからカンプトテシンを取り出し、構造を発表。
- 1970年代米国で人に使われるが、水に溶けず、腎臓と膀胱の副作用で中止。
- 1980年代ヤクルト本社が水溶性の誘導体を合成。第一製薬(現・第一三共)と共同で開発へ。
- 1994年日本で承認。世界で最初のイリノテカン。米国は1996年。
- 1998〜2000年大腸がんで「生存を延ばす」ことが欧米の比較試験で証明され、5-FUと組むFOLFIRIが標準に。
- 2002年日本の共同研究グループが、小細胞肺がんで従来の治療より生存を延ばすと報告。
- 2013年膵がん(FOLFIRINOX)が加わる。
SECTION 02 どうやって効くのか:設計図をほどくハサミを、開いたまま固める
細胞が設計図(DNA)をコピーするとき、ねじれた鎖を一時的に切ってほどく酵素(トポイソメラーゼI)が働きます。 イリノテカンの活性体は、この酵素が鎖を切った瞬間に割り込み、切れたまま固めてしまいます。コピー中の細胞は、切れ目だらけの設計図で止まり、死にます。
活性体は、肝臓の酵素UGT1A1で無毒化されて腸へ捨てられます。ところが腸の細菌がそれをまた活性体に戻し、腸の粘膜を傷めます。これが、点滴の翌日以降に出る下痢の正体です。 UGT1A1の働きが生まれつき弱い人(遺伝子の型で分かります)は、活性体が体に残り、下痢と白血球減少が強く出ます。
- 2種類の下痢点滴中〜直後の下痢は神経の反応で一過性。24時間以降の下痢は腸の粘膜の傷で、続くことがあり、脱水と感染を招きます。添付文書は止痢薬(ロペラミド)の使用を求め、予防的に飲み続けることは避けるよう記しています。
- 遺伝子で前もって調べるUGT1A1の型(*6と*28)を両方持つ人や、同じ型を2つ持つ人は、重い副作用が出やすいことが分かっています(添付文書)。日本人では*6が多く、国内の研究で確かめられました。
- 点滴の前に必ず血液検査添付文書の警告は、投与前24時間以内の血液検査と、白血球3,000未満・血小板10万未満なら中止か延期、と定めています。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:大腸がんで「延ばした」最初の薬のひとつ
1998年、5-FUが効かなくなった大腸がんの患者279人を、くじ引きで「支持療法だけ」と「イリノテカン」に分けました。 1年後に生きている人は13.8%から36.2%に増え、痛みや体力の面でも良い結果でした(Cunningham ら、Lancet 1998)。 2000年には、最初の治療として5-FUに足すと、進行までの期間が4.4か月から6.7か月に、生存期間が14.1か月から17.4か月に延びました(Douillard ら、Lancet 2000、387人)。
日本の共同研究グループも、進行した小細胞肺がん154人で、シスプラチンの相棒をエトポシドからイリノテカンに替えると生存期間が9.4か月から12.8か月に延びると報告しました(Noda ら、NEJM 2002)。 膵がんでは、オキサリプラチン・5-FUと組んだFOLFIRINOXが生存期間を6.8か月から11.1か月に延ばしています(第14回)。
| 使い方 | 主ながん | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| FOLFIRI(5-FUと)+抗体薬 | 進行・再発の大腸がん | Douillard 2000(生存14.1→17.4か月) |
| 単独(2次治療) | 5-FUのあとの大腸がん | Cunningham 1998(1年生存13.8→36.2%) |
| FOLFIRINOX | 膵がん | Conroy 2011(生存6.8→11.1か月) |
| シスプラチンと | 進行した小細胞肺がん | Noda 2002(生存9.4→12.8か月) |
表1 イリノテカンの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。膵がんの2次治療には、脂質の膜で包んだ別製剤(オニバイド)もある。
添付文書の対象は、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、子宮頸がん、卵巣がん、胃がん、結腸・直腸がん、乳がん、有棘細胞がん、悪性リンパ腫、小児悪性固形腫瘍、治癒切除不能な膵がんの11種類です。 UGT1A1の遺伝子検査は保険で受けられ、膵がんの添付文書は、遺伝子の型を含めて患者を選ぶよう求めています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:下痢は「翌日から」が本番
添付文書の集計では、白血球減少84%、好中球減少81%、貧血61%、下痢66%、食欲不振81%、吐き気・嘔吐77%、脱毛も多く、間質性肺炎が2.4%にありました。 警告には、骨髄抑制と下痢で亡くなった例があると書かれています。
翌日以降の下痢は、最初の軟便で止痢薬(ロペラミド)を飲み始め、水分(経口補水液)をとり、病院に連絡します。「様子を見る」は禁物で、脱水と白血球減少が重なると危険です。 点滴中の下痢や汗・腹痛は神経の反応で、病院で薬を使えば治まります。
白血球は1〜2週間後に底になります。下痢と熱が同時なら、その日のうちに受診です。 吐き気は吐き気止めを予定どおり、脱毛は2〜3週間後から。空咳・息切れは間質性肺炎の合図で、日数に関係なく連絡します(第11回)。
-
こんなときは点滴の翌日以降に、水のような便が1日4回以上、または下痢と熱が一緒に出たこうする止痢薬を飲み、水分をとり、その日のうちに病院へ連絡する。夜でも待たない
-
こんなときは点滴の1〜2週間後に37.5度以上の熱が出たこうする白血球の底。夜間・休日でも、その日のうちに電話する
-
こんなときはお腹が張って便もガスも出ない、強い腹痛こうする腸が動かなくなっている(腸閉塞)ことがある。止痢薬は追加せず、すぐ連絡する
下痢(水様便)がある日、腸閉塞や腸の麻痺がある人、間質性肺炎のある人、黄疸のある人には使えません。 止痢薬や医療用麻薬(モルヒネなど)は腸の動きを止めるので、腸閉塞の合図があるときは追加せず相談します。妊娠中は使えません。
FOLFIRIを受けている大腸がんの方の家では、トイレの回数を紙に書いてもらいます。「1日何回、どんな便か」が電話で言えると、病院の判断が早くなります。 止痢薬と経口補水液は、点滴の日に家に置いておきます。
医療用麻薬で便秘気味の方が、この薬で急に下痢になると、ご家族は「よくなった」と思いがちです。下痢の日は麻薬の便秘薬を止めて、止痢薬に切り替える。その切り替えを、訪問のたびに確かめています。
SECTION 05 薬価と自己負担:1回約6,000円
トポテシン点滴静注は100mgが2,444円、40mgが1,039円。後発品は100mgで1,866〜2,414円、40mgで922〜3,070円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 FOLFIRIの量(体表面積1平方メートルあたり150mg)なら1回およそ240mgで約6,000円、FOLFIRINOX(180mg)なら約7,000円です。2週間ごとに続けます。
大腸がんではベバシズマブ(第23回)などの抗体薬を組むことが多く、薬代の主役はそちらになります。 3割負担ならこの薬は1回約1,800円。70歳未満・年収約370〜770万円なら高額療養費で月85,800円+1%、70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です(第1回の表1)。
「翌日からの下痢」を、家族の言葉にしておく。
この薬の下痢は、病院にいる点滴の日ではなく、家に帰った翌日以降に始まります。だから、病院の看護師より先に、ご家族が最初の便を見ます。 「水みたいな便が出たら、この薬を飲んで、この番号に電話」。それを冷蔵庫に貼っておくだけで、この薬の危なさはずいぶん減ります。
日本が世界で最初に承認した抗がん剤、という話は、患者さんにはあまり関係がありません。でも、日本人に多いUGT1A1の型を国内の研究者が調べ、添付文書に載せてくれたことは、いま目の前の患者さんの安全に直接つながっています。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第15回ぶん)
- 止痢薬と経口補水液を、点滴の日に家に用意した。
- 「何回出たら止痢薬を飲むか」「いつ電話するか」を紙でもらい、冷蔵庫に貼った。
- トイレの回数と便の様子を紙に書いている。
- UGT1A1の検査結果をお薬手帳に書いた。
- お腹が張って便もガスも出ないときは、止痢薬を足さずに連絡すると決めた。
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- 臨床試験で確かめること第1相〜第3相の試験がそれぞれ何を確かめる段階なのかを、人数と期間まで含めて説明しています。
連載「優秀な抗がん剤」全50回
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- シクロホスファミド——毒ガスの研究から生まれた、最初の抗がん剤
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- ドキソルビシン——アドリア海の土から生まれた「赤い薬」と、心臓の話
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- カルボプラチン——腎臓と吐き気にやさしく設計された、シスプラチンの「弟」
- パクリタキセル——イチイの木を切り尽くす前に、葉から作れるようになるまで
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- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- アルフレッサファーマ「トポテシン点滴静注40mg・100mg 添付文書」2025年12月改訂(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/300119_4240404A1067_1_15)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Wall ME, Wani MC, Cook CE, Palmer KH, McPhail AT, Sim GA. Plant antitumor agents. I. The isolation and structure of camptothecin, a novel alkaloidal leukemia and tumor inhibitor from Camptotheca acuminata. J Am Chem Soc. 1966;88(16):3888-3890(https://doi.org/10.1021/ja00968a057)
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