白血病の子どもに、初めて「寛解」をもたらした薬
1948年、ボストンの小児科医が、白血病の子どもに「葉酸の偽物」を注射しました。 それまで数週間で亡くなるしかなかった病気が、一時的にせよ引いていく。抗がん剤が「効く」と初めて示された瞬間です。 その薬の子孫であるメトトレキサートは、いまも白血病・骨肉腫・絨毛がんの標準治療にあり、リウマチの薬としても数十万人が飲んでいます。
この回の結論
- 1948年、白血病の子ども16人のうち10人で、初めて薬による寛解(病気が引くこと)が報告されました。メトトレキサートはその薬の改良型で、日本では1963年から使われています。
- 白血病、絨毛がん、骨肉腫では、ほかの薬と組み合わせて「治す」ための土台です。小児の急性リンパ性白血病は、いま5年生存率が9割を超えます。
- がんには毎日か連日、リウマチには週1回。同じ薬でも飲み方がまるで違い、飲み方を間違えると命に関わります。1錠18.5円の安い薬ですが、家での管理がいちばん大事な薬です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | メトトレキサート(メソトレキセート錠2.5mg、注射用メソトレキセート、点滴静注液)。リウマチ用は別の商品名(リウマトレックスなど) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(葉酸代謝拮抗薬) |
| 主に使うがん | 急性白血病、絨毛がん、骨肉腫(大量療法)、乳がん(CMF)、尿路上皮がん(M-VAC)。ほかに関節リウマチ、乾癬など |
| 使い方 | がんには飲み薬を連日、または注射・点滴。骨肉腫では大量に点滴し、あとから「解毒薬」(ホリナート)で正常な細胞を救う。リウマチには週1〜2日だけ飲む |
| 日本での承認 | 1963年(錠)、1968年(注射) |
| 薬価の目安 | 錠2.5mg 18.5円、注射用50mg 3,394円、点滴静注液1,000mg 28,884円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:葉酸の「偽物」を作る
1940年代、ボストンの小児科医シドニー・ファーバーは、白血病の子どもに葉酸を与えると、かえって病気が進むことに気づきました。 白血病の細胞は、葉酸を材料にして猛烈に増えている。ならば、葉酸によく似た「偽物」を与えて、材料の取り込みを邪魔できないか。
偽物を作ったのは、製薬会社レダリーの研究所のシーガーやスバローたちでした。1947年に合成されたアミノプテリンを、ファーバーは翌年、白血病の子どもたちに使いました。 16人のうち10人で、病気が一時的に引きました。抗がん剤で「寛解」が起きた、世界で最初の報告です。
- 1947年米国レダリー研究所のシーガーらが、葉酸の偽物アミノプテリンを合成した。
- 1948年ファーバーが、急性白血病の子ども16人のうち10人で一時的な寛解を報告した。数か月後には再発したが、「薬でがんが引く」ことが初めて示された。
- 1950年代より扱いやすい改良型のメトトレキサートが主役になる。1956年、絨毛がん(胎盤から生じる女性のがん)が、この薬だけで消えたと報告された。薬だけで固形がんが治った最初の例。
- 1963年日本でメソトレキセート錠が発売。1968年に注射薬。
- 1970年代大量に点滴し、あとから解毒薬で正常な細胞を救う「大量療法」が、骨肉腫の子どもの再発を減らすと分かる。
- 1980年代〜ごく少ない量を週1回飲む使い方が、関節リウマチの標準治療になる。日本では1999年からリウマチ用の製剤が使われている。
SECTION 02 どうやって効くのか:材料を偽物で止め、解毒薬で救う
細胞が分裂するには、設計図(DNA)をコピーする材料が要ります。葉酸はその材料を作る工場の部品です。 メトトレキサートは葉酸に形が似ていて、工場の酵素に先に座り込んでしまいます。材料が作れず、分裂の速い細胞から止まります。
この薬のもう一つの発明は、「解毒薬」を後から使うことです。ホリナート(ロイコボリン)は工場に材料を直接届ける薬で、 大量のメトトレキサートで正常な細胞が傷む前に救い出します。がん細胞は取り込みが遅く、間に合わないことが多い。この差を使うのが骨肉腫の大量療法です。
- 白血病では、ほかの薬と組み合わせてビンクリスチン(第5回)やステロイドなどと組み、何年もかけて再発を防ぎます。髄液に直接入れて、脳への再発も防ぎます。
- 骨肉腫では、大量に点滴して解毒薬で救う通常の何十倍もの量を点滴し、決まった時間にホリナートを使います。血中濃度を測りながら行う、病院でしかできない治療です。
- リウマチでは、ごく少量を週1回がんの治療の何十分の一の量です。免疫の暴走を静める目的で、何年も続けます。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:「治る」を最初に見せた薬
1956年、米国国立がん研究所のリー、ハーツらは、絨毛がんの女性にメトトレキサートを使い、転移していたがんが消えて再発しなかったことを報告しました。 薬だけで固形がんが治った、人類で最初の例です(Hertz ら、Proc Soc Exp Biol Med 1956)。
小児の急性リンパ性白血病では、メトトレキサートを含む組み合わせと、髄液への注射で脳への再発を防ぐ治療が1960〜70年代に確立し、 米国の共同研究グループの集計では、5年生存率は1990〜94年の83.7%から2000〜05年には90.4%に上がりました(Hunger ら、J Clin Oncol 2012、21,626人)。 頭への放射線をやめても、5年生存率93.5%という報告もあります(Pui ら、NEJM 2009、498人)。
がん向けの添付文書の対象は、急性白血病、慢性白血病、絨毛性疾患(絨毛がんなど)、乳がん(CMF)、尿路上皮がん(M-VAC)、骨髄移植の合併症の予防です。 骨肉腫の大量療法や小児の治療は、学会のプロトコルに沿って行われます。リウマチ用の製剤は商品名も添付文書も別で、量は週に6mgが基本(最大16mg)です。
SECTION 04 副作用と、家でできること:飲み方の事故を防ぐ
この薬で家族がいちばん知っておくべきことは、副作用の名前ではなく「飲み方の事故」です。 リウマチの週1回の薬を、毎日飲んでしまう。入院先や施設で持参薬を連日出してしまう。それだけで、骨髄が止まります。
共通するのは骨髄抑制(白血球・血小板の減少)、口内炎、肝臓と腎臓への負担、まれな間質性肺炎です。 口内炎は、うがいと柔らかい歯ブラシで軽くできます。水分をとって尿を出すことが、腎臓を守ります。
医薬品医療機器総合機構(PMDA)は2008年と2016年に、リウマチ用メトトレキサートの「連日服用の事故」を繰り返し注意喚起しています。 薬のシートには服用日を書き込む欄があり、切り離さずに渡すことが求められています。家では、お薬カレンダーの「飲まない日」を、飲む日より目立たせてください。
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こんなときは週1回の薬を、何日か続けて飲んでしまったこうする気づいた時点で、次を待たずに病院か薬局へ電話する。解毒薬(ホリナート)は早いほど効く
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こんなときは口内炎がひどくて食べられない、発熱、のどの痛みこうする骨髄抑制のサインのことがある。その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは空咳、息切れ、発熱が続くこうする間質性肺炎の可能性。その日のうちに連絡する。リウマチの少量でも起きる
妊娠中は使えず、男女とも治療中と治療後しばらくは避妊が必要です。市販の痛み止め(非ステロイド性消炎鎮痛薬)や一部の抗菌薬は、この薬の排泄を遅らせて副作用を強めることがあります。 新しく薬を足すときは、必ずお薬手帳を見せてください。胸水や腹水がある人は、薬がそこにたまって毒性が長引くため、使えません。
訪問先でこの薬に出会うのは、がんよりリウマチのほうが多いです。「白い小さな錠剤、週に1回」と聞いたら、私たちは必ずお薬カレンダーを開きます。 連日のポケットに入っていたことが、実際にあります。がんの治療で退院した方では、口の中を見せてもらい、体温と尿の量を聞きます。 骨肉腫の大量療法を受けた若い方が、点滴のあとに家で水分をとる大切さを一番よく知っています。
SECTION 05 薬価と自己負担:1錠18.5円
メソトレキセート錠2.5mgは1錠18.5円、注射用50mgは3,394円、大量療法に使う点滴静注液1,000mgは28,884円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 1948年から数えて78年、いまも1錠が缶コーヒーより安い薬です。
骨肉腫の大量療法では体表面積1平方メートルあたり8〜12gを使うので、1回の薬代は約40〜55万円。ただし入院して行う治療なので、 70歳未満・年収約370〜770万円なら高額療養費で月の自己負担は85,800円+1%に頭打ちになり、4か月目からは44,400円です(第1回の表1)。
「週1回」の薬を、家族全員が知っていてほしい。
メトトレキサートの事故は、薬が悪いのではなく、飲み方が特殊なのに見た目が普通の錠剤であることから起きます。 本人が覚えていても、入院先や施設、代わりに薬を出す家族に伝わっていないと、連日出されることがあります。
私たちは訪問のたびに、お薬カレンダーの「飲まない日」が空いているかを見ます。 がんの薬としてのこの薬の歴史は、「薬でがんが治る」を最初に証明した誇らしいものです。その薬を、家で安全に扱えることが、家族の仕事です。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第3回ぶん)
- この薬を「毎日」飲むのか「週に何日」飲むのかを、お薬手帳で確かめた。
- お薬カレンダーで、飲まない日を空欄にし、家族全員が知っている。
- 入院や施設に入るとき、飲み方の紙を薬と一緒に渡すと決めた。
- 口内炎、発熱、空咳が出たときの連絡先を貼った。
- 市販薬やサプリメントを足す前に、薬局に相談すると決めた。
この回に関連する記事
連載の外にある、ふくろう訪問クリニックのコラムです。この回の内容をさらに掘り下げたいときに読んでください。
- 根拠には強さの順番がある:詐欺医療に騙されないこの回の「決め手になった試験」が、体験談・動物実験・比較試験のどの段にあるかを、一枚の表で確かめられます。
- 臨床試験で確かめること第1相〜第3相の試験がそれぞれ何を確かめる段階なのかを、人数と期間まで含めて説明しています。
連載「優秀な抗がん剤」全50回
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- シクロホスファミド——毒ガスの研究から生まれた、最初の抗がん剤
- メトトレキサート——白血病の子どもに、初めて「寛解」をもたらした薬
- フルオロウラシル(5-FU)——60年以上、消化器がんの土台であり続ける理由
- ビンクリスチン——糖尿病の薬を探していたら、白血病の薬が見つかった
- ドキソルビシン——アドリア海の土から生まれた「赤い薬」と、心臓の話
- シスプラチン——電極の実験の偶然が、精巣がんを「治る病気」に変えた
- カルボプラチン——腎臓と吐き気にやさしく設計された、シスプラチンの「弟」
- パクリタキセル——イチイの木を切り尽くす前に、葉から作れるようになるまで
- ドセタキセル——前立腺がんで初めて「延命」を証明した化学療法
- ゲムシタビン——抗ウイルス薬の候補が、膵がんの標準治療になるまで
- ペメトレキセド——蝶の羽の色素の研究から生まれた、肺がんと中皮腫の薬
- テモゾロミド——脳腫瘍の治療を変えた、家で飲める抗がん剤
- オキサリプラチン——名古屋で生まれ、フランスで育ち、日本に帰ってきた薬
- イリノテカン——中国の木の成分を、日本の乳酸菌の会社が薬にした
- S-1(ティーエスワン)——日本生まれの「飲む5-FU」が、世界の標準を変えた
- タモキシフェン——避妊薬の失敗作が、世界で最も使われた乳がんの薬になった
- アロマターゼ阻害薬——「女性ホルモンを作らせない」という発想の乳がん治療
- リュープロレリン——武田薬品の徐放製剤が変えた、前立腺がんのホルモン療法
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- ファイザー「メソトレキセート錠2.5mg 添付文書」2026年3月改訂(販売開始1963年3月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/672212_4222001F1027_3_03)、同「注射用メソトレキセート 添付文書」2026年9月改訂(販売開始1968年4月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/672212_4222400D1024_3_07)
- ファイザー「メソトレキセート錠2.5mg 医薬品インタビューフォーム」(開発の経緯:1947年アミノプテリン合成、ファーバーの報告、1956年絨毛がん)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/3/672212_4222001F1027_3_1F.pdf)
- ファイザー「患者向医薬品ガイド メソトレキセート錠2.5mg」(https://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/GUI/672212_4222001F1027_3_01G.pdf)
- 医薬品医療機器総合機構「PMDA医療安全情報 No.6 抗リウマチ剤メトトレキサート製剤の誤投与(過剰投与)について」2008年10月(https://www.pmda.go.jp/files/000144728.pdf)、同「No.49(その2)」2016年11月(https://www.pmda.go.jp/files/000214827.pdf)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Farber S, Diamond LK. Temporary remissions in acute leukemia in children produced by folic acid antagonist, 4-aminopteroyl-glutamic acid. N Engl J Med. 1948;238(23):787-793(https://doi.org/10.1056/NEJM194806032382301)
- Hertz R, Li MC, Spencer DB. Effect of methotrexate therapy upon choriocarcinoma and chorioadenoma. Proc Soc Exp Biol Med. 1956;93(2):361-366(https://doi.org/10.3181/00379727-93-22757)
- Jaffe N, Frei E, Traggis D, Bishop Y. Adjuvant methotrexate and citrovorum-factor treatment of osteogenic sarcoma. N Engl J Med. 1974;291(19):994-997(https://doi.org/10.1056/NEJM197411072911902)
- Hunger SP, et al. Improved survival for children and adolescents with acute lymphoblastic leukemia between 1990 and 2005: a report from the Children’s Oncology Group. J Clin Oncol. 2012;30(14):1663-1669(https://doi.org/10.1200/JCO.2011.37.8018)
- Pui CH, et al. Treating childhood acute lymphoblastic leukemia without cranial irradiation. N Engl J Med. 2009;360(26):2730-2741(https://doi.org/10.1056/NEJMoa0900386)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「口内炎・口内の乾燥」2025年10月21日更新(https://ganjoho.jp/public/support/condition/stomatitis/index.html)

