エーザイの研究所から生まれた、肝がん・甲状腺がんの飲み薬
2000年、エーザイ筑波研究所で始まった血管新生阻害薬のプロジェクトは、海外の先行薬に「周回遅れ」と言われました。4年かけて作った評価法で選んだ化合物E7080は、標準治療のなかった甲状腺がんで最初に花を咲かせ、2015年、日本が世界に先駆けて承認します。 肝がんで10年ぶりに「並んだ」試験、免疫の薬と組む使い方、高血圧・蛋白尿・手足症候群・食欲低下という副作用の顔ぶれと家での手当て、病気で3倍違う薬代まで書きます。
この回の結論
- レンバチニブは、がんが血管を呼び寄せる受け皿(VEGFR、FGFR)をまとめてふさぐ飲み薬です。エーザイの筑波研究所で生まれ、2015年に日本で世界に先駆けて承認されました。まず甲状腺がん、次に肝がん、いまは子宮体がん・腎がんでも使われます。
- 放射性ヨウ素が効かなくなった甲状腺がんでは、進行までの期間を3.6か月から18.3か月に延ばしました。肝がんでは、10年間ソラフェニブしかなかった一次治療に「並ぶ」薬になり、免疫チェックポイント阻害薬と組む治療にも使われます。
- 副作用は高血圧(57%)、尿の蛋白、手足症候群、下痢、食欲低下、甲状腺の働きの低下。ベバシズマブ(第23回)と同じ「血管の薬」の副作用に、飲み薬ならではの疲れと食欲低下が加わります。薬代は病気により月21〜59万円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | レンバチニブ(レンビマカプセル) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(飲むマルチキナーゼ阻害薬。VEGFR1〜3、FGFR1〜4、PDGFRα、KIT、RETをふさぐ血管新生阻害薬) |
| 主に使うがん | 根治切除できない甲状腺がん、切除できない肝細胞がん、切除できない胸腺がん、化学療法後に進行した子宮体がん(ペムブロリズマブと)、腎細胞がん(ペムブロリズマブと) |
| 使い方 | 飲み薬、1日1回。甲状腺がん・胸腺がんは24mg、肝がんは体重60kg以上で12mg・未満で8mg、子宮体がん・腎がんは20mg(ペムブロリズマブと)。副作用に応じて減量する |
| 日本での承認 | 2015年3月(甲状腺がん、世界初)。2018年肝細胞がん、2021年胸腺がん・子宮体がん、2022年腎細胞がん |
| 薬価の目安 | レンビマカプセル4mg 3,421.7円、10mg 8,090円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:「周回遅れ」から、世界初承認へ
2000年4月、エーザイ筑波研究所(茨城県つくば市)で、がんの血管新生を止める飲み薬を作るプロジェクトが始まりました。血管を呼ぶ物質の受け皿(VEGFR)をふさぐ薬は、すでに海外の会社が先行していました。 研究チームは、化合物の効き目を動物で正しく測る評価法を4年かけて作り、候補を3つに絞り、肝がんのモデルで最も長く生かした「661番」を選びました。2002年、その化合物はE7080と名づけられます(SlowNews「がん新薬誕生」)。
人での試験は2006年に始まりました。同じ仕組みの薬(ソラフェニブ、スニチニブ)が次々承認されるなか、E7080が最初に力を示したのは、放射性ヨウ素が効かなくなった甲状腺がんでした。第2相試験で58人中34人(59%)の腫瘍が縮み(エーザイ 2011年)、 2015年、日本は世界に先駆けてこの薬を「根治切除不能な甲状腺がん」に承認します。3年後、肝がんの大きな比較試験で、それまで唯一の薬だったソラフェニブに劣らないことが示され、肝がんの一次治療に加わりました。
- 2000年エーザイ筑波研究所で、血管新生を止める飲み薬のプロジェクトが始まる。
- 2002年候補化合物がE7080と名づけられ、開発へ。2006年、人での最初の試験。
- 2008年肝がん一次治療の標準薬ソラフェニブが登場(Llovet ら、NEJM 2008)。以後10年、肝がんの飲み薬はこれだけだった。
- 2011年甲状腺がんの第2相試験で奏効率59%。2012年、希少疾病用医薬品に指定。
- 2015年3月、日本で甲状腺がんに世界初承認。同年、国際試験で進行までの期間が5倍に延びたと報告(SELECT試験)。
- 2018年3月、肝細胞がんに承認。ソラフェニブと並ぶ一次治療に(REFLECT試験)。
- 2021〜22年胸腺がん、子宮体がん(ペムブロリズマブと)、腎細胞がん(同)に承認。
SECTION 02 どうやって効くのか:血管を呼ぶ受け皿をふさぎ、がん自身の合図も止める
ベバシズマブ(第23回)は、がんが出す「血管を呼ぶ手紙」(VEGF)を抗体でつかまえました。レンバチニブは、その手紙を受け取る側の受け皿(VEGFR)を細胞の中からふさぎます。同時に、線維芽細胞増殖因子の受け皿(FGFR)もふさぎます。 FGFRは、がんがVEGFの道をふさがれたときに使う「裏の道」で、ここも止めるのがこの薬の特徴です。
- 血管の薬の副作用が出る正常な血管の仕事(血圧の調節、腎臓で蛋白を漏らさない、傷を治す)も止めるので、高血圧、蛋白尿、傷の治りの遅れ、出血が出ます。ベバシズマブと同じ理由です。
- 甲状腺の働きが落ちる甲状腺への血流や酵素の働きに影響し、3人に1人以上で甲状腺機能が低下します。甲状腺を切除した人はもちろん、そうでない人も採血で見て、ホルモンの飲み薬で補います。
- 免疫の薬と相性がよい腫瘍の中の血管が整うと、免疫の細胞が入りやすくなると考えられています。子宮体がんと腎がんでは、免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブ(第40回)と組んで使います。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:甲状腺で5倍、肝がんで「並んだ」
2015年、放射性ヨウ素が効かなくなった甲状腺がん392人を、くじ引きで「レンバチニブ」と「偽薬」に分けました。進行までの期間は3.6か月から18.3か月に延び、腫瘍が縮んだ人は1.5%から64.8%に増えました(Schlumberger ら、NEJM 2015、SELECT試験)。
2018年、切除できない肝細胞がん954人で、レンバチニブとソラフェニブを比べた試験では、生存期間は13.6か月対12.3か月で「劣らない」ことが示され、腫瘍が縮んだ人は24.1%対9.2%でした(Kudo ら、Lancet 2018、REFLECT試験)。 2022年には、化学療法後に進行した子宮体がん827人で、ペムブロリズマブと組むと生存期間が11.4か月から18.3か月に延び(Makker ら、NEJM 2022)、腎細胞がん1,069人では進行までの期間が9.2か月から23.9か月に延びました(Motzer ら、NEJM 2021、CLEAR試験)。
| がん | 使い方 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 甲状腺がん(放射性ヨウ素が効かない分化がん、髄様がん、未分化がん) | 1日24mg、単独 | SELECT 2015(進行まで3.6→18.3か月) |
| 肝細胞がん | 1日8〜12mg、単独。いまは免疫の薬との併用(第41回)が先のことが多い | REFLECT 2018(ソラフェニブに劣らず) |
| 子宮体がん(化学療法後) | 1日20mg+ペムブロリズマブ | Makker 2022(生存11.4→18.3か月) |
| 腎細胞がん | 1日20mg+ペムブロリズマブ | CLEAR 2021(進行まで9.2→23.9か月) |
| 胸腺がん | 1日24mg、単独 | 国内の第2相試験(2021年承認) |
表1 レンバチニブの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。4mgカプセルだけが肝細胞がんの効能を持つ。
添付文書の対象は、根治切除不能な甲状腺がん、切除不能な肝細胞がん、切除不能な胸腺がん、化学療法後に進行した子宮体がん、腎細胞がんです。効き目を前もって調べる遺伝子検査はありません。 量はがんの種類ごとに違い、副作用に応じて4mgきざみで減らす決まりが添付文書にあります。
SECTION 04 副作用と、家でできること:血圧、尿、手足、甲状腺、そして食欲
添付文書の集計では、高血圧56.8%、下痢45.1%、甲状腺機能低下37.5%、食欲減退36.9%、疲労30.6%、蛋白尿29.7%、手足症候群29.1%、肝障害20.1%、血小板減少17.2%、出血14.9%。 重大なものとして、高血圧クリーゼ、動脈解離、動脈・静脈の血栓、肝不全、消化管穿孔・瘻孔、可逆性後白質脳症症候群、心臓の障害、間質性肺疾患が記されています。甲状腺がんでは、腫瘍が縮んだあとの頸動脈の露出や出血にも注意が要ります。
血圧は毎朝家で測ります。飲み始めの1〜2週間で上がることが多く、上が140を超える日が続けば降圧薬を足します。尿の蛋白は受診ごとに調べ、泡立つ尿とむくみが合図です。 手足症候群(手のひら・足の裏の赤み、痛み、皮むけ)は、保湿、厚い靴下、長時間の立ち仕事を避けることで軽くなります(がん情報サービス「皮膚のトラブル」)。
食欲低下と体重減少は、この薬で最も暮らしに響く副作用です。食べられる物を少量ずつ、体重を週2回。減り続けるときは減量や休薬を相談します。 甲状腺は採血で見て、低下していればホルモンの薬を足します。だるさ、寒がり、むくみが合図です。
-
こんなときは血圧の上が180を超えた、強い頭痛、目が見えにくい、けいれんこうする高血圧クリーゼや脳症の合図。薬を飲まずに、その日のうちに受診する
-
こんなときは急に強い腹痛、吐血・黒い便、首の腫瘍からの出血(甲状腺がん)こうする穿孔や大出血の合図。すぐ病院へ。夜なら救急に電話する
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こんなときは片方の手足の力が抜ける、胸の痛み、急な背中の激痛こうする脳梗塞・心筋梗塞・動脈解離のことがある。救急車を呼ぶ
手術や抜歯の前後は傷の治りが遅れるので、予定があれば必ず前もって伝えます。血圧のコントロールがついていない人は、先に血圧を整えてから始めます。 副甲状腺の働きが低い人はカルシウムが下がりやすく、採血で見ます。妊娠中は使えません。
肝がんでこの薬を飲んでいる方の家では、血圧手帳と体重表の2冊が主役です。血圧が上がるのは薬が効いている裏返しでもあり、降圧薬を足しながら続けます。 食欲が落ちて体重が減り始めたときに「がんばって食べる」ではなく「量を減らす相談」に切り替えるのが、この薬を長く続けるこつです。
甲状腺の薬を追加された方は、飲む薬が増えたことで「悪くなった」と感じがちです。副作用への対処であってがんの悪化ではない、と伝えます。
SECTION 05 薬価と自己負担:病気により月21〜59万円
レンビマカプセルは4mgが3,421.7円、10mgが8,090円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。肝がんの量(体重60kg未満で8mg=4mg×2)なら1日6,843円、30日で約20万5千円。60kg以上(12mg)なら約30万8千円。 甲状腺がんの量(24mg=10mg×2+4mg)なら1日19,602円、30日で約58万8千円。子宮体がん・腎がん(20mg)なら約48万5千円に、ペムブロリズマブの分が加わります。
3割負担では月6万2千〜17万6千円で、多くの人が高額療養費の上限に届きます。70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+(医療費−286,000円)×1%、4か月目からは44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円です(第1回の表1)。
「劣らない」という結果の価値。
肝がんの比較試験で、レンバチニブはソラフェニブに「勝った」わけではなく「劣らなかった」のです。それでも、腫瘍が縮む人が2.6倍で、副作用の顔ぶれが違う薬が1つ増えたことは、患者さんにとって選択肢が2倍になったことを意味します。 10年間、飲み薬が1つしかなかった病気では、「並ぶ」ことに十分な価値がありました。
在宅で見ていると、この薬の続けやすさは「食べられるか」で決まります。効き目の数字より先に、体重表を見る。それがこの薬との付き合い方です。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第29回ぶん)
- 毎朝の血圧を手帳に書き、上が140を超える日が続いたら連絡する。
- 体重を週2回測り、減り続けるときは減量の相談をする。
- 手足の保湿と厚い靴下。泡立つ尿とむくみは次の受診で伝える。
- 抜歯・手術の予定は、決める前に主治医に伝える。
- 血圧180超・強い腹痛・吐血・胸痛・急な背中の激痛は待たずに受診する。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- エーザイ「レンビマカプセル4mg・10mg 添付文書」2025年6月改訂(販売開始2015年5月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/170033_4291039M1020_1_21)、同 医薬品インタビューフォーム(開発の経緯:エーザイ筑波研究所で合成、2012年8月希少疾病用医薬品指定、2015年3月甲状腺癌承認、2018年3月肝細胞癌、2021年3月胸腺癌、2021年12月子宮体癌、2022年2月腎細胞癌)
- エーザイ「Lenvatinib(E7080)が進行性放射性ヨウ素治療抵抗性分化型甲状腺がんを対象とする第Ⅱ相臨床試験で59%の奏功率を実証」2011年6月2日(https://www.eisai.co.jp/news/news201144.html);SlowNews「がん新薬誕生 第3回 化合物選択」(エーザイ筑波研究所のプロジェクトHOPEとE7080の選定)(https://note.com/slownewsjp/n/nc0eb48d27d3b)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
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