名古屋で生まれ、フランスで育ち、日本に帰ってきた薬
1978年、名古屋市立大学で合成された白金の化合物は、フランスで薬になり、2005年に日本へ戻ってきました。兄のシスプラチンが効かなかった大腸がんに効き、手術のあとの再発を減らす「FOLFOX」の主役です。 この薬の副作用は少し変わっています。冷たい物に触れるとしびれる。冷蔵庫の前に手袋を置く理由と、しびれを残さずに治療を終えるコツを書きます。
この回の結論
- オキサリプラチンは、1970年代に名古屋市立大学の喜谷喜徳(きだに・よしのり)らが合成した白金の薬です。スイスとフランスの会社が育て、1996年にフランスで承認され、2005年に日本へ「逆輸入」されました。
- 兄のシスプラチン(第7回)が効かなかった大腸がんに効きます。5-FUと組む「FOLFOX」は、手術のあとの再発を減らし、進行した大腸がん・胃がん・膵がんの土台になりました。
- 副作用の主役は冷たい物で出るしびれです。点滴の直後から出て、回数を重ねると残ります。冷たい飲み物と冷たい空気を避け、「ボタンがかけにくい」を早めに伝えることが、家での仕事です。1回の薬代は先発品で約2万5千円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | オキサリプラチン(エルプラット点滴静注液。後発品あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(白金製剤) |
| 主に使うがん | 大腸がん(進行・再発、結腸がんの術後補助)、膵がん(FOLFIRINOX)、胃がん、小腸がん。いつも5-FU(第4回)やカペシタビンなどと組んで使う |
| 使い方 | 点滴。2時間かけて、2週間ごと(FOLFOX)または3週間ごと(カペシタビンと組むCAPOX)。外来で受ける |
| 日本での承認 | 2005年3月(進行・再発の結腸・直腸がん)。2009年に術後補助療法、2013年に膵がん、2015年に胃がん |
| 薬価の目安 | エルプラット点滴静注液100mg 16,840円、50mg 8,074円、200mg 21,535円。後発品は100mgで4,720〜17,768円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:名古屋で生まれ、フランスで育った
第7回のシスプラチンが世に出たころ、名古屋市立大学薬学部の喜谷喜徳らは、白金の「腕」を別の形に付け替えた化合物を次々に合成していました。 1978年、そのうちのいくつかが、マウスのがんでシスプラチンより安全域の広い効き目を示したと報告されます(Kidani ら、J Med Chem 1978)。 そのひとつが、のちにオキサリプラチンと呼ばれる薬でした。
ところが、この薬を育てたのは日本ではありませんでした。米国国立がん研究所の細胞パネルで、ほかの白金製剤が効かない大腸がんの細胞に効くことが分かり、 スイスの会社が権利を持ち、フランスで人での試験が進みます。日本のヤクルト本社が開発権を得て国内の試験を始めたのは1999年。日本で承認されたのは、フランスの9年後でした。
- 1970年代名古屋市立大学の喜谷らが、1,2-ジアミノシクロヘキサンという腕を持つ白金化合物を合成。1978年、動物実験の結果を発表。
- 1980年代フランスで人での最初の試験。スイスのデビオファーム社が権利を持ち、フランスのサノフィ社が開発・販売。
- 1996年フランスで承認。大腸がんに5-FUと組んで使われ始める。
- 2000年フランスのド・グラモンらが、進行した大腸がんで「5-FUに足すと進行を遅らせる」ことを比較試験で示す(FOLFOX)。
- 2004年手術のあとに使うと再発が減ることが、2,246人の試験で証明される(MOSAIC試験)。
- 2005年3月、日本で承認。2009年に術後補助療法、2013年に膵がん(FOLFIRINOX)、2015年に胃がんが加わる。
SECTION 02 どうやって効くのか:兄が効かない大腸がんに効く理由
やることは兄弟(第7回・第8回)と同じで、白金の腕で設計図(DNA)の文字をつかみ、コピーを止めます。 違いは腕の大きさです。オキサリプラチンの腕は大きくかさばるので、細胞の修理係が「兄の傷」を見つけて直す仕組みでは直しにくく、大腸がんのように修理係の型が違うがんにも効きます。
- 腎臓と耳にやさしい兄のような大量の輸液はいらず、聴力への影響もほとんどありません。代わりに、神経への影響が前に出ます。
- 冷たい物で出るしびれ点滴の直後から、手足や口のまわりがしびれ、冷たい物に触れると悪化します。添付文書は「冷たい飲み物や氷を避け、低温時には皮膚を露出しない」よう指導することを求めています。
- 積み重なると残る回数を重ねるほど、しびれが点滴の間に戻らなくなります。海外の集計では、総量が850mg(体表面積1平方メートルあたり)で10%、1,020mgで20%の人に、ボタンがかけにくいなどの機能の障害が出ました(添付文書)。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:再発を減らした2,246人
2004年、手術で取りきった結腸がん(ステージ2・3)の患者2,246人を、くじ引きで「5-FUとレボホリナット」だけと「オキサリプラチンを足したFOLFOX」に分け、半年間治療しました。 3年後に再発なく過ごしている人は72.9%から78.2%に増え、再発のリスクは23%減りました(André ら、NEJM 2004)。 6年後の生存率も76.0%から78.5%に上がり、ステージ3では68.7%から72.9%でした(André ら、J Clin Oncol 2009)。
進行した大腸がんでは、5-FUに足すと進行までの期間が6.2か月から9.0か月に、腫瘍が縮む人が22%から51%に増えました(de Gramont ら、J Clin Oncol 2000、420人)。 膵がんでは、イリノテカンと5-FUも合わせたFOLFIRINOXが、ゲムシタビン(第11回)単独の生存期間6.8か月を11.1か月に延ばし(Conroy ら、NEJM 2011、342人)、 手術のあとでは35.0か月を54.4か月に延ばしました(Conroy ら、NEJM 2018、493人)。
| 使い方 | 主ながん | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| FOLFOX/CAPOX(術後補助) | ステージ3(と一部の2)の結腸がん | MOSAIC 2004・2009(再発のリスク23%減) |
| FOLFOX/CAPOX+抗体薬 | 進行・再発の大腸がん | de Gramont 2000。ベバシズマブ(第23回)・セツキシマブ(第24回)と組む |
| FOLFIRINOX | 膵がん(進行、術後) | Conroy 2011・2018(生存6.8→11.1か月、35.0→54.4か月) |
| SOXなど | 胃がん | S-1(第16回)と組む。2015年に公知申請で承認 |
表1 オキサリプラチンの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。CAPOXは5-FUの飲み薬カペシタビンと組む形。
添付文書の対象は、治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん、結腸がんの術後補助療法、治癒切除不能な膵がん、胃がん、小腸がんです。 単独では使わず、必ずほかの薬と組みます。術後補助療法の承認は海外のMOSAIC試験を主な根拠にしており、添付文書は「国内での術後補助療法の検討は行われていない」と記しています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:冷たい物と、しびれの記録
添付文書の集計では、末梢神経症状が96.6%と、ほとんど全員に出ます。食欲不振89%、吐き気80%、下痢56%、嘔吐49%、口内炎35%も多く、 白血球や血小板の減少、まれに間質性肺炎(0.6%)があります。回数を重ねてから出るアレルギー(ショック)も報告されています。
点滴直後のしびれは、冷蔵庫を開ける、冷たい水を飲む、冬の外気に触れる、で強く出ます。点滴後1週間は、飲み物は常温、洗い物は手袋、外出は手袋とマフラーです。 冷たい物を飲み込んだときののどの締めつけ感(6.3%)も同じ仕組みで、息ができなくなるわけではありません。
積み重なるしびれは、点滴の間に戻らなくなったら合図です。「ボタン」「箸」「小銭」がやりにくくなったら、次の点滴の前に必ず伝えます。 量を減らしたり、休んだりして、残らないようにします(MOSAIC試験では、治療中に強いしびれが出た人は12%、1年後には1%に減りました)。 吐き気は吐き気止めを予定どおり、下痢は水分と早めの連絡です。
-
こんなときは点滴の帰り道や数時間後に、発疹、息苦しさ、血圧が下がった感じが出たこうする遅れて出るアレルギーのことがある。その場で病院へ連絡する
-
こんなときは指先のしびれが、次の点滴までに戻らなくなった。ボタンや箸がやりにくいこうする次の受診で必ず伝える。量や間隔の調整で、残るしびれを防ぐ
-
こんなときは点滴の1〜2週間後に37.5度以上の熱が出たこうする夜間・休日でも、その日のうちに病院へ電話する
もともと強いしびれや感覚の障害がある人には使えません。過去に白金製剤でアレルギーが出た人は必ず伝えてください。 点滴当日から数日は、冷たい物、氷、冷たい外気を避けます。妊娠中は使えません。
大腸がんの術後にFOLFOXを受けている方の家では、冷蔵庫の前に「手袋」を置いてもらいます。点滴のあと数日、冷たい物に触れたときのしびれは、知っていれば怖くありません。 ご家族には、麦茶を常温にしておく、洗い物を代わる、をお願いしています。
12回の点滴が終わるころ、足の裏のしびれが残る方がいます。治療が終わってからの暮らしに関わるので、「今回のしびれは前回より戻りが遅い」を、回ごとに一言メモしてもらい、受診に持っていきます。
SECTION 05 薬価と自己負担:1回約2万5千円
エルプラット点滴静注液は100mgが16,840円、50mgが8,074円、200mgが21,535円。後発品は100mgで4,720〜17,768円と幅があります(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 FOLFOXの量(体表面積1平方メートルあたり85mg)なら1回およそ140mgで、先発品なら約2万5千円、後発品なら7,000〜2万3千円です。
2週間ごとに続け、術後補助療法の6か月(12回)では先発品で薬代約30万円。5-FUとレボホリナートの分を足しても、この薬が薬代の大半です。 3割負担なら1回約7,500円と診察料。70歳以上・一般なら高額療養費で外来の自己負担は月22,000円までです(第1回の表1)。
日本で生まれた薬が、日本に帰ってくるまで27年。
1978年に名古屋で発表された化合物が、日本の患者に届いたのは2005年でした。育てる会社が海外にあり、日本での試験が後回しになった。 この「ドラッグ・ラグ」の話は、第2章の3つの薬(第14〜16回)に共通しています。よい薬が生まれることと、それが患者に届くことは、別の仕事なのだと思います。
在宅で見ていて、この薬でいちばん大事なのは、しびれを「我慢しない」ことです。がんが落ち着いたあとに、足の裏の感覚だけが残ってしまった方を、私は何人も知っています。 12回の点滴を全部やりきることより、しびれを残さずに終えることのほうが、その後の10年には効きます。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第14回ぶん)
- 点滴後1週間は、飲み物を常温にし、冷蔵庫と洗い物は手袋、外出は手袋とマフラーにした。
- 「ボタン」「箸」「小銭」がやりにくいと感じたら、次の点滴の前に伝えると決めた。
- 回ごとに「しびれが戻るまでの日数」をメモしている。
- 点滴の帰宅後の発疹・息苦しさは、その場で連絡する。
- 点滴の1〜2週間後の発熱の連絡先を貼った。
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- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- 高田製薬「エルプラット点滴静注液50mg・100mg・200mg 添付文書」2025年9月改訂(点滴静注液の販売開始2010年6月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/400186_4291410A1029_2_02)
- 高田製薬「エルプラット点滴静注液 医薬品インタビューフォーム」(開発の経緯:1970年代に喜谷らが合成、欧州で先行開発、1997年ヤクルト本社が開発権取得、2005年3月承認、2009年8月術後補助療法、2013年12月膵癌、2015年3月胃癌)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/2/400186_4291410A1029_2_020_1F.pdf)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Kidani Y, Inagaki K, Iigo M, Hoshi A, Kuretani K. Antitumor activity of 1,2-diaminocyclohexane-platinum complexes against sarcoma-180 ascites form. J Med Chem. 1978;21(12):1315-1318(https://doi.org/10.1021/jm00210a029)
- de Gramont A, et al. Leucovorin and fluorouracil with or without oxaliplatin as first-line treatment in advanced colorectal cancer. J Clin Oncol. 2000;18(16):2938-2947(https://doi.org/10.1200/JCO.2000.18.16.2938)
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- 国立がん研究センター がん情報サービス「大腸がん(結腸がん・直腸がん) 治療」2025年3月24日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/colon/treatment.html)、「しびれ」2025年9月17日更新(https://ganjoho.jp/public/support/condition/peripheral_neuropathy/index.html)

