卵アレルギーの人はインフルエンザワクチンを打てない?

「うちの子は卵アレルギーなので、インフルエンザの予防接種はできないと言われました」——毎年秋、外来でも訪問先でも必ず耳にする言葉です。予診票にも「卵アレルギーはありますか」という設問があり、不安になるのも当然だと思います。
結論から申し上げると、卵アレルギーがあるという理由だけでインフルエンザワクチンを避ける必要は、現在の医学ではありません。卵でアナフィラキシーを起こしたことがある方も含めてです。この記事では、なぜそう言い切れるのか、どれくらいの量の卵が入っているのか、では本当に注意すべきなのは誰なのかを、最新の勧告と国内の公的データをもとに整理します。

SECTION 01まず、結論から

この記事の3行まとめ

  1. 卵アレルギーは、インフルエンザワクチンの禁忌ではありません。重症度にかかわらず、卵アレルギーだけを理由にした特別な対策(皮膚テスト・分割接種・長い観察時間)は不要とされています。
  2. 量の桁が違います。ワクチン1回に含まれる卵成分は多く見積もっても約5ナノグラム。アレルギー症状が出はじめる目安量の、さらに約4万分の1です。
  3. 本当に接種できないのは、「卵」ではなく「インフルエンザワクチンそのもの」でアナフィラキシーを起こしたことがある人です。これは添付文書上も明確に区別されています。

なお、この記事で扱うのは「アレルギー」の話です。ワクチンを打つかどうかの判断には、年齢・持病・流行状況といった別の要素も関わります。卵アレルギーは、その判断材料からほぼ外して構わない——というのが本題です。

SECTION 02なぜ「卵アレルギーは打てない」と言われてきたのか

インフルエンザワクチンは、有精卵(発育鶏卵)にインフルエンザウイルスを注入し、卵の中で増やしたウイルスを取り出して精製・不活化してつくられます。原料に鶏卵を使う以上、精製後もごく微量の鶏卵由来タンパク質——おもにオボアルブミン(卵白タンパクの主成分)——が残ります。

そのため各社の添付文書には、いまも「本剤の成分又は鶏卵、鶏肉、その他鶏由来のものに対してアレルギーを呈するおそれのある者」という記載があります。予診票に卵の設問があるのは、この記載に対応しているからです。

ただし、この記載の意味は時代とともに変わりました。1990年代以前は精製技術が現在ほど高くなく、実際に残存量も多かった。さらに当時は「万一起きたら困る」という理由で、卵アレルギーがあれば接種を見送るか、皮膚テストをしてから少量ずつ分けて打つ、という運用が世界的に一般的でした。「打てない」という言い伝えは、この時代の実務がそのまま残ったものです。

SECTION 03いま、ワクチンに卵はどれくらい入っているのか

ここが記事の核心です。「微量です」と言われても納得しづらいので、実際の数字を並べます。

国内で流通しているインフルエンザHAワクチンに含まれる鶏卵成分は、数ナノグラム/mLとされています(1ナノグラム=10億分の1グラム)。3歳以上の1回接種量は0.5mLですから、多く見積もっても1回あたり約5ナノグラムです。

これがどのくらい少ないのか。食物アレルギーの分野では、「何mgのタンパク質を摂ると症状が出るか」を大規模な食物経口負荷試験のデータから推定した基準量があります。3,400件を超えるデータを解析したVITAL 3.0では、卵アレルギーの人の1%が客観的な症状を示すと推定される量(ED01)は、卵タンパク0.2mgとされています。FAO/WHOの専門家会合が示した参照量(5%が反応しうる量=ED05ベース)は2.0mgです。

図1 量の桁を並べてみる ── ワクチン1回分の卵成分は、症状が出はじめる目安のさらに4万分の1

※横軸は対数目盛(1目盛で10倍)。単位は ng=ナノグラム(10億分の1グラム) 卵1個(Mサイズ)の卵白に含まれるオボアルブミン 約 1,900,000,000 ng(約1.9 g) 卵白約34g・タンパク質約10%・そのうちオボアルブミン約54%として計算した概算値 FAO/WHOが示した参照量(卵アレルギーの5%が反応しうる量) 2,000,000 ng(2 mg) 食品への微量混入をどこまで表示するかを決めるための、国際的な目安として使われる値 VITAL 3.0 の基準量(卵アレルギーの1%が反応しうる量=ED01) 200,000 ng(0.2 mg) 3,400件を超える食物経口負荷試験のデータから統計モデルで推定された値 インフルエンザHAワクチン1回(0.5 mL)に含まれる卵成分 多く見積もって 約 5 ng 国内ワクチンの含量は数ng/mL。上のED01(0.2mg)の、さらに約4万分の1にあたる

図が切れる場合は横にスクロールできます。/出典:VITAL 3.0(Remington BC et al. Food Chem Toxicol. 2020)、FAO/WHO専門家会合、予防接種ガイドライン2025年度版。卵1個の値は成分表からの概算です。

別の言い方をすると、卵1個分のオボアルブミンと同じ量を摂ろうとすると、ワクチンがおよそ4億回分(約190トン)必要という計算になります。「微量」というより、そもそも桁が違う世界の話だとご理解いただければと思います。

海外のワクチンと国内のワクチンでは含有量が違います

米国のワクチン安全性調査(VSD)の報告では、調査対象となった不活化3価ワクチンのオボアルブミン含量は1μg/mL未満と記載されています。μg(マイクログラム)はngの1,000倍の単位ですから、国内製品(数ng/mL)のほうが桁違いに少ないことになります。渡航先で接種を受ける場合、この差は頭の片隅に置いておいてよいでしょう。

SECTION 04世界の勧告は、こう変わってきた

「量が少ない」だけでは勧告は変わりません。実際に卵アレルギーの人に接種して何が起きたか、というデータが積み上がったことで、各国の方針が段階的に書き換えられてきました。

図2 卵アレルギーとインフルエンザワクチン ── 勧告の変遷

〜2010年ごろ 卵アレルギーがあれば接種を避ける、または皮膚テストをしてから 少量ずつ分けて打つ運用が、世界的に広く行われていた 2011年 米国ACIP、症状が蕁麻疹のみであれば通常どおり接種可へ 2016-17年 米国小児科学会(AAP)「卵アレルギーでも追加の措置は不要」 2018年 米国アレルギー2学会の実践指針が、皮膚テストと分割接種は不要と明記 2023-24年 ACIPが方針を統一。過去の反応の重症度にかかわらず、卵アレルギー 単独では「他のワクチンと同じ以上の安全対策は不要」に 2025-26年 AAPは「予診票を含め、接種前に卵アレルギーの有無を尋ねる必要は ない」と記載。ACIPも同じ方針を維持している 日本は 添付文書上は一貫して「接種要注意者」。ただし予防接種ガイドラインは 「鶏卵アレルギー患者であっても接種可能である」と明記している ACIP=米国予防接種諮問委員会/AAP=米国小児科学会

出典:MMWR 2023;72(RR-2)、MMWR 2025;74(32):500-507、Pediatrics 2025;156(6)、Ann Allergy Asthma Immunol 2018;120(1):49-52、予防接種ガイドライン2025年度版。

2025-26シーズンのACIP勧告でも、卵アレルギーに関する記載は据え置かれています。米国小児科学会にいたっては、「接種前に卵アレルギーの有無を確認する必要はない(予診票の設問も含め)」とまで踏み込んでいます。ただし、どんなワクチンでも急なアレルギー反応に対応できる体制は必要である、という但し書きは残っています。これは卵アレルギーに限った話ではなく、すべての予防接種に共通する原則です。

SECTION 05では、何人調べて何件起きたのか

2023年にACIPが方針を変えたとき、その根拠になったのが米国CDCによる系統的レビュー(GRADE評価)です。卵アレルギーの人に卵由来のインフルエンザワクチンを接種した研究を、世界中から集めて集計したものです。

図3 卵アレルギーの人への接種研究の集計 ── アナフィラキシーは1件も報告されていない

※「重い既往」=卵でアナフィラキシーまたは重篤なアレルギー反応を起こしたことがあると明記されていた人数 季節性の不活化ワクチン(注射) 17研究 / 1,591人 うち、卵で重いアレルギーの既往がある人 322人(20%) 死亡 0件 アナフィラキシー 0件 入院を要した反応 0件 新型インフルエンザ(H1N1)の不活化ワクチン 13研究 / 5,235人 うち、卵で重いアレルギーの既往がある人 66人 死亡 0件 アナフィラキシー 0件 入院を要した反応 0件 経鼻の弱毒生ワクチン(フルミスト型) 3研究 / 1,129人 うち、卵で重いアレルギーの既往がある人 412人(36%) 死亡 0件 アナフィラキシー 0件 入院を要した反応 0件 合計 延べ 7,955人(うち、卵で重いアレルギーの既往がある人 800人) → 死亡・アナフィラキシー・入院を要した反応は、いずれも 0件

出典:CDC/ACIP. GRADE: Safety of Influenza Vaccines for Persons with Egg Allergy(2024年8月20日更新)。3群は異なるワクチン種別の集計であり、同一人物が複数のシーズンで重複している可能性はあります。

注目していただきたいのは「うち◯人」の部分です。卵で実際にアナフィラキシーを起こしたことがある人が、合計で800人含まれています。それでもアナフィラキシーはゼロでした。

もちろん、まったく無反応だったわけではありません。軽い反応は記録されています。季節性の不活化ワクチンでは1,591人中5人(0.3%)に呼吸器症状・血管性浮腫・全身の蕁麻疹のいずれかが、経鼻ワクチンでは1,129人中10人(0.9%)に接種後2時間以内の鼻炎症状が出ています。ただしいずれも重篤なものではなく、「ゼロリスクではないが、卵アレルギーのない人と比べてリスクが高いとは言えない」というのが結論です。

このデータの限界も正直に書いておきます

CDC自身がエビデンスの確実性を「非常に低い(Very low)」と評価しています。理由は、集められた研究がすべて観察研究で比較対照群を持たないこと、8研究は学会抄録のみで情報が限られること、事前に皮膚テストで振り分けている研究が含まれ選択バイアスの可能性があること、などです。「絶対に起きない」ことが証明されたのではなく、「これだけ調べても見つからなかった」というのが正確な表現です。それでもACIPが勧告を変えたのは、接種を控えることで失われる利益のほうが確実に大きいと判断したからです。

SECTION 06そもそも、ワクチンのアレルギーは実際どれくらいあるのか

卵アレルギーの話から少し離れて、インフルエンザワクチン全体でアナフィラキシーがどれくらい起きているかを見てみます。

図4 接種100万回あたりのアナフィラキシー件数

※横軸は共通(0〜2.0件/100万回接種)。調べ方が異なるため、単純比較はできません(下の本文参照) 0.5 1.0 1.5 2.0 0 日本・インフルエンザワクチン(2024/25シーズン、ブライトン分類レベル3以上) 0.09 件 推定接種者数 4,547万回分に対し、専門家評価でアナフィラキシーと判定されたのは4例 米国・不活化3価インフルエンザワクチン(Vaccine Safety Datalink、2009-2011年) 1.35 件(95%CI 0.65-2.47) 単独接種743万回分のうち、専門家がブライトン基準で確定した10例 (参考)米国・全ワクチン平均(同上) 1.31 件(95%CI 0.90-1.84)

出典:厚生労働省医薬局「医薬品・医療機器等安全性情報 No.423」(2025年10月)、McNeil MM et al. J Allergy Clin Immunol. 2016;137(3):868-878。

日本の数字は、2024年10月〜2025年3月の副反応疑い報告に基づくものです。この期間、推定4,547万回分が接種され、アナフィラキシーの可能性があるものとして報告されたのは8例。うち専門家の評価でブライトン分類レベル3以上(=アナフィラキシーとして矛盾しない)とされたのは4例でした。接種100万回あたり約0.09件になります。

日本と米国で10倍以上の差があるのはなぜか

同じ「100万回あたり」でも、数え方がまったく違うためです。日本の数字は医師の自発報告が出発点で、報告されなかった事例は数字に入りません。一方、米国VSDの数字は数百万人分の電子カルテを能動的に検索し、疑い例のカルテを1件ずつ専門家が読んでブライトン基準で判定したものです。拾い上げの網の細かさが違うため、日本のほうが本当に少ないのか、報告されていないだけなのかは、この数字だけでは判断できません。どちらも「100万回に1〜2回あるかないか」というオーダーであること、そしてそのオーダーは他のワクチンと変わらないことが、読み取るべき点です。

SECTION 07犯人は卵ではなかった ── 日本で起きたこと

ここからは、日本発の重要な研究をご紹介します。「インフルエンザワクチンでアナフィラキシーが起きたとき、その原因は卵ではなかった」ことを示した仕事です。

2011/12シーズン、日本である製造元のワクチンでアナフィラキシーの報告が急増しました。例年は接種およそ140万回に1回程度だったものが、このシーズンは約40万回に1回まで増えたのです。当然「卵ではないか」が疑われました。

三重病院の永倉らは、全国から確定例19例(主に3〜8歳の小児、平均62か月)の血液を集めて解析しました。結果は次のとおりです。

  • 19例のうち、重い卵アレルギーがある人は一人もいなかった。
  • 患者の血液では、ワクチン製剤そのものと、その主成分であるHA(ヘマグルチニン)タンパクに対する特異的IgE抗体が、対照群より有意に高かった。
  • 決定的だったのは、卵を使わず細胞培養でつくったHAタンパク(=卵成分を含まない)に対しても、同じように反応したこと。つまり反応していた相手は卵ではなく、HAタンパクそのものだった。
  • 好塩基球の活性化も亢進しており、IgEを介した本物のアレルギー反応であることが裏づけられた。
  • 保存剤の2-フェノキシエタノールが反応をわずかに増強していた可能性は残るが、単独の原因ではなかった。

この研究は「卵ではなく、ワクチンの有効成分そのものにIgEができることがある」という、それまで想定されていなかった機序を明らかにしました。日本アレルギー学会も後年の指針のなかで、「鶏卵蛋白の混入が原因と考えられていたインフルエンザワクチンのアナフィラキシーは、インフルエンザHA蛋白によることが明らかにされ、要注意とされていた鶏卵アレルギー患者への接種が可能となった」と記載しています。

つまり、「ワクチンでアナフィラキシーが起きた」という事実と「卵アレルギーがある」という事実は、思われていたほど結びついていませんでした。卵アレルギーの有無は、ワクチンのアレルギー反応をほとんど予測しない——これが、勧告が変わった最大の理由です。

SECTION 08「卵ではない何か」の代表格 ── ゼラチンの教訓

ワクチンのアレルギーで卵以外の成分が原因だった、という例は日本にもう一つあります。ゼラチンです。

1990年代半ば、日本で麻疹ワクチンなどの接種後に即時型アレルギー反応が急増しました。調査の結果、犯人はワクチンの安定剤として使われていたゼラチンでした。1989年からDPT(三種混合)ワクチンの接種時期が乳児期に前倒しされ、ごく早い月齢でゼラチンに感作された子どもが、その後の麻疹・おたふくかぜワクチンで反応を起こしていた、と考えられています。日本に特有の現象でした。

厚生省(当時)はゼラチンの除去を進め、1996〜98年にかけて症例は激減しました。現在、国内で承認されているワクチンでゼラチンを含むのは黄熱ワクチン・狂犬病ワクチンなど一部に限られます。ただし——後述しますが——経鼻の生ワクチン(フルミスト)は、安定剤として精製ゼラチンを含んでいます。ここは実務上の分岐点です。

SECTION 09「接種要注意者」と「接種不適当者」は、まったく意味が違う

ここは誤解が生まれやすいところなので、はっきり分けて書きます。添付文書には2つの区分があります。

接種要注意者=「接種の判断を行うに際し、注意を要する者」。健康状態と体質を勘案し、必要性・副反応・有用性を説明して同意を得たうえで、注意して接種する人。打てます。

接種不適当者=「予防接種を受けることが適当でない者」。打てません。インフルエンザHAワクチンでは「本剤の成分によってアナフィラキシーを呈したことが明らかな者」がこれにあたります。

鶏卵アレルギーは前者(接種要注意者)です。「打てない人リスト」ではなく「ひと声かけてから打つ人リスト」に載っている、と理解していただければ正確です。予防接種ガイドラインも、この記載を紹介したうえで「接種後の鶏卵アレルギーによる重篤な副反応の報告はなく、鶏卵アレルギー患者であっても接種可能である」と続けています。

図5 接種できるか/できないかの判断

左=あてはまる状況 / 右=現在の勧告にもとづく扱い 卵を食べても症状は出ない 通常どおり接種できる 卵で蕁麻疹などが出たことがある 通常どおり接種できる 卵でアナフィラキシーを起こしたことがある 接種できる(事前に医師へ) 卵を完全除去中/まだ卵を食べたことがない 接種できる(事前に相談) 前回のインフルエンザワクチンで軽い反応が出た 要相談・個別に判断 インフルエンザワクチンでアナフィラキシーを起こした 同じワクチンは接種できない 最下段のみが添付文書上の「接種不適当者」にあたります。上5つはいずれも接種可能です。

出典:インフルエンザHAワクチン添付文書、予防接種ガイドライン2025年度版、ACIP 2025-26シーズン勧告。

SECTION 10経鼻ワクチン(フルミスト)はどうか

2024/25シーズンから、日本でも2歳以上19歳未満を対象に経鼻の弱毒生ワクチン「フルミスト点鼻液」が使えるようになりました。こちらもSPF発育鶏卵で製造されるため、卵成分は微量に残ります。

卵という観点では、注射のワクチンと扱いは変わりません。図3のとおり、経鼻ワクチンでは重い卵アレルギーの既往がある412人を含む1,129人でアナフィラキシーゼロという集計があります。英国で779人・282人を対象に行われた大規模な前向き研究も、この根拠の中核です。

むしろ気をつけるのはゼラチンです

フルミストは安定剤として精製ゼラチンを含んでいます。添付文書は「ゼラチン含有製剤またはゼラチン含有の食品に対して、ショック・アナフィラキシー等の過敏症の既往がある者」を接種要注意者としており、日本小児科学会は「ゼラチンによってアナフィラキシーを呈したことがある場合には、注射の不活化ワクチン(IIV)のみを推奨する」としています。注射のインフルエンザHAワクチンにはゼラチンは含まれていません。

なお国内の実績としては、2024年10月〜2025年3月に推定37万1,660回分が接種され、アナフィラキシーの可能性があるものとして報告されたのは1例、専門家評価でブライトン分類レベル3以上とされた症例はありませんでした。

SECTION 11卵アレルギーで話題になる「別の」ワクチン

MRワクチン・おたふくかぜワクチン

「ニワトリ胚細胞で培養している」と聞いて心配される方が多いのですが、これらは鶏卵そのものを使っていません。卵白タンパクと交差反応する成分の含有量は製造企業により多少の差はあるものの、いずれも極めて少なく、鶏卵アレルギーを理由に接種できないということはありません。予防接種ガイドラインも同じ立場です。インフルエンザワクチンより、さらに気にする必要が薄い、と言ってよいでしょう。

黄熱ワクチン

こちらは事情が違います。黄熱ワクチンはオボアルブミン含量がインフルエンザワクチンより多いことが報告されており、卵アレルギーがある場合には接種前の皮膚テストが推奨されるなど、別枠の扱いになります。さらにゼラチンも1回あたり7.5mg含まれます。渡航予定があり卵アレルギーがある方は、必ず検疫所や渡航外来など専門の窓口にご相談ください。

ふくろう訪問クリニックの視点 ── 在宅医療の現場から

ここまでは一般的な話です。ここからは、私たちが日々うかがっているご自宅や施設で、この問題がどう見えているかを書きます。

① 在宅で確かめるのは「卵」ではなく「前回のワクチン」 ご本人も家族も、何十年も前の卵の記憶ははっきりしないことがほとんどです。 それでも接種の判断は変わりません。確認すべきは、前回のインフルエンザ ワクチンで強い反応が出たかどうか。実務上はその一点に絞られます。 ② 高齢者・認知症の方は、症状の出方が違う 皮膚のかゆみや紅斑が目立たず、「息苦しい」と訴えられない方もおられます。 当院では接種後30分は同じ部屋にとどまり、顔色・呼吸数・SpO2・体幹と 鼠径部の皮膚を確認します。アドレナリンと血圧計は必ず携行しています。 ③ 「打たない」という判断のコストを見積もる 在宅療養中の方はインフルエンザで最も重症化しやすい層で、誤嚥性肺炎や 心不全の増悪、ADL低下の引き金になります。曖昧な卵アレルギーを理由に 見送ることの不利益のほうが、はるかに大きいことがほとんどです。

訪問診療で予防接種の話をすると、「そういえば昔、卵でじんましんが出たと母から聞いたことがある」といったお話がよく出ます。80代の方が、幼少期の記憶を家族づてに語ってくださるわけです。母子手帳は残っていませんし、確かめようもありません。

以前であれば、ここで「では念のため今年は見送りましょうか」という会話になったかもしれません。現在の勧告に照らせば、この情報は接種の判断をほとんど左右しません。私たちが代わりに丁寧に聞くのは、「去年(あるいは過去に)インフルエンザの予防接種をしたあと、体調を崩したことはありませんか」という質問です。診療情報提供書や過去のカルテも確認します。判断に効くのは、そちらの情報だからです。

もうひとつ、在宅ならではの注意点があります。高齢の方、とくに認知症のある方では、アナフィラキシーの初期症状が典型的に出ないことがあります。かゆみを訴えられない、呼吸が苦しいと言葉にできない、意識レベルの低下が「いつものぼんやり」と区別しづらい。ですから当院では、観察の中身を変えています。接種後30分は同じ部屋にとどまり、会話の様子だけでなく、衣類をめくって体幹や鼠径部の皮膚を見る。呼吸数を数える。SpO2を測る。ご家族や施設のスタッフにも「30分は目を離さないでください」「顔色が悪くなったらすぐ連絡を」と、具体的にお伝えします。

そして最後に、いちばん申し上げたいこと。在宅で療養されている方こそ、インフルエンザにかかったときのダメージが最も大きい層です。発熱と食思不振で数日寝込むだけで、誤嚥性肺炎を起こし、心不全が悪化し、そのまま歩けなくなる。私たちはその経過を毎年見ています。

「卵アレルギーかもしれないから、念のためやめておく」。その判断は一見安全に見えますが、実際にはほぼ存在しないリスクを避けるために、確実に存在するリスクを引き受けていることになります。もちろん、過去にインフルエンザワクチンそのものでアナフィラキシーを起こされた方には接種できません。その場合は、流行期に発熱したらすぐ検査・抗ウイルス薬につなげる段取りを、ご家族と前もって決めておく。それが私たちの役割だと考えています。

SECTION 12場面別の早見表

あなたの状況扱い補足
卵を食べても症状は出ない接種できるそもそも卵アレルギーではありません。申告も不要です
卵で口のまわりが赤くなる/蕁麻疹が出る接種できる追加の観察時間も皮膚テストも不要とされています
卵でアナフィラキシーを起こしたことがある接種できる米国では追加措置不要。国内では申告のうえ慎重に接種する運用が一般的です
卵を完全除去中/まだ卵を食べたことがない乳幼児接種できる心配な場合はかかりつけ医・アレルギー専門医にご相談を
血液検査で卵の数値が高いと言われた接種できる検査値の高さはワクチンへの反応を予測しません
前回の接種で腫れ・発赤・微熱・だるさが出た接種できる局所反応や倦怠感は再接種の妨げになりません
前回の接種で全身の蕁麻疹などが出た要相談症状の内容と時間経過をお伝えください。個別に判断します
インフルエンザワクチンでアナフィラキシーを起こした接種できない添付文書上の接種不適当者。代替策を主治医と相談してください
ゼラチンでアナフィラキシーを起こしたことがある注射のみ可注射のHAワクチンは可。経鼻(フルミスト)は避けます
鶏肉アレルギーがある接種できる卵とは別のアレルギーです。申告のうえ通常どおり接種します
MR・おたふくかぜワクチンを受ける接種できる鶏卵そのものは使われていません
黄熱ワクチン(渡航予定)専門機関へ卵成分が多く、別枠の扱いです。検疫所・渡航外来へ

SECTION 13よくあるご質問

事前に皮膚テストをしたり、少量ずつ分けて打ったりした方がいいですか?

必要ありません。皮膚テストは接種後の反応を予測せず、むしろワクチンの刺激で偽陽性が出ることが分かっています。分割接種(2段階接種)についても、全量を一度に接種した場合と安全性に差がないことが複数の研究で示され、2018年の米国アレルギー2学会の実践指針で「不要」と明記されました。

接種後、どのくらい院内で待てばいいですか?

日本では、卵アレルギーの有無にかかわらず全員に「接種後30分間は医療機関内で安静に」とお願いしています。過去にアナフィラキシーを含む重いアレルギー症状を起こしたことがある方も、この30分の枠内です。卵アレルギーだから待ち時間を延ばす、という考え方は現在はとりません。

卵を使わないインフルエンザワクチンは、日本にありますか?

2026年8月時点で、国内では承認されていません。米国には細胞培養ワクチン(Flucelvax)と遺伝子組換えワクチン(Flublok)があり、後者は卵タンパクを含みません。ただし米国でも「卵不使用のワクチンを探して接種が遅れるくらいなら、手に入る卵由来のワクチンを打つべき」という整理になっています。

では、なぜ予診票に卵の設問が残っているのですか?

添付文書の「接種要注意者」の記載に対応しているためです。設問がある=打てない、という意味ではありません。米国小児科学会は「予診票の設問も含め、卵アレルギーを尋ねる必要はない」という立場ですが、日本の予診票の様式は添付文書の記載に沿って作られており、当面はこの形が続くと思われます。

子どもが卵アレルギーです。注射と経鼻(フルミスト)、どちらがよいでしょうか?

卵という観点では、どちらを選んでも差はありません。判断材料になるのは別の点です──経鼻は2歳以上19歳未満が対象で、妊娠中・免疫不全の方は接種できず、精製ゼラチンを含みます。注射はゼラチン非含有で年齢制限もありません。お子さんの状況に合わせて選んでいただければと思います。

妊娠中で卵アレルギーがあります。接種してもよいですか?

注射の不活化ワクチンは、妊娠のどの時期でも接種できます。卵アレルギーがあっても方針は変わりません。むしろ妊娠中はインフルエンザで重症化しやすく、接種の利益が大きい期間です。なお経鼻の生ワクチン(フルミスト)は妊婦さんには接種できません。

判断に迷われたときは

「自分(家族)の場合はどうなのか」は、この記事だけでは決められません。とくに、過去にインフルエンザワクチンそのもので強い反応が出た方、原因がはっきりしないまま接種を見送り続けている方は、一度きちんと整理する価値があります。

ふくろう訪問クリニックでは、福岡市早良区を中心に訪問診療を行っており、ご自宅・施設でのインフルエンザ予防接種にも対応しています。通院が難しくなり予防接種から遠ざかっている方、ご家族にアレルギーの不安がある方は、お気軽にご相談ください。

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  16. 厚生労働省医薬局. 医薬品・医療機器等安全性情報 No.423「令和6年シーズンのインフルエンザワクチン接種後の副反応疑い報告について」2025年10月.
  17. 第107回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会/令和7年度第3回薬事審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催)資料2-31・2-32.
  18. 予防接種ガイドライン等検討委員会. 予防接種ガイドライン2025年度版. 公益財団法人予防接種リサーチセンター, 2025.
  19. 日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会. 経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの使用に関する考え方 ~医療機関の皆様へ~. 2024年9月2日.
  20. 一般社団法人日本アレルギー学会. 新型コロナウイルスワクチン接種にともなう重度の過敏症(アナフィラキシー等)の管理・診断・治療. 2021年3月12日改訂.
  21. 第一三共株式会社. フルミスト点鼻液 電子添文(2025年9月改訂)/各社インフルエンザHAワクチン 電子添文.
  22. 厚生労働省. 令和6年度インフルエンザQ&A(接種後の観察時間・副反応に関する記載).

本記事は一般の方向けの情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。実際の接種の可否は、既往歴・現在の体調・使用するワクチンの種類をふまえて、接種を担当する医師が判断します。記載内容は2026年8月時点の情報にもとづいています。制度・勧告・添付文書の記載は改訂されることがありますので、最新の情報をご確認ください。