世界初のがん抗体医薬。CHOPに「R」がついて何が変わったか
「抗体」は、体が異物に対して作る鍵です。狙った相手にだけ合う鍵を細胞に作らせる技術がノーベル賞をとってから20年、それはようやくがんの薬になりました。世界初のがん抗体医薬リツキシマブは、B細胞リンパ腫の「目印」だけをつかみ、自分の免疫に壊させます。 CHOP療法に「R」がついて10年後に生きている人が28%から44%に増えた試験、初回の点滴で9割の人に出る反応、治療後も半年つづく感染しやすさ、B型肝炎の再活性化、そして先発品とバイオシミラーの値段の差まで書きます。
この回の結論
- リツキシマブは、1997年に米国で承認された世界初のがんの抗体医薬です。B細胞リンパ腫の細胞の表面にある目印(CD20)だけをつかむ「作られた抗体」で、日本では2001年に承認されました。
- それまでの標準だったCHOP療法(第2回)に「R」として足すと、高齢の悪性リンパ腫で完全に消える人が63%から76%に増え、10年後に生きている人が28%から44%に増えました。以来、B細胞リンパ腫の治療は「R-CHOP」が土台です。
- 副作用の中心は点滴中の反応(発熱・悪寒・発疹)で、初回に9割の人に出ます。B型肝炎の再活性化と、治療後も続く感染しやすさにも注意が要ります。1回の薬代は先発品で約9万円、バイオシミラーなら約5万円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | リツキシマブ(リツキサン点滴静注。バイオシミラー「リツキシマブBS」あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(抗CD20モノクローナル抗体) |
| 主に使うがん | CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫(びまん性大細胞型のR-CHOP、ろ胞性リンパ腫の治療と維持療法)、慢性リンパ性白血病。がん以外に血管炎、ネフローゼ症候群、臓器移植の拒絶反応など |
| 使い方 | 点滴。体表面積1平方メートルあたり375mgを、化学療法と組む場合はサイクルごとに1回。初回はゆっくり、数時間かけて。維持療法では8週ごと |
| 日本での承認 | 2001年6月(低悪性度・ろ胞性リンパ腫)。2003年にB細胞性非ホジキンリンパ腫全体へ |
| 薬価の目安 | リツキサン500mg 78,002円、100mg 15,341円。バイオシミラーは500mgで40,357〜44,485円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:「作られた抗体」が初めてがんの薬になった
抗体は、体が異物に対して作る「鍵に合う鍵穴」です。1975年、英国のケーラーとミルスタインが、狙った相手にだけ合う抗体を細胞に無限に作らせる方法を発表しました(Köhler と Milstein、Nature 1975)。 この「モノクローナル抗体」の技術は1984年のノーベル賞になりましたが、がんの薬になるまでには、さらに20年かかりました。
マウスに作らせた抗体は、人の体では異物として排除されてしまいます。1991年、米国サンディエゴの小さな会社IDECは、マウスの抗体の「つかむ部分」だけを残し、残りを人の抗体に置き換えた「キメラ抗体」を作りました。 狙いは、B細胞リンパ腫の細胞の表面にある目印、CD20。正常なB細胞にもありますが、造血幹細胞にはないので、抗体で叩いても血液は作り直せます。
- 1975年ケーラーとミルスタインがモノクローナル抗体の作り方を発表(1984年ノーベル賞)。
- 1991年IDEC社が、マウスと人のキメラ型の抗CD20抗体(リツキシマブ)を作る。
- 1993年米国で人での試験が始まる。1995年、ジェネンテック社と共同開発。
- 1997年再発したろ胞性リンパ腫166人で、4回の点滴だけで半数に効くと報告。11月、米国で承認。がんの抗体医薬として世界初。
- 2001年日本で承認(全薬工業)。2003年にB細胞性非ホジキンリンパ腫全体に広がる。
- 2002年高齢者のびまん性大細胞型リンパ腫で、CHOPに足すと生存が延びることが証明される(R-CHOP)。
- 2019年〜日本でバイオシミラーが発売され、値段が下がる。
SECTION 02 どうやって効くのか:目印をつかんで、免疫に「ここだ」と教える
リツキシマブは、B細胞の目印CD20に結びつきます。それだけで細胞が死ぬわけではありません。結びついた抗体の胴体が、体の免疫細胞や補体(免疫のたんぱく質)を呼び寄せ、「この細胞を壊せ」と教えます。 殺細胞薬(第2〜16回)が分裂中の細胞を手当たり次第に叩くのと違い、目印のある細胞だけが狙われます。
- 正常なB細胞も減るCD20は正常なB細胞にもあるので、治療中と治療後半年ほどは抗体が作られにくく、感染しやすくなります。ワクチンの効きも落ちます。
- 初回の点滴で反応が出る大量のリンパ腫細胞が一度に壊れ、免疫が一斉に働くため、初回の点滴中に発熱・悪寒・発疹・血圧低下が出ます。添付文書は約90%の人に出ると記しています。
- B型肝炎ウイルスが目を覚ますB細胞が減ると、過去にかかって眠っていたB型肝炎ウイルスが再び増え、劇症肝炎で亡くなった例があります。治療前に必ず検査し、必要なら抗ウイルス薬を先に飲みます。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:CHOPに「R」がついて何が変わったか
2002年、フランスの研究グループは、60〜80歳のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫399人を、くじ引きで「CHOP」と「CHOPにリツキシマブを足す(R-CHOP)」に分けました。 腫瘍が完全に消えた人は63%から76%に増え、治療失敗のリスクは42%、死亡のリスクは36%減りました。副作用の増え方は小さいものでした(Coiffier ら、NEJM 2002)。 10年後の追跡では、生きている人は27.6%と43.5%。この差は10年たっても縮みませんでした(Coiffier ら、Blood 2010)。
1997年の最初の試験は、再発したろ胞性リンパ腫166人に4回点滴するだけのもので、48%に効き、副作用は軽いものでした(McLaughlin ら、J Clin Oncol 1998)。 「殺細胞薬と同じくらい効いて、骨髄を叩かない」。この結果が、抗体医薬という新しい家族の扉を開きました。
| 使い方 | 主な病気 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| R-CHOP(6〜8回) | びまん性大細胞型B細胞リンパ腫 | Coiffier 2002・2010(10年生存27.6→43.5%) |
| 化学療法と組み、そのあと維持療法(8週ごと2年) | ろ胞性リンパ腫 | 各比較試験。2015年に維持療法が承認 |
| 単独、4回 | 再発した低悪性度リンパ腫 | McLaughlin 1998(48%に奏効) |
| 化学療法と組む | 慢性リンパ性白血病 | 2019年承認 |
| がん以外 | 血管炎、ネフローゼ症候群、臓器移植の拒絶反応、視神経脊髄炎など | 「B細胞を減らす」働きの応用 |
表1 リツキシマブの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。80歳を超える人の量を減らしたR-mini-CHOPは第2回で触れた。
添付文書の対象は、CD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫と慢性リンパ性白血病のほか、血管炎、ループス腎炎、ネフローゼ症候群、免疫性血小板減少症、臓器移植の拒絶反応など、がん以外の病気が多く並びます。 「B細胞を減らす」という働きが、自己免疫の病気にも使えるからです。CD20が陽性かどうかは、リンパ節などの組織を染めて確かめます。
SECTION 04 副作用と、家でできること:初回の反応、感染、B型肝炎
添付文書の集計では、点滴中の反応(発熱28%、疼痛23%、悪寒12%、発疹13%、血圧上昇11%)、感染症38%、白血球減少35%、好中球減少34%。 重大なものとして、初回24時間以内の重い反応で亡くなった例、腫瘍崩壊症候群(大量の細胞が壊れて腎臓を傷める)、B型肝炎の再活性化、皮膚粘膜症状、進行性多巣性白質脳症が記されています。
点滴中の反応は病院で前もって薬(抗ヒスタミン薬、解熱鎮痛薬、ステロイド)を使い、ゆっくり落として見張ります。2回目以降は軽くなり、90分投与に短くできる人もいます。 家に帰ってからの発熱や息苦しさは、遅れて出る反応のことがあり、連絡します。
感染は治療中だけでなく、終わってから半年〜1年続きます。手洗い、人混みでのマスク、発熱時の早い受診。 好中球の減少は最終投与から4週間以上たってから出ることがあります。B型肝炎は治療前の検査と、必要なら抗ウイルス薬の内服を、治療後1年以上続けます。
-
こんなときは点滴の日の夜〜翌日に、発熱、寒気、息苦しさ、発疹が出たこうする遅れて出た点滴の反応のことがある。その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは治療中でも治療後でも、37.5度以上の熱、咳、排尿時の痛みこうする感染の合図。待たずに受診する。治療後半年は「まだ免疫が戻っていない」と考える
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こんなときはだるさ、食欲低下、白目が黄色い、尿が濃い(治療後1年以内も)こうするB型肝炎の再活性化や肝障害の合図。すぐ受診する
治療前にB型肝炎ウイルスの検査(HBs抗原・HBc抗体・HBs抗体)を受け、陽性なら対策をしてから始めます。生ワクチン(麻疹・風疹・水痘など)は治療中と治療後しばらく受けられません。 インフルエンザや肺炎球菌のワクチンは受けられますが、効きが落ちることがあります。
R-CHOPを終えて家に戻った方の家で、私たちが見るのは「治療が終わってからの半年」です。ご本人も家族も「もう終わった」と気がゆるみますが、B細胞は戻っていません。 発熱の連絡先を、治療中と同じ場所に貼っておいてもらいます。
維持療法(8週ごと)でこの薬だけを通院で受けている方は、比較的元気に過ごせます。点滴の日の夕方に熱が出やすいので、その日は予定を空けてもらいます。
SECTION 05 薬価と自己負担:1回約9万円、バイオシミラーで約5万円
リツキサン点滴静注は500mgが78,002円、100mgが15,341円。バイオシミラーは500mgで40,357〜44,485円、100mgで8,389〜9,274円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 標準量(体表面積1平方メートルあたり375mg)なら1回およそ600mgで、先発品なら約9万3千円、バイオシミラーなら約4万9千円。R-CHOPを6回なら、この薬だけで56万円か29万円です。
3割負担なら1回約2万8千円か約1万5千円ですが、CHOPの薬代(第2回)と入院・検査を合わせると、月の医療費は高額療養費の上限に届きます。 70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+1%、4か月目からは44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です(第1回の表1)。
「目印のある細胞だけ」を叩く、最初の薬。
この連載の第2〜16回は、分裂の速い細胞をまとめて叩く薬でした。リツキシマブは、初めて「目印」で相手を選んだ薬です。 正常な細胞も巻き添えになりますが、それは骨髄ではなくB細胞に限られます。副作用の顔ぶれが、殺細胞薬とはまったく違うのはそのためです。
在宅で気をつけているのは、この薬の副作用が「終わってから」に残ることです。抜け毛も吐き気もない代わりに、感染しやすさが半年続く。 目に見えない副作用ほど、家族に言葉で渡しておく必要があります。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の在宅医療のクリニックです。 ご自宅はもちろん、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅・グループホームへも医師が伺います。 病院で抗がん剤の治療を受けながら、家での体調管理や副作用の相談をしたい。飲み薬の治療を家で続けている。 病院の治療を終えて、これからの暮らしを考えたい。どの段階のご相談でもかまいません。ご家族だけでのお問い合わせも歓迎します。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第21回ぶん)
- 治療前のB型肝炎の検査結果と、抗ウイルス薬の予定をお薬手帳に書いた。
- 点滴の日の夕方〜翌日の発熱・息苦しさは、その日のうちに連絡する。
- 治療後半年〜1年は「免疫が戻っていない」と家族で共有し、発熱の連絡先を貼ったままにした。
- 生ワクチンは受けない。ほかのワクチンは時期を主治医に聞く。
- バイオシミラーへの切り替えを勧められたら、値段の違いも含めて聞く。
この回に関連する記事
連載の外にある、ふくろう訪問クリニックのコラムです。この回の内容をさらに掘り下げたいときに読んでください。
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- 臨床試験で確かめること第1相〜第3相の試験がそれぞれ何を確かめる段階なのかを、人数と期間まで含めて説明しています。
連載「優秀な抗がん剤」全50回
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- パクリタキセル——イチイの木を切り尽くす前に、葉から作れるようになるまで
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- テモゾロミド——脳腫瘍の治療を変えた、家で飲める抗がん剤
- オキサリプラチン——名古屋で生まれ、フランスで育ち、日本に帰ってきた薬
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- 全薬工業「リツキサン点滴静注100mg・500mg 添付文書」(販売開始2001年9月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/380101_4291407A1035_1_19)、同 医薬品インタビューフォーム(開発の経緯:1991年IDEC社が創薬、1997年11月米国承認、2001年6月日本承認、2003年9月B細胞性非ホジキンリンパ腫へ拡大)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Köhler G, Milstein C. Continuous cultures of fused cells secreting antibody of predefined specificity. Nature. 1975;256(5517):495-497(https://doi.org/10.1038/256495a0)
- Maloney DG, et al. IDEC-C2B8 (rituximab) anti-CD20 monoclonal antibody therapy in patients with relapsed low-grade non-Hodgkin’s lymphoma. Blood. 1997;90(6):2188-2195(https://doi.org/10.1182/blood.V90.6.2188)
- McLaughlin P, et al. Rituximab chimeric anti-CD20 monoclonal antibody therapy for relapsed indolent lymphoma: half of patients respond to a four-dose treatment program. J Clin Oncol. 1998;16(8):2825-2833(https://doi.org/10.1200/JCO.1998.16.8.2825)
- Coiffier B, et al. CHOP chemotherapy plus rituximab compared with CHOP alone in elderly patients with diffuse large-B-cell lymphoma. N Engl J Med. 2002;346(4):235-242(https://doi.org/10.1056/NEJMoa011795)
- Coiffier B, et al. Long-term outcome of patients in the LNH-98.5 trial, the first randomized study comparing rituximab-CHOP to standard CHOP chemotherapy in DLBCL patients. Blood. 2010;116(12):2040-2045(https://doi.org/10.1182/blood-2010-03-276246)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「悪性リンパ腫」2023年11月28日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/ML/index.html)、「感染しやすい・白血球減少」(https://ganjoho.jp/public/support/condition/FN/index.html)

