前立腺がんのホルモン療法に「上乗せ」する時代へ
注射で男性ホルモンを絞っても、前立腺がんはやがて動き出します。効かなくなったのではなく、少しのホルモンで育つようになった。そう読み替えた研究者たちが、受け皿を止める薬と、残りの工場を止める薬を作りました。 2014年に日本で相次いで承認された2剤は、「最初から上乗せ」で死亡のリスクを3割減らしました。転倒、血圧、採血、そして月25〜38万円の薬代と高額療養費の話まで書きます。
この回の結論
- 精巣を止めても(第19回)、前立腺がんはやがて「去勢抵抗性」になります。副腎や腫瘍の中で作られるわずかな男性ホルモンと、増えすぎた受け皿で育つからです。エンザルタミドは受け皿を強く止める薬、アビラテロンは残りの工場を止める薬で、2014年に日本で相次いで承認されました。
- どちらも、まず「効かなくなってから」で生存を延ばし、次に「最初から上乗せ」でさらに大きな差を出しました。転移のある前立腺がんの一次治療は、この2剤の登場で変わりました。
- 副作用は、エンザルタミドが疲れ・転倒・まれにけいれん、アビラテロンが低カリウム・高血圧・むくみ・肝臓。飲み薬の毎日の薬代は約8,000〜1万3千円で、高額療養費の上限に届きます。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | エンザルタミド(イクスタンジ錠)、アビラテロン酢酸エステル(ザイティガ錠。後発品あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | ホルモン薬(内分泌療法薬)。エンザルタミドはアンドロゲン受容体シグナル阻害薬、アビラテロンはアンドロゲン合成阻害薬(CYP17阻害薬) |
| 主に使うがん | 去勢抵抗性前立腺がん。転移のある前立腺がん(エンザルタミド)、ハイリスクの転移のある前立腺がん(アビラテロン)の一次治療 |
| 使い方 | 飲み薬。エンザルタミドは1日1回160mg(80mg錠2錠)。アビラテロンは1日1回1,000mgを空腹時に、プレドニゾロンと一緒に。どちらもLH-RH製剤(第19回)を続けながら |
| 日本での承認 | エンザルタミド2014年3月(2020年に転移のある前立腺がん)、アビラテロン2014年7月(2018年にハイリスクの一次治療) |
| 薬価の目安 | イクスタンジ錠80mg 4,101.8円、40mg 2,116円。ザイティガ錠500mg 6,299.8円、250mg 3,230.9円。アビラテロンの後発品は250mgで1,587.1円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:ロサンゼルスの化学者と、ロンドンの研究所
第19回の注射で男性ホルモンを絞っても、前立腺がんは数年で再び動き出します。2000年代の初め、米国の研究者チャールズ・ソーヤーズらは、その理由のひとつを見つけました。 がん細胞が男性ホルモンの受け皿を大量に増やし、わずかなホルモンでも育つようになる。しかも、それまでの飲み薬(抗アンドロゲン薬)は、受け皿が増えると逆に「増えろ」の合図を出してしまう。
ソーヤーズは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の化学者マイケル・ジャングと組み、受け皿が増えていても強く止まり、決して合図を出さない化合物を設計しました。 それがMDV3100、のちのエンザルタミドです(Tran ら、Science 2009)。米国のベンチャー企業が権利を持ち、日本のアステラス製薬が共同で開発しました。
一方、ロンドンのがん研究所では1990年代、化学者マイク・ジャーマンとジェリー・ポッターが、男性ホルモンを作る酵素(CYP17)を止めるステロイドの仲間を設計していました(Potter ら、J Med Chem 1995)。 精巣だけでなく副腎や腫瘍の中の工場も止める薬、アビラテロンです。
- 1995年ロンドンのがん研究所が、男性ホルモン合成酵素を止める化合物(アビラテロン)を発表。
- 2009年ソーヤーズとジャングが、受け皿を強く止める化合物(エンザルタミド)を発表。最初の30人の43%でPSAが半分以下に。
- 2011年アビラテロンが、ドセタキセルのあとの去勢抵抗性前立腺がんで生存を延ばすと証明され、米国で承認。
- 2012年エンザルタミドも同じ場面で生存を延ばし、米国で承認。
- 2014年日本でエンザルタミド(3月)、アビラテロン(7月)が承認。
- 2017〜2019年「最初から上乗せ」する試験で、どちらも死亡のリスクを3割以上減らす。日本ではアビラテロンが2018年、エンザルタミドが2020年に一次治療へ。
SECTION 02 どうやって効くのか:受け皿を止める、工場を止める
エンザルタミドは、男性ホルモンの受け皿(アンドロゲン受容体)に強く結びつき、受け皿が核の中に入るのも、設計図に取り付くのも止めます。 昔の抗アンドロゲン薬より結合が強く、受け皿が増えていても「増えろ」の合図を出しません。
アビラテロンは、男性ホルモンを作る工場の酵素(CYP17)を止めます。精巣だけでなく、副腎と、前立腺がんの細胞の中にある工場も止まります。 ただし、副腎の別の道が代わりに動いて、血圧を上げカリウムを下げるホルモンが増えます。それを抑えるために、少量のプレドニゾロンを一緒に飲みます。
- エンザルタミドは脳にも届く疲れ、転倒、記憶の低下、まれにけいれん(0.2%)が出るのは、脳への作用と考えられています。
- アビラテロンは空腹時に食後に飲むと吸収が何倍にも増えて副作用が強まるため、添付文書は空腹時(食前1時間・食後2時間を避ける)の内服を定めています。
- 注射は続けるどちらも、精巣を止める注射(第19回)を続けながら上乗せします。飲み薬が始まっても注射はやめません。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:「上乗せ」で死亡のリスクが3割減
2011年、ドセタキセルのあとの去勢抵抗性前立腺がん1,195人で、アビラテロンは生存期間を10.9か月から14.8か月に延ばしました(de Bono ら、NEJM 2011)。 翌年、同じ場面の1,199人でエンザルタミドは13.6か月を18.4か月に延ばし、死亡のリスクを37%減らしました(Scher ら、NEJM 2012)。化学療法の前に使う試験でも、どちらも進行を遅らせ生存を延ばしました(Ryan ら、NEJM 2013。Beer ら、NEJM 2014)。
決定的だったのは「最初から」の試験です。転移のある前立腺がんの一次治療で、注射にアビラテロンを足すと死亡のリスクが38%減り(Fizazi ら、NEJM 2017、LATITUDE、1,199人)、 英国の大規模試験でも37%減(James ら、NEJM 2017、STAMPEDE、1,917人)。エンザルタミドでも33%減り、3年生存率は72%から80%になりました(Davis ら、NEJM 2019、ENZAMET、1,125人)。 第10回のドセタキセルと同じく、「効かなくなってから」より「最初から」のほうが、差は大きくなりました。
| 場面 | 薬 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 転移のある前立腺がんの一次治療(注射に上乗せ) | アビラテロン(ハイリスク)、エンザルタミド | LATITUDE 2017、STAMPEDE 2017、ENZAMET 2019、ARCHES 2019 |
| 去勢抵抗性、化学療法の前 | どちらも | COU-AA-302 2013、PREVAIL 2014 |
| 去勢抵抗性、ドセタキセルのあと | どちらも | COU-AA-301 2011、AFFIRM 2012 |
| 片方が効かなくなったあと | もう片方に切り替えることはあるが、効きは限られる | 各試験。ルテチウム(第47回)やオラパリブ(第32回)へ |
表1 エンザルタミドとアビラテロンの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。同じ仲間にアパルタミド、ダロルタミドがある。
添付文書の対象は、エンザルタミドが「去勢抵抗性前立腺癌」と「遠隔転移を有する前立腺癌」、アビラテロンが「去勢抵抗性前立腺癌」と「内分泌療法未治療のハイリスクの予後因子を有する前立腺癌」です。 アビラテロンの「ハイリスク」は、悪性度の高さ(グリソンスコア8以上)、骨の転移が3か所以上、内臓への転移、の3つのうち2つ以上を持つことです。 アビラテロンには後発品があり、値段が半分になります。
SECTION 04 副作用と、家でできること:転倒と、血圧とカリウム
添付文書では、エンザルタミドは疲労・無力感、ほてり、吐き気・下痢、転倒が5%以上、高血圧が1〜5%、重大なものとして痙攣発作(0.2%)、血小板減少、間質性肺疾患。 アビラテロンは低カリウム血症(14.0%)、高血圧、むくみ、疲労が5%以上、肝機能の異常(AST・ALT上昇 約7%)、心不全(0.5%)、劇症肝炎、副腎不全が挙げられています。
エンザルタミドでは、疲れとふらつきによる転倒が家での最大の問題です。夜のトイレの明かり、手すり、床の物を減らす。眠気や記憶の低下があれば運転を控えます。 けいれんの既往がある人、脳の病気がある人は、前もって伝えます。
アビラテロンでは、血圧とカリウムと肝臓を、最初の3か月は月に1回以上、血液検査で見ます。家では毎朝の血圧と、脚のむくみ、体重。 プレドニゾロンは自己判断でやめないでください(副腎不全の危険)。空腹時に飲むことも治療の一部です。ほてりと骨の減りは第19回と同じで、どちらの薬でも続きます。
-
こんなときは(エンザルタミド)けいれんを起こした、意識がもうろうとしたこうする救急車を呼ぶ。次回から薬を続けられるかは主治医が判断する
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こんなときは(アビラテロン)脚のむくみと体重増加、血圧が普段より高い、脚の力が入らない・動悸こうする水分のたまりと低カリウムの合図。その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは転んだ、または白目が黄色い・尿が濃いこうする骨折や肝臓の合図。早めに受診する
どちらも多くの薬と飲み合わせの注意があります(血液をさらさらにする薬、心臓の薬、一部の降圧薬など)。新しい薬は薬局で確かめます。 アビラテロンはプレドニゾロンとセットで、空腹時に。エンザルタミドはけいれんの既往を必ず伝えます。女性や子どもは薬に触れないようにします。
80代でこの薬を飲んでいる方の家では、「転ばない」が治療の続く条件になります。エンザルタミドで足元がふらつく方には、量を減らして続ける相談を主治医にします。 アビラテロンの方には、血圧手帳とむくみのチェックを毎回お願いし、採血の予定を一緒に確かめます。
薬代が月20〜40万円になる薬です。高額療養費の手続きと、限度額の区分を最初に一緒に確かめておくと、あとで慌てません。
SECTION 05 薬価と自己負担:月25〜38万円、高額療養費の上限へ
イクスタンジ錠80mgは4,101.8円で、1日2錠なら1日約8,200円、30日で約24万6千円。ザイティガ錠500mgは6,299.8円で、1日2錠なら1日約1万2,600円、30日で約37万8千円。 アビラテロンの後発品は250mg 1,587.1円で、1日4錠なら1日約6,300円、30日で約19万円と、先発品の半分です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。
3割負担なら月7万4千〜11万3千円で、高額療養費の対象です。70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+1%、4か月目からは44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です(第1回の表1)。 注射(第19回)とプレドニゾロン、検査代が加わります。
「効かなくなった」の中身が分かると、薬が生まれる。
去勢抵抗性という言葉は長いあいだ「ホルモン療法はもう効かない」の意味でした。それを「少しのホルモンで育つようになった」と読み替えた研究者がいて、受け皿を止める薬と工場を止める薬が生まれました。 前立腺がんの一次治療は、この10年で様変わりしています。
在宅で見ていて思うのは、この2剤が「高齢の方でも家で続けられる飲み薬」であることの大きさです。転倒と血圧と採血。それさえ見張れれば、80代でも上乗せの利益を受けられます。 値段の話は、最初にきちんとしておく。それも、家で続けるための準備です。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第20回ぶん)
- 注射(第19回)の予定は、飲み薬が始まっても続けると分かった。
- (エンザルタミド)夜のトイレの明かりと手すり、床の物を見直した。けいれんの既往を伝えた。
- (アビラテロン)毎朝の血圧と体重を記録し、空腹時に飲み、プレドニゾロンを勝手にやめない。
- 採血の予定日と、新しい薬を足すときは薬局で確かめると決めた。
- 高額療養費の区分と限度額を確かめた。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- アステラス製薬「イクスタンジ錠40mg・80mg 添付文書」2026年6月改訂(錠の販売開始2018年6月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/800126_4291031F1025_1_11)、同 医薬品インタビューフォーム(開発の経緯:2012年8月米国承認、2014年3月日本承認、2020年5月遠隔転移を有する前立腺癌追加)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/800126_4291031F1025_1_012_1F.pdf)
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