「魔法の弾丸」が、死の病だった白血病を飲み薬で抑えた
慢性骨髄性白血病の原因は、9番と22番の染色体がつなぎ替わってできた「異常な酵素」だと分かったのが1980年代。その酵素だけをふさぐ飲み薬を作った人たちがいました。会社は患者の少ない病気への投資をためらい、医師が粘り、1998年に始まった試験で飲んだほぼ全員の血液が正常に戻りました。 2001年、TIME誌の表紙に「がんとの戦いに新しい弾丸」。10年生存83%、家で毎日1錠、そして後発品で月2〜6万円になった薬代まで書きます。
この回の結論
- 慢性骨髄性白血病は、9番と22番の染色体がつなぎ替わってできる「異常な酵素」が原因です。イマチニブはその酵素だけをふさぐ飲み薬で、2001年に米国、同年11月に日本で承認されました。がんの原因分子を狙って設計され、実際に効いた最初の薬です。
- それまで平均5〜6年で亡くなる病気だった慢性骨髄性白血病は、この薬で10年後に83%の人が生きている病気になりました。毎日1回、家で飲み続けるだけです。消化管の腫瘍(GIST)でも同じ薬が効きます。
- 副作用は、まぶたのむくみ、筋肉のつり、吐き気、皮疹、貧血など、命にかかわるものは少なめです。飲み忘れずに続けることが治療そのもの。2014年から後発品があり、薬代は先発品の月約14万円から、月2〜6万円まで下がりました。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | イマチニブ(グリベック錠。後発品「イマチニブ錠」あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(飲むチロシンキナーゼ阻害薬。BCR-ABL、KIT、PDGFRαをふさぐ) |
| 主に使うがん | 慢性骨髄性白血病、KIT陽性の消化管間質腫瘍(GIST、手術後の再発予防と進行例)、フィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病、好酸球増多症候群 |
| 使い方 | 飲み薬。慢性骨髄性白血病の慢性期とGISTは1日1回400mgを食後に。効き目が足りなければ600〜800mgまで。年単位で毎日続ける |
| 日本での承認 | 2001年11月(慢性骨髄性白血病)。2003年GIST、2007年急性リンパ性白血病。2014年に後発品 |
| 薬価の目安 | グリベック錠100mg 1,131.8円。後発品は100mg 150.3〜474.1円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:原因の分子が分かってから、薬になるまで40年
1960年、米国フィラデルフィアの2人の研究者が、慢性骨髄性白血病の患者の白血球に、ほかより小さな染色体があることに気づきました。街の名前をとって「フィラデルフィア染色体」と呼ばれます。 1973年、シカゴのジャネット・ローリーが、それは9番と22番の染色体の一部が入れ替わったものだと突き止めました(Rowley、Nature 1973)。1980年代には、つなぎ替えでできた新しい遺伝子(BCR-ABL)が、止まらない「増えろ」の合図を出し続ける酵素を作ることまで分かります。
原因が分かっても、酵素をふさぐ薬はありませんでした。1992年、スイスのチバガイギー社(現ノバルティス)のニコラス・ライドンらが、その酵素にはまり込む化合物を作ります(グリベックの添付文書・インタビューフォーム)。 米国オレゴンの血液内科医ブライアン・ドラッカーは、この化合物が白血病細胞だけを殺すことを示し(Druker ら、Nat Med 1996)、患者が少ない病気に会社が投資をためらうなか、人での試験を粘り強く求めました。1998年に始まった試験では、飲んだほぼ全員の血液が正常に戻りました。
- 1960年フィラデルフィア染色体が見つかる。1973年、9番と22番の染色体の入れ替わりだと判明。
- 1992年チバガイギー社が、異常な酵素をふさぐ化合物(のちのイマチニブ)を作る。
- 1998年米国で人での試験が始まる。慢性期の患者54人のうち53人で血液が正常化(Druker ら、NEJM 2001)。
- 2001年5月、米国で申請から2か月半で承認。同月、TIME誌の表紙に「がんとの戦いに新しい弾丸」。11月、日本で承認。
- 2003年インターフェロンとの比較試験で圧勝したと報告(IRIS試験)。日本でGISTにも承認。
- 2010年薬をやめても再発しない人がいると報告される(STIM試験)。「治療をやめる」研究が始まる。
- 2014年日本で後発品が発売され、薬代が下がる。2017年、10年生存率83%と報告。
SECTION 02 どうやって効くのか:鍵穴をふさぐ。だから普通の細胞はほぼ無傷
異常な酵素は、細胞のエネルギー通貨(ATP)をはめ込む穴を持ち、そこから「増えろ」の合図を出し続けます。イマチニブは、その穴にATPの代わりにはまり込み、合図を止めます。 合図が止まると、白血病の細胞は分裂をやめ、やがて死にます。正常な血液の細胞はこの異常な酵素を持たないので、殺細胞薬(第2〜16回)のような骨髄の打撃はわずかです。
- 同じ形の鍵穴を持つ酵素にも効くKITとPDGFRαという2つの酵素も、似た穴を持ちます。KITの異常で増える消化管間質腫瘍(GIST)と、PDGFRαの異常による好酸球増多症候群にも、この薬が効くのはそのためです。
- 抑えているだけで、根絶やしではない白血病の「親玉」の細胞は眠っていて薬が届きにくく、多くの人は飲み続ける必要があります。ただし、長く深く効いた人の一部は、薬をやめても再発しないことが分かってきました。
- 鍵穴の形が変わると効かなくなるまれに酵素の形が変わって(変異)、薬がはまらなくなります。そのときは第2・第3世代の薬(ダサチニブ、ニロチニブ、ボスチニブ、ポナチニブ、アシミニブ)に替えます。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:「死の病」が「飲み薬で普通に暮らせる病気」に
2003年、診断されたばかりの慢性骨髄性白血病1,106人を、くじ引きで「イマチニブ」と「それまでの標準だったインターフェロン注射+少量の抗がん剤」に分けました。 18か月後、異常な染色体を持つ細胞が大きく減った人は87%対35%。副作用も飲み薬のほうが軽く、注射の組に割り当てられた人の多くが途中でイマチニブに替わりました(O’Brien ら、NEJM 2003、IRIS試験)。
この試験の追跡は10年以上続き、イマチニブで始めた人の10年生存率は83.3%でした(Hochhaus ら、NEJM 2017)。それまでの慢性骨髄性白血病の生存期間は平均5〜6年、根治の手段は骨髄移植だけでした。 消化管間質腫瘍でも、それまで抗がん剤がほとんど効かなかった147人のうち、54%で腫瘍が縮みました(Demetri ら、NEJM 2002)。
| 病気 | 使い方 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 慢性骨髄性白血病(慢性期) | 1日400mgを年単位で。効きが深く長く続けば、やめる相談ができることも | IRIS試験(2003・2017年、10年生存83%)、STIM試験(2010年) |
| 消化管間質腫瘍(GIST) | 進行例に1日400mg。手術で取り切ったあとも再発を減らすため3年 | Demetri 2002(奏効54%)、術後の比較試験 |
| フィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病 | 殺細胞薬と組んで1日600mg | 2007年承認 |
| 好酸球増多症候群など | 1日100mgから | 2012年承認 |
表1 イマチニブの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。慢性骨髄性白血病では、血液の遺伝子検査で効き具合を3か月ごとに数字で追う。
添付文書の対象は、慢性骨髄性白血病、KIT陽性の消化管間質腫瘍、フィラデルフィア染色体陽性の急性リンパ性白血病、好酸球増多症候群と慢性好酸球性白血病です。 後発品は2014年6月に発売され、同年10月に慢性骨髄性白血病の効能が加わりました(後発品のインタビューフォーム)。いまは多くの病院で後発品が使われています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:むくみ、つり、吐き気、そして飲み忘れ
添付文書では、頻度の高いものとして発疹、筋肉のつり、吐き気・嘔吐・下痢・食欲不振、けん怠感、まぶたや顔の表面のむくみ、白血球や血小板の減少・貧血(30%未満)、肝機能の数値の上昇が挙げられています。 重大なものとして、胸水や腹水などの重い体液貯留、肝障害、消化管出血(とくにGISTで腫瘍が急に壊れるとき)、間質性肺炎、重い皮膚症状が記されています。
まぶたのむくみは朝に目立ち、多くは慣れます。急に体重が増えて息が苦しいときは、胸やお腹に水がたまっているかもしれないので連絡します。 筋肉のつりは夜間に多く、水分と、主治医に相談してカルシウムやマグネシウムの補充で楽になることがあります。
吐き気は食後すぐにコップ1杯の水で飲むと減ります。皮疹は保湿と、ひどければ塗り薬。採血で肝臓と血液の数値を定期的に見ます。 そして一番大事なのは飲み忘れです。飲む量が減るほど効きが落ちることが分かっており、お薬カレンダーや家族の声かけが治療の一部になります。
-
こんなときは数日で体重が2kg以上増えた、息が苦しい、お腹が張るこうする胸水・腹水・心臓周りの水の合図。その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは黒い便、吐血、急な強い腹痛(GISTの人はとくに)こうする腫瘍からの出血や穴の合図。すぐ病院へ。夜なら救急に電話する
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こんなときは白目が黄色い、尿が濃い、強いだるさこうする肝障害の合図。早めに受診して採血を受ける
グレープフルーツは薬の血中濃度を上げるので避けます。飲み合わせの多い薬なので、市販薬やサプリを含め、飲むものはすべて主治医と薬剤師に伝えます。 B型肝炎の再活性化が報告されているため、治療前に検査を受けます。妊娠中は使えません。
この薬を10年以上飲んでいる方が、当院にもいます。診察で見るのは「白血病」より「飲み続ける暮らし」です。朝食後の1錠を、新聞を取るのと同じ習慣にしてもらいます。 むくみとつりは「もう慣れました」と言われる方が多いのですが、体重だけは月に数回測ってもらい、急な増加を見逃さないようにしています。
高齢で他の薬が増えてきた方では、飲み合わせの見直しが年1回の仕事です。値段が下がったことで「後発品に替えていいか」と聞かれることも増えました。
SECTION 05 薬価と自己負担:月約14万円から、後発品で月2〜6万円へ
グリベック錠100mgは1,131.8円。1日400mg(4錠)で1日4,527円、30日で約13万6千円です。後発品は100mgで150.3〜474.1円、30日で約1万8千〜5万7千円。 3割負担なら、先発品で月約4万1千円、後発品で月5,400円〜1万7千円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。
年単位で続ける薬なので、差は大きくなります。10年では先発品で約1,600万円、後発品で約220〜680万円。3割負担で先発品なら月4万円強で高額療養費の上限(第1回の表1)には届きませんが、検査や他の薬を合わせると届く月もあります。 70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です。
「がんの薬」が「慢性病の薬」になった最初の例。
イマチニブの前、慢性骨髄性白血病の患者さんの多くは、診断から数年で急性期に移り、亡くなりました。いま、この病気の方の寿命は、同じ年齢の一般の人とほとんど変わらないと言われます。 「がんが治った」のではなく「がんと一緒に普通に暮らす」。高血圧や糖尿病の薬と同じ位置に、がんの薬が来た最初の例です。
在宅で見ていると、この薬の敵は副作用より「慣れ」です。10年飲むと、飲み忘れが増えます。飲み忘れが増えると効きが落ちる。だから私たちは、お薬カレンダーを本人ではなく家族と一緒に確かめます。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の在宅医療のクリニックです。 ご自宅はもちろん、有料老人ホーム・サービス付き高齢者向け住宅・グループホームへも医師が伺います。 病院で抗がん剤の治療を受けながら、家での体調管理や副作用の相談をしたい。飲み薬の治療を家で続けている。 病院の治療を終えて、これからの暮らしを考えたい。どの段階のご相談でもかまいません。ご家族だけでのお問い合わせも歓迎します。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第26回ぶん)
- 朝食後(または夕食後)の1回を、決まった習慣に組み込んだ。お薬カレンダーを家族と確かめる。
- 体重を月に数回測り、数日で2kg以上増えたら連絡する。
- 黒い便・吐血・黄疸は待たずに連絡する。
- グレープフルーツを避け、市販薬・サプリを含む飲み合わせをすべて伝えた。
- 3か月ごとの遺伝子検査の数字と目標を、主治医と共有している。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- ノバルティス ファーマ「グリベック錠100mg 添付文書」2023年1月改訂(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/300242_4291011F1028_1_28)、同 医薬品インタビューフォーム(開発の経緯:1992年創薬、2001年5月米国承認、2001年11月日本承認、2003年7月GIST、2007年1月急性リンパ性白血病)、Meiji Seika ファルマ「イマチニブ錠 医薬品インタビューフォーム」(2014年6月発売、同年10月に慢性骨髄性白血病の効能追加)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Rowley JD. A new consistent chromosomal abnormality in chronic myelogenous leukaemia identified by quinacrine fluorescence and Giemsa staining. Nature. 1973;243(5405):290-293(https://doi.org/10.1038/243290a0)
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- O’Brien SG, et al. Imatinib compared with interferon and low-dose cytarabine for newly diagnosed chronic-phase chronic myeloid leukemia. N Engl J Med. 2003;348(11):994-1004(https://doi.org/10.1056/NEJMoa022457);Hochhaus A, et al. Long-term outcomes of imatinib treatment for chronic myeloid leukemia. N Engl J Med. 2017;376(10):917-927(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1609324)
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- TIME. Drugs That Fight Cancer. 2001年5月28日号(表紙)(https://content.time.com/time/covers/0,16641,20010528,00.html)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「慢性骨髄性白血病」2023年12月6日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/CML/index.html)、「GIST(消化管間質腫瘍)」2026年3月13日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/gist/index.html)

