「がんは血管を呼ぶ」という仮説から、30年かけて薬になった
「がんは自分に血管を呼び寄せて育つ。血管を止めればがんを止められる」。1971年に笑われた仮説は、血管を呼ぶ物質が見つかり、それをつかむ抗体が作られて、33年後に薬になりました。 大腸がん、肺がん、卵巣がん、子宮頸がん、肝がんと、がんの種類を問わず化学療法に「足す」薬です。高血圧、尿の蛋白、鼻血、傷の治りの遅れという殺細胞薬とは違う副作用、抜歯の前に伝えること、バイオシミラーで6割安くなる薬代まで書きます。
この回の結論
- 1971年、米国の外科医フォークマンは「がんは自分に血管を呼び寄せて育つ。血管を止めればがんを止められる」と唱えました。笑われた仮説が薬になるまで33年。ベバシズマブは、がんが出す「血管を呼ぶ物質」(VEGF)をつかむ抗体で、2004年に米国、2007年に日本で承認されました。
- 大腸がん、肺がん、卵巣がん、子宮頸がん、肝がん、脳腫瘍と、がんの種類を問わず化学療法に「足す」形で使われます。効き目は延命数か月ですが、幅広さでは連載中いちばんの薬です。
- 副作用は殺細胞薬とまったく違い、高血圧、尿の蛋白、鼻血、傷の治りの遅れ。まれに腸に穴が開く、大出血、血栓があります。手術の前後は使えません。1回の薬代は先発品で約5万円、バイオシミラーで約2万円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | ベバシズマブ(アバスチン点滴静注用。バイオシミラー「ベバシズマブBS」あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(抗VEGFヒト化モノクローナル抗体。血管新生阻害薬) |
| 主に使うがん | 大腸がん、非小細胞肺がん(扁平上皮がん以外)、乳がん、悪性神経膠腫、卵巣がん、子宮頸がん、肝細胞がん(アテゾリズマブと)。がん以外に神経線維腫症2型 |
| 使い方 | 点滴。2週または3週ごとに、化学療法や免疫チェックポイント阻害薬と組む。量はがんの種類で体重1kgあたり5〜15mg |
| 日本での承認 | 2007年4月(大腸がん)。2009年肺がん、2011年乳がん、2013年脳腫瘍・卵巣がん、2016年子宮頸がん、2020年肝がん |
| 薬価の目安 | アバスチン400mg 56,525円、100mg 15,049円。バイオシミラーは400mgで22,130〜22,709円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:笑われた仮説から33年
1971年、ボストンの小児外科医ジューダ・フォークマンは、ひとつの論文を書きました。がんは数ミリを超えると、自分で新しい血管を呼び寄せないと育てない。だから「血管を呼ぶ物質」を止めれば、がんは眠ったままにできる(Folkman、NEJM 1971)。 当時、この考えは学会でほとんど相手にされませんでした。血管を呼ぶ物質が何なのか、誰も知らなかったからです。
その物質を突き止めたのは、1989年、ジェネンテック社のナポレオーネ・フェラーラでした。血管の細胞だけを増やす因子を取り出し、VEGF(血管内皮増殖因子)と名づけます(Leung ら、Science 1989)。 フェラーラはVEGFをつかまえるマウスの抗体を作り、それをヒト化したのがベバシズマブです。2004年、大腸がんで生存を延ばすことが証明され、米国で承認。フォークマンの仮説は33年後に薬になり、彼はその4年後に亡くなりました。
- 1971年フォークマンが「がんは血管を呼ぶ」仮説を発表。
- 1989年フェラーラらが、血管を呼ぶ物質VEGFを取り出す。
- 1997年マウスの抗VEGF抗体をヒト化したベバシズマブが作られる。
- 2004年大腸がん813人の試験で生存が延びると証明。2月、米国で承認。世界初の血管新生阻害薬。
- 2007年4月、日本で大腸がんに承認。2009年に肺がん、2011年に乳がん、2013年に脳腫瘍と卵巣がん、2016年に子宮頸がん。
- 2020年肝がんで、免疫チェックポイント阻害薬アテゾリズマブと組む治療が承認(第41回)。
SECTION 02 どうやって効くのか:がんを兵糧攻めにする、ただし一人では勝てない
ベバシズマブは、がん細胞そのものではなく、がんが出すVEGFに結びつきます。新しい血管ができなくなり、できかけの血管も整理され、腫瘍への栄養と酸素が減ります。 面白いことに、乱雑だった腫瘍の血管が「整う」ので、一緒に使う殺細胞薬がかえって腫瘍に届きやすくなる、と考えられています。
- 単独では使わない兵糧攻めだけでがんは消えません。添付文書のがんの効能は、ほぼすべて「他の抗悪性腫瘍剤との併用」です(脳腫瘍を除く)。
- 正常な血管の仕事も止める血圧を保つ、傷を治す、腸の粘膜を守る、腎臓で蛋白を漏らさない。VEGFはこれらにも関わるので、高血圧、傷の治りの遅れ、腸の穴、蛋白尿が副作用になります。
- 出血しやすい血管は危ない肺の扁平上皮がんや、血痰のある人では肺出血で亡くなった例があり、使えません。脳転移のある人も慎重に判断します。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:がんの種類を問わず「足せる」
2004年、進行した大腸がん813人を、くじ引きで「イリノテカン・5-FU」だけと「ベバシズマブを足す」に分けました。生存期間は15.6か月から20.3か月に延び、死亡のリスクは34%減りました(Hurwitz ら、NEJM 2004)。 副作用で目立ったのは高血圧(重いもの11%対2.3%)で、薬でコントロールできました。
その後、肺がん878人で生存が10.3か月から12.3か月に(Sandler ら、NEJM 2006)、子宮頸がん452人で13.3か月から17.0か月に(Tewari ら、NEJM 2014)、 卵巣がん1,873人では進行までの期間が10.3か月から14.1か月に延びました(Burger ら、NEJM 2011)。肝がんでは、アテゾリズマブと組んで、それまでの標準薬より死亡のリスクを42%減らしました(Finn ら、NEJM 2020)。
| がん | 組む相手 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 大腸がん | FOLFOX/FOLFIRI(第14・15回)、カペシタビン | Hurwitz 2004(生存15.6→20.3か月) |
| 非小細胞肺がん(扁平上皮がん以外) | カルボプラチン+パクリタキセル(第8・9回)など | Sandler 2006(生存10.3→12.3か月) |
| 卵巣がん | TC療法、そのあと単独で続ける | Burger 2011(進行までの期間10.3→14.1か月) |
| 子宮頸がん | シスプラチン+パクリタキセル | Tewari 2014(生存13.3→17.0か月) |
| 肝細胞がん | アテゾリズマブ(第41回) | Finn 2020(12か月生存54.6→67.2%) |
| 悪性神経膠腫、乳がん | 単独/パクリタキセル | 各試験 |
表1 ベバシズマブの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。効き目の目印(バイオマーカー)は見つかっておらず、がんの種類と体の状態で使う。
添付文書の対象は8つで、2026年には神経線維腫症2型(がんではない腫瘍)も加わりました。効き目を前もって調べる検査はなく、トラスツズマブ(第22回)とはそこが違います。 バイオシミラーは2019年から複数の会社が出しており、先発品の4割ほどの値段です。
SECTION 04 副作用と、家でできること:血圧、尿、鼻血、傷
添付文書の集計では、高血圧18.2%、出血19.3%(うち鼻血15.0%)、尿蛋白10.5%、しびれなど15.5%。重大なものとして、消化管穿孔0.9%、瘻孔0.3%、創傷治癒の遅れ、肺出血1.2%、脳出血0.1%、動脈血栓(脳梗塞0.2%など)、高血圧性脳症、可逆性後白質脳症症候群が挙げられています。 警告には、消化管穿孔、傷の治りの遅れ、出血、動脈血栓、高血圧で亡くなった例が記されています。
高血圧は毎朝、家で測ります。上が140を超える日が続いたら連絡し、降圧薬で調整します。頭痛や目のかすみを伴う急な上昇は、その日のうちに受診です。 尿の蛋白は点滴ごとに病院で調べます。むくみと泡立つ尿が合図です。
鼻血は多くが軽く、鼻を強くかまない、加湿、で減ります。10分押さえても止まらないときは連絡します。傷は治りが遅いので、抜歯や手術の予定があれば必ず前もって伝えます(手術の前後は薬を休みます)。 腹痛が急に強くなったときは、腸の穴の合図のことがあり、待ちません。
-
こんなときは急に強い腹痛、お腹が板のように硬い、吐血・血便、大量の鼻血や血痰こうする腸の穴や大出血の合図。すぐ病院へ。夜なら救急に電話する
-
こんなときは血圧の上が180を超えた、強い頭痛、目が見えにくい、けいれんこうする高血圧性の脳症のことがある。その日のうちに受診する
-
こんなときは片方の手足の力が抜ける、ろれつが回らない、胸の痛みこうする脳梗塞・心筋梗塞の合図。救急車を呼ぶ
手術や抜歯の前後(手術後は傷が治るまで、手術前は十分な期間)は使いません。血痰のある人、肺の扁平上皮がん、最近大きな手術をした人には使えません。 血液をさらさらにする薬を飲んでいる人は出血に注意します。妊娠中は使えません。
この薬を受けている方の家では、血圧手帳が主役です。降圧薬が増えることを「悪くなった」と受け取る方がいますが、薬の副作用への対処であって、がんの悪化ではないと伝えます。 抜歯の予定が入っていないかは、訪問のたびに聞きます。歯科に薬のことが伝わっていないことが多いからです。
鼻血は、ご家族が「止め方」を知っていれば慌てません。小鼻を10分つまむ、上を向かない、を紙にして貼っておきます。
SECTION 05 薬価と自己負担:1回約5万円、バイオシミラーで約2万円
アバスチン点滴静注用は400mgが56,525円、100mgが15,049円。バイオシミラーは400mgで22,130〜22,709円、100mgで5,932〜6,125円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 大腸がんの量(体重1kgあたり5mg、55kgでおよそ280mg)なら1回約4万5千〜5万7千円、バイオシミラーで約1万8千〜2万2千円。2週間ごとに続けます。
肺がんや子宮頸がんの量(15mg/kg、およそ830mg)なら先発品で約13万円、バイオシミラーで約5万円。組む殺細胞薬(第14・15回、第8・9回)の分が加わります。 3割負担では月の医療費が高額療養費の上限に届き、70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+1%、4か月目から44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円です(第1回の表1)。
「数か月の延命」を、どう受け取るか。
この薬の試験の数字は、大腸がんで4.7か月、肺がんで2か月、子宮頸がんで3.7か月です。「たったそれだけ」と言う人もいます。でも、それが試験の参加者の「中央値」であって、長く効く人もいれば効かない人もいる、というのが実際です。 在宅で見ていると、効いている間の暮らしの質が保たれていることのほうが、数字より大きい場合があります。
フォークマンは、自分の仮説が薬になるのを見届けてから亡くなりました。33年かかった理由は、「血管を呼ぶ物質」が見つかるまで、仮説を検証する手段がなかったことです。がんの薬は、道具がそろった順にできていきます。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第23回ぶん)
- 毎朝の血圧を手帳に書き、上が140を超える日が続いたら連絡する。
- 抜歯・手術の予定は、決める前に主治医に伝える。歯科にも薬のことを伝えた。
- 鼻血の止め方(小鼻を10分つまむ)を家族が知っている。
- 急な強い腹痛、吐血・血便、血痰は待たずに病院へ。
- 泡立つ尿とむくみに気づいたら、次の受診で伝える。
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電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- 中外製薬「アバスチン点滴静注用100mg/4mL・400mg/16mL 添付文書」(販売開始2007年6月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/450045_4291413A1022_1_27)、同 医薬品インタビューフォーム(承認状況:2007年4月結腸・直腸癌、2009年11月非小細胞肺癌、2011年9月乳癌、2013年6月悪性神経膠腫、2013年11月卵巣癌、2016年5月子宮頸癌、2020年9月肝細胞癌)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/450045_4291413A1022_1_027_1F.pdf)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Folkman J. Tumor angiogenesis: therapeutic implications. N Engl J Med. 1971;285(21):1182-1186(https://doi.org/10.1056/NEJM197111182852108)
- Leung DW, Cachianes G, Kuang WJ, Goeddel DV, Ferrara N. Vascular endothelial growth factor is a secreted angiogenic mitogen. Science. 1989;246(4935):1306-1309(https://doi.org/10.1126/science.2479986)
- Hurwitz H, et al. Bevacizumab plus irinotecan, fluorouracil, and leucovorin for metastatic colorectal cancer. N Engl J Med. 2004;350(23):2335-2342(https://doi.org/10.1056/NEJMoa032691)
- Sandler A, et al. Paclitaxel-carboplatin alone or with bevacizumab for non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2006;355(24):2542-2550(https://doi.org/10.1056/NEJMoa061884)
- Burger RA, et al. Incorporation of bevacizumab in the primary treatment of ovarian cancer. N Engl J Med. 2011;365(26):2473-2483(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1104390);Tewari KS, et al. Improved survival with bevacizumab in advanced cervical cancer. N Engl J Med. 2014;370(8):734-743(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1309748)
- Finn RS, et al. Atezolizumab plus bevacizumab in unresectable hepatocellular carcinoma. N Engl J Med. 2020;382(20):1894-1905(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1915745)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「大腸がん(結腸がん・直腸がん) 治療」2025年3月24日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/colon/treatment.html)、「肝臓がん(肝細胞がん) 治療」2026年8月21日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/liver/treatment.html)

