イースター島の土から見つかった成分の子孫
1964年、イースター島で採られた土の中の細菌から、「ラパマイシン」という物質が見つかりました。研究所の閉鎖と家庭用冷凍庫を経て、細胞の成長スイッチを止めるこの物質は、移植の薬になり、改良されてがんの薬になりました。 腎がん、神経内分泌腫瘍、乳がんで進行までの期間を2〜3倍にした試験、口内炎をうがい薬で33%から2%に減らした工夫、間質性肺炎と感染と血糖の見張り、月32万円の薬代まで書きます。
この回の結論
- 1964年にイースター島で採られた土の中の細菌から、「ラパマイシン」という物質が見つかりました。細胞の成長のスイッチ(エムトール)を止めるこの物質を改良したのがエベロリムスで、最初は臓器移植の拒絶反応を抑える薬、次にがんの薬になりました。日本では2010年に腎がんで承認されています。
- 腎細胞がん、神経内分泌腫瘍、ホルモン受容体陽性の乳がんで、進行までの期間を2〜3倍に延ばします。ただし、いまはより新しい薬が先に使われることが多く、「効かなくなったあと」の選択肢になっています。
- 副作用の中心は口内炎(62%)で、ステロイドのうがい薬で予防できます。間質性肺炎(12%)、感染症、血糖とコレステロールの上昇も見張ります。薬代は月約32万円で、3割負担では高額療養費の上限に届きます。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | エベロリムス(アフィニトール錠。移植用は「サーティカン錠」) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(エムトール阻害薬。ラパマイシンの誘導体) |
| 主に使うがん | 根治切除できない腎細胞がん、神経内分泌腫瘍(膵臓、消化管、肺)、ホルモン受容体陽性の手術不能・再発乳がん(ホルモン療法と組む)、結節性硬化症にともなう腫瘍 |
| 使い方 | 飲み薬。1日1回10mg。副作用に応じて5mg、2.5mgに減らす |
| 日本での承認 | 2010年1月(腎細胞がん)。2011年膵神経内分泌腫瘍、2012年結節性硬化症、2014年乳がん、2016年神経内分泌腫瘍全体 |
| 薬価の目安 | アフィニトール錠5mg 5,357.6円、2.5mg 2,518円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:イースター島の土、家庭用冷凍庫、そして移植の薬から
1964年、カナダの調査隊が太平洋の孤島イースター島(現地名ラパ・ヌイ)で土を採りました。モントリオールの製薬会社エアストの研究者スレン・セーガルは、その土の中の放線菌が作る物質に、カビの増殖を止める働きを見つけ、島の名前から「ラパマイシン」と名づけます(Sehgal ら、J Antibiot 1975)。 抗真菌薬としては物にならず、しかし免疫を抑える働きと、がん細胞の増殖を止める働きがあることが分かってきました。
1983年、会社の方針で研究所が閉じられ、セーガルは菌を自宅の冷凍庫に保管して数年を耐えたと伝えられています(Seto、Clin Transl Med 2012)。研究が再開され、1994年にはラパマイシンが結びつく相手、細胞の成長のスイッチ「エムトール」が見つかります(Sabatini ら、Cell 1994)。 1999年、ラパマイシンは腎移植の拒絶反応を抑える薬として米国で承認されました。スイスのサンド社(現ノバルティス)は、飲みやすく改良したエベロリムスを作り、まず移植の薬に、次にがんの薬として開発します。2009年に米国、2010年に日本で、腎細胞がんに承認されました。
- 1964年イースター島で土が採られる。1972年、モントリオールでラパマイシンが分離される。
- 1975年ラパマイシンの論文。抗真菌薬としては実らず、免疫抑制と増殖抑制の働きが見つかる。
- 1994年ラパマイシンが結びつく細胞の成長スイッチ「エムトール」が発見される。
- 1999年ラパマイシン(シロリムス)が腎移植の薬として米国で承認。サンド社の改良型エベロリムスも移植の薬に。
- 2008年腎細胞がんで、他の薬が効かなくなったあとに進行を遅らせると報告(RECORD-1試験)。2009年米国、2010年1月日本で承認。
- 2011年膵臓の神経内分泌腫瘍で進行までの期間を2倍以上に(RADIANT-3試験)。12月、日本で承認。
- 2012〜16年ホルモン受容体陽性乳がん(2014年)、肺・消化管の神経内分泌腫瘍(2016年)に承認。2017年、口内炎をステロイドのうがいで防げると報告(SWISH試験)。
SECTION 02 どうやって効くのか:成長スイッチを切る。だから口内炎と感染が出る
エベロリムスは、細胞の中でエムトールに結びつき、たんぱく質を作る合図と、栄養を取り込む合図を止めます。がん細胞は「成長したいのに材料が来ない」状態になり、増殖が止まります。 殺すというより「止める」薬なので、腫瘍が消えることは少なく、進行を遅らせるのが主な効き方です。
- 粘膜と免疫にも効いてしまう口の粘膜や免疫の細胞も同じスイッチで働いているので、口内炎と感染症が出ます。血糖やコレステロールを調節する働きにも関わるため、糖尿病や脂質異常が悪化することがあります。
- ホルモン療法と組む理由乳がんがホルモン療法(第17・18回)に抵抗するとき、この成長スイッチを使って生き延びていることがあります。スイッチを切ると、ホルモン療法がまた効くようになります。
- 移植の薬と同じ成分移植の拒絶反応を抑えるサーティカン錠と同じ成分です。がんでは量が多く(1日10mg)、免疫を抑える副作用がはっきり出ます。
SECTION 03 なぜ使われるのか:3つのがんで進行を2〜3倍遅らせた
2008年、先に使った薬が効かなくなった腎細胞がん410人を、くじ引きで「エベロリムス」と「偽薬」に分けました。進行までの期間は1.9か月から4.0か月に延び、進行のリスクは70%減りました(Motzer ら、Lancet 2008、RECORD-1試験)。 2011年、進行した膵臓の神経内分泌腫瘍410人では4.6か月から11.0か月に(Yao ら、NEJM 2011、RADIANT-3試験)、2016年、肺や消化管の神経内分泌腫瘍302人では3.9か月から11.0か月に延びました(Yao ら、Lancet 2016、RADIANT-4試験)。
2012年、アロマターゼ阻害薬(第18回)が効かなくなった閉経後の乳がん724人では、エキセメスタンにこの薬を足すと、進行までの期間が2.8か月から6.9か月に延びました(Baselga ら、NEJM 2012、BOLERO-2試験)。 この試験で最も多かった副作用が口内炎(59%)でしたが、2017年、デキサメタゾンのうがい薬を最初から使うと、中等度以上の口内炎が33%から2%に減ることが示されました(Rugo ら、Lancet Oncol 2017、SWISH試験)。
| がん | 使い方 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 腎細胞がん | 免疫の薬やレンバチニブ(第29回)などのあと | RECORD-1 2008(進行まで1.9→4.0か月) |
| 神経内分泌腫瘍(膵臓・消化管・肺) | 単独で。ソマトスタチン製剤などと使い分ける | RADIANT-3 2011(4.6→11.0か月)、RADIANT-4 2016(3.9→11.0か月) |
| ホルモン受容体陽性の乳がん | エキセメスタンと組む。CDK4/6阻害薬(第31回)のあとが多い | BOLERO-2 2012(2.8→6.9か月) |
| 結節性硬化症の腫瘍 | 腎血管筋脂肪腫、脳の腫瘍。分散錠は小児にも | EXIST試験(2012年承認) |
表1 エベロリムスの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。腎がんと乳がんでは、より新しい薬が先に使われ、この薬は「そのあと」の位置になっている。
添付文書の対象は、根治切除不能または転移性の腎細胞がん、神経内分泌腫瘍、手術不能または再発乳がん、結節性硬化症です。効き目を前もって調べる遺伝子検査はありません。 警告として、間質性肺疾患で亡くなった例があること、治療前と治療中に定期的な胸のCT検査、B型肝炎ウイルスの再活性化への注意が定められています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:口内炎、肺、感染、血糖
添付文書の集計では、口内炎62.1%、感染症28.9%、貧血14.1%、間質性肺疾患11.6%、高血糖8.6%、血小板減少8.6%、好中球減少6.7%。ほかに発疹、疲労、下痢、吐き気、食欲低下、味覚の変化、高コレステロール血症が10%以上です。 重大なものとして、間質性肺疾患で亡くなった例、日和見感染、B型肝炎の再活性化、腎不全、創傷治癒の遅れ、血栓症が記されています。
口内炎は飲み始めの2〜4週間に出ます。デキサメタゾンのうがい薬を最初から1日4回、飲み込まずに吐き出す方法で、多くを防げます。やわらかい歯ブラシ、刺激の少ない食事、口の乾きには水分(がん情報サービス「口内炎・口内の乾燥」)。 感染は、手洗い、人混みでのマスク、発熱時の早い受診。生ワクチンは受けられません。
肺は、空咳・息切れ・発熱が出たら日数に関係なく連絡します。病院では治療前と定期的に胸のCTを撮ります。 血糖とコレステロールは採血で見て、必要なら薬を足します。糖尿病のある人は家での血糖測定を続けます。傷は治りが遅いので、手術や抜歯の予定は前もって伝えます。
-
こんなときは空咳が増えた、息切れ、微熱が続くこうする間質性肺炎の合図。日数に関係なく、その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは37.5度以上の熱、寒気、咳と痰、排尿時の痛みこうする感染の合図。免疫が落ちているので、待たずに受診する
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こんなときは口内炎で水も飲めない、のどの渇きと多尿(血糖の上昇)こうする脱水と高血糖の合図。その日のうちに連絡する。休薬や減量で回復する
治療前にB型肝炎ウイルスの検査を受けます。グレープフルーツと、飲み合わせの多い薬(一部の抗真菌薬、抗菌薬、てんかんの薬など)は薬剤師に確かめます。 手術の前後は使えないことがあります。妊娠中は使えず、治療後8週間は避妊が必要です。
口内炎で食べられなくなり、薬をやめざるをえなかった方を、うがい薬が広まる前には何人も見ました。いまは「飲み始めと同時にうがい薬」が当院の決まりです。 うがい薬は飲み込まないこと、食後と寝る前の1日4回、を紙にして洗面所に貼ってもらいます。
神経内分泌腫瘍でこの薬を長く飲んでいる方は、進行がゆっくりで、暮らしは比較的保たれます。半年ごとの胸のCTと、毎回の採血(血糖・脂質)を、忘れずに続けてもらいます。
SECTION 05 薬価と自己負担:1日約1万1千円、月約32万円
アフィニトール錠5mgは5,357.6円。1日10mg(2錠)で1日10,715円、30日で約32万1千円です。5mgに減らせば月約16万1千円、2.5mg錠(2,518円)を組み合わせて細かく調整できます(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 3割負担なら月約9万6千円ですが、高額療養費で、70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+(医療費−286,000円)×1%=約8万6千円、4か月目からは44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です(第1回の表1)。
うがい薬(デキサメタゾンのエリキシル)は保険で処方され、月数百円です。この小さな薬代が、月32万円の薬を続けられるかどうかを左右します。
薬の価値は、副作用を防ぐ工夫で変わる。
エベロリムスは、効き目の数字だけ見れば「進行を数か月遅らせる薬」です。けれども、口内炎を防ぐうがい薬という小さな工夫が広まって、続けられる人が増え、薬の価値が変わりました。 薬そのものは2010年から同じです。変わったのは使い方です。
土の中の細菌の産物が、研究所の閉鎖と家庭用冷凍庫を経て薬になった話は、薬の歴史の中でも私の好きな話のひとつです。研究を続けた人がいなければ、この薬はありませんでした。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第30回ぶん)
- デキサメタゾンのうがい薬を飲み始めと同時に、1日4回、飲み込まずに。
- 空咳・息切れ・微熱、37.5度以上の熱は、日数に関係なく連絡する。
- 治療前のB型肝炎の検査結果をお薬手帳に書いた。生ワクチンは受けない。
- 糖尿病・脂質の薬の調整を主治医と共有した。家での血糖測定を続ける。
- 手術・抜歯の予定は前もって伝える。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- ノバルティス ファーマ「アフィニトール錠2.5mg・5mg 添付文書」2024年6月改訂(販売開始2010年4月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/300242_4291023F1020_1_28)、同 医薬品インタビューフォーム(開発の経緯:2009年3月米国承認、2010年1月日本承認、2011年12月膵神経内分泌腫瘍、2012年11月結節性硬化症、2014年3月乳癌、2016年8月神経内分泌腫瘍)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
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