「細胞の自殺」を止めるタンパクを外す、高齢者の白血病の薬
細胞には自ら死ぬ仕組みがあり、がん細胞はそのブレーキ役(BCL-2)を増やして死なずにいます。1988年に見つかったこの仕組みは、長く「薬にできない」と言われ、30年近くたって、ブレーキを外す飲み薬ベネトクラクスになりました。 最初の患者さんで細胞が一度に壊れた教訓から生まれた「5週間かけて増やす」飲み方、慢性リンパ性白血病を1〜2年で終える治療に変えた試験、高齢者の急性骨髄性白血病で初めて生存を延ばした試験、抗真菌薬との飲み合わせ、月91万円の薬代まで書きます。
この回の結論
- 細胞には「自分から死ぬ」仕組み(アポトーシス)があり、がん細胞はそれを止めるたんぱく質(BCL-2)を増やして生き延びています。ベネトクラクスはそのたんぱく質を外し、がん細胞に自ら死んでもらう飲み薬です。2019年に日本で承認されました。
- 慢性リンパ性白血病では、抗体薬と組んで1〜2年で治療を終える「期間を決めた治療」を可能にし、急性骨髄性白血病では、強い化学療法に耐えられない高齢者の生存を9.6か月から14.7か月に延ばしました。
- 最初の患者さんで、がん細胞が一度に壊れる腫瘍崩壊症候群が起き、少量から5週間かけて増やす飲み方が作られました。白血球の減少と感染にも注意。薬代は1日約3万円、月約91万円で、高額療養費の上限に届きます。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | ベネトクラクス(ベネクレクスタ錠) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(BCL-2阻害薬。細胞の自死を止めるたんぱく質を外す飲み薬) |
| 主に使うがん | 慢性リンパ性白血病(初発は抗体薬オビヌツズマブと、再発はリツキシマブと)、急性骨髄性白血病(強い化学療法に向かない人に、アザシチジンなどと)、再発したマントル細胞リンパ腫(イブルチニブと) |
| 使い方 | 飲み薬、1日1回食後。慢性リンパ性白血病は20mgから5週間かけて400mgまで増やす。急性骨髄性白血病は3日で400mgまで増やし、28日ごとのサイクルで続ける |
| 日本での承認 | 2019年9月(再発した慢性リンパ性白血病)。2021年3月急性骨髄性白血病、2025年マントル細胞リンパ腫と初発の慢性リンパ性白血病 |
| 薬価の目安 | ベネクレクスタ錠100mg 7,585.9円、50mg 3,956.6円、10mg 872.8円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:「死なない細胞」の謎から30年
1985年、米国の研究者が、ろ胞性リンパ腫の細胞で14番と18番の染色体がつなぎ替わり、BCL-2という遺伝子が働きすぎていることを見つけました(Tsujimoto ら、Science 1985)。 ところが、この遺伝子は細胞を「増やす」のではありませんでした。1988年、オーストラリアの研究者が、BCL-2は細胞が自ら死ぬのを止める遺伝子だと示します(Vaux ら、Nature 1988)。がんは「増えすぎる病気」だけでなく「死ななくなる病気」でもある、という発見でした。
BCL-2はたんぱく質どうしが手をつなぐ場所で働くため、薬が入り込むくぼみがなく、長く「薬にできない」と言われました(第33回のRASと同じ言葉です)。米国のアボット社は、たんぱく質の表面の浅いくぼみに合う化合物を、断片をつなぎ合わせて設計する方法で作りました。最初の化合物は血小板を減らす副作用が強く、BCL-2だけを狙うよう改良したのがベネトクラクスです(Souers ら、Nat Med 2013)。 最初の患者さんでは、白血病の細胞が一度に壊れる腫瘍崩壊症候群が起き、亡くなった方もいました。少量から段階的に増やす飲み方は、その経験から生まれました(Roberts ら、NEJM 2016)。
- 1985年ろ胞性リンパ腫で染色体の入れ替わりからBCL-2遺伝子が見つかる。
- 1988年BCL-2は「細胞の自死を止める」遺伝子だと判明。がんの新しい見方。
- 2000年代アボット社が、断片をつなぐ設計法でBCL-2を外す化合物を作る。血小板減少の壁。
- 2013年BCL-2だけを狙うベネトクラクスが発表される。
- 2016年再発した慢性リンパ性白血病の79%に効くと報告。腫瘍崩壊症候群の教訓から、5週間の増量法が確立。米国で承認。
- 2018〜19年抗体薬と組んで「期間を決めた治療」が成り立つと2つの試験で証明(MURANO、CLL14)。2019年9月、日本で承認。
- 2020年高齢者の急性骨髄性白血病で、アザシチジンに足すと生存が延びると証明(VIALE-A)。2021年3月、日本で承認。
SECTION 02 どうやって効くのか:ブレーキを外す。効きすぎると、一度に壊れる
ベネトクラクスは、BCL-2が「死の実行役」のたんぱく質をつかんで押さえている手に割り込み、実行役を解放します。BCL-2に頼っている白血病の細胞は、数時間で自死を始めます。 正常な細胞の多くは別のブレーキも持っているので、影響は小さめです。ただし、血小板を作る細胞や好中球はBCL-2への依存が強く、減ります。
- 効きすぎると腫瘍崩壊症候群大量の白血病細胞が一度に壊れると、カリウム・リン・尿酸が血液にあふれ、腎臓や心臓が危険になります。慢性リンパ性白血病では20mgから週ごとに5週間かけて400mgまで増やし、最初の日は病院で採血を繰り返します。
- 「期間を決めた治療」ができる抗体薬と組むと、白血病の細胞が検出できない状態に多くの人が到達します。そこで治療を終え、再発したら再開する。飲み続けるのではない使い方が、慢性リンパ性白血病の新しい形になりました。
- 飲み合わせに強い制限抗真菌薬(イトラコナゾール、ボリコナゾール、ポサコナゾール)や一部の抗菌薬(クラリスロマイシン)は、この薬の血中濃度を数倍に上げます。増量の時期には禁忌で、それ以外の時期も減量が必要です。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:期間を決めた治療と、高齢者の白血病
2018年、再発した慢性リンパ性白血病389人を、くじ引きで「ベネトクラクス2年+リツキシマブ」と「化学療法+リツキシマブ」に分けました。2年後に進行していない人は36.3%から84.9%に増え、進行のリスクは83%減りました(Seymour ら、NEJM 2018、MURANO試験)。 2019年、初発で持病のある432人では、抗体薬オビヌツズマブにこの薬を1年組む治療で、2年後に進行していない人が64.1%から88.2%に増えました(Fischer ら、NEJM 2019、CLL14試験)。どちらも、治療を終えたあとも効果が続いています。
2020年、強い化学療法に向かない急性骨髄性白血病431人(中央値76歳)では、アザシチジンにこの薬を足すと、生存期間が9.6か月から14.7か月に延び、完全寛解に近い状態になった人は28.3%から66.4%に増えました(DiNardo ら、NEJM 2020、VIALE-A試験)。 高齢者の急性骨髄性白血病は、それまで「治療の選択肢がほとんどない」病気でした。
| 病気 | 使い方 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 慢性リンパ性白血病、初発 | オビヌツズマブと組んで1年で終える | CLL14 2019(2年無進行64→88%) |
| 慢性リンパ性白血病、再発 | リツキシマブ(第21回)と組んで2年で終える | MURANO 2018(2年無進行36→85%) |
| 急性骨髄性白血病、強い化学療法に向かない人 | アザシチジンと組み、28日ごとに続ける | VIALE-A 2020(生存9.6→14.7か月) |
| 再発したマントル細胞リンパ腫 | イブルチニブと | 2025年承認 |
表1 ベネトクラクスの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。慢性リンパ性白血病は日本ではまれで、急性骨髄性白血病での使用が多い。
添付文書の対象は、慢性リンパ性白血病(小リンパ球性リンパ腫を含む)、再発または難治性のマントル細胞リンパ腫、急性骨髄性白血病です。急性骨髄性白血病では「強力な寛解導入療法の適応となる人での有効性・安全性は確立していない」とされ、高齢や持病で強い治療に向かない人が対象です。 警告は腫瘍崩壊症候群について、治療前のリスク評価と予防、開始・増量後の血液検査を定めています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:増量の時期、白血球、感染、飲み合わせ
添付文書の集計では、好中球減少43.9%、感染症26.7%(肺炎8.6%、敗血症4.4%)、血小板減少21.3%、下痢22.3%、吐き気20.1%、貧血11.5%、発熱性好中球減少症10.6%、腫瘍崩壊症候群2.1%。ほかに便秘、口内炎、疲労、低カリウム・低マグネシウム血症、皮膚の二次がんが記されています。
増量の時期(慢性リンパ性白血病の最初の5週間、急性骨髄性白血病の最初の3日)は、腫瘍崩壊症候群を防ぐため、水分を多めにとり(1日1.5〜2リットルを目安に、主治医の指示で)、尿酸を下げる薬を飲み、採血を受けます。リスクの高い人は入院で始めます。 白血球の減少は採血で見ます。37.5度以上の熱は、夜間・休日でも連絡します。
吐き気・下痢は食後に飲む、水を多めに、吐き気止めや止痢薬で。飲み合わせは、新しく薬をもらうたびに薬剤師に確かめます。急性骨髄性白血病では、感染予防の抗真菌薬と組むことが多く、そのときはこの薬の量を大きく減らします。 グレープフルーツやセビリアオレンジも避けます。
-
こんなときは増量の日の翌日までに、吐き気、筋肉のけいれん、動悸、尿が減った、強いだるさこうする腫瘍崩壊症候群の合図。すぐ病院へ連絡し、採血を受ける
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こんなときは37.5度以上の熱、寒気、咳と痰こうする感染の合図。白血球が減っている時期なら、夜間・休日でも電話する
-
こんなときは他の科で抗真菌薬や抗菌薬(クラリスロマイシンなど)を処方されたこうする飲む前に、この薬の主治医か薬剤師に確かめる。量の調整か別の薬に替える
増量の時期に強い薬物相互作用のある薬(一部の抗真菌薬・抗菌薬・抗ウイルス薬)を飲んでいる人には使えません。腎臓の働きが弱い人、腫瘍の量が多い人は腫瘍崩壊症候群のリスクが高く、入院で始めます。 生ワクチンは避けます。妊娠中は使えません。
急性骨髄性白血病の高齢の方が、この薬とアザシチジンの注射で治療を続けながら家で過ごす、という形は、2021年以前にはありませんでした。在宅で見ているのは、発熱と、輸血が必要な貧血・血小板減少、そして食欲です。 発熱性好中球減少症が10人に1人に起こる薬なので、「37.5度で電話」の紙を電話のそばに貼ってもらいます。
抗真菌薬を併用している方では、この薬の量が通常の4分の1になっていることがあります。「量が少ないのは間違いではない」と、ご家族に説明しておきます。
SECTION 05 薬価と自己負担:1日約3万円、月約91万円
ベネクレクスタ錠100mgは7,585.9円。維持の量(1日400mg=4錠)で1日30,344円、30日で約91万円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。慢性リンパ性白血病の1年間(初発)で約1,100万円、2年間(再発)で約2,200万円。これに抗体薬が加わります。 急性骨髄性白血病では28日サイクルで約85万円に、アザシチジンの注射が加わります。抗真菌薬と組んで減量しているときは、その分だけ安くなります。
3割負担なら月約27万円で、高額療養費の上限に届きます。70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+(医療費−286,000円)×1%=約9万2千円、4か月目からは44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です(第1回の表1)。 「期間を決めた治療」は、薬代の面でも、終わりが見える治療です。
「死ぬ力」を返す薬と、「終わりのある治療」。
がんの薬の多くは、細胞を殺すか、増えるのを止めます。ベネトクラクスは、細胞が本来持っている「死ぬ力」を返します。発想が違う薬は、副作用の顔も違います。効きすぎて一度に壊れる、という副作用は、この薬でしか見たことがありません。
慢性リンパ性白血病で「1年で治療を終えて、そのあと何年も薬なしで過ごす」患者さんを見ると、飲み続ける薬(第26回)とは別の道が開いたことを感じます。高齢者の急性骨髄性白血病で、家で過ごしながら治療できる道も、この薬が作りました。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第36回ぶん)
- 増量の日程表(何日から何mg)を冷蔵庫に貼り、増量の週は水分を多めにとる。
- 増量の翌日までの吐き気・けいれん・動悸・尿の減少は、すぐ連絡する。
- 37.5度以上の熱は、夜間・休日でも電話する。
- お薬手帳に「ベネトクラクス服用中。抗真菌薬・抗菌薬は飲む前に確認」と書いた。
- グレープフルーツを避ける。生ワクチンは受けない。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- アッヴィ「ベネクレクスタ錠10mg・50mg・100mg 添付文書」(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/112130_4291062F3023_1_11)、同 医薬品インタビューフォーム(2019年9月20日承認、2021年3月急性骨髄性白血病、2025年3月マントル細胞リンパ腫、2025年11月未治療の慢性リンパ性白血病)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Tsujimoto Y, et al. Involvement of the bcl-2 gene in human follicular lymphoma. Science. 1985;228(4706):1440-1443(https://doi.org/10.1126/science.3874430);Vaux DL, Cory S, Adams JM. Bcl-2 gene promotes haemopoietic cell survival and cooperates with c-myc to immortalize pre-B cells. Nature. 1988;335(6189):440-442(https://doi.org/10.1038/335440a0)
- Souers AJ, et al. ABT-199, a potent and selective BCL-2 inhibitor, achieves antitumor activity while sparing platelets. Nat Med. 2013;19(2):202-208(https://doi.org/10.1038/nm.3048);Roberts AW, et al. Targeting BCL2 with venetoclax in relapsed chronic lymphocytic leukemia. N Engl J Med. 2016;374(4):311-322(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1513257)
- Seymour JF, et al. Venetoclax-rituximab in relapsed or refractory chronic lymphocytic leukemia. N Engl J Med. 2018;378(12):1107-1120(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1713976);Fischer K, et al. Venetoclax and obinutuzumab in patients with CLL and coexisting conditions. N Engl J Med. 2019;380(23):2225-2236(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1815281)
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