在宅酸素療法(HOT)を始めると、鼻カニュラのほかに「マスク」を渡されることがあります。そして必ず出てくるのが、「苦しいときは酸素を増やしていいのか」「マスクとカニュラはどう使い分けるのか」という疑問です。
じつはこの2つの答えは、どちらも「なんとなく」では決まりません。マスクにはそれぞれ“これ以下では使ってはいけない流量”があり、酸素には“上げすぎると命にかかわる領域”があるからです。この記事では、学会の『酸素療法マニュアル』や国内外の診療ガイドライン、そして質の高い臨床試験の結果をもとに、その線引きを整理します。後半では、在宅医療の現場で実際に起きていることを一段深く掘り下げます。
先に結論だけ
- マスクは「濃度」ではなく「流量の下限」で選ぶ簡易酸素マスクは5L/分以上、リザーバー付きマスクは6L/分以上を流さないと、自分の吐いた息をもう一度吸うことになります。
- 酸素は多いほどよい薬ではない目標は「SpO₂ 94〜98%」、二酸化炭素をためやすい方は「88〜92%」。上げすぎは死亡率を上げるという質の高い研究があります。
- 在宅では「暮らしに合うか」がもう一つの軸食事・会話・入浴・眠りを邪魔しない器具を選べるかどうかで、続けられるかが決まります。
まず知っておきたい――酸素は「薬」です
酸素は空気中にあるものですが、医療で使う酸素は処方箋のある薬と同じ扱いです。「1分間に何リットル流すか(流量)」が用量、「どの器具から吸うか(デバイス)」が剤形にあたります。用量も剤形も、勝手に変えれば効き方も副作用も変わります。
「2L/分」でも、吸い込む濃度は人によって違う
意外に思われるかもしれませんが、鼻カニュラで2L/分を流しても、実際に肺に届く酸素の濃度は人によって、そしてそのときの呼吸によって変わります。理由は単純で、人が一息で吸い込む空気の量のほうが、機械が送り出す酸素よりずっと多いからです。足りない分は、まわりの部屋の空気(酸素21%)で埋め合わせされます。
だから、浅くゆっくり呼吸しているときは酸素の割合が高くなり、大きく速く呼吸しているときは薄まります。このタイプを低流量システムと呼びます。鼻カニュラも、簡易酸素マスクも、リザーバー付きマスクも、すべてこの仲間です。
いっぽう、高流量システムは、その人が吸い込む勢いを上回る量のガスを流し続けます。混じる部屋の空気がないので、呼吸の仕方が変わっても濃度が動きません。ベンチュリーマスクやハイフローセラピー(高流量鼻カニュラ)がこれにあたります。
日本呼吸ケア・リハビリテーション学会/日本呼吸器学会編『酸素療法マニュアル』(2017年)の分類をもとに作成。
器具ごとの「使ってよい流量」――ここが一番の実務
ご質問の核心である「それぞれのマスクは何リットルから使ってよいのか」に答えます。器具には上限だけでなく“下限”があり、下限のほうがむしろ重要です。
『酸素療法マニュアル』(2017年)の各デバイスの推奨流量とFiO₂の目安をもとに作成。FiO₂=吸入する気体に含まれる酸素の割合。低流量システムの数値は、1回の呼吸の大きさによって上下する目安値です。
器具別の早見表
| 器具 | 使える流量 | 酸素濃度の目安 | 向いている場面・注意点 |
|---|---|---|---|
| 鼻カニュラ | 0.25〜5L/分 (最大6L/分) | 24〜44% | 在宅の基本。会話・食事・入浴のじゃまになりにくい。6L/分以上では鼻の粘膜への刺激・乾燥・頭痛が増え、濃度もそれ以上あまり上がらない。口呼吸の方には効きにくい。 |
| 簡易酸素マスク | 5〜8L/分 (5L/分未満は不可) | 40〜60% | マスク内にたまった呼気を洗い流すために最低5L/分が必要。低い濃度がほしいときには使えない。食事のたびに外す必要があり、在宅では続きにくい。 |
| 開放型酸素マスク (オープンフェースマスク) | およそ1〜10L/分 | 40〜60% | 大きな開口部があるため呼気がこもらず、5L/分未満でも使える数少ないマスク。装着したままストローで飲めたり、痰の吸引ができる。横からの風には弱い。 |
| リザーバー付き酸素マスク | 6L/分以上 (通常10〜15L/分) | 60〜90%以上 | 短期間の高濃度投与用。流量が足りないと袋がしぼみ、呼気の再吸入が起こる。顔に密着していないと濃度が落ちる。長期の在宅療養向きではない。 |
| リザーバー付き鼻カニュラ (節約型カニュラ) | おおむね0.5〜7L/分 | 製品と呼吸により変動 | 鼻の下の小さな袋に呼気の間の酸素をためる仕組み。同じ効果を、より少ない流量で得られるので、外出時のボンベが長持ちする。口元は自由なので食事・排痰ができる。呼吸同調器(デマンドバルブ)とは併用できない。 |
| ベンチュリーマスク | コマごとに指定 | 24〜50%(固定) | 呼吸の仕方が変わっても濃度がぶれない。二酸化炭素をためやすい方に濃度を厳密に管理したいときの選択肢。主に病院で使用。 |
| ハイフローセラピー (高流量鼻カニュラ) | 総流量20〜60L/分 | 21〜100% | 加温・加湿した大量のガスを鼻から送る。痰が出しやすくなり、のどにたまった二酸化炭素を洗い流す効果もある。在宅でも保険適用(後述)。 |
「マスクのほうがカニュラより上等」ではありません。1〜3L/分しか必要ないのにマスクをつけると、むしろ危険です。少ない流量で普通のマスクを使うと、吐いた息の二酸化炭素がマスクの中にたまり、それをもう一度吸ってしまいます。低い流量なら、鼻カニュラか開放型マスクが正解です。
なぜ「簡易酸素マスクは5L/分から」なのか
成人用の簡易酸素マスクは、内側に180mLほどの空間があります。ここは、息を吐いたあとに二酸化炭素の多い呼気が残る場所です。次に息を吸うとき、その残った呼気を先に吸い込むことになります。
この“居座った呼気”を毎回きれいに押し流すために必要なのが、5L/分という下限です。それを下回ると洗い流しが追いつかず、動脈血の二酸化炭素(PaCO₂)が上がっていきます。同じ理屈で、リザーバー付きマスクの下限は6L/分です。
開放型酸素マスクは大きな開口部から呼気が自然に抜けるため、この「下限」の縛りがゆるく、5L/分未満でも使えます。
酸素は多めに入れてよいのか――答えは「いいえ」
「苦しそうだから、少し上げておこう」。ご家族の自然な気持ちですが、これは酸素療法でもっとも避けたい行為のひとつです。
目標は「100%」ではなく、決められた幅の中
英国胸部学会(BTS)の酸素使用ガイドラインは、酸素を使う成人の目標をSpO₂ 94〜98%とし、二酸化炭素をためやすい方(COPDなどのⅡ型呼吸不全のリスクがある方)は88〜92%としています。日本の『酸素療法マニュアル』も同じ考え方です。
O’Driscoll BR ら. BTS guideline for oxygen use in adults. Thorax 2017;72(Suppl 1) の目標値をもとに作成。実際の目標はお一人ずつ主治医が設定します。
「上げすぎ」の害には、質の高い証拠がある
- COPDの急な悪化での比較試験:救急搬送中に、高流量の酸素を一律に投与する群と、SpO₂を見ながら加減する群を比べた無作為化試験では、死亡率が9%対4%と大きく差がつきました(相対危険 0.42、95%信頼区間 0.20〜0.89)。二酸化炭素の上昇と呼吸性アシドーシスも、加減した群のほうが少ない結果でした(Austin MA ら, BMJ 2010)。
- 急性期の患者全体を集めたメタ解析:25の無作為化試験・16,037人をまとめた解析では、酸素を多めに使う戦略は院内死亡を21%増やしていました(相対危険 1.21、95%信頼区間 1.03〜1.43、エビデンスの質は高い)。SpO₂が高いほど不利になる傾向もみられ、著者らはおおむね94〜96%を超えると不利に傾きうると述べています(Chu DK ら, Lancet 2018)。
二酸化炭素をためやすい方では、①血液中の酸素が十分になると呼吸の駆動が弱まる、②肺の中で血流の配分が変わり、二酸化炭素を吐き出す効率が落ちる、③酸素が結合したヘモグロビンは二酸化炭素を手放しにくくなる、という複数の仕組みが重なります。結果として眠くなり、意識がぼんやりし、やがて呼びかけに反応しなくなる(CO₂ナルコーシス)。ご家族からは「よく眠っている」ように見えるのが、この状態のこわいところです。
「苦しい」と「酸素が足りない」は同じではない
ここが、いちばん誤解されやすい点です。息苦しさという感覚は、酸素の値だけで決まりません。呼吸の努力、胸郭の動き、不安、痛み、姿勢――さまざまな要素が合わさって生まれます。
実際、進行した病気で息苦しさに悩む方(酸素の値は保たれている方)を対象に、鼻カニュラから2L/分の酸素を流す群と、同じ器具から室内の空気を流す群を比較した二重盲検の無作為化試験では、息苦しさの改善に差がありませんでした(Abernethy AP ら, Lancet 2010)。つまり、酸素が足りていないわけではない苦しさには、酸素は効きません。
その代わりに効果が確かめられているのが顔に風を当てることです。携帯扇風機を口と鼻のまわりに当てる方法は、無作為化クロスオーバー試験で息苦しさの軽減が示されています(Galbraith S ら, 2010)。日本の『非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021』でも、送風は非薬物療法として取り上げられています。
安静時・動くとき・眠るときで、必要量は違う
在宅酸素の処方は「安静時1L/分、労作時3L/分、睡眠時2L/分」というように、場面ごとに分けて出されることがよくあります。歩く・階段を上る・入浴するといった動作では酸素の消費が増え、同じ流量では足りなくなるからです。
長期の酸素療法(LTOT)の効果は、1980年代の2つの古典的な試験で示されました。安静時の酸素が著しく低いCOPDの方では、1日15時間以上吸うことで生存が改善します(MRC試験 1981、NOTT試験 1980)。米国胸部学会(ATS)の2020年の診療ガイドラインも、安静時の低酸素が高度な方には1日15時間以上のLTOTを強く推奨しています。
いっぽう同じガイドラインは、安静時の低下が中等度(SpO₂ 89〜93%)にとどまる方へのLTOTは、行わないことを条件付きで提案しています。738人を対象としたLOTT試験で、死亡や入院までの期間に差が出なかったためです(NEJM 2016)。動いたときだけ大きく下がる方には、外出用の酸素(携帯用)が条件付きで推奨されています。
「酸素をつける/つけない」も、「何L/分にするか」も、その方の測定値と場面に紐づいた個別の処方です。ほかの方の設定を参考にしたり、体調に合わせて自己判断で変えたりするものではありません。
在宅ならではの機械――連続流と「同調式」
病院では壁の配管から酸素が出てきますが、家では機械が酸素をつくります。
- 据置型の酸素濃縮器:部屋の空気から窒素を取り除いて濃い酸素をつくります。3L/分機、5L/分機、7L/分機などがあり、電気で動きます。
- 携帯用酸素ボンベ:外出用。多くは「呼吸同調器(デマンドバルブ)」を組み合わせます。
- 携帯型の酸素濃縮器:持ち運べる濃縮器。基本は同調式です。
この同調式が、在宅の落とし穴になりがちです。同調式は「吸うタイミングを感知して、そのときだけ酸素を出す」仕組みで、ボンベを何倍も長持ちさせます。ただし――
同調式と連続流の「2L/分」は同じ意味ではありません。設定を変えるときは必ず主治医・訪問看護師にご相談ください。
家で酸素を使うということ
ここからは、訪問診療の現場で実際に起きていることを、一段深く掘り下げます。器具の選択は、医学的な正しさと同じくらい「その人の暮らしに収まるか」で決まります。
7-1 訪問診療医が最初に見るのは、機械ではなく「動線」
初回訪問で私たちがまず見るのは、濃縮器の設定画面ではありません。チューブが家のどこを這うかです。トイレまで何メートルか、廊下に段差はないか、チューブが敷居に挟まっていないか、猫や犬が噛んでいないか。延長チューブは長くできますが、長くするほど「引っかかって外れる」「踏んで折れる」事故が増えます。
そして必ず確認するのが、「どこで外しているか」です。トイレ、風呂、玄関。多くの方が、いちばん体を動かす場面で酸素を外しています。SpO₂が落ちるのはまさにそのときです。
7-2 器具を選ぶ前に――鼻で吸えているか
鼻カニュラは、鼻から吸っている人にしか効きません。ところが在宅では、口が開いたままの方が少なくありません。
- 加齢による口輪筋・舌の筋力低下
- 認知症で口を閉じる意識が保ちにくい
- 鼻づまり、鼻中隔の弯曲、鼻の手術後
- 呼吸が苦しく、口呼吸のほうが楽になっている
SpO₂が上がらないとき、原因が「病気の悪化」ではなく「口で吸っている」だけのことがあります。この場合に必要なのは流量を上げることではなく、開放型マスクに替える、あるいは口が閉じやすい姿勢に整えることです。訪問時に口元を1分見るだけで判断がつきます。
7-3 食事のたびに外す、が続かない理由
簡易酸素マスクが在宅で続きにくい最大の理由は、食事です。1日3回、そのたびに外し、食べているあいだじゅう酸素なしになる。食事は嚥下という労作でもあるので、まさに必要なときに外していることになります。
ここで開放型酸素マスクが生きます。装着したままストローで飲め、必要なら吸引チューブも通せる設計で、しかも低い流量でも使えます。「マスクは食事ができない」という常識は、この器具では成り立ちません。
7-4 外してしまう方に、「外さないでください」は効かない
認知症や、せん妄のある時期に、カニュラを何度も外してしまう方がいます。ご家族はそのたびに戻し、疲れていきます。
私たちがまずするのは、「なぜ外すのか」を探すことです。
| 外す理由として多いもの | できる工夫 |
|---|---|
| 耳のうしろが痛い | チューブカバーやガーゼを当てる、やわらかい素材のカニュラに変える、耳にかけない顎下タイプを検討する |
| 鼻が乾く・ひりひりする | 流量が適切か見直す、鼻軟膏(油性のものは酸素下で避ける)、加湿の要否を主治医と相談する |
| 音が気になる・拘束感 | 濃縮器を寝室から離して延長チューブでつなぐ、就寝時だけ器具を変える |
| そもそも必要性が理解できない | 説明を繰り返すより、視界に入りにくい配線にする・生活動線に合わせる |
外すこと自体を叱っても、外す理由は消えません。理由を1つ潰すたびに、装着時間は確実に伸びます。
7-5 加湿は必要か
在宅の濃縮器では、おおむね3L/分以下の鼻カニュラなら、加湿は原則として不要とされています。上気道が本来もっている加湿の働きで足りるためです。加湿ボトルを付けると、水の交換や洗浄という手間が増え、管理が不十分だと細菌の温床になります。
ただし、鼻血が出る、痛みが強い、痰が固くて出せない、といった訴えがあれば個別に検討します。ここは「一律にやる/やらない」ではなく、症状を見て決める部分です。
7-6 火気の話を、脅しで終わらせない
在宅酸素でもっとも重い事故は、火災です。日本産業・医療ガス協会が2003年10月以降を集計した資料(2026年5月末時点)では、在宅酸素療法中の患者さんのご自宅で起きた火災による重篤な健康被害は117件報告されています。
一般社団法人日本産業・医療ガス協会 在宅酸素部会「在宅酸素療法を実施している患者居宅で発生した火災による重篤な健康被害の事例」(令和8年5月末時点)より作成。「原因不明」には出火場所が特定できない事例も含まれます。
この数字の読み方は2つあります。ひとつは、喫煙が原因として最多であること。もうひとつは、機械が原因の火災はゼロだということです。厚生労働省も、取扱説明書どおりに使えば酸素が原因でチューブや衣服が燃えることはない、過度に恐れずに指示どおり吸入してほしい、と明記しています。
私たちが訪問で気をつけているのは、この2つを同時に伝えることです。「吸いながら吸わないでください」と一度言って終わりにしても、たばこはやめられません。かわりに、こう聞きます。「いつ、どこで吸っていますか」。そのうえで、酸素の機械から2メートル以上離れた場所を決める、外すときは必ず流量ゼロにしてから移動する、といった具体的な線を一緒に引きます。理想の禁煙より、今日から実行できる距離のほうが、命を守ります。
そして、たばこ以外にも目を配ります。仏壇のろうそくと線香、蚊取り線香、こたつ、電気ストーブ、ガスコンロ。実際の事例には、これらすべてが並んでいます。訪問看護師が季節ごとに部屋を見回る意味は、ここにあります。
7-7 「苦しい」と言われたとき、ご家族が流量を上げる前にできる3つ
本文で述べたとおり、勝手に流量を上げることには害があります。そのかわり、次の3つは今すぐできて、しかも効果が期待できます。
- 姿勢を起こす。前かがみで、腕をテーブルや膝に置いて体を支える姿勢が、呼吸筋を使いやすくします。
- 顔に風を当てる。携帯扇風機やうちわで、口と鼻のまわりに風を送ります。臨床試験で息苦しさの軽減が示されている方法です。窓を少し開けるのも同じ効果があります。
- SpO₂を測って記録し、連絡する。「いくつだったか」「そのとき何をしていたか」を伝えると、電話口でも判断の精度が上がります。
そのうえで、いつもより明らかに低い、あるいは目標の幅を大きく外れているなら連絡。この線引きをあらかじめ決めておくのが、私たちの仕事です。
7-8 2026年6月からの新しい選択肢――在宅の高濃度ハイフローセラピー
ここは、この記事でいちばんお伝えしたい制度の変化です。
在宅のハイフローセラピー(加温・加湿した高流量ガスを鼻から送る治療)は、2022年4月から保険適用となりました。対象は、在宅酸素療法をすでに行っているCOPDの方で、息苦しさ・痰の出しにくさ・起床時の頭痛などがあり、動脈血の二酸化炭素が45mmHg以上であるなど一定の条件を満たす場合です。
そして令和8年度診療報酬改定(2026年6月1日施行)で、「在宅ハイフローセラピー指導管理料2」が新設されました。こちらは対象がまったく異なります。
| 指導管理料1 | 指導管理料2(2026年6月新設) | |
|---|---|---|
| 対象の病気 | 慢性閉塞性肺疾患(COPD) | 間質性肺炎、急性呼吸窮迫症候群、重症肺炎などの呼吸器疾患 |
| 状態 | 病状が安定していて、二酸化炭素がたまりやすい | 入院で適切な治療を受けてもなお、常に吸入酸素濃度60%以上を必要とする重度の低酸素血症が続いている |
| そのほかの要件 | 在宅酸素療法を実施中であること | 入院中に高濃度のハイフローセラピーが始まり離脱できない/原疾患の改善が見込めない/ご本人が気管挿管や気管切開による呼吸管理を望まず、家で過ごすことを希望している |
| 点数 | 2,400点/月 | 2,400点/月 |
臨床的な意味は大きいと考えています。これまで、「酸素濃度60%以上が常に必要」という方は、事実上、家に帰る選択肢がありませんでした。リザーバー付きマスクを10L/分以上で使い続けるのは在宅では現実的でなく、かといって挿管や気管切開は望まない。その間にあった空白に、制度が追いついた形です。
間質性肺炎の終末期に、「病院で管につながれるのではなく、家で、最期まで自分の呼吸で」という希望を持たれる方は少なくありません。要件は厳しく、誰にでも当てはまるものではありませんが、選べる道が増えたことは知っておいていただきたいと思います。当院でも、退院前カンファレンスの段階からご相談を受けています。
7-9 停電と災害
酸素濃縮器は電気で動きます。停電すればすぐ止まります。在宅酸素をお使いの方は、次の3つを平常時に決めておいてください。
- ボンベは何時間もつか。お使いのボンベの容量と、いまの流量から計算した時間を、紙に書いて機械に貼っておきます。同調式か連続流かで大きく変わります。
- 酸素供給業者の緊急連絡先。24時間対応の番号を、携帯電話と冷蔵庫の2か所に。
- 誰が取りに行くか、どこへ避難するか。電源が確保できる場所(親族宅、福祉避難所、医療機関)を、あらかじめ1つ決めておきます。
災害時の在宅医療機器の備えについては、当院の「大きな地震の時に医学的に気をつけること」のコラムで、人工呼吸器・吸引器も含めて詳しく整理しています。あわせてお読みください。
7-10 終末期の酸素――数字ではなく、その人を見る
最期の時期が近づくと、SpO₂は下がっていきます。ご家族は数字を見て、流量を上げてほしいと言われます。その気持ちは当然のものです。
しかし前述のとおり、酸素の値が保たれているのに苦しい方には、酸素を増やしても息苦しさは変わらないことが試験で示されています。マスクが顔を覆うことで、かえって話しづらく、表情も見えにくくなります。
この時期に私たちが優先するのは、息苦しさそのものを和らげることです。姿勢の調整、送風、そして必要に応じて医療用麻薬(モルヒネ)による呼吸困難の緩和。がん以外の呼吸器疾患についても、日本呼吸器学会・日本呼吸ケア・リハビリテーション学会合同の『非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021』が、薬物療法と非薬物療法の考え方を整理しています。
それでも、ご家族が「せめて酸素を」とおっしゃるとき、私はその手を止めません。あれは治療ではなく、そばにいる方法のひとつだからです。数字は正直にお伝えし、どこまでを目指すのかを一緒に決める。そのやり取りの積み重ねが、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)です。
場面別・早見表
| こんなとき | 向いている器具 | ひとこと |
|---|---|---|
| 1〜3L/分で、日常生活を送る | 鼻カニュラ | 在宅の基本形。マスクにする必要はありません |
| 3〜5L/分だが、口で吸ってしまう | 開放型酸素マスク | 低流量でも使え、食事のじゃまになりにくい |
| 5L/分を超え、鼻が痛い・乾く | リザーバー付きカニュラ/開放型マスク | 鼻カニュラを6L/分以上で使い続けない |
| 外出時にボンベを長持ちさせたい | 同調式+通常カニュラ、または連続流+リザーバー付きカニュラ | この2つは組み合わせられません |
| 眠っているあいだ、値が下がる | 連続流に切り替え | 同調式は睡眠中に感知しづらくなります |
| 二酸化炭素がたまりやすい | 低めの目標(88〜92%)で厳密に管理 | マスクへの安易な変更は避けます |
| 常に60%以上の酸素が必要で、家で過ごしたい | 在宅ハイフローセラピー | 2026年6月から要件が広がりました |
よくあるご質問
苦しいとき、自分で流量を上げてもいいですか。
主治医から「動くときは○L/分まで」と指示されている範囲であれば、その範囲内で調整してください。指示のない範囲まで上げることは避けます。とくに二酸化炭素をためやすい方では、上げすぎると眠気や意識のもうろうにつながります。上げる前に、姿勢を起こす・顔に風を当てる・SpO₂を測る、の3つをお試しください。
SpO₂が94%を切りました。すぐ受診したほうがよいですか。
目標値は病気によって違います。二酸化炭素をためやすい方では88〜92%が目標なので、90%は「想定内」です。大切なのは絶対値より、いつもの値からどれだけ外れているか。ふだんの値を記録しておき、そこから3〜4ポイント以上下がって戻らないときは連絡してください。数値が保たれていても、意識がぼんやりする・呼びかけへの反応が鈍いときは、すぐにご連絡ください。
鼻が乾いて血が出ます。加湿すべきでしょうか。
3L/分以下であれば加湿は原則不要ですが、症状があるなら別です。まず流量が適切かを見直し、そのうえで室内の湿度、鼻の保湿剤、器具の変更を検討します。なお、ワセリンなど油性の軟膏は酸素の下では避けるのが原則です。自己判断で加湿ボトルを付けると、水の管理が不十分な場合に感染の原因になりえます。
入浴中も酸素をつけるのですか。
入浴は、本人が思う以上に体に負担のかかる労作です。多くの方で入浴中にSpO₂が下がるため、つけたまま入るのが原則です。チューブが濡れても問題ありません。洗髪や浴槽への出入りで一時的に外れやすいので、脱衣所に濃縮器を置き、チューブの長さに余裕をもたせてください。のぼせやすい方は、湯温を下げ、肩まで浸からない工夫も有効です。
マスクのほうが、カニュラより効きますか。
必要な濃度が高い場面では、そのとおりです。ただし低い流量では逆で、ふつうのマスクを5L/分未満で使うと、吐いた息を吸い直してしまうため不利になります。「マスク=上等」ではなく、必要な流量に合った器具を選ぶ、というのが正しい考え方です。
酸素を吸うと、そのうち手放せなくなりませんか。
「酸素に慣れて依存する」ことはありません。酸素が必要になるのは、肺や心臓の状態が変化したからです。むしろ、安静時の低酸素が高度な方では、1日15時間以上の長期酸素療法が生存を改善することが1980年代の2つの試験で示され、いまも診療ガイドラインの土台になっています。必要な方が必要な時間だけ吸う、それがこの治療です。
在宅酸素のことで迷ったら
ふくろう訪問クリニック(福岡市早良区)は、緩和ケア・難病・精神科・認知症を専門とする在宅医療のクリニックです。在宅酸素療法については、器具の選び直し、場面ごとの流量設定、火気対策、災害時の備え、そして終末期の呼吸困難への対応まで、ご自宅にうかがって一緒に組み立てます。
次のような場合は、一度ご相談ください。
- いまの器具が生活に合っていない(食事のたびに外す、耳が痛い、外出できない)
- SpO₂の目標値を聞いていない、または家族が判断に迷っている
- ご本人が挿管や気管切開を望まず、家で過ごすことを希望している
- 介護されるご家族が、夜間の対応に疲れている
訪問看護ステーションを併設しており、医師と看護師が同じ情報を持って動きます。かかりつけ医や病院からの紹介にも対応しています。
参考文献
- 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会 酸素療法マニュアル作成委員会/日本呼吸器学会 肺生理専門委員会 編『酸素療法マニュアル』メディカルレビュー社, 東京, 2017.
- O’Driscoll BR, Howard LS, Earis J, et al. BTS guideline for oxygen use in adults in healthcare and emergency settings. Thorax 2017;72(Suppl 1):ii1-ii90. doi:10.1136/thoraxjnl-2016-209729
- Austin MA, Wills KE, Blizzard L, Walters EH, Wood-Baker R. Effect of high flow oxygen on mortality in chronic obstructive pulmonary disease patients in prehospital setting: randomised controlled trial. BMJ 2010;341:c5462. doi:10.1136/bmj.c5462(PMID 20959284)
- Chu DK, Kim LH-Y, Young PJ, et al. Mortality and morbidity in acutely ill adults treated with liberal versus conservative oxygen therapy (IOTA): a systematic review and meta-analysis. Lancet 2018;391(10131):1693-1705. doi:10.1016/S0140-6736(18)30479-3(PMID 29726345)
- Jacobs SS, Krishnan JA, Lederer DJ, et al. Home Oxygen Therapy for Adults with Chronic Lung Disease. An Official American Thoracic Society Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med 2020;202(10):e121-e141. doi:10.1164/rccm.202009-3608ST(PMID 33185464)
- Long-Term Oxygen Treatment Trial Research Group; Albert RK, Au DH, Blackford AL, et al. A Randomized Trial of Long-Term Oxygen for COPD with Moderate Desaturation. N Engl J Med 2016;375(17):1617-1627. doi:10.1056/NEJMoa1604344
- Nocturnal Oxygen Therapy Trial Group. Continuous or nocturnal oxygen therapy in hypoxemic chronic obstructive lung disease: a clinical trial. Ann Intern Med 1980;93(3):391-398.
- Report of the Medical Research Council Working Party. Long term domiciliary oxygen therapy in chronic hypoxic cor pulmonale complicating chronic bronchitis and emphysema. Lancet 1981;1(8222):681-686.
- Abernethy AP, McDonald CF, Frith PA, et al. Effect of palliative oxygen versus room air in relief of breathlessness in patients with refractory dyspnoea: a double-blind, randomised controlled trial. Lancet 2010;376(9743):784-793. doi:10.1016/S0140-6736(10)61115-4(PMID 20816546)
- Galbraith S, Fagan P, Perkins P, Lynch A, Booth S. Does the use of a handheld fan improve chronic dyspnea? A randomized, controlled, crossover trial. J Pain Symptom Manage 2010;39(5):831-838. doi:10.1016/j.jpainsymman.2009.09.024
- 日本呼吸器学会・日本呼吸ケア・リハビリテーション学会合同 非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021作成委員会『非がん性呼吸器疾患緩和ケア指針2021』2021.
- 厚生労働省「在宅酸素療法における火気の取扱いについて(注意喚起及び周知依頼)」医政総発0115第1号・医政指発0115第1号・薬食安発0115第1号(平成22年1月15日).
- 一般社団法人日本産業・医療ガス協会 在宅酸素部会「在宅酸素療法を実施している患者居宅で発生した火災による重篤な健康被害の事例」(令和8年5月末時点).
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定」区分番号C103 在宅酸素療法指導管理料、C107-3 在宅ハイフローセラピー指導管理料(令和8年6月1日施行).
本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。酸素の流量や器具の種類は、必ず主治医の指示に従ってください。息苦しさが強い、意識がもうろうとする、呼びかけへの反応が鈍いなどの症状があるときは、ただちに主治医または救急にご連絡ください。

