最近、「料理する人が認知症になりやすい」という論文が発表され、話題を呼んでいます。ここでは何故認知症になりやすいのかを解説し、むしろ「料理は認知症を予防する」となるように工夫を考えていきます。

調理環境が悪いと認知症リスクが高まる

不潔な燃料と換気設備の欠如

世界保健機関の健康調査データを用いた多国籍横断研究では以下のことがわかっています。
薪や石炭・灯油などの不潔な燃料を使用して調理している高齢者は、クリーン燃料を使用する人と比べて軽度認知障害(MCI)になるオッズが約1.48倍高いことが報告されています。
さらに、換気フードや煙突がない家屋で調理を行うと、そのリスクは1.88倍に跳ね上がりました。
これらの結果から、長期的に調理煙やガスにさらされ続けることが認知機能低下に寄与している可能性が示唆されます。

大気汚染の研究が示すガスの危険性

大気汚染と認知症リスクに関するメタ解析では、微小粒子状物質(PM2.5)濃度が10 μg/m³増加するごとに認知症発症リスクが**17 %上昇し、二酸化窒素(NO₂)濃度が10 μg/m³増加すると3 %**増加することが示されました。ガスコンロや灯油ストーブから発生するNO₂や調理時の微粒子への曝露がこうした大気汚染物質の一部であることから、室内調理のガスや煙を日常的に吸い続けることが脳に慢性的な炎症や酸化ストレスを与え、認知症リスクを高める要因になり得ます。

以下の図は、主要な曝露要因と相対リスクをまとめたものです。相対リスク1.0が「リスクなし」に相当し、それを上回るほど危険性が高いことを示します。

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大気汚染に晒されるより、ずっと換気設備なしで調理することが認知機能に悪い

女性高齢者に偏る曝露の影響

中国の長期縦断研究では、45歳以上の住民を7年間追跡したところ、固形燃料で調理する人々の認知機能低下がガスや電気を用いる人よりも速いことが明らかになりました。
特に女性60歳以上の高齢者では影響が顕著で、男性や中年層では有意な差が見られませんでした。これは、伝統的に調理を担う女性や屋内で煙に曝される時間が長い高齢者が、調理中の煙害の影響を受けやすいことを示しています。

逆に料理の行為自体は認知機能維持につながる

脳の前頭前野を活性化する「料理療法」

逆に料理をすること自体は認知症を改善させることも報告されています。
認知症ケアの総説では、「料理療法」が紹介され、料理をする過程が脳の前頭前野を活性化させ、行動・心理症状を緩和し生活の質を向上させることが報告されています。献立を考え、材料を準備し、時間配分を調整するという複雑なプロセスは、計画力や注意力など複数の認知機能を同時に使うため、脳に適度な刺激を与えます。

集団調理プログラムの介入研究

地域在住の高齢女性を対象にした介入研究では、週1回6か月間の集団調理プログラムへの参加者は、参加前に比べ認知機能テストの得点が有意に向上しました。また、メニュー計画を伴うかどうかによる差は認められず、「調理する」という活動そのものが認知機能改善に寄与していることが示唆されています。

論文の概要表

研究で扱われたテーマと主な結果を簡潔にまとめると、以下の表のようになります。

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総合的な解釈とまとめ

料理をする人が認知症になりやすいかどうかは、
調理環境(環境によって認知症が悪化)
行為そのもの(調理そのものは認知機能改善)
の二つの側面を区別して考える必要があります。
薪や石炭などの不潔な燃料を使用し、換気が不十分な環境では、長期的な煙曝露により軽度認知障害や認知症のリスクが高まる可能性が高いことが多くの研究で示されています。女性や高齢者など調理の負担が偏る層では影響が大きく、適切な換気やクリーンな調理燃料の採用は健康にとって重要です。

一方で、料理という日常活動は計画や段取りを要する複雑な作業であり、前頭前野を中心に脳全体を活性化させることが報告されています。集団調理プログラムなどでは参加者の認知機能が向上した例もあり、安全な環境下で料理を楽しむことは認知機能の維持や向上に寄与すると考えられます。

結論として、調理時の環境を改善し、換気やクリーン燃料を使用すれば、料理は脳への負担を減らしつつ認知機能を活性化する健康的な活動となります。日々の食事づくりを無理なく続け、楽しく脳を使うことが、認知症予防への一歩になるでしょう。

参考文献

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