近年、動物性食品を一切摂らないヴィーガンという食生活が単なる食事法を越えて文化やライフスタイルとして広がっています。肉や乳製品を食べないことが環境や動物福祉の観点から注目される一方、「健康は大丈夫なのか?」という疑問を抱く人も多いでしょう。本記事では最新の研究を踏まえ、一般の方向けにヴィーガン食のメリットとデメリットを分かりやすく解説します。年齢別・性別の違いにも触れながら、栄養面の注意点や対策をまとめました。
全死亡率への影響
大規模コホート研究やメタ分析によると、質の高い植物性食品を中心とした食事は総死亡率をわずかに低下させることが報告されています。例えば 2024 年のメタ分析では、植物性食品中心の食事(PDI)を実践する人の死亡リスクは全体で 16 %程度低下し、特に健康的な植物性食品(未精製の穀物、果物、野菜、豆類、ナッツなど)を重視した場合は低下が顕著でした。一方で、フライドポテトや精白パンなどの不健康な植物性食品が中心の場合は、むしろ死亡リスクが上昇することが示されています。つまり「動物性食品を減らす」だけでは不十分で、何を食べるかが重要です。
過去の研究では男性ベジタリアンで全死亡率の有意な低下が見られましたが、女性では差が小さいという報告もあります。生活習慣や基礎疾患の違いが影響している可能性があり、今後のデータ蓄積が必要です。
心血管疾患と脳卒中
ヴィーガン食は飽和脂肪酸やコレステロールが少なく、食物繊維や抗酸化物質が豊富なため、心筋梗塞や狭心症など虚血性心疾患の発症リスクを大きく下げることが確認されています。菜食者の冠動脈疾患発症率は肉食者より 20〜25 %低く、血中 LDL コレステロールの低下や体重減少がこの効果に寄与すると考えられています。
一方、イギリスの大規模研究では菜食者で脳卒中、特に出血性脳卒中の発症率がやや高いという結果も報告されました。原因として、ビタミン B12 欠乏によるホモシステイン濃度の上昇や、コレステロール低下による血管脆弱化、魚を食べないことによるオメガ3脂肪酸不足などが挙げられます。適切なサプリメントや強化食品で栄養を補えば、このリスクは軽減できると考えられます。
2型糖尿病の予防
ヴィーガン食は 2 型糖尿病の発症リスクを大幅に下げることが多くの観察研究で示されています。2023 年のメタ分析では、植物性食品中心の食事をしている人は、一般的な食事をしている人に比べて糖尿病になる確率が 18 %(健康的なプラントベース食では 21 %)低いと報告されました。ヴィーガンは BMI が低く、食物繊維の摂取量が多いことから血糖コントロールが向上し、インスリン感受性が高まることが要因と考えられます。
がんへの影響
ヴィーガン食は発がんリスク全体を小幅に低下させる可能性がありますが、その効果は部位によって異なります。特に大腸がんの予防効果が比較的強く、肉や加工肉を食べないことが発症リスクの低下に寄与します。一方、乳がんや前立腺がんなど他の主要ながんでは明確な差がないとする研究もあり、全がん死亡率を有意に下げるほどの効果は確認されていません。
栄養バランスのメリットと注意点
ヴィーガン食にはメリットがある一方、特定の栄養素が不足しやすい点に注意が必要です。
メリット
- 低飽和脂肪・高食物繊維: 心血管疾患や肥満の予防に役立ちます。
- 抗酸化物質・フィトケミカルが豊富: 炎症や酸化ストレスを抑え、慢性疾患リスクを減らします。
- BMI・血中コレステロールが低下: 代謝改善や生活習慣病予防に効果的です。
注意点(不足しやすい栄養素)
以下の表は、ヴィーガン食で不足しがちな栄養素と対策をまとめたものです。

年齢別のポイント
子ども
成長期の子どもでも適切に計画されたヴィーガン食は実践可能ですが、栄養不足には細心の注意が必要です。研究によるとヴィーガン児の多くは正常な成長を示すものの、身長がやや低めで骨密度が低い傾向が報告されています。満腹感を得やすい食事なので摂取カロリーが不足しがちです。B12 やカルシウム、鉄、ビタミンDをサプリメントや強化食品で補い、エネルギー密度の高い食品(ナッツや豆腐など)を取り入れましょう。
成人
成人においては、ヴィーガン食のメリット(心疾患・糖尿病予防など)が最も顕著に表れます。ただし、加工食品中心の「ジャンクなヴィーガン食」は健康効果が乏しいことが分かっています。外食やインスタント食品に偏らず、未精製の穀物や野菜中心の食事を心がけましょう。
高齢者
加齢とともに筋肉量が減少しやすく、タンパク質やビタミンD不足がサルコペニアや骨粗鬆症を招く可能性があります。ヴィーガン食を実践する高齢者は、豆腐や大豆ミートなど高タンパク食品を意識的に摂り、必要に応じてプロテインパウダーを活用してください。B12 やカルシウム、ビタミンDのサプリメントも重要です。筋力トレーニングを取り入れることも有効です。
性別による違い
幾つかの疫学研究では、男性の方がヴィーガン食の恩恵を受けやすい可能性が示されています。アドベンチスト健康研究では、男性ベジタリアンで全死亡率や心疾患死亡率の低下が顕著でした。これは男性の方が肉中心の食生活によるリスクが高く、菜食の効果が大きく現れた可能性があります。一方、女性では鉄欠乏性貧血やカルシウム不足による骨折リスクが高くなることがあるので、これらの栄養素を十分に補う必要があります。
植物性食品の食事の疾病リスク
以下のグラフは、植物性食品中心の食事の質と主要な慢性疾患リスク(糖尿病、心血管疾患、がん、全死亡率)との関連を示します。値が 1 未満であればリスク低減、1 を超えるとリスク増加を意味します。

図から、健康的な植物性食品を重視した食事(hPDI)は全ての疾患でリスクが低下しているのに対し、ポテトチップスや精製穀物中心の不健康な植物性食(uPDI)では心血管疾患や全死亡率がむしろ増加していることが分かります。つまり、「植物性」というラベルよりも食事内容そのものが健康に直結しているのです。
まとめ
- ヴィーガン食は適切に実践すれば、心血管疾患や 2 型糖尿病、大腸がんを中心とする慢性疾患リスクを下げ、全死亡率をわずかに低下させることが示されています。
- 一方で、ビタミンB12、ビタミンD、カルシウム、鉄、オメガ3脂肪酸、タンパク質などの不足には注意が必要であり、サプリメントや強化食品での補給、バランスの取れた食事計画が不可欠です。
- 子どもや高齢者は特にエネルギー・栄養不足のリスクが高く、専門家のサポートを受けながら慎重に実践することが望まれます。
- 「ヴィーガン食=健康」というイメージだけに頼らず、未加工の植物性食品を中心に質の高い食事を組み立てることが重要です。
参考文献
- Orlich MJ, et al. Vegetarian Dietary Patterns and Mortality in Adventist Health Study 2. JAMA Intern Med. 2013.
- Tong TYN, et al. Risks of ischaemic heart disease and stroke in meat eaters, fish eaters, and vegetarians (EPIC-Oxford). BMJ. 2019.
- Dinu M, et al. Vegetarian, vegan diets and multiple health outcomes: A systematic review with meta-analysis. Crit Rev Food Sci Nutr. 2017.
- Iguacel I, et al. Veganism, vegetarianism, bone mineral density, and fracture risk. Nutrition Reviews. 2019.
- Desmond MA, et al. Growth, cardiovascular, and nutritional status of vegan children. Am J Clin Nutr. 2021.
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- Tan Z, et al. Plant-based diet and risk of all-cause mortality: a systematic review and meta-analysis. Frontiers in Nutrition. 2024.
- Additional literature cited in the text.