夏が来るたびに、私たち訪問診療のスタッフがもっとも気を引き締めるのが「熱中症」です。近年の夏は年々暑さを増し、2025年(令和7年)の全国の救急搬送は10万510人と過去最多を更新しました1。そのうち約6割が65歳以上の高齢者で、しかも搬送された場所の最多は「屋外」ではなく自宅(住居)です1。
「家の中にいたのに」「まだそれほど暑くないと思っていたのに」——ご本人もご家族も油断しがちだからこそ、高齢者の熱中症は見逃されやすいのです。この記事では、一般の方にもわかりやすい予防と応急処置に加えて、在宅療養中の方に特有の注意点を、訪問診療の現場目線で一段深く解説します。
そもそも熱中症とは?
熱中症とは、暑さによって体温を調節する仕組みがうまく働かなくなり、体に熱がこもって起こるさまざまな不調の総称です。私たちの体はふだん、汗をかいたり皮膚の血流を増やしたりして熱を外へ逃がしています。ところが気温や湿度が高い環境では、この「熱を逃がす力」が追いつかなくなり、めまい・だるさから始まって、進行すると意識障害や臓器の障害にまで至ります。
気温だけでなく湿度が高いと汗が蒸発しにくくなり、リスクは一段と上がります。そのため環境省は、気温・湿度・輻射熱をまとめた「暑さ指数(WBGT)」を予防の指標として使うことを勧めています2。
なぜ高齢者は熱中症になりやすいのか
「若い頃は平気だった」という方ほど注意が必要です。加齢に伴い、体には次のような変化が起こります。
暑さと「のどの渇き」を感じにくくなる
加齢によって、暑さやのどの渇きを感じる感覚が鈍くなります3。「暑くない」「のどが渇いていない」と本人が言っても、体はすでに危険な状態のことがあります。
体にためられる水分が少ない
高齢になると体内の水分量そのものが減り、汗をかく機能や体温を下げる機能も低下します3。少しの脱水でも一気に危険な状態に傾きやすくなります。
持病や薬の影響を受けやすい
心臓・腎臓の病気、糖尿病などの持病があると、体温や水分の調整がさらに難しくなります。また後述するように、ふだん飲んでいるお薬が脱水を助長することもあります。
見逃さないで──症状と重症度
熱中症は「軽い」から「命に関わる」まで連続しています。医療現場では、日本救急医学会の「熱中症診療ガイドライン2024」に沿って重症度を判断します。2024年版では、これまでのⅠ〜Ⅲ度に加え、最重症の「Ⅳ度」が新たに設けられました4。
| 重症度 | 主な症状 | どうする? |
|---|---|---|
| Ⅰ度 軽症 | めまい・立ちくらみ、筋肉のこむら返り(足がつる)、大量の汗 | 涼しい場所で休み、水分・塩分をとる。付き添って様子を見る。 |
| Ⅱ度 中等症 | 頭痛、吐き気・嘔吐、体がだるい、力が入らない、集中力の低下 | 自分で水分がとれない・改善しないなら医療機関へ。 |
| Ⅲ度 重症 | 意識がおかしい、けいれん、まっすぐ歩けない、肝臓・腎臓の障害 | すぐ救急要請(119番)。ためらわない。 |
| Ⅳ度 最重症 | 深部体温40℃以上かつ強い意識障害(呼びかけに反応しないなど) | 命に関わる緊急事態。直ちに救急・全身冷却が必要。 |
※ Ⅳ度は「深部体温40.0℃以上かつGCS≦8(強い意識障害)」と定義され、全身を積極的に冷やす治療(アクティブ・クーリング)をただちに始めることが提唱されています4。
🚑 迷わず119番するサイン
「呼びかけへの反応がおかしい」「自分で水が飲めない」「けいれんしている」「体が熱いのに汗が出ていない」——このいずれかがあれば、応急処置と同時に救急車を呼んでください。高齢者では急速に悪化することがあり、様子見が命取りになります。
高齢者を守る予防のポイント
エアコンは「わがまま」ではなく「命綱」
屋内で亡くなった方の約85%はエアコンを使っていなかったという調査があります5。「電気代がもったいない」「昔はなくても平気だった」「冷房は体に悪い」といった気持ちから、設置していても使っていないお宅は少なくありません。まずは室温28℃・湿度70%以下を目安に、日中はもちろん、夜間もつけっぱなしにすることをおすすめします。
のどが渇く前に、こまめな水分・塩分
高齢者は「渇き」を感じにくいため、時間を決めて(起床時・食事ごと・入浴前後・就寝前など)少しずつ飲むのがコツです。大量の汗をかいたときは、水だけでなく塩分も一緒に。経口補水液(OS-1など)や、水500mLに塩1g・砂糖を加えた飲み物が役立ちます。
⚠️ 持病がある方の水分・塩分
心不全・腎臓病などで水分や塩分の制限がある方は、自己判断で大量にとると別の危険があります。「どのくらい飲めばよいか」は、かかりつけ医や訪問看護師に必ず確認してください。制限と熱中症予防のバランスは、一人ひとり異なります。
暑さ指数(WBGT)と警戒アラートを味方に
その日の危険度は、環境省の「熱中症警戒アラート」や暑さ指数で客観的に確認できます2。アラートが出た日は、独居の高齢者への安否確認の電話を一本入れる——それだけで救える命があります。
ご家族・周囲ができる「見守り」チェック
- 室温計・湿度計を、本人が見える場所に置く
- 顔色や汗、食欲、トイレ(尿の回数・色)の変化に気づく
- 「暑くない?」ではなく「今日は何回お茶を飲んだ?」と具体的に聞く
- エアコンのリモコン操作が難しくなっていないか確認する
もし熱中症かも、と思ったら──応急処置
重症サイン(前述)がなく、意識がはっきりしていて自分で水が飲める場合は、まず次の3つを行います。頭文字で「冷やす・水分・休む」と覚えてください。
- 涼しい場所へ移す:エアコンの効いた室内や日陰へ。衣服をゆるめて風を送る。
- 体を冷やす:太い血管が通る首・両わきの下・足の付け根を、保冷剤や濡れタオルで冷やす。皮膚に水をかけてあおぐのも効果的。
- 水分・塩分を補う:経口補水液などを少量ずつ。意識がはっきりしないときは無理に飲ませない(のどに詰まる危険があるため)。
これらを行っても改善しない、あるいは飲めない・反応が鈍いときは、迷わず救急要請してください。
在宅療養中の方に特有の「隠れた危険」
ここからは、訪問診療・訪問看護を受けている方や、そのご家族に向けて、一歩踏み込んだ内容をお伝えします。搬送の最多が「住居」であることは前述のとおりですが、在宅療養中の方には、一般の高齢者以上に見えにくいリスクが重なっています。
1. 薬ふだんの薬が、脱水を後押しすることがある
在宅の高齢者は多くの薬を服用していることが少なくありません。中には、体から水分・塩分を出す作用や、汗・体温調節に影響する薬があり、暑い時期には注意が必要です。
- 利尿薬(むくみ・心不全・高血圧の薬):尿として水分が出るため脱水に傾きやすい
- 一部の降圧薬・心臓の薬:血圧や脈の調整に影響し、脱水時に低血圧を起こしやすい
- 抗コリン作用のある薬(一部の頻尿・パーキンソン病・精神科・かぜ薬など):汗が出にくくなり、体の熱を逃がしにくくする
- 下剤・利尿作用のある漢方など:水分の喪失を増やすことがある
💊 大切なこと
これらの薬は病気の治療に必要なものであり、自己判断で中止・減量してはいけません。「暑い時期に気をつけるべき薬か」「発熱・下痢・食欲低下で飲めないときにどう調整するか」は、訪問診療時に医師へご相談ください。当院では夏場、内服内容を熱中症リスクの観点から見直すよう心がけています。
認知症・寝たきりの方は「訴え」が出にくい
「暑い」「のどが渇いた」と自分から訴えられない方では、熱中症のサインがいつもと違う様子として現れます。ご家族・ヘルパー・看護師が共有したい観察ポイントは次のとおりです。
- ぼんやりして反応が鈍い、いつもより眠りがち・逆に落ち着かない
- 食事・水分の摂取量が減った、尿の回数が減った・色が濃い
- わきの下が乾いている、皮膚や口の中が乾いている
- 脈が速い、微熱が続く、ぐったりしている
寝たきりの方は、背中やお尻に熱がこもりやすく、体の向きを変えられないため放熱もしにくい状態です。ベッド周りの室温・寝具・掛け物は、こまめに調整してあげてください。
3. 環境独居・老老介護・断熱の弱い住まい
独居や高齢者どうしの介護では、異変に気づく人がそばにいないことが最大のリスクです。また、築年数の古い住宅は断熱性が低く、屋内に熱がこもりやすいことも指摘されています5。訪問時には、私たちも室温計を確認し、必要に応じてケアマネジャーと連携して見守り体制やサービスの調整を検討します。
4. 経口補水が難しいとき「飲めない」ときの在宅での対応
嚥下(飲み込み)が難しい方や、食欲が落ちて水分がとれない方では、脱水が静かに進みます。在宅医療では、こうした場合に次のような対応をとることがあります。
- 飲み込みやすい形での補水:ゼリー状の経口補水液、とろみをつけた水分など
- 訪問看護での状態評価:血圧・脈・皮膚や口腔の乾き・尿量から脱水の程度を判断
- 在宅での点滴(皮下・静脈):経口摂取が難しく脱水が疑われる場合、医師の判断でご自宅での補液を行うことがあります
「食べない・飲まない日が続く」ときは、我慢せず早めに訪問看護ステーションやクリニックへご連絡ください。早い段階であれば、通院や入院をせずご自宅で対応できることも多くあります。
5. チーム多職種で「夏を乗り切る」計画を
在宅療養の強みは、医師・看護師・ケアマネジャー・ヘルパー・ご家族がチームで支える点にあります。夏の前に、①エアコンと室温の管理方法、②水分の目標量(持病を踏まえて)、③体調が悪化したときの連絡先と手順をあらかじめ決めておくと、いざというとき慌てずに済みます。当院では、訪問時にこうした「夏の療養プラン」を一緒に確認しています。
暑さは、備えれば防げる災害です。高齢者の熱中症の多くは、屋内で・気づかぬうちに起こります。だからこそ、「エアコンをつける」「こまめに水分をとる」「そばの人が気にかける」という当たり前のことが、何よりの予防になります。
在宅で療養されている方やご家族が、この夏を安心して過ごせるよう、ふくろう訪問クリニックはチームでお手伝いします。体調やお薬のこと、水分のとり方で気になることがあれば、遠慮なく訪問時にご相談ください。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。持病やお薬のある方は、必ずかかりつけ医・訪問看護師にご相談ください。緊急時はためらわず119番へ。
参考文献・出典
- 総務省消防庁「令和7年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況」(2025年10月)/時事通信 2025年10月29日報道 https://www.fdma.go.jp/disaster/heatstroke/
- 環境省 熱中症予防情報サイト「熱中症環境保健マニュアル(総論・2025年7月版)」/暑さ指数(WBGT)・熱中症警戒アラート https://www.wbgt.env.go.jp/
- 環境省「高齢者のための熱中症対策」リーフレット(2023年5月改訂) https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_pr.php
- 一般社団法人 日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」(2024年7月)/Ⅳ度・quick Ⅳ度・Active Coolingの新設 https://www.jaam.jp/info/2024/
- 東京都23区の屋内熱中症死亡データ(東京都監察医務院)ほか、屋内死亡例におけるエアコン未使用の割合に関する報道・分析(第一生命経済研究所レポート等, 2025年)
