「人前で手汗がひどくて名刺やスマホが濡れてしまう」「わき汗で服のシミが気になる」——こうした悩みは、単なる体質ではなく「多汗症」という治療できる病気かもしれません。日本人の約20人に1人が該当するとされる身近な病気ですが、実際に医療機関を受診している方は1割以下と報告されています1,2。この記事では、多汗症の症状・診断・最新の治療法を一般の方にもわかりやすく解説し、後半では在宅医療の現場で出会う「汗」の問題について一歩踏み込んでお伝えします。
多汗症とは?——「原発性」と「続発性」の2種類がある
多汗症とは、体温調節に必要な量を超えて汗が出てしまう状態です。大きく2つに分けられます。
| 分類 | 特徴 |
|---|---|
| 原発性多汗症 | 明らかな原因となる病気がないのに、手のひら・足のうら・わき・頭部顔面など特定の部位に左右対称に汗が出るタイプ。多汗症の9割以上を占め、若い頃(多くは25歳以下)に始まります3,4。 |
| 続発性多汗症 | 甲状腺の病気・感染症・糖尿病・薬の副作用・悪性腫瘍など、別の原因があって汗が増えるタイプ。全身に汗をかく・夜間の寝汗・成人後の発症が特徴です4。 |
この区別はとても重要です。原発性は「困りごとを減らす治療」が中心になる一方、続発性は背後にある病気を見つけて治療することが最優先になるからです。
どのくらいの人が悩んでいる?——部位別の頻度
日本で行われた大規模疫学調査では、原発性局所多汗症の部位別有病率は以下のように報告されています2。
わき(腋窩)と手のひら(手掌)で悩む方が特に多く、いずれも約20人に1人の割合です。
これほど頻度が高いにもかかわらず、医療機関を受診する方はごく一部にとどまります1。「汗くらいで病院に行っていいの?」とためらう方が多いのですが、多汗症は生活の質(QOL)を大きく下げる病気であり、保険診療で使える治療の選択肢がこの数年で大きく増えています。
多汗症の診断——6つのチェック項目
原発性局所多汗症は、明らかな原因がないまま過剰な汗が6か月以上続き、以下の6項目のうち2項目以上に当てはまる場合に診断されます3。
- 最初に症状が出たのが25歳以下である
- 体の左右対称に汗をかく
- 睡眠中は汗が止まっている
- 1週間に1回以上、多汗のエピソードがある
- 家族にも同じ症状の人がいる
- 汗によって日常生活に支障をきたしている
逆に、「睡眠中も汗が止まらない」「全身に汗をかく」「大人になってから急に始まった」場合は続発性多汗症の可能性があり、原因検索が必要です4。この点は後半の在宅医療のパートで詳しく解説します。
治療の選択肢——この数年で大きく進歩しました
日本皮膚科学会のガイドライン(2023年改訂版)では、部位ごとに治療の流れ(アルゴリズム)が示されています3。特に大きな変化は、塗り薬タイプの「外用抗コリン薬」が保険適用になったことです。
わき汗(原発性腋窩多汗症)
- 外用抗コリン薬(第一選択):汗を出す神経の信号をブロックする塗り薬です。2020年以降、ジェルタイプとワイプ(拭き取り)タイプが保険適用となり、皮膚科診療が大きく変わりました3,5。
- 塩化アルミニウム外用:汗の出口をふさぐ古典的な治療。保険適用の製剤がなく院内製剤等での対応になりますが、有効性は確立しています3。
- A型ボツリヌス毒素注射:重症のわき汗には保険適用があります。効果は数か月〜半年程度持続します3。
手汗(原発性手掌多汗症)
- 塩化アルミニウム外用・水道水イオントフォレーシス(第一選択):イオントフォレーシスは水を張った容器に手を浸し微弱な電流を流す治療です3。
- 外用抗コリン薬:2023年、手のひら専用の保険適用の塗り薬(オキシブチニン塩酸塩ローション)が登場しました3,5。
- 交感神経遮断術(ETS):手術で確実な効果が得られますが、別の部位の汗が増える「代償性発汗」が高頻度に起こるため、十分な説明と本人の強い希望がある場合の最終手段です3。
- 通気性・吸湿性のよい衣類(綿・麻・吸汗速乾素材)を選ぶ
- カフェインや香辛料など発汗を促すものを摂りすぎない
- 緊張やストレスで悪化するため、深呼吸などのリラックス法も一定の助けになります
- 汗をかいたら早めに拭き、皮膚を清潔・乾燥に保つ(あせも・皮膚感染の予防)
【一歩深く】在宅医療の現場で出会う「汗」——それは多汗症ではないかもしれません
ここからは、在宅医療・訪問診療に携わる立場から一段掘り下げてお伝えします。ご自宅で療養されている方やそのご家族から、「最近やたらと汗をかく」「夜中にパジャマがびっしょりになる」という相談を受けることは少なくありません。
大切なのは、高齢になってから・療養中に新しく始まった多汗は、原発性多汗症よりも「続発性」、つまり何らかの原因のサインであることが多いという点です。原発性は若年発症が典型で、25歳を過ぎてからの発症は続発性の可能性が約9倍高いという報告もあります4。
在宅で「汗」から見つかる病気・原因
| 汗のパターン | 考えられる原因の例 |
|---|---|
| 夜間の寝汗+発熱・体重減少 | 結核などの慢性感染症、悪性リンパ腫などの悪性腫瘍。見逃してはいけない危険なサインです4。 |
| 全身の汗+動悸・手のふるえ・体重減少 | 甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患4。 |
| 突然の冷や汗+ふらつき・意識がぼんやり | 糖尿病治療中の方の低血糖。在宅では特に注意が必要で、緊急対応の対象です。 |
| 薬を変えてから汗が増えた | 薬剤性の多汗。抗うつ薬、解熱鎮痛薬、医療用麻薬(オピオイド)、認知症治療薬(コリンエステラーゼ阻害薬)などが原因になり得ます4。 |
| 顔や上半身の発汗のムラ、食事のときの汗 | パーキンソン病や糖尿病性神経障害などによる自律神経の障害。 |
終末期・緩和ケアと発汗
がんの終末期には、腫瘍そのものが引き起こす発熱(腫瘍熱)、ホルモン療法の影響、オピオイドの副作用などが重なり、つらい発汗がしばしば起こります。在宅緩和ケアでは、原因に応じて解熱薬や薬剤の調整を行いながら、「汗そのもののつらさ」を和らげるケアを重視します。汗を我慢する必要はなく、訪問診療医や訪問看護師に遠慮なく伝えていただきたい症状のひとつです。
ご家族・介護者ができる「汗のケア」——皮膚を守ることが最優先
寝たきりに近い方が多量の汗をかくと、皮膚がふやけて(浸軟)バリア機能が落ち、床ずれ(褥瘡)やあせも・皮膚カンジダ症のリスクが一気に高まります。在宅での具体的なポイントは次のとおりです。
- こまめな清拭と着替え:特に背中・おしり・皮膚が重なる部分(わき・そけい部・乳房の下)は湿気がこもりやすい要注意ゾーンです。
- 寝具の工夫:吸湿性のよいシーツ・防水シーツの併用、バスタオルを1枚敷いて交換しやすくする。
- ゴシゴシこすらない:押さえ拭きで水分を取り、保湿剤で皮膚を守ります。
- 水分・電解質の補給:高齢者は喉の渇きを感じにくく、多量の発汗は脱水や電解質異常につながります。経口補水液の活用も含め、主治医・訪問看護師と補給量を相談してください。
- 記録を残す:「いつ・どの部位に・どのくらい」汗をかいたか、発熱や体重減少を伴うかをメモしておくと、原因の特定に非常に役立ちます。
- 寝汗に発熱・体重減少・食欲低下を伴う
- 糖尿病治療中の方の冷や汗+意識のもうろう(低血糖の可能性。ためらわず対応を)
- 新しい薬を始めてから汗が急に増えた
- 汗のたまる部位の皮膚の赤み・ただれ・痛みが出てきた
まとめ
- 多汗症は約20人に1人が悩む身近な病気。保険適用の塗り薬(外用抗コリン薬)の登場で治療の選択肢が大きく広がりました。
- 若い頃からの手汗・わき汗は原発性多汗症の可能性が高く、皮膚科等での治療で生活の質が改善できます。
- 高齢になってから・療養中に新しく始まった汗、睡眠中も止まらない汗は「続発性」のサイン。感染症・悪性腫瘍・内分泌疾患・低血糖・薬剤の影響などの原因検索が必要です。
- 在宅療養中の発汗は、皮膚トラブルや脱水の引き金にもなります。ケアの工夫と早めの相談が大切です。
当院は福岡市を中心に、緩和ケア・難病・認知症・精神科領域の訪問診療を行っています。「最近汗が多い」「夜中の寝汗が気になる」——ご自宅での気になる症状は、原因の見きわめから皮膚のケアまで、訪問診療・訪問看護でしっかりサポートいたします。ご本人はもちろん、ご家族からのご相談もお気軽にどうぞ。
※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。
- 日本皮膚科学会 皮膚科Q&A「汗の病気―多汗症と無汗症―」(平成21年度 特発性局所多汗症研究班 全国疫学調査に基づく記載). https://www.dermatol.or.jp/qa/qa32/
- Fujimoto T, Kawahara K, Yokozeki H. Epidemiological study and considerations of primary focal hyperhidrosis in Japan: from questionnaire analysis. J Dermatol. 2013;40(11):886-890. doi:10.1111/1346-8138.12258
- 原発性局所多汗症診療ガイドライン策定委員会(藤本智子, 横関博雄ほか). 原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版(2023年12月一部改訂). 日本皮膚科学会雑誌. 2023;133(13):3025-3056. doi:10.14924/dermatol.133.3025
- Walling HW. Clinical differentiation of primary from secondary hyperhidrosis. J Am Acad Dermatol. 2011;64(4):690-695. doi:10.1016/j.jaad.2010.03.013, PMID: 21334095
- 厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)分担研究報告書「原発性局所多汗症の治療指針作成、疫学調査に関する研究」(2023年度)
