年齢を重ねると誰でも物忘れが増えたり頭の回転が遅くなったりします。そんなときに「脳トレ」と称してジグソーパズルや漢字クイズなどの知的ゲームに取り組んでいる方も多いでしょう。一方で、スクワットや腕立て伏せなどの抵抗運動(筋力トレーニング)が認知機能を保つのに効果的という報告も増えています。
この記事では、最新の研究をもとに脳トレと筋トレの効果を比較し、日常生活で取り入れやすい方法を解説します。
脳トレとは?
脳トレ(認知トレーニング)はパズル、計算ゲーム、記憶ゲームなど、特定の認知機能を刺激する課題を繰り返すことで脳の回路を鍛える方法です。こうした課題は集中力や記憶力など訓練した領域には効果が出やすいものの、日常生活全般での認知能力(全般的認知機能)に波及する効果は小さいという指摘が多く、スマートフォンアプリで短期間取り組んでも効果は限定的ですbmcgeriatr.biomedcentral.com。
筋力トレーニングとは?
筋力トレーニング(レジスタンス運動)は、ダンベルや自重を用いて筋肉に負荷をかけ、筋力と筋肉量の維持・向上を目指す運動です。最近の研究では、適度な負荷で継続的に筋力トレーニングを行うと、脳由来神経栄養因子(BDNF)の分泌や炎症の抑制を通じて認知機能が向上することが報告されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。とくに中強度(会話が可能な程度、1回30〜60分)の運動を週2〜3回行い、少なくとも12週間続けることが推奨されていますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。強度が高すぎると疲労やストレスで効果が下がるため注意が必要ですpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
主な研究結果を比較
筋トレと脳トレ、それぞれの効果を検証した研究をまとめると次のようになります。
エビデンスの概要

効果量の比較
研究の詳細な数値は研究ごとに異なりますが、複数のランダム化試験やメタ解析を統合すると次のような傾向が見えてきます。

筋トレの効果が脳トレよりずっと高いことがわかる。
上の図は、筋トレ(Resistance Training)、脳トレ(Cognitive Training)、両方を組み合わせた複合トレーニング(Combined)、および対照群(Control)における認知機能改善の概略的な効果量を示しています。筋トレが全般的認知機能に与える効果は脳トレより大きく、複合トレーニングはさらに高い効果が得られることが分かります。脳トレ単独では訓練した課題に近い領域では効果が出やすいものの、全般的な改善は小さい傾向です
トレーニング強度と頻度
筋力トレーニングの効果は、どのくらいの強度・頻度で行うかによって変わります。以下は研究レビューからまとめた強度と効果の関係です。

この図では抵抗運動の強度(低・中・高)と認知機能への効果の概略的な関係を示しています。中強度(会話ができる程度の負荷)で週2〜3回行うことが、最も効率的に認知機能を改善すると報告されていますpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。低強度でも一定の効果は期待できますが、効果は小さめです。逆に高強度の負荷は疲労が大きく、認知機能改善効果が伸び悩むことがありますpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
複合トレーニングの可能性
最近は**筋力トレーニングと認知課題を同時に行う「二重課題トレーニング」や「複合トレーニング」**への関心が高まっています。二重課題トレーニングでは、スクワットやバランス運動をしながら暗算や記憶課題をこなすようなプログラムが組まれます。BMC Geriatrics試験では、二重課題抵抗運動が単独の抵抗運動よりもMMSEの改善に優れていると報告されていますbmcgeriatr.biomedcentral.com。BMC Medicine試験でも、抵抗運動と認知課題を組み合わせた群は認知機能と身体機能の双方で顕著な改善がみられましたbmcmedicine.biomedcentral.com。
背景には「ガイド付き可塑性理論」があります。これは、身体運動によって誘発される神経可塑性を、同時に行う認知課題が“誘導”することで、単独の運動や脳トレよりも大きな効果が生まれるという考えですpmc.ncbi.nlm.nih.gov。同時に行うことで注意力やマルチタスク能力も鍛えられ、日常生活動作に直結する実行機能の改善が期待できます。ただし、負荷が高すぎると転倒リスクが高まるなどの注意点もあるため、専門家の指導のもと段階的に取り入れることが重要です。
まとめと実践アドバイス
- 脳トレは記憶力や注意力など特定の能力を刺激するのには向いていますが、全般的認知機能の大幅な改善は期待しにくいことがわかっていますbmcgeriatr.biomedcentral.com。
- 一方で、筋力トレーニングは中強度で週2〜3回、12週間以上続けると全般的認知機能や日常生活能力が改善するという高いエビデンスがありますpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。特にレジスタンス運動は有酸素運動と比べても効果が大きいと報告されています。
- 筋トレと脳トレを組み合わせた複合トレーニングでは、身体機能と認知機能の両方が向上し、効果が上乗せされる可能性がありますbmcmedicine.biomedcentral.combmcgeriatr.biomedcentral.com。
- 運動習慣のない方は、無理のない範囲でスクワットやかかと上げ、ペットボトルを用いた腕の曲げ伸ばしなど自宅でできる筋力トレーニングから始めましょう。適度に息が上がる程度を目安に、週2〜3回、1回30分前後を目標に続けると良いでしょう。
- 運動中に簡単な計算やしりとりを取り入れるなど、身体と頭を同時に使う工夫をすると相乗効果が期待できます。ただし、転倒やケガを防ぐため、足場の安定した場所で行い、体調に合わせて無理せず休憩を挟みましょう。
- 高血圧や心疾患など持病がある場合や体力に不安がある場合は、始める前に医師や理学療法士に相談してください。
参考文献
- Papatsimpas A, et al. 12週間の抵抗運動RCT – 抵抗運動が認知低下と日常生活動作を改善し、抵抗運動と有酸素運動の併用がさらに効果的であることが示されたpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- Frontiers in Aging Neuroscience (2025). 抵抗運動と認知機能 – 中強度の抵抗運動がホルモンや神経伝達物質を介して最も大きな認知改善をもたらす。適度な強度・頻度と12週間以上の継続が推奨されるpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。
- Baek J‑E, et al. (2024). 二重課題抵抗運動と抵抗運動の比較試験 – 二重課題抵抗運動は単独の抵抗運動よりもMMSE改善効果が大きかったbmcgeriatr.biomedcentral.com。
- Castellote‑Caballero Y, et al. (2024). 複合トレーニングプログラム試験 – 抵抗運動と認知訓練を組み合わせた群が、身体機能と認知機能の両方で有意な改善を示したbmcmedicine.biomedcentral.com。
- Aminirakan D, et al. (2024). 複合トレーニングRCTプロトコル – 認知・筋力・複合トレーニングの4群比較試験を計画。複合介入による上乗せ効果を検証する意義が強調されているpmc.ncbi.nlm.nih.govpmc.ncbi.nlm.nih.gov。