「うつ病の薬にもいろいろ種類がある」と聞いたことはあっても、何がどう違うのかはわかりにくいものです。抗うつ薬の代表格である SSRI・SNRI・NaSSA は、いずれも脳内の神経のはたらきを整える薬ですが、「得意なこと」と「副作用の出方」が少しずつ違います。このコラムでは、まず一般の方に向けてその違いを整理し、後半では在宅医療の現場でどう選び分けているかを一段掘り下げて解説します。
01そもそも抗うつ薬は何をしている?
気分や意欲、睡眠、食欲などには、脳の中を行き交う「神経伝達物質」が深く関わっています。うつ状態では、なかでも セロトニン(気分の安定に関わる)と ノルアドレナリン(意欲・集中に関わる)のはたらきが弱まっていると考えられています。抗うつ薬は、この2つの物質が神経のあいだで効率よく使われるように後押しする薬です。
大切な前提として、抗うつ薬は 飲んですぐ効くものではありません。効果が安定して現れるまでには一般に2〜4週間かかり、その一方で吐き気や眠気などの副作用は飲み始めの数日に出やすいという特徴があります。「最初の数日がいちばんつらく、効果は後からついてくる」——この時間差を知っておくことが、途中でやめずに続けるコツになります。
023つのタイプをひと目で
再取り込み阻害薬
- ねらう物質
- セロトニン中心
- 得意なこと
- 不安・気分の落ち込み。うつと不安が混じるタイプに広く使われる第一選択
- 注意点
- 飲み始めの吐き気・消化器症状、性機能への影響
再取り込み阻害薬
- ねらう物質
- セロトニン+ノルアドレナリン
- 得意なこと
- 意欲・気力の低下、身体の痛みを伴ううつ
- 注意点
- 血圧上昇、動悸。飲み忘れ時のつらい離脱症状
セロトニン作動性抗うつ薬
- ねらう物質
- 受容体を直接調整(再取り込み阻害とは別のしくみ)
- 得意なこと
- 不眠・食欲不振・吐き気を伴ううつ
- 注意点
- 眠気、体重増加。日中のだるさ
同じ「抗うつ薬」でも、SSRI と SNRI は “声を回収しすぎない” タイプ(再取り込み阻害)なのに対し、NaSSA は “別のスイッチを操作して声を増やす” タイプで、しくみそのものが異なります。この違いが、次に見る「副作用の出方の差」を生みます。[1][2]
03タイプ別の特徴をもう少し詳しく
SSRI —— まず選ばれることが多い「バランス型」
セロトニンにしぼって作用するため、比較的副作用の見通しが立てやすく、うつ病だけでなくパニック症や社交不安症、強迫症など不安が前に出る状態にも使われます。飲み始めに吐き気や下痢が出やすいものの、多くは1〜2週間で落ち着きます。性機能への影響(性欲低下など)は続くことがあり、続けるうえで相談しておきたいポイントです。
SNRI —— 意欲と「痛み」に届きやすい
セロトニンに加えてノルアドレナリンにも働くため、気力がわかない・体が動かないといった意欲面や、慢性的な痛みを伴ううつに向くことがあります。一方でノルアドレナリンは血圧や脈にも関わるため、血圧の上昇や動悸に注意が必要です。急にやめると、めまい・しびれ感・”頭の中がピリッとする”ような離脱症状が出やすいのも特徴で、減らすときは時間をかけます。
NaSSA —— 眠れない・食べられない人の味方
再取り込みを阻害する他の2タイプとは異なり、NaSSA(代表薬:ミルタザピン)は神経の”ブレーキ役”の受容体をはずすことでセロトニン・ノルアドレナリンの放出を増やします。ヒスタミンという物質の受容体を強くブロックするため、眠気と食欲増進という作用が前面に出ます。[3][4] これは副作用にもなりますが、不眠と食欲不振が強いうつの人にとっては、むしろ「一石二鳥」のよい特徴になります。少量(7.5〜15mg程度)のほうが眠気・食欲増進が出やすい、という量による違いも知られています。[5]
04どう選ぶ? —— 「症状の型」に合わせる
どのタイプが優れているという単純な優劣はなく、実際には その人の症状の”型”と、避けたい副作用を照らし合わせて選びます。おおまかな目安を表にまとめます。
| こんな状態のとき | 相性がよいことが多いタイプ | 考え方 |
|---|---|---|
| 不安・落ち込みが中心 | SSRI | 不安症状にも使いやすく、最初の一手にしやすい |
| 意欲低下・体の痛みを伴う | SNRI | ノルアドレナリンへの作用で気力・痛みに届きやすい |
| 眠れない・食欲がない・痩せてきた | NaSSA | 眠気と食欲増進を”味方”にできる |
| 吐き気が心配/消化器が弱い | NaSSA | むしろ吐き気を抑える方向に働くことがある |
| 体重を増やしたくない | SSRI / SNRI | NaSSA は体重増加が出やすい |
05在宅医療では、どう選び分けるか
ここからは、当院が力を入れている 在宅医療(訪問診療) の視点で、もう一段踏み込みます。ご自宅で療養される方は、高齢であったり、複数の持病を抱えていたり、他にも多くの薬を飲んでいたりします。同じ「うつ症状」でも、病院の外来とは選び方の重心が変わります。
在宅で抗うつ薬を選ぶとき、私たちが特に重視すること
- 転倒リスクを最優先で考える —— ふらつき・眠気は、在宅では「転倒→骨折→寝たきり」に直結します。眠気の強い薬は少量から、就寝前に寄せるなど時間帯まで細かく設計します。
- 食欲・体重・低栄養を治療の指標にする —— 食が細り痩せていく高齢の方では、NaSSA の食欲増進作用が「困る副作用」ではなくねらった効果になります。がんの終末期などの食欲低下・吐き気にも応用されます。
- 飲み合わせ(多剤併用)を必ず点検する —— すでに多くの薬を飲んでいる方が多く、飲み合わせの影響が少ない薬を選ぶことが安全につながります。NaSSA は薬物相互作用が比較的少ないとされ、この点で扱いやすい場面があります。
- 「1日1回・就寝前」に寄せる —— 服薬回数が増えるほど飲み忘れが起こります。ご本人・ご家族・訪問看護師の負担も考え、できるだけシンプルな飲み方に整えます。
- 低ナトリウム血症(SIADH)に注意する —— 高齢者ではSSRI・SNRIで血液中のナトリウムが下がることがあり、だるさ・食欲不振・混乱として現れます。開始後の体調変化を訪問看護と共有して早めに拾います。
「痛み」と「うつ」が重なる在宅ならではの場面
在宅では、がんや神経の病気による 慢性の痛み と気分の落ち込みが同時にあることが珍しくありません。SNRI は痛みをやわらげる方向にも働くことがあり、「痛み」と「うつ」の両方に一手で届く可能性があります。ただし血圧上昇には注意が必要で、血圧計での見守りを訪問看護と組み合わせます。
飲み込みにくさ・胃ろうへの配慮
在宅では、錠剤が飲み込みにくい方や、口から食べられず胃ろうを使う方もいます。剤形(口の中で溶けるタイプ・液剤など)が選べるかは、在宅での薬選びの実際的な決め手になります。「効くかどうか」だけでなく「無理なく続けられる形か」まで含めて設計するのが在宅の流儀です。
チームで見守るから、細かく調整できる
在宅医療の強みは、医師・訪問看護師・薬剤師・ご家族がひとつのチームで日々の変化を共有できることです。「夜眠れているか」「食べられているか」「ふらつきはないか」といった外来では見えにくい情報が集まるため、薬の量やタイミングをきめ細かく微調整できます。抗うつ薬の使い分けは、薬の種類を選んで終わりではなく、暮らしの中で育てていくもの——それが在宅ならではの考え方です。
このコラムのまとめ
- SSRIは不安・落ち込みが中心のときの使いやすい第一選択。SNRIは意欲低下や痛みを伴ううつに、NaSSAは不眠・食欲不振を伴ううつに向きやすい。
- SSRI・SNRIは「再取り込みを抑える」しくみ、NaSSAは「受容体を直接調整する」別のしくみ。この違いが副作用の出方の差を生む。
- 副作用は”裏返せば長所”。眠気・食欲増進は、眠れず痩せる人にはむしろ助けになる。
- 在宅では転倒・低栄養・飲み合わせ・服薬のシンプルさ・剤形まで含めて選ぶ。「少量から、ゆっくり」が原則。
- チームで暮らしの変化を共有し、薬を”育てていく”のが在宅医療の使い分け。
気分の落ち込み・不眠・食欲不振が続くとき、ひとりで抱えないでください。
ふくろう訪問クリニックでは、精神疾患・認知症・緩和ケアを含め、ご自宅での療養を支える訪問診療を行っています。お薬のこと、通院が難しい方のご相談も承ります。どうぞお気軽にお問い合わせください。
参考にした資料
- 日本うつ病学会「うつ病診療ガイドライン2025」(2025年12月25日公開)/「治療ガイドライン II.大うつ病性障害2016」(2024年3月1日 一部改訂)
- Anderson IM ほか. 抗うつ薬の薬理と臨床プロファイルに関するレビュー. British Journal of Clinical Pharmacology, 2001.(ミルタザピン=NaSSAの薬理レビュー, PMID:11607047)
- Croom KF, Perry CM, Plosker GL. Mirtazapine の薬理・臨床プロファイルのレビュー. CNS Drugs.(NaSSA=α2拮抗+5-HT2/5-HT3遮断+H1遮断のしくみ)
- Psychopharmacology Institute. Mirtazapine: MOA, Indications, Adverse Effects.(H1遮断による鎮静・食欲増進、相互作用が少ない点/2025年更新)
- ミルタザピンの鎮静・食欲増進は低用量(7.5〜15mg)で前面に出やすいとする薬理解説(2025年11月時点の総説)
※本コラムは一般の方向けの情報提供を目的としたもので、特定の治療を推奨・保証するものではありません。抗うつ薬の効果や副作用の現れ方には個人差があり、他の病気やお薬との組み合わせによっても変わります。診断・処方・お薬の増減や中止は、必ず主治医にご相談ください。効果が出るまでには時間がかかること、自己判断での急な中止は避けることにご留意ください。
