「最近、母の元気がない」「同じことを何度も聞くようになった」。高齢の親や家族のこうした変化に、「もしかして認知症では」と心配になる方は少なくありません。けれども、その陰に「うつ病」が隠れていることがあります。うつ病でも、考える力や集中力が落ちて、もの忘れが増えたように見えることがあるためです。
10月10日は「世界メンタルヘルスデー」。こころの健康への関心を高め、正しい知識を広めるための日です[1]。この記事では、日本うつ病学会の「高齢者のうつ病治療ガイドライン」[2][3]や海外の研究をもとに、高齢者のうつの特徴、認知症との見分け方のポイント、治療、ご家族ができることを整理します。
SECTION 01 結論:「年のせい」「認知症かも」の陰に、うつが隠れていることも
高齢者のうつは、珍しくない
海外の研究をまとめた解析では、地域で暮らす75歳以上の人の約7%がうつ病にあたりました[4]。「年のせい」と見過ごされやすいのが特徴です。
落ち込みより、体の不調や焦りとして表れやすい
「胃の調子が悪い」「あちこち痛い」「落ち着かない」といった形で表れることが多く、本人も家族も気づきにくいことがあります[2]。
認知症との見分けは、家族だけでは難しい
うつでも、もの忘れが増えたように見えることがあります。両方が重なることや、うつが認知症の始まりのこともあり、医師の診察で確かめることが大切です。
うつは、治療で良くなることが多い
体の病気や薬の確認、休養と環境の調整、精神療法、必要に応じて抗うつ薬を組み合わせます。薬は自己判断でやめないでください。
SECTION 02 高齢者のうつは、どのくらい多い?
2012年に発表された、地域で暮らす75歳以上の人を対象にした24件の研究をまとめた解析(メタ解析)では、医師などが診断基準にあてはめて「うつ病(大うつ病)」とされた人の割合は7.2%でした。質問票の点数などで判定した、より軽いものも含む「抑うつ状態」では17.1%でした[4]。
うつの数え方には、医師などが面接で診断基準に沿って確かめる方法と、短い質問票の点数で区切る方法があります。質問票は「うつの可能性がある人」を広く拾うため、数字が大きくなりやすいのです。この解析でも、診断の方法や、施設で暮らす人・認知症が進んだ人を含めるかどうかで、研究ごとの数字に幅がありました[4]。どの数え方でも、高齢者のうつは珍しくありません。
日本うつ病学会のガイドラインは、軽度認知障害(MCI:認知症の手前の段階)のある人では、うつ病が25〜40%にみられるとしています[2]。
「ここ2週間」の5つの質問で、気づくきっかけに
市町村の介護予防で使われる「基本チェックリスト」には、うつに関する次の5つの質問があります。厚生労働省の介護予防マニュアルは、2つ以上あてはまる人について、保健師などが話を聞き、治療が必要かどうかを確かめるよう求めています[5]。ここ2週間の様子を思い浮かべてみてください。
- ✓毎日の生活に充実感がない
- ✓これまで楽しんでやれていたことが楽しめなくなった
- ✓以前は楽にできていたことが、今ではおっくうに感じられる
- ✓自分が役に立つ人間だと思えない
- ✓わけもなく疲れたような感じがする
あてはまっても、うつ病と決まるわけではありません。気づくきっかけとして使い、気になるときは主治医やかかりつけ医に相談してください。
SECTION 03 高齢者のうつの特徴:「体の不調」や「焦り」として出やすい
うつ病の中心となる症状は、年齢にかかわらず「気分の落ち込み」と「興味や喜びがなくなること」です。高齢の方には次のような特徴があるとされ[2]、本人も家族も「うつ」と気づきにくいことがあります。
体の不調の訴えが目立つ
「胃の調子が悪い」「あちこち痛い」など、体の不調や病気への心配が前に出やすいとされます。検査で大きな異常がないのに訴えが続くときは、うつが隠れていることも。
不安や焦りが強い
じっとしていられない、そわそわして落ち着かないといった焦り(焦燥)が目立つことがあります。
考える速さや集中力が落ちる
考えがまとまらず集中できないため、もの忘れが増えたように見えることがあります。
このほか、年齢にかかわらずうつ病でよく見られる症状として、何をするのも「おっくう」になり、外出や趣味をやめてしまうといった意欲の低下もあります[5]。
また、自分を強く責める気持ち(罪責感)は若い世代ほど目立たない一方、悲観的な考えや「死にたい」という気持ちが出やすく、ガイドラインは高齢者のうつ病は自殺の危険が高いとしています[2]。こうした言葉が出たときは、聞き流さずに主治医に伝えてください。
体の病気、つらい出来事、薬がきっかけになることも
世界保健機関(WHO)は、心臓病や高血圧、糖尿病、慢性的な痛みなどの体の病気、配偶者などとの死別、以前できたことができなくなることが、高齢者のうつに関係していることが多いと説明しています[6]。
薬が関わることもあります。厚生労働省の指針は、高齢者で抑うつの原因になりうる薬として、一部の血圧の薬(中枢性降圧薬、β遮断薬)、胃薬などに使われるH2受容体拮抗薬を含む抗ヒスタミン薬、抗精神病薬、甲状腺の薬(抗甲状腺薬)、副腎皮質ステロイドを挙げています[7]。薬を始めた・変えたあとに元気がなくなったときは、自己判断でやめずに主治医や薬剤師に相談してください。
診察では、体の病気が悪くなった時期や薬を始めた時期と、うつが出た時期との関係も確かめます。また、過去に気分が高ぶりすぎた時期(躁状態)があれば治療の考え方が変わるため、必ず伝えてください[2]。
SECTION 04 認知症との見分け方:手がかりと注意点
うつ病で考える速さや集中力が落ち、認知症のように見える状態は「うつ病性仮性認知症」と呼ばれてきました[2]。「仮性」は「見かけ上の」という意味で、うつの治療でもの忘れも良くなることが少なくありません[8]。ただし、ガイドラインは、高齢者のうつ病と認知症の見分けは「しばしば容易ではない」としています[2]。
図1 うつと認知症の違い(目安)
見分けるときの手がかりです。当てはまらないことも、両方が重なることもあります。
※認知症でも、うつや意欲の低下を伴うことはよくあります。出典:Wells CE. 1979[9]、認知症疾患診療ガイドライン2017[10]、日本うつ病学会のガイドライン[2]、Connors MH, et al. 2019[8]をもとに作成。
図1の手がかりは、1979年に米国の精神科医が整理したものがもとになっています[9]。目安にはなりますが決め手ではなく、実際には経過の聞き取り、記憶や注意力の検査、血液検査などを組み合わせて、時間をかけて判断します。
せん妄は、体の病気や薬などをきっかけに、注意力や意識が急に乱れる状態です。高齢者に多く、見逃されやすいとされています[11]。うつ病と比べて始まりが急で、1日のなかでも症状が変わりやすく、夜に起こりやすいとされます[2]。ここ数時間〜数日で急にぼんやりする、話がかみ合わなくなるといった変化があれば、その日のうちに主治医に連絡してください。
うつと認知症は、重なることも、つながっていることもある
ガイドラインは、高齢になって初めて出た抑うつ症状が認知症の初期症状のこともあり、両方が同時にあることも考えておく必要があるとしています。レビー小体型認知症では、もの忘れなどがはっきりする前から抑うつ症状が出ることが多いとされます[2]。
2024年に英国の医学誌ランセットに掲載された専門家委員会の報告は、うつ病を認知症の危険因子の1つに挙げています。10〜14年追跡した7件の研究をまとめると、うつ病のある人が認知症になる危険は2倍あまりでした。一方、高齢期のうつと認知症の結びつきの一部は、まだ症状の出ていない認知症(脳の変化)によるものだともしています。そのうえで、生活の質のためにも、のちの認知症の危険を下げる可能性からも、うつの治療が大切だとしています[12]。
2019年に発表された、「仮性認知症」と呼ばれた人(大半はうつ病)のその後を調べた18件の研究(284人)をまとめた系統的レビューでは、53%は認知症の基準にあてはまらなくなった一方、33%は認知症に進んでいました[8]。良くなったあとも、経過を見ていくことが大切です。
うつと「アパシー」の違い
認知症や脳の病気では、落ち込みはないのに意欲や関心がなくなる「アパシー」がみられることがあり、うつとの区別が難しい場合があります。うつでは落ち込みや不安、焦りがあり、動けないことに本人が苦しさを感じますが、アパシーでは喜怒哀楽が乏しくなり、本人はあまり苦痛を感じていないのが特徴です[2]。
SECTION 05 治療:体の確認、休養、精神療法、薬を組み合わせる
日本うつ病学会は2025年12月に「うつ病診療ガイドライン2025」を公開し、老年期のうつ病にも1つの章をあてています[13]。ここでは主に「高齢者のうつ病治療ガイドライン」[2]にそって、治療の流れを紹介します。
体の病気と薬を確かめる
血液検査や心電図などで体の状態を確かめ、うつの原因になっている病気や薬がないかを見直します[2]。
休養と環境の調整、病気の説明
本人・家族・介護者に病気を説明し、暮らしの環境を整えます[2]。財産の処分など大切な事柄の判断は、良くなるまで先延ばしにします[14]。
精神療法(カウンセリング)
認知行動療法、問題解決療法、回想療法(ライフレビュー:人生を振り返る方法)は、高齢者のうつに有効で、試みるべき治療とされています[2]。
抗うつ薬
古いタイプの三環系抗うつ薬より、比較的新しいタイプが勧められ、少ない量から始めます[2]。
運動と、人とのつながり
2016年に発表された、うつのある60歳以上の人を対象にした8件の試験(計267人)をまとめた解析では、運動によってうつ症状が大きく改善しました。ただし、いずれも50人未満の小規模な試験で、質の高い試験とはいえませんでした[15]。ガイドラインは、運動ができて意欲もある比較的軽い人に運動療法を勧めています[2]。厚生労働省の介護予防マニュアルは、週1回1時間程度の軽い運動でも、まったく運動しない人よりうつのリスクが低いという報告を紹介し、うまくできないことを責めず、励ましすぎないよう求めています[5]。以前から楽しんでいたことや、人とのつながりを続けることも大切です[6]。
抗うつ薬の効果と、高齢者で気をつけたい副作用
日本で使える抗うつ薬について、高齢のうつ病の人を対象にした9件の試験(計2,145人、いずれも海外で実施)をまとめた2024年の解析では、改善した人の割合は偽薬(プラセボ)の1.38倍でしたが、副作用で薬をやめた人も1.94倍でした。研究者らは、中等症以上の高齢者のうつ病に「弱く推奨される」と結論づけています[16]。高齢者で特に気をつけたい副作用には、次のようなものがあります。
- ふらつき・転倒、骨折、低ナトリウム血症(血液中のナトリウムが低くなる)[2]
- 消化管出血:SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、痛み止めの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や、血液を固まりにくくする抗血小板薬と一緒に使うと、胃や十二指腸からの出血が起こりやすくなります[2]。
- 三環系抗うつ薬の副作用:便秘、口の渇き、認知機能の低下などの「抗コリン作用」や、眠気、めまいが多く、高齢者には特に慎重に使う薬とされています[7]。立ちくらみ(起立性低血圧)や不整脈にも注意が必要です[2]。
2011年に発表された、英国で65歳以上のうつ病の人約6万人を追跡した研究では、SSRIを使っている期間は、抗うつ薬を使っていない期間に比べて転倒が1.66倍、低ナトリウム血症が1.52倍でした。ただし観察研究のため、ほかの要因の影響を除ききれていない可能性があります[17]。
重い場合の電気けいれん療法
電気けいれん療法(脳に短時間、電気刺激を与える治療)は、専門の医療機関で行われます。ガイドラインは、自殺の危険が差し迫っている、食事がとれず低栄養になっている、抗うつ薬の副作用で治療を続けにくいといった場合に選ばれるとし、薬だけの治療と比べて有用だとしています(推奨の強さは「弱い」とされています)。記憶障害や頭痛などの副作用はありますが、長期的に認知機能を悪くするという根拠はないとされます[2]。
抗うつ薬は、効果がはっきりするまでに数週間かかることが多い薬です[6]。また、高齢者のうつ病は再発が多く、良くなったあとも治療を続けること(維持療法)が大切とされています[2]。SSRIは急にやめると、離脱症状(急に中止したことによる不調)が出ることがあります[7]。副作用が心配なときや、やめたいと思ったときは、まず主治医に相談してください。
SECTION 06 訪問診療と、家族ができること
通院が難しくなった方には、医師が定期的にご自宅に伺う「訪問診療」という選択肢があります。高齢者のうつでは、訪問診療は一般に次のような形で役立ちます。
暮らしの場で様子をみる
食事や睡眠、1日の過ごし方など、診察室では見えにくいことを確かめながら診察します。
体の病気と薬を見直す
痛みや脱水などの体の不調がないかを診察し、ほかの医療機関の薬も含めて見直します。
ケアマネジャーや訪問看護と情報を共有する
診察で気づいた様子を共有します。デイサービスなど人と関わる機会や、ご家族の負担を軽くするサービスは、ケアマネジャーを中心に一緒に考えていきます。
ご家族ができること
励ましすぎない
「がんばって」「気晴らしに出かけよう」という声かけは、つらい時期(急性期)にはかえって逆効果になることがあるとされています[14]。
責めずに、話を聴く
批判や評価をせずに話を聞き、支えたいという気持ちを伝えましょう[6]。
生活のリズムを支える
規則正しい食事と睡眠、できる範囲で体を動かすことを手伝います[6]。
大きな決断は先送りに
財産の処分など大切な事柄の判断は、良くなるまで待つよう勧められています[14]。
ご家族自身も休む
ガイドラインは、家族が疲れきっていることも多いと指摘しています[2]。支える側が自分をいたわることも大切です[6]。
福岡市では、区の保健福祉センターや保健所で、うつ病などについての「心の健康相談」を受け付けています(電話相談は平日9時〜17時)[18]。
ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の訪問診療クリニックです。精神科と認知症を専門の柱に含め、通院が難しい方のご自宅に医師が伺い、定期的に診療しています。気分の落ち込みやもの忘れなど、気になることがあれば、ご相談ください。お電話・メールのほか、公式LINEでもご相談を受け付けています。
SECTION 07 受診・相談の目安
次のような変化があるときは、様子を見すぎずに連絡・相談してください。
図2 受診・相談の目安
右の枠の色は急ぎ具合の目安です(赤:すぐ、橙:早めに、緑:相談)。
出典:日本うつ病学会のガイドライン[2]、Inouye SK, et al. 2014[11]、厚生労働省の指針[7]などをもとに作成。
「死にたい」「消えたい」といった言葉が出たときは、一人で抱え込まずに主治医に相談してください。命の危険が差し迫っていると感じるときは、本人を一人にせず119番を。主治医に連絡がつかないときは、電話相談の窓口もあります。厚生労働省が紹介している相談窓口は「まもろうよ こころ」にまとめられており、24時間受け付けている「#いのちSOS」(0120-061-338)などがあります[19]。福岡市では、悩んでいるご本人やご家族向けに「自殺に関する相談」(092-737-1275、平日10時〜16時。祝日・年末年始を除く)を設けています[18]。
意識がない、自分を傷つけたなど、命にかかわるときは、ためらわずに119番を。救急車を呼ぶか迷うときは、福岡県の救急医療電話相談(#7119、24時間。つながらないときは092-471-0099)に相談する方法もあります。なお、#7119は救急の相談窓口で、こころの病気の相談には対応していません[20]。訪問診療を受けている場合は、夜間・休日の連絡先を前もって確かめておくと安心です。
Q. 本人が「病院には行かない」と言います。
A. 「眠れない」「食欲がない」など本人が困っている体の不調をきっかけに、かかりつけ医に相談する方法があります。厚生労働省のマニュアルも、精神科や心療内科に抵抗がある人には、身近な一般の診療科の受診を勧めるとしています[5]。通院が難しければ、訪問診療も選択肢です。
Q. 認知症と診断されています。最近元気がないのですが、抗うつ薬で良くなりますか?
A. ガイドラインは、認知症に伴ううつ病では、抗うつ薬の有効性は示されていないとしています[2]。まずは体の不調や薬、暮らしの環境、関わり方を見直すことが大切です。薬を使うかは主治医とよく相談してください。
Q. 「仮性認知症」と言われ、うつの治療でもの忘れも良くなりました。もう安心ですか?
A. 良くなったことは何よりです。ただ、3人に1人ほどがその後に認知症に進んだという報告があり[8]、うつ病は再発も多いため[2]、定期的に経過を見ていきましょう。
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
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参考文献
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