「がんが消える食事」:詐欺医療に騙されない

詐欺医療に騙されない第10回/全30回
「がんが消える食事」

ゲルソン療法・糖質制限・重曹、効く前に栄養不良が来る

食事でがんを治したい、という気持ちは、いちばん自然で、いちばん手を出しやすいものです。薬と違って、自分で今日から始められるからです。 ただ、がんの人の体には、食事療法より先に来る問題があります。痩せることです。 この回では、代表的な3つの「がんが消える食事」と、その前に起きることを書きます。

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この回の結論

  1. 食事でがんが消えたことを、人で比べて示した試験はありません。ゲルソン療法も、極端な糖質制限も、重曹も。
  2. がんの人の5〜8割が、体重と筋肉の減少(悪液質)を経験します。「がんが消える食事」の多くは、この減少を早めます。
  3. 「がん細胞はブドウ糖を食べる」は本当ですが、正常な細胞も食べます。糖を断てば、先に痩せるのは体のほうです。

SECTION 01 何が、どう売られているか

  • ゲルソン療法無塩・低脂肪の菜食、1日13杯の生ジュース、コーヒー浣腸、大量のサプリ。「体の毒を出せば、がんは自然に消える」という考え方です。1930年代に生まれました。
  • 極端な糖質制限・ケトン食「がん細胞はブドウ糖しか使えない。糖を断てば兵糧攻めにできる」。ご飯・パン・果物を断ち、脂質を主にした食事です。
  • 重曹・アルカリ食「がんは酸性の体で育つ。重曹で体をアルカリにすれば消える」。重曹水を飲む、アルカリ性の食品だけを食べる、などです。

共通しているのは、「病院の治療は体を壊す。食事は体に優しい」という対比です。 次の節で、それぞれの根拠を、第2回の物差しで測ります。

ここだけ覚える3つとも、「理屈」はあります。「人で比べた試験」がありません。

SECTION 02 根拠を、同じ物差しで測る

理屈試験管・動物人で比べた試験知られている害
ゲルソン療法 毒を出し、栄養を整えれば自然治癒する なし なし
米国国立がん研究所が60例の記録を検討し、効果は示せず
コーヒー浣腸に関連した死亡の報告が3件。電解質の乱れ
糖質制限・ケトン食 がん細胞をブドウ糖の兵糧攻めに マウスでは腫瘍が小さくなった報告が複数 効果は示されていない
比較試験6本のまとめ:変わったのは体重や血糖で、腫瘍や生存ではない
体重と筋肉の減少。治療中の体力低下
重曹・アルカリ食 体をアルカリにすれば、がんは育たない マウスで、乳がんの転移が減った報告 なし
血液のpHは食事や重曹では変わらない(第13回で詳しく)
重曹の飲みすぎで、アルカローシス・むくみ・低カリウム

表1 3つの「がんが消える食事」の根拠。出典はページ末の参考資料。

根拠はどこまであるか

ゲルソン療法は、米国国立がん研究所(NCI)が創始者の診療記録60例を検討しましたが、効果があるとは言えませんでした。人で比べた臨床試験は一つもなく、 コーヒー浣腸に関連したとみられる死亡が3件報告されています(NCI PDQ)。

ケトン食は、がんの患者さんをくじ引きで分けた比較試験6本をまとめた解析があります。変わったのは体重や血糖などの代謝の数値で、 腫瘍の縮小や生存の延長は示されていません(Yang ら、Nutrients 2021)。マウスでは腫瘍が小さくなる報告が多く(Li ら、2021)、 「マウスで効いて、人でまだ」の典型です。重曹も同じで、マウスで転移が減った研究(Robey ら、Cancer Res 2009)はありますが、人での試験はありません。

ここだけ覚えるマウスで効いた食事はあります。人で、がんが消えたことを示した食事はありません。

SECTION 03 効く前に、痩せる

この回でいちばん伝えたいのは、ここです。がんの人の体では、食事療法の効果が出るより先に、別のことが起きます。

悪液質(あくえきしつ)とは、がんそのものが体の代謝を変えて、筋肉と脂肪が減っていく状態です。 食べる量が減るだけでなく、食べても体が使えなくなります。がんの患者さんの50〜80%が経験し、 がんによる死亡の最大20%はこの状態が関わっているとされます(Argilés ら、Nat Rev Cancer 2014)。

「がん細胞はブドウ糖を食べる」は事実です。でも、脳も、筋肉も、免疫の細胞も、ブドウ糖を食べます。 糖を断つと、体は筋肉を分解してブドウ糖を作ります。がん細胞はその糖も使えます。 兵糧攻めで先に降参するのは、がんではなく、筋肉です。

気をつけること

治療中の体重減少は、抗がん剤を続けられるかどうかに直結します。痩せて体力が落ちると、量を減らすか、中止するしかなくなります。 欧州の栄養学会の指針は、がん患者さんには十分なエネルギーとタンパク質を確保し、体重減少を早く見つけて対処することを勧めています(ESPEN 2021)。 「がんが消える食事」の多くは、この指針と正反対の方向を向いています。

  • こう言われたら「糖はがんのエサです。断ちましょう」
    こう聞き返す「糖を断って、人で腫瘍が小さくなった試験はありますか」
  • こう言われたら「体の毒を出せば、がんは自然に消えます」
    こう聞き返す「その『毒』は何で、どうやって測るのですか」
  • こう言われたら「病院の食事は、がんを育てる食事です」
    こう聞き返す「体重が減ったら、この食事はどう変えますか」
在宅の現場では

訪問先で、「がんが見つかってから、ご飯と甘いものを全部やめた」という方に会います。半年で10キロ痩せ、ベッドから起き上がれなくなっている。 ご家族は、「食べさせていいんですか」と小さな声で聞きます。私たちの答えはいつも同じです。「食べたいものを、食べてください。」 がんの人にとって、食べることは治療です。体重を保てた人のほうが、治療を続けられ、動ける時間が長い。それは確かめられていることです。 食べられなくなってきたら、無理に食べさせるのではなく、少量で栄養の濃いものや、飲む栄養剤を一緒に考えます。

ここだけ覚えるがんの人にとって、食べることは治療です。痩せることは、どの食事療法よりも確実に、体力を奪います。
在宅医の視点

「何を食べないか」ではなく、「食べられているか」を見ています。

食事療法に向かう気持ちの底には、「自分にできることがほしい」という切実さがあります。それを否定したくはありません。 野菜を多く、加工肉を控えめに、体を動かす。こうした「がんになりにくい食生活」には根拠があり、治療中の方にも勧められます。

ただ、「がんを消す食事」と「がんになりにくい食事」は別のものです。そして、がんになってからいちばん大事なのは、どちらでもなく「食べられているか」です。 私たちは訪問のたびに、体重と、食べた量と、好物を口にできたかを聞きます。それが、在宅でできる、いちばん根拠のある栄養療法だからです。

この回のチェックリスト(第10回ぶん)

  • 「がんが消える食事」で、人で比べた試験があるものは一つもないと知っている。
  • 「糖を断てばがんが弱る」の前に「筋肉が先に減る」ことを、人に説明できる。
  • 月に1回は体重を測り、減っていたら主治医か訪問看護師に伝えることにした。
  • 食事を変えるなら、病院の管理栄養士か主治医に、その内容を伝えた。
  • 「食べたいものを食べる」ことを、本人と家族で確認した。

困ったときの相談先

電話番号と受付時間は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。すでに契約した・お金を払ったあとでも相談できます。

  • 消費者ホットライン 188(いやや)健康食品・健康器具・美容医療などの契約や勧誘の相談。局番なしの188で、お住まいの地域の消費生活センターにつながります/消費者庁「消費者ホットライン」
  • 福岡市消費生活センター相談専用 092-781-0999(月〜金 9:00〜17:00、土 10:00〜16:00は電話のみ)。クーリングオフや返金の相談はここへ/福岡市「消費生活相談ご利用案内」
  • 福岡市 医療安全相談窓口(各区衛生課)市内の医療機関での説明や診療に疑問があるとき。早良区 092-851-6567、城南区 092-831-4208、西区 092-895-7072、中央区 092-761-7325、南区 092-559-5115、博多区 092-419-1090、東区 092-645-1081(月〜金 9:30〜11:30、13:00〜16:00)/福岡市「医療安全相談窓口のご案内」
  • がん相談支援センターがんの治療で迷ったとき。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても無料で相談できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
  • 「健康食品」の安全性・有効性情報サプリや健康食品の成分を、名前で調べられる公的データベース(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)/hfnet.nibn.go.jp
  • 医療機関ネットパトロール医療機関のホームページの「必ず治る」「副作用なし」などの表示を、厚生労働省の事業に通報できます/通報フォーム
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Q&A よくある質問

Q野菜ジュースや人参ジュースは、飲まないほうがよいのですか。
A飲んで害になるものではありません。おいしく飲めるなら続けてください。ただし、食事の「代わり」にしないでください。ジュースだけでは、タンパク質もエネルギーも足りません。食事に「足す」ものとして考えてください。
Q糖尿病もあります。甘いものを控えるのは、がんにも良いのでは。
A糖尿病の血糖管理と、「がんの兵糧攻め」は別の話です。血糖を整えることは、感染や傷の治りのために大事で、続けてください。ただし、がんの治療中は体重を落とさないことが優先されることが多く、糖尿病の食事も見直しが要ります。主治医と管理栄養士に、両方の病気をまとめて相談してください。
Q食べる量が減ってきました。どこに相談すればよいですか。
A病院の管理栄養士(栄養相談の外来)か、訪問診療・訪問看護に相談してください。少量で栄養の濃い食品、飲む栄養剤、食べやすい形にする工夫があります。関連する記事「胃切除後の療養」「経腸栄養剤」にも具体的な方法を書いています。

この回に関連する記事

連載の外にある、ふくろう訪問クリニックのコラムです。この回の内容をさらに掘り下げたいときに読んでください。

連載「詐欺医療に騙されない」全30回

  1. 「標準治療」は最善の治療である——「並の治療」という誤解が、すべての入口になる
  2. 根拠には強さの順番がある——体験談・動物実験・比較試験を、一枚の表で見分ける
  3. 免疫細胞療法(ANK療法・樹状細胞療法など)——保険がきく免疫療法と、何が違うのか
  4. 高濃度ビタミンC点滴——試験管で起きたことと、患者さんで起きなかったこと
  5. 尿線虫検査(N-NOSE)——「精度」の数字を、家族が自分で読めるようになる
  6. 血液1滴の全身がん検査——マイクロRNA・CTC、「早期発見」の落とし穴
  7. 温熱療法(ハイパーサーミア)——保険がきく使い方と、「がんが消える」宣伝の境目
  8. 光免疫療法の便乗商法——承認された薬と、名前だけ似た自由診療の見分け方
  9. 幹細胞・遺伝子治療をうたうがん自由診療——「届出済み」は「効く」ではない
  10. 「がんが消える食事」——ゲルソン療法・糖質制限・重曹、効く前に栄養不良が来る
  11. 犬の駆虫薬・イベルメクチンでがんが治る?——SNSで広がる「隠された特効薬」
  12. 水素水・水素吸入——なぜ「水素は体の中で何も起こさない」と言えるのか
  13. アルカリイオン水・「奇跡の水」——血液のpHは、水では変わらない
  14. 酵素ドリンク・酵素サプリ——酵素は、胃で分解される
  15. フコイダン・アガリクス・AHCC——「学会発表」「特許取得」の本当の意味
  16. グルコサミン・コンドロイチン——飲んでも、軟骨には届かない
  17. 認知症予防サプリ——「機能性表示食品」の表示は、誰が確かめたのか
  18. 「免疫力を上げる」という言葉——医学に「免疫力」という数値はない
  19. ホメオパシー——「薄めるほど効く」を、科学はどう見ているか
  20. デトックス・キレーション・足裏デトックス——肝臓と腎臓が、すでにやっていること
  21. 幹細胞培養上清液・エクソソーム点滴——細胞を含まないから、法律の外にある
  22. 波動・量子医学(メタトロンなど)——物理学の言葉を借りた測定器
  23. 磁気・ゲルマニウム・チタン・遠赤外線——身につける健康グッズの根拠
  24. にんにく注射・プラセンタ・点滴バー——「疲れが取れる」の正体
  25. 「薬をやめれば健康になる」本——降圧薬・スタチンを自己判断でやめた結果
  26. 訪問販売・電話勧誘の健康器具——電位治療器・磁気マットレス・浄水器と、クーリングオフ
  27. 「余命宣告からの生還」体験談——なぜ成功例しか目に入らないのか
  28. ワクチン不安ビジネス——帯状疱疹・肺炎球菌・インフルエンザ、「打たないほうが安全」の売り方
  29. 怪しい医療を見抜くチェックリスト10項目——「奇跡」「医師も推薦」「副作用ゼロ」「今だけ」
  30. 家族が怪しい治療にはまったとき——否定せずに、主治医につなぐ声のかけ方

REFERENCE 参考資料

  1. National Cancer Institute. Gerson Therapy (PDQ®)–Patient Version(https://www.cancer.gov/about-cancer/treatment/cam/patient/gerson-pdq
  2. Yang YF, Mattamel PB, Joseph T, et al. Efficacy of Low-Carbohydrate Ketogenic Diet as an Adjuvant Cancer Therapy: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Nutrients. 2021;13(5):1388(https://doi.org/10.3390/nu13051388
  3. Li J, Zhang H, Dai Z. Cancer Treatment With the Ketogenic Diet: A Systematic Review and Meta-analysis of Animal Studies. Front Nutr. 2021;8:594408(https://doi.org/10.3389/fnut.2021.594408
  4. Robey IF, Baggett BK, Kirkpatrick ND, et al. Bicarbonate increases tumor pH and inhibits spontaneous metastases. Cancer Res. 2009;69(6):2260-2268(https://doi.org/10.1158/0008-5472.CAN-07-5575
  5. Argilés JM, Busquets S, Stemmler B, López-Soriano FJ. Cancer cachexia: understanding the molecular basis. Nat Rev Cancer. 2014;14(11):754-762(https://doi.org/10.1038/nrc3829
  6. Muscaritoli M, Arends J, Bachmann P, et al. ESPEN practical guideline: Clinical Nutrition in cancer. Clin Nutr. 2021;40(5):2898-2913(https://doi.org/10.1016/j.clnu.2021.02.005
本記事は、公開されている法令・行政資料・学術論文・公的機関の情報をもとに、特定の療法や商品について 現時点で分かっていることを整理したものです。特定の事業者や商品を名指しで評価するものではなく、 記事中の療法名・商品の種類は一般名で記しています。研究は日々更新されますので、記載の内容は 公開時点のものとしてお読みください。治療の選択やお体のことは、かかりつけ医・主治医に必ずご相談ください。 契約や返金のことは、消費生活センター(局番なし188)にご相談ください。