2026年7月28日 22時時点

2026年7月28日16時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とする大きな地震が発生しました。被害に遭われた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

この記事は、大きな地震のあとに「医学的に何に気をつければ命を落とさずにすむのか」を、一般の方に向けてできるだけわかりやすくまとめたものです。後半では、当院が専門とする在宅療養(訪問診療を受けている方・ご家族)について、一段深く踏み込んで解説します。

※地震・避難・被害の最新情報は、必ず気象庁・お住まいの自治体の発表をご確認ください。

発生
2026年7月28日 16時27分ごろ
震源
熊本県熊本地方(深さ約10km)
規模
マグニチュード7.1(推定)
最大震度
震度7(宇城市・氷川町)/震度6強(熊本市南区・八代市・宇土市・美里町・益城町ほか)/震度6弱(合志市・大津町・西原村・御船町・上天草市・芦北町ほか)
津波
有明・八代海に津波注意報(16時29分発表)→ 18時10分解除
福岡県内
柳川市・大川市などで震度5弱を観測

出典:気象庁発表(2026年7月28日)

まず、これから1週間のこと

気象庁は、同じ地域で震度7が2度発生した2016年の熊本地震を引き合いに、「1週間程度、特に今後2〜3日は強い揺れに注意」と呼びかけています。一度の揺れに耐えた建物でも、次の揺れで倒れることがあります。「揺れがおさまったから大丈夫」ではありません。

また、強く揺れた地域では地盤がゆるんでおり、少しの雨でも土砂災害が起こりえます。斜面や崖のそばにお住まいの方は、雨の予報に合わせて早めの判断を。

SECTION 01いちばん大切な事実:亡くなる方の多くは「揺れ」ではなく「そのあと」

地震の被害というと、建物の下敷きになる「直接死」を思い浮かべます。しかし医学的にみると、本当に危ないのは地震のあとに続く数日〜数週間です。

2016年の熊本地震では、地震の揺れそのもので亡くなった方(直接死)が50人だったのに対し、避難生活のストレス、持病の悪化、医療の中断などで亡くなった「災害関連死」は218人にのぼりました(2019年4月12日現在、熊本県・総務省消防庁の取りまとめ)。直接死の4倍以上、亡くなった方の約8割です。

図1|2016年熊本地震 死者の内訳 熊本県・総務省消防庁 取りまとめ(2019年4月12日現在) 直接死 倒壊・土砂など 50人 災害関連死 避難生活・持病悪化など 218人 直接死の4倍以上 / 死者全体の約8割

「一度は助かった命」が、そのあとの環境で失われている。ここが医療の出番であり、備えで減らせる部分です。

言い換えれば、災害関連死の多くは「防ぎうる死」です。とくに高齢の方、持病のある方、在宅で療養している方は、この数日〜数週間の過ごし方が生死を分けます。

SECTION 02発災直後〜72時間:命に直結すること

図2|時間の経過と、起きやすい健康問題 〜72時間 3日〜2週間 2週間〜数か月 急性期 ・外傷、圧挫(クラッシュ) ・熱中症(今回は真夏) ・一酸化炭素中毒 ・持病の薬が切れる ・低体温/脱水 ・急性ストレス反応 ・在宅医療機器の停止 亜急性期 ・エコノミークラス症候群 ・血圧上昇、心不全 ・脳卒中、心筋梗塞 ・肺炎(誤嚥性・感染性) ・感染性胃腸炎 ・不眠、便秘 ・血糖コントロール悪化 慢性期 ・生活不活発病(廃用症候群) ・認知機能の低下 ・PTSD、うつ、不安 ・アルコール問題 ・低栄養、サルコペニア ・持病の管理放置 ・支援者の燃え尽き ※「災害関連死」はこの3つの層すべてから生じます

同じ「地震のあと」でも、時期によって注意すべきことが変わります。

① 挟まれた人を助けるとき — クラッシュ症候群

倒れた家具や瓦礫に長時間(おおむね1時間以上)体の一部が挟まれていた人を、いきなり引き抜かないでください。

圧迫された筋肉は壊れ、そこにカリウムやミオグロビンという物質がたまります。圧迫が解けた瞬間、それが一気に全身へ流れ込み、心臓が止まる(高カリウム血症)/腎臓が壊れる(急性腎障害)ことがあります。これがクラッシュ症候群(挫滅症候群)です。1995年の阪神・淡路大震災で広く知られるようになりました。

救助のときに覚えておくこと

・挟まれている人を見つけたら、まず119番。可能なら救出前から医療者に入ってもらう
・救出直前・直後に点滴(輸液)を始めることが救命につながる
・救出された直後は元気に見えても、数十分〜数時間で急変することがある
・「歩けるから大丈夫」と自己判断せず、必ず医療機関へ

② 熱中症 — 今回の地震で最も警戒すべきもののひとつ

2016年の熊本地震は4月でしたが、今回は7月末の猛暑のさなかです。この違いは決定的に重要です。

停電でエアコンが止まる、断水で水分がとりにくい、避難所に大勢が集まる、車中泊で車内温度が上がる——すべてが熱中症のリスクを押し上げます。夜間も蒸し暑さが続く予想です。

  • のどが渇く前に飲む。高齢者は口渇を感じにくく、気づいたときには脱水になっています
  • 汗をかいたら水だけでなく塩分も(経口補水液、少量の塩、みそ汁など)
  • 車中泊はエンジンを切ると急速に車内温度が上がります。日陰・風通し・こまめな外気導入を
  • 「トイレに行きたくないから水を控える」は最も危険な行動です(熱中症と血栓の両方を招きます)
  • 反応がおかしい・汗が出ない・体が熱い → すぐ119番。首・わきの下・足の付け根を冷やしながら待つ

③ 一酸化炭素(CO)中毒 — 「見えない」ので気づけない

停電でカセットコンロ・発電機・練炭・車のエンジンを使う場面が増えます。一酸化炭素は無色無臭で、頭痛や吐き気を「疲れのせい」と誤解しているうちに動けなくなります。

  • 発電機は絶対に屋内・車庫・テント内で使わない
  • 車中泊で暖房・冷房をつけたまま眠るときは、マフラー周囲が塞がれていないか必ず確認(積雪だけでなく瓦礫や土砂でも起こります)
  • 複数人が同時に頭痛・吐き気を訴えたらCOを疑い、すぐ外気へ

④ ケガの手当てと破傷風

ガラス片や瓦礫での切創・刺創は、土や錆が入ると破傷風のリスクがあります。日本では定期接種のおかげで若い世代は守られていますが、1968年(昭和43年)以前生まれの方は基礎免疫がない可能性が高く、注意が必要です。

  • まず流水でよく洗う(清潔な水があれば最優先で創洗浄に使う)
  • 深い傷、汚れた傷、動物咬傷は自己判断で閉じない。医療機関へ
  • 片付け作業では必ず厚手の手袋・底の硬い靴・長袖。スリッパでの移動は危険です

⑤ 通電火災と粉じん

停電が復旧したときに、倒れた電気ストーブや損傷した配線から火が出る「通電火災」が起こります。避難する前にブレーカーを落とすのが基本です。また、倒壊家屋の片付けでは粉じん(古い建物ではアスベストの可能性も)を吸い込みます。防じんマスク(できればDS2/N95相当)を使ってください。不織布マスク1枚では不十分です。

SECTION 03数日〜数週間:じわじわと命を削るもの

① エコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)

2016年の熊本地震で最も注目された病態です。狭い場所で長時間足を動かさないでいると、ふくらはぎの静脈に血の塊(深部静脈血栓)ができ、それが肺に飛ぶと肺塞栓症を起こして突然死につながります。

熊本地震では、本震の2日後に車中泊をしていた51歳女性が急性肺塞栓症で亡くなったことをきっかけに、大規模な下肢静脈エコー検診(KEEPプロジェクト)が行われました。発災後45日間の急性期検診で、4,135名中9.5%に深部静脈血栓が見つかっています(日本血栓止血学会誌 33(6):648-654, 2022)。

車中泊が悪いのではありません。プライバシーが守れる、余震ですぐ動ける、ペットと一緒にいられるなど、車中泊には合理的な理由があります。大切なのは「車中泊をするなら、何をするか」です。

  • 水分をとる(1日1.5L目安。トイレを我慢するために控えるのが最悪です)
  • 3〜4時間に1回は車外に出て歩く。それが難しければ座ったまま足首を上下に動かす(1時間に20〜30回)
  • 足を伸ばして寝られる姿勢を確保する。座位のまま朝まで、を避ける
  • 弾性ストッキング(着圧ソックス)があれば履く。市販品で構いません
  • アルコールは利尿がついて脱水を招くため控える

こんな症状はすぐ受診・119番

片方のふくらはぎだけが腫れる・痛い・熱をもつ/突然の息切れ・胸の痛み・失神。とくに「立ち上がった瞬間に息が苦しくなった」は肺塞栓症の典型です。避難中だからと我慢しないでください。

② 血圧の上昇と心臓・脳の病気

災害後は、ストレス・睡眠不足・塩分の多い保存食・薬の中断が重なり、血圧が明らかに上がります(災害高血圧)。その結果、発災後数日〜数週間に、心不全・心筋梗塞・脳卒中・たこつぼ型心筋症・不整脈が増えることが、日本の複数の災害で繰り返し確認されています。日本循環器学会も、災害時の循環器疾患の予防・管理に関する指針をまとめています。

  • 降圧薬・抗凝固薬は絶対に切らさない(後述)
  • 可能なら家庭血圧を測る。避難所に血圧計があれば1日1回でも
  • カップ麺・レトルト中心の食事は塩分が多い。汁は飲み干さない
  • 体重が数日で2〜3kg増えた、足がむくむ、横になると息苦しい → 心不全のサイン

③ 肺炎・感染症 — 口の中が命に関わる

避難所では、水が使えず歯みがきができません。これが高齢者の誤嚥性肺炎を大幅に増やします。過去の震災でも「震災関連肺炎」として多くの死亡が報告されています。

  • 口腔ケアは最優先の医療行為です。水がなくても、ウェットティッシュや口腔ケア用の綿・ガーゼで拭くだけで違います
  • 義歯(入れ歯)を外したままにしない・つけっぱなしにしない。外したら必ず洗う
  • 集団生活ではノロウイルスなどの感染性胃腸炎とインフルエンザ・新型コロナが広がりやすい。手洗い・アルコール消毒(ノロにはアルコールが効きにくいので流水+石けんを)
  • 下痢や嘔吐の人が出たら、その場で処理せず周囲を離し、次亜塩素酸で消毒

④ 生活不活発病(廃用症候群)

避難所で「動かない・することがない・遠慮して動けない」状態が続くと、1〜2週間で歩けなくなる高齢者が実際に出ます。筋力は使わなければ1日あたり1〜3%落ちるとされ、2週間の安静が数年分の老化に相当することもあります。

  • 1日1回は立つ・歩く。トイレまで自分で行くだけでも意味があります
  • 役割をつくる(配布を手伝う、話し相手になる)。役割は最良のリハビリです
  • 「危ないから座っていて」は善意でも、結果として動けなくします

SECTION 04いちばん防げるのに、いちばん多い —「薬が切れる」

災害関連死のかなりの部分は、持病の薬が飲めなくなったことから始まります。避難のときに薬を持ち出せなかった、薬局が閉まっている、処方箋がない——理由はさまざまですが、結果は同じです。

薬の種類急にやめると何が起きるか危険度
ステロイド
(プレドニゾロン等)
副腎不全(ショック・意識障害)。長期服用者が突然中断すると命に関わります非常に高い
抗てんかん薬けいれん発作の再発、てんかん重積状態非常に高い
抗パーキンソン病薬
(レボドパ等)
動けなくなる、悪性症候群(高熱・筋強剛)。飲む「時刻」も重要です非常に高い
インスリン糖尿病ケトアシドーシス。1型の方は数時間〜1日で危険域に非常に高い
抗凝固薬
(ワルファリン、DOAC)
脳梗塞、血栓症。災害後は血栓リスクがもともと上がっています高い
降圧薬血圧の反跳性上昇、脳出血・心不全。β遮断薬は特に中断に注意高い
抗精神病薬・
気分安定薬
精神症状の再燃、不眠、離脱症状。避難生活のストレスと重なると急速に悪化高い
医療用麻薬
(オピオイド)
激しい痛みの再燃と離脱症状。がんの療養中の方には切実です高い
吸入薬
(喘息・COPD)
発作、呼吸不全。粉じんの多い環境では特に高い

保険証やお薬手帳がなくても、受診・処方を受けられる仕組みがあります。大規模災害では、被保険者証を提示できなくても保険診療を受けられる取り扱いや、処方箋がなくても薬を受け取れる特例が示されるのが通例です。「保険証がないから」とあきらめず、まず医療機関・薬局・自治体の災害相談窓口に相談してください。今回の取り扱いについては、厚生労働省・熊本県・各自治体の発表をご確認ください。

また、お薬手帳の写真をスマートフォンに撮っておくだけで、この問題の大半は解決します。今すぐできる、最も費用対効果の高い備えです。

SECTION 05こころに起きること — それは「異常」ではありません

大きな地震のあと、次のような反応が起こります。

  • 眠れない、少しの音で目が覚める、揺れていないのに揺れている気がする(地震酔い)
  • くり返し地震の場面が頭に浮かぶ、逆にぼんやりして現実感がない
  • イライラする、涙が出る、子どもが赤ちゃん返りをする
  • 何も感じない、笑ってしまう(これも正常な反応です)

これらは「異常な事態に対する、正常な反応」です。多くは数日〜数週間で自然に軽くなります。まずは「安全・安心・つながり」を確保することが最優先で、無理に体験を語らせる必要はありません(WHOのサイコロジカル・ファーストエイドの考え方)。

専門的な支援を考えたほうがよいサイン
・1か月以上たっても症状が強く、生活に支障がある
・眠れない日が続き、食事もとれない
・飲酒量が明らかに増えた
・「消えてしまいたい」という気持ちが出てきた
・もともと精神科・心療内科に通院していて、薬が中断している

とくに最後の2つは、早めにご相談ください。

そして、忘れられがちなのが支援する側です。医療・介護職、自治体職員、そして家族の介護者。「自分は被災者ではない」と思っている人ほど、あとから崩れます。交代で休むこと、食べること、眠ることを、業務として組み込んでください。

IN-HOME CARE — 一段深く

在宅療養をされている方・ご家族へ

訪問診療・訪問看護を受けている方、医療機器を使っている方、介護をされているご家族に向けて、ここからは踏み込んで解説します。

SECTION 06在宅療養者にとって、地震は「避難できない災害」

在宅で療養されている方には、避難所生活を前提とした一般的な防災情報が、そのまま当てはまりません。

  • そもそも移動そのものが命がけ(寝たきり、人工呼吸器、終末期)
  • 避難所に行っても、吸引・経管栄養・褥瘡ケアができない
  • 電気が止まれば、その日のうちに命に関わる方がいる
  • 介護しているご家族自身も被災している

だからこそ在宅療養では、「避難する」よりも「その場で持ちこたえる(在宅避難)」を第一に設計することが、しばしば現実的で安全です。そのために必要なのが、電気・水・薬の3つの備えです。

1. 停電 — 在宅医療で最初に来る危機

図3|停電したとき、在宅医療機器はどうするか 停電が発生 在宅酸素(HOT) 酸素濃縮器は電気で動く ① ただちに携帯用酸素  ボンベに切り替える ② 酸素業者の緊急連絡先へ  (機器に貼付されています) ③ 残量と流量を確認し  持続時間を計算 ④ 火気厳禁を徹底 人工呼吸器 内蔵バッテリーは数時間 外部バッテリーに接続 ② 車のシガーソケット  インバーターも選択肢 ③ 用手換気(アンビュー  バッグ)をすぐ手元に ④ 業者・訪問看護へ連絡 ⑤ 電力会社へ状況連絡 吸引器・電動ベッド等 代替手段があります ① 吸引は足踏み式・手動式  に切り替え ② 電動ベッドは手動ハンドル  の位置を平時に確認 ③ 経腸栄養ポンプは  自然滴下に変更(要相談) ④ 冷所保管薬は保冷剤へ いずれも「停電してから調べる」のでは間に合いません。今日、確認してください。

機器ごとに「何時間もつか」「切り替え先は何か」を紙に書いて、機器のそばに貼っておくことをおすすめします。

在宅酸素療法(HOT)の方へ

据置型の酸素濃縮器は電気で空気から酸素を作る装置なので、停電した瞬間に止まります。すぐに携帯用の酸素ボンベに切り替えてください。ボンベは流量によって持続時間が大きく変わります(例:2L/分なら500L入りボンベで約4時間)。手元のボンベで何時間もつのかを、平時に計算しておくことが重要です。

また、避難所や車中では火気厳禁が守りにくくなります。カセットコンロ、ろうそく、たばこの近くには絶対に近づかないでください。酸素そのものは燃えませんが、燃焼を激しくします。

人工呼吸器を使っている方へ

内蔵バッテリーの持続時間は機種により数時間程度です。外部バッテリー、車のシガーソケット+インバーター、発電機が現実的な選択肢になります(発電機は必ず屋外で)。そして何より、用手換気(バッグバルブマスク)を家族が実際にできることが最後の砦です。訪問看護師と一緒に、平時に練習しておいてください。

電力会社には、人工呼吸器など生命維持に関わる機器の使用者を事前に登録する制度があります。復旧の優先順位や停電情報の連絡に関わりますので、まだの方はご相談ください。

2. 断水 — 「清潔な水」の優先順位を決める

断水したとき、限られた水を何に使うか。在宅療養では優先順位が一般家庭と異なります。

  1. 本人の飲水・経管栄養に使う水(必ず清潔な水。井戸水・給水車の水は用途を確認)
  2. 口腔ケア(誤嚥性肺炎を防ぐ。水がなければ口腔ケア用ウェットティッシュで代用可)
  3. 創部・褥瘡の洗浄(生理食塩水があれば理想。なければペットボトルの飲料水)
  4. 清拭(清拭タオル・おしりふきで代替)
  5. その他の生活用水

胃ろう・経鼻胃管の方へ:栄養剤自体は無菌ですが、フラッシュ用の白湯には必ず清潔な水を使ってください。ここを妥協すると下痢・感染症を招き、断水下では致命的になります。ペットボトルの水を「経管用」と書いて別に確保しておくのが確実です。

また、おむつ交換や導尿の回数を減らそうとして水分を控えるのは、絶対に避けてください。脱水は在宅療養者にとって最も起こりやすく、最も見逃されやすい急変の原因です。

3. 薬 — 在宅療養では「切らせない」設計が必要

SECTION 04で挙げた薬に加え、在宅療養では次の点が問題になります。

  • 医療用麻薬(オピオイド):がんの痛みでフェンタニル貼付剤やモルヒネを使っている方は、切れると激しい痛みと離脱症状が出ます。麻薬は法令上の管理が厳格ですが、災害時には特例的な取り扱いが示されます。残り日数が少なくなったら早めに主治医へ連絡してください
  • 抗パーキンソン病薬:「飲む時刻」が命綱です。避難生活で生活リズムが崩れると、それだけでオフ時間が延び、動けなくなります。アラームを設定してください
  • インスリン:未開封は冷所保管ですが、停電時は保冷剤+クーラーボックスで対応。凍結させないことが重要です(凍ると使えません)。使用中のものは常温保管可ですが、真夏の車内には置かないでください
  • 吸引カテーテル・胃ろうチューブ・カテーテル類などの衛生材料:薬以上に手に入りにくくなります。1〜2週間分の予備を

4. 避難するか、家にとどまるか

図4|在宅療養の方の「避難する/しない」の考え方 建物は倒壊・火災・土砂の危険があるか (自治体の避難指示が出ているか) はい いいえ 迷わず避難(命が最優先) ・まず一般の指定避難所へ ・到着後すぐ「医療的ケアが必要」  と申し出る 福祉避難所への移動を相談 ・薬・お薬手帳・医療機器・  衛生材料を可能な限り持参 ・主治医/訪問看護へ連絡 在宅避難を第一に検討 ・移動そのものが負担になる方は  自宅で持ちこたえるほうが安全 ・ただし電気・水・薬の残量を  必ず計算する ・寝室の落下物・ガラスを撤去 在宅避難中であることを  自治体・支援者に伝える 最大の危険は「在宅避難していることを誰にも知られていない」こと

在宅避難は正しい選択肢ですが、「孤立」とセットになると命に関わります。

在宅避難を選ぶ場合、最も危険なのは支援から見えなくなることです。避難所にいる人は把握されますが、自宅にいる人は「無事だから来ていない」と思われます。実際には、薬が切れ、水が尽き、機器が止まっているかもしれません。

ケアマネジャー、訪問看護ステーション、主治医、地域包括支援センター、民生委員——誰か一人にでも「うちは自宅にいます」と伝えてください。それが在宅避難の安全弁です。

個別避難計画をご存じですか。2021年の災害対策基本法改正で、高齢の方や障害のある方など「避難行動要支援者」一人ひとりについて、誰がどう避難を支援するかをあらかじめ決めておく個別避難計画の作成が、市町村の努力義務となりました。まだ作られていない場合は、ケアマネジャーや自治体の福祉担当にご相談ください。今回の地震は、それを動かすきっかけになります。

5. 看取り期・終末期の方とご家族へ

当院には、がんの終末期や難病の方が多くいらっしゃいます。災害時、この時期の方とご家族が抱える不安は特別です。

  • 痛みの管理を切らさないことが最優先です。麻薬性鎮痛薬の残量を今日確認してください
  • ご本人が「病院ではなく自宅で」と決めておられるなら、その方針は災害下でも変わりません。慌てて搬送することが、必ずしも良いとは限りません
  • もし災害の混乱の中でご逝去された場合でも、診療を継続していた医師であれば、直前に診察していなくても死亡診断書を交付できる取り扱いがあります(医師法第20条ただし書き)。「すぐに警察を呼ばなければ」と慌てる必要はありません。まず訪問看護ステーションか主治医にご連絡ください
  • 連絡がつかないときは、ご本人のそばにいてあげてください。それが最も大切なケアです

6. 介護されているご家族へ

災害時、介護者は「自分のことは後回し」になります。しかしその結果、介護者が倒れれば、療養されている方も守れません。

  • 交代できる人を今のうちに決めておく(1人でも構いません)
  • 眠れない日が3日続いたら、それは限界のサインです
  • レスパイト(一時的な入院・ショートステイ)は「甘え」ではなく災害対応の一部です。遠慮なくご相談ください
  • お一人で抱え込まないでください。訪問看護も、当院も、そのためにあります

SECTION 07今日、これだけはやってください

被災地の方も、そうでない方も

  • お薬手帳をスマートフォンで撮影する(全ページ。ご家族の分も)
  • 手元の薬の残り日数を数える。7日を切っていたら早めに受診・連絡
  • 寝室から、倒れるもの・落ちるもの・割れるものをどける(次の揺れは今夜かもしれません)
  • 枕元に靴とライトを置く(ガラスの上を歩かないために)
  • 水を1人1日3L×3日分。在宅療養の方は経管栄養用に別枠で
  • 在宅医療機器の「停電時どうするか」を紙に書いて機器に貼る
  • ケアマネジャー・訪問看護ステーション・主治医の連絡先を紙に書いて財布に入れる(スマホが使えなくなります)
  • 暑さ対策:経口補水液、保冷剤、うちわ、電池式扇風機

ふくろう訪問クリニックから

当院は福岡市早良区で、緩和ケア・難病・精神科・認知症を専門とする在宅医療を行っています。今回の地震で、ご自身やご家族の療養について不安を感じておられる方、薬や医療機器の備えについて確認したい方は、遠慮なくご相談ください。

また、通院が難しくなってきた方、ご自宅での療養を考え始めた方のご相談も承っています。「災害のときに家で過ごせるのか」という視点から在宅医療を考えることも、大切な準備のひとつです。

参考にした資料

  1. 気象庁「地震情報・津波情報」2026年7月28日発表.
  2. 首相官邸「熊本県熊本地方を震源とする地震についての会見」2026年7月28日.
  3. 熊本県・総務省消防庁「平成28年熊本地震による被害状況等について」2019年4月12日現在.
  4. 「熊本地震後に発生した静脈血栓塞栓症と対策プロジェクト(KEEPプロジェクト)」日本血栓止血学会誌 33(6): 648-654, 2022.
  5. 日本循環器学会ほか「災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン(JCS 2014)」2014年.
  6. 内閣府(防災担当)「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」令和3年5月改定(災害対策基本法改正による個別避難計画の努力義務化).
  7. 環境省「熱中症環境保健マニュアル2022」2022年.
  8. World Health Organization, War Trauma Foundation, World Vision International. “Psychological First Aid: Guide for Field Workers.” WHO, 2011.
  9. 厚生労働省医政局医事課長通知「医師法第20条ただし書の適切な運用について」医政医発0831第1号, 平成24年8月31日.

本記事は2026年7月28日22時時点で公表されている情報に基づく一般的な医学情報であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。地震・避難・被害・支援制度の最新情報は、必ず気象庁およびお住まいの自治体の発表をご確認ください。症状のある方は、速やかに医療機関にご相談ください。