卵巣がんは「治療が長く続くがん」です。だからこそ、どこからが末期なのかが見えにくくなります。
卵巣がんは、手術と抗がん剤がよく効く時期が長く、再発してもまた治療ができることが多いがんです。その一方で、再発を繰り返すうちに治療の効いている期間が少しずつ短くなり、あるとき「もう次の薬は勧められません」という日が来ます。ご本人もご家族も、その切り替わりに気づくのが難しい——これが卵巣がんの療養で最もつらいところです。
このコラムでは、卵巣がんの終末期に起こることを、お腹の中で何が起きているのかという視点からできるだけやさしく整理します。そのうえで、ご自宅でどこまでできるのかを、制度・処置・費用の面から一段深くご説明します。福岡市早良区で在宅緩和ケアを行う、ふくろう訪問クリニックの院長が執筆しました。
卵巣がんとはどんな病気か
国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(卵巣/2026年3月23日更新)。罹患は全国がん登録、死亡は人口動態統計、生存率は地域がん登録によります。
卵巣は、子宮の左右にある親指の先ほどの臓器です。骨盤の奥深くにあり、まわりに広い空間があるため、腫れても圧迫される臓器が少なく、かなり大きくなるまで症状が出ません。「お腹が張る」「服のウエストがきつい」「食べるとすぐ満腹になる」といった、誰にでもありそうな症状で受診されることが多く、その時点ですでにお腹の中に広がっていることが少なくありません。卵巣がんが「サイレントキラー」と呼ばれるのはこのためです。
「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん」は、まとめて扱われます
近年の研究で、卵巣がんの多く(とくに最も頻度の高い高異型度漿液性がん)は、卵巣そのものではなく卵管の端から発生していると考えられるようになりました。発生する場所は違っても、広がり方も治療法もほぼ同じであるため、現在の診療ではこの三つをひとつのグループとして扱います。学会の診療指針も、2025年の改訂で名称が『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン』に変わりました。
上の統計の集計単位は「卵巣」で、卵管がん・腹膜がんは別に数えられています。診療の場では三つをまとめて扱うため、実際に「卵巣がんの治療」を受けている方の数は、この数字よりも多くなります。
また5年相対生存率60.0%は2009〜2011年に診断された方の集計です。その後に登場した維持療法(後述のPARP阻害薬など)の効果は、まだこの数字には反映されていません。過去の平均であって、今のあなたの見通しではない、という前提でご覧ください。
お腹の中に「種をまくように」広がる
卵巣がんの特徴は、血液やリンパの流れに乗るより先に、おなかの中に直接こぼれ落ちて広がることです。腹腔(ふくくう)は腹水がゆっくり循環している空間なので、卵巣から離れたがん細胞はその流れに乗って、腸の表面、大網(だいもう=腸をおおうエプロン状の脂肪)、横隔膜の裏側などに次々と着床します。これを腹膜播種(ふくまくはしゅ)といいます。
終末期に起こることのほとんどは、この腹膜播種から説明がつきます。腹水がたまるのも、腸が動かなくなるのも、食べられなくなるのも、根っこは同じです。
図1:卵巣がんは腹腔内の液体の流れに乗って広がります。終末期の症状の多くは、この腹膜播種から説明できます。
「ステージⅣ」と「末期」は違います
卵巣がんでは、この二つの言葉がとりわけ混同されやすくなります。診断された時点でⅢ期・Ⅳ期であることが珍しくないため、「ステージⅣ=もう終わり」と受け止めてしまう方が多いのです。
ステージは診断された時点でがんがどこまで広がっているかを示す地図であり、末期は今の体の状態と、治療の効き具合を示す時計です。地図と時計は別のものです。ステージⅣと診断されてから、手術と抗がん剤で数年間、ふつうに生活しておられる方は大勢いらっしゃいます。
図2:ステージは「地図」、末期は「時計」。別のものを指しています。
医療保険の制度上は、「末期の悪性腫瘍」=治すことを目的とした治療が困難で、おおむね余命6か月程度と考えられる状態という考え方が使われます。この判断がなされると、次の章以降でご説明するように、在宅医療で使える枠が大きく広がります。
卵巣がんの分かれ目 ─ 治療の切れ目が短くなっていく
ここが、他のがんにはない卵巣がん特有の考え方です。卵巣がんの治療では、プラチナ製剤(カルボプラチンなど)という抗がん剤が中心になります。そして再発したときに次の治療を選ぶ物差しになるのが、「前回のプラチナ製剤の投与が終わってから、再発するまでに何か月あいたか」という時間です。
- 6か月以上あいた場合=プラチナ感受性再発。もう一度プラチナ製剤を使える見込みがあり、効果も期待できます。
- 6か月未満で再発した場合=プラチナ抵抗性再発。プラチナ製剤の効果は乏しく、別の系統の薬に切り替えます。
治療を重ねるごとに、この間隔は少しずつ短くなっていきます。2年あいていたものが1年になり、8か月になり、やがて4か月になる。この「間隔が縮んでいく」という変化そのものが、病状の進み具合を映す最も正直な指標です。
図3:卵巣がんの典型的な経過。治療のたびに一度は落ち着きますが、落ち着いている期間(オレンジのバー)が徐々に短くなります。ここが病状を読むうえで最も大切な変化です。
「この前も抗がん剤で持ち直したのだから、今回も」と期待されるのは自然なことです。ただ、卵巣がんでは効いている期間の長さを見ることが大切です。前回は1年もったのに今回は3か月で戻ってきた——そのとき、体はすでに次の段階に入っています。主治医に「前の治療は何か月あきましたか」と尋ねてみてください。見通しを共有するのに、とても役に立つ質問です。
終末期に起こりやすい症状
卵巣がんの終末期の症状は、そのほとんどがお腹に集中するのが特徴です。骨や脳への転移で苦しむことは、他のがんに比べれば多くありません。
図4:卵巣がん終末期の症状マップ。①〜③はいずれも腹膜播種を原因とし、互いにつながっています。
言いにくい症状こそ、お伝えください
「お腹が張って服が入らない」「トイレが近い」「性器から出血がある」といった症状は、話しにくく感じられて後回しになりがちです。しかしこれらはすべて、手当ての方法がある症状です。とくに腹水はためればためるほど抜くのが大変になり、抜いたあとの体への負担も大きくなります。早めにお伝えいただくほど、楽な形で対応できます。
薬物療法と、やめどきの目安
2025年7月、日本婦人科腫瘍学会の『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン』が5年ぶりに改訂され、第6版となりました。この版では薬物療法の項目が大きく更新されたほか、高齢の方への薬の減量・省略、緩和ケアで留意すべき点、治療後の生活指導といった、終末期・生活の質に関わる項目が新たに設けられています。「治療をどこまでやるか」という問いが、指針の中でもきちんと扱われるようになったということです。
図5:卵巣がんの薬物療法の流れ。再発時の分岐が、その後の見通しを大きく左右します。
維持療法(PARP阻害薬)が変えたこと
近年の大きな変化は、抗がん剤で腫瘍が小さくなったあと、再発を遅らせる目的で飲み薬を続ける維持療法が標準になったことです。代表がPARP阻害薬(オラパリブ、ニラパリブなど)で、とくにBRCA遺伝子に変化がある方でよく効きます。
BRCA遺伝子変異のある進行卵巣がんの方を対象にした国際共同試験(SOLO1試験)の7年後の報告では、オラパリブによる維持療法を受けた群の7年生存率が67.0%、受けなかった群が46.5%(ハザード比0.55)でした。厳密な統計上の基準はわずかに満たしませんでしたが、臨床的には非常に意味のある差です。
新しい薬と、今の国内の状況
プラチナ抵抗性の再発卵巣がんに対しては、葉酸受容体αを標的とする抗体薬物複合体(ミルベツキシマブ ソラブタンシン)が海外で使われており、国際共同試験(MIRASOL試験)で従来の抗がん剤を上回る成績が報告されています。国内では2026年1月に承認申請され優先審査の対象となっていますが、本コラム執筆時点(2026年8月)では未承認です。新しい薬の情報は動きが速いため、最新の状況は主治医にご確認ください。
| こんなときは | 治療の重心を移すことを検討します |
|---|---|
| 再発の間隔が短い | 前回のプラチナ製剤終了から6か月未満、あるいは治療中に悪化している |
| 腸閉塞をくり返す | 薬が口から入らない、吸収されない。抗がん剤の副作用が閉塞を悪化させることもある |
| 腹水がすぐ戻る | 抜いても1〜2週間でいっぱいになる状態が続いている |
| 体力が落ちている | 日中の半分以上を横になって過ごす。体重・食事量の減少が続く |
| 腎機能・肝機能の低下 | 薬を安全に代謝・排泄できない。尿管の圧迫による腎機能低下も含む |
| ご本人の希望 | 「もう点滴に通うより家で過ごしたい」という気持ちも、立派な医学的判断材料です |
抗がん剤を終了することは、医療から離れることではありません。痛み・吐き気・腹水・呼吸のつらさに対する治療は、そこからむしろ本格的に始まります。実際、緩和ケアを早期から並行して受けた方のほうが生活の質が保たれ、生存期間も損なわれないことが複数の研究で示されています。「もう何もできません」と言われたら、それは説明が足りていないだけです。
ここからは、ご自宅での療養について詳しくご説明します
卵巣がんの在宅療養では、「お腹の張り」と「食べられないこと」の二つが中心のテーマになります。どちらも、病院に入院しなければ対応できないと思われがちですが、実際には多くの部分をご自宅で行えます。何が自宅でできて、何は通院や入院が必要なのか——その線引きを、制度と費用も含めて具体的にご説明します。
腹水とのつきあい方(在宅で一番大きなテーマ)
がんによる腹水(悪性腹水)の原因として最も多いのが卵巣がんです。卵巣がんの方の3分の1以上は診断されたときにすでに腹水があり、再発したときにはほぼ全員に腹水がみられると報告されています。そして悪性腹水のある方の約6割が、お腹の張り・痛み・吐き気・息苦しさ・少量で満腹になるといった苦痛を感じています。
まず知っておいていただきたいこと ─ 利尿薬は効きにくい
「むくみの薬(利尿薬)でお小水として出せないのか」とよく尋ねられます。肝硬変による腹水では利尿薬がよく効きますが、がんが腹膜にひろがってできる腹水には効きにくいことが分かっています。原因が違うためです。肝硬変では血管の圧が上がって水が漏れ出しますが、腹膜播種では腹膜そのものから体液がしみ出し、リンパの流れも詰まっています。この場合、利尿薬を増やしても脱水と腎機能悪化を招くだけになりかねません。
ただし、肝臓への転移が大きくて門脈の流れが妨げられているタイプの腹水では利尿薬が有効なこともあります。どちらのタイプかは、腹水を少量採って調べることで見当がつきます。
腹水への三つの対処法と、それぞれの居場所
図6:腹水への三つの対処法。数値は参考文献に基づきます。実際にどれを選ぶかは、体力・腹水の性状・ご本人の希望によって変わります。
在宅での腹水穿刺は、こんなふうに行います
ご自宅のベッドの上で、超音波(エコー)で腸や血管の位置を確認しながら、細い針を刺して腹水を抜きます。局所麻酔をしますので、痛みはほとんどありません。抜いている間は医師と看護師が付き添い、血圧を確認しながらゆっくり流します。終わればその場で針を抜き、絆創膏を貼るだけです。
抜く量には目安があります。終末期の患者さんを対象とした国内の前向き研究では、2L前後がお腹の張りの改善と体への負担のバランスが最もよいと報告されています。たくさん抜けばそのぶん楽になるように思えますが、一度に大量に抜くと血圧が下がったり腎機能が悪くなったりします。「今日は楽になる分だけ」という考え方が、結果的にいちばん体を守ります。
ご家族から必ずと言っていいほど聞かれる質問です。たしかに腹水にはたんぱく質が含まれており、抜けばその分は失われます。しかし、終末期のがん患者さんを対象とした東アジア共同研究の解析では、腹水穿刺を行った方と行わなかった方とで生存期間に有意な差はありませんでした。
一方で、お腹が張って眠れない・食べられない・息が苦しいという状態を我慢し続けることの害は確実です。「抜いたら寿命が縮む」という心配で我慢される必要はありません。判断の基準は、抜くことでご本人が楽になるかどうかです。
CARTは自宅ではできませんが、選択肢に入れておく価値があります
CART(腹水濾過濃縮再静注法)は、抜いた腹水を専用の装置で濾過してがん細胞や細菌を取り除き、アルブニンなどのたんぱく成分だけを濃縮して点滴で体に戻す治療です。1981年から保険が使え、手術の部の「K635 胸水・腹水濾過濃縮再静注法」(4,990点)として算定されます。装置と技師が必要なため、実施できる施設に通院するか、1〜2泊の入院で受けることになります。
ご自宅での療養が中心になっても、通院できる体力が残っているうちであれば、CARTを受けてから在宅に戻るという組み合わせは十分に現実的です。訪問診療医から実施施設に紹介することもできますので、遠慮なくご相談ください。
腹水は必ずまた溜まります。だからこそ、「次に張ってきたらどうするか」を、張る前に決めておくことをお勧めしています。①自宅で穿刺する ②通院してCARTを受ける ③管を留置して少しずつ抜く——この三つのどれを基本にするか。決めておけば、苦しくなってから慌てて救急車を呼ぶ必要がなくなります。体力の変化に応じて、途中で方針を変えて構いません。
食べられない時間 ─ 悪性消化管閉塞
腹膜播種が進むと、腸の外側からの締めつけや、腸の壁そのものが硬くなることで、食べたものが通らなくなります。これを悪性消化管閉塞(悪性腸閉塞)といいます。進行・再発卵巣がんの方の10〜50%に起こると報告されており(報告により幅が大きいのは、対象となる患者さんの進行度や調査方法が異なるためです)、卵巣がんの終末期を特徴づける症状です。
手術で閉塞を解除できる場合もありますが、腹膜播種による閉塞は多くの場合何か所も同時に狭くなっているため、一か所を治しても別の場所で詰まってしまい、手術の効果が限られます。そのため終末期には、薬で症状をやわらげる方法が中心になります。
図7:悪性消化管閉塞への薬物療法。日本緩和医療学会『がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン』の考え方に沿っています。いずれも持続皮下注射で行えるため、自宅で完結します。
持続皮下注射という方法
お腹や胸、太ももの皮膚のすぐ下に、髪の毛ほどの細い管(サーフロー針)を留置し、小さなポンプで薬を少しずつ流し続ける方法です。点滴の針を血管に入れる必要がなく、入れ替えは数日〜1週間に一度で済みます。訪問看護師が管理でき、痛み止め・吐き気止め・オクトレオチド・ステロイドを一つのポンプでまとめて投与できます。腸閉塞で薬が飲めなくなっても、この方法があれば在宅療養は続けられます。
「食べさせたい家族」と「食べられない本人」
これは在宅の現場で本当によく起こる、つらいすれ違いです。ご家族にとって、食べることは生きることそのもので、口にできないのを見ているのは耐えがたい。一方でご本人は、無理に食べると吐いてしまうため、勧められるのが苦痛になっている——。
この時期の体は、食べたものをエネルギーに変える力自体が落ちています。無理に量を入れても栄養にならず、吐き気と腹部の張りを増やすだけになりがちです。私たちは、次のようにお伝えしています。
- 量ではなく「味」を楽しむ:ひと口のアイス、氷のかけら、好きな飲み物を口に含んで出す。それだけでも、ご本人にとっては十分な喜びになります。
- 口の中を潤す:口が乾いているだけで「喉が渇いた=水分不足」と感じます。スポンジブラシや保湿ジェルでのケアは、点滴よりも実感のある楽さをもたらします。
- 「食べなさい」を「一緒にいる」に置き換える:食べさせることだけがお世話ではありません。手を握る、身体を拭く、好きな音楽をかける——できることはたくさんあります。
腸が使えない場合、中心静脈栄養(高カロリー輸液)という方法もあり、在宅でも行えます。ただし終末期には、たくさんの水分を入れることが腹水・むくみ・気道の分泌物(ゼロゼロした呼吸)を増やす方向に働きます。日本緩和医療学会の指針でも、終末期には輸液量を絞る方向が示されています。私たちが在宅でお勧めするのは、1日500mL前後かそれ以下にとどめる方法です。「点滴を減らす=見捨てる」ではなく、「体が処理できる量に合わせる」という考え方です。
在宅療養の枠組み ─ 訪問診療と訪問看護
訪問診療と往診の違い
| 訪問診療 | 往診 | |
|---|---|---|
| タイミング | あらかじめ決めた日に定期的に | 具合が悪くなったときに臨時で |
| 頻度の目安 | 週1回〜月2回(状態により調整) | 必要が生じたとき、24時間対応 |
| 主な目的 | 診察・薬の調整・先を見越した準備 | 発熱・強い痛み・呼吸苦などへの対応 |
| 関係 | 訪問診療を受けていると、いざというときの往診がスムーズになります。両方セットとお考えください。 | |
「末期の悪性腫瘍」と診断されると、訪問看護の枠が広がります
ここは制度の話ですが、ご家族の負担に直結する非常に大切な部分です。ふだんの訪問看護は介護保険が優先で、回数にも制限があります。しかし、健康保険法の別表第七に定められた疾患——そのひとつが「末期の悪性腫瘍」です——に該当すると、扱いが大きく変わります。
図8:末期の悪性腫瘍と判断されると、訪問看護の使える枠が大きく広がります。介護保険の限度額を圧迫しないため、ヘルパーや福祉用具を別枠で使えるのも大きな利点です。
- 特別訪問看護指示書:症状が急に悪化したときには、主治医がこの指示書を出すことで、14日間を限度に毎日の訪問看護が可能になります。看取りが近い時期や、腹水・腸閉塞で処置が増える時期に活用します。
- 40〜64歳の方:介護保険の「16特定疾病」に末期がんが含まれているため、この年齢でも介護保険を申請でき、介護ベッドや車椅子、ヘルパーを利用できます。
- 39歳以下の方:介護保険は使えません。福岡市には「小児・AYA世代がん患者在宅療養生活支援事業」があり、40歳未満の方の訪問介護・訪問入浴・福祉用具の費用が助成されます(申請はサービス開始前または開始翌日から30日以内、医師の意見書が必要)。詳しくは福岡市保健福祉局 地域医療課 医療支援係(092-711-4892)へ。
自宅でできる処置と、症状の手当て
「これは病院でないとできない」と思われがちな処置の多くが、実際にはご自宅で行えます。
| 処置 | 自宅での実施 |
|---|---|
| 腹水穿刺 | エコーを使い、ベッドサイドで実施。1回2L前後を目安に |
| 腹腔ドレーンの管理 | 留置後の排液・固定・皮膚のケアを訪問看護師が担当 |
| 持続皮下注射(PCA) | 痛み止め・吐き気止め・オクトレオチド・ステロイドを持続投与。ご本人がボタンを押して追加投与も可能 |
| 胃管による減圧 | 嘔吐が続くときに鼻から管を入れて胃液を逃がす。自宅で挿入・管理できます |
| 酸素療法 | 濃縮器をレンタルし、24時間使用可能。胸水や貧血による息苦しさに |
| 抗菌薬の点滴 | 肺炎・尿路感染・カテーテル感染などに、自宅で点滴治療 |
| 輸血 | 条件が整えば在宅でも可能。ご相談ください |
| 膀胱留置カテーテル | 挿入・交換・トラブル対応まで自宅で完結 |
| 浮腫・褥瘡のケア | スキンケア、除圧、創部の処置 |
| 採血・エコー・心電図 | ポータブル機器で自宅にて実施 |
| 中心静脈栄養 | ポートやPICCがあれば在宅で継続可能(終末期は量の調整が重要) |
| 鎮静(苦痛が取れないとき) | ご本人・ご家族と十分に相談したうえで、在宅でも実施できます |
痛みの手当て
卵巣がんの痛みは、大きく二つの種類が混ざります。内臓の痛み(お腹全体が重く張る、鈍く痛む)にはオピオイド(医療用麻薬)がよく効きます。一方、神経の痛み(骨盤の奥がしびれる、電気が走る、脚の付け根に響く)は、がんが骨盤の神経を巻き込んだときに生じ、オピオイドだけでは十分に取れないことがあります。この場合は鎮痛補助薬(プレガバリン、デュロキセチン、抗けいれん薬など)を組み合わせます。
なお、痛みの原因がお腹の張りそのものである場合、腹水を抜くほうが痛み止めを増やすより早く楽になります。「痛み止めが効かない」ときは、原因を見直すサインです。
その他の症状
- 便秘:オピオイドを使うと必発です。腸閉塞と紛らわしいことがあるため、下剤を強めるだけでなく、閉塞の有無を診察・画像で確かめます。腸が詰まっているときに刺激性の下剤を使うと、かえって痛みが強まります。
- 胸水・息苦しさ:横隔膜を越えて胸に水がたまることがあります。少量なら酸素と少量のオピオイドで楽になります。量が多い場合は胸腔穿刺を検討します(在宅でも実施可能)。
- 下肢のむくみ:骨盤内のリンパの流れが妨げられて起こります。終末期には強い圧迫は苦痛になるため、保湿と挙上を優先します。片脚だけが急に腫れて痛む場合は血栓の可能性があり、対応が変わりますのですぐご連絡ください。
- だるさ・眠気:ステロイドが役立つことがあります。同時に、無理に起こそうとしないことも大切な手当てです。
ご家族に受け継がれるかもしれないこと(HBOC)
これは、他のがんの療養ではあまり出てこない、卵巣がんならではの話題です。デリケートな内容ですので、読むのがつらいと感じられたら、この章は飛ばしていただいて構いません。
卵巣がんの一部は、生まれつきのBRCA1・BRCA2という遺伝子の変化が原因で起こります。これを遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)といいます。日本全国の医療機関が参加した調査(CHARLOTTE研究、634人)では、卵巣がんの方の14.7%にBRCA1またはBRCA2の生まれつきの変化がみられました(BRCA1が9.9%、BRCA2が4.7%)。最も頻度の高い高異型度漿液性がんに限ると28.5%にのぼります。家族にがんの人がいない場合でも見つかることがあるため、この研究は「卵巣がんの方には全員に検査を行うべきだ」と結論づけています。
図9:BRCA遺伝子の変化は、男女を問わずお子さんに2分の1の確率で受け継がれます。丸は女性、四角は男性を表します。
終末期にこの話をする意味
治療の選択肢が限られてきた段階で遺伝子の検査をしても、ご本人の治療が変わることはほとんどありません。それでも私たちがこの話をお伝えすることがあるのは、結果がご家族の未来に関わるからです。BRCA遺伝子の変化があると分かれば、娘さん・姉妹・お孫さんは若いうちから乳房の検診を始められますし、卵巣を予防的に切除するという選択肢も検討できます。息子さんにとっても、前立腺がんや膵臓がんのリスクという形で関わってきます。
検査には血液が必要です。ご本人が亡くなられた後では、原則として新たに調べることができません。手術で取った腫瘍の組織が病院に保管されていれば、そこから調べられる場合もありますが、保管期間には限りがあります。「調べるかどうか」を考える時間は、思っているより短いということは、お伝えしておきたい事実です。
一方で、「知りたくない」「家族に伝えたくない」というお気持ちも、まったく正当なものです。遺伝情報は、ご本人だけのものであると同時に、ご家族のものでもあるという難しさがあります。答えは一つではありません。
私たちが在宅の場でできるのは、選択肢があることをお伝えし、考える時間を確保することまでです。実際に検査を受ける場合は、遺伝カウンセリングの体制がある医療機関(がん診療連携拠点病院など)にご紹介します。訪問診療の場で、この話を切り出すきっかけを作ることもできますので、迷っておられたら遠慮なくお声がけください。
最期まで自宅で過ごすための備え
自宅で息を引き取っても、警察を呼ぶ必要はありません
これは最も誤解の多い点です。「自宅で亡くなったら警察が来る」「その場に医師がいないと事件扱いになる」と心配される方が非常に多いのですが、訪問診療を受けている方については、そうはなりません。
医師法第20条のただし書きにより、診療を継続していた患者さんが、その診療にかかる傷病で亡くなった場合、死亡の際に医師が立ち会っていなくても、改めて診察したうえで死亡診断書を交付できると定められています。厚生労働省もこの解釈を明確に示しています(平成24年8月31日 医政医発0831第1号)。
ですから、夜中に呼吸が止まっても、慌てて救急車を呼ぶ必要はありません。まずクリニックの24時間対応の連絡先にお電話ください。ご家族が落ち着いてお別れの時間を過ごされたあとに、医師がうかがいます。
レスパイト入院という選択肢
介護されるご家族が疲れてしまうことは、決して珍しくありません。数日間だけ入院していただき、ご家族に休んでいただく——これがレスパイト入院です。あらかじめ受け入れ先の病院と話をつけておけば、必要なときにすぐ利用できます。「家で看ると決めたのだから最後までやりきらねば」と抱え込まないでください。休むことは、在宅療養を続けるための正当な方法です。
今のうちに話しておきたい5つのこと(ACP)
- どこで過ごしたいか:最期まで自宅か、苦しくなったら入院か。決めておくと、いざというときご家族が迷わずに済みます。
- 腹水が張ってきたらどうするか:SECTION 06でご説明した三つの方法のうち、どれを基本にするか。
- 食べられなくなったときの点滴・栄養:どこまで行うか。
- 意識がはっきりしなくなったとき、誰に決めてもらいたいか:ご家族の中で決める人を一人決めておくと、後の負担が大きく減ります。
- 会っておきたい人、伝えておきたいこと:医療の話だけがACPではありません。むしろ、こちらのほうが大切なことも多くあります。
図10:在宅療養は一人の医師で支えるものではありません。多職種が情報を共有しながら、24時間の体制をつくります。
ご家族の観察ポイントと、受診の目安
| 見るところ | こんな変化があったら | お伝えいただきたいこと |
|---|---|---|
| お腹まわり | 張りが強くなった、服やズボンがきつくなった | 腹水が増えているサイン。抜くタイミングの相談を |
| 吐き気・嘔吐 | 吐く回数が増えた、緑や茶色のものを吐く | 腸閉塞が進んでいる可能性。薬の調整が必要です |
| 排便・おなら | 数日出ていない、お腹がゴロゴロ鳴って痛む | 閉塞と便秘の見分けが必要です。自己判断で下剤を増やさないでください |
| 食事量 | ひと口も入らない日が続く | 点滴や薬の見直しのタイミングです |
| 呼吸 | 横になると苦しい、少し動くと息が上がる | 胸水や貧血の可能性。酸素の導入を検討します |
| 脚 | 片脚だけ急に腫れて痛い、赤い | 血栓や感染の可能性。早めにご連絡ください |
| 意識・会話 | つじつまが合わない、日中もうとうとしている | 薬の影響、腎機能の低下、脱水など原因を調べます |
| 痛み | いつもの薬でおさまらない、性質が変わった | 薬を増やす前に、原因が変わっていないか診察します |
激しい腹痛が続く/吐き続けて水も飲めない/片脚が急に腫れて痛む/息が苦しくて横になれない/意識がもうろうとしている/39度以上の発熱と震え
お腹の張りで眠れない/2〜3日食事が入らない/便もガスも出ない/痛み止めが効かなくなった/ドレーンの周りから液が漏れる
むくみが増えてきた/だるさが強い/眠れない/気持ちが落ち込む/今後のことを相談したい/ご家族が疲れている
ふくろう訪問クリニックにご相談ください
福岡市早良区を拠点に、緩和ケア・難病・精神疾患・認知症の在宅診療を行っています。がんの終末期については、腹水穿刺、持続皮下注射による症状緩和、胃管による減圧、酸素療法、在宅での看取りまで、ご自宅で対応しています。24時間365日の連絡体制を整えており、夜間・休日も医師と看護師が対応します。
院長は放射線治療専門医であり、国立がん研究センター中央病院・東京大学病院放射線科での勤務経験があります。骨転移の痛みや出血に対する緩和照射など、「まだ打てる手があるかどうか」を、がん治療の側の目で判断できるのが私たちの特徴です。在宅療養に移った後でも、通院して短期間の照射を受けられる場合があります。
「まだ在宅を頼む段階ではないかもしれない」という時期のご相談こそ、いちばん役に立ちます。病院に通いながら訪問診療を併用することもできますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。
参考文献
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」卵巣(全国がん登録罹患データ2023年、人口動態統計死亡データ2024年、地域がん登録生存率データ2009〜2011年診断例)。2026年3月23日更新。
- 日本婦人科腫瘍学会 編『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン 2025年版(第6版)』金原出版、2025年7月22日発行、ISBN 978-4-307-30159-6.
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本コラムは2026年8月時点の情報に基づいて作成しています。診療ガイドラインや薬剤の承認状況は変わることがあります。また、記載した内容は一般的な説明であり、個々の患者さんの治療方針を示すものではありません。実際の治療については、必ず主治医にご相談ください。
文責:ふくろう訪問クリニック 院長 上松 正和(放射線治療専門医)
