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多発性骨髄腫・悪性形質細胞腫瘍
末期の治療・療養

骨がもろくなり、抗体がつくれなくなり、腎臓が傷む——多発性骨髄腫は「血液のがん」でありながら、日々の暮らしのなかにいちばん多く手当ての余地が残っているがんでもあります。福岡市早良区のふくろう訪問クリニックが、ご本人とご家族に向けて、末期の治療と在宅療養をできるだけやさしく整理しました。

SECTION 01

数字で見る多発性骨髄腫

多発性骨髄腫は、骨髄のなかで「形質細胞(けいしつさいぼう)」という細胞ががん化して増える病気です。形質細胞はもともと、細菌やウイルスと戦う抗体(免疫グロブリン)をつくる細胞です。その細胞ががん化すると、役に立たない抗体=M蛋白(エムたんぱく)だけを大量につくり続け、代わりに本当に必要な抗体がつくれなくなります。この「つくる細胞ががんになったのに、つくれなくなる」というねじれが、あとで述べる感染症の起こりやすさにつながります。

1年間に診断される数

7,938 例

2023年/男性4,292・女性3,646
罹患率 6.4(人口10万対)

1年間に亡くなる方

4,243 人

2024年/男性2,222・女性2,021
死亡率 3.5(人口10万対)

5年相対生存率

53.9 %

2018年診断例
男性53.8%・女性54.0%

出典:国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」多発性骨髄腫(更新・確認日 2026年7月22日)。罹患は全国がん登録、死亡は人口動態統計、生存率は全国がん登録生存率データによる。

この3つの数字を並べて読むときの注意

  1. 集計年がそろっていません。罹患は2023年、死亡は2024年、生存率は2018年に診断された方の追跡結果です。「7,938人かかって4,243人が亡くなる病気」という引き算はできません。
  2. 53.9%という数字は、すでに古い治療成績です。2018年に診断された方の追跡なので、その後に日本で使えるようになった抗CD38抗体を含む4剤併用療法、CAR-T細胞療法、二重特異性抗体といった新しい治療の効果は、ほとんど反映されていません。実際の見通しは、この数字よりも良い方向に動いていると考えられます。
  3. 「多発性骨髄腫」という集計単位の外側にも、近い病気があります。治療の必要がない段階(MGUS・くすぶり型)はこの罹患数に入りません。逆に、孤立性形質細胞腫や全身性ALアミロイドーシスは、同じ形質細胞から生まれながら別に扱われます。次のセクションで、その「一族」の地図をお示しします。

多発性骨髄腫は、全ての悪性腫瘍のおよそ1%、血液のがん全体のおよそ10%を占めます1)。診断されるのは60代後半から70代が中心で、高齢化にともなって患者数は年々増えています。

SECTION 02

「悪性形質細胞腫瘍」という一族

このコラムの題名に「悪性形質細胞腫瘍」という耳慣れない言葉を添えたのには理由があります。多発性骨髄腫は、単独で存在する病気ではなく、同じ形質細胞から生まれる病気の一族のなかの一つだからです。診断書や紹介状に書かれた病名が家族の記憶と少し違う、ということがしばしば起こります。その地図を先にお見せします。

形質細胞からうまれる病気の一族 治療は不要 治療が必要 MGUS 意義不明の単クローン性 免疫グロブリン血症 1年に約1%ずつ進行 10年で12%・20年で25% くすぶり型(無症候性) M蛋白も骨髄の形質細胞も 増えているが臓器障害なし 最初の5年は年10% 次の5年は年3%で進行 多発性骨髄腫(症候性) CRAB=高カルシウム血症・ 腎障害・貧血・骨病変 いずれか1つ以上があれば 治療を開始する 同じ形質細胞から生まれる、別のかたちの病気 孤立性形質細胞腫 一か所だけにできる塊。 放射線治療で長く抑えられ、 治しうる病態 形質細胞白血病 血液中に形質細胞が あふれ出た状態。 経過が速い 全身性ALアミロイドーシス 軽鎖が変化して心臓・腎臓・ 神経に沈着する。むくみ、 立ちくらみ、しびれ POEMS症候群 手足のしびれ・脱力、 浮腫、皮膚の色調変化 などを伴う

図1 形質細胞から生まれる病気の一族。国際骨髄腫作業部会(IMWG)の診断規準および日本血液学会「造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版(2024年版)」の記載をもとに作図1) 2)

孤立性形質細胞腫は「治りうる病気」です

一か所だけに形質細胞の塊ができ、骨髄には広がっていない状態を孤立性形質細胞腫といいます。ガイドラインでは、この病態には40〜50グレイ(20〜25回に分けて)の局所放射線照射を行ったうえで、抗がん剤は使わずに経過を見ることが基本とされています1)。多発性骨髄腫に移行してはじめて、全身の薬物療法を考えます。同じ「形質細胞のがん」でも、治療の設計がまったく違うのです。ご家族が「骨髄腫と言われた」とおっしゃるとき、実際にはこちらの病名であることが時々あります。

SECTION 03

この病気には「ステージⅣ」がありません

胃がんや肺がんでは、「ステージⅣ=遠くに転移した状態」という共通の言い方があります。ところが多発性骨髄腫には、その意味での病期分類が存在しません。この病気は最初から、全身の骨髄という一つのつながった場所に広がっているからです。腰の骨と肋骨と頭の骨に病変があっても、それは「転移した」のではなく、もともとそういう病気なのです。

代わりに使われるのが、血液検査から予後を推定する国際病期分類(ISS)と、それに染色体異常とLDHを加えた改訂国際病期分類(R-ISS)です。

病期(ISS)基準生存期間中央値
Ⅰ期血清β2ミクログロブリン < 3.5 mg/L かつ 血清アルブミン ≧ 3.5 g/dL62か月
Ⅱ期Ⅰ期でもⅢ期でもないもの44か月
Ⅲ期血清β2ミクログロブリン ≧ 5.5 mg/L29か月

国際病期分類(ISS)。Greipp PR, et al. J Clin Oncol 2005;23(15):3412-3420 による3)ここに示した生存期間は、プロテアソーム阻害薬や免疫調節薬が登場する前のデータです。現在の治療成績はこれより大きく改善しています。R-ISSでは、これに高リスク染色体異常〔del(17p)・t(4;14)・t(14;16)〕と血清LDH高値の有無が加わります4)

この表を見て「Ⅲ期だから残り29か月」と読まないでください。ISSは血液検査2項目だけで大きく分ける、20年前の指標です。ご本人の見通しを決めるのは、この数字ではなく、実際に治療がどれだけ効いたか、そして次にどんな治療が残っているかです。

では、この病気の「末期」とは何を指すのか

多発性骨髄腫は、現時点では治癒を期待できる病気ではありません。しかし治療によって長く生きられる病気になりました。ガイドラインは治療の目標を「QOLを維持しながら長期生存を目指すこと」と明記しています1)。そのため、経過は次のようなかたちをとります。

経過のかたち — 波の間隔が、少しずつ短くなっていく 病気の勢い 時間 → 初回治療 2次治療 3次治療 4次治療 5次治療 長い やや短い 短い もっと短い 効きにくい

図2 多発性骨髄腫の経過のかたち(模式図)。治療で下がり、しばらくして再燃し、次の治療に移る——これを繰り返します。いちばん正直な指標は、その波と波の「間隔」です。「前の治療は何か月もちましたか」という問いは、検査値のどれよりも多くのことを教えてくれます。

「使える薬がなくなる」という意味の末期

免疫調節薬(レナリドミドなど)・プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブなど)・抗CD38抗体(ダラツムマブなど)という3つの系統すべてに効かなくなった状態を「三剤クラス抵抗性」といいます。この状態が確認された時期の海外の後ろ向き研究では、その後の生存期間中央値は9.2か月、さらに5剤に抵抗性の場合は5.6か月と報告されました5)

ただし、この数字は「BCMAを標的とした治療が使えるようになる前」のものです。現在はCAR-T細胞療法、二重特異性抗体(テクリスタマブ、エルラナタマブ)、GPRC5Dを標的とする薬、抗体薬物複合体(ベランタマブ マホドチン)が加わり、この局面の見通しは動いています2)。「もう手がない」と言われた記憶が数年前のものであれば、いま一度、血液内科に確認する価値があります。

SECTION 04

体に起きること — 7つの症状

多発性骨髄腫の症状は、医療者のあいだでCRAB(クラブ)という頭文字で覚えられています。C=高カルシウム血症、R=腎障害、A=貧血、B=骨病変。これに感染症、しびれ、血液の粘りが加わります。

症状マップ — CRABと、その先の3つ B|骨の痛みと骨折 腰・背中・肋骨の痛み。診断時に 約6割の方が骨の痛みを訴えます ・咳やくしゃみで肋骨が折れる ・背が縮む、前かがみになる ・脚の力が入らない=脊髄圧迫 A|貧血とだるさ 診断時の約7割にみられます ・少し動くと息が切れる ・立ちくらみ、動悸 ・「年のせい」と見過ごされやすい ・転倒の隠れた原因になる R|腎機能の低下 診断時に2〜3割、進行すると 最大で半数の方に生じます ・むくみ、尿量の減少 ・食欲低下、吐き気 ・脱水と鎮痛薬が引き金になる C|高カルシウム血症 壊れた骨からカルシウムが 血液に溶け出します ・強い口の渇き、便秘 ・眠りがち、つじつまが合わない ・治療で戻せることが多い 感染症・発熱 この病気の最大の合併症であり、 最大の死因でもあります ・肺炎、尿路感染、帯状疱疹 ・白血球が正常でも重くなる ・悪寒戦慄は様子を見ない 手足のしびれ 3つの原因が重なります ① 薬の副作用(ボルテゾミブ等) ② アミロイドの沈着 ③ 骨の変形による神経の圧迫 ・転倒と誤薬に直結します 血液の粘り(過粘稠度症候群)と出血しやすさ M蛋白が非常に多くなると血液がドロドロになり、めまい・頭痛・かすみ目・鼻血が出ます。 またM蛋白は血小板の働きを邪魔するため、あざができやすく、歯ぐきから出血しやすくなります。 在宅では「鼻血が止まらない」「歯みがきで血が出続ける」が最初のサインになることがあります。 + 全身の消耗 痛み・貧血・腎機能の低下・感染は、それぞれが食欲と体力を奪い、互いを悪くしていきます。 絡まった糸を一つずつほどくように、原因を分けて手当てするのが在宅診療の仕事です。

図3 多発性骨髄腫の症状マップ。頻度は Kyle RA, et al. Mayo Clin Proc 2003;78(1):21-33(新規診断1,027例。貧血73%、骨痛58%、血清クレアチニン2mg/dL以上19%、血清カルシウム11mg/dL以上13%、倦怠感32%)6)、および国際骨髄腫作業部会の腎障害に関する推奨7)による。

この7つのうち、3つは「戻せる」ものです

高カルシウム血症、感染症、脱水による腎機能の悪化——この3つは、末期であっても手当てをすれば元に戻ることが少なくありません。「もう終わりが近いのだろう」と見えている状態が、実は戻せる状態であることがあるのが、この病気の在宅診療でいちばん大切な感覚です。急にぼんやりしてきた、急に食べられなくなった、というときには、まず採血をさせてください。

SECTION 05

いまの治療 — 何を、どういう順番で使うのか

ここでは日本血液学会「造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版(2024年版)」1)と、日本骨髄腫学会「多発性骨髄腫の診療指針 第6版」(2024年9月4日発行、文光堂、ISBN 978-4-8306-2071-3。治療アルゴリズムは2026年6月に更新)2)にもとづいて、治療の流れを整理します。専門的な薬剤名が並びますが、いま自分がどのあたりにいるのかを知るための地図としてご覧ください。

治療の流れ — 3つのレーン A|移植ができる方(65歳未満が目安) 導入療法 DARA-BLD など4剤 大量メルファラン +自家幹細胞移植 地固め・維持療法 効果を長く保つ PERSEUS試験:48か月時点の無増悪生存率 84.3%(DARA-BLD)対 67.7%(BLD)、ハザード比0.42 B|移植をしない方(高齢・臓器の状態から) DARA-BLd / ISA-BLd 抗CD38抗体を含む4剤 DLd / D-MPB 3剤の組み合わせ Ld / MPB / Bd 体力に応じて減らす 高齢の方では、デキサメタゾンの量を年齢に応じて減らすことが勧められています(感染症・血栓症・白内障を避けるため) C|再発したとき・効かなくなったとき 前の治療が終わってから 9〜12か月以上 あいての再発 → 同じ系統の薬が再び効くことが多い 9〜12か月未満での再発・治療中の進行 → まだ使っていない系統の薬に切り替える CAR-T細胞療法 BCMAを標的/専門施設で実施 二重特異性抗体 テクリスタマブ/エルラナタマブ等 抗体薬物複合体 ベランタマブ マホドチン

図4 治療の流れ。日本骨髄腫学会「多発性骨髄腫の診療指針 第6版」治療アルゴリズム(2026年6月アップデート)2)および日本血液学会「造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版(2024年版)」1)にもとづく。DARA=ダラツムマブ、ISA=イサツキシマブ、B=ボルテゾミブ、L=レナリドミド、d/DEX=デキサメタゾン、M=メルファラン、P=プレドニゾロン、BCMA=B細胞成熟抗原。

薬を変える/やめることを考える目安

「いつ次の治療に移るか」「いつ治療をやめて症状を和らげることに専念するか」は、ご本人・ご家族にとってもっとも重い問いです。判断の材料になるものを、正直に並べます。

見えていることどう考えるか
M蛋白がじわじわ増えている
(症状はない)
「生化学的再発」と呼ばれる状態です。診療指針では4〜6週ごとに様子を見ながら治療開始の時期を判断するとされています。すぐに薬を変える必要はありません。
M蛋白の増え方が速い/
LDHが上がってきた
「侵襲性の再発」です。高リスクの染色体異常がある場合とあわせ、ただちに次の治療を始めることが勧められています
新しい骨の痛み、高カルシウム血症、
腎機能の低下が出てきた
数字だけでなく体に症状が出た=治療の変更を考えるタイミングです。同時に、その症状そのものへの手当て(照射・補液・骨修飾薬)を並行します。
3つの系統すべてに効かなくなった 次の一手はBCMAやGPRC5Dを標的とする治療になります。実施できる施設が限られるため、体力があるうちに相談しておくことが大切です。
外来に通うことが難しくなった 治療そのものより、通院の負担が体力を削っている場合があります。ここが在宅診療への切り替えを考える時期です。「治療をやめる」ことと「家で診てもらう」ことは、別の話です。
感染を繰り返し、そのたびに
治療が中断している
治療の強さが体力を上回っているサインかもしれません。減量や休薬を含め、主治医と目標を話し合う場面です。
SECTION 06

骨に起きていること

「骨が溶ける」のではなく、「骨を壊す係が呼び覚まされる」

多発性骨髄腫の骨病変は、がん細胞が骨を直接かじり取っているわけではありません。骨髄腫細胞は、骨のなかにもともといる破骨細胞(骨を壊す係)を強く活性化させ、同時に骨芽細胞(骨をつくる係)の働きを抑えこみます。壊す係だけが働き、つくる係が眠らされる。だから骨に穴が開いていくのです。

壊す係だけが働き、つくる係が眠る 健康な骨 壊す つくる 壊す係とつくる係がつり合っている → 骨の量が保たれる 傷んでも、また埋め戻される 多発性骨髄腫の骨 壊す つくる 骨髄腫細胞 骨髄腫細胞が「壊す係」を呼び覚まし、 「つくる係」を眠らせる 空いた穴は、自然には埋め戻されない

図5 多発性骨髄腫の骨病変(模式図)。骨をつくる反応がほとんど起きないため、他のがんの骨転移とは性質が違います。

この「つくる係が眠っている」という性質から、在宅での実際に関わる3つのことが導かれます。

  • 骨シンチグラフィには写りにくい。骨シンチは「骨をつくる反応」を見る検査なので、骨髄腫の穴はしばしば見逃されます。だから評価には全身の単純X線、CT、PET-CT、MRIが使われます。「骨シンチで異常なしと言われた」ことは、骨病変がないことの証明にはなりません。
  • 治療が効いても、穴は埋まらないことが多い。放射線治療の臨床試験では、痛みが和らいだ方が80.2%だったのに対し、レントゲンで骨の再石灰化が確認できたのは33.7%にとどまりました8)「痛みが取れた」ことと「骨が丈夫になった」ことは、別のできごとです。痛みが消えたからといって、いきなり重い物を持たないでください。
  • だから、折れないようにする工夫そのものが治療になる。この点はセクション09で詳しくお話しします。

骨修飾薬(デノスマブ・ゾレドロン酸)について

破骨細胞の働きを抑える薬を「骨修飾薬」といいます。骨の痛みや病的骨折といった骨関連事象を減らすだけでなく、生存期間の延長効果も期待できることがガイドラインに記載されています1)

投与在宅で気をつけること
デノスマブ 皮下注射
(4週ごと)
腎機能が低下していても使いやすく、訪問診療で皮下注射ができます。ただし重い低カルシウム血症を起こすことがあるため、ビタミンDとカルシウムの内服をあわせて続けることが必須です。この内服を「なんとなく飲まなくなった」ことが、しびれやこむら返り、まれにけいれんの原因になります。
ゾレドロン酸 点滴静注
(3〜4週ごと)
腎機能によって減量が必要です。点滴時間の確保が要るため、体制によっては通院となる場合があります。

歯のことは、後回しにしないでください

どちらの薬にも、顎骨壊死(がっこつえし)という副作用があります。あごの骨が感染して露出してくる状態で、いったん起きると治りにくく、食事と会話に大きく響きます。抜歯や合わない入れ歯が引き金になるため、ガイドラインでも投与前の歯科チェックと口腔ケアが重視されています1)

在宅では、訪問歯科と訪問看護による日々の口腔ケアが、この予防のいちばん現実的な手段です。「もう食べていないから歯みがきはいらない」ということはありません。むしろ食べていない口ほど汚れが固着し、感染の出発点になります。抜歯が必要になったときは、必ず「骨の薬を使っている」ことを歯科医にお伝えください。当院では初回訪問時に、お口の中を必ず拝見しています。

SECTION 07

放射線治療 — この病気では「効かせすぎない」のがコツ

骨髄腫の細胞は、放射線がとてもよく効く

造血器腫瘍診療ガイドラインには、はっきりこう書かれています。骨髄腫細胞は放射線感受性が比較的良好であるため、限局性の溶骨病変や病的骨折部の除痛を目的とした場合や、脊髄あるいは神経根の圧迫が懸念される椎体病変に対しては局所放射線照射が有効である——と1)

ここからが、他のがんの緩和照射とはっきり違うところです。多くのがんでは「効かせるために、できるだけ線量を上げたい」と考えます。ところが骨髄腫では、意図的に線量を下げるのが現代の考え方になっています。理由は一つ、骨髄を守るためです。

骨髄腫は、これから何年にもわたって、何度も薬を使っていく病気です。強い放射線を当てた場所の骨髄は線維化して働かなくなり、二度と血液をつくれなくなります。目先の痛みのために骨髄を焼いてしまうと、次の治療に耐えられない体になってしまうのです。しかも骨病変は多発するので、あちこちに高い線量を当てれば、そのぶん骨髄の予備力が失われていきます。

目的線量・回数の目安考え方
骨の痛みをとる
(合併症のない病変)
8グレイ/1回
20グレイ/5回
20〜30グレイ/10〜20回
国際リンパ腫放射線腫瘍学グループ(ILROG)の推奨9)。1回で済ませることもできます。通院の負担が最小になります。
大きな塊がある/
脊髄の圧迫がある
30グレイ/10〜15回 長く抑えこみたいときは分割回数を増やします。ここが下の「例外」です。
孤立性形質細胞腫
(治すことを目指す)
40〜50グレイ/20〜25回 この場合だけは、はっきり高い線量を使います1)

どこまで下げてよいのか — 大きな実地データ

米国MDアンダーソンがんセンターは、1999年から2017年に放射線治療を受けた骨髄腫の患者772名・1,513か所を追跡しました(追跡期間中央値65.6か月)10)

772名・1,513か所を約5年半追跡した結果 同じ場所に照射をやり直した割合 2.6% 背骨の病変が2年後も抑えられていた割合 86.3% 背骨の病変が5年後も抑えられていた割合 75.0% 最初の照射のあとの生存期間中央値 25.6か月 (1年66.5%・3年42.0%・5年33.5%が生存) 使われた線量の中央値(生物学的実効線量) 28.8 Gy10 = 2グレイ×12回や2.5グレイ×10回にあたる

図6 Elhammali A, et al. Haematologica 2020;105(7):e355-e357 による10)。線量を控えめにしても、同じ場所への再照射はごくまれ(2.6%)でした。この研究では30グレイ以上を使った脊椎病変は82か所中わずか4か所でしたが、それでも良好な制御が得られています。

この研究の著者らは「合併症のない骨の痛みに対して、緩和照射でよく使われる30グレイ/10回は必要ない」とはっきり述べています。低い線量にとどめておけば骨髄が回復しやすく、しかも将来もう一度同じ場所に照射する余地も残せる——それが骨髄腫における放射線治療の設計思想です。

1回でよいのか、分けるべきか

骨の痛みに対して、8グレイ1回と3グレイ×10回を比べたランダム化試験があります(101名)8)。痛みが和らいだのは全体で80.2%(完全に消えた方69%、部分的に和らいだ方30.9%)で、両群のあいだに痛みの改善の差はありませんでした。骨の再石灰化にも差はありません。

ただしこの試験は、正直に一つの違いも報告しています。生活の質(QOL)の総合点が有意に改善したのは、分割して照射した群だけでした。1回照射は通院の負担が最小で済む優れた選択ですが、「まったく同じ」ではないということです。在宅療養中の方については、通院にかかる負担と、体調が許すかどうかを見て、その方ごとに決めています。

ただし、脊髄の圧迫だけは例外です

骨髄腫による脊髄圧迫を扱った172名の研究では、短期照射(8グレイ1回、4グレイ×5回)と長期照射(3グレイ×10回など)を比べたところ、長期照射のほうが運動機能の回復が明らかに良好でした。著者らは「骨髄腫の脊髄圧迫には長期照射が望ましく、3グレイ×10回が適切と考えられる」と結論しています11)

つまり——痛みだけなら1回でよい。しかし麻痺しかけているときは、1回で終わらせない。これは在宅で「通院を最小限にしたい」というご希望と、正面からぶつかることがあります。その場合、私たちは正直に「ここは10回通っていただく価値があります」とお伝えします。

歩けなくなっても、放射線だけで歩けるようになることが多い

骨髄腫による脊髄圧迫238名に放射線治療のみを行った研究では、治療後88%の方が歩行可能となり、治療前に歩けなかった69名のうち44名(64%)が再び歩けるようになりました。局所の制御率は1年93%、2年82%、3年82%でした12)

骨髄腫の細胞は放射線によく反応するので、他のがんの脊髄圧迫と違い、手術を追加しなくても放射線だけで十分な結果が得られることが多いのです。高齢で手術に耐えられないと言われた方でも、あきらめる必要はありません。

脊髄圧迫は「時間との勝負」— 順番を覚えておいてください 背中・腰の痛み 週〜月の単位 この時点で相談を 帯状のしびれ・感覚の鈍さ 日〜週の単位 「胴に帯を巻いた感じ」 脚に力が入らない 時間〜日の単位 すぐに連絡してください 尿が出ない・漏れる ここまで来ると 戻りにくくなります 歩けるうちに治療を始めれば、歩ける状態を保てる可能性がずっと高くなります

図7 脊髄圧迫の進み方。左から右へ、この順で進みます。矢印の右へ行くほど、元に戻る可能性が下がります。

当院からひとこと

当院の院長は放射線治療専門医です。「いま照射する意味があるのか」「何回に分けるべきか」「以前当てた場所にもう一度当てられるのか」——こうした判断を、在宅診療の現場で、そのまま行っています。骨髄腫はとくに、線量の設計次第でその後の治療の選択肢が変わる病気です。ご相談だけでも承ります。

HOME CARE | ここから在宅療養の話です

家で過ごすという選択肢を、
制度と実際の両面から

ここから先は、多発性骨髄腫の方が自宅で療養されるときに、具体的に何ができて、何が制度上使えて、ご家族に何をお願いしたいのかをお話しします。骨がもろく、感染しやすく、腎臓が傷みやすい——この病気は、家での過ごし方そのものが治療の一部になるという点で、在宅診療の意味がとりわけ大きいがんです。

SECTION 08

在宅診療の枠組み — 使える制度

訪問診療と往診は、別のものです

訪問診療往診
いつ来るかあらかじめ決めた日に、定期的に具合が悪くなったとき、そのつど
目的計画的な管理(痛み・採血・薬の調整・骨修飾薬の注射など)急な症状への対応(発熱、強い痛み、動けなくなった、など)
当院では両方を組み合わせて行います。定期の訪問診療でご様子を把握しているからこそ、夜間や休日の急な往診でも、その場で判断ができます。

「末期の悪性腫瘍」で、訪問看護の枠が大きく広がります

多発性骨髄腫で末期と判断された場合、訪問看護は厚生労働大臣が定める疾病等(別表第七)に該当します。ここに入ると、訪問看護の制限が大きく外れます。

別表第七に該当すると、訪問看護の枠はこう変わります 通常の訪問看護 ・介護保険が優先 ・週3日まで ・1日1回まで ・訪問看護ステーションは1か所 ・ケアプランの区分支給限度額の  なかでやりくりする 末期の悪性腫瘍(別表第七) ・医療保険での訪問になります ・日数の制限がなくなる(毎日可) ・1日に複数回訪問できる ・2〜3か所のステーションが同時に  関われる ・介護保険の限度額を圧迫しない

図8 末期の悪性腫瘍に該当した場合の訪問看護の枠。介護保険の限度額を使わずに看護の回数を増やせるため、その分をヘルパーや福祉用具に回せるのが実務上の大きな利点です。

よくある誤解 — 「特別訪問看護指示書が要る」

毎日訪問看護に入ってもらうには特別訪問看護指示書が必要だ、と説明されることがあります。しかし末期の悪性腫瘍では、この指示書は原則として必要ありません。別表第七に該当した時点で、最初から毎日の訪問が可能だからです。指示書の交付を待って訪問開始が遅れる、という事態は避けられます。

代わりに確認していただきたいのは次の3つです。①難病等複数回訪問加算(1日に2回・3回入る場合)、②複数のステーションの併用(当院併設のふくろう訪問看護リハビリステーションと、以前から関わっているステーションの両方に入っていただく形もとれます)、③訪問点滴注射指示書(有効期間7日以内。週3日以上の点滴が必要なときに交付するもので、訪問看護の回数の話とは別枠です)。

年齢によって、使える制度が変わります

  • 65歳以上:介護保険を使えます。ケアマネジャーと相談し、電動ベッド・手すり・車椅子・スライディングシートなどの福祉用具を早めに整えます。骨がもろい方では、この福祉用具が骨折予防そのものになります。
  • 40〜64歳:介護保険の16特定疾病に「がん(末期)」が含まれるため、介護保険が利用できます。
  • 39歳以下:介護保険が使えません。福岡市には小児・AYA世代がん患者在宅療養生活支援事業があり、訪問介護・訪問入浴・福祉用具の費用が助成されます(福岡市保健医療局 地域医療課 医療支援係 092-711-4892)。多発性骨髄腫は高齢の方に多い病気ですが、まれに40歳未満で発症される方があり、その場合はこの制度が生命線になります。

条件は「末期」ではなく、「通院が難しいこと」です

訪問診療を受ける条件は、病気が末期であることではありません。通院が困難であることです。多発性骨髄腫では、これがとくに大事な区別になります。腰椎の圧迫骨折で外来の待合に座っていられない。脚に力が入らずタクシーに乗れない。感染が怖くて人混みに出たくない。——こうした理由で通院が難しくなるのは、まだ治療が続いている途中でも起こることです。

血液内科での治療を続けながら、痛みの管理・採血・骨修飾薬の注射・感染症への対応を在宅で担う、という形は十分に成立します。「末期にならないと在宅は頼めない」と思って我慢される必要はありません。

SECTION 09

家での動かし方が、そのまま治療になります

骨がもろい体では、「介助のしかた」が骨折を起こすか防ぐかを決めます

多発性骨髄腫の在宅療養で、ご家族にいちばんお伝えしたいのがこの話です。骨に穴が開いた体では、ふつうの介助の動作が、そのまま骨折の原因になり得ます。咳やくしゃみで肋骨が折れ、ベッドから起こそうと腕を引いたら上腕骨が折れ、寝返りを打たせようと体をひねったら椎体がつぶれる。どれも現場で起きていることです。

逆にいえば、動かし方を変えるだけで、その多くは防げます。薬でも手術でもない、この4つの原則が、実際にいちばん骨折を減らします。

骨を折らない介助の4原則 1 ひねらない 背骨にとっていちばん危ないのは、体をねじる 動きです。寝返りは、肩と腰を同時に動かして 「丸太を転がすように」。 ・体の下に手を差し込んで肩と骨盤を一緒に ・膝の間にクッションを挟むと安定します 2 前かがみで持ち上げない 腰を曲げた姿勢で物を持つと、椎体に体重の 何倍もの力がかかります。床の物を拾うときは 膝を曲げて、背中はまっすぐに。 ・マジックハンドを1本置いておくと安全です ・よく使う物は腰から胸の高さに集める 3 引っぱらない 脇の下に手を入れて引き起こす、腕を引いて 体を動かす——これで上腕骨や肋骨が折れます。 ・体の下にスライディングシートを敷いて滑らせる ・電動ベッドの背上げ機能を使って起こす ・支えるなら、腕ではなく体幹を面で支える 4 急がない 同じ動作でも、速く動かすほど骨にかかる力は 大きくなります。急いだ介助が折る力になります。 ・声をかけてから、ゆっくり ・「せーの」で一気に、は避ける ・介助者が一人で無理をしない(複数名訪問を)

図9 骨を折らない介助の4原則。訪問看護師・理学療法士が最初の訪問でご家族と一緒に確認し、実際にやってみせます。

「動かさない」ことも、また骨を弱くします

ここでもう一つ、難しい話をします。骨折が怖いからといって寝たきりにしてしまうと、骨はさらにもろくなり、筋力も落ち、肺炎や褥瘡のリスクが上がります。安静にしすぎることも、この病気では害になるのです。

訪問リハビリの役割は、筋力を鍛えることよりも、むしろ「動作の設計をやり直すこと」にあります。トイレまでの動線を短くする。手すりの位置を数センチ変える。ベッドの高さを合わせる。靴下を履く動作を、前かがみにならない方法に変える。——こうした具体的な調整が、痛みを減らし、骨折を防ぎ、その方が「自分でできること」を残します。

当院にはふくろう訪問看護リハビリステーションを併設しており、理学療法士・作業療法士が同じ情報を共有したまま訪問できます。「今日、診察で新しい圧迫骨折が見つかった」ことが、その日のうちにリハビリの内容に反映されます。

コルセットについて

圧迫骨折があるときは、体幹装具(コルセット)が痛みを大きく和らげます。ただし装着したまま長期間過ごすと、体幹の筋力が落ちてかえって不安定になります。「起きているときだけ着ける」「日中の何時間だけ着ける」といった使い方を、その方の状態に合わせて決めます。ご自身で判断せず、訪問時にご相談ください。

痛みの「質」が変わったら、必ず教えてください

骨髄腫の方は慢性的な骨の痛みを抱えていることが多く、痛みがあること自体は日常になっています。だからこそ、次の変化は新しい骨折のサインとして、必ずお伝えください。

  • いつもと違う場所が痛みはじめた
  • 体を起こしたとき・寝返りのときだけ激痛が走る
  • これまで使っていた痛み止めが、急に効かなくなった
  • 痛みで、昨日までできていた動作ができなくなった
  • 脚のしびれ・力の入りにくさ・尿の出にくさが加わった(=脊髄圧迫を疑います)

在宅でもポータブルのX線撮影を手配できる場合があります。整形外科での椎体形成術(骨セメントを入れる手術)が選択肢になることもあるため、「もう末期だから」と自動的にあきらめる判断はしません。

SECTION 10

抗体をつくる細胞のがんなのに、抗体がつくれない

感染症は、この病気の最大の合併症であり、最大の死因です

冒頭でお話ししたねじれが、ここで効いてきます。骨髄腫細胞は役に立たないM蛋白を大量につくる一方、正常な免疫グロブリンは減っていきます(免疫麻痺)。加えて、治療そのもの(ステロイド、免疫調節薬、プロテアソーム阻害薬、抗CD38抗体、CAR-T、二重特異性抗体)が免疫を下げます。病気と治療の両側から、感染に弱い体になるのです。

スウェーデンの全国規模の研究1988〜2004年診断・9,253名2008〜2021年診断・8,672名
感染症全体のリスク同年代の方の 7.1倍同年代の方の 5.30倍
細菌感染7.1倍4.88倍
ウイルス感染10.0倍6.84倍
真菌感染6.77倍
診断から1年以内細菌 11.5倍/ウイルス 17.6倍全体 6.95倍

Blimark C, et al. Haematologica 2015;100(1):107-11313) および Blimark CH, et al. Haematologica 2025;110(1):163-17214)新しい治療の時代になっても、リスクは下がりきっていません。しかも2つめの研究では、診断から5年後まで感染のリスクが高いままでした。古いほうの研究では、診断1年時点で亡くなった方の22%が感染症を直接の原因としていました。

国際骨髄腫作業部会は、36名の専門家によるコンセンサスとして「感染は多発性骨髄腫における罹病と死亡の最大の原因であり、予防が最も重要である」と述べ、ワクチン接種、抗菌薬・抗ウイルス薬の予防投与、感染対策、一部の方への免疫グロブリン補充を柱に挙げています15)

在宅で、どう構えるか

  • 熱が出たら、様子を見ないでください。とくに、ガタガタと震えるほどの寒気(悪寒戦慄)を伴う発熱は、菌が血液に入っているサインのことがあります。翌朝まで待たず、その時点でご連絡ください。
  • 白血球の数が正常でも、重い感染を起こします。骨髄腫では「抗体がない」ことが問題なので、白血球が足りていても細菌に対抗できません。「血液検査は大丈夫だったから」は、この病気では安心材料になりません。
  • 熱がなくても感染していることがあります。ステロイドを使っていると熱が上がりません。「なんとなく元気がない」「急に食べなくなった」「呼吸が速い」——ご家族が感じるこの違和感が、いちばん早いサインになります。
  • 帯状疱疹の予防薬は、途中でやめないでください。プロテアソーム阻害薬を使っている期間などには、アシクロビルやバラシクロビルの予防内服が行われます。「もう何ともないから」と自己判断で中止すると、帯状疱疹が出ます。
  • ワクチンを整えておきます。肺炎球菌、インフルエンザ、新型コロナウイルス。ご家族の接種も、ご本人を守る手段の一つです。訪問診療でも接種の相談を承ります。

治療の履歴は、私たちが病院から取り寄せます

骨髄腫の在宅診療では、「これまでどんな治療を、いつまで受けたか」が、発熱したときの判断を左右します。ただし、これをご本人やご家族が正確に覚えておくのは、とても難しいことです。覚えていただく必要はありません。私たちが血液内科の主治医に診療情報提供書(紹介状)をお願いし、必要があれば直接お問い合わせして確認します。

ご家族にお願いしたいのは、お手元にある紙をそのまま見せていただくことだけです。お薬手帳、退院時の説明書やサマリー、直近の血液検査の結果、治療の予定表——中身を読み解いていただく必要はありません。「よく分からないけれど、これが病院からもらった紙です」で十分です。

とくにCAR-T細胞療法や二重特異性抗体による治療を受けられた方は、その後かなり長い期間、免疫が戻りません。「そういえば、特別な治療を受けたと思う」という記憶だけでも構いませんので、初回の訪問のときにお話しください。あとは私たちが調べます。

SECTION 11

腎臓を守る — 「水を減らさない」と「最期には減らす」

骨髄腫の腎障害は、家での小さなできごとから始まります

腎機能の低下は、診断時に20〜25%の方に、病気が進むと最大50%の方に生じます7)。原因としていちばん多いのが軽鎖円柱腎症(けいさえんちゅうじんしょう)です。骨髄腫細胞がつくる遊離軽鎖という小さな蛋白が腎臓の尿細管に流れ込み、そこで固まって管を詰まらせてしまいます。

ここで在宅療養の話につながります。この「詰まり」は、尿が濃くなるほど起こりやすくなるのです。つまり——

家で起きること腎臓に何が起きるか
夏の暑さ、汗、水分不足尿が濃くなり、軽鎖が固まりやすくなります。福岡の夏は、それだけで腎機能を一段下げる要因です。
発熱、下痢、嘔吐脱水が一気に進みます。感染と腎障害は、しばしばセットでやってきます。
「腰が痛いから」と
市販の痛み止めを飲み続ける
これが最も危険です。市販薬の多くは非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)で、腎臓への血流を減らします。骨の痛みによく効くので、つい続けてしまうのです。
高カルシウム血症それ自体が尿量を増やして脱水を招き、さらに腎臓を傷めます。悪循環になります。
造影剤を使うCT検査必要な検査ではありますが、腎機能が落ちている時期には慎重な判断が要ります。

国際骨髄腫作業部会の推奨では、骨髄腫による腎障害に対して1日3リットル以上の十分な水分補給が挙げられています(推奨グレードB)。一方で、かつて行われていた尿のアルカリ化については「腎障害の改善に有意には寄与しない」とされました(同グレードB)7)

それでも、最期には水を減らします — この矛盾について

「水をたくさん」という話と、私たちが看取りの場面でお伝えする「点滴は1日500ミリリットル前後かそれ以下に絞りましょう」という話は、正面から矛盾して聞こえるはずです。正直にご説明します。

十分な水分が腎臓を守るのは、その腎臓にまだ働く力が残っていて、これから治療を続けていく時期の話です。体が最期に向かっていく時期には、入れた水分を処理する力が落ち、余った水は手足のむくみ・お腹の張り・痰の増加・息苦しさになって、その方を苦しめます。この時期には、絞ったほうが楽になります。

どこで切り替えるのか。判断の材料は腎臓の数値そのものではなく、全身の状態です。日中どれくらい起きていられるか、口から飲めているか、むくみや痰が増えていないか、尿が出ているか。この見きわめのために私たちは訪問しています。ご家族が「もう水を入れないほうがいいのか、入れたほうがいいのか」を一人で判断される必要はありません。

腎機能が落ちた体の、痛み止めの選び方

腎臓が弱ると、痛み止めの選択肢そのものが変わります。日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)」では、高度の腎機能障害がある場合、はじめて使う医療用麻薬としてフェンタニル注射剤またはブプレノルフィン注射剤を用いること、そしてモルヒネとコデインは避けることが強く推奨されています16)

モルヒネは体内で代謝された物質が腎臓から排出されますが、腎機能が落ちているとそれが体に溜まり、強い眠気・吐き気・ぴくつき(ミオクローヌス)・混乱を引き起こします。「痛み止めで意識が朦朧としてきた」ように見える状態が、実は薬の溜まりすぎであることは少なくありません。

薬を替えることは、後退ではありません

「せっかく効いていたのに変えるのですか」とご心配になる方がおられます。腎機能に合わせて薬を替えるのは、後退ではなく調整です。同じ強さの鎮痛を、その体に安全なかたちで届け直しているだけです。骨の痛みには非ステロイド性抗炎症薬がよく効きますが、腎臓のことを考えると使いにくい——そのぶんをアセトアミノフェン、医療用麻薬、ステロイド、そして放射線治療で埋めていきます。

SECTION 12

家でできること、家では難しいこと

訪問診療・訪問看護で対応できること

できること補足
痛みの評価と鎮痛薬の調整飲み薬・貼り薬・座薬。飲み込めなくなったら持続皮下注射(PCA:ご本人やご家族がボタンを押して追加できる仕組み)に切り替えます。
骨修飾薬(デノスマブ)の皮下注射4週ごとの皮下注射は在宅で完結します。カルシウム・ビタミンDの内服管理もあわせて。
採血(血算・クレアチニン・カルシウム・免疫グロブリン・M蛋白)結果は当日〜翌日に判明します。「急にぼんやりしてきた」ときは、まずこれを見ます。
点滴(補液・抗菌薬・ステロイド)脱水、高カルシウム血症、感染症に対応できます。訪問点滴注射指示書の交付が必要です。
輸血(赤血球・血小板)体制と要件を満たせば在宅で実施可能です。血液型2回検査・交差適合試験・開始後の観察と付き添いなど、安全のための手順が定められています。
中心静脈ポートの管理治療中に留置されたポートは、在宅で洗浄・穿刺・管理ができます。
在宅酸素療法貧血・肺炎・心不全による息苦しさに。
褥瘡・スキンケア臥床が長くなると必発です。予防が主戦場になります。
口腔ケア顎骨壊死の予防と、肺炎の予防の両方を兼ねます。訪問歯科と連携します。
排便のコントロール高カルシウム血症・医療用麻薬・臥床の3つが重なり、便秘は必発です。放置すると痛みも食欲も悪化します。
内服レジメンの管理レナリドミドなど、飲む日と休む日が決まっている薬は、カレンダー化して訪問看護が確認します。
ご家族への手技の指導寝返り、移乗、コルセットの着け方、レスキュー薬の使い方。実際に一緒にやってみます。

家では難しいこと

難しいことどうするか
自家移植・CAR-T細胞療法専門施設での入院治療になります。
放射線治療通院が必要です。ただし1回〜5回で終わる設計にできることが多く、在宅療養中でも「照射だけ通う」形は十分に現実的です。
二重特異性抗体の導入期サイトカイン放出症候群への対応のため、開始時は入院が必要です。安定後の維持投与は外来になります。
透析通院か入院になります。導入するかどうかは、ご本人の希望と全身状態から一緒に決めます。
手術(椎体形成術・脊椎の除圧固定)整形外科・脳神経外科へ紹介します。「末期だから手術はしない」と自動的に決めることはしません。
血漿交換(過粘稠度症候群)入院が必要です。

痛みは、2つの系統に分けて考えます

痛みの種類特徴手当て
骨の痛み
(体性痛)
場所がはっきりしている。動くと強くなり、じっとしていると和らぐのが典型です。 アセトアミノフェン、医療用麻薬。動く前にレスキュー薬を先回りで使う「予防投与」が有効です。ステロイド、骨修飾薬、そして放射線治療。
神経の痛み
(神経障害性疼痛)
じんじん、ビリビリ、灼けるような痛み。手袋・靴下の形にしびれることも。薬の副作用として出ているものもあります。 鎮痛補助薬(プレガバリン、デュロキセチンなど)。ただし腎機能に応じた減量が必要です。神経根の圧迫が原因なら放射線治療が有効です。

高カルシウム血症は「戻せる意識障害」の代表です

骨が壊れると、そこに含まれるカルシウムが血液に溶け出します。血中カルシウムが上がると、強い口の渇き、多尿、便秘、吐き気、そして眠気やつじつまの合わない言動が出ます。ご家族には「急に認知症が進んだ」「別人のようになった」と見えることがあります。

これは生理食塩水の点滴と骨修飾薬で、かなりの場合もとに戻ります。だから私たちは、急な意識の変化を見たら必ず一度は採血をします。「もう終わりが近いのだ」と受け止めておられたご家族に、数日後にまた会話ができるようになった——という場面は、決して珍しくありません。

ただし、体が最期に向かっている時期には、点滴を入れすぎることが逆に苦しさを生みます。「戻せる状態かどうか」を毎回見きわめるのが、この病気の在宅診療の核心の一つです。

終末期の点滴と、食べることについて

看取りが近づいた時期の点滴は、1日500ミリリットル前後かそれ以下に抑えるほうが、むくみ・痰・呼吸の苦しさが軽くなります。「点滴を減らすと餓死させることになるのでは」というご不安を、多くのご家族が抱えられます。そうではありません。体が水分と栄養を処理できなくなっているところに入れ続けることが、その方を苦しめるのです。

そして食事は、この時期には量ではなく味です。ひと口のアイスクリーム、好きだった果物の汁を数滴、口を湿らせるだけのお茶。「食べさせなければ」というご家族の思いと、「食べられない」というご本人の体のあいだで、どちらも責めずに落としどころを探すのが、私たちの仕事です。口をきれいに保つこと、そばにいること、手を握ること——それらは食べさせることに劣らない、確かなケアです。

SECTION 13

制度と備え — 決めておいていただきたいこと

最期に自宅で息を引き取っても、警察は関係ありません

「家で亡くなると警察が来るのではないか」というご心配を、いまも多くの方が抱えておられます。そうはなりません。医師法第20条ただし書きにより、診療していた医師が、その病気による死であると判断できる場合には、死亡に立ち会っていなくても死亡診断書を書くことができます。厚生労働省もこの取扱いを明確に通知しています(平成24年8月31日 医政医発0831第1号)。

ご家族にお願いするのは、あわてて救急車を呼ばず、まず当院にお電話いただくことだけです。呼吸が止まったあと、すぐに何かをしなければならないということはありません。

レスパイト入院

介護しているご家族が疲れたとき、体調を崩されたとき、どうしても外せない用事があるとき——数日から2週間程度、一時的に入院していただく仕組みがあります。「もう限界です」と言えないまま倒れてしまうご家族を、私たちは何度も見てきました。疲れたら疲れたとおっしゃってください。それは在宅療養をあきらめることではなく、続けるための手段です。

話し合っておきたい5つのこと(ACP)

テーマ具体的に決めておくこと
① どこで過ごしたいか最期まで自宅か、途中から病院や施設か。気持ちは変わってよいものです。何度でも話し合います。
② 骨折・麻痺が起きたとき手術に向かうのか、放射線治療に通うのか、家で痛みをとることに専念するのか。骨折してからでは、痛みで話し合えません。元気なうちに一度だけでも。
③ 熱が出たとき在宅で抗菌薬の点滴をして粘るのか、入院するのか。ご本人が「もう入院はしたくない」とお考えなら、それを記録に残しておきます。
④ 点滴と栄養飲めなくなったとき、点滴をどこまで続けるか。中心静脈栄養は行うか。
⑤ 伝えておきたいことお金や家のこと、会っておきたい人、言っておきたいこと。医療の話ではありませんが、いちばん大事なことがここに入っていることが多いのです。

在宅を支えるチーム

ご自宅を囲むチーム ご本人と ご家族 ふくろう訪問クリニック 医師・24時間の連絡先 訪問看護ステーション 日々の観察・点滴・処置 訪問リハビリ 動作の設計・骨折予防 訪問薬剤師 薬の配達・飲み方の整理 血液内科の主治医 治療方針の相談・入院の窓口 訪問歯科 顎骨壊死と肺炎の予防 ケアマネジャー 福祉用具・サービス調整 ヘルパー・訪問入浴 生活と清潔を支える

図10 在宅療養を支えるチーム。当院は訪問看護リハビリステーションを併設しており、診察で見つかったことがその日のうちに看護とリハビリの内容に反映されます。

SECTION 14

ご家族に見ていていただきたいこと

毎日そばにいるご家族の観察は、どんな検査よりも早く変化を捉えます。次の8つを、気づいたときにメモしておいていただければ十分です。

見るところ気づきたい変化なぜ大事か
① 痛みの場所と質いつもと違う場所、体位で激変する痛み、効かなくなった鎮痛薬新しい病的骨折のサイン
② 動ける範囲昨日できたことが今日できない骨折・麻痺・貧血・感染のいずれかが進んでいます
③ 脚の力・しびれ・尿力が入らない、帯状のしびれ、尿が出ない/漏れる脊髄圧迫。時間との勝負です
④ 熱と寒気38℃以上、とくにガタガタ震える寒気感染はこの病気の最大の死因です
⑤ 飲めた量と尿の量飲む量が減った、尿の回数が減った、色が濃い脱水は腎機能を一段落とします
⑥ 眠気・つじつまやたら眠る、話が通じない、別人のよう高カルシウム血症・薬の溜まりすぎ。戻せることが多い
⑦ 息切れ・動悸トイレまでで息が上がる、顔色が白い貧血の進行。輸血で楽になります
⑧ 口の中と歯ぐき痛み、腫れ、出血、あごの骨が見える顎骨壊死と感染の入口

連絡の目安

すぐに
(夜間も)
脚に力が入らない/急に立てなくなった・尿が出ない、または漏れる(脊髄圧迫)/ガタガタ震える寒気を伴う発熱/意識がはっきりしない、呼びかけへの反応が鈍い/突然の激痛で動けない/止まらない出血
その日のうちに
38℃以上の発熱/痛みの場所や質が変わった/1日ほとんど尿が出ていない/急にぼんやりしてきた/半日以上ほとんど飲めていない/新しいしびれが出た
次の診療日に
だるさが増えてきた/食欲が落ちてきた/しびれが強くなってきた/便が数日出ていない/口の中が痛い/気持ちの落ち込みが続く/介護している側が疲れている

ふくろう訪問クリニックにできること

福岡市早良区を拠点に、緩和ケア・難病・精神科・認知症の在宅診療を行っています。多発性骨髄腫の方については、次のような形でお手伝いしています。

  • 放射線治療専門医による判断。院長は放射線治療専門医です。骨の痛み、脊髄の圧迫、出血に対して「いま照射する意味があるか」「何回に分けるべきか」「以前当てた場所にもう一度当てられるか」を、在宅の現場で判断し、必要なら施設へおつなぎします。骨髄腫は線量の設計がその後の治療の余地を左右する病気です。
  • 血液内科での治療を続けながらの併診。治療をやめる必要はありません。通院の負担が重くなってきた部分——採血、痛みの調整、骨修飾薬の注射、発熱時の対応——を在宅で引き受けます。
  • 骨折させない在宅環境づくり。併設のふくろう訪問看護リハビリステーションの理学療法士・作業療法士が、寝返り・移乗・トイレ動作を実際に一緒にやりながら組み立て直します。ケアマネジャーと連携して福祉用具を早めに整えます。
  • 感染への構え。発熱時に在宅で抗菌薬の点滴を行える体制を整えます。24時間つながる連絡先をお渡しします。
  • 戻せる状態を見逃さない。高カルシウム血症・脱水・感染は、末期であっても手当てで戻ることがあります。急な変化にはまず採血で確かめます。
  • 最期まで、ご自宅で。看取りまでお引き受けします。ご家族が疲れたときのレスパイト入院の調整も行います。

診断されたばかりの方、治療中の方、通院がつらくなってきた方、ご家族だけのご相談——どの段階でも構いません。「まだ早いだろうか」と迷われる時期こそ、いちばん相談していただきたい時期です。お気軽にお問い合わせください。

参考文献

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  2. 日本骨髄腫学会 編.多発性骨髄腫の診療指針 第6版.文光堂,2024年9月4日発行.ISBN 978-4-8306-2071-3.(治療アルゴリズムは2026年6月アップデート版を参照)https://jsmm.jp/guidelines_research/guidelines_research02/
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  17. 国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」多発性骨髄腫(更新・確認日 2026年7月22日).https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/26_mm.html
  18. 厚生労働省医政局医事課長通知.医師法第20条ただし書の適切な運用について.平成24年8月31日 医政医発0831第1号.
  19. 福岡市 小児・AYA世代がん患者在宅療養生活支援事業(福岡市保健医療局 地域医療課 医療支援係 電話 092-711-4892).

本コラムは、多発性骨髄腫および悪性形質細胞腫瘍の患者さんとご家族に向けた一般的な情報提供を目的として作成しました。学会診療ガイドライン、査読を経た医学論文、公的機関の公表資料のみを典拠としています。個々の治療方針は、病状・臓器機能・これまでの治療歴・ご本人のお考えによって大きく異なります。実際の判断は必ず主治医とご相談ください。掲載した統計・薬剤の承認状況は執筆時点のものであり、その後変更されている可能性があります。