米FDAが膵臓がんの新薬「ダラクソンラシブ」を承認――「生存期間2倍」の中身をデータから読み解く
2026年8月26日、米国食品医薬品局(FDA)が膵管腺がんに対する初めてのRAS阻害薬を承認しました。何がわかっていて、何がまだわかっていないのか。日本の患者さん・ご家族にとって何が変わるのか。公的機関の発表と査読付き論文だけを根拠に整理します。
要点を先にお伝えします。
1. 2026年8月26日、FDAがダラクソンラシブ(商品名ラソンク/Rasonque)を、1回以上の治療歴がある転移性膵管腺がんの成人に対して承認しました。1日1回飲む錠剤です。
2. 根拠となった第3相試験では、全生存期間の中央値が13.2か月(化学療法は6.7か月)。死亡リスクは60%低下しました。
3. ただし「余命が2倍になる薬」ではありません。中央値の比較であること、追跡期間がまだ短いことなど、読み方に注意が要ります。
4. 日本では、本稿執筆時点で承認されていません。国際共同治験には日本も参加しており、審査には日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)がオブザーバーとして加わっています。
SECTION 01 まず、何が決まったのか
FDAは2026年8月26日、レボリューション・メディシンズ社のダラクソンラシブ(RASONQUE/ラソンク)を承認しました。対象は、転移性膵管腺がんの成人で、1レジメン以上の全身療法を受けた方、または多剤併用の化学療法に適さない方です1)。膵臓がんに対して「RAS」を直接狙う薬が承認されたのは、これが世界で初めてです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 一般名/商品名 | ダラクソンラシブ(daraxonrasib、開発コードRMC-6236)/ラソンク(RASONQUE) |
| 種類 | RAS(ON) マルチセレクティブ阻害薬(経口) |
| 用法・用量 | 1日1回300mgを経口。病勢進行または忍容できない毒性が出るまで継続 |
| 適応 | 1レジメン以上の全身療法歴がある、または多剤併用療法の適応とならない転移性膵管腺がんの成人 |
| RAS検査 | コンパニオン診断(事前の遺伝子検査)は必須とされていない |
| 承認日 | 2026年8月26日(米国)。目標期日より約6.5か月早い承認 |
| 審査の枠組み | 画期的治療薬指定、希少疾病用医薬品指定、優先審査、リアルタイム腫瘍学審査(RTOR)、FDA長官の国家優先バウチャー(CNPV)試行プログラム |
| 国際連携 | Project Orbis(カナダ保健省と共同審査。EMAと日本のPMDAはオブザーバー参加) |
出典:FDA「FDA approves daraxonrasib for metastatic pancreatic adenocarcinoma」2026年8月26日1)、およびFDAプレスリリース同日2)。
注目すべきは審査の速さです。申請が受理されたのが2026年7月22日、承認が8月26日。通常10〜12か月かかる審査が、1か月あまりで終わっています。これは昨年始まった「国家優先バウチャー」という新しい仕組みが使われたためです。この速さの意味については、SECTION 06で改めて考えます。
SECTION 02 なぜ膵臓がんは「最も治りにくいがん」と呼ばれるのか
日本の数字から確認します。国立がん研究センターの最新のがん統計によると、膵臓がんは次のような状況です5)。
| 指標 | 数値 | 集計年 |
|---|---|---|
| 新たに診断された人 | 47,540例 | 2023年(全国がん登録) |
| 亡くなった人 | 41,235人 | 2024年(人口動態統計) |
| 5年相対生存率 | 13.2% | 2018年診断例 |
罹患・死亡・生存率は集計年も出典も異なるため、単純に引き算はできません。ただし「診断される人の数と亡くなる人の数がほぼ並ぶ」という関係は、他のがん種ではあまり見られないものです。なお5年相対生存率13.2%は、2018年に診断された方全体(早期も進行期も含む)の数字であり、転移がある段階での見通しはこれよりさらに厳しくなります。
膵臓は体の奥にあり、症状が出にくい臓器です。黄疸や背部痛、体重減少で気づいたときには、すでに転移している場合が少なくありません。そして転移した膵臓がんでは、1次治療(最初の抗がん剤)が効かなくなったあとの選択肢が非常に限られてきました。
今回の論文の著者らも、2次治療の現状をこう記しています。奏効率は低く、無増悪生存期間の中央値は3〜4か月、全生存期間の中央値は6〜7か月、しかも副作用の負担は大きい3)。ここが、今回の承認が「画期的」と評される背景です。
SECTION 03 40年間「狙えない標的」だったRAS
RAS(ラス)は、細胞が「増えろ」という指令を伝えるスイッチのようなタンパク質です。指令が来たときだけONになり、すぐOFFに戻る――それが正常な働きです。ところがRAS遺伝子に変異が起きると、このスイッチがONのまま固定されてしまい、細胞が増え続けます。
膵管腺がんでは、この変異が90%以上の腫瘍に存在します。そのうち80%以上は、KRASというRAS遺伝子の「12番目のアミノ酸(コドン12=G12)」の置き換わりです3)。つまり膵臓がんは、原因の遺伝子異常が非常にはっきりしているがんです。
それなら薬で止めればよい――と誰もが考えました。しかし1980年代にRASががんの原因と特定されてから40年、RASは「undruggable(薬で狙えない)標的」と呼ばれ続けます。理由は形にあります。RASの表面はつるりとしていて、薬が引っかかる深いくぼみがない。研究者はしばしば「つるつるのボールで、何も貼りつかない」と表現します。
2021年以降、KRAS G12Cという特定の変異だけを狙う薬(ソトラシブなど)が肺がんで承認されました。しかしこれらはRASがOFFの状態を捕まえる仕組みで、しかもG12Cという変異は膵臓がんではまれです。膵臓がんの大多数を占めるG12DやG12Vには届きませんでした。
ダラクソンラシブは、そこを別の角度から攻めます。細胞の中にあるシクロフィリンAというタンパク質と先に手を結び、その複合体でRASのONの状態をはさみこんで働けなくする――「三者複合体(tri-complex)」という仕組みです。この方法なら、変異の型(G12D、G12V、G13、Q61など)を問わず、さらに変異のない野生型RASにも作用します3)4)。
図1:RAS変異の内訳は、RASolute 302試験の登録集団(G12が91.8%)および文献値3)にもとづく概算です。厳密な疫学値ではなく、位置関係を示すための図としてご覧ください。
SECTION 04 試験データを見る――RASolute 302
承認の根拠になったのは、RASolute 302試験です。2026年5月31日の米国臨床腫瘍学会(ASCO)の全体会議で発表され、同日に『New England Journal of Medicine』に掲載されました3)。
試験のデザイン
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| デザイン | 第3相、国際共同、非盲検(オープンラベル)、ランダム化比較試験 |
| 対象 | 1レジメンの全身療法後に増悪した転移性膵管腺がん、全身状態はECOG 0〜1、脳転移なし |
| 登録 | 6か国59施設で500人(2024年10月16日〜2025年11月7日)。日本も参加施設を含む |
| 割り付け | 1:1。ダラクソンラシブ248人 / 医師が選ぶ標準化学療法252人(クロスオーバーなし) |
| 対照の内訳 | ゲムシタビン+nab-パクリタキセル56.5%、リポソーマルイリノテカン+5-FU/LV 32.7%、mFOLFIRINOX 5.6%、FOLFOX 5.1% |
| 主要評価項目 | RAS G12変異集団における全生存期間(OS)と無増悪生存期間(PFS、中央判定)の2つ |
| 集団の内訳 | 登録者の91.8%(459人)がRAS G12変異あり。年齢中央値65〜66歳、肝転移は約70% |
| データ固定 | 2026年2月10日。追跡期間の中央値8.5か月(1回目の中間解析) |
結果:期間(全体集団)
図2:いずれもp<0.001。RAS G12変異集団に限った解析でも、OSは13.2か月対6.6か月(ハザード比0.40)、PFSは7.3か月対3.5か月(ハザード比0.45)と、ほぼ同じ結果でした3)。
結果:割合(全体集団)
図3:12か月生存率は、RAS G12変異集団で53.3%対18.7%、全体集団で53.2%対17.3%と報告されています3)。図では両集団をまとめて「約53%」「約17〜19%」と表示しています。
結果:症状とQOL
この試験では、患者さん自身が回答する指標(EORTC QLQ-PAN26およびQLQ-C30)も、あらかじめ定めた副次評価項目として測られています。
- 痛みが悪化するまでの期間:9.2か月 対 3.8か月(ハザード比0.51、95%信頼区間0.37–0.71、p<0.001/全体集団)
- 全般的な健康感・生活の質が悪化するまでの期間:5.7か月 対 2.6か月(ハザード比0.60、95%信頼区間0.46–0.79、p<0.001/全体集団)
膵臓がんの痛みは、患者さんの生活を最も強く左右する症状のひとつです。「長く生きられる」だけでなく「痛みが強くなるまでの時間も延びた」という点は、在宅で緩和ケアに関わる立場から見ると、生存期間の数字と同じくらい重い意味を持ちます。
結果:副作用――「減る」のではなく「種類が変わる」
ここは誤解が生まれやすいところです。何らかの副作用はダラクソンラシブ群の100%に起きています。重い副作用(グレード3以上)も61.8%に生じました。ただし中身が化学療法とはっきり違います。
| 治療に関連した副作用(全グレード) | ダラクソンラシブ(241人) | 化学療法(214人) |
|---|---|---|
| 皮疹(ざ瘡様皮疹など) | 85.5% | 5.6% |
| 下痢 | 58.1% | 37.9% |
| 口内炎・口腔粘膜炎 | 53.1% | 17.3% |
| 吐き気 | 46.5% | 39.3% |
| 倦怠感 | 23.2% | 44.4% |
| 貧血 | 18.3% | 39.7% |
| 好中球減少 | 7.5% | 38.3% |
| 血小板減少 | 10.0% | 33.2% |
| 末梢神経障害(しびれ) | 1.7% | 25.2% |
| 脱毛 | 3.3% | 15.0% |
| 重症度・継続性の指標 | ダラクソンラシブ | 化学療法 |
|---|---|---|
| 治療関連のグレード3以上 | 43.6% | 57.5% |
| 治療関連の重篤な有害事象 | 10.8% | 18.7% |
| 副作用による減量 | 36.1% | 57.5% |
| 副作用による治療中止 | 1.2% | 11.2% |
| 治療を続けられた期間(中央値) | 6.2か月 | 1.5〜3.2か月 |
つまり、骨髄抑制(血球減少)と神経障害が減り、皮膚・口・お腹の症状が増えるという入れ替わりです。そして副作用で治療をやめざるを得なかった人は1.2%対11.2%と、10分の1近くまで減っています。長く続けられたことが、生存期間の差を生んだ一因と考えられます。
添付文書に記載された警告・使用上の注意
FDAは、①皮膚・軟部組織の毒性、②口内炎および口腔障害、③下痢、④消化管穿孔、⑤間質性肺疾患/肺臓炎、⑥胚・胎児毒性――を警告事項として挙げています1)。試験では、肺臓炎による治療関連死が1例(0.4%)報告されました。「化学療法より軽い」薬ではなく、「注意すべき場所が違う」薬です。
SECTION 05 この数字をどう評価するか――7つの検討点
ここが本稿の中心です。エビデンスの階層でいえば、この試験はランダム化比較試験(RCT)であり、査読を経て『New England Journal of Medicine』に掲載されています。単一の研究としては最上位に近い証拠です。そのうえで、公平に読むために確認すべき点を挙げます。
「2倍」は中央値どうしの比です
中央値とは「ちょうど半分の方が亡くなった時点」を指します。13.2か月÷6.7か月=約2倍という計算は正しいのですが、これは「一人ひとりの余命が2倍になる」という意味ではありません。実際には、大きく恩恵を受ける方と、そうでない方がいます。12か月生存率が約53%対約18%という数字のほうが、実感に近いかもしれません。
まだ「途中経過」の数字です
データ固定は2026年2月10日、追跡期間の中央値は8.5か月にすぎません。ダラクソンラシブ群のOS中央値13.2か月の95%信頼区間は「10.0か月〜到達せず」。これは事前に計画された1回目の中間解析の結果であり、最終解析で数字が上下する余地があります。上振れする可能性も、下振れする可能性も、どちらもあります。
非盲検(オープンラベル)試験です
患者さんも医師も、どちらの治療かを知っています。全生存期間は「亡くなったかどうか」という客観的な指標なので、盲検でなくても歪みは小さいと考えられます。一方、患者さん自身が回答するQOLや、医師が判断する副作用の記録には、期待や先入観が入りうる点は割り引いて読む必要があります。論文自身も限界として挙げています。
対照群の15.1%が一度も治療を受けていません
化学療法に割り付けられた252人のうち38人(15.1%)が、実際には投与を受けませんでした。多くはご本人の申し出によるものです。解析は「割り付けどおり」に行う方式(ITT)なので、この方々も化学療法群として数えられています。対照群に不利に働いた可能性は否定できません。ただし論文は、化学療法群の成績が過去の試験の実績(6〜7か月)とほぼ一致していたと述べており、これは結果の信頼性を支える材料です。
効果の大きさが、既治療の固形がんとしては異例です
ハザード比0.40(死亡リスク60%低下)という数字は、2次治療の試験ではめったに出ません。参考までに、転移性膵臓がんの1次治療を扱った代表的な試験の全生存期間中央値は、FOLFIRINOX 11.1か月6)、ゲムシタビン+nab-パクリタキセル 8.5か月7)、NALIRIFOX 11.1か月8)です。2次治療で13.2か月は、これらを上回ります。ただし試験をまたいだ比較には注意が必要です。実施年代も対象集団も違いますし、2次治療にたどり着ける方はそもそも全身状態が保たれている(=予後が良い方に偏る)という選択の偏りがあります。論文の考察も同じ注意を促しています。
RAS変異が見つからない人での結論は、まだ出ていません
承認上は遺伝子検査が必須ではありませんが、G12以外(G13・Q61・変異なし)はわずか41人です。この集団では全生存期間のハザード比は0.37と良好だった一方、無増悪生存期間のハザード比は1.38と方向が逆で、信頼区間もきわめて広い(0.60–3.17)。論文はこの部分を「記述的に解釈すべき」と明記しています。「変異がなくても同じように効く」と読むのは、現時点では行き過ぎです。
耐性はいずれ生じます
分子標的薬に共通することですが、効果は無期限ではありません。すでに2026年、ダラクソンラシブに対する獲得耐性の仕組みと、それを踏まえた併用療法の戦略を検討した研究が『Nature Medicine』に報告されています10)。次の一手の研究が同時進行している、という段階です。
利益相反について
この試験はレボリューション・メディシンズ社の資金で実施され、統計解析も同社が事前に定めた解析計画に従って実施・検証しています。医学論文執筆の支援費用も同社が負担しています。これは新薬の第3相試験では一般的な体制であり、それ自体が結果を否定する理由にはなりませんが、独立した第三者による追試や、市販後の実臨床データによる検証が今後必要である点は押さえておくべきです。
SECTION 06 この承認がもつ社会的インパクト
「薬で狙えない標的」という前提が崩れた
RASはヒトのがん全体のおよそ2〜3割に関わるとされる、最も頻度の高いがん遺伝子です。膵臓がんだけでなく、肺がん・大腸がんにも広く関わります。今回の承認は膵臓がん1剤の話にとどまらず、「RASは狙える」という証明が実地で示された、という意味を持ちます。同じ薬の肺がんでの第3相試験(RASolve 301)や、膵臓がんの1次治療・術後補助療法での第3相試験(RASolute 303、304)が現在進行中で、いずれも日本が参加しています。
審査の速さは、恩恵とリスクの両方をもたらす
申請から承認まで1か月あまり。命に関わる病気で選択肢が乏しい以上、この速さには大きな価値があります。実際、承認前の「拡大アクセスプログラム」ですでに2,000人以上が投与を受けていました。一方で、速い審査は長期の安全性データが薄いまま市場に出ることを意味します。追跡期間の中央値が8.5か月であることを思い出してください。市販後にどのような有害事象が集積するかは、これから明らかになります。
価格――30日分で約39,800米ドル
製造販売元は、米国での希望卸売価格を30日分あたり39,800ドルと設定したと報じられています。1ドル150円で単純換算すると月およそ600万円、年間では7,000万円を超える計算です(実際の支払額は保険や支援制度で変わります)。仮に日本で承認・保険収載されれば、患者さんご本人の窓口負担は高額療養費制度の上限までに抑えられます。ただしそれは「安くなる」のではなく、費用の大部分を保険料と税でまかなうということです。効く薬が増えることと、制度が支えられることを、どう両立させるか。この議論は今後さらに現実味を帯びます。
日本での見通し
本稿執筆時点で、日本ではまだ承認されていません。ただし今回の第3相試験には日本の施設も参加しており、審査にあたってはPMDAがProject Orbisのオブザーバーとして加わっています。日本人のデータが最初から含まれ、規制当局が審査の過程を見ているという点は、いわゆる「ドラッグ・ラグ」を短縮する方向に働く条件です。とはいえ、申請・審査・薬価収載という手続きには相応の時間がかかります。現時点で日本の患者さんが保険診療で使える薬ではない、というのが正確な理解です。
期待の管理も、医療者の仕事です
「膵臓がんの特効薬ができた」という見出しが独り歩きしやすいニュースです。しかしこの薬は、2次治療の生存期間中央値を6.7か月から13.2か月に延ばしたものであり、治癒をもたらすものではありません。希望を持つことと、事実を正確に知ることは両立します。この記事を書いている理由もそこにあります。
在宅医療の現場から見ると、何が変わるのか
ここからは、ふくろう訪問クリニックが日々おうかがいしているご自宅での療養という視点で、この新しい薬をどう受けとめるかを書きます。
「点滴に通う治療」から「家で飲み続ける治療」へ
膵臓がんの2次治療は、これまで点滴が中心でした。通院、血管確保、投与に数時間、その後の骨髄抑制のための採血。体力が落ちてきた方にとって、通院そのものが治療の最大の負担になることは珍しくありません。
ダラクソンラシブは1日1回の錠剤です。治療を続けられた期間の中央値も6.2か月と、化学療法(1.5〜3.2か月)より長い。治療の場が病院から自宅に移りうるということです。もし日本で使えるようになれば、在宅療養をしながらがん治療を続ける方が、今より増える可能性があります。
副作用が出る場所が、訪問看護の得意な領域に移る
これは実務的に大きな変化です。皮疹85.5%、口内炎53.1%、下痢58.1%――いずれも目に見え、手で触れられ、日々のケアで軽くできる症状です。血球減少や神経障害のように「採血しないとわからない」「一度出ると戻りにくい」ものとは性質が違います。
図4:症状の頻度はRASolute 302試験3)、警告事項はFDAの承認情報1)にもとづきます。実際の対応は主治医の指示が優先されます。
末期がんでは、訪問看護の枠が広がります
これは新薬の有無にかかわらず、現行制度の話です。「末期の悪性腫瘍」は厚生労働省告示の別表第七に該当し、要介護認定を受けていても訪問看護は介護保険ではなく医療保険で提供されます。週3日という回数の上限が外れ、週4日以上・1日に複数回・2か所の訪問看護ステーションの併用が可能になります。また、40〜64歳の方も「がん(末期)」が介護保険の16特定疾病に含まれるため、介護保険のサービス(訪問介護、福祉用具、住宅改修など)を使えます。
治療が続いている段階から在宅の体制を組んでおくと、状態が変わったときに慌てずにすみます。「もう治療がない段階になってから在宅へ」ではなく、治療をしながら在宅の支えを並走させるのが望ましい形です。
それでも、話し合いの中身は変わりません
効く薬が増えても、いつか効かなくなる時期は来ます。むしろ選択肢が増えたぶん、「どこまで治療を続けるか」「何を大事にしたいか」を話し合っておく必要は大きくなります。アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)は、治療をあきらめる話ではなく、治療の選択肢を自分の価値観で選ぶための準備です。
放射線治療専門医として大学病院やがん専門病院で膵臓がんの患者さんを診てきた経験からいうと、この10年、膵臓がんの治療は「使える薬が少しずつ増えた」という積み重ねでした。今回のように、ハザード比が0.40という桁で動くのは、率直にいって記憶にありません。
同時に、在宅医療の側から見て意味が大きいのは、生存期間の数字よりもむしろ「副作用による中止が1.2%」「治療を続けられた期間の中央値が6.2か月」という2つの数字です。治療を続けられるということは、通院で消耗せず、家で過ごす時間を保ちながら治療できるということだからです。痛みが悪化するまでの期間が9.2か月対3.8か月だったことも、これと同じ方向を向いています。
一方で、私たちは「新薬」という言葉に希望を託しすぎることの危うさも知っています。日本ではまだ使えません。使えるようになっても、全員に効くわけではありません。それでも、ご本人とご家族が正確な情報にもとづいて次を選べるようにお手伝いすることは、今日からできます。
SECTION 07 患者さん・ご家族が、いまできること
主治医に聞いてみるとよいこと
自分(家族)のがんのRAS変異は調べてあるか
膵臓がんの90%以上はRAS変異を持ちますが、実際に検査で確認しているかどうかは施設や経過によって異なります。がん遺伝子パネル検査を受けたことがあるか、その結果に何が書かれていたかを確認しておくと、将来の選択肢を検討するときに役立ちます。
参加できる治験があるか
ダラクソンラシブおよび同系統の薬の第3相試験は、日本国内でも複数実施されています。実施中の治験は、国が運営する臨床研究等提出・公開システム(jRCT)で検索できます。ただし対象となる条件(治療歴、全身状態、臓器機能など)は厳密です。まずは主治医に「自分が対象になりうる試験はあるか」と尋ねるのが確実です。
がん相談支援センターを使えているか
全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている無料の相談窓口です。その病院にかかっていない方でも利用できます。治験の探し方、セカンドオピニオン、医療費、在宅療養の準備まで、まとめて相談できます。国立がん研究センターの「がん情報サービス」からお近くの窓口を探せます。
未承認薬の個人輸入について
海外で承認された薬を個人輸入する方法が話題にのぼることがありますが、おすすめできません。品質が保証されず、副作用が起きたときの医薬品副作用被害救済制度の対象にもなりません。費用も全額自己負担です。この薬は間質性肺炎や消化管穿孔といった重い副作用の可能性があり、専門医の管理なしに使う薬ではありません。
受診・相談の目安
| 緊急度 | こんなとき | 対応 |
|---|---|---|
| すぐに連絡 | 発熱を伴う強い腹痛、息切れや乾いた咳が続く、広い範囲の皮膚のただれ、水分がとれず尿が出ない | 主治医または当院へ電話。夜間は救急要請も検討します |
| 数日以内に相談 | 下痢が1日4回以上続く、口内炎で食事量が半分以下、体重が2週間で2kg以上減った、痛み止めが効きにくい | 訪問診療・訪問看護の予定を前倒しします |
| 計画的に相談 | 通院がつらくなってきた、今後の療養の場を決めたい、家族の介護負担が増えてきた | 在宅への切り替え、レスパイト入院、ACPの話し合いをご一緒に |
ふくろう訪問クリニックについて
福岡市早良区を拠点に、がんの緩和ケア、難病、精神科、認知症の在宅診療を行っています。抗がん治療を続けながらのご自宅での療養、痛みの管理、点滴や医療用麻薬の持続皮下注、看取りまで対応します。通院が難しくなってきた段階、あるいはその手前でも、体制づくりのご相談を承ります。併設のふくろう訪問看護リハビリステーションと連携し、医療保険での訪問看護の枠(週4日以上・1日複数回)も含めて設計します。
SECTION 08 まとめ
- 2026年8月26日、FDAがダラクソンラシブ(ラソンク)を、既治療の転移性膵管腺がんに対して承認しました。膵臓がんで初のRAS阻害薬です。
- 第3相RASolute 302試験で、全生存期間の中央値は13.2か月対6.7か月(ハザード比0.40)、無増悪生存期間は7.2か月対3.6か月、奏効率は31.6%対11.2%。痛みや生活の質が悪化するまでの期間も延びました。
- 副作用は「軽くなった」のではなく「種類が変わった」。血球減少と神経障害が減り、皮疹・口内炎・下痢が増えます。副作用による中止は1.2%対11.2%と大きく下がりました。
- 追跡期間の中央値は8.5か月で、これは1回目の中間解析です。非盲検デザイン、対照群の15.1%が未治療、RAS G12以外の集団が41人のみ――といった読み方の注意があります。
- 日本では未承認です。ただし国際共同治験に日本も参加し、PMDAが審査にオブザーバー参加しています。
- もし使えるようになれば、経口薬であることの意味は在宅医療にとって大きく、皮膚・口腔・排便のケアが治療継続を支える鍵になります。
参考文献・出典
- U.S. Food and Drug Administration. FDA approves daraxonrasib for metastatic pancreatic adenocarcinoma. 2026年8月26日. https://www.fda.gov/drugs/resources-information-approved-drugs/fda-approves-daraxonrasib-metastatic-pancreatic-adenocarcinoma(2026年8月27日閲覧)
- U.S. Food and Drug Administration. FDA Approves First in Class Targeted Therapy for Metastatic Pancreatic Cancer(プレスリリース). 2026年8月26日. https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-approves-first-class-targeted-therapy-metastatic-pancreatic-cancer(2026年8月27日閲覧)
- O’Reilly EM, Wainberg ZA, Hendifar AE, et al; RASolute 302 Trial Investigators. Daraxonrasib or Chemotherapy in Previously Treated Metastatic Pancreatic Cancer. N Engl J Med. 2026;395(4):325-337. DOI: 10.1056/NEJMoa2605555(2026年5月31日オンライン先行公開)
- Wolpin BM, Park W, Garrido-Laguna I, et al; RMC-6236-001 Investigators. Daraxonrasib in Previously Treated Advanced RAS-Mutated Pancreatic Cancer. N Engl J Med. 2026;394(18):1790-1802. DOI: 10.1056/NEJMoa2505783
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」膵臓. 罹患数は全国がん登録2023年、死亡数は人口動態統計2024年、5年相対生存率は2018年診断例. 2026年7月22日更新. https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/10_pancreas.html(2026年8月27日閲覧)
- Conroy T, Desseigne F, Ychou M, et al. FOLFIRINOX versus gemcitabine for metastatic pancreatic cancer. N Engl J Med. 2011;364(19):1817-1825. DOI: 10.1056/NEJMoa1011923
- Von Hoff DD, Ervin T, Arena FP, et al. Increased survival in pancreatic cancer with nab-paclitaxel plus gemcitabine. N Engl J Med. 2013;369(18):1691-1703. DOI: 10.1056/NEJMoa1304369
- Wainberg ZA, Melisi D, Macarulla T, et al. NALIRIFOX versus nab-paclitaxel and gemcitabine in treatment-naive patients with metastatic pancreatic ductal adenocarcinoma (NAPOLI 3): a randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet. 2023;402(10409):1272-1281. DOI: 10.1016/S0140-6736(23)01366-1
- ClinicalTrials.gov. RASolute 302: A Phase 3 Multicenter, Open-label, Randomized Study of Daraxonrasib (RMC-6236) Versus Investigator’s Choice of Standard of Care Therapy in Patients With Previously Treated Metastatic Pancreatic Ductal Adenocarcinoma. NCT06625320.
- Acquired resistance to the RAS(ON) multi-selective inhibitor daraxonrasib guides rational combination therapy strategies in pancreatic cancer. Nat Med. 2026;32(8):2865-2877. DOI: 10.1038/s41591-026-04537-w
- 臨床研究等提出・公開システム(jRCT). 厚生労働省. https://jrct.mhlw.go.jp/(2026年8月27日閲覧)
※米国での薬価(30日分39,800米ドル)は、承認当日(2026年8月26日)の複数の報道機関による製造販売元発表の報道にもとづきます。円換算は1ドル150円で計算した参考値です。
※本記事は一般の方向けの情報提供であり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。実際の治療の判断は、必ず主治医とご相談ください。

