日本初のウイルスがん治療薬、食道がんで投与開始

日本初のウイルスがん治療薬、食道がんで投与開始

2026年8月21日 掲載 / ふくろう訪問クリニック コラム

「風邪のウイルスを改造してがんを壊す」——そう聞くと、SF のように感じるかもしれません。しかし 2026 年 8 月 21 日、日本で開発された腫瘍溶解ウイルス製剤「テロメライシン注」(一般名スラタデノツレブ)の販売が始まりました。食道がんに対するウイルス製剤としては世界初です。この記事では、①何が起きたのか、②どういう仕組みなのか、③発表された成績をどこまで信じてよいのか、④1 クール約 930 万円という値段は何を意味するのか、⑤在宅で療養している方やご家族にとって関係があるのか——を、公的資料と査読付き論文だけを根拠に整理します。

SECTION 01

何が起きたのか(事実の整理)

まず、報道されている内容を時系列で確認します。ここは推測を混ぜず、公的資料と企業の開示資料に書かれていることだけを並べます。

日付できごと
2019 年医薬品医療機器総合機構(PMDA)の「先駆け審査指定制度」の対象品目に指定
2020 年〜国内 17 施設で第 II 相企業治験(OBP101JP 試験)を実施
2025 年 12 月 15 日オンコリスバイオファーマが製造販売承認を申請
2026 年 6 月 8 日製造販売承認を取得。効能・効果は「根治切除及び化学放射線療法の適応とならない食道癌」。条件及び期限付承認ではなく通常承認
2026 年 8 月 5 日中央社会保険医療協議会(中医協)が薬価案と最適使用推進ガイドラインを了承
2026 年 8 月 13 日薬価基準に収載され保険適用。1 瓶(2mL)310 万 2,489 円、1 クール 930 万 7,467 円
2026 年 8 月 21 日富士フイルム富山化学より発売開始

開発したのは岡山大学発のバイオベンチャー、オンコリスバイオファーマです。もとになった研究は岡山大学 消化器外科学の藤原俊義教授らのグループによるもので、2004 年の会社設立から数えると 20 年以上をかけた開発になります。販売は富士フイルム富山化学が担当し、当初は食道がんの患者さんが多い約 80 施設に限定して供給し、その後 300 施設規模への拡大を目指すとされています。

薬の分類上は「医薬品」ではなく再生医療等製品(遺伝子治療用製品)にあたります。遺伝子を組み換えたウイルスそのものが有効成分だからです。この分類の違いが、あとで述べる取り扱いのルールに直結します。

SECTION 02

「がん細胞だけで増えるウイルス」とはどういう意味か

テロメライシンのもとになっているのは、風邪の原因にもなるヒトアデノウイルス 5 型です。ただし、そのまま使うわけではありません。ウイルスが自分のコピーを作り始めるための遺伝子(E1A・E1B)のスイッチ部分を、hTERT(ヒトテロメラーゼ逆転写酵素)遺伝子のプロモーターに付け替えてあります。

テロメラーゼは、細胞分裂のたびに短くなる染色体の末端(テロメア)を修復する酵素です。ふつうの成熟した細胞ではほとんど働いていませんが、多くのがん細胞では強く働いています。「無限に分裂し続ける」というがんの性質そのものを支えている酵素だからです。

つまりこの薬は、「テロメラーゼが働いている細胞の中でだけ、ウイルスの増殖スイッチが入る」ように設計されています。正常な細胞にもウイルスは入りますが、そこではスイッチが入らないので増えず、細胞は壊れません。

図1 hTERT というスイッチ:同じウイルスが、細胞によって別のふるまいをする がん細胞(テロメラーゼが強く働いている) ① ウイルスが細胞に入る (正常細胞にも同じように入る) ② hTERT のスイッチが   入る(ON) ③ ウイルスが増えて   がん細胞が壊れる 正常な細胞(テロメラーゼがほとんど働いていない) ① ウイルスが細胞に入る (ここは同じ) ② スイッチが   入らない(OFF) ③ ウイルスは増えず、   細胞は壊れない 厚生労働省「最適使用推進ガイドライン スラタデノツレブ」(令和8年8月)の記載をもとに作成

図1:がんの「無限に分裂できる」性質そのものを、薬が働く目印として利用しています。

投与方法も特徴的です。点滴で全身に流すのではなく、口から入れた内視鏡を通して、食道のがんに直接注射します。1 回あたり 1mL(1×1012 ウイルス粒子)を、腫瘍の大きさや数によっては 2mL まで増量し、1 か所あたり 0.2mL を目安に 5〜10 か所へ分けて注入します。これを約 2 週間間隔で計 3 回。手術のように切開しないので、体への負担が小さいのが利点です。

SECTION 03

なぜ「放射線と併用」が前提なのか

この薬は単独では使えません。放射線療法との併用が効能・効果の前提です。臨床試験では、初回投与の 3 日後から 1 日 2.0Gy を週 5 日、約 6 週間かけて合計 60Gy を照射しています。

図2 約6週間の治療スケジュール(臨床試験での実施内容) 放射線療法 2.0 Gy/日 × 週5日 × 約6週間(合計 60 Gy) 1回目 Day 1 Day 4 照射開始 2回目 Day 18 3回目 Day 32 Day 43 照射終了 内視鏡下でがんに直接注射(計3回まで。3回を超える投与は評価されていません)

図2:通院は「放射線が週5日 × 約6週間」+「内視鏡での注射が3回」。ここが患者さんにとって現実的な負担になります。

当院の視点

放射線治療専門医の目から見ると、この薬は「放射線を効きやすくする薬」でもあります

放射線がん細胞を殺す主な仕組みは、DNA の二本鎖を切ることです。ところががん細胞は、切られた DNA を修復する仕組みも持っています。OBP-301(テロメライシン)は、この放射線による DNA 二本鎖切断の修復を邪魔することが基礎研究で示されており、その結果として放射線の効果が上がる(放射線増感)と考えられています。第 I 相試験の論文でも、ウイルスと放射線が互いに効果を高め合う「双方向の相乗作用」として報告されています。

つまりこの治療は「ウイルスががんを溶かす」だけの話ではなく、「ウイルスを打ってから放射線を当てることで、同じ 60Gy でもより効きやすくする」という設計です。だから単独では使えず、放射線療法との併用が前提になっているわけです。逆に言えば、放射線を安全に完遂できる体力と条件があることが、この治療を選べるかどうかの実質的な条件になります。

SECTION 04

誰が対象になるのか、ならないのか

効能・効果は「根治切除及び化学放射線療法の適応とならない食道癌」です。かみくだくと、手術で取りきることが難しく、かつ抗がん剤と放射線を組み合わせる標準治療(化学放射線療法)にも耐えられない、あるいは受けられない食道がんということになります。高齢であること、心臓・肺・腎臓などの持病、体力の低下などが理由になります。

厚生労働省の最適使用推進ガイドラインは、対象にならない患者さんも明示しています。

  • すでに頸部・胸部・上腹部に放射線治療を受けており、その照射範囲が今回の照射範囲と重なる方
  • ほかの抗がん剤と併用することになる方
  • cStage 0 のうち、標準的な内視鏡的切除が勧められる方
  • cStage ⅣB のうち、通過障害がなく、標準的な抗がん剤治療が勧められる方

また臨床試験に組み入れられたのは cStage Ⅱ・Ⅲ のみで、それ以外の病期については「臨床上の必要性を十分に検討すること」とされています。

使える病院も限られています

この薬は、①がん診療連携拠点病院等・特定機能病院・都道府県が指定するがん診療連携病院などで、食道がんへの放射線療法が実施できること、②カルタヘナ法(遺伝子組換え生物を扱う法律)の第一種使用規程に従える体制があること、③製造販売後調査(全例調査)を適切に実施できること——のすべてを満たす施設でしか使えません。担当する医師にも、がん治療や消化器病学の一定年数以上の研修歴と、製造販売業者の講習修了が求められます。

福岡県内でも、実施できる施設は限られます。「近所の病院で受けられる治療」ではない、という点は最初に押さえておいてください。

SECTION 05

承認の根拠になった試験を、正確に読む

ここからがこの記事の中心です。報道では「18 か月で半数のがんが消えた」と伝えられました。この数字はどこから来ていて、どこまで信頼してよいのでしょうか。

試験のかたち

承認の根拠は OBP101JP 試験(国内 17 施設、第 II 相)です。重要な特徴は次の 3 点です。

  • 非盲検・非対照(単群)試験。比較する対照群がありません。全員が同じ治療を受けます。
  • 登録 37 例、有効性の解析対象は 36 例。非常に小さな試験です。
  • 主要評価項目は 「投与開始後 24 週までの局所完全奏効(L-CR)率」。内視鏡で見て腫瘍を示す所見がすべて消え、もとの部位の生検でがんが見つからない状態を指します。生存期間ではありません。

対照群がないため、あらかじめ「これを上回れば有効と判断する」という基準値(閾値)を置いて比較します。この試験では 30.2% が閾値でした。これは、同じような患者さんに対して放射線単独療法を行ったときの完全奏効率として、日本食道学会の食道癌全国登録(2009〜2011 年登録)のデータから算出された数字です。

結果:主要評価項目は達成されていない

結果はこうでした。

図3 局所完全奏効率と、あらかじめ決めた閾値(30.2%)の関係 0%10%20%30%40%50%60%70% 閾値 30.2%(放射線単独) 24週まで(主要評価項目・主解析) 41.7% 90%信頼区間 27.7〜56.7% 信頼区間の下限(27.7%)が閾値の左側にあるため、統計学的な有意差は認められませんでした 18か月まで(探索的な追加解析) 50.0% 90%信頼区間 35.3〜64.7% こちらは下限が閾値を上回りますが、主要評価項目の解析後に計画された探索的解析です 厚生労働省「最適使用推進ガイドライン スラタデノツレブ」(令和8年8月)掲載の OBP101JP 試験成績(FAS 36例、中央判定)より作成

図3:横棒は 90% 信頼区間、丸は推定値。報道された「半数」は下段の 18 か月の数字です。

ここは正確に伝えたい点です

主要評価項目である「24 週までの局所完全奏効率」は 41.7%(15/36 例、90% 信頼区間 27.7〜56.7%)で、信頼区間の下限が閾値 30.2% を下回りました。厚生労働省の資料には 「閾値に対する統計的有意差は認められなかった」と明記されています。

報道で強調された「18 か月で 50.0%(18/36 例)」は、主要評価項目の解析結果が出たあとに探索的に計画された追加解析の数字です。あとから決めた解析は、たまたま良く見える結果を選んでしまう可能性を排除できないため、主要評価項目と同じ重みでは扱えません。「半数でがんが消えた」は事実ですが、「あらかじめ決めた目標を達成した」という意味ではないのです。

それでも承認されたのはなぜか

この点は薬価算定の公的資料から読み取れます。中医協の資料には、有用性加算(Ⅱ)を適用した理由として 「既存の治療方法では効果が不十分な患者群において、本剤と放射線療法の併用により一定の効果が認められたこと」「副次評価項目である嚥下障害スコアの改善が認められたこと」が挙げられています。

つまり、統計学的な仮説検定としては目標に届かなかったものの、①ほかに選択肢がほとんどない患者集団であること、②一定の局所効果が観察されたこと、③飲み込みにくさという生活に直結する症状が改善したこと——が総合的に評価された、という構図です。希少疾病用再生医療等製品の指定と先駆け審査指定を受けていたことも背景にあります。

安全性はどうだったか

項目OBP101JP 試験(安全性解析 37 例)
全 Grade の有害事象36 例(97.3%)
Grade 3 以上の有害事象26 例(70.3%)
発熱23 例(62.2%)/ うち Grade 3 以上 1 例(2.7%)
リンパ球数減少21 例(56.8%)/ うち Grade 3 以上 16 例(43.2%)
食道炎13 例(35.1%)
放射線肺臓炎9 例(24.3%)/ うち Grade 3 以上 3 例(8.1%)
重篤な有害事象12 例(32.4%)。本剤との因果関係が否定されなかったのは縦隔炎 1 例と食道潰瘍 1 例
死亡に至った有害事象1 例(2.7%、急性呼吸窮迫症候群)。併用した放射線療法に関連すると判断され、本剤との因果関係は否定
投与中止に至った有害事象なし

「体にやさしい治療」と紹介されがちですが、Grade 3 以上の有害事象が 7 割に出ている点は見落とすべきではありません。ただしその中身の多くは血液検査上のリンパ球減少であり、投与中止に至った有害事象はゼロでした。手術や強い抗がん剤と比べれば負担が小さい、という文脈で理解するのが妥当です。なお最適使用推進ガイドラインは、まれではあるものの 食道穿孔 が起こりうることを明記しています。

SECTION 06

ほかの腫瘍溶解ウイルスと比べてみる

腫瘍溶解ウイルスは、世界でこれまでにごく限られた数しか承認されていません。エビデンスの水準を測るために、代表的な 2 剤と並べてみます。

図4 承認された腫瘍溶解ウイルス3剤の、試験デザインと結果の比べ方 T-VEC(タリモジーン ラハーパレプベク) 悪性黒色腫 2015年 米国承認 試験のかたち:ランダム化・第Ⅲ相・436例(OPTiM試験)— 比較する対照群がある 主要評価項目:持続奏効率 16.3% 対 2.1%(p<0.001)→ 達成 全生存期間:23.3か月 対 18.9か月、ハザード比 0.79(95%CI 0.62–1.00)、P=0.051 → 未達成 米国の添付文書には「全生存期間の改善は示されていない」と記載されています デリタクト(テセルパツレブ/G47Δ) 悪性神経膠腫 2021年 日本承認 試験のかたち:単群・第Ⅱ相・19例(医師主導治験)— 歴史的対照と比較 主要評価項目:1年生存率 84.2%(95%CI 60.4–96.6)→ 達成し、試験は早期終了 承認区分:条件及び期限付承認(市販後に有効性・安全性の再確認が必要) テロメライシン(スラタデノツレブ/OBP-301) 食道がん 2026年 日本承認 試験のかたち:単群・第Ⅱ相・36例(OBP101JP試験)— あらかじめ決めた閾値と比較 主要評価項目:24週の局所完全奏効率 41.7%(90%CI 27.7–56.7)対 閾値 30.2% → 未達成 探索的解析:18か月の局所完全奏効率 50.0%(90%CI 35.3–64.7) 承認区分:通常承認(条件及び期限付ではない)。市販後は全例調査 各試験の原著論文および厚生労働省・中医協資料より作成。3剤は対象がんも患者背景も異なるため、数値どうしの直接比較はできません

図4:「主要評価項目を達成したか」と「承認の区分」が、必ずしも一致しないことがわかります。

当院の視点

この比較から読み取れる、いちばん大事なこと

1
局所の効果と、生きられる長さは別の話です

T-VEC は 436 人を対象にしたランダム化第Ⅲ相試験で、主要評価項目である持続奏効率は達成しました。しかし全生存期間は 23.3 か月対 18.9 か月、P=0.051 で有意差に届かず、米国の添付文書には「全生存期間の改善は示されていない」と書かれています。がんが局所で消えることと、寿命が延びることは、必ずしも同じではありません。テロメライシンの試験は、そもそも生存期間を主要評価項目に置いていません。

2
承認の区分は、エビデンスの強さだけで決まるわけではありません

デリタクトは 19 例の単群試験で主要評価項目を達成しましたが「条件及び期限付承認」、テロメライシンは 36 例の単群試験で主要評価項目に届かなかったものの「通常承認」でした。この違いは、対象疾患の性質、代替治療の有無、データの成熟度など複数の要素で決まります。「通常承認だから効果がより確かだ」と読むのは誤りですし、逆に「主要評価項目未達成だから承認がおかしい」と決めつけるのも一面的です。

3
これは出発点であって到達点ではありません

市販後に全例調査が課されているのは、まさに「実際に使ってみた結果を集めないと、まだわからないことがある」からです。オンコリスバイオファーマは胃がん、下部直腸・肛門がんへの開発も継続しており、米国では免疫チェックポイント阻害薬との併用試験も行われています。

SECTION 07

「放射線しかない」層は、本当にそこまで狭いのか

この治療の位置づけを考えるうえで、もうひとつ押さえておきたい研究があります。閾値の 30.2% は「放射線単独療法の完全奏効率」でした。では、そもそも高齢で標準的な化学放射線療法が難しいとされる患者さんに、本当に放射線単独しか手がないのでしょうか。

この問いに正面から答えたランダム化第Ⅲ相試験があります。中国の 23 施設で行われた研究で、70〜85 歳の食道がん患者 298 人を、経口抗がん剤 S-1 を併用した化学放射線療法群と放射線単独群に無作為に割り付けました(Ji Y ら、JAMA Oncology 2021 年)。

 S-1 併用の化学放射線療法放射線単独
全生存期間の中央値24.9 か月15.4 か月
ハザード比0.63(95%CI 0.47–0.85)、P=0.002
長期追跡(2026 年報告)24.7 か月15.1 か月

つまり、「高齢だから放射線単独」と即断するのは適切ではなく、負担の軽い経口抗がん剤を上乗せするだけで生存期間が有意に延びる集団が確かに存在するということです。この試験は対照群を置いたランダム化比較試験であり、エビデンスの水準としては OBP101JP 試験より一段高いものです。

この比較で言えること/言えないこと

言えること:「化学放射線療法が難しい」という判断は、実は幅のある判断です。強い点滴の抗がん剤は無理でも、経口の S-1 なら耐えられる方はいます。テロメライシンを検討する前に、「本当に抗がん剤の上乗せがまったくできない状態なのか」を確認する価値があります。

言えないこと:この試験の 24.9 か月と、テロメライシンの局所完全奏効率 41.7% を並べて優劣を論じることはできません。対象集団も評価している中身もまったく違うからです。テロメライシンの対象は、S-1 の上乗せすら難しいと判断された、さらに厳しい層を想定しています。

SECTION 08

1 クール 930 万円という値段が意味すること

薬価は 1 瓶(2mL)310 万 2,489 円、1 クール(3 回投与)で 930 万 7,467 円と決まりました。この数字は、報道でもっとも注目された部分です。しかしこの金額は「誰かの言い値」ではなく、公的なルールに沿って計算されています。

図5 薬価はどう組み立てられたか(類似薬効比較方式Ⅰ) 比較薬:デリタクト注(テセルパツレブ)/1クール 8,591,508 円 → 1クールあたりの薬価を合わせて算定 加算前 2,386,530 円 有用性(Ⅱ)+10% 市場性(Ⅰ)+10% 先駆加算+10% 3つの補正加算(それぞれ +10%)が付き、加算前の 1.3 倍になりました。 画期性加算・有用性加算(Ⅰ)・小児加算・迅速導入加算は該当しませんでした。 1瓶(2mL)3,102,489 円  × 3回投与  = 1クール 9,307,467 円 中医協「再生医療等製品の保険適用について(スラタデノツレブ)」令和8年8月5日 より作成。外国平均価格調整はなし(最初に承認された国が日本のため)

図5:日本が世界初の承認国であるため、比較する外国価格が存在せず、外国平均価格調整は行われていません。

では、患者さんはいくら払うのか

ここが誤解されやすい点です。930 万円をそのまま請求されるわけではありません。保険が適用されているので、窓口負担は年齢と所得に応じた 1〜3 割になり、さらに高額療養費制度によって 1 か月の自己負担には上限がかかります。

区分ひと月あたりの自己負担の上限(2026 年 8 月以降)
70 歳未満・区分ウ
(標準報酬 28〜50 万円)
85,800 円 + 一定額を超えた医療費の 1%。医療費が月 1,000 万円規模なら、概算でおよそ 18 万円前後
70 歳以上・一般所得
(外来+入院・世帯)
61,500 円(1% の上乗せはありません)
直近 12 か月で 4 回目以降多数回該当により、区分ウで 44,400 円

治療は約 6 週間で完結するため、月をまたぐと 2 か月分の上限がかかる点には注意が必要です。また 2026 年 8 月からは年間の自己負担上限(8 月から翌年 7 月まで)も新設されています。差額ベッド代・食事代・交通費は高額療養費の対象外です。

当院の視点

「1 人 930 万円」より、「全体でいくらか」を見てください

高額な薬が承認されるたびに「医療保険財政が破綻する」という論調が出ます。しかしこの薬について、中医協に提出された市場規模予測は ピーク時(10 年度)で年間 241 人、販売金額 22 億円です。日本の国民医療費は年間 40 兆円台ですから、割合としてはきわめて小さい。

一方で、こうした薬が増え続ければ積み上がっていくのも事実です。だからこそ厚生労働省は最適使用推進ガイドラインで使える施設と患者さんを絞り、市販後の全例調査を課しています。高額な薬の議論で本当に問うべきなのは「1 人あたりいくらか」ではなく、「本当に効く人にだけ届いているか」「効いているかどうかを後から検証できる仕組みがあるか」です。この薬については、少なくとも後者の仕組みは用意されています。

なお、あまりに高額であるため、入院で使う場合には DPC(包括払い)の対象から外し、出来高で算定する取り扱いになっています。制度の側も、この価格帯の製品を想定した設計に組み替えている段階だ、ということです。

SECTION 09

社会的インパクト:この承認は何を変えたのか

① 日本が「最初の承認国」になったこと

薬価算定資料の「最初に承認された国(年月)」の欄には 「日本」 と記載されています。新薬の多くは欧米で先に承認され、日本での使用が数年遅れる「ドラッグ・ラグ」が長く問題にされてきました。今回はその逆です。しかもアカデミア(岡山大学)で生まれた研究シーズを、国内のバイオベンチャーが 20 年以上かけて製品化しました。

② 「治療できない人」に選択肢ができたこと

日本の食道がんは、2023 年に 25,889 例(男性 20,977 例、女性 4,912 例)が診断され、2024 年に 10,638 人(男性 8,572 人、女性 2,066 人)が亡くなっています。5 年相対生存率は 48.8%(2018 年診断例)です。罹患のピークは 70 歳代で、高齢化にともない「がんは治療できる状態だが、体が治療に耐えられない」という患者さんが増えています。

数字の整合性について

上の 3 つの数字は集計年が揃っていません。罹患は 2023 年(2026 年 3 月 23 日更新)、死亡は 2024 年(2026 年 1 月 7 日更新)、生存率は 2018 年診断例(2026 年 7 月 22 日更新)です。がん登録は全国のデータが揃うまでに時間がかかり、生存率は 5 年後まで追跡してから計算するため、どうしても年がずれます。引き算をして意味を読み取ることはできません。

また 5 年相対生存率 48.8% は 2018 年に診断された方の集団平均です。今回のテロメライシンはもちろん、近年の免疫チェックポイント阻害薬の効果も反映されていません。

③ 「まだ診療ガイドラインには載っていない」こと

現行の 食道癌診療ガイドライン 2022 年版(第 5 版、日本食道学会編) には、当然ながらこの薬の記載はありません。次の改訂は 2027 年版が予定されています。承認・保険適用と、専門学会が推奨として位置づけることの間には、時間差があります。「承認された=標準治療になった」ではありません。

HOME CARE

在宅で療養している方・そのご家族にとって、この話はどう関係するのか

ここから先は、在宅医療・訪問看護の現場に引きつけて整理します。結論から言えば、テロメライシンは在宅で行う治療ではありません。しかし「関係ない」で済ませられない事情が、この薬にはあります。

SECTION 10

在宅で行う治療ではないが、話は必ず来る

この薬は、がん診療連携拠点病院等の限られた施設で、内視鏡下に投与し、そこから約 6 週間の放射線治療を続けます。在宅医療の枠組みで実施できるものではありません。

それでも、訪問診療・訪問看護の場でこの話題は出ます。理由は 3 つあります。

  1. 「うちの父も受けられませんか」と聞かれる。対象は「手術も化学放射線療法も適応にならない食道がん」で、しかも cStage Ⅱ・Ⅲ が試験の中心です。すでに在宅で看取りに近い段階の方には、まず適応がありません。ただし「通院はできるが標準治療に耐えられない」段階の方であれば、主治医への相談に値します。
  2. 治療を受けた方が、在宅に戻ってくる。6 週間の治療を終えた方が地元に戻り、その後の経過を在宅で診ることは十分にあり得ます。このとき、あとで述べる 2 つの実務——カルタヘナ法の取り扱いと、時期別の有害事象——を知らないと対応を誤ります。
  3. 自費の「ウイルス療法」との混同が起きる。ニュースの直後は、保険適用外の自由診療で「がんウイルス療法」をうたう施設への関心が高まります。技術の名前が同じでも、検証のされ方がまったく違います。テロメライシンは国内 17 施設の治験を経て、公的な審査を受け、市販後も全例調査で追跡されます。この違いは、ご本人やご家族に説明する価値があります。

なお在宅医療そのものの条件についても、あらためて確認しておきます。訪問診療の対象になる条件は「末期であること」ではなく、「通院が困難であること」です。がん治療を続けながら在宅医療を併用することもできます。また「末期の悪性腫瘍」に該当する場合は、訪問看護が医療保険の扱いとなり、週の日数制限がなくなり、1 日に複数回、複数のステーションからの訪問も可能になります(診療報酬上の別表第七)。40〜64 歳の方も「がん(末期)」として介護保険の 16 特定疾病に該当します。

SECTION 11

カルタヘナ法という、ふつうの薬にはない約束事

ここが、この薬でもっとも在宅側に関係する部分です。テロメライシンは遺伝子組換え生物そのものであるため、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」の第一種使用規程の承認を受けています。承認された規程には、患者さんが治療施設を出たあとについても定めがあります。厚生労働省の最適使用推進ガイドラインに記載されている、主なものを挙げます。

  • 投与後、投与部位から排出されるウイルスが環境に広がらないよう、医師の判断で必要とされる期間、ドレッシング材などで被覆する対策をとる
  • 排出等の管理が不要となるまでの期間、患者さんの排泄物などから第三者への伝播を最小限にするため、患者さんに適切な指導を行う
  • 同じ期間、原則として治療施設以外の医療施設(外部医療施設)での治療を受けることを避けるよう、患者さんに指導する
  • やむを得ず外部医療施設を受診する場合は、「第一種使用等の承認を受けた遺伝子組換え生物等が投与された患者である」ことが情報提供されるよう、患者さんに指導する
  • 患者さんが自宅などで用いたドレッシング材等は、二重袋等に厳重に封じ込めた状態で廃棄する

在宅の現場で、これは具体的にどういう意味を持つか

訪問診療医や訪問看護ステーションは、この規程でいう「外部医療施設」にあたり得ます。つまり、治療直後の時期にご自宅へ伺うとき、その方が遺伝子組換え生物の投与を受けた直後かどうかを把握していないと、規程どおりの取り扱いができません。

現実的な備えは 3 つです。

1
治療施設との直通の連絡先を確保しておく

治療を受ける前後で、担当医・担当看護師と直接つながる連絡先を控えておきます。

2
患者さんに出された指導内容の書面を保管してもらう

排出等の管理がいつまで必要とされているのかが書かれています。ご家族に保管をお願いしてください。

3
訪問時の処置は、その書面に沿って行う

判断に迷ったら、その場で自己判断せず治療施設に確認します。

この薬について、食道がんへの内視鏡下腫瘍内投与という投与経路では排出等の挙動がすでに明らかになっているとされ、経時的な排出検査は要しないと注記されています。過度に恐れる必要はありません。しかし「ふつうの薬とは扱いが違う」ことを知らないまま関わることが、いちばん危険です。

SECTION 12

治療中・治療後に、在宅側が見るべき不調

臨床試験で報告された有害事象は、出てくる時期がおおむね決まっています。時期ごとに整理すると、訪問時に何を見ればよいかがはっきりします。

図6 時期別に、在宅で気をつけたい不調 A. 投与直後〜治療中(もっとも頻度が高い時期) 発熱 62.2%(投与後 早期から高頻度)/ 食道炎 35.1%(しみる・飲み込むと痛い) まれだが重大:食道穿孔・縦隔炎 — 強い胸背部痛、高熱、皮下気腫があれば緊急 見るポイント:熱を「治療のせい」と決めつけない。感染との鑑別が要る B. 治療中〜終了後 数週(血液の変化が出る時期) リンパ球数減少 56.8%(Grade 3 以上が 43.2%)/ 白血球数減少 16.2% 見るポイント:ふだんなら軽く済む感染が重くなることがある。口腔ケアと発熱時の早期連絡 C. 治療終了後 1〜3か月(放射線の遅れて出る影響) 放射線肺臓炎 24.3%(Grade 3 以上が 8.1%)/ 放射線性食道炎・食道潰瘍 見るポイント:乾いた咳・階段や入浴での息切れ。「年のせい」で片づけない OBP101JP 試験(安全性解析対象 37 例)で 10% 以上に認められた有害事象より作成。頻度は試験集団のものであり、個々の患者さんの確率ではありません ※放射線肺臓炎・放射線性食道炎は併用した放射線療法によるもので、本剤との因果関係は否定されています

図6:訪問時に「いつの治療から何日目か」を確認するだけで、見るべきものが変わります。

当院の視点

飲み込めるようになることの意味は、数字より大きい

この薬の薬価に有用性加算が付いた理由のひとつが、副次評価項目である嚥下障害スコアの改善でした。地味な項目に見えるかもしれませんが、在宅の現場から見ると、これはとても大きな意味を持ちます。

食道がんで通過障害が進むと、まず固形物が、次に水分が、最後には唾液も通らなくなります。そうなると口から食べる楽しみが失われ、栄養状態が落ち、誤嚥性肺炎のリスクが上がり、胃ろうやステントといった別の処置の判断を迫られます。「飲み込める期間が延びる」ことは、そのまま「自宅で過ごせる期間が延びる」ことに直結します。

ですから、この治療を検討するときに主治医と話し合っていただきたいのは、「がんが消えるかどうか」だけではありません。「治療を受けたあと、食べられる状態がどのくらい保てそうか」「通過障害が出たときに次にどうするか(ステント・胃ろう・栄養の考え方)を、あらかじめ決めておけるか」——この 2 つを、治療の前に確認しておくことをお勧めします。

SECTION 13

主治医に聞いておきたい 5 つの質問

質問なぜ聞くのか
① 化学放射線療法が難しいという判断は、点滴の抗がん剤も内服の抗がん剤も含めての判断ですか経口の S-1 なら耐えられる方には、生存期間を延ばす選択肢が別にあり得ます
② 放射線を 6 週間、最後まで受けきれる見込みはありますかこの治療は放射線との併用が前提です。放射線を完遂できるかが実質的な条件になります
③ 期待できるのは「がんが小さくなること」ですか、それとも「症状が楽になること」ですか試験の主要評価項目は局所の完全奏効であり、生存期間ではありません
④ 通院はどこへ、どのくらいの頻度で必要ですか実施施設は限られます。通院そのものが生活を圧迫しないかを、先に見積もる必要があります
⑤ 投与後、自宅での過ごし方や廃棄物の扱いに決まりはありますかカルタヘナ法にもとづく指導があります。書面でもらい、在宅の関係者にも共有してください

①〜⑤ は、いずれも「治療を断るための質問」ではありません。納得して選ぶための質問です。説明を受ける場には、できればご家族にも同席していただくことをお勧めします。

SECTION 14

まとめ

  1. 2026 年 8 月 21 日、食道がんに対する腫瘍溶解ウイルス製剤テロメライシン注(スラタデノツレブ)の販売が始まりました。食道がんへのウイルス製剤としては世界初で、日本が最初の承認国です。
  2. 仕組みは「テロメラーゼが働くがん細胞の中でだけウイルスが増える」というもの。放射線との併用が前提で、放射線の効果を高める働きも期待されています。
  3. 対象は「手術も化学放射線療法も適応にならない食道がん」。使える施設も医師も限定されており、近所の病院で受けられる治療ではありません。
  4. 承認根拠となった第 II 相試験(36 例・単群)では、主要評価項目である 24 週の局所完全奏効率 41.7% は、あらかじめ決めた閾値 30.2% に対して統計学的有意差を示していません。報道された「18 か月で 50%」は探索的な追加解析の数字です。
  5. 試験は生存期間を主要評価項目にしていません。T-VEC の第Ⅲ相試験が示したとおり、局所の効果と生存期間は別の話です。
  6. 1 クール 930 万 7,467 円ですが、保険適用と高額療養費制度により患者さんの自己負担にはひと月あたりの上限がかかります。財政影響もピーク時で年間 241 人・22 億円と見込まれています。
  7. 在宅で行う治療ではありませんが、カルタヘナ法にもとづく取り扱いの決まりがあり、治療直後に在宅側が関わる場合には把握が必要です。
  8. 診療ガイドラインへの収載はこれからです。「承認された」ことと「標準治療になった」ことは同じではありません。

ふくろう訪問クリニックにできること

当院は福岡市早良区を拠点に、緩和ケア・難病・精神科・認知症に対応する在宅医療専門のクリニックです。がんの治療を続けながらの在宅医療も、治療を終えたあとの療養も承っています。

  • 院長は放射線治療専門医です。放射線治療の内容や、治療後に出てくる変化について、ご本人・ご家族の言葉で説明できます
  • 通院が難しくなってきた段階での訪問診療への切り替え、病院との連携
  • 飲み込みにくさ・痛み・食事量の低下への対応と、栄養のとり方の相談
  • 併設の訪問看護リハビリステーションと連携した、日常の観察と処置
  • これからの過ごし方についての話し合い(ACP)とご家族の休息(レスパイト)の調整

「この治療を受けられるか知りたい」というご相談も、まずは主治医へ。そのうえで在宅での過ごし方について迷われた際は、当院にもお気軽にお声がけください。

本記事は一般向けの情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。実際の治療の選択は、必ず主治医とご相談のうえ決定してください。掲載した数値・制度は 2026 年 8 月 21 日時点の公表情報にもとづいています。

参考文献

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  2. 厚生労働省.再生医療等製品の保険適用について(成分名:スラタデノツレブ/販売名:テロメライシン注).中央社会保険医療協議会 総会 総-3、令和8年8月5日.
  3. オンコリスバイオファーマ株式会社.腫瘍溶解ウイルス テロメライシン®注の薬価基準収載並びに保険適用に関するお知らせ.2026年8月12日.
  4. 富士フイルム富山化学株式会社.腫瘍溶解ウイルス製剤「テロメライシン®注」発売のお知らせ.2026年8月21日.
  5. Shirakawa Y, Tazawa H, Tanabe S, Kanaya N, Noma K, Koujima T, et al. Phase I dose-escalation study of endoscopic intratumoral injection of OBP-301 (Telomelysin) with radiotherapy in oesophageal cancer patients unfit for standard treatments. Eur J Cancer. 2021;153:98-108. DOI: 10.1016/j.ejca.2021.04.043
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  10. 日本食道学会編.食道癌診療ガイドライン 2022年版(第5版).金原出版,2022.ISBN 978-4-307-20453-8
  11. 国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」(全国がん登録罹患データ/人口動態統計死亡データ/全国がん登録生存率データ).食道.更新・確認日 2026年7月22日.
  12. 国立大学法人岡山大学.厚生労働省に標準治療が難しい食道がんに対する腫瘍溶解ウイルス製剤「テロメライシン」の医薬品製造販売承認申請を実施.プレスリリース,2025年12月.
  13. OBP101JP 試験最終結果.Oncolytic virotherapy with suratadenoturev (OBP-301) injection with radiotherapy alone for esophageal cancer patients: Final results of OBP101JP study. Ann Oncol. 2025;36(suppl):S1113(ESMO 2025 抄録 2117P).