骨髄移植をするとワクチンを全部打ち直し?

白血病などの治療で骨髄移植(造血幹細胞移植)を受けたあと、「子どものころに受けた予防接種を、もう一度全部受け直してください」と言われることがあります。母子健康手帳にはきちんと記録が残っているのに、なぜやり直しなのか。ドナーの免疫を引き継ぐのではないのか。そして、その費用は誰が払うのか。2026年6月、この問題をめぐる国の議論が6年ぶりに動きました。医学と制度の両側から整理します。

SECTION 01 結論——先に3つだけ

1
他人からの移植(同種移植)なら、原則として全部やり直しですしかもこれは「追加接種」ではありません。国内外のガイドラインは、移植を受けた人を「ワクチンを一度も受けたことがない人」とみなすと明記しています。1回の追加ではなく、乳児期と同じように何回かに分けて基礎免疫からつくり直します。
2
ドナーの免疫は、多少は引き継ぎます。ただし、あてにはできませんドナー由来の記憶B細胞が患者さんの体内で働くことは、実際に確認されています。それでも効き方は病原体によってばらばらで、ドナーに前もってワクチンを打つやり方は標準治療になっていません。
3
難しいのは医学より、お金の制度のほうです打ち直せばきちんと効きます。ところが法律上、再接種は定期接種ではなく「任意接種」——原則として全額自己負担です。自治体の助成もほとんどが20歳未満限定。日本の移植の約8割は成人です。

SECTION 02 免疫は「薄れる」のではなく、工場ごと入れ替わる

予防接種で得た免疫が消える理由として、多くの方が「時間がたって抗体が薄れた」と想像されます。移植の場合は、そこが根本的に違います。

抗体をつくり続けているのは、骨髄のなかにすみついた形質細胞という細胞です。同種移植では、まず前処置(大量の抗がん剤や全身放射線照射)で患者さん自身の血液をつくる細胞を減らし、そこにドナーの造血幹細胞を入れます。ドナー由来の細胞が生着すると、白血病細胞だけでなく、予防接種で免疫を獲得していた患者さん自身の免疫細胞も、免疫学的に排除されていきます。厚生労働省の審議会資料は、この過程をこう説明しています——ドナー由来の免疫担当細胞はワクチンに暴露されていないため、臨床的には予防接種歴がリセットされた状態になる、と。

つまり、抗体が減ったのではなく、抗体をつくる工場が別の会社のものに入れ替わり、その新しい会社は過去の製造記録を一切持っていない、という状態です。母子健康手帳の記録が無効になるわけではありませんが、体のほうがその記録を忘れてしまっている、と考えるとイメージしやすいかもしれません。

図1 同種移植で「接種の記録」が失われるまで 移植前 定期接種で免疫を獲得した細胞(患者さん自身の細胞)が骨髄にいる。 この細胞が抗体をつくり続けているので、麻しんにも水痘にも備えがある。 移植(前処置 → ドナー細胞の生着) 大量の抗がん剤や放射線で患者さん自身の血液をつくる細胞を減らす。 生着したドナー由来の細胞が、白血病細胞と患者さん自身の免疫細胞を排除する。 移植後、数か月〜 体内の免疫細胞は、すべてドナー由来の未熟な細胞に置き換わる。 これらの細胞はワクチンを一度も見たことがない=接種歴がリセットされた状態。

出典:第34回 厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 ワクチン評価に関する小委員会 資料3(2026年6月19日)/日本造血・免疫細胞療法学会「造血細胞移植ガイドライン 予防接種 第4版」(2023年12月)。なお自分の細胞を戻す自家移植では、こうした免疫学的な排除は起こりません(詳しくはSECTION 10)。

SECTION 03 どれくらいのスピードで消えるのか

抗体が実際にどう減っていくかは、いくつもの研究で追跡されています。国内の岡山大学のグループは、成人の同種移植を受けた方で、移植前と移植2年後の抗体保有率を比べました。

図2 同種移植の前と2年後で、抗体を持つ人の割合はどう変わるか 移植前 移植2年後 抗体保有率(%) 0 50 100 麻しん 82.7% 71.5% おたふくかぜ 86.8% 51.8% 風しん 84.2% 48.2% 水痘 94.3% 60.7% 成人の同種造血幹細胞移植を受けた方が対象。移植から2年の時点でも、水痘とおたふくかぜは3割以上が抗体を失っている。

出典:Yoshida S, et al. Acta Med Okayama 2022;76(3):247-253. doi:10.18926/AMO/63718

減り方には特徴があります。欧州のグループが移植後の抗体を長期に追跡した古典的な研究では、麻しんとおたふくかぜについて、10年で抗体保有率が10%程度まで下がると報告されました。しかもこの研究では、自然にかかって免疫を得た人よりも、予防接種で免疫を得た人のほうが早く抗体を失い、麻しんでは4年ほどで0%になったとされています。抗体が消えやすい条件として挙げられたのは、若年であること、病気にかかった経験がなくワクチンだけで免疫を得ていること、そしてII度以上の急性GVHD(移植片対宿主病)があることでした。

ワクチンを打ち直さないままだとどうなるか。国内の別の報告では、成人の同種移植を受けた方が移植6年後に防御レベルの抗体を保っている割合は、麻しん44%未満、風しん36%未満、おたふくかぜ10%未満と推定されています。

なぜ「予防接種で免疫を得た人」のほうが早く消えるのか 自然感染では、ウイルスが全身で増える過程で強い免疫刺激が長く続き、抗体をつくる細胞がより多く、より深く骨髄に定着します。ワクチンで得た免疫はもともとそれより浅いため、前処置とGVHDで細胞が失われたときの目減りが目立ちます。急性GVHDでは骨髄の環境そのものも標的になることが報告されており(骨髄GVHD)、抗体をつくる細胞の消失を加速させている可能性が指摘されています。

SECTION 04 免疫が戻るまでにかかる時間

「じゃあ、退院したらすぐ打てばいいのでは」とはなりません。ワクチンは、それに反応できる免疫細胞が体内にそろって初めて効きます。そして細胞の種類によって、戻ってくるスピードがまるで違います。

図3 免疫が戻ってくるまでの目安(同種移植後) 個人差が非常に大きく、年齢・前処置・幹細胞のソース・GVHDの有無で変わります。あくまで代表的な目安です。 好中球・単球・NK細胞など(自然免疫) 20〜30日 CD8陽性T細胞(ウイルスを直接たたく細胞) 3〜6か月 B細胞の数(抗体をつくる細胞のもと) 3〜12か月 CD4陽性T細胞(ワクチン反応の司令塔) 1〜2年 ナイーブT細胞(胸腺でつくられる新しい細胞) 数年 記憶B細胞(CD19陽性CD27陽性)の完全な回復には、移植後5年かかることもあると報告されています。

出典:Ogonek J, et al. Front Immunol 2016;7:507. PMID 27909435/日本造血・免疫細胞療法学会「造血細胞移植ガイドライン 予防接種 第4版」(2023年12月)

ここで効いてくるのが年齢です。新しいT細胞を送り出す胸腺は、思春期以降に少しずつ縮んでいきます。同じ移植を受けても、小児は成人より免疫の回復が速いのはこのためです。ガイドラインは、70歳では胸腺上皮の空間が小児の10%以下になっていることに触れつつ、それでもT細胞の産生自体は続くと記しています。

最近の研究では、細胞の数だけを見ていては足りないことも分かってきました。2025年に報告された解析では、移植6か月の時点でCD4陽性T細胞が200/μLを超えていた人は58%、12か月では78%まで増えていました。ところが遺伝子の発現パターンを見ると、6か月時点で機能が落ちていた遺伝子の78%以上が、12か月たってもまだ回復していなかったのです。数が戻っても、働きはもう少し遅れて戻ってくる、ということになります。

SECTION 05 ドナーの免疫は引き継ぐのか

ここが、患者さんやご家族からいちばん多く尋ねられるところです。「ドナーさんは麻しんの抗体を持っているはずだから、その免疫を引き継いだのではないですか」と。

答えは、「一部は引き継ぐ。しかし、あてにはできない」です。

引き継ぐ、という証拠はある

2025年に報告されたフランスの多施設試験は、この点を偶然に近いかたちで示しました。成人の同種移植を受けた104人(年齢中央値58歳)に、移植から中央値11か月の時点で6種混合ワクチンを打つ研究です。ところが接種を始める前の時点で、すでに防御レベルの抗体を持っている人が一定数いました——ジフテリア25.3%、B型肝炎42.6%、Hib(インフルエンザ菌b型)32.6%、ポリオ71.6%。研究チームはこう考察しています。骨髄破壊的な前処置でも記憶B細胞のすべてが壊れるわけではないこと、そしてドナーから移植された細胞のなかに記憶B細胞が含まれていた可能性がある、と。

さらに直接的な証明が、2024年に発表されました。ドナーのB細胞だけを取り出して移植後の患者さんに輸注する第1/2a相試験です。15人に移植後およそ5か月の時点でドナーB細胞を入れ、その7日後に5種混合ワクチンを接種したところ、抗体をつくる細胞が動員され、抗体価が上がりました。決定的だったのは遺伝子解析です。反応して出てきた細胞の遺伝子配列をたどると、それらはドナーの記憶B細胞のクローン由来だった——つまり、ドナーの「記憶」が患者さんの体内でたしかに働いていました。

それでも、標準治療にはならなかった

では、なぜドナーに前もってワクチンを打っておかないのでしょうか。実際、その試みは1990年代から繰り返されてきました。

代表的なのが2004年の研究です。85人を3群に分け、ドナーに移植20日前に接種する群と、しない群を比べました。結果は抗原によってはっきり分かれました。Hibのような結合型ワクチンと破傷風トキソイドでは、ドナー接種を加えた群の抗体値がいちばん高くなりました。一方、多糖体だけの抗原(肺炎球菌の莢膜多糖体など)と、体が初めて出会う抗原(B型肝炎表面抗原)では、ドナーに打っても患者さんに打っても、ほとんど上乗せがありませんでした。

図4 ドナーの免疫は引き継ぐのか——3つのレイヤーで整理する 引き継ぐことがある ワクチンを打つ前から防御レベルの抗体を持つ人がいる(成人104人/移植後中央値11か月)。 ジフテリア25.3%、B型肝炎42.6%、Hib 32.6%、ポリオ71.6%。ドナー由来の記憶B細胞も、実験で確認済み。 あてにはできない 効くかどうかは抗原しだい。結合型ワクチンと破傷風では上乗せがあったが、 多糖体だけの抗原や、体が初めて出会う抗原(B型肝炎表面抗原)ではほとんど効果がなかった。 だから、こうする ドナーへの事前接種は標準になっていない。健康なドナーに医学的な利益がないこと、 効果が一定しないことが理由。患者さん本人に打ち直すのが、確実で唯一の方法。

出典:Epaulard O, et al. PLoS One 2025;20(10):e0335224. PMID 41144397/Storek J, et al. Bone Marrow Transplant 2004;33:337-346/Winkler J, et al. Blood Adv 2024;8(10):2373-2383. doi:10.1182/bloodadvances.2023012305

加えて、ドナーは病気を治す側ではなく、善意で細胞を提供してくださる健康な方です。その方に、ご自身には何の医学的利益もない予防接種を追加でお願いすることには、倫理的なハードルがあります。米国血液学会と米国移植・細胞療法学会は、新型コロナワクチンについて明確に「幹細胞採取前のドナー接種が患者さんに一貫した利益をもたらすことは示されておらず、推奨しない」としています。

ドナーに感謝しつつ、ここは切り分けて考える ドナーの免疫を引き継げないことは、ドナーの提供が不十分だったという意味ではまったくありません。移植の目的は病気を治すことであって、免疫の記憶を運ぶことではないからです。むしろ、ドナー由来の細胞が患者さん自身の古い免疫細胞を排除する働きこそが、白血病細胞をたたく力(移植片対腫瘍効果)と表裏一体のものです。免疫の記録が消えるのは、治療がきちんと効いたことの裏返しでもあります。

SECTION 06 「打ち直し」ではなく「初回接種」として組み立てる

英国の3学会が2022年にまとめた共同声明は、この考え方を一文で言い切っています——移植を受けた人は「一度もワクチンを受けたことがない(never vaccinated)」とみなし、包括的な再接種の一式を提供する。米国感染症学会(IDSA)のガイドラインも同じ立場です。

ですから「1回打てば思い出す」のではなく、乳児期と同じように、複数回に分けて基礎免疫からつくり直します。順番と時期には決まりがあります。

図5 再接種の順番と時期(造血細胞移植ガイドライン 予防接種 第4版) 移植の種類(自家・同種)や年齢を問わず、同じスケジュールが推奨されています。 不活化ワクチン まず、こちらから始める 開始の目安:移植後3か月(種類により6〜12か月)を経過し、慢性GVHDの増悪がないこと。 対象:四種/三種混合、Hib、肺炎球菌、インフルエンザ、新型コロナ、B型肝炎、帯状疱疹(不活化)など。 多くは3回接種。冬が近ければインフルエンザを、流行状況によっては新型コロナを優先してもよい。 ※移植後の期間が長いほど反応はよく、12か月を過ぎるとより良い効果が得られるとされています。 生ワクチン 条件がそろってから、あとで 開始の目安:移植後24か月を経過し、慢性GVHDがなく、免疫抑制剤を使っていないこと。 さらに、輸血や通常量のガンマグロブリンから3か月、大量投与や抗CD20抗体から6か月あける。 対象:麻しん風しん混合(MR)、水痘、おたふくかぜ。まずはMRから始めるのが望ましい。 ※注射の生ワクチン同士は27日以上あけます。 接種しない BCGは移植後のすべての時期で接種しない。ロタウイルスワクチンも推奨されない。

出典:日本造血・免疫細胞療法学会「造血細胞移植ガイドライン 予防接種 第4版」(2023年12月)。学会ホームページからスケジュール作成用のエクセルテンプレートが公開されています。

生ワクチンの「2年」は、2年たてば打てるという意味ではありません 移植後24か月というのは必要条件のひとつにすぎず、慢性GVHDがないこと、免疫抑制剤が終わっていることという条件が同時に満たされて初めて検討できます。慢性GVHDが続いていたり、少量でもステロイドや免疫抑制剤を飲んでいたりする方では、5年たっても10年たっても生ワクチンが打てないことがあります。麻しんや水痘に対する備えを、その方ご本人ではつくれない期間が長く続く、ということです。だからこそ、ご家族と周囲の方の接種が実質的な防御線になります。

なお、鼻に噴霧するインフルエンザワクチン(フルミスト)は弱毒生ワクチンで、移植後の安全性と有効性のデータがないため、移植後には使うべきでないとされています。移植後の方には注射のインフルエンザワクチンを用います。

SECTION 07 打ち直すと、どれくらい効くのか

手間も費用もかかる打ち直しですが、効果はどうでしょうか。さきほどのフランスの多施設試験の数字を見てみます。移植後の成人104人に、6種混合ワクチンを0・1・2か月と12か月の計4回接種しています。

図6 打ち直すと防御レベルに届く人はどこまで増えるか(成人104人) 接種前 3回接種の1か月後 防御レベルの抗体を持つ割合(%) 0 50 100 ジフテリア 25.3% 100% Hib 32.6% 94.6% ポリオ 71.6% 96.6% B型肝炎 42.6% 78.3% 破傷風 100% 97.2% 破傷風だけ接種前から100%なのは、この研究が防御の判定値を0.01 IU/mLとゆるめに置いたためです(通常は0.1 IU/mL)。 研究チーム自身がこれを限界として明記しています。数字は「どこに線を引いたか」で動きます。

出典:Epaulard O, et al. PLoS One 2025;20(10):e0335224. doi:10.1371/journal.pone.0335224 ※副反応は軽微で、接種部位の痛み18〜27%、発熱1〜3%、倦怠感3〜5%でした。

5つすべてで9割を超えるか、それに近い水準に達しました。研究チームは「移植後1年以内に開始しても十分に免疫がつく」と結論しています。

この「9割」と、教科書の「26〜100%」という幅は矛盾しないのか

33研究1,914人をまとめた総説では、移植後の反応率はインフルエンザ10〜97%、肺炎球菌43〜99%、四種混合やHib 26〜100%、B型肝炎40〜94%、麻しん・おたふくかぜ・風しん19〜72%と、幅がきわめて広く報告されています。さきほどの「9割超」とは、一見して食い違って見えます。理由は4つあります。

1
接種した時期が違う移植後3か月で打つのと、2年たってから打つのとでは、反応が大きく変わります。総説はその両方を含んだ幅です。
2
対象者の条件が違うフランスの試験は、免疫抑制剤を使っている方、B細胞やガンマグロブリンが一定値に届かない方を除外しています。条件のよい方に絞られた集団です。
3
「効いた」の判定値が違う図6の破傷風がその実例です。どこに線を引くかで、同じデータでも数字が動きます。
4
ワクチンの種類そのものが違う結合型ワクチンやトキソイドは反応がよく、生ワクチン(MMR)はいちばん反応が鈍い。これは総説の数字にもはっきり出ています。

まとめると、条件を整えて適切な時期に打てば高い確率で効く。ただし、条件が悪ければ効かないこともある——これが実像です。だから接種後の抗体価測定が推奨される場面があります。

SECTION 08 打ち直さなかったとき、何が起きたか

「打たなくても、まあ大丈夫では」という感覚は、国内で一度、はっきり否定されています。

2001年に国内で麻しんが流行した際、日本小児血液学会の造血細胞移植委員会が全国の骨髄バンク認定施設に調査票を送りました。回収率98%(170/174施設)という、実態をほぼ反映した調査です。結果は、21施設で移植後の麻しん発症が37例、うち3例(8.1%)が死亡。死因は3例とも間質性肺炎でした。発症は移植後平均3.2年(6か月〜10年1か月)と幅広く、亡くなった3例はそれぞれ移植後7か月、18か月、28か月でした。年齢分布は20歳未満と20歳以上が2対1で、成人の死亡例も含まれていました。

この調査が行われた当時、予防接種を実施していた移植施設は18%にとどまっていました。移植後の麻しんによる死亡率は、健康な人のそれより100〜300倍高いと報告されています。

肺炎球菌も同様です。国内の後方視的研究では、同種移植後の侵襲性肺炎球菌感染症の発生頻度は10万移植あたり1,008件と高く、その多くはワクチン未接種の方に起きていました。しかも発症までの中央値は移植後およそ2年——退院してしばらくたち、「もう大丈夫」と感じ始めるころに起きています。

日本にとって麻しんは、いまも他人事ではありません 日本は2015年3月にWHO西太平洋地域事務局から麻しん排除状態の認定を受けましたが、その後も渡航歴のある方やその接触者からの発生が続き、2019年には年間744例まで増えました。2020年に13例へ激減したのはコロナ禍の影響と考えられており、その間にMRワクチンの接種率が下がったことが懸念されています。移植後の方にとっては、周囲の接種率がそのまま自分の安全に直結します。

SECTION 09 本当の壁は、お金の制度のほうにある

ここまでで、医学的な結論はほぼ出ています。同種移植を受けたら打ち直す。効果もある。安全性も確認されている。国内外のガイドラインも一致している。

ところが、日本の予防接種法はこの再接種を「定期接種」として扱っていません。定期接種は「〇歳から〇歳までに1回」というかたちで政令に書かれており、移植で免疫を失ったからもう一度、という規定がないためです。結果として再接種は任意接種——原則として全額自己負担になります。

影響は費用だけではありません。万一、接種による健康被害が起きたときの救済制度も変わります。

 定期接種(A類疾病)任意接種としての再接種
費用市町村が負担(低所得者以外から実費徴収可)原則として全額自己負担
接種の勧奨市町村長による勧奨あり/努力義務ありなし
健康被害の救済予防接種法にもとづく救済
(障害年金1級 年約548万円、死亡一時金4,800万円)
医薬品医療機器総合機構(PMDA)の
医薬品副作用被害救済制度
抗体価の測定保険診療にならない項目がある

出典:第34回ワクチン評価に関する小委員会 資料3(2026年6月19日)/日本造血・免疫細胞療法学会「造血細胞移植ガイドライン 予防接種 第4版」。救済の金額は資料掲載時点のものです。

自治体の助成は、この7年で確かに広がった

この空白を埋めてきたのが、市区町村の独自助成です。ただし、その広がり方には大きな地域差があります。

図7 再接種の費用助成は、どこまで広がったか 2018年7月 全国1,741自治体のうち、助成事業ありは89(5.1%) 厚生労働省が全国の市区町村に対して行った調査。「実施予定」が5.0%、「実施を検討」が14.4%でした。 2025年3月 中国四国管区では、約4割の市町村が実施 総務省・中国四国管区行政評価局が管内で行った調査。全国調査ではないため、そのまま全国値とは読めません。 2026年4月 福岡県内では、56市町村が助成制度を導入 福岡県が2020年4月から、助成する市町村に経費の一部を補助する事業を続けてきた結果です。 この3つの数字は、直接は比べられません 調査の時点も、対象の範囲も違うためです。県が市町村を後押ししている地域と、 そうでない地域の差が出ている——というのが、実態に近い読み方です。

出典:第34回ワクチン評価に関する小委員会 資料3(2026年6月19日)/福岡県「造血細胞移植後定期予防接種ワクチン再接種費用補助金について」(2026年7月9日更新、令和8年4月1日現在)

福岡市の場合——「先に申請する」ことが決定的に重要です

福岡市にお住まいの方の場合、造血細胞移植(骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植)を受けたあとの再接種費用は、市の認定を受ければ助成の対象になります。ただし手続きに、見落とすと取り返しのつかない点があります。

接種してから申請しても、あとから返してもらえません 福岡市は「あらかじめ市の認定を受けること」を条件としており、認定を受けずに自己負担で接種した分については還付制度がないと明記しています。流れは、①主治医の意見書と母子健康手帳の写しを添えて認定申請 → ②認定書の交付 → ③接種(費用は一旦全額支払い)→ ④接種日から1年以内に払い戻し申請、です。順番を間違えないでください。

対象は再接種日に20歳未満の方で、ワクチンの種類ごとに助成の上限額があります。また五種混合は14歳まで、BCGは3歳まで、ヒブは9歳まで、小児用肺炎球菌は5歳まで、という年齢の制限もあります。詳しくは福岡市保健所健康危機管理課(092-711-4270)へ、接種の前にご相談ください。

そして、いちばん大きな穴——20歳の壁 福岡県が市町村に補助する条件も、福岡市の助成も、対象は20歳未満です。ところが日本の造血細胞移植は、学会ガイドラインによれば症例の約80%を20歳以上の成人が占めています。年間の移植件数は5,500件を超え、うち同種移植が3,500件超。医学的には自家・同種を問わず、小児・成人を問わず全員に再接種が推奨されているのに、公的な支援はその大半に届いていません。小児期に移植を受けて成人になった方も、20歳を境に対象から外れます。

SECTION 10 2026年6月、国の議論が6年ぶりに動いた

この問題は、10年近く止まっていました。経緯を追うと、ようやく動き出した意味が見えてきます。

時期何が起きたか
2016年地方分権改革の提案募集で、複数の自治体が「定期接種の受け直し」を制度化するよう要望
2018年7月厚生労働省が全国の自治体の支援状況を調査(助成事業ありは5.1%)
2018年10月予防接種基本方針部会で議論。「定期接種化を進めるべき」という意見の一方、「骨髄移植以外に免疫が低下する場合との線引きが課題」との指摘
2020年1月同部会で再び議論。「他の疾病との線引き」「診療行為の一環として医療保険で行うべきでは」との意見。ここで議論が止まる
2024年度厚生労働科学研究(研究代表者:福田隆浩・国立がん研究センター中央病院)で、優先すべき対象者とワクチンを科学的に整理
2026年2月総務省行政評価局から厚生労働省へ参考通知。「地方公共団体によって助成に差があるのは非常に不公平」「国が責任を持って一律に対応するよう早急な議論・検討が求められる」という有識者意見が示された
2026年6月19日第34回ワクチン評価に関する小委員会で議論を再開

2026年6月19日の小委員会で示された論点は、次の3つです。

図8 2026年6月19日に示された3つの論点 論点1 誰を対象にするか 同種造血幹細胞移植を受けた患者さんを対象としてはどうか。 論点2 どのワクチンを、いつ まずはMRワクチン、肺炎球菌ワクチン(PCV15/PCV20)、水痘ワクチン、DPTを 再接種の対象とし、医師が適切と判断する時期に接種してはどうか。 論点3 この先の進め方 引き続き、予防接種基本方針部会で議論を続けてはどうか。=まだ何も決まっていません。

出典:第34回 厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 ワクチン評価に関する小委員会 資料3「後天的な要因による免疫獲得状況への影響を踏まえた予防接種の考え方について」(2026年6月19日)

大事なことなので、もう一度——これはまだ「論点」です 定期接種化が決まったわけでも、対象年齢が決まったわけでも、いつからという時期が決まったわけでもありません。小委員会は科学的な評価を担当する場であり、制度としての妥当性はこの先、予防接種基本方針部会で議論されます。今後の動きは、厚生労働省の審議会資料でご確認ください。当院でも、確定しだいこのコラムを更新します。

なぜ「同種移植」だけに絞られたのか

ここには、学会ガイドラインとのあいだに一見した食い違いがあります。日本造血・免疫細胞療法学会のガイドラインは、自家移植・同種移植の別を問わず、すべての造血細胞移植後にワクチン再接種を推奨しています。それなのに、国の議論は同種に絞られました。

理由は、2020年に議論が止まったときの「線引きの課題」そのものです。免疫が下がる状況は、造血幹細胞移植だけではありません。化学療法、臓器移植、HIV感染症、糖尿病、加齢——どこまでを公費の対象とするのかを決められなければ、公平性の説明がつかない。そこで2024年度の研究班は、抗体価を実測して比べました。

1
同種移植後は、1年後に有意に低下し、その後もさらに下がった臍帯血移植・骨髄移植・末梢血幹細胞移植のいずれの方法でも同じ傾向でした。
2
移植をしない血液疾患の患者さんは、それより高かったHIV感染症の患者さんではさらに高い抗体価が保たれていました。つまり「免疫が下がる」といっても、下がり方の深さが桁違いだということです。
3
同種移植後は、自家移植後より実際にかかりやすく、重くなっていた水痘・帯状疱疹、肺炎球菌感染症のいずれについても、罹患頻度と重症度が高いという結果でした。自家移植では、ドナー由来細胞による免疫学的な排除が起こらないためです。

この整理があって初めて、「まずは同種移植後から」という線引きに理屈がつきました。ガイドラインが自家移植にも再接種を勧めていることと、制度の議論が同種から始まっていることは、矛盾しません。前者は「医学的に望ましいこと」、後者は「公費で優先すべきこと」という、別の問いに答えているからです。

当院の視点——訪問診療の現場から

ふくろう訪問クリニックでは、緩和ケアや難病・希少疾患の在宅診療のなかで、造血幹細胞移植を受けたご経験のある方にお会いすることがあります。そこで感じていることを4つ、率直に書きます。

1
診療情報提供書に「移植歴」はあっても、「再接種歴」はほとんど書かれていません移植から10年、20年たった方では、そもそも再接種が行われたのかどうか、記録をたどれないことが珍しくありません。移植を受けた病院を離れ、かかりつけが変わり、そのまま時間だけが過ぎている。「移植後だから免疫が弱い」という一般論は共有されていても、「だからこのワクチンを打ち直した/打てていない」という具体は引き継がれていないのです。移植を受けられた方は、退院時にもらった書類のなかに再接種のスケジュール表がないか、一度ご確認ください。
2
在宅でお会いする移植後の方は、そのほとんどが助成の年齢制限の外にいます20歳未満という線は、小児がんのお子さんを想定して引かれたものです。制度の設計としては理解できます。しかし移植の8割は成人で、在宅診療で出会うのはさらにその上の年齢層です。「必要だと分かっているのに、全額自己負担なので後回しになる」という選択が、実際に起きています。2026年6月に国の議論が動いたことに、私たちが注目している理由はここにあります。
3
生ワクチンが打てない期間が長い方ほど、周囲の接種が防御線になります慢性GVHDが続いている、少量でも免疫抑制剤を飲んでいる——そういう方では、麻しんや水痘の生ワクチンを何年打てないままになることがあります。ご本人で備えをつくれない以上、同居のご家族、通ってこられる介護者やヘルパー、私たち医療者が接種を済ませておくことが、そのまま患者さんの安全になります。これは在宅の場では「お願い」ではなく、ケアの一部だと考えています。
4
「打てない」ときこそ、熱が出たあとの段取りを先に決めておく打てないことが分かっているなら、次にすべきは諦めることではなく、備えを別のかたちで用意することです。発熱や発疹が出たときに、まずどこへ連絡するのか。移植を受けた病院に直接かけてよいのか、当院を経由するのか。麻しんが疑われる場合は待合室に入る前に連絡が必要です。この段取りを、お元気なうちにご家族と一緒に決めておく。それだけで、いざというときの数時間が変わります。

SECTION 11 場面別の早見表

こんなとき考え方の目安
同種移植を受けた原則として全ワクチンを打ち直します。不活化から始めて、生ワクチンへ進みます。
自家移植を受けた学会ガイドラインは自家移植でも再接種を推奨しています。ただし同種ほど深く免疫が失われるわけではありません。主治医とご相談ください。
退院して3か月たった不活化ワクチンの開始を検討できる時期です。流行期ならインフルエンザや新型コロナを優先することがあります。
移植後1年たった不活化ワクチンの反応がいちばん良くなる時期の目安です。まだ始めていなければ主治医に確認を。
移植後2年たった生ワクチン(MR・水痘・おたふくかぜ)を検討できる時期ですが、慢性GVHDがないこと・免疫抑制剤が終わっていることが条件です。
まだ免疫抑制剤を飲んでいる生ワクチンは打てません。不活化ワクチンについては個別の判断になります。
慢性GVHDが続いている増悪していない時期を選びます。活動性の全身性GVHDがあるあいだは生ワクチンは行いません。
リツキシマブを使った最終投与から6か月以上あけることが望ましいとされています。
輸血やガンマグロブリンを受けた生ワクチンは、通常量なら3か月、大量投与なら6か月あけます。
周囲で麻しんが流行している移植後2年以内でも、免疫の回復程度によっては早期接種を検討する余地があります。必ず移植を受けた病院にご相談ください。
助成を受けたい(20歳未満)必ず接種の前にお住まいの市区町村へ相談してください。事後の申請では助成を受けられない自治体があります。
ご家族・介護者の立場ご自身の麻しん・風しん・水痘・インフルエンザ・新型コロナの接種状況を確認してください。患者さんが打てない分を、周囲が肩代わりする形になります。

SECTION 12 よくあるご質問

母子健康手帳の記録は、もう意味がないのでしょうか。

まったく逆で、いま最も重要な書類のひとつです。助成の申請には「移植前にどの定期接種を受けたか」を証明する書類が必要で、多くの自治体が母子健康手帳の写しを求めます。手帳がないと、そもそも助成の対象として認定されないことがあります。大切に保管してください。

抗体検査で「陽性」と出れば、打たなくてよいのでしょうか。

立場が分かれるところです。欧州のECILや米国IDSAは「抗体が陰性の人だけ再接種すればよい」としており、フランスの当局は「血清の状態にかかわらず全員に接種」としています。米国の血液専門家のなかには「再接種しなければ抗体と長期の免疫記憶はどのみち失われるのだから、検査結果で判断すべきでない」という意見もあります。国内のガイドラインは、接種後も抗体価は年々下がるため、可能な限り抗体価を測ることが望ましい、という立場です。ご自身の主治医の方針に従ってください。

打ち直しには副反応のリスクはないのですか。

不活化ワクチンについては、健康な人と比べて有害事象が増えるという明確なエビデンスはありません。成人104人の試験でも、接種部位の痛みが18〜27%、発熱が1〜3%と軽微でした。注意が必要なのは生ワクチンのほうで、条件を満たさないまま接種すると、ワクチン株そのものによる感染症が起こりえます。だからこそ「2年+条件」という厳しい線が引かれています。

費用はどれくらいかかりますか。

ワクチンの種類と回数、医療機関によって異なるため一概には言えませんが、四種混合・Hib・肺炎球菌をそれぞれ3回、MR・水痘・おたふくかぜをそれぞれ2回といった一式を任意接種で受けると、総額はかなりの金額になります。20歳未満の方は、必ず接種の前にお住まいの市区町村にご確認ください。福岡県内では、2026年4月1日現在56市町村が助成制度を設けています。

20歳を過ぎていると、助成はまったく受けられないのですか。

福岡県が市町村に補助する条件、および福岡市の助成は20歳未満が対象です。ただし県の資料には「市町村によっては上記条件以外の方も助成の対象としている場合があります」との注記があり、自治体ごとに違いがあります。お住まいの市区町村の予防接種担当課に直接お問い合わせください。制度そのものについては、2026年6月から国の議論が再開しています。

家族は何をすればよいですか。

ご自身の予防接種を済ませておくことです。とくに麻しん・風しん・水痘については、患者さんの退院前に、免疫のないご家族が接種を済ませておくことがガイドラインで推奨されています。加えて毎年のインフルエンザワクチン、流行期の新型コロナワクチンも同様です。患者さんが自分で備えをつくれない期間、その代わりを担うのがご家族と周囲の方です。

ご相談ください

ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区を拠点に、緩和ケア・難病・希少疾患・精神科・認知症の在宅診療を行っています。造血幹細胞移植を受けられたあとの療養で、感染症への備えや、移植を受けた病院との連携についてご心配がある方は、ご相談ください。予防接種そのものは、移植を受けた病院や主治医の判断のもとで行うのが原則です。当院はその方針を前提に、在宅での療養と、いざというときの段取りづくりをお手伝いします。

なお、この記事は一般的な情報提供であり、個々の患者さんの接種可否を判断するものではありません。接種の時期や種類については、必ず移植を受けた医療機関の主治医とご相談ください。

REFERENCES 参考文献

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この記事の内容は2026年8月22日時点の情報にもとづいています。予防接種の制度は変更されることがあり、とくに造血幹細胞移植後の再接種については現在も国で議論が続いています。最新の情報は、厚生労働省およびお住まいの市区町村のホームページでご確認ください。当院は、記載した製薬企業からの資金提供・便宜供与を受けていません。