肺がん、皮下注射で手短にがん治療

肺がん、皮下注射で手短にがん治療

点滴に5時間かかっていた薬が、おなかへの注射で5分になりました。2026年3月18日に発売された「リブロファズ配合皮下注」は、肺がんの領域では日本で初めての皮下注射の抗がん薬です。

ただし、この「5分」がそのまま「家で打てる」を意味するわけではありません。誰が使えるのか、いくらかかるのか、手術や放射線とはどう組み合わせるのか。臨床試験の結果を、都合のよいところだけ切り取らずに読み解きます。

SECTION 01 まず結論——何がどう変わったのか

2025年12月22日、ヤンセンファーマの「リブロファズ配合皮下注」(一般名:アミバンタマブ/ボルヒアルロニダーゼ アルファ)が承認されました。もともと点滴薬「ライブリバント」として使われていた薬に、皮下で薬を広がりやすくする酵素を混ぜ、注射で打てるようにしたものです。2026年3月18日に薬価収載され、同日から使えるようになりました。

変わったことは、大きく3つです。

1
投与時間が数時間から約5分になった

点滴では初回に約5時間(2日に分けて)かかっていたものが、おなかの皮下に約5分で入ります。国際共同第3相試験PALOMA-3では、初回投与にかかった時間の中央値は皮下注が4.8分、点滴が5時間でした。

2
点滴中の反応(インフュージョンリアクション)が減った

悪寒・発熱・息苦しさなどの投与に伴う反応は、点滴群66%に対して皮下注群13%。日本人だけを取り出した解析でも、点滴60%に対して皮下注15%と、およそ4分の1に下がっていました。

3
効き目は点滴と同等——ただし「同等」の意味には注意が必要

この試験がいちばん確かめたかったのは「血液中の薬の濃度が点滴に劣らないこと」でした。効き目そのものについては、奏効率が皮下注30%/点滴33%で「劣っていない」と判定されています。生存期間については後ほど詳しく触れますが、報道で見かける数字ほど単純な話ではありません。

SECTION 02 肺がんの数字と、この薬が届く人の範囲

国立がん研究センターのがん統計では、肺がんは2023年に123,989例(男性81,381例、女性42,607例)が新たに診断され、2024年に75,569人(男性52,333人、女性23,236人)が亡くなっています。人口10万人あたりの罹患率は99.7、死亡率は62.8。5年相対生存率は39.3%(男性34.3%、女性48.8%)です(2026年7月22日更新)。

統計を読むときの3つの注意

① 年がそろっていません。罹患は2023年、死亡は2024年、生存率は2018年に診断された人の集計です。「罹患数から死亡数を引けば生きている人数」という計算はできません。

② 39.3%は2018年に診断された人の成績です。この記事で扱う薬はいずれも2024年以降に日本で承認されたもので、この数字にはまだ一切反映されていません。

③ 全体の平均です。肺がんは小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大きく分かれ、後者はさらに遺伝子の型で治療がまったく変わります。39.3%はそれらを混ぜた平均で、個々の人の見通しではありません。

この薬が対象になるのは「EGFR遺伝子変異」がある人

リブロファズが使えるのは、次の2つの場合です。

効能・効果使い方
EGFR遺伝子エクソン20挿入変異陽性の、切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんカルボプラチン+ペメトレキセドとの併用(A法/3週を1サイクル)
EGFR遺伝子変異陽性の、切除不能な進行・再発の非小細胞肺がんA法、または飲み薬のラゼルチニブ(ラズクルーズ錠)との併用(B法/4週を1サイクル)

EGFR遺伝子変異は、肺腺がんの中では欧米の患者さんで10〜15%、アジアの患者さんでは40〜50%にみられるとされ、日本を含むアジアは世界でもっともこの型が多い地域です。つまり、日本の肺がん診療にとって、この薬は「一部の珍しい型のための薬」ではありません。

変異の中で最も多いのがエクソン19欠失とL858R(この2つを合わせて「common mutation」と呼びます)で、3番目に多いのがエクソン20挿入変異です。エクソン20挿入変異は従来の飲み薬が効きにくく、実臨床での5年生存率は8%と、エクソン19欠失やL858Rの19%より低いことが報告されています。

SECTION 03 そもそも、なぜ皮下注射にできたのか

抗体の薬は分子が大きく、そのままでは皮下から吸収されにくいという壁がありました。そこで使われたのが、皮下組織のヒアルロン酸を分解する酵素(ボルヒアルロニダーゼ アルファ)です。薬が皮下で広がる「通り道」を一時的につくることで、大きな抗体でも吸収されるようになります。この仕組みは、乳がんのフェスゴや骨髄腫のダラキューロなど、すでに複数の薬で使われている技術です。

図1 リブロファズはどういう薬か
1 「EGFR」と「MET」——2つの的を1本でつかむ がん細胞の増殖を進めるEGFRと、薬から逃れる抜け道になるMETの 両方に結合する「二重特異性抗体」。それがアミバンタマブです。 2 酵素が、皮下の「通り道」をひらく 皮下のヒアルロン酸をほどく酵素を配合。大きな抗体でも皮下から 吸収されるようになり、点滴でなく注射で投与できます。 3 打つ場所はおなか、かかる時間は約5分 21〜23ゲージの針で腹部の皮下へ。1回15mLを超えるときは注射器を 分け、へそから5cm離した別の場所に続けて打ちます。
アミバンタマブ自体は2024年9月24日に点滴薬「ライブリバント」として承認済み。リブロファズはその皮下注射版で、成分の働きは同じです。

SECTION 04 どのくらいの頻度で通うのか

飲み薬のラズクルーズ(ラゼルチニブ)と組み合わせるB法の場合、4週間を1サイクルとして、最初の1サイクルは週に1回、2サイクル目からは2週に1回の投与になります。体重80kg未満なら1回1,600mg(1瓶)です。

図2 B法(ラズクルーズ併用)の通院スケジュール
●=リブロファズを打つ日(体重80kg未満:1回1,600mg) ○=打たない日 1サイクル目 (最初の4週間) 1日目 8日目 15日目 22日目 この4週間だけ、週に1回の通院になります 2サイクル目以降 (4週ごとに繰り返し) 1日目 15日目 以後は2週に1回。1回あたりの注射は約5分です
エクソン20挿入変異でカルボプラチン+ペメトレキセドと併用するA法は、3週間を1サイクルとする別のスケジュールになります。ラズクルーズ錠240mgは毎日1回、飲み薬として続けます。
血栓を防ぐ飲み薬が同時に始まります

ラゼルチニブと併用すると静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症・肺塞栓症)が増えることがわかっており、電子添文では併用開始から4か月間、アピキサバン1回2.5mgを1日2回のむことが定められています。重い腎不全(クレアチニンクリアランス15mL/分未満)ではアピキサバンが使えないため、この組み合わせ自体を選ばず別の治療を考えることになります。

SECTION 05 試験結果を、切り取らずに読む

当院の視点
「5分になったこと」と「長生きしたこと」は、確からしさが違う

PALOMA-3試験(418人、日本人56人を含む)の結果は、しばしば「皮下注射のほうが生存期間が長かった」と紹介されます。これは事実ですが、その一文だけを持ち帰ると読み違えます。臨床試験には「何をいちばん確かめたかったのか」という順位があり、順位が下の項目ほど、結果を確定的なものとして扱えないからです。

図3 PALOMA-3試験で、何がどこまで確かめられたか
評価項目の位置づけ 何を比べたか 結果 主要評価項目 (この試験の本題) 血液中の薬の濃度 点滴に劣らないことを証明(達成) 主な副次評価項目 (次に重要) 奏効率と無増悪生存期間 奏効率30% vs 33%で非劣性。 無増悪生存は有意差なし 探索的評価項目 (あらかじめ規定) 全生存期間 皮下注が良好(ハザード比0.62) ただしP値は「名目上」のもの ※追跡期間の中央値は約7か月。探索的評価項目は多重性の調整をしていないため、確定的な証明とは扱われません。
出典:Leighl NB, et al. J Clin Oncol. 2024;42(30):3593-3605.

もう少し具体的に書きます。この試験の主要評価項目は、投与2サイクル目の直前の血中濃度と、2サイクル目の薬物量(AUC)でした。点滴に対する比はそれぞれ1.145(90%信頼区間 1.040〜1.261)と1.032(同 0.976〜1.090)で、非劣性の基準である0.8を上回り、目的は達成されました。つまりこの試験がいちばん確かに示したのは「皮下注射でも薬はきちんと血中に届く」ということです。

効き目については、奏効率が皮下注30%・点滴33%(相対リスク0.92、95%信頼区間 0.70〜1.23)で非劣性が示されました。無増悪生存期間は6.1か月と4.3か月(ハザード比0.84、95%信頼区間 0.64〜1.10、P=0.20)で、皮下注のほうが長い傾向でしたが統計的な差はついていません。

そして全生存期間はハザード比0.62(95%信頼区間 0.42〜0.92、名目上のP=0.02)でした。研究者自身が論文の中でこれを「予想外」と表現し、投与経路や製剤の違いが結果に影響した可能性を示唆しています。理由はまだわかっていません。

当院の視点
日本人56人の数字を、そのまま持ち帰らない

2026年3月の日本臨床腫瘍学会で発表された日本人集団(56人)の解析では、皮下注群の無増悪生存期間・全生存期間はいずれも中央値に到達せず、点滴群は無増悪生存4.5か月・全生存8.8か月でした。数字だけ見れば劇的な差に見えます。

ただし56人という人数は、こうした比較を確定させるにはあまりに小さい。しかも点滴群の8.8か月は、全体集団の成績と比べても短めです。たまたま点滴群に状態の厳しい方が多く集まった、という説明も同じくらい成り立ちます。日本人でも全体と一貫した傾向だった、というところまでが、この解析から言えることだと考えています。

いっぽうで、患者さん本人の実感については、素直に読んでよい結果が出ています。投与のしやすさを尋ねた質問票では、皮下注群の85%(非常に簡便31%+簡便54%)が「簡便」と答えたのに対し、点滴群は35%でした。5時間が5分になるという事実は、統計の議論を待たずに、その人の一日を確かに変えます。

そもそも、この組み合わせは標準治療より優れているのか

ここまでは「点滴と皮下注、どちらで入れるか」の話でした。では、アミバンタマブとラゼルチニブという組み合わせ自体は、これまでの標準治療より優れているのでしょうか。

それを調べたのがMARIPOSA試験(1,074人、日本人78人を含む)です。未治療のEGFR遺伝子変異陽性(エクソン19欠失またはL858R)の患者さんで、この併用療法と、それまでの標準だったオシメルチニブ単剤を比べました。無増悪生存期間の中央値は23.72か月と16.59か月(ハザード比0.70)。追跡期間の中央値が37.8か月になった時点での全生存期間も、併用群が有意に長い結果でした(ハザード比0.75、95%信頼区間 0.61〜0.92、P=0.005)。この結果を受けて、『肺癌診療ガイドライン2025年版』は一次治療として「ラゼルチニブ+アミバンタマブ併用療法を行うよう強く推奨する」(推奨の強さ1、エビデンスの強さB)を新設しました。

当院の視点
得られるものと、差し出すもの

同じMARIPOSA試験で、グレード3以上の有害事象は併用群80%、オシメルチニブ単剤群52%でした。発疹、爪囲炎、肺塞栓症、ざ瘡様皮膚炎が上位に並びます。生存期間が延びる可能性と引き換えに、副作用の重さは確実に増えます。

また電子添文には、点滴製剤とラゼルチニブを併用した試験で、65歳以上の方は65歳未満と比べて死亡に至った有害事象・重篤な有害事象・投与中止に至った有害事象の割合が高い傾向だった、と記されています。高齢の方では併用の可否を慎重に判断することが求められています。

ですから「飲み薬1剤で済むオシメルチニブか、注射を加えた併用か」は、統計上どちらが優れているかだけで決まる問いではありません。体力、通院のしやすさ、皮膚や爪のトラブルにどこまで付き合えるか、血栓の予防薬をのめる腎機能かどうか。そこまで含めて主治医と相談する話です。皮下注射になって投与時間が短くなったことは、この判断材料のうち「通院のしやすさ」を一つ改善した、という位置づけになります。

SECTION 06 起こりうる副作用

皮下注射になって減ったのは、あくまで「投与に伴う反応」です。薬そのものの副作用は、点滴のときとほとんど変わりません。電子添文に記載されている主な頻度は次のとおりです。

症状頻度覚えておきたいこと
発疹54.8%顔・胸・背中に出やすい。保湿と日焼け対策を最初から
爪のまわりの炎症(爪囲炎)47.5%深爪を避ける。痛みで箸や靴がつらくなることがある
低アルブミン血症35.1%むくみの背景になる
末梢性のむくみ22.2%まぶた・手足。急な体重増加は要連絡
口内炎20%以上食事量が落ちる入口になりやすい
投与に伴う反応12.6%悪寒・発熱・息苦しさ。初回に多い
深部静脈血栓症/肺塞栓症3.1〜3.6%/2.4%片脚のむくみ・痛み、突然の息切れ・胸痛はすぐ連絡
肺臓炎・間質性肺疾患2.1%/0.9%死亡例の報告あり。空咳・息切れ・発熱はすぐ連絡
投与前に必ず胸部CTを撮ります

電子添文の警告には、間質性肺疾患による死亡例が報告されていること、投与開始前に胸部CT検査と問診で間質性肺疾患の合併や既往を確認したうえで可否を判断すること、そして特に治療初期は入院またはそれに準ずる管理の下で観察することが明記されています。もともと間質性肺炎がある方では、慎重な判断が必要になります。

SECTION 07 いくらかかるのか

リブロファズ配合皮下注は10mLの1瓶にアミバンタマブ1,600mgを含み、薬価は1瓶480,046円です(2026年3月18日薬価収載)。B法の2サイクル目以降は4週間に2回打つので、この薬だけで4週あたり約96万円になります。

ここに毎日のむラズクルーズ錠240mg(1錠12,354.70円)が加わります。合わせると1か月あたりおよそ140万円(薬価ベース、10割)という規模になります。最初の1サイクルは週1回・計4回打つため、その4週間はさらに高くなります。

図4 1か月の薬剤費と、実際に窓口で払う額
B法(リブロファズ+ラズクルーズ)の維持期を、70歳未満・区分ウの方で試算した例 薬の値段そのもの 約140万円 3割負担で計算すると 約42万円 高額療養費の上限 約9万7千円 4か月目からは 4万4,400円 ※他の検査や診察の費用は含めていません。実際の額は加入している健康保険によって変わります。
区分ウ(年収約370万〜770万円)の上限額は、2026年8月から「85,800円+(総医療費−286,000円)×1%」に改められました。
2026年8月から、高額療養費に「年間の上限」ができました

月ごとの上限額が引き上げられた一方で、8月から翌年7月までを対象期間とする年間上限が新設されました。区分ウ・エは53万円、住民税非課税の区分オは29万円です。毎月のように上限に達する治療が続く方にとっては、もう一段の天井として働きます。

また、直近12か月で3回以上上限に達すると4回目から適用される「多数回該当」(区分ウで44,400円)は、今回の見直しでも据え置かれました。治療を始める前に「限度額適用認定証」またはマイナ保険証の限度額情報の利用を手続きしておくと、窓口でいったん全額を立て替えずに済みます。

なお中医協の資料では、この薬のピーク時の予測販売金額は438億円とされています。1人あたりの額と、社会全体で負担する額は別の話で、どちらも見ておく必要があります。

SECTION 08 手術や放射線とは、どう組み合わせるのか

当院の視点
リブロファズ自体には、手術・放射線との組み合わせのエビデンスがありません

まず、いちばん誤解されやすいところをはっきりさせておきます。リブロファズの効能・効果は「切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」に限られており、電子添文には「本剤の術前・術後補助療法としての有効性及び安全性は確立していない」と2か所にわたって明記されています。放射線治療と併用したときの成績も、現時点で臨床試験のかたちでは確かめられていません。

つまり「新しい薬が出たから、手術や放射線と組み合わせればもっと効くはずだ」という発想は、この薬に関しては先走りです。組み合わせの話が意味を持つのは、リブロファズ単体ではなく、EGFR遺伝子変異のある肺がん全体の治療の組み立てを見たときです。

そちらでは、手術・放射線・薬の組み合わせがかなりはっきりしてきています。日本肺癌学会の『肺癌診療ガイドライン2025年版』では、切除できないⅢ期のEGFR遺伝子変異陽性例に対して、同時化学放射線療法のあとにオシメルチニブで維持療法を行うことを弱く推奨するクリニカルクエスチョンが新設されました(推奨の強さ2、エビデンスの強さB)。根拠となったLAURA試験では、無増悪生存期間の中央値が39.1か月とプラセボの5.6か月を大きく上回っています(ハザード比0.16)。

図5 EGFR遺伝子変異陽性の肺がんで、手術・放射線・薬はどう分担するか
病気の広がり 手術・放射線の役割 薬の役割 Ⅰ〜Ⅲ期/切除できる 手術が治療の中心 術後にオシメルチニブ(飲み薬) Ⅲ期/切除できない 化学放射線療法が中心 その後オシメルチニブで維持 Ⅳ期/転移が少数 原発巣と転移に放射線を追加 EGFRの飲み薬を続ける Ⅳ期/広く転移 症状に応じた緩和照射 リブロファズなどの薬物療法 ※リブロファズが対象とするのはいちばん下の段です。手術の前後に使う効果と安全性は確立していません。
出典:日本肺癌学会『肺癌診療ガイドライン2025年版』および各試験の報告をもとに作成。
当院の視点
転移が少ないときは、放射線を足す意味がある

院長は放射線治療専門医なので、ここは少していねいに書かせてください。転移の数が限られている状態(オリゴ転移)では、薬だけでなく原発巣と転移巣すべてに放射線を当てるほうがよい、という臨床試験があります。

中国5施設で行われたSINDAS試験は、転移が5個以下でEGFR遺伝子変異のある肺腺がん133人を、飲み薬だけの群と、先に放射線を当ててから飲み薬を始める群に分けました。無増悪生存期間の中央値は12.5か月と20.2か月、全生存期間は17.6か月と25.5か月で、いずれも放射線を加えた群が上回りました(いずれもP<0.001)。有効性がはっきりしたため、倫理委員会の勧告で試験は予定より早く終了しています。

ただし、この結果には読み方の条件がつきます。使われたのは第1世代の飲み薬(ゲフィチニブ・エルロチニブ・イコチニブ)で、現在の標準であるオシメルチニブは試験の設計上あえて除外されています。脳転移のある人も入っていません。そして胸部への放射線とオシメルチニブを同時に使うと放射線肺臓炎が増えるという報告もあり、この結果をそのまま今日の治療に当てはめることはできません。それでも「転移が少ないうちは、局所を叩く手段を放棄しない」という考え方自体は、複数の試験に支えられています。

骨転移の痛みに対する照射も忘れないでください。ガイドラインは20Gy/5回、30Gy/10回、8Gy単回といった通常照射を強く推奨しています(推奨の強さ1、エビデンスの強さA)。8Gyの単回照射なら、通院はたった1日です。薬が効いている最中でも、痛む場所だけを短期間で楽にできる手段がある、ということは知っておいて損がありません。

SECTION 09 ほかに、皮下注射で受けられる抗がん薬はあるのか

あります。ただし現時点では、がん種によって偏りがあります。肺がんの領域で皮下注射の抗がん薬が使えるようになったのは、リブロファズが初めてで、いまのところ唯一です。

薬(皮下注射の製剤)対象となる病気承認
ダラキューロ配合皮下注
(ダラツムマブ/ボルヒアルロニダーゼ)
多発性骨髄腫、全身性ALアミロイドーシス2021年3月
フェスゴ配合皮下注
(ペルツズマブ+トラスツズマブ/ボルヒアルロニダーゼ)
HER2陽性の乳がん、HER2陽性の進行・再発大腸がん2023年9月
ルンスミオ皮下注
(モスネツズマブ)
再発・難治性の濾胞性リンパ腫、大細胞型B細胞リンパ腫2025年12月
リブロファズ配合皮下注
(アミバンタマブ/ボルヒアルロニダーゼ)
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん2025年12月
サークリサ皮下注
(イサツキシマブ)
多発性骨髄腫2026年6月

このほか、前立腺がんや乳がんのホルモン療法(リュープロレリン、ゴセレリン、デガレリクスなど)や、骨転移に使うデノスマブは、以前から皮下注射で行われています。「皮下注射でがんの治療をする」こと自体は新しくありませんが、点滴が当たり前だった大きな抗体の薬が次々と皮下注射に置き換わっているのが、この数年の流れです。

肺がんでよく使われる免疫チェックポイント阻害薬についても、ニボルマブの皮下注射製剤が2024年12月に米国で承認されていますが、日本では2026年8月末の時点で点滴の製剤のみです。

なぜ、皮下注射化が進んでいるのか

理由は「よく効くようになるから」ではありません。皮下注射化の試験は、ほとんどが「点滴に劣らないこと」を示す設計です。目的は次の3つに整理できます。

1
患者さんの時間が返ってくる

4週に2回の投与でも、1回5時間なら年間で50時間以上を点滴室で過ごすことになります。仕事、家族との時間、遠方からの通院。数字に表れない部分がいちばん大きく変わります。

2
投与に伴う反応が減る

皮下からはゆっくり吸収されるため、血中濃度が急に上がりません。イサツキシマブの試験でも、投与に伴う反応は皮下投与群1.5%に対し静脈内投与群25.0%と報告されています。

3
点滴室と血管の負担が減る

点滴室の椅子は有限です。1人あたりの占有時間が短くなれば、同じ設備でより多くの人を治療できます。抗がん薬の点滴を長く続けて血管が細くなっている方にとっても、針を刺す負担が変わります。

ここから在宅医療の話

SECTION 10 「5分で打てる」と「家で打てる」は別のことです

当院の視点
この薬は、訪問診療で打つ薬ではありません

「注射なら家でも打てるのでは」というご質問を、皮下注射の抗がん薬が出るたびにいただきます。答えははっきりしていて、いまのところできません。理由は電子添文の警告に書いてあります。

まず「緊急時に十分対応できる医療施設において、がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで」投与することが求められています。投与に伴う反応は皮下注射でも12.6%に起こり、初回に多い。だから1サイクル目の1日目には副腎皮質ホルモン・抗ヒスタミン薬・解熱鎮痛薬をあらかじめ使い、様子を見ながら打ちます。さらに間質性肺疾患による死亡例が報告されているため、治療初期は入院またはそれに準ずる管理の下で観察することとされています。

皮下注射が変えたのは「病院にいる時間」であって、「病院に行くかどうか」ではありません。ここを取り違えると、期待した分だけ落胆することになります。

とはいえ、5時間が5分になることの意味を小さく見る必要もありません。2週に1回の通院が、丸一日仕事を休む予定から、午前中で終わる予定に変わる。これは生活の設計そのものが変わる差です。加えて、4週に1回の投与ができる製剤が2025年10月に承認申請されています。認められれば、通院の回数そのものがさらに減る可能性があります。

SECTION 11 では、在宅医療はどこで関わるのか

抗がん薬の投与は病院が担い、そのあいだの日々の体調と生活を家のそばで支える。これが役割分担です。訪問診療や訪問看護は、治療が終わった人だけのものではありません。

条件は「末期」ではなく「通院が難しいこと」

訪問診療の対象は「通院が困難な方」です。治療を続けているかどうかは関係ありません。抗がん薬の副作用で体力が落ちて外来の待ち時間がつらい、家族の付き添いが毎回は難しい、そういう段階から相談していただけます。

制度面では、次のことを知っておくと選択肢が広がります。

  • 訪問看護の枠が変わります。「末期の悪性腫瘍」に該当すると、訪問看護は介護保険ではなく医療保険の扱いになり、週の日数制限がなくなり、1日に複数回の訪問や2〜3か所のステーションからの訪問もできるようになります。
  • 40〜64歳の方も介護保険が使えます。がん(末期)は16の特定疾病に含まれます。「まだ65歳ではないから関係ない」と思い込んで、使えるサービスを使わないままの方が少なくありません。
  • 39歳以下の方には別の窓口があります。福岡市には小児・AYA世代の在宅療養を支援する制度があり、地域医療課(092-711-4892)が相談先です。

ご家族に見ていただきたいこと

治療は2週に1回でも、体は毎日変化します。次の8つは、家にいる人がいちばん早く気づけます。

見るところ何のサインか連絡の目安
空咳、息切れ、発熱間質性肺疾患その日のうちに連絡
片脚のむくみ・痛み、突然の胸痛や息切れ深部静脈血栓症・肺塞栓症その日のうちに連絡
歯ぐきの出血、あざ、黒い便血栓予防薬(アピキサバン)による出血その日のうちに連絡
顔・胸・背中の発疹皮膚障害広がる、ただれる、水ぶくれになるなら当日
爪のまわりの赤みと痛み爪囲炎歩きにくい、箸が持てないなら次の受診で相談
まぶたと足のむくみ、体重低アルブミン血症・体液貯留数日で2kg以上増えたら連絡
口の中の痛み、食べられた量口内炎水分が入らなくなったら連絡
注射したおなかの赤み・しこり注射部位の反応次の受診で見せる

とくに上の3つは、治療を続けられるかどうかを左右します。「様子を見ましょう」と言いたくなる症状ほど、連絡を早めにしてください。

SECTION 12 主治医に聞いておきたい5つのこと

質問なぜ聞くのか
私のがんは、EGFR遺伝子変異のどの型ですかエクソン19欠失/L858R/エクソン20挿入で、使える薬も見通しも変わります
点滴と皮下注射、私の場合はどちらを選べますか効能は同じでも、通院時間と投与に伴う反応の起こりやすさが違います
通院は何週おきに、1回何時間かかりますか仕事や介護の予定を立てるために必要な情報です
1か月の自己負担はいくらになりますか限度額適用認定証の手続きを、治療開始前に済ませておけます
手術や放射線を組み合わせる場面はありますか転移の数や場所によっては、局所治療を足す選択肢があります

SECTION 13 まとめ

  • リブロファズ配合皮下注は、肺がんの領域で日本初の皮下注射の抗がん薬です。2025年12月22日承認、2026年3月18日薬価収載。
  • 対象はEGFR遺伝子変異のある、切除できない進行・再発の非小細胞肺がんに限られます。手術の前後に使う効果と安全性は確立していません。
  • 投与時間は5時間から約5分に、投与に伴う反応は66%から13%に下がりました。ここは確かな成果です。
  • 「皮下注射のほうが生存期間が長い」という結果は、事前に決められた探索的評価項目のもので、確定的な証明ではありません。研究者自身が「予想外」と述べ、理由も未解明です。
  • 組み合わせるラゼルチニブとの併用療法自体は、ガイドライン2025年版で一次治療として強く推奨されています。ただしグレード3以上の副作用は80%と、オシメルチニブ単剤の52%より明らかに多い。
  • 薬剤費は1か月あたり約140万円ですが、高額療養費制度により窓口負担は月に約9万7千円、4か月目からは4万4,400円が上限になります。2026年8月からは年間の上限(区分ウ・エは53万円)も新設されました。
  • 皮下注射になっても、家で打てる薬ではありません。緊急時に対応できる医療機関で、医師のもとで投与します。
  • 在宅医療が関わるのは、投与そのものではなく、通院と通院のあいだの体調です。条件は「末期」ではなく「通院が難しいこと」です。
ふくろう訪問クリニックにできること
  • がん治療を続けながら、通院が負担になってきた方の訪問診療
  • 院長は放射線治療専門医です。緩和照射や局所治療を足す余地があるかどうか、病院の主治医と相談する橋渡しができます
  • 皮膚・爪・むくみ・口内炎など、治療を中断させかねない副作用の日常管理
  • 併設の訪問看護リハビリステーションと連携し、1日複数回の訪問にも対応します
  • 痛みの緩和、点滴、在宅酸素などの症状管理
  • ご家族の相談、今後の過ごし方の話し合い

福岡市早良区を中心に訪問しています。緩和ケア、難病、精神科・認知症にも対応しています。

この記事は一般の方に向けた情報提供であり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。実際の治療の選択は、必ず主治医とご相談ください。記載した薬価・制度・承認状況は2026年8月末時点のもので、その後変更される可能性があります。

参考文献

  1. ヤンセンファーマ株式会社「リブロファズ配合皮下注 電子添文」2026年7月改訂(第3版)
  2. 日本肺癌学会編『肺癌診療ガイドライン——悪性胸膜中皮腫・胸腺腫瘍含む——2025年版』(2024年版からの主な変更点一覧を含む)
  3. 国立がん研究センター がん情報サービス「がん統計」肺(2026年7月22日更新)
  4. Leighl NB, Akamatsu H, Lim SM, et al. Subcutaneous Versus Intravenous Amivantamab, Both in Combination With Lazertinib, in Refractory EGFR-Mutated Non-Small Cell Lung Cancer: Primary Results From the Phase III PALOMA-3 Study. J Clin Oncol. 2024;42(30):3593-3605. DOI: 10.1200/JCO.24.01001(PMID: 38857463)
  5. Yang JC-H, Lu S, Hayashi H, et al. Overall Survival with Amivantamab–Lazertinib in EGFR-Mutated Advanced NSCLC. N Engl J Med. 2025;393(17):1681-1693. DOI: 10.1056/NEJMoa2503001
  6. Lu S, Kato T, Dong X, et al. Osimertinib after Chemoradiotherapy in Stage III EGFR-Mutated NSCLC. N Engl J Med. 2024;391(7):585-597. DOI: 10.1056/NEJMoa2402614(PMID: 38828946)
  7. Wang XS, Bai YF, Verma V, et al. Randomized Trial of First-Line Tyrosine Kinase Inhibitor With or Without Radiotherapy for Synchronous Oligometastatic EGFR-Mutated Non-Small Cell Lung Cancer. J Natl Cancer Inst. 2023;115(6):742-748. DOI: 10.1093/jnci/djac015
  8. Jia W, Guo H, Jing W, et al. An especially high rate of radiation pneumonitis observed in patients treated with thoracic radiotherapy and simultaneous osimertinib. Radiother Oncol. 2020;152:96-100. DOI: 10.1016/j.radonc.2020.07.051
  9. Johnson & Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)プレスリリース「ライブリバントの皮下投与製剤『リブロファズ配合皮下注』製造販売承認を取得」2025年12月22日
  10. Johnson & Johnson(ヤンセンファーマ株式会社)プレスリリース「リブロファズ配合皮下注とラズクルーズ錠の併用療法 非小細胞肺がん治療において治療の利便性を向上」2026年3月27日(第23回日本臨床腫瘍学会学術集会 PS3-3)
  11. 医薬品医療機器総合機構(PMDA)「新医薬品の承認品目一覧(2025年4月〜2026年3月)」
  12. 厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて」(2026年8月施行分)
  13. サノフィ株式会社 プレスリリース「多発性骨髄腫治療薬『サークリサ』、皮下注射製剤の承認を取得」2026年6月19日