ショートスリーパーは実在するのか?

ショートスリーパーは実在するのか
― 遺伝子でわかったこと、まだわかっていないこと

「自分は3〜4時間眠れば十分だ」という人は、あなたの周りにもいるかもしれません。ナポレオンやエジソンの逸話とともに語られるショートスリーパー(短時間睡眠者)は、憧れの対象であると同時に、「本当は寝不足を我慢しているだけではないか」と疑われてもきました。

結論から言えば、本物のショートスリーパーは実在します。2009年以降、それを引き起こす遺伝子変異が5つ見つかっているからです。ただし同時にはっきりしているのは、自称ショートスリーパーの大多数は、その本物ではないということです。

このコラムでは、最新の遺伝学研究と公的ガイドラインをもとに、「本物」と「ただの寝不足」をどう見分けるか、そして本物なら本当に害はないのかを整理します。後半では、私たちが在宅診療の現場で日々出会う高齢の患者さんの「眠れない」「私は昔から短時間睡眠だ」という訴えの裏側について、一段深く掘り下げます。

SECTION 01まず結論

1. 実在する。ただし極めてまれ。
遺伝子変異による生まれつきの短時間睡眠(家族性自然短時間睡眠, FNSS)は医学的に確認されています。しかし原因遺伝子が特定されたのは世界でごく限られた家系・個人にとどまり、6時間未満で眠っている日本人の大多数はこれには当てはまりません。

2. 見分ける鍵は「睡眠時間」ではなく「取り戻そうとするかどうか」。
本物は休日に寝だめをせず、昼寝を必要とせず、目覚まし時計なしで自然に目が覚めます。逆に、休日に長く眠る・昼間にうとうとする・カフェインで持たせているなら、それは短時間睡眠者ではなく睡眠不足症候群です。

3. 「自分は平気だ」という感覚は、あてになりません。
実験では、6時間睡眠を2週間続けた人の成績は徹夜2晩分まで落ちていたのに、本人たちはその低下をほとんど自覚していませんでした。眠気の自覚は、能力の低下より先に頭打ちになります。

SECTION 02「本物のショートスリーパー」は、医学的に定義されている

睡眠医学の国際的な分類である国際睡眠障害分類 第3版(ICSD-3)には、「短時間睡眠者(Short Sleeper)」という項目があります。ただしこれは「睡眠障害」の章ではなく、「孤立性の症状および正常範囲の亜型」という章に置かれています。つまり医学の側は、これを病気ではなく、体質のばらつきの一種として扱っているということです。

この体質が家族の中で受け継がれる場合を家族性自然短時間睡眠(Familial Natural Short Sleep, FNSS)と呼びます。米国国立医学図書館の遺伝性疾患データベース(OMIM)にも、FNSS1・FNSS2・FNSS3として登録されています。遺伝形式は常染色体顕性(優性)遺伝で、親が持っていれば子に2分の1の確率で伝わります。

2-1|見つかっている5つの遺伝子

2009年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のグループが、生涯にわたり短時間睡眠だった母娘の DEC2(BHLHE41) 遺伝子に点変異を発見し、これが『Science』誌に報告されました。この母娘の平均睡眠時間は6.25時間で、変異を持たない親族の8.06時間より約1時間45分短いものでした。同じ変異を導入したマウスも覚醒時間が長くなり、「その遺伝子が原因である」ことが動物実験で裏づけられています。

その後、同じ研究グループを中心に、別の家系から次々と原因遺伝子が見つかりました。2025年5月には5番目の遺伝子 SIK3 の変異が『PNAS』誌に報告され、この分野は現在も動いています。

短時間睡眠体質に関わる5つの遺伝子(ヒトで報告されたもの) いずれも少数の家系・個人からの報告。動物モデルで睡眠時間の短縮が再現されている。 DEC2 / BHLHE41 2009年・Science 母娘の平均 6.25時間(非保因の親族は 8.06時間)。覚醒物質オレキシンの抑制が外れる。 FNSS1 12番染色体 ADRB1(β1アドレナリン受容体) 2019年・Neuron 3世代にわたる大家系。この変異のアレル頻度は公共データベースで10万分の約4。 FNSS2 10番染色体 NPSR1(ニューロペプチドS受容体1) 2019年・Sci Transl Med 報告された父子の睡眠は 5.5時間 と 4.3時間。記憶課題の成績低下も見られなかった。 FNSS3 7番染色体 GRM1(代謝型グルタミン酸受容体1) 2021年・Current Biology 独立した2家系から、同じ遺伝子の別々の変異が見つかった。 SIK3(塩誘導性キナーゼ3) 2025年5月・PNAS ← 最新 70歳女性の1例。同じ変異を入れたマウスは、対照より約30分睡眠が短かった。

図1|ヒトで報告された短時間睡眠関連遺伝子。いずれも「見つかった家系が少ない」ことに注意が必要です。5つ揃っても、集団全体の何%を説明できるかはまだわかっていません。

ポイント:これらの研究が説得力を持つのは、「短く眠る人がいた」という観察だけで終わらず、同じ変異をマウスに入れたら実際に睡眠が短くなったという因果関係の検証までセットで行われているからです。単なる自己申告のアンケート研究とは、エビデンスの質が大きく異なります。

SECTION 03では、どれくらいまれなのか

日本人の睡眠時間は世界的にも短いことが知られています。令和5年(2023年)国民健康・栄養調査では、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人の割合は男性38.5%・女性43.6%。男性の30〜50歳代、女性の40〜60歳代では4割を超えています。

つまり日本の働き盛り世代では、およそ4割が「6時間未満睡眠」です。この4割全員がショートスリーパーだとしたら、それはもう「まれ」ではありません。

一方でFNSSの側から見ると、原因遺伝子が同定された報告は、5つの遺伝子を合わせても世界でごく少数の家系・個人にとどまります。ADRB1の変異に至っては、公共の遺伝子データベース上のアレル頻度が10万分の約4と見積もられています(これは5つのうち1つの変異についての数字であり、FNSS全体の有病率ではありません)。

研究者の間では自然短時間睡眠者は人口の1%未満とみなされることが多いのですが、これは集団を悉皆調査して得られた数字ではなく、あくまで推定です。正確な有病率は、現時点では誰も知りません。

「6時間未満で眠っている人」の内訳イメージ 左の割合は令和5年国民健康・栄養調査の実数。右の内訳は模式的な表現です。 日本の成人(20歳以上) 6時間未満 6時間以上 男性 38.5% / 女性 43.6%(令和5年) その「6時間未満」の中身は? 仕事・育児・介護・スマホ・不眠症・睡眠時無呼吸など 遺伝子変異による本物の短時間睡眠者 1%未満と推定(正確な有病率は不明) 短く眠っていること自体は、短時間睡眠体質の証明にはなりません。 ほとんどの場合、原因は体質の側ではなく、生活と病気の側にあります。

図2|「6時間未満」という時間だけでは、体質か寝不足かを区別できません。緑の帯の幅は模式的な表現で、実際の比率を正確に描いたものではありません。

SECTION 04「本物」と「ただの寝不足」を分ける3つの問い

ここがこのコラムの中心です。米国睡眠医学会(AASM)の一般向け解説は、両者の違いをきわめて明快に述べています。短時間睡眠者は「取り戻そうとしない」。これに尽きます。

短く眠っているのに日中に眠気があり、休日に長く眠り、昼寝をする人は、短時間睡眠者ではなく睡眠不足症候群(Insufficient Sleep Syndrome)です。こちらはICSD-3の正式な「疾患」であり、症状が3か月以上続いていることが要件とされています。同じ「5時間睡眠」でも、片方は正常範囲の体質、もう片方は治療対象の病態ということになります。

3つの問いで見分ける ひとつでも「はい」があれば、体質ではなく睡眠不足の可能性が高くなります。 1 休日や連休に、平日より長く眠っていませんか 土曜の朝に2時間長く寝ているなら、それは「体が足りないと言っている」サインです。 本物の短時間睡眠者は、休日も平日とほぼ同じ時刻に自然に目が覚めます。 2 日中の眠気を、何かで打ち消していませんか 昼食後の強い眠気、会議中の居眠り、運転中のヒヤリ、目覚まし時計の複数セット、 「カフェインがないと持たない」── いずれも足りていないことの表れです。 3 若い頃から、ずっとそうでしたか 本物は子どもの頃からの生涯にわたる特徴で、家族にも同じ人がいることが多いもの。 「就職してから」「40代から」始まったなら、それは体質ではなく環境か病気です。 3つとも「いいえ」 短時間睡眠体質の可能性がある。 医学的には病気ではなく、治療も不要とされ ています。ただし下の注記もお読みください。 ひとつでも「はい」 睡眠不足症候群、あるいは不眠症・睡眠時 無呼吸などの睡眠障害が背景にあるかも しれません。相談する価値があります。

図3|見分けの3つの問い。診断は医療機関で行うものであり、この図は受診の目安を示すものです。

特に注意していただきたい落とし穴
「休日に長く眠れるのが幸せ」「昼寝をすると調子がいい」というのは、多くの方にとってごく自然な感覚です。しかしそれは睡眠が足りていないからこそ生まれる感覚でもあります。厚生労働省の『健康づくりのための睡眠ガイド2023』も、休日に長い睡眠が必要になるのは平日の睡眠が不足しているサインであり、いわゆる「寝だめ」は体内時計を乱すおそれがあると明記しています。

SECTION 05なぜ「自分は平気」という感覚があてにならないのか

短時間睡眠をめぐる議論で最も重要な研究は、実は遺伝子の話ではありません。2003年に『Sleep』誌に発表されたVan Dongenらの実験です。

健康な成人を、寝床にいる時間が4時間・6時間・8時間の3群に分け、14日間連続でその条件を守らせ、毎日認知機能を測定しました。並行して、まったく眠らせない「3晩徹夜」の群も比較対象としました。

5-1|結果:6時間睡眠を2週間で、徹夜2晩分まで落ちる

6時間群と4時間群では、注意力の課題(反応が抜け落ちる回数)が日ごとに積み上がるように悪化していきました。14日目には、6時間以下の群の成績はまる2晩徹夜した人と同程度まで落ちていました。しかも成績の低下は頭打ちにならず、日を追うごとに悪化し続けました。

5-2|そして本人は、それに気づいていなかった

この研究の最も重要な発見はここです。被験者の主観的な眠気の自己評価は、成績の低下に見合うほどには上がらなかったのです。論文の著者らは、これこそが「慢性的な睡眠不足は無害だ」と多くの人が思い込んでしまう理由だろうと述べています。

言い換えれば、「慣れた」という感覚は、実力が回復したからではなく、低下に気づく感度が鈍ったから生まれるということです。

「慣れた」の正体 ― 自覚と実力のずれ(模式図) Van Dongen et al. 2003 の知見を概念的に表したもので、実データのグラフではありません。 1日目 7日目 14日目 悪い 良い 客観的な成績(注意力テスト) 主観的な眠気(本人の自覚) この差が「慣れたつもり」 実力は落ち続け、自覚だけが頭打ちになる

図4|睡眠不足に「慣れる」とき、回復しているのは自覚のほうであって、能力ではありません。

5-3|本物のショートスリーパーでさえ、自己申告は3時間ずれていた

これは笑い話ではなく、2025年のPNAS論文に記録された事実です。SIK3変異が見つかった70歳の女性は、自分では「1日3時間しか眠らない」と申告していました。ところが手首に装着する活動量計(アクチグラフ)で実測すると、平均6.3時間眠っていたのです。

遺伝子変異を持つ正真正銘の短時間睡眠者ですら、自己申告と実測には3時間以上の開きがありました。「3時間しか寝ていない」という自己申告を、そのまま医学的な事実として扱えないことがよくわかる一例です。

ここまでのまとめ:「自分は短時間睡眠でも大丈夫」という判断には、二重の落とし穴があります。① 実際にはもっと眠っているかもしれない(時間の見積もり違い)。② 実際に低下している能力に気づいていないかもしれない(自覚の鈍化)。この2つを乗り越えるには、主観ではなく客観の物差しが必要です。

SECTION 06本物なら、健康への害はないのか

ここは正直にお伝えしたい部分です。答えは「今のところ害は報告されていない。ただし『無害だと証明された』わけでもない」となります。

6-1|「害がない」とされる根拠

  • 国際分類(ICSD-3)でもOMIMでも、短時間睡眠者は睡眠障害とはみなされていない
  • 研究者らの記述では、FNSSの方は日中の眠気も認知機能の低下も示さず、むしろ活動的で楽観的、複数の仕事をこなすといった傾向(研究チームは「behavioral drive」と呼んでいます)が報告されています。痛みの閾値が高い、ストレスへの耐性が高いといった観察もあります。
  • 研究を主導するUCSFのFu博士は、彼らは睡眠の「効率」が高い――多くの人が8時間半かけて行う脳の修復や老廃物の除去を、4〜6時間で完了しているのではないか、という仮説を示しています。

6-2|動物実験ではむしろ「良い」結果が出ている

2022年に『iScience』誌に発表された研究では、アルツハイマー病モデルマウスにFNSS変異(DEC2型・NPSR1型)を導入したところ、タウ病理の進行が抑えられ、アミロイド斑も少なかったと報告されています。「短く眠るから脳にゴミがたまる」という単純な図式は、少なくともこのモデルでは成り立ちませんでした。

6-3|それでも慎重であるべき理由

① 人数が少なすぎる。5つの遺伝子を合わせても、報告されているのはごく少数の家系です。まれな有害事象や、20年後・30年後に現れる差を検出できる規模ではありません。

② 長期追跡のコホート研究が存在しない。「FNSSの人を50年追いかけたら、そうでない人と比べて心筋梗塞や認知症の発症率はどうだったか」という研究は、まだ誰もできていません。「害の報告がない」は「害がないことを確認した」とは違います。

③ 動物実験の結果はヒトの結論ではない。マウスで病理が減ったことは重要な手がかりですが、それがヒトの臨床的な認知症発症率の低下を意味するかは別問題です。

④ 自分がFNSSかどうかを調べる実用的な手段がない。これらの遺伝子検査は臨床で日常的に行われるものではなく、一般の方が「自分は本物か」を確定させる方法は、現時点ではほぼありません。

したがって現実的な立場はこうなります。「短く眠っても平気な体質の人は確かにいる。しかし、自分がその一人だと自己申告で名乗り出るのは、統計的にほぼ間違いなく誤りである」

SECTION 07本物でない人が短時間睡眠を続けると、何が起きるか

こちらは対象者が桁違いに多く、エビデンスも豊富です。大規模な観察研究とそのメタ解析から、一貫した関連が報告されています。

アウトカム報告されている関連出典
全死因死亡睡眠6時間未満の人は、足りている人に比べて相対リスク約1.12倍Itani ら, Sleep Med 2017(睡眠ガイド2023も引用)
認知症50歳時点で6時間以下:HR 1.22/60歳時点:HR 1.37。50・60・70歳と持続的に短い人は約30%増Sabia ら, Nat Commun 2021(英国 Whitehall II、7,959人・25年追跡)
肥満・高血圧
糖尿病・心疾患
睡眠不足が慢性化すると発症リスクが上昇すると整理されている健康づくりのための睡眠ガイド2023(厚生労働省)
日中の事故・過失6時間以下を14日続けると、注意力は徹夜2晩相当まで低下Van Dongen ら, Sleep 2003
睡眠休養感の低下40〜64歳では、睡眠時間5.5時間未満かつ睡眠休養感が低いほど死亡リスクが高いという調査結果が紹介されている健康づくりのための睡眠ガイド2023

数字の読み方について(大切な注記)
上の表はいずれも観察研究に基づくもので、「短時間睡眠が原因で病気になった」ことを直接証明したものではありません。たとえば認知症については、認知症の初期変化そのものが睡眠を短くしている可能性(逆の因果)も否定しきれません。実際にSabiaらの研究でも、70歳時点の短時間睡眠と認知症の関連は統計的にはっきりしませんでした(HR 1.24、95%信頼区間 0.98–1.57)。

それでも、複数の異なる集団で、異なる病気について、同じ方向の関連が繰り返し出ていることは重く受け止めるべきです。加えて、介入実験(Van Dongenら)の結果は明快に「悪くなる」ことを示しています。

SECTION 08では、何時間眠ればよいのか

厚生労働省は2024年2月に『健康づくりのための睡眠ガイド2023』を公表しました。10年ぶりの改訂で、世代別の推奨事項が示されています。

世代別の目安(健康づくりのための睡眠ガイド2023) 必要な睡眠時間には個人差があります。数値は「目安」であり、全員に当てはまる基準ではありません。 4h6h8h10h12h14h 1〜2歳 3〜5歳 小学生 中学生・高校生 成人 高齢者(65歳〜) 11〜14時間 10〜13時間 9〜12時間 8〜10時間 6時間以上を目安に確保する(適正はおおむね6〜8時間と考えられる) 不足域 床上時間が8時間以上にならないことを目安に睡眠時間を確保する 長すぎる床上時間 高齢者だけ物差しが違います ― 「何時間眠るか」ではなく「何時間寝床にいるか」が指標になります(理由は次の章で)。

図5|世代別の目安。成人は「6時間以上」、高齢者は「床上時間8時間未満」と、指標そのものが切り替わる点に注目してください。

もうひとつ、このガイドが打ち出した重要な概念が「睡眠休養感」――睡眠によって休養がとれたという感覚です。時間だけでなく、この感覚を高めることが健康につながるとされました。令和5年の国民健康・栄養調査では、睡眠で休養がとれている人の割合は74.9%。裏を返せば、4人に1人は「眠っても休まった気がしない」状態にあります。

睡眠休養感を高める具体策(ガイドの要点より)

  • 寝室にスマートフォンやタブレットを持ち込まない。できるだけ暗くして眠る。
  • 就寝直前の夜食、眠るための飲酒(寝酒)は控える。
  • カフェインは1日400mg(コーヒーカップ約4杯=700mL)を超えると眠りにくくなる可能性がある。
  • 日中に適度に運動し、座りっぱなしの時間を短くする。
  • 「寝だめ」でつじつまを合わせるのではなく、平日の睡眠時間そのものを見直す。
SECTION 09 在宅診療の現場から ― 「私は昔からショートスリーパーです」の裏側

ここからは、私たちが訪問診療で日々出会う場面に即して、一段掘り下げます。在宅では、短時間睡眠の話はほとんど常に「高齢者の眠りの話」として現れます。そして高齢者の眠りは、これまで述べてきた成人の枠組みがそのままでは当てはまりません。

9-1|高齢者では「睡眠時間が短くなる」のは自然。問題は別のところにある

Ohayonらが65の研究・3,577人(5歳〜102歳)を統合したメタ解析によれば、加齢に伴って総睡眠時間・睡眠効率・徐波睡眠(深い眠り)・レム睡眠の割合が減り、入眠までの時間・浅い睡眠・中途覚醒が増えます。そしてこの分析で示された重要な点は、60歳を過ぎてなお下がり続けるのは「睡眠効率」だけだということです。

睡眠効率とは、寝床にいた時間のうち実際に眠っていた時間の割合です。つまり高齢者に起きているのは「必要な睡眠が減った」よりも、「寝床にいる時間だけが長くなり、その中で眠れていない時間が増えている」という現象です。

だから睡眠ガイド2023は、高齢者にだけ「床上時間が8時間以上にならないように」という、成人とは逆向きの助言を置いています。長く寝床にいることは、眠りを増やすのではなく薄めてしまうのです。

同じ「7時間眠れない」でも、中身がまるで違う 濃い部分=実際に眠っている時間/薄い部分=寝床にいるが眠っていない時間(模式図) 働き盛りの方:床上7時間・睡眠6.5時間 眠っている 6.5時間 睡眠効率 93% 在宅の高齢者:床上10時間・睡眠6時間 眠っている 6時間 寝床で目が覚めている 4時間 睡眠効率 60% 下の方が訴えるのは「夜中に何度も目が覚める」「寝つけない」。しかし睡眠時間そのものは30分しか違いません。 この場合に必要なのは、睡眠薬を足すことではなく、寝床にいる時間を短くすることです。

図6|同じ睡眠時間でも、床上時間が違えば体験はまったく別のものになります。高齢者の不眠の訴えの多くは、この構造から生まれます。

9-2|訪問でまず伺うのは「眠れていますか」ではありません

「よく眠れていますか」と尋ねると、多くの方が「あまり眠れません」と答えられます。しかしこの答えからは、何をすればよいかがわかりません。私たちが伺うのは、次の3点です。

  1. 何時に寝床に入り、何時に寝床から出ますか(床上時間を知るため)
  2. そのうち、だいたい何時間眠れていますか(実睡眠時間の見当をつけるため)
  3. 日中、うとうとされることはありますか。あるとしたら何時ごろ、どのくらい(昼の睡眠を含めた24時間の総量を知るため)

この3つを、ご本人だけでなくご家族やヘルパーさんにも別々に伺うのが要点です。夜間の様子はご本人が最も知らない情報であり、「一睡もしていない」と言われる方が実際にはよく眠っておられることも、その逆も、どちらもよくあります。

9-3|「私は昔からショートスリーパーで」というお話の下に隠れているもの

高齢の患者さんが「若い頃から短時間睡眠なので気にしていません」とおっしゃるとき、私たちはむしろ丁寧に確認します。本当に生涯にわたる体質である方もいらっしゃいますが、次のような状態が「体質」という言葉で覆われていることが少なくないからです。

訴えの形疑うこと手がかり
朝早く目が覚めて、そこから眠れないうつ状態早朝覚醒は典型的な症状。食欲低下・興味の減退・「早く迎えが来てほしい」という言葉
夜中に何度も目が覚める夜間頻尿、心不全、疼痛1晩の排尿回数、下腿浮腫、起き上がるときの表情
寝つけない・脚がむずむずするレストレスレッグス症候群夕方から悪化し動くと楽になる。鉄欠乏や腎機能低下が背景にあることがある
いびきが大きい・日中の強い眠気睡眠時無呼吸ご家族が呼吸の止まりに気づいていることが多い
夜中に大声を出す・手足を動かすレム睡眠行動障害夢の内容と動きが一致する。パーキンソン病やレビー小体型認知症に先行することがある
薬を飲んでも眠れないステロイド、一部の降圧薬・気管支拡張薬、利尿薬の夕方内服お薬手帳と服用時刻の確認

いずれも「体質」ではなく、対処できる原因です。ここを飛ばして睡眠薬に進むと、原因は残ったまま副作用だけが加わることになります。

当院の視点

9-4|「眠れない」と言われたときに、薬を足す前に見る5つのこと

訪問診療で睡眠薬を新たに処方する前に、私たちが必ず確認しているのは次の5点です。どれも薬ではありませんが、実際にはこの5点の調整だけで解決することが少なくありません。

  1. 日中の光:カーテンを開けているか。日中ずっと薄暗い居室にいると、体内時計を合わせる信号が入りません。ベッドの向き、日中に過ごす場所を窓際に移せないか。
  2. 離床している時間:日中に何時間、寝床から離れているか。デイサービスやリハビリの曜日、通っていない日の過ごし方。日中に寝床にいる時間が長いほど、夜の眠りは薄くなります。
  3. 夕方以降の水分とカフェイン:夜間頻尿で目が覚めているなら、水分制限ではなく「飲む時刻をずらす」ことが第一手です(脱水は在宅では常に警戒すべきなので、総量を減らす指示は慎重に)。緑茶・紅茶も含めて確認します。
  4. 痛み:眠れない理由が痛みであることは、驚くほど多いものです。ご本人が「痛い」と言わなくても、寝返りの回数や介助時の表情で見当がつきます。眠れない痛みには、睡眠薬ではなく鎮痛薬です。
  5. 夜間のケアのタイミング:おむつ交換、体位変換、点滴の滴下確認、機器のアラーム。本人が眠りたい時刻に、私たちが起こしてしまっていないか。ケアの時刻をずらすだけで眠れるようになる方がいらっしゃいます。

この5点を確認したうえで、それでも必要であれば薬剤を検討します。順番が逆にならないことが大切です。

9-5|在宅では、睡眠薬の害は「転倒」というかたちで現れる

日本老年医学会の『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』は、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬について、認知機能低下・転倒骨折・日中の倦怠感のリスクがあるため可能な限り使用を控え、特に長時間作用型は使用すべきでないとしています(エビデンスの質:高、推奨度:強)。さらに非ベンゾジアゼピン系(いわゆるZドラッグ)にも転倒・骨折のリスクが報告されており、漫然と長期投与せず少量にとどめるよう求めています(エビデンスの質:中、推奨度:強)。

病院であれば、ふらついてもナースコールと手すりと人手があります。在宅の夜間には、それがありません。薬でぼんやりした状態でトイレに立ち、廊下で転倒し、大腿骨近位部を骨折して、そのまま歩けなくなる ―― これは在宅診療において最も避けたい経過のひとつです。「眠れないのがつらい」という訴えに応えたつもりの一錠が、その方の生活を終わらせてしまうことがあります。

9-6|減らしたいと思っているのは、実は制度も同じ

「長年飲んでいる睡眠薬を減らしましょう」とお伝えすると、「今さらなぜ」と戸惑われるご家族は少なくありません。そのとき私たちが説明の材料にしているのが、診療報酬制度の側の動きです。

項目内容
向精神薬長期処方の減算不安・不眠に対し、ベンゾジアゼピン受容体作動薬を1年以上、同一成分・同一の1日用量で連続処方している場合、処方料は29点(通常42点)、処方箋料は40点(通常68点)に減額される
除外規定不安・不眠に係る適切な研修、または精神科薬物療法に係る適切な研修を修了した医師の処方、および直近1年以内に精神科医の助言を得ている処方は対象外
てんかん治療てんかんの治療のための処方は該当しない
向精神薬調整連携加算減薬したうえで、薬剤師または看護師と協働して症状の変化等を確認している場合に12点を加算できる

ここで重要なのは点数の多寡ではありません。国の制度が「ベンゾジアゼピン受容体作動薬の漫然とした長期処方は望ましくない」という判断を明確に示しているという事実です。減薬は、担当医の個人的な方針ではなく、医学的なガイドラインと制度の双方が同じ方向を向いている取り組みなのだと、ご家族にお伝えしています。

もちろん、急にやめるべきではありません。ベンゾジアゼピン受容体作動薬には離脱症状があり、厚生労働省の副作用対応マニュアルでも、短時間作用型は漸減法、長時間作用型は休薬日を徐々に増やす隔日法を基本とし、両者を組み合わせるのが合理的とされています。年単位でゆっくり進めるつもりで臨みます。

9-7|認知症の「昼夜逆転」は、多くの場合「夜眠らない」ではなく「昼に眠っている」

ご家族から「夜中に起き出して困る」というご相談を受けたとき、私たちがまず作るのは24時間の睡眠分布です。夜間の睡眠だけを見ていると「4時間しか眠っていない」ように見える方が、日中に合計5時間うとうとしていて、24時間の総量では9時間眠っている、ということがしばしばあります。

この場合、夜に睡眠薬を足しても解決しません。総量は足りているので、薬は「眠らせる」のではなく「ぼんやりさせる」だけになり、転倒が増えます。必要なのは睡眠の総量を増やすことではなく、24時間のうちの配置を変えることです。朝の光、日中の離床と活動、夕方以降の仮眠の回避 ―― 地味ですが、これが本筋の治療です。

9-8|いちばん眠れていないのは、ご家族かもしれません

在宅医療において、統計に現れない睡眠不足の当事者は介護しているご家族です。夜間の見守り、2時間おきの体位変換、徘徊への警戒、点滴やポンプのアラーム。細切れの睡眠が何か月も続きます。

ここでVan Dongenらの知見が、そのまま当てはまります。ご家族は「慣れました」とおっしゃいます。しかし慣れているのは自覚であって、判断力ではありません。介護をされているご家族が、車の運転で危ない思いをした、薬を間違えそうになった、些細なことで感情が抑えられなくなった ―― これらは性格の問題でも愛情の問題でもなく、睡眠不足の症状です。

ご家族の睡眠を守るために、在宅でできること

  • ショートステイやレスパイト入院を、「限界が来てから」ではなく定期的に予定として組み込む
  • 訪問看護の夜間対応・緊急時訪問を利用し、「何かあったら電話できる」状態をつくる(これだけで眠れるようになるご家族がいます)。
  • 夜間のケアの回数が本当に必要な回数か、多職種で見直す。体位変換の間隔、おむつの種類の変更で、夜間の起床回数を減らせることがあります。
  • 訪問診療の場で、患者さんだけでなくご家族の眠りについても必ず伺う
当院の視点

9-9|終末期に「眠っている時間が長くなる」ことについて

ここまで「短く眠ること」の話をしてきましたが、在宅診療の終盤で私たちが向き合うのは、その正反対の場面です。「最近、一日中眠っているんです。起こしたほうがいいのでしょうか」というご家族からの問いかけです。

お伝えしていることは、大きく3つです。

ひとつ、傾眠は多くの場合、自然な経過です。亡くなる前の数日から数週間、覚醒している時間が短くなっていくのは、病気が悪くなったからというより、体がそちらに向かっている自然な変化です。無理に起こす必要はありません。

ふたつ、ただしせん妄との区別は必要です。昼夜が入れ替わり、夜になると落ち着かず、つじつまの合わないことをおっしゃる ―― これは自然な傾眠ではなく、せん妄かもしれません。脱水、感染、便秘、尿閉、薬剤(特にオピオイドやベンゾジアゼピン受容体作動薬)といった、取り除ける原因が隠れていることがあります。せん妄は「終末期だから仕方ない」で片づけてよいものではありません。

みっつ、眠っている時間は、失われた時間ではありません。「話せる時間が減ってしまった」と落ち込まれるご家族に、私たちはこうお伝えしています。手を握る、名前を呼ぶ、そばに座って一緒に眠る ―― 眠っておられる時間にも、関係は続いています。目を覚まさせて会話することだけが、そばにいることではありません。

そして限られた覚醒の時間に何をしたいかは、あらかじめご家族と話し合っておけることでもあります。ご本人が眠っている時間が長くなってからでは、決められないことがあるからです。

SECTION 10場面別・早見表

こんなとき考えられることまず取る手
平日5時間・休日8時間眠っている短時間睡眠体質ではなく、睡眠不足休日の起床時刻はそのままに、平日の就寝時刻を15分ずつ早める
5時間睡眠だが休日も同じ時刻に起き、昼寝も不要短時間睡眠体質の可能性がある特別な対処は不要。ただし日中の眠気や事故の予兆が出たら見直す
「慣れたので大丈夫」と感じている自覚の鈍化。実力は落ちている可能性2週間だけ7時間確保してみて、変化があるか自分で確かめる
いびきが大きく、日中に強い眠気睡眠時無呼吸時間の問題ではないので、医療機関で検査を
寝つけないのではなく、早朝に目が覚めるうつ状態の可能性睡眠薬より先に、気分・食欲・意欲を含めた相談を
高齢の家族が「眠れない」と言う床上時間が長すぎる可能性寝床に入る時刻を遅らせ、朝は決まった時刻に寝床から出る
高齢の家族が夜中に起き出す昼夜逆転(日中の睡眠過多)24時間の睡眠を記録し、日中の光と離床を増やす
睡眠薬を長年飲み続けている転倒・骨折・認知機能低下のリスク自己判断で中止せず、主治医と年単位の減量計画を立てる
介護しているご家族が眠れていない介護者自身の睡眠不足レスパイトの定期利用、夜間ケアの回数の見直し

SECTION 11よくあるご質問

遺伝子検査を受ければ、自分がショートスリーパーかどうかわかりますか。

実用的には、わかりません。報告されている5つの遺伝子は日常診療で検査する対象ではなく、また「これらの変異がない=短時間睡眠体質ではない」とも言い切れません(未発見の遺伝子が残っている可能性が高いため)。現時点でより確実な手がかりは、遺伝子ではなく「休日に寝だめをしないか」「日中に眠気がないか」という行動のほうです。

訓練すればショートスリーパーになれますか。

なれません。Van Dongenらの実験では、6時間睡眠を14日間続けても成績は改善に転じることなく、日ごとに悪化し続けました。適応したように感じられるのは、眠気の自覚が頭打ちになるためです。短時間睡眠を売りにする書籍やセミナーがありますが、こうした介入研究の結果と整合しません。

歴史上の偉人には短時間睡眠者が多いと聞きます。

ナポレオンやエジソンの逸話は有名ですが、いずれも本人や周囲の証言に基づくもので、客観的な睡眠測定の記録はありません。エジソンについては日中に頻繁に仮眠をとっていたという記述も残っています。SECTION 05で述べたとおり、遺伝子変異を持つ本物の短時間睡眠者ですら自己申告は3時間ずれていました。歴史上の証言は、なおのこと慎重に扱う必要があります。

短く眠っていますが、健康診断はすべて正常です。問題ないということでしょうか。

健康診断で拾えるのは、すでに数値に現れた変化です。睡眠不足が関連するとされるアウトカム(認知症、心血管疾患)は、10年・20年単位で差が出てくるものであり、今年の検査値が正常であることは、その将来を保証しません。判断材料としては、検査値よりも日中の眠気の有無のほうが役に立ちます。

高齢の親が「年をとって睡眠時間が短くなったが自然なことだ」と言います。放っておいてよいですか。

睡眠時間が短くなること自体は、加齢に伴う自然な変化です。ただし確認していただきたいのが、寝床にいる時間日中うとうとしている時間です。夜7時間眠っていても寝床に11時間いるなら、その方が感じている「眠れない」は、時間の問題ではなく配置の問題です。また、早朝覚醒・大きないびき・脚のむずむず・夜間の大声は、加齢では説明できない所見なので、一度ご相談ください。

睡眠薬を長年飲んでいる家族がいます。今からやめられますか。

やめられる方は多くいらっしゃいます。ただし自己判断での中止は避けてください。ベンゾジアゼピン受容体作動薬には不眠の反跳やせん妄などの離脱症状があり、急にやめると、やめる前より状態が悪くなることがあります。実際には、作用時間の短い薬は少しずつ量を減らし、長い薬は飲まない日を徐々に増やす、という方法を組み合わせながら、年単位で進めていきます。主治医に「減らしていきたい」とお伝えいただければ、計画を一緒に立てられます。

眠りのことでお困りのとき

ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区を中心に訪問診療を行っています。緩和ケア・難病・精神科・認知症を専門領域とし、ご自宅で療養される方とそのご家族を支えています。

「夜眠れないと言われるが、どうしてよいかわからない」「睡眠薬を長く飲んでいて心配」「介護している自分のほうが眠れていない」――こうしたご相談も、診療の大切な一部です。訪問看護ステーションと連携しながら、夜間の過ごし方を含めて一緒に考えます。どうぞお気軽にお声かけください。

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※本コラムは一般の方向けの情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。睡眠薬の減量・中止は必ず主治医にご相談のうえで行ってください。記載した診療報酬上の取扱いは執筆時点のものです。文献の解釈や数値の丸めについては原典をご確認ください。