「薬を飲みはじめてから、明らかに食べる量が増えた」
「1年で12キロ増えて、服が全部入らなくなった」
精神科・心療内科の外来でも、私たちが伺う訪問診療の現場でも、これはとてもよく聞く訴えです。そして多くの方が、それを「自分の意志が弱いせいだ」と考えて、主治医にも家族にも言えないまま抱えています。
結論から言えば、意志の問題ではありません。一部の精神科の薬は、脳にある食欲のスイッチを薬理学的に押します。押されている以上、我慢だけで抑えるのは無理があります。一方で、薬による差はきわめて大きく、「精神科の薬はどれも太る」という言い方も正確ではありません。
この記事では、どの薬がどれくらい体重を増やすのか、なぜ増えるのか、そして今日から何ができるのかを、学会のガイドラインと査読付き論文、それに2026年7月に動いたばかりの行政の判断まで含めて整理します。
SECTION 01 先に、大事なことを3つ
ヒスタミンH1受容体とセロトニン5-HT2C受容体を強くふさぐ薬ほど、体重が増えます。17種類の抗精神病薬を12種類の受容体との結合の強さで調べた研究では、体重増加をいちばんよく説明したのが「H1受容体への結合の強さ」でした。空腹感そのものが薬でつくられているので、気合いでは止まりません。
38週間で体重が7%以上増えた人の割合は、クロザピンで76.3%、オランザピンで36.9%。一方でアセナピンは16.4%、クエチアピンは17.0%でした。抗うつ薬どうしの差はこれよりはるかに小さく、6か月で数百グラムの単位です。「精神科の薬」とひとくくりにできる話ではありません。
体重増加は飲みはじめて12〜16週までに出やすく、この時期は頻回に体重を測ることが勧められています。増えてから戻すより、増やさないほうがずっと楽です。ただし、体重が増えたことを理由に自分で薬をやめると、精神症状の再発リスクが跳ね上がります。減らすかどうかは、必ず主治医と一緒に決めてください。
SECTION 02 なぜ太るのか——入口・出口・中身
「薬で太る」と聞くと、多くの方が「食欲が出るから」の一言で理解しようとします。実際にはそれは三つある経路のうちの一つにすぎません。入口(食べる量)、出口(使う量)、そして中身(代謝そのもの)が、それぞれ別々に動きます。
図1:体重増加は「食欲が増える」だけでは説明できません。三つの経路が同時に動きます。
入口:食欲そのものが強くなる
花粉症の薬を飲むと眠くなります。あれはヒスタミンH1受容体をふさいでいるからです。多くの抗精神病薬と一部の抗うつ薬は、同じH1受容体を強くふさぎます。そして視床下部のH1受容体がふさがれると、AMPKという「エネルギーが足りない」を知らせるセンサーが入りっぱなしになることがマウスの実験で示されています。脳が飢餓状態だと判断しているわけですから、食欲が強くなるのは当然の帰結です。
もう一つがセロトニン5-HT2C受容体です。これは満腹を伝えるPOMCニューロンのスイッチにあたります。ここがふさがれると、食べても「もういい」という感覚が立ち上がりにくくなります。甘いものや炭水化物が欲しくなる、という訴えが多いのはこのためです。
さらに、脂肪が増えれば本来は食欲を止めるはずのレプチンというホルモンが増えます。ところが薬を飲んでいると、レプチンの値は高いのに食欲が止まらない、という「効かない状態」が起こります。
図2:体重や血糖に関わる主な受容体。薬ごとに、どの受容体をどれくらいふさぐかが違います。
出口:使うエネルギーが減る
鎮静の強い薬では、日中の眠気やだるさ、動きの少なさが出ます。手足のこわばりや動作の遅さ(パーキンソン症状)が加わると、通勤や家事といった日常の活動量そのものが落ちます。食べる量が同じでも、これだけで体重は増えていきます。
中身:代謝そのものが変わる
ムスカリンM3受容体は、膵臓でインスリンを出す指令を受け取る受容体です。ここがふさがれるとインスリンの出足が鈍り、体重とは関係なく血糖が上がることがあります。肝臓では脂肪の合成を進める転写因子が働きます。
健康な男性12人に、食事も運動も生活リズムも厳密にそろえたうえでミルタザピン30mgを7日間だけ飲んでもらった試験があります。わずか1週間、しかも食べすぎようのない条件下で、代謝とエネルギーの使われ方に変化が生じました。つまり「食べすぎたから値が悪くなった」だけではなく、薬そのものが代謝に直接効いている部分があるということです。体重があまり増えていなくても、採血の値だけが動くことがあるのはこのためです。
SECTION 03 どの薬が、どれくらい太るのか
抗精神病薬——差が非常に大きい
31種類の抗精神病薬について、13週を超える臨床試験137件・のべ35,007人分のデータを統合した解析(追跡期間の中央値45週)があります。プラセボと比べた平均の体重増加は、クロルプロマジンが5.13kgで最も大きく、続いてクロザピン4.21kg、ゾテピン3.87kg、オランザピン3.82kgでした。一方で、ハロペリドール、アリピプラゾール、ルラシドン、カリプラジン、ジプラシドンなどでは、統計的にはっきりした体重増加は確認されませんでした。
ただし「平均何kg」は、増える人と増えない人が混ざった数字です。実際の診療で知りたいのは「自分が大きく増える側に入る確率」でしょう。それを見たのが次の図です。
図3:38週間の使用で、開始時より体重が7%以上増えた人の割合。7%というのは、60kgの方なら4.2kgにあたります。
この数字は薬ごとに別々の試験をまとめたもので、薬どうしを直接くらべた「ランキング」ではありません。たとえばハロペリドールが22.8%と高めに見えますが、これはハロペリドールが比較対照として使われた試験の集まりであり、平均体重増加の解析ではむしろ最も小さい部類に入ります。数字は「その薬を飲んだ人の集団でどうだったか」として読んでください。なお、アミスルプリドは日本では発売されていません。
初めて薬を飲む人は、もっと増えます
初回エピソードの精神病または発症早期の統合失調症を対象にした26件のランダム化試験を統合した解析では、オランザピンによる体重増加は平均7.53kgでした。さらに試験期間で分けると、13週以内の試験で5.51kg、13週を超える試験では11.35kgです。長く使うほど増えます。そしてこれは、慢性期で既に何年も薬を飲んでいる方の平均(3〜4kg)よりずっと大きい数字です。
「はじめて薬を飲む若い方にオランザピンを使うときは、体重をとくに注意深く見る」——これが今の標準的な考え方です。
抗うつ薬——差は「数百グラム」の世界
図4:8種類の抗うつ薬を実際に開始した183,118人を追跡し、セルトラリンを基準に6か月後の体重を比較した結果。差はいずれも0.5kg未満です。なお、ブプロピオン・フルオキセチン・シタロプラムは日本では発売されていません。
抗精神病薬とくらべると、抗うつ薬どうしの差はずっと小さいことがわかります。ただしこれは「抗うつ薬なら太らない」という意味ではありません。英国の29万人を10年間追跡した研究では、抗うつ薬を飲んでいない人で体重が5%以上増える割合が年100人あたり8.1人だったのに対し、飲んでいる人では11.2人でした(調整後1.21倍)。そのなかでミルタザピンが1.50倍と最も高く、ここは図4の物差しとは別のレベルの話になります。
気分安定薬・その他の薬
| 分類 | 一般名(主な商品名) | 体重増加の目安 | 主に関わる仕組み |
|---|---|---|---|
| 抗精神病薬 (増えやすい) | クロザピン(クロザリル) | 大きい | H1・5-HT2C・M3すべてを強く遮断 |
| オランザピン(ジプレキサ) | 大きい | H1・5-HT2C・M3を強く遮断 | |
| クロルプロマジン(コントミン、ウインタミン) | 大きい | H1遮断が強い | |
| ゾテピン(ロドピン) | 大きい | H1・5-HT2C遮断 | |
| 抗精神病薬 (中くらい) | クエチアピン(セロクエル、ビプレッソ徐放錠) | 中くらい | H1遮断。血糖上昇の注意は大きい |
| リスペリドン(リスパダール)/パリペリドン(インヴェガ) | 中くらい | 5-HT2C遮断、プロラクチン上昇 | |
| アセナピン(シクレスト舌下錠) | 中くらい | H1・5-HT2C遮断 | |
| レボメプロマジン(ヒルナミン、レボトミン) | 中くらい | H1遮断が強い | |
| 抗精神病薬 (増えにくい) | アリピプラゾール(エビリファイ)/ブレクスピプラゾール(レキサルティ) | 小さい | H1・5-HT2Cへの結合が弱い |
| ルラシドン(ラツーダ) | 小さい | H1への結合がごく弱い | |
| ハロペリドール(セレネース)/ブロナンセリン(ロナセン) | 小さい | D2中心で、H1への作用が弱い | |
| 抗うつ薬 | ミルタザピン(リフレックス、レメロン) | 大きい | H1・5-HT2C・5-HT3をまとめて遮断 |
| アミトリプチリン(トリプタノール)など三環系/ミアンセリン(テトラミド) | 中くらい | H1遮断、抗コリン作用 | |
| パロキセチン(パキシル)/エスシタロプラム(レクサプロ)/デュロキセチン(サインバルタ) | 小〜中 | 長期でじわじわ。差は数百グラム単位 | |
| 気分安定薬 | バルプロ酸(デパケン、セレニカ) | 中〜大 | 食欲亢進、インスリン抵抗性 |
| 炭酸リチウム(リーマス) | 中くらい | 食欲亢進、甲状腺機能低下、口渇による飲料摂取 | |
| ラモトリギン(ラミクタール)/カルバマゼピン(テグレトール) | 小さい | ラモトリギンはほぼ体重に中立 | |
| その他 | ヒドロキシジン(アタラックス-P)など鎮静性の抗ヒスタミン薬 | 小〜中 | H1遮断。不安やかゆみに対して使われる |
「大きい」に入っている薬が悪い薬という意味ではまったくありません。クロザピンは、ほかの薬が効かない治療抵抗性統合失調症に対して唯一といっていい選択肢です。オランザピンも効果の面では上位に位置します。体重の増えにくさと効き目は別の軸で、そのバランスをどう取るかが主治医との相談の中身になります。
SECTION 04 オランザピンが日本で「糖尿病に禁忌」なわけ
体重の話をするとき、日本ではオランザピン(ジプレキサ)とクエチアピン(セロクエル)だけが別扱いになっています。この2剤は、日本の添付文書で糖尿病の患者さんと、糖尿病の既往のある患者さんには使えない(禁忌)と定められているからです。世界的にはこの2剤が禁忌とされている国はほとんどなく、日本に固有の規制です。
2002年に何があったか
オランザピンは2000年12月に統合失調症の薬として承認され、2001年6月に発売されました。ところが発売から約10か月のあいだに、本剤との因果関係が否定できない重篤な高血糖・糖尿病性ケトアシドーシス・糖尿病性昏睡が9例(うち死亡2例)報告されました。厚生労働省は2002年4月16日に緊急安全性情報(イエローレター)を出させ、糖尿病の患者さんと既往のある方を禁忌としました。同じ年の11月には、クエチアピンでも13例(うち死亡1例)の報告を受けて同様の措置がとられています。
のどが渇く、水やジュースをたくさん飲む、尿の量や回数が増える、体重が急に減る、ぐったりする——これらが出たら、その日のうちに連絡・受診してください。とくに清涼飲料水を毎日大量に飲み続けることは、ケトアシドーシスの引き金になり得ます。「太る」の話をしているときに「急にやせた」を警告として挙げるのは奇妙に見えますが、体重の急な減少は高血糖の代表的なサインです。
2026年7月、この禁忌が一部だけ動きました
オランザピンには、統合失調症・双極性障害のほかに「抗悪性腫瘍剤投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)」という効能があります。抗がん剤の吐き気止めとしての使い方です。国内外のガイドラインでは、吐き気が強く出る抗がん剤に対して「5-HT3受容体拮抗薬+NK1受容体拮抗薬+デキサメタゾン+オランザピン」の4剤併用が標準治療とされています。ところが日本では糖尿病のある方に使えないため、糖尿病を併せ持つがん患者さんだけが標準治療を受けられない、という状態が続いていました。
日本癌治療学会からの要望を受け、2026年7月29日の薬事審議会 医薬品等安全対策部会 安全対策調査会で、吐き気止めとして使う場合に限って糖尿病の禁忌を解除する方針が了承されました。条件は次のとおりです。
- 入院下で、血糖コントロールが良好な糖尿病患者さんに限る
- 投与前および投与期間中は、毎日頻回に血糖を測る
- 退院日は、直近の採血で血糖が十分に安定したことを確認してから判断する
- 緊急時に十分対応できる体制を整えたうえで投与する
- 統合失調症・双極性障害に使う場合の禁忌は、そのまま残る
PMDAの調査では、2000年12月22日から2026年5月31日までに報告された、糖尿病関連の既往をもつ患者さんに生じた糖代謝関連の副作用は91例98件。そのうち吐き気止め目的での投与と考えられたのは2例でした。この記事の執筆時点では方針が了承された段階で、今後、添付文書の改訂が行われる見込みです。
これは「オランザピンが安全になった」という話ではありません。入院して毎日何度も血糖を測れる、という限定的な環境でだけ、がん治療の吐き気に対して使えるようにする、という判断です。精神科の治療としてオランザピンを使う場合、糖尿病のある方が禁忌であることは変わりません。また、すでに糖尿病を発症してしまった場合、オランザピンとクエチアピンについては他の薬への変更が必要になります。
SECTION 05 リフレックス(ミルタザピン)の場合
ミルタザピン(リフレックス、レメロン)は、抗うつ薬のなかで最も体重が増えやすい薬です。理由は明快で、この薬はヒスタミンH1受容体、セロトニン5-HT2C受容体、5-HT3受容体をまとめてふさぐからです。「食欲を増やす仕掛け」を同時に三つ持っていることになります。
英国の29万人を10年間追跡した研究では、12種類の抗うつ薬のなかでミルタザピンの体重増加リスクが最も高く、飲んでいない人と比べて1.50倍でした。日本の添付文書でも、注意すべき副作用として体重増加、食欲亢進、過食が挙げられています。
ただし、それが「効果」になる場面があります
ここが、この薬の面白いところです。うつ病では、眠れない・食べられない・痩せていく、という症状の組み合わせがしばしば見られます。ミルタザピンはその両方に直接効きます。がんの終末期で食欲が落ちている方、抗がん剤の吐き気で食べられない方、高齢で低栄養が進んでいる方にとっては、体重が増えることはむしろ望ましい変化です。
つまり、同じ薬・同じ作用でも、目的が変われば「副作用」が「効果」になります。この記事の主題は体重増加ですが、ミルタザピンやオランザピンを「食べられるようにするため」に処方している場面も現実にはたくさんある、ということは押さえておいてください。
ミルタザピンの抗うつ効果は他の一般的な抗うつ薬と同程度とされており、1日30mgを超える量では、得られる効果はあまり増えないのに副作用は明らかに増える、と整理されています。眠れないという理由だけで安易に量を増やすのは、体重の面でも割に合いません。また、減らしていくときに離脱症状が出ることがあるため、中止や減量は必ず主治医の指示のもとで行ってください。
SECTION 06 数字がバラバラに見えるのは、なぜか
ここまでに、「11.35kg」「3.82kg」「76.3%」「0.41kg」「1.50倍」といった数字が出てきました。同じ「薬で太る」の話なのに、桁が違って見えます。ネットで調べると、もっと大きい数字も小さい数字も出てきます。理由は5つあります。
- 1「平均何kg」と「7%以上増えた人の割合」は、別の指標です。平均は、大きく増えた人と減った人が打ち消し合った結果です。平均3.8kgでも、その中身は「10kg増えた人が3割、変わらない人が5割、減った人が2割」かもしれません。自分がどちら側に入るかを知りたいときは、割合のほうを見てください。
- 2対象になった人が違います。初めて薬を飲む方(初回エピソード)は、何年も飲んでいる方よりずっと大きく増えます。オランザピンの平均は、慢性期を含めた解析で3.82kg、初回エピソードに限った解析で7.53kgでした。同じ薬なのに約2倍です。
- 3観察した期間が違います。体重増加は時間とともに積み上がります。オランザピンの初回エピソードの解析では、13週以内の試験で5.51kg、13週を超える試験で11.35kgでした。「何週間の数字か」を確認せずに比べると、簡単に2倍の差がつきます。
- 4実際に飲み続けた人の割合が違います。抗うつ薬の大規模研究では、6か月間きちんと飲み続けた人は28〜41%しかいませんでした。「処方された人全員」で計算すると差は薄まって0.2〜0.4kgになりますが、「飲み続けた人だけ」で計算し直すとエスシタロプラムは+1.03kg、ブプロピオンは−0.80kgと、差は大きく開きます。
- 5比べる相手が違います。プラセボ(偽薬)と比べた数字、別の薬と比べた数字、薬を飲んでいない人と比べた数字は、それぞれ別物です。図4はセルトラリンとの差、図3は薬ごとの割合、本文の「3.82kg」はプラセボとの差です。物差しが違うものを並べて順位をつけることはできません。
「この薬を飲むと必ず◯kg増える」という数字は存在しません。数字が教えてくれるのは、増えやすさの相対的な順序と、いつ増えやすいかだけです。自分の体で実際にどうなるかは、測ってみないとわかりません。だからこそ、次のセクションの「測る」がすべての出発点になります。
SECTION 07 予防と対処——今日からできること
図5:飲みはじめてからの体重の動き。抗精神病薬と抗うつ薬で、山が来る時期が違います。
1. まず測る。これが全体の8割です
日本の3学会(日本精神神経学会・日本糖尿病学会・日本肥満学会)が合同で作成したガイドは、はっきりとこう書いています。「体重管理のうえでは、増加した体重を元に戻すよりも増加を事前に防止するほうが効果的である」。
やることは単純です。週に1回、同じ曜日の同じ時間に体重を測って記録する。腹囲は月に1回。スマートフォンのメモでも手帳でも構いません。これを受診のときに主治医に見せてください。「なんとなく増えた気がする」より、記録された数字のほうが圧倒的に話が早く進みます。
薬を始めるとき、あるいは薬を切り替えるときには、体重・腹囲に加えて血糖値とHbA1c、できれば脂質も測っておくのが望ましいとされています。すでに飲み始めてしまっていても遅くはありません。「今日を起点にする」で十分です。
図6:どこで何をするかの目安。3%と7%は、いずれも国内外のガイドが介入や相談の線として挙げている数字です。
2. 生活を組み直す
「食べる量を減らしましょう」だけでは動けません。薬で食欲が押し上げられている以上、意志で我慢する作戦は最初から不利です。効果が確かめられているのは、もっと具体的な介入のほうです。
日本で行われたランダム化試験では、統合失調症の方に管理栄養士が月1回30〜40分の栄養指導を12か月間行ったところ、平均3.2kgの減量が得られました。海外の統合解析でも、栄養指導・運動・認知行動療法のいずれの方法でも、また個人でも集団でも、平均3.12kgの減量が確認されています。8週間から6か月という比較的短い期間でも効果が出ます。
そして、目標は標準体重ではありません。日本人を対象とした研究では、体重が3%減るだけで中性脂肪・LDLコレステロール・HDLコレステロール・HbA1c・肝機能の値が有意に改善しています。60kgの方なら1.8kgです。
- 飲み物から見直す。清涼飲料水・スポーツドリンク・甘いコーヒーは、満腹感を伴わずにカロリーだけが入ります。しかも高血糖の引き金として明確に注意されています。まずここです。
- 間食を「なくす」ではなく「置き換える」。薬で口さみしさが出ている以上、ゼロにするのは続きません。
- 運動は「週あたり」で考える。週に3〜5回、中等度の有酸素運動を20〜60分、合計150分以上が目安です。加えて週2〜3回のスクワットや腕立てなどの筋トレを組み合わせると、糖尿病の発症リスクは大きく下がります。歩数でいえば1日約1万歩が目安とされていますが、いきなりそこを目指す必要はありません。
- 眠りを整える。短すぎる睡眠も長すぎる睡眠も、2型糖尿病のリスクを上げます。鎮静の強い薬を飲んでいる方は、服用時刻の調整で日中の眠気が変わることがあります。
3. 薬そのものを見直す
太りにくい薬への変更や、量の見直しが選べる場合があります。オランザピンからアリピプラゾールやリスペリドンへの変更で代謝の指標が改善したという日本からの報告もあります。ただし、これは効果と引き換えの判断です。とくにクロザピンは、ほかの薬が効かない治療抵抗性統合失調症に対して代わりのきかない薬ですから、「太るからやめる」という単純な話にはなりません。
また、抗精神病薬の多剤併用・大量投与がBMIの増加と関連するという報告があります。2026年6月からの診療報酬でも、抗不安薬・睡眠薬・抗うつ薬・抗精神病薬をそれぞれ3種類以上出した場合には処方料・処方箋料が減算される仕組みが続いています。処方が積み重なっている方は、整理できる余地がないか相談してみる価値があります。
図7:対策は下から順に積みます。4段目だけを先に取りにいっても、うまくいきません。
4. 薬で体重に介入する
メトホルミン
もともと2型糖尿病の薬ですが、抗精神病薬による体重増加を抑える目的でも研究が重ねられてきました。抗精神病薬と同時にメトホルミンを始めた試験の統合解析では、飲まなかった群にくらべて体重増加が4.03kg少なくなりました。すでに増えてしまった後から使う場合でも、平均3.3kg程度の減量が報告されています。ただし日本では体重増加に対しての保険適用はなく、適応外使用になります。また吐き気・下痢などの消化器症状や、まれに乳酸アシドーシスがあり、腎機能によって使えないことがあります。
GLP-1受容体作動薬
いま最も注目されているのがこちらです。クロザピンを飲んでいる統合失調症の方31人を対象にオーストラリアで行われた36週間の二重盲検試験では、セマグルチド群で体重が13.88%減少したのに対しプラセボ群は0.42%減にとどまりました。3分の2の方が10%以上減っています。しかも精神症状の悪化もクロザピンの血中濃度の変化もありませんでした。デンマークで行われた別の試験(30週間)でも、体重が9.21kg減り、HbA1cが0.46%下がっています。
ただし、日本でこれを保険で使うのは簡単ではありません。
図8:肥満症治療薬セマグルチド(ウゴービ)を保険で使うための条件。処方できる施設そのものが限られています。
厚生労働省のガイドラインは「治療対象となる肥満症以外での痩身・ダイエットなどを目的に本剤を投与してはならない」と明記しています。個人輸入やオンラインの自費診療で入手する形は、急性膵炎・胆石症・腸閉塞といった副作用が起きたときに誰も責任を持って対応できない状態を意味します。妊娠を予定している方には使えませんし、甲状腺の病気の既往によっても判断が変わります。使うのであれば、精神科の主治医と内科が情報を共有できる形で使ってください。
あわせて、食欲抑制薬のマジンドール(サノレックス)は、統合失調症などの精神障害のある方には禁忌とされています。症状の悪化や依存のおそれがあるためで、精神科に通院中の方の選択肢にはなりません。
1. 自分の判断で薬をやめる・減らす。これがいちばん危険です。体重増加は服薬を続けられなくなる大きな理由のひとつですが、中断は再発・再入院に直結します。「太ったからやめたい」を、そのまま主治医に伝えてください。伝えれば、たいていは別の手が出てきます。
2. 極端な糖質制限に走る。薬で食欲が押し上げられている状態での極端な制限は、反動の過食を招きやすく続きません。3%という現実的な目標のほうが結果的に早く着きます。
3. 体重だけを見て採血を見ない。体重があまり増えていなくても血糖や中性脂肪だけが動くことがあります。年に1回は採血の値も確認してください。
SECTION 08 制度を味方につける
体重と代謝の管理は、精神科の診察室のなかだけでは完結しません。使える仕組みを挙げておきます。
特定健康診査・特定保健指導(40〜74歳)
医療保険者には、40〜74歳の加入者に対してメタボリックシンドロームに着目した健診を行うことが義務づけられています。結果に応じて「情報提供」「動機付け支援」「積極的支援」に分けられ、積極的支援に参加した方では1年で体重が平均2kg、腹囲が男性2.2cm・女性3.1cm減り、血糖・脂質・血圧も改善したことが報告されています。精神科に通院していると身体の健診が後回しになりがちですが、これは無料または低額で受けられる仕組みです。案内が届いたら、ぜひ受けてください。
自立支援医療(精神通院医療)
精神科の通院にかかる医療費の自己負担を原則1割に軽減する制度です。ただし対象は精神疾患の治療にかかる部分で、糖尿病や脂質異常症で内科にかかる部分は対象外です。内科との併診が必要になったとき、費用の見通しを立てるうえで知っておくと役に立ちます。
精神科と内科をつなぐ
3学会のガイドは、精神科から内科へ紹介するときに書いておくとよいこととして、薬歴を含む病歴、体重や血糖の変化、現在の精神症状、日常の生活管理がどこまで自分でできるか、そして治療や緊急時に関わってくれるキーパーソンを挙げています。内科の先生は精神疾患のある方の診療に慣れていないことが多く、この情報があるかどうかで連携の質が変わります。
寝たきりの方、立位が不安定な方では、毎週の体重測定は現実的ではありません。私たちは上腕や下腿の周囲を測る、ベルトの穴の位置や服のサイズの変化を聞く、介護されているご家族の「持ち上げるのが重くなった」という実感を記録する、といった方法を組み合わせます。数字が取れないからといって、見ないでよい理由にはなりません。
在宅でお会いする方は、複数の医療機関から複数の薬を受け取っていることが少なくありません。眠れないから、落ち着かないから、と足された鎮静性の薬が、そのまま何年も続いていることもあります。整理できる余地を探すのが最初の一手です。ただし、精神症状の再燃は在宅療養そのものを壊します。減らすときは、必ず精神科の主治医と相談し、少しずつ、変化を見ながら進めます。
当院は緩和ケアを大きな柱にしています。がんの終末期でミルタザピンを、抗がん剤の吐き気にオランザピンを使う場面は日常的にあります。そこでは食欲が出ることも体重が保たれることも、副作用ではなく目的です。同じ薬でも、その方にとって今なにが望ましい変化なのかで評価は180度変わります。「この薬は太るから悪い薬」という読み方は、していません。
日本の調査では、精神科に入院している統合失調症の方のうちBMI 18.5未満の低体重が17.5%を占め、50歳以上ではさらに増えます。外来では肥満が48.9%と多い一方、入院ではやせが問題になるという逆転が起きています。ご高齢の方、飲み込みが落ちてきた方、看取りが近い方に、一律の減量目標を当てはめることはしません。体重の記録は「増えていないか」だけでなく「減っていないか」を見るためのものです。
SECTION 09 場面別の早見表
| こんなとき | 考えること | 具体的にすること |
|---|---|---|
| これから薬を始める | 比べる元がないと、あとで判断できない | 開始前に体重・腹囲・血糖・HbA1c・脂質を測ってもらう |
| 飲みはじめて2週間 | 体重より先に眠気と食欲が動く | 週1回、同じ曜日の同じ時間に体重を記録し始める |
| 飲みはじめて3か月 | いちばん増えやすい時期の節目 | 開始時と比べて何%増えたかを計算し、主治医に見せる |
| 3か月で3%以上増えた | 介入を始める線に届いた | 飲み物と間食を見直す。栄養指導が受けられるか聞く |
| 3か月で7%以上増え、採血にも異常 | 内科の出番 | 主治医に内科への紹介を相談する |
| のどが渇く・尿が多い・急にやせた | 高血糖のサインの可能性 | その日のうちに連絡し、受診する |
| BMIが25を超えた | 日本人は軽い肥満でも健康障害が出やすい | 食事療法と運動療法を主治医と組み立てる |
| 体重が気になって薬をやめたい | 自己中断は再発の引き金になる | やめる前に、まず「太ったこと」を主治医に伝える |
| もう何年も飲んでいる | 外来で通っている方ほど肥満が多い | 年に1回は腹囲と採血を確認する |
| 40〜74歳である | 特定健診・特定保健指導の対象 | 加入している健康保険の健診の案内を確認して受ける |
| 家族に「食べすぎ」と言われる | 責める言葉は関係を壊すだけ | 食べ物の話ではなく「一緒に歩く」に置き換えてもらう |
| 高齢の家族が飲んでいる | やせのほうが危ないことも多い | 減っていないかも同じくらい注意して見る |
SECTION 10 よくある質問
増えにくい薬に変更すると代謝の指標が改善したという報告はありますが、増えた体重がひとりでに元に戻るわけではありません。薬の影響がなくなっても、その間に変わった食習慣と活動量はそのまま残ります。だからこそ「増やさない」ほうが効率がよく、そして薬をやめるかどうかは体重ではなく精神症状を基準に、主治医と決めるべき問題です。
体重増加は、服薬を続けられなくなる代表的な理由として、専門家のあいだで広く認識されています。つまり主治医にとっても他人事ではなく、聞かされたら困る話ではありません。言葉にしにくければ、記録した体重の数字を見せるだけでも十分に伝わります。何も言わずに薬をやめてしまうことのほうが、はるかに困る事態です。
薬で食欲が押し上げられている状態で極端な制限をかけると、反動が来て続きません。まず手をつける価値が高いのは、満腹感を伴わずにカロリーだけが入る飲み物です。清涼飲料水を毎日大量に飲む習慣は、ケトアシドーシスの引き金にもなり得ます。総エネルギー量を適正にすること、食物繊維を増やすこと、規則正しく3食とること——教科書的ですが、ここが効きます。
おすすめしません。厚生労働省のガイドラインは、痩身やダイエットを目的とした使用を明確に禁じています。急性膵炎、胆嚢炎・胆石症、腸閉塞といった重い副作用が報告されており、それが起きたときに対応できる体制のないところで使うべき薬ではありません。精神科の薬による体重増加でお困りなら、まず主治医に相談してください。条件を満たせば保険での道もありますし、満たさなくても打つ手はあります。
「食べすぎ」という指摘は、ご本人が最も言われたくない言葉であり、しかも状況を改善しません。食欲は薬でつくられているので、意志の問題として扱われるほど本人は追い詰められます。おすすめしたいのは、食べ物の話題を減らし、行動を一緒にすることです。買い物に一緒に行く、夕食後に15分だけ一緒に歩く、甘い飲み物を家に置く量を家族全体で減らす。責めるより、環境を変えるほうが効きます。
年齢によって答えが変わる質問です。ご高齢の方では、体重増加そのものよりも、その薬が転倒・誤嚥・過鎮静を起こしていないかのほうが差し迫った問題であることが多くあります。一方で、認知症に伴う症状に対して抗精神病薬が漫然と続いている場合は、体重を含めて見直しの相談をする価値があります。いずれにせよ、減らす判断は処方している医師と一緒に行ってください。訪問診療を利用されている場合は、その場で薬全体を見渡した相談ができます。
ふくろう訪問クリニック(福岡市早良区)は、緩和ケア・難病・精神科・認知症の在宅診療を行っています。ご自宅や施設に伺い、体重や採血の推移を見ながら、精神科の主治医や内科の先生と情報を共有して薬を整理していくことができます。
「薬を飲みはじめてから体重が増えた」「太ったので薬をやめたいと思っている」「通院が難しくなってきた」——そうしたご相談も、遠慮なくお寄せください。当院の連絡先やご依頼の方法は、当ホームページのお問い合わせページをご覧ください。
なお、この記事は一般的な情報の整理であり、個々の治療方針を示すものではありません。お薬の変更・減量・中止は、必ず処方している医師にご相談ください。
SECTION 11 参考文献
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この記事は、公的機関の資料、学会の診療ガイドライン、および査読付き論文にもとづいて作成しています。掲載した数値は執筆時点で確認できたものであり、添付文書や制度は改訂される場合があります。最新の情報は各機関の公表資料をご確認ください。
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