2025年6月、大腸がんの術後に運動プログラムを続けた人は、続けなかった人より再発が減り、長く生きていた——という試験結果が『New England Journal of Medicine』に載りました。上乗せの大きさは、抗がん剤にオキサリプラチンという薬を1剤足したときと同じくらいでした。
ここから「筋トレは抗がん剤より効く」という話が独り歩きしています。この記事では、その試験が実際に何を確かめたのか、そして何を確かめていないのかを、数字ごと確認していきます。結論から言えば、答えは「より効く」ではありません。ただし、思っていたよりずっと大きい、というのも同じくらい確かです。
SECTION 01 先に結論——3つだけ
SECTION 02 なぜ、いまこの問いが出てきたのか
「がんになったら安静に」は、ひと昔前の常識でした。それが変わりはじめたのは、運動している人ほど再発が少ないという観察研究が積み上がってきたからです。ただ観察研究には、決定的な弱点があります。元気だから運動できるのか、運動したから元気なのかを区別できない、という弱点です。
この点を決着させるには、くじ引きで運動する群としない群に分けるしかありません。それを15年かけて行ったのがCHALLENGE試験で、2025年6月に結果が出ました。そして2026年1月、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)はガイドラインを改訂し、切除後のStageIII・高リスクStageII大腸がんに対する構造化された運動プログラムを、正式な推奨として書き加えました。運動が「健康にいい生活習慣」から「治療の一部」へ移った瞬間です。
SECTION 03 CHALLENGE試験を、正確に読む
対象は、手術と術後補助化学療法(FOLFOXまたはCAPOX)を終えたばかりの、高リスクStageII・StageIIIの大腸がん患者889人。6か国55施設で2009年から登録され、追跡期間の中央値は7.9年に及びました。年齢の中央値は61歳、女性が51%、90%がStageIIIです。
ここは見落とされがちですが、比較相手は「何もしない人」ではありません。教育群も運動をすすめる冊子を受け取り、運動を禁じられてもいません。つまりこの試験が測ったのは「運動 vs 不動」ではなく、「本気で支える vs 口で勧めるだけ」の差です。
結果は、無病生存期間のハザード比0.72(95%信頼区間 0.55〜0.94、P=0.02)。5年無病生存率は運動群80.3%、教育群73.9%で、差は6.4ポイント(95%信頼区間 0.6〜12.2)。死亡のハザード比は0.63(0.43〜0.94)、8年生存率は90.3%対83.2%で、差は7.1ポイント(1.8〜12.3)でした。
SECTION 04 「抗がん剤より効く」と言えるのか
タイトルの問いに、数字で向き合います。大腸がんの術後補助化学療法にオキサリプラチンという薬を1剤足したときの効果を確かめたのが、有名なMOSAIC試験です。5年無病生存率は73.3%対67.4%、ハザード比0.80。上乗せ幅は5.9ポイントでした。
並べてみると、運動プログラムの上乗せ幅6.4ポイントは、抗がん剤に1剤足したときの5.9ポイントと同じくらいです。「運動は補助的なもの」という感覚からすると、これはかなり大きい。ここまでは事実です。
それでも「より効く」と言えない、3つの理由
SECTION 05 それは、本当に「筋トレ」だったのか
報道では「運動」と「筋トレ」がしばしば混ざります。試験の中身を確認しておきましょう。
目標は週あたり+10 MET・時。MET・時というのは運動の強さ×時間で、早歩きに換算するとおよそ週150分、1日25分を週6日という量です。ジムに通ってバーベルを持ち上げる、という絵ではありません。
では筋トレはどうなのか。米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドライン(2022年)は、根治を目指す治療中の患者に有酸素運動と筋力トレーニングの両方を勧めています。ただしその根拠として挙げられているのは、疲労の軽減、体力・身体機能・筋力の維持、生活の質の改善であって、生存期間ではありません。
筋トレそのものを調べた研究は数多くあります。101件のランダム化比較試験(102報)をまとめた系統的レビューでは、筋トレによって筋肉量と筋力が改善することが示されました。しかしこれらの試験が測っていたのは、あくまで筋肉と体の機能です。生存を主要評価項目に置いた筋トレの試験は、存在しません。
SECTION 06 筋肉量が多い人は、本当に長生きなのか
ここは「はい」です。しかも関連はかなり強い。がんと診断された約46,700人・42研究をまとめた2025年の統合解析では、握力が強い群は弱い群に比べて総死亡のリスクが31%低く(ハザード比0.69、95%信頼区間 0.61〜0.78)、心肺体力が高い群は46%低い(0.54、0.38〜0.84)という結果でした。
筋肉量そのものでも同じ傾向が出ます。大腸がんの20研究をまとめた解析では、サルコペニア(筋肉が減った状態)がある人の全生存のハザード比は1.72(1.45〜2.03)、無病生存は1.42、がん特異的生存は1.48でした。同じ傾向は大腸がんに限らず、放射線治療や薬物療法を受けている患者を横断的にまとめた解析でも確認されています。
それでも「筋肉を増やせば」とは言えない理由
がんは、それ自体が筋肉を削ります。がん悪液質と呼ばれる状態で、炎症と代謝の変化によって、十分に食べていても筋肉が落ちていきます。つまり「筋肉が少ない人ほど予後が悪い」というデータは、がんが進んでいるから筋肉が減っているという向きでも同じように説明できてしまいます。
この問いに正面から答えようとしたのがMENAC試験です。進行した肺がん・膵臓がんの患者を対象に、運動(筋トレと有酸素)・栄養指導とω3脂肪酸・抗炎症薬(イブプロフェン)を組み合わせて、標準治療のみと比較しました。結果は、体重は保てたものの、筋肉量にも身体活動量にも差がつきませんでした(筋肉量の変化 −6.5cm²対−6.3cm²、歩数の変化 −378歩対−458歩、いずれも有意差なし)。
SECTION 07 予防としての筋トレは、どれくらい効くのか
ここまでは「がんになった後」の話でした。「がんになる前」はどうか。東北大学のグループが16の追跡研究をまとめた解析では、筋トレをしている人はしていない人に比べて、総死亡・心血管疾患・総がん・糖尿病・肺がんのリスクが10〜17%低いという結果でした。
おもしろいのは、その形です。関係は直線ではなくJ字型で、週30〜60分あたりでリスク低下が最大(10〜20%)になり、それを超えると効果は戻っていきます。総がん死亡では週40分あたりで最大17%減。また部位別に見ると、大腸・腎臓・膀胱・膵臓のがんでは関連が見つかりませんでした。
そして、有酸素運動と組み合わせた群がいちばんリスクが低いという結果も出ています。筋トレか有酸素かではなく、両方というのが、いまの落としどころです。
SECTION 08 「どれくらい余命が伸びるのか」に、正直に答える
この質問には、残念ながら「◯か月伸びます」という形では答えられません。そういう数字を出した試験がないからです。言えることは、次の一点だけです。
では、進行がんではどうか
ここは、はっきり言って分かっていません。しかも、確かめようとした試みは苦戦しています。
転移のある前立腺がんを対象に、監督下の高強度の筋トレと有酸素運動が生存期間を延ばすかを調べる国際共同第3相試験(INTERVAL-GAP4)が2016年に始まりましたが、参加者が集まらず、予定より早く登録を打ち切りました。声をかけた患者の53%が参加を辞退しています。前述のMENAC試験も、筋肉量と活動量には差がつきませんでした。
SECTION 09 数字がバラバラに見える5つの理由
ここまで「31%減」「17%減」「6.4ポイント」「差なし」といった数字が並びました。矛盾しているように見えますが、そうではありません。違うものを測っているだけです。
SECTION 10 やってよい場面、注意が必要な場面
運動は、がんの治療のなかでは安全なほうに入ります。それでも、線を引いておくべき場面があります。
| 状況 | 考え方 |
|---|---|
| 骨転移がある | 「動いてはいけない」ではありません。国際的な専門家合意でも、姿勢・動きの制御・フォームに注意しながら運動することが勧められています。ただし転移している骨に強い負荷を直接かける種目は避けるのが原則。どの部位に転移があるかを主治医に確認し、避ける動作を具体的に決めてから始めてください。 |
| 血小板が少ない | ぶつかる・転ぶリスクのある運動と、いきんで力む種目は避けます。安全なのは平地の歩行や座位での運動です。数値の目安は治療内容で変わるため、主治医に確認を。 |
| 貧血がある・発熱がある | その日は休みます。息切れや動悸が普段より強い日も同様です。「休んだら終わり」ではなく、翌日また短く再開すればよい、と考えてください。 |
| 手足のしびれがある | オキサリプラチンやタキサン系の抗がん剤による末梢神経障害があると、足裏の感覚が鈍って転びやすくなります。段差・暗がり・つまずきやすい床を避け、手すりのある場所で行ってください。 |
| アンスラサイクリン系を使った | 心機能への影響が残ることがあります。強度を上げる前に、一度心臓の評価を受けておくと安心です。 |
| 悪液質が進んでいる | この段階では、目標を「増やす」から「減らす速度を落とす・できることを保つ」へ切り替えます。増えないことを失敗と受け取らないことが大切です。 |
SECTION 11 制度は、どこまで追いついているか
厚生労働省の『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』は、成人・高齢者に筋力トレーニングを週2〜3日、3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上(歩行相当を1日60分、約8,000歩)、息が弾む運動を週60分以上と勧めています。ただしこれは健康づくりのための一般向けの推奨で、がん患者向けに作られたものではありません。
実際にどれくらいの人が達成しているかというと、令和6年国民健康・栄養調査で運動習慣のある人は34.6%。健康日本21(第三次)の目標である40%には届いていません。
退院後については、介護保険の訪問リハビリテーション・通所リハビリテーション、訪問看護ステーションからの理学療法士等の訪問、がん診療連携拠点病院の相談支援センターの案内などが実務上の受け皿になります。がん(末期)は40〜64歳でも介護保険の特定疾病に含まれるため、若い方でも申請できる場合があります。
在宅医療の現場から、この話をどう扱っているか
SECTION 12 場面別の早見表
| こんなとき | どう考えるか |
|---|---|
| 大腸がんの手術と抗がん剤が終わった | 証拠ありいちばん証拠が強い場面です。早歩きを週150分(1日25分×6日)を目標に、主治医に相談のうえ始めてください。 |
| 抗がん剤の治療中 | 推奨あり有酸素運動と筋トレの併用が学会ガイドラインで勧められています。目的は疲労と筋力低下の軽減。体調に合わせて量を落として構いません。 |
| 大腸がん以外のがんだった | 類推再発を減らす証拠は大腸がん以外ではまだありません。ただし治療中の副作用軽減の効果はがん種を問わず示されています。 |
| StageIVと言われた | 慎重に生存が延びる証拠はありません。目的は「動ける状態を保つ」に置き、痛みや骨転移の場所を確認してから始めます。 |
| 体重が落ちてきた | 要相談悪液質の可能性があります。運動で取り返そうとする前に、まず原因の評価を受けてください。運動と栄養だけでは戻せないことが分かっています。 |
| 骨転移があると言われた | 条件つき運動は禁止ではありません。ただし転移部位に直接負荷をかける動作を、主治医と名指しで決めて外してから始めます。 |
| 手足がしびれる | 転倒対策感覚が鈍っている前提で環境を整えます。手すりのある場所、明るい床、段差なし。座ってできる運動から。 |
| 今日は体がだるい | 休んでよい休んだ日があってもプログラムは失敗ではありません。試験でも実施率は44%まで落ちています。翌日また短く再開すれば十分です。 |
| ジムに通う体力がない | 自宅で可試験の中心は早歩きです。特別な器具は要りません。自重のスクワットや立ち座りも筋トレに含まれます。 |
| もっとやれば、もっと効きますか | 頭打ち筋トレは週30〜60分あたりで効果が最大となり、それ以上では戻る形が示されています。増やすほど良い、ではありません。 |
| 抗がん剤をやめて運動だけにしたい | 勧めませんその比較をした試験がありません。運動の効果は、標準治療の「上に足した」ときのものです。 |
| 家族が運動を嫌がる | 説得しないやる気ではなく環境の問題であることが多いです。行き先を作る、一緒に行く人を作る、時間を決める。試験も3年間の伴走で成り立っていました。 |
SECTION 13 よくある質問
結局、筋トレと有酸素運動はどちらをやるべきですか。
両方です。がんの再発を減らした試験の中心は有酸素運動でしたが、治療中の副作用を軽くする目的では有酸素と筋トレの併用が勧められています。予防の解析でも、両方やっている群がいちばんリスクが低いという結果でした。どちらか一方しかできないなら、まず歩くほうから始めるのが、いまの証拠に近い選択です。
プロテインを飲めば筋肉が増えて、予後がよくなりますか。
がんの治療成績を良くするという証拠はありません。ASCOのガイドラインも、治療中の特定の食事法について賛成とも反対とも言えるだけの根拠がない、としています。栄養が足りていないなら補うことに意味はありますが、それは体力を保つためであって、がんに効かせるためではありません。腎機能が低下している方はタンパク量の相談が必要なので、自己判断で増やす前に主治医か管理栄養士に確認してください。
運動でがん細胞が散らばったりしませんか。
そうした事実は確認されていません。骨転移のある方を含めた試験をまとめた検討でも、運動が原因の重い有害事象はごくわずかで、骨転移に関連したものは報告されていません。むしろ動かないことによる筋力低下・血栓・肺炎のほうが、現実には大きな問題になります。
80代の親にも当てはまりますか。
そのままは当てはまりません。CHALLENGE試験の年齢中央値は61歳で、参加条件も「自力で6分間歩ける」「全身状態が良好」でした。高齢の方では目標を、再発予防ではなく転倒予防・立ち座り・排泄の自立に置き換えるほうが現実的で、そちらは証拠もしっかりしています。結果として体は動きますが、目的が違うということです。
健康保険で運動指導を受けられますか。
がん患者リハビリテーション料は入院中に限られているため、退院後の外来・在宅では算定できません。実務上は、介護保険の訪問リハビリテーション・通所リハビリテーション、訪問看護ステーションからの理学療法士等の訪問、拠点病院の相談支援センターへの相談が受け皿になります。がん(末期)は40〜64歳でも介護保険の特定疾病に該当するため、若い方でも申請できる場合があります。
やる気が続きません。どうすればいいですか。
試験でも、監督下セッションの実施率は開始6か月の79%から、13〜36か月には44%まで落ちています。3年間続いた人たちですら、その程度です。意志の問題ではなく仕組みの問題なので、行き先(買い物・散歩コース)を決める、誰かと一緒に行く、時間を固定する、といった環境側の工夫のほうが効きます。休んだ日を失敗と数えないことも大事です。
SECTION 14 ご利用・採用のご案内
ふくろう訪問クリニック
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この記事でお伝えした「その人にとっての適切な運動量」を、住まいの環境と体調を見ながら決めていきます。手すりの位置、ベッドからトイレまでの動線、無理なくできる回数まで含めて設計します。他院にかかっている方もご利用いただけます。
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SECTION 15 参考文献
- Courneya KS, Vardy JL, O’Callaghan CJ, et al. Structured exercise after adjuvant chemotherapy for colon cancer. N Engl J Med. 2025;393(1):13-25. doi:10.1056/NEJMoa2502760(PMID: 40450658)
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- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」2024年1月(健康づくりのための身体活動基準・指針の改訂に関する検討会)
- 厚生労働省 健康日本21アクション支援システム/e-ヘルスネット「『健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023』情報シート:筋力トレーニングについて」
- 厚生労働省「令和6年 国民健康・栄養調査結果の概要」(運動習慣のある者の割合)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「最新がん統計」2026年7月14日更新(2023年罹患993,469例、2024年死亡384,111人、2018年診断例の5年相対生存率64.8%)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「がんとリハビリテーション医療」(週150分以上の中等度の有酸素運動と週2〜3日の筋力トレーニング)
- 公益社団法人 日本リハビリテーション医学会 がんのリハビリテーション診療ガイドライン改訂委員会 編『がんのリハビリテーション診療ガイドライン 第2版』金原出版, 2019年6月
- 厚生労働省「診療報酬の算定方法」医科診療報酬点数表 H007-2 がん患者リハビリテーション料(令和8年度診療報酬改定・2026年6月1日施行)
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