「さっきまで穏やかだったのに、急に怒り出す」「夕方になると『家に帰る』と外に出ようとする」「夜中に何度も起きて、家族も眠れない」。認知症の家族を自宅で介護していると、こうした場面に毎日のように出会います。思わず言い返したり、途方に暮れたりするのは自然なことです。
こうした変化は「認知症の行動・心理症状(BPSD)」と呼ばれ、多くの場合、本人なりの理由やきっかけがあります。この記事では、国内のガイドラインや海外の研究をもとに、BPSDが起こる理由、場面ごとの対応のコツ、薬との付き合い方、相談の目安を、ご家族向けに整理します。
SECTION 01 結論:怒りや「帰りたい」には、理由がある
症状の裏に「理由」が隠れていることが多い
痛み、便秘、発熱、脱水、薬の影響、騒がしさや退屈、不安。言葉で伝えられないつらさが、怒りや落ち着かなさとして表れることがあります。
説得より、安心してもらうことを優先
間違いを正すより、気持ちを受け止め、話題や場所を変えるほうがうまくいくことが多いものです。
薬は、ケアの工夫を試したうえで慎重に
国内のガイドラインは、環境やケアの工夫を先に行い、それでも改善しない場合に薬を検討し、使うときも減量・中止を見直すことを勧めています[1]。
家族だけで抱え込まない
主治医、訪問看護、ケアマネジャー、地域包括支援センター(福岡市では「いきいきセンターふくおか」)に相談を。休む時間をつくることも大切です。
SECTION 02 BPSDとは:行動や気持ちの変化
認知症の症状は、大きく2つに分けて考えられています。もの忘れや、日付・場所がわからなくなるといった、脳の働きの低下そのものによる「中核症状」と、それに伴って現れる行動や気持ちの変化である「行動・心理症状(BPSD)」です。BPSDには、怒りっぽさや興奮、暴言、歩き回る、眠れない、物を盗られたと思い込む(物盗られ妄想)といった目立つものだけでなく、気分の落ち込み、意欲の低下、不安なども含まれます。
どれくらいの人に起こるのか
米国ユタ州の地域住民を対象にした「キャッシュ郡研究」では、新たに認知症と診断された408人を約5年間追跡しました。何らかのBPSDがみられた人は、診断時点で56%、その後の調査時点では76〜87%で、5年間のどこかで一度でもみられた人は97%でした[2]。
多かったのは気分の落ち込み、意欲の低下、不安でした。ある時点で「興奮・攻撃的な言動」がみられた人は13〜24%で、症状は出たり消えたりしながら経過していました[2]。
国内のガイドラインは、認知症の人の60〜90%が何らかのBPSDを経験するとしています[1]。97%は「5年間に一度でも」という数え方なので、ある時点の割合より高くなります。数える症状や病気の進み具合、地域の人か施設の人かでも数字は変わりますが、多くの人に起こることは共通しています。
SECTION 03 なぜ起こるのか:体の不調、薬、環境、関わり方、不安
BPSDは、脳の変化を土台に、いくつかのきっかけが重なって起こると考えられています。米国の専門家による総説は、きっかけを「本人の要因(体の不調、薬、睡眠、目や耳の衰え、満たされない思い)」「介護する人の要因(疲れ、叱る・急かすといった関わり方)」「環境の要因(騒がしさや退屈、日課がないこと)」に整理しています[3]。介護のしかたが悪いから起こるのではありませんが、環境や関わり方で和らぐことも多くあります。
図1 BPSDの背景にあるもの
確かめたいきっかけを並べました。1つとは限らず、いくつかが重なっていることもあります。
出典:Kales HC, et al. 2015[3]、BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)[1]をもとに作成。
体の不調:痛みや便秘など
認知症が進むと、「お腹が痛い」「便が出なくて苦しい」と言葉で伝えるのが難しくなり、そのつらさが怒りや介護への抵抗として表れることがあります。国内のガイドラインも、BPSDの背景として感染症、脱水、痛み、便秘などを挙げています[1]。ノルウェーの介護施設で、中等度〜重度の認知症の入所者352人を対象にした研究では、段階的に痛みの治療を8週間行った群は、通常のケアの群に比べて興奮の点数が平均17%下がりました[4]。
薬の影響
厚生労働省の指針は、高齢者でせん妄(下の囲みを参照)の原因になりうる薬として、睡眠薬、抗不安薬、抗ヒスタミン薬などを挙げています[5]。国内のBPSDのガイドラインでは、認知症の薬(抗認知症薬)も、BPSDのような症状を起こしうる薬に含まれています[1]。薬が変わったあとに様子が変わったときは、自己判断でやめずに主治医や薬剤師に相談を。
せん妄は、体の病気や薬などをきっかけに、注意力や意識が急に乱れる状態です。高齢者に多く、見逃されやすいとされています[6]。1日のなかでも波があり、認知症の人に起こりやすいため、BPSDと見分けにくいことがあります[6]。ここ数時間〜数日で急にぼんやりする、話がかみ合わなくなるといった変化があれば、感染症や脱水が隠れていることもあるので、その日のうちに主治医に連絡してください。国内のガイドラインも、薬を考える前にせん妄を除外することを求めています[1]。
「いつ・どこで・何があったか」を書き留める
前述の総説は、対応の第一歩として、症状がいつ、どこで、何をきっかけに起こり、その後どうなったかを、くわしく書き出すことを勧めています[3]。簡単なメモでもパターンが見えてくると対策を立てやすく、受診のときにも役立ちます。
- ✓いつ起こるか(時間帯、食事や入浴の前後など)
- ✓直前に何があったか(声かけ、来客、テレビの音など)
- ✓体の様子と薬の変化(熱、便通、食事や水分の量、新しい薬)
- ✓どう対応したら落ち着いたか
SECTION 04 場面別:対応のコツ
介護者に対応のしかたを伝えるなどの支援をまとめた2012年の解析(23件の研究)では、本人のBPSDが小〜中程度に減り、症状に対する介護者の困りごと(ストレス)もわずかに軽くなりました[7]。興奮に対する薬以外の方法を調べた2014年の系統的レビュー(多くの研究をまとめて評価したもの)でも、その人に合わせたケアや活動、音楽などに効果がみられました。ただし多くは介護施設での研究で、自宅で暮らす人についてはさらに研究が必要とされています[8]。次のような工夫を試してみてください。
1. 怒りっぽい・手が出る
まず本人とまわりの人の安全を確保し、言い返したり間違いを指摘したりせず、落ち着いた声でゆっくり話しかけます。前述の総説は、「どうしたいの?」のように答えを一から考えさせる質問は避ける、説明しすぎず簡潔に伝える、作業を単純にする、急がせない、といった関わり方を勧めています[3]。入浴や着替えの場面で怒るときは、寒さや痛み、恥ずかしさがあるのかもしれません。時間をずらす、手順を1つずつ伝えるなどの工夫を。どうしても落ち着かないときは、安全を確かめたうえでいったん離れ、時間をおくのも1つの方法です。
2. 「家に帰る」と言う
自宅にいるのに「家に帰る」と言うときは、昔の家や家族を思い浮かべていたり、今いる場所を落ち着ける場所と感じられなかったりすることがあります。夕方になるとそわそわする人もいます。「ここがあなたの家でしょう」と説得するより、「帰りたいんですね」と気持ちを受け止め、「お茶を飲んでからにしませんか」と一緒に過ごすと、気持ちが切り替わることがあります。福岡市の認知症の情報サイトも、「説得」より「納得」を目指すよう呼びかけています[9]。夕方は早めに明かりをつける、家事を手伝ってもらうなどの工夫も試せます。
一人で外に出て道に迷うと、命にかかわることがあります。警察庁によると、2025年に全国で認知症(その疑いを含む)による行方不明の届け出は1万7,345人でした。同年に所在が確認された人などの約95%は3日以内に見つかっていますが、亡くなって見つかった人も573人いました[10]。近くを探して見つからないときは、ためらわずにすぐ警察に連絡してください。福岡市には、事前に登録しておくと、行方不明時に協力事業者などへ情報をメールで配信する「捜してメール」などの見守りの仕組みがあります[11]。
3. 夜眠らない・昼夜逆転
まず昼間の過ごし方を見直します。国内のガイドラインは、朝の日光浴、日中の適度な運動、昼寝は30分以内、カフェインを控えるといった睡眠衛生指導をまず試すよう勧めています[1]。トイレが近い、かゆみや痛みで眠れないといった場合は、その治療が必要なこともあるので主治医に伝えてください。
4. 「財布を盗られた」と言う
しまった場所を忘れ、「誰かに盗られた」と思い込むことがあります(物盗られ妄想)。身近な家族が疑われることもあり、とてもつらいものです。否定して納得させようとするより、「それは困りましたね。一緒に探しましょう」と寄りそい、本人が自分で見つけられるようにすると、安心につながりやすくなります。
SECTION 05 薬について:ケアの工夫が先
2025年6月に公表された国内の「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」は、まず環境調整やケアの変更などを家族や介護スタッフと検討・実施し、それでも改善しない場合にのみ向精神薬(心の働きに作用する薬)を検討する、という考え方を示しています[1]。2026年5月に改訂された日本神経学会の「認知症疾患診療ガイドライン2026」も、BPSDへの薬以外の治療と薬の治療を扱っています[12]。ただし、本人やまわりの人を傷つけるおそれがある場合や、興奮・幻覚・妄想が強い苦痛になっている場合は、抗精神病薬(幻覚や妄想、強い興奮をしずめる薬)を検討することがあります[13]。
抗精神病薬の効果とリスク
抗精神病薬は、効く人がいる一方で、効果は全体として控えめです[3]。2006年のメタ解析(複数の試験をまとめた解析)では、眠気、歩きにくさ、脳卒中などの脳血管障害、認知機能の低下といった副作用が示されました[14]。2005年のメタ解析(非定型抗精神病薬の15件の試験、約5,000人)では、試験期間(多くは10〜12週間)中に亡くなった人の割合が、薬の群で3.5%、偽薬(プラセボ)の群で2.3%でした[15]。前述の総説では、脳卒中が起きた人が薬の群1.9%、偽薬の群0.9%だったというメタ解析も紹介されています[3]。
そのため国内のガイドラインは、効果を2週間ほどかけて評価し、症状が軽くなったら開始から4か月以内に減量・中止を試みることを勧めています[1]。英国の国立医療技術評価機構(NICE)の指針も、できるだけ少ない量・短い期間で使い、少なくとも6週間ごとに見直すとしています[13]。
2024年に効能が追加された薬
2024年9月、抗精神病薬のブレクスピプラゾールに、「アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、過活動又は攻撃的言動」への効能が国内で追加されました[16][17]。国内の試験(55〜90歳の410人、10週間)では、興奮などの症状の点数(CMAI。29項目を1〜7点で評価し、合計29〜203点。開始時の平均は62〜64点)が、偽薬の群でも平均8.0点、1mgの群で11.7点、2mgの群で15.2点下がりました。偽薬との差は1mgで3.7点、2mgで7.2点で、統計的に意味のある差でした[16][17]。
一方、副作用は1mgの群の33.0%、2mgの群の51.0%にみられ、眠気、筋肉のこわばり、動作が遅くなるといった症状が多く報告されました。試験中の死亡は2人で、いずれも1mgの群でした。治験を担当した医師の判断では薬との因果関係は否定されていますが、添付文書は、関連性は明らかでないもののこの薬の群でのみ死亡例が報告されたことを記載し、高齢の認知症の人への抗精神病薬で死亡リスクが高まるという海外の報告とあわせて、慎重に患者を選ぶよう求めています。誤嚥性肺炎や転倒・骨折にも注意が必要です[16][17]。使うかどうかは主治医が一人ひとりの状態をみて判断する薬で、BPSDのある人すべてに使うものではありません。
そのほか知っておきたいこと
- レビー小体型認知症:抗精神病薬で体の動きが悪くなったり、重い過敏反応が起きたりすることがあり[13]、国内のガイドラインも安易に使わないよう求めています[1]。
- 漢方薬の抑肝散:有効だったとの報告がある一方、科学的根拠は十分でないとされ、使う場合は血液中のカリウムが下がらないか、定期的な血液検査が必要です[1]。
- ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬:75歳以上の高齢者や認知症の人では、せん妄や効きすぎ(過鎮静)が起こりやすく、国内のガイドラインは原則として勧めていません[1]。
- 市販の睡眠改善薬など:かぜ薬や睡眠改善薬、かゆみ止めなどの市販薬には、抗ヒスタミン薬を含むものがあります。厚生労働省の指針は、抗ヒスタミン薬や市販の総合感冒薬を、高齢者のせん妄やふらつき・転倒の原因になりうる薬に挙げています[5]。飲ませる前に主治医や薬剤師に相談を。
今の薬に心配があっても、自己判断で急にやめるのは避けてください。たとえばベンゾジアゼピン系の薬は、少しずつ減らしていく方法がとられます[1]。「この薬はまだ必要か」を主治医に相談するところから始めましょう。お薬手帳を見せると、ほかの医療機関の薬も含めて確かめてもらえます[5]。
SECTION 06 訪問診療と、家族の休息
通院が難しくなった方には、医師が定期的にご自宅に伺う「訪問診療」という選択肢があります。BPSDへの対応では、訪問診療は一般に次のような形で役立ちます。
暮らしの場で診察する
診察室では落ち着いていても、自宅では様子が違うことがあります。部屋の明るさや音、生活の流れを見ながら、きっかけを一緒に考えます。
体の原因を確かめる
痛み、便秘、発熱、脱水、尿のトラブルなど、言葉で伝えにくい不調がないかを診察し、必要に応じて検査や治療を行います。
薬を見直す
ほかの医療機関の薬も含めて確かめ、きっかけになっている薬や減らせる薬がないかを検討します。
ケアマネジャーや訪問看護と情報を共有する
様子を共有し、ケアの工夫や介護サービスの使い方を一緒に考えます。
ご家族が休むことも大切
BPSDのある人を介護する家族は、精神的な負担や抑うつが大きくなりやすいことが知られています[3]。休むことは、手を抜くことではありません。
介護保険のデイサービス(通所介護)やショートステイ(短期入所生活介護)は、家族の介護の負担を軽くすることも目的にしたサービスです。ショートステイは、介護する人の病気や冠婚葬祭のほか、身体的・精神的な負担を軽くするためにも利用できます[18]。利用には要介護(要支援)認定が必要なので、まずはケアマネジャーに相談してください。
ケアマネジャーがまだいない場合は、地域包括支援センターへ。福岡市では「いきいきセンターふくおか」として市内に57か所あり、高齢者とその家族の相談に無料で応じています[19]。専門的な診断や医療の相談には、福岡市認知症疾患医療センターもあります[20]。市内では認知症カフェや家族介護者のつどい、ケア技法「ユマニチュード」の講座なども案内されています[9]。施設を考え始めたときは、「認知症のとき:親の施設の選び方」もご覧ください。
ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の訪問診療クリニックです。認知症を専門の柱のひとつとして、通院が難しい方のご自宅に医師が伺い、定期的に診療しています。怒りっぽさや夜の不眠など、気になることがあれば、ご相談ください。お電話・メールのほか、公式LINEでもご相談を受け付けています。
SECTION 07 受診・相談の目安
次のような変化があるときは、様子を見すぎずに連絡・相談してください。
図2 受診・相談の目安
右の枠の色は急ぎ具合の目安です(赤:すぐ、橙:早めに、緑:相談)。
出典:BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)[1]、Inouye SK, et al. 2014[6]、警察庁[10]などをもとに作成。
身の危険が迫っているとき、意識がない、呼吸が苦しそうなど急を要するときは、ためらわずに119番や110番を。救急車を呼ぶか迷うときは、福岡県の救急医療電話相談(#7119、24時間)に相談する方法もあります[21]。訪問診療を受けている場合は、夜間・休日の連絡先を前もって確かめておくと安心です。
Q. 本人に話を合わせるのは、嘘をつくようで心苦しいです。
A. 本人の思いを否定しないことは、安心してもらうための関わり方の1つです。事実を正すより、「帰りたい」「不安だ」という気持ちを受け止めることを大切にしてみてください。
Q. つい怒ってしまい、あとで落ち込みます。
A. 毎日の介護のなかで感情的になるのは、誰にでもあることです。自分を責めすぎず、休む時間をつくる、話を聞いてもらうなど、ご自身のことも大切にしてください。
この記事の情報は2026年10月時点のものです。
SECTION 08 ご利用・採用のご案内
ふくろう訪問クリニック
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参考文献
- 冨本秀和(研究代表者). かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版). 令和6年度厚生労働科学特別研究事業; 2025年6月公表(日本精神神経学会ウェブサイトに2025年7月掲載). https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/BPSD_guideline.v.3.2025.pdf(2026年10月5日閲覧)
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